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◆ 2015 年 4 月 10 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.74
文献番号 z18817009-00-050741201
MBO における取締役の会社に対する義務
【文 献 種 別】 判決/神戸地方裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 10 月 16 日
【事 件 番 号】 平成 21 年(ワ)第 3484 号
【事 件 名】 MBO 株主代表訴訟事件
【裁 判 結 果】 請求一部認容(控訴)
【参 照 法 令】 会社法 423 条
【掲 載 誌】 金判 1456 号 15 頁、資料版商事 368 号 68 頁
LEX/DB 文献番号 25505137
……………………………………
……………………………………
手続に違法または不公正な点があった旨の内部
通報が寄せられたことを受け、平成 20 年 10 月
26 日、A社の取締役会は第三者委員会を設置す
ることを決議した。第三者委員会は、同年 10 月
31 日付で「事業計画の承認に関する意思決定過
程には、透明性・公正性に問題があり、これらの
事情を総合的に勘案すれば、……利益相反行為が
あったという合理的疑念を払拭することもできな
い」旨の調査結果を報告した。なお、Y1 は、本
件 MBO が頓挫しないようにするためには、A社
の側で行う株価算定の結果を本件公開買付者らの
側が想定する公開買付価格(700 円)に近づける
必要があると考え、本件 MBO の担当執行役であっ
たBに多数のメールを送信し、算定結果を引き下
げるべく、株価算定の前提となる利益計画の数値
や算定方法について様々な指示を行っていた。
平成 20 年 12 月 2 日、A社は、取締役会にお
いて本件公開買付けに賛同できない旨の決議をし
たことを公表した。創業家一族は、本件 MBO 基
本契約の規定に基づき、本件公開買付けへの応募
を撤回した。その結果、本件公開買付けは不成立
となり、本件 MBO は頓挫した。
A社の株主であるX(原告) は、A社の取締
役であるY1 ~Y5(いずれも被告) に対し、本件
MBO を行う際に、Y1らが利益相反等の善管注意
義務違反及び忠実義務違反並びに情報開示義務違
反にあたる行為をし、そのために本件 MBO が頓
挫したことから、A社が無駄な費用を支出し、A
社の信用が失墜したと主張して、損害の賠償を求
める株主代表訴訟を提起した。
事実の概要
A社(シャルレ)は女性用下着の製造、販売等
を行う株式会社(委員会設置会社) であり、その
株式を大阪証券取引所市場第二部に上場してい
た。Y1はA社の創業者の長男であり、取締役兼
代表執行役であった。Y2はY1の母であり、A社
の取締役であった。A社にはY3、Y4、及びY5
の社外取締役と、Bを含む 3 名の執行役がいた。
A社の創業家一族及び投資ファンドの傘下企業
C社は、じり貧状態にあるA社の経営の現状を打
破し、A社ブランドの認知向上と浸透拡大を図る
べく、両者がA社を支配する体制への移行及びA
社の非上場化を企図し、二段階買収(本件 MBO)
を計画した。本件 MBO を実行するために必要な
公開買付け(本件公開買付け)を実施するために、
C社はD社を設立し、D社の支配するE社及びF
社が買付者(本件公開買付者ら) となった。A社
の社外取締役と本件公開買付者らは、平成 20 年
9 月 16 日、K等による株価算定結果を踏まえ、
本件公開買付けにおける公開買付価格の交渉を
行い、本件公開買付けにおける公開買付価格を 1
株につき 800 円(本件公開買付価格) とすること
に合意した。創業家一族はC社や本件買付者らと
MBO 基本契約を締結し、創業家一族の保有する
A社株式の全部を本件公開買付けに応募する等の
合意をした。同年 9 月 19 日、本件公開買付者ら
は本件公開買付けを実施する旨を公表し、A社は
これに賛同する旨の意見を表明した。その際A社
は、本件公開買付価格の評価の公正性を担保し、
利益相反を回避するための措置を採った旨を公表
した。
本件公開買付期間中、本件公開買付価格の算定
vol.7(2010.10)
vol.17(2015.10)
判決の要旨
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新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.74
請求一部認容(控訴)。
「取締役は、会社に対し、善良な管理者と
1 しての注意をもって職務を執行する義務を負って
おり(会社法 330 条、民法 644 条)、かかる善管
注意義務に違反する業務執行行為により会社に損
