ク 【文学賞】 ソ ぼし 星 遠 田 誉 小惑星ナンバー○×○×。△△群に属し、地球からの距離は○○光年…。こんな事を言 われてもさっぱりイメージがわかない。 遊びに行く事も出来ないどころか、空をながめたっ てどこにあるのか見当さえつかない。そんな星の名付け親になる権利を、ぼくはもらって しまったのだ。 なぜかって?国語の授業で書いた、宇宙大発見コンクールの作文で、特別賞をとってし まった。その賞品がこれ。数々の星を発見しているえらい学者の先生が、またもや、いく つもの惑星を発見したらしい。そのうちの一個を学生のコンクールにくれたというわけ。 クラスでは、さっきからこの話で盛り上がっている。でも、当の本人のぼくは、なんだか ピンとこない。天体に興味などないのだ。 休み時間になったとたん、クラスメイトのA君がやけに親しげに話しかけてきた。 「その星に、おれの名前をつけてくれないか。一文字でもいいんだ。」 88 A君とは一週間ぶりに話した。けんかをしていたのだ。本当は好きなのに、ついもめて しまう。つまらないあらそいばかり。でも、そろそろ仲直りをしてやってもいい頃だ。A 君は大の天体ファン。のどから手が出るほど、ぼくのことがうらやましかったにちがいな い。 「いいよ。 」 「本当か、絶対だぞ。絶対約束だ。 」 ぼし A君は、約束という言葉を何度も何度も言いながら、スキップしていってしまった。A 君と自分の名前の文字を一文字ずつ使って、と。こんなふうに決めようとその時は思って いた。 で、なんという名前に決めたと思う?おどろくなよ、その星の名は「クソ星」 結局、A君とは、仲直りが出来なかった。ぼくが入賞したのは、まぐれだとか、本当は、 おれのほうが実力が上だとか、しまいには、ぼくの名前をつけられたら、その星がかわい そうだとか、かげで言っていたのだ。本当に頭にきた。今度こそ、親友にもどれると思っ たのに。あんなやつクソ野郎だ。そうだ、変な名前をつけてやれ。 そしてぼくは、次々とおかしな名前を考えはじめた。アホ星、バカ星、赤点星、イエロー カード星、そんなに価値のある星なら、発見した大先生だって、ぼくにくれたりはしない だろう。宇宙にただよう何の価値もないクソな星、だからクソ星。これで決まりだ。そし 89 てぼくは、ツイッターでつぶやく。ラインでつぶやく。 「星の名前決めました。クソ星です。 」 この日から、ぼくはクソ星のおかげで有名人になってしまった。だから、ぼくの知らな い人が、ぼくのうわさをしている気配を感じることがあった。ある日、学校からの帰り道、 この日もまた、 だれかが後ろでひそひそと話しているなと思った。そっと後ろをふりかえっ てみたがだれもいない。すこし走ってみてまたふりかえった。やはりだれもいない。生ぬ るい風が吹いているだけだった。たぶん、友達のしわざだろうと思っていたから、怖いな んて気持ちはない。ちょっと、いらいらしてきたから叫んでやった。 「でて来ーい。 」 あまりの大声におどろいたのか、再び振りかえると、二人の若い男が腰をぬかしてたお れていた。 「大丈夫ですか。 」 「大丈夫です。そんな事より、あなたをずっと探していたのです。」 「ぼくを?」 「あなたは、我々の星にへんな名前をつけましたね?」 「は?」 「クソ星ですよ、クソ星。 」 90 一人の男がゆっくり立ち上がりながら言った。 「君のつぶやきをキャッチしたのです。我々の星の存在を地球に知られてしまったので、 けいかいし、情報を集めていたのです。 」 もう一人の男もそう言いながら立ち上がった。ぼくは、頭の中が真っ白になった。なん とか冷静になって考えようとするなら、この二人は宇宙人。この人たちの星に「クソ星」 と名付けたのはぼく。何の役にも立たないクソな星と笑ったのもぼく。まずいかもしれな い。 「なぜクソ星というわけのわからない名前を付けたのですか?」 「あの…クソというのは空想と書いてクソと読み…意味は…空をおもうということで。」 自分でも何を言っているのかよく分からない。