害を生じさせた場合にはこれを賠償する責任を負
う。MBO の実施場面においても、この責任法理
は当然に妥当するところ、MBO は、企業価値の
維持・向上、ひいては会社の存亡にかかわる重大
な会社経営上の問題である上、その実施に当たっ
ては巨額の出費を伴うのが通常であることなどに
かんがみると、取締役は、その実施に当たって、
上記善管注意義務の一環として、
『企業価値の向
上に資する内容の MBO を立案、計画した上、そ
の実現(完遂)に向け、尽力すべき義務』(以下
『MBO 完遂尽力義務』という。)を負っているも
のと解される。
」
2 「取締役は、上記善管注意義務(MBO 完遂
尽力義務)に由来するものとして『自己又は第三
者の利益を図るため、その職務上の地位を利用し
て MBO を計画、実行したり、あるいは著しく合
理性に欠ける MBO を実行しないとの義務』を負っ
ていることはもとより(以下『MBO の合理性確
保義務』という。
)
、これに加え、当該 MBO の実
現(完遂)に向け、以下のような内容の善管注意
義務を負うものというべきである。」
「取締役は、企業価値の向上に資する内容
3 の MBO を計画、実現(完遂)するための上記努
力義務(善管注意義務)の一環として、『公開買
付価格それ自体の公正さ』はもとより、
『その決
定プロセスにおいても、利益相反的な地位を利用
して情報量等を操作し、不当な利益を享受してい
るのではないかとの強い疑念を株主に抱かせぬよ
う、その価格決定手続の公正さの確保に配慮すべ
き』義務(以下『MBO の手続的公正さの確保に
対する配慮義務』ないしは『手続的公正性配慮義
務』という。
)を負っているものと解するのが相
当である。
」
「被告Y3 ~Y5は、A社の取締役である以
4 上、
『本件公開買付価格の前提となる株価決定そ
れ自体の公正さに配慮する』義務(
『株価決定の
公正さ配慮義務』という。)があるほか、上記手
続的公正性配慮義務の一環として、
『株主からみ
て、本件公開買付価格の決定手続の公正さに強い
疑念が生じないよう、その公正さの確保に配慮し
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て行動すべき』義務(手続的公正性配慮義務)が
あることに加え、A社の社外取締役として、代表
取締役等の業務執行一般を監視し、取締役会を通
じて業務執行が適正に行われるようにする任務も
負っていたものと解される。/……被告Y3 ~Y5
は、『被告Y1らが上記手続的公正性配慮義務を尽
くさず、あるいはこれにもとる行動等に出ること
がないよう、取締役会を通じて、これを監視すべ
き』義務も負っていたものというべきである(以
下、後者の義務を『手続的公正性監視義務』とい
う。)。」
5 「取締役は、善管注意義務(MBO 完遂尽力
義務)の一環として、『株式公開買付けに関して
一般に対して MBO の対象会社として提出する意
見表明を公表するに当たって、株主が株式公開買
付けに応じるか否かの意思決定を行う上で適切な
情報を開示すべき』義務を負っているものと解す
るのが相当であり、例えば、賛同意見表明報告を
公表するプレス・リリースにおいて、株主の判断
のために、①重要な事項について虚偽の事実を公
表したり、あるいは②公表すべき重要な事項ない
しは誤解を生じさせないために必要な重要な事実
の公表を怠った場合には上記善管注意義務違反の
問題が生じる。」「MBO に関わる公開買付けにお
いて、利益相反を回避する措置を講じている場合、
その具体的内容を賛同意見表明報告書に記載する
ことが法令上定められているが、……法令の意図
するところにかんがみると、㋐上記利益相反を回
避する措置に関する記載について虚偽の事実を公
表したり、あるいは㋑公表すべき重要な事項等を
公表しない場合には善管注意義務違反を構成し得
るものというべきである。」
判例の解説
一 本判決の意義
これまでにも MBO における取締役の義務内容
や責任が問題となった事件はあった。東京高判平
23・12・21 金法 1946 号 129 頁 1)(以下「シャル
レ東京高裁判決」とする)では、頓挫した MBO の
事案において取締役の株主・投資者に対する責任
が追及された事件であり、取締役の開示義務が
問題になった(取締役の責任は否定)。東京高判平
25・4・17 金判 1420 号 20 頁 2)(以下「レックス
東京高裁判決」とする)では、完了した MBO の事
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新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.74
ているので、MBO 完遂尽力義務はこのような一
般的な善管注意義務の内容を MBO 実施の場面に
あてはめただけであるといえ、新規性は乏しい。
問題となった MBO が企業価値を向上させる
MBO かどうかを審査する方法を示唆しているの
が判決の要旨2である。判決の要旨2は、MBO の
合理性確保義務ということで、してはならない
MBO(そのような MBO を行ったら善管注意義務〈MBO
完遂尽力義務〉違反となる)を示している。しては
ならないのは、自己または第三者の利益を図るた
めの忠実義務違反的な MBO や著しく合理性に欠
ける MBO である。取締役の行った忠実義務違反
の判断や著しく不合理な判断はいわゆる経営判断
原則でも保護されない判断であるので、経営判断
原則でも保護されないような MBO は行ってはな
らないが、それ以外は許容するという趣旨である
と思われる。本判決では、取締役の判断を尊重し
た、経営判断原則と同程度かそれ以上に緩やかな
審査がなされ、取締役の当該義務違反は否定され
ている。レックス東京高裁判決は MBO を行うと
いう取締役の判断については経営判断原則類似の
緩い審査を行っていたので4)、この部分の判示内
容は従前の裁判例を踏襲しているといえる。
判決の要旨3 と 判決の要旨4 は、上記 (2) の分
配割合(価格)を巡る利益相反の問題に対処しよ
うとしている部分である。以下で述べるように、
企業価値の向上という会社に対する取締役の一般
的な義務を起点に、MBO 完了のメカニズムを利
用して価格の問題に関する義務を導き、取締役の
利益相反の問題についても司法審査を及ぼすこと
ができるようにしているからである。この部分は
従来にない新たな判示事項であり、本判決の中核
的な部分である。
企図した MBO が企業価値を高めうる MBO で
あったとしても、その MBO が完了するためには、
通常は、株主の協力が必要である。本件のよう
に、非上場化を伴う MBO が公開買付けを前置し
た二段階取引で行われる場合は、株主の議決権の
3 分の 2 以上が公開買付けに応募してくれないと、
全部取得条項付種類株式などを用いた残存株主の
締出しという第二段階の取引を実行することがで
きず、MBO は完了しないからである。多数の株
主が応募してくれるためには、提示された公開買
付価格は安く買い叩かれた不当な価格ではなく、
公正な価格であると信じてもらえることが必要
案において取締役の株主に対する責任が追及され
た事件であり、取締役には株主の利益を守る義務
があるか、情報提供義務があるかが問題となった
(取締役の責任は否定)
。本判決は、頓挫した MBO
の事案において、MBO を行う会社の取締役が当
該会社に対して負う善管注意義務の内容を具体的
に示すとともに、義務違反を認め、取締役の会社
に対する責任を肯定したことに意義がある3)。
二 義務内容の検討
本 判 決 は、MBO を 行 う 会 社 の 取 締 役 は 当 該
会社に対して負う善管注意義務の一環として①
MBO 完遂尽力義務を負い、その具体的な内容と
して② MBO の合理性確保義務、③手続的公正性
配慮義務、④株価決定の公正さ配慮義務、⑤手続
的公正性監視義務、⑥情報開示義務を負うとして
いる。これらの義務は MBO が有する構造的な問
題に対処するために設けられており、その多くは
従来の裁判所の判断を踏襲していると思われる。
MBO に限らず、M&A 取引一般においては、(1)
取引をすることで企業価値が増加するかどうか、
(2) 増加するならその増加分をどのように分配す
るか、という 2 つのことが問題になる。非上場
化を伴う MBO の場合は対価が現金なので、価値
の増加分の分配割合は対価の額(価格)に反映さ
れる。MBO の場合、買収側の取締役が MBO 対象
会社の株式の買手、MBO により締め出される株
主が売手となるので、両者の間で分配割合(価格)
を巡って構造的に利害が対立する。それだけでな
く、(3) 買手側の取締役は会社の内部者であるた
め、構造的に圧倒的な情報優位にあるだけでな
く、外部に公表する情報を操作しうる立場にある
ので、提示された価格に対する不公正感は拭いが
たい。そのため、従来の裁判例(レックス高裁判決)
でも、(2) の問題に対処するために公正価値移転
義務を設定し、公正な分配をすることを取締役の
義務内容に取り込んだり、適正情報開示義務を課
して (3) の問題に対処しようとしてきた。
判決の要旨1 と 判決の要旨2 は上記 (1) の問題
に対応している。 判決の要旨1 の述べる MBO 完
遂尽力義務は、MBO を行うのであれば企業価値
を向上しうる MBO を行うようにすることを取締
役に求めている。取締役は、会社に対する善管注
意義務の内容として、企業価値を可能な限り高め、
企業価値の毀損を防ぐようにすることが求められ
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である。MBO のための公開買付価格は、通常は、