ひどい言い訳だ。ただ、ひたすら、二人 が帰ってくれるのを願っていた。 「この星の言葉でクソというのは、空をおもう美しい心という意味なのだね。」 「は、はい。たぶん。 」 「また出直してきます。 」 そう言って、宇宙人らしき二人はすっと姿を消した。 「はあ…。クソ星の本当の意味を知ったなら…。 」 この二人は、確実にぼくのところにまた来るだろう。連れ去られるかもしれないし、殺 91 されるかもしれない。どうしよう。どうせ連れ去られるならA君も道連れだ。あいつのせ いでこんな事になったのだ。 ぼくが、地球という星で次の言い訳を考えている頃、クソ星では大きな転機をむかえて いた。 宇宙にただよう何の役にも立たない星と、ぼくに勝手に思われていたその星は、実は、 高度な文明と、最新の技術を持つ星であった。地球では考えられない程のハイレベルであ るがゆえ、他の星からの侵略をおそれ、わざと光の等級を減らし、最新式の望遠鏡でも見 つからないように、ひっそりと、地味な姿で、宇宙空間をただよっていたのだ。それを偶 然、地球の学者に見つかってしまった。 ずっと、ずっと、クソ星は平和だった。それは、長い長い年月をかけて、人々の努力に より生みだした平和だった。戦争もない、病気もない、生活にもだれ一人困らない、自然 災害でさえ、テクノロジーのおかげでコントロールできていた。まさに、理想にえがく究 極の平和な星。人々は、けんかなどしたことがないから、当然、悪口を言われた事もなかっ た。ましてや、他の星にクソなどと批判されるとは考えてもみなかった。というか、悪口 を言われて腹を立てるというのが、どういうことか経験したことがなく、とにかく、とま まずは、なぜにクソと呼ばれたのか、この星にまだ改善すべき点があるのか調査すべく、 どっていた。 92 調査隊を地球にはけんする準備をはじめた。 準備がととのい、いよいよ、第一調査隊が地球へ向かった。無事、大気圏に入り、地球 の表面が見えてくると、宇宙船の中で隊員たちが言った。 「ひどい星ですね。 」 べつの隊員も、見てはいられないというような顔つきでつぶやく。 「これが、まさに、我々の遠い先祖の生きた時代と同じ姿なのかもしれない。」 「あっちのほうで戦火が見えます。 」 「むこうの方では、森林がかれたまま放置されています。」 「オゾンホールもひどかったなぁ、ぼくらの技術ならすぐに直せるのに。」 「クソというのが悪口なら、どう考えても地球のほうがクソだろう。」 「あぁ、こんな星にクソといわれるなんて、ぼくらの星はどうなるのか…。」 「早く、あの少年にあわなければ…。 」 宇宙船は、いよいよ着陸の体勢に入った。 あれから一ヵ月がたち、ぼくはクソ星のことなんてちょっと忘れていた。それより、待 ちに待った夏休み。旅行とか、部活とか、色々な事で頭がいっぱい。それにしても、今日 は暑くて、とりあえず、クーラーの効いた部屋でごろんと横になっていた。 ピンポーン 93 玄関のベルが鳴り、ぼくはパッと起き上がった。確認したわけではないが、あの星の人 が来たことはすぐにわかった。ぼくは裏の勝手口から飛び出した。逃げよう。ピンポーン の音がだんだん遠く小さくなっていく。 外はせみの声、暑い暑い、でも必死に走った。大通りを抜け、歩道橋を渡り、ここから は田舎道に入る。まずい、気づかれている。もう逃げ切れない。とっさに、一軒のなし園 に逃げ込んだ。ここは知り合いのおばちゃんが経営しているから、だまって入ってもおこ られないだろう。ぼくは、古い納屋の脇で様子をうかがった。敵はなし園の入り口でウロ ウロしている。 「ここに、少年は来ませんでしたか?」 おばちゃんは答えた。 「さぁ、お客さんがたくさんいたからねぇ。よくわかりませんでしたよ。そんな事より、 なしを味見してくださいよ。おいしいのよ。 」 「は、はい、では一口。 」 な、なんと、宇宙人(見た目は普通の人間)が、なしを食べている。おばちゃん、おそ るべし。 「うまいなー。 