買収側と MBO 対象会社の交渉で決まる。価格交
渉の前提として、買収側のみならず、対象会社の
側でも、株価の算定が行われる。公開買付価格の
決定の前提となる対象会社側の株価の算定プロセ
スや、公開買付価格の決定プロセスにおいて、取
締役が価格を指示したり、算定プロセスを買収側
に有利なように操作したりするなど、価格形成過
程が公正性を欠いていると、株主は、提示された
価格は安く買い叩かれた不公正な価格であると考
え、公開買付けへの応募を差し控えるだろう。こ
のように考える株主が多ければ、公開買付けは成
立せず、MBO は頓挫し、MBO 実現による企業価
値の向上を果たせないだけでなく、MBO 実施の
ために費やした費用が無駄になってしまい、その
分だけ企業価値は低下する。取締役は企業価値の
向上に努めるだけでなく、企業価値の低下を防ぐ
必要があるので、価格形成過程の公正性を図るこ
とで株主の信頼を確保し、MBO の頓挫を防止す
るようにする必要がある。そのため、本判決は、
取締役に手続的公正性配慮義務と株価決定の公正
さ配慮義務を課し、それらの義務の履行を確保す
るために監視義務を課していると考えられる5)。
このように、本判決は、MBO 完了メカニズム
を利用することで、MBO における価値の増加分
の分配割合(価格)を巡る利益相反の問題につい
ても、価格そのものの公正性という実体的な問題
ではなく、価格形成過程の公正性という手続的な
問題として取締役の義務内容に取り込み、司法審
査の対象とした。手続的な側面に対する審査と
いっても、その実質は取締役の利益相反に対する
審査なので、介入的で厳しい審査になるのは当然
であり、本判決がY1・Y2の手続的公正性配慮義
務違反を認め、その責任を肯定したことは驚くに
値しない6)。
判決の要旨5 は、上記 (3) の情報の非対称性の
問題と (2) の価格を巡る利益相反の問題に対処し
ようとしている部分である。本判決は、従来の裁
判例7) と同様に、金融商品取引法の不実開示に
対する民事責任の構造と類似の構造を MBO の場
面でも実現しようとしている。金融商品取引法で
は有価証券報告書など様々な文書で一定の事項に
ついて開示が強制されており、取締役に開示義務
が生じている。重要な事項・事実について虚偽
記載があれば、取締役に責任が生じる(金商法 24
4
条の 4 など)
。そうすることで、虚偽記載を抑止
し、開示される情報の正確性・信頼性を確保しよ
うとしている。本判決は、このような構造に倣い、
MBO 実施のための公開買付けについて意見表明
を公表する際は、株主がそれに応じるか否かの意
思決定を行う上で適切な情報を開示すべき義務を
負うとして、取締役に開示義務を課し、さらに、
義務違反になる(その結果責任が生じうる)のは重
要な事項・事実について虚偽の公表を行った場合
であるとしている。それに加え、本判決は、利益
相反回避措置に関する情報は、それについて虚偽
の公表をした場合は義務違反となりうる重要な事
項・事実であるとした。この点は従来にない新し
い内容である。このように判示したのは、MBO
において株主からの信頼性が乏しいのは価格の公
正性であるので、価格と価格形成過程の公正性に
影響を与えうる利益相反回避措置に関する情報を
開示義務違反が生じうる重要な情報とすること
で、取締役の利益相反的行為を抑止し、価格と価
格形成過程に対する株主の信頼性を高め、企業価
値を高めうる MBO 完了の可能性を高めようとし
たためであると思われる。本件での開示義務違反
の有無の審査は、利益相反に対する審査という性
質も兼ね備えていたので、取締役に厳しい審査と
なり、取締役全員の開示義務違反が肯定されたの
だろう。
●――注
1)原審は東京地判平 23・7・7 金法 1933 号 118 頁(以下「シャ
ルレ東京地裁判決」とする)。
2)原審は東京地判平 23・2・18 金判 1363 号 48 頁。
3)本判決については、弥永真生「本件判批」ジュリ 1475
号(2015 年)2 頁、鳥山恭一「本件判批」法セ 723 号(2015
年)135 頁も参照。
4)この点については、玉井利幸「MBO に対する司法審
査のあり方と取締役の義務」南山 38 巻 1 号(2014 年)
101 頁以下も参照。
5)手続的公正性監視義務は新規性のある義務ではない。
取締役は、取締役会を通じて他の取締役の職務執行を監
視する義務を負っており、このような監視義務を MBO
実施の場面にあてはめただけであるからである。
6)志谷匡史「本件判批」商事 2061 号(2015 年)10 頁。
7)シャルレ東京地裁判決、シャルレ東京高裁判決、レッ
クス東京高裁判決。飯田秀総「判批」商事 2023 号(2014
年)19 頁も参照。
南山大学教授 玉井利幸
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