」 「なんという味だ。この甘みといい、香りといい。」 94 「我々のところのなしとは全くちがう。 」 ぼくは、恐怖を忘れ、ただ、ぼうぜんと、その光景をみつめていた。 とにかく、よく食う。おばちゃんは、目を細めて話しかける。 「おじいさんのじまんのなしなのよ。今年は当たり年でね。お客さん、お腹がそうとう すいているみたいね。どこの旅のお方かはわかりませんが、お昼でも一緒にいかが。」 おばちゃんは、次々と食べ物を運んでくる。採れたてのキュウリにトマト、かぼちゃの 煮付け、みそのついたおにぎり、つまみに落花生、そしてよく冷えたむぎ茶。 おばちゃんには、宇宙人も地球人も関4係4ない。今日会った人が自分のお客さん。 宇宙人たちは、おばちゃんのおもてなし攻撃にすっかりノックアウトだ。のんで、食べ て、夏の光をあびて、しまいには、縁側に寝ころんで、うちわであおいで。ある人は、あっ ちの方ばかりむいてしまう扇風機を直してあげている。おばちゃんは、また話しはじめた。 「この辺にはまだまだ自然が残っているのよ。駅の方は、都会なのにね。」 宇宙人たちは、自然という言葉にかなりおどろいた様子だった。ただ、それをさとられ るのはまずいという風で、話をあわせた。 そう、実は、この人たちの星にはもう、手つかずの自然など無い。森も林も畑も川も、 すべてがハイテクノロジーによってつくられたものであった。 ぼくは、追われていることを、完全に忘れてしまっていた。それより、この人たちと話 95 したくてうずうずしていた。おばちゃんが、奥にいくのを見はからって、宇宙人は、ぼく を呼んだ。 「かくれているのは、わかっているよ。 」 とうとう見つかってしまった。こんな時は、先にあやまってしまうほうがいい。 「すみません。クソ星などと言って。 」 「いや、そのことはもういいんだ。なぜクソなのか、なんとなくわかるような気がして きたから。 」 一番年上らしい宇宙人が話しはじめた。 「じつは…。 」 宇宙人は、その星のことをたくさん話してくれた。いかに進んでいて、ぼくたちがめざ しているすべてをかなえてしまっている星だということを。 「こんなの、もう使っていないよね。 」 ぼくは、買ったばかりの最新機種のスマートフォンをとり出した。 「ああ、博物館にあったなー。 」 ぼくはあわてて、ポケットにかくした。別の一人が笑いながら話した。 「たしかに我々の星はとても居心地がよい。便利すぎて、もう、ここ以外によい所は無 いと思っていた。でも、ダメだらけの地球に来て、なぜか楽しいのだよ。」 96 宇宙人たちが口々に語り合う。 「そうだね、地球では、まだまだやらなくてはいけない ことがたくさんある。 我々は、 もうやり尽くしてしまったのだよ。 」 「いまさらおそいが、本当は手つかずの自然と人間の技術が共存できる方法を考えるべ きではなかったか。 」 「先祖たちの大きなミスですか。 」 「それこそが、クソ星である理由か。 」 「地球で学ぶべき事がたくさん有りそうだな。もっと、もっと、いろいろな所を見せて くれないか?」 「いいよ。 」 ぼくは、うれしくなった。すごい人と友達になったぞ。 「そちらの進んだ技術も、たくさん教えてほしいな。」 「その時は、我々が宇宙の遠くから来たことは秘密だよ。ずっと、ずっと、秘密。」 ぼくと宇宙人の間に、友情が芽生えた。ぼくには分かる。この人たちは帰らない。しば らく遊んで、それから仕事を見つけて、地球人のふりをして、なんだかんだ言いながら地 球に居座る気だ。そのうち友達まで呼んでこう言うだろう。 「ここが、おれの第二のふるさとさ。 」 97 って。たぶんね。 地球人をこまらせることなどしない。人がよくて、まじめで、よく遊び、よく働き、う まいものが大好きな人たち。君のとなりにいる人も、もしかしたら宇宙人かもしれないね。 。 その人のふるさとの名は「クソ星」 98
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