転生少女は自由に生きる。 池中織奈 タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 転生少女は自由に生きる。 ︻Nコード︼ N2026BM ︻作者名︼ 池中織奈 ︻あらすじ︼ 私は前世で妹のはまっていた乙女ゲームの世界に転生した。主人 公のライバルの1人︵妹︶と主人公の攻略キャラ︵腹違いの弟︶の 姉として。 アルハント魔法学園の高等部の二年生になった春、妹と弟が高等部 に上がってしばらくしてゲームの主人公が転入してきた。 ゲームの世界だろうとも此処は現実だからやりたいようにやる! というシスコン&ブラコン少女が繰り広げるお話です。 1 プロローグ 自分が前世で妹のはまっていた乙女ゲームの世界に転生したと思 いだしたのは6歳の誕生日の時だった。 昔から家族達特に妹に既視感を持っていて正直不思議な気分だっ たのだが、6歳の時に伯爵家だった父親が浮気相手の子供︱︱︱そ れも一つ年下の妹と同じ年の男の子を連れてきたことで一気に思い 出した。 此処は、前世で可愛がっていた妹のはまっていた乙女ゲームの世 界だと。妹は﹁このキャラがいいの﹂、﹁このキャラはね!﹂と意 気揚々とはまっているゲームについて話すため、やってはいないも のの少なからず記憶が残っていた。 というより、前世でシスコンで妹が可愛くて仕方がなかった私は 妹の話は聞き逃すまいとしていたのだ。 で、6歳の時に出来た腹違いの弟︱︱︱エドは主人公の攻略キャ ラの1人で、同腹の妹︱︱︱ミカは主人公のライバルキャラだった はずである。ちなみにこの二人の姉である私︱︱︱ルビアナはエド ルートと生徒会長ルートで登場する完璧な悪役脇役だ。 というより出来の悪い姉のルビアナは確か生徒会長を好いていて 取り巻きとかしていて、エドとミカを嫌っていたはずだ。 エドルートの際には高飛車な意地悪な姉として出現し、生徒会長 ルートの時はただの同級生でありながら会長に近づく主人公を邪険 にしていたとかそんな感じだったはず。 ミカの思い人のルートでも出てきたはずだがどんな立ち位置かわ からない。どっちにしろゲーム内の私は非常に好感の持てない脇役 である。 もっとも思い出したからといっても、普通に過ごしていればエド ルートや生徒会長ルートのような行動を私はしないし、自分の思う ままに生きた。 2 というか、私は弟や妹は可愛がるものだと思っている。 そのためエドが家につれてこられて肩身の狭い思いをしていた分、 思いっきり可愛がった。お母様にも悪いのは浮気したお父様なんだ からといって説得しまくった。実際にお父様が遊び半分でエドの母 親に手を出したのが悪かったのだしさ。それにエドいい子なんだし 邪険に扱えない。もちろん、同腹の妹のミカも思いっきり可愛がっ た。エドばかり構ってミカに嫌われるのも嫌だったしね。 二人とも私の可愛い弟と妹である。 その結果私たちは腹違いだろうと仲良し姉弟となり果てている。 エドルートは確か、家族仲が険悪なのに必死に笑顔を作り生きて いる所を主人公が救ってあげる的な攻略方法だったと記憶している からゲームとは確実違ってしまっている。 でも此処はゲームではなくて現実だ。 まぁ、確かにゲームの世界と設定は一緒だし、登場人物は一緒だ けど私の人生なんだから私の好きなようにするの。 ゲームの設定どおりにする必要なんて何もないからね。 そんな事を考えながらも高等部の二年生に進学した私は、実際に 主人公ってくるのかなと疑問だった。だって普通に考えて季節外れ の転入生って中々来ないし。 私みたいなイレギュラーがいるんだから、もしかしたら主人公が 引っ越して来ないって変動もあるかもしれないでしょ? 3 って、思ってたんだけど新学期が始まって一カ月後に主人公は転 入してきた。 これから乙女ゲームの世界がはじまるはずだけど、とりあえずエ ドとミカが幸せになる結末になればいいなぁと思ってる。 それと色々変動しちゃってるけど、一応主人公はエドとゲーム上 ではフラグを立てる予定なんだから、可愛い弟を任せられる子かも 見定めなきゃだしね。 4 1 今日は主人公が転入してくる日だ。 学園内ではこの時期の転入生が珍しいためか、騒いでる生徒達も 多い。 まぁ、入学式から一カ月で幼少部からあるこの学園に転入してく るなんて滅多にあることじゃないものね。 もっとも主人公がやってくる一学年はともかく、二学年と三学年 では噂がたっている程度だ。珍しいといっても絶対に来ないわけで もないからね。 私は2−Sに所属していて、今は自分の席に座って主人公の事に ついて脳内を巡らせている。 確か前世妹の話していた情報によると、私はゲーム内ではもっと 下のクラスだったはずだ。この学園は優秀さでクラスが決まるよう になっている。後貴族が多いのもあって家柄も関係するのだけれど も。上からS、A、B⋮⋮と続いていく。 私はそのファンタジー的な魔法とか実技はそこまで得意じゃない んだけど、前世の記憶もあって筆記の成績は学園一位なためにSク ラスなのだ。下手に下のクラスだと馬鹿にされて、家に迷惑がかか るかもしれない。 浮気して弟を作ってきた父親はともかく⋮⋮、お母様やミカやエ ドは大事な家族なのだ。私のせいで評判が悪くなるのも嫌だ。そう 思って頑張った結果だ。 家族は大好きだ。 妹と弟は私の癒しだ。シスコンとブラコンと言われようと構わな い。というか、二人が高等部に上がった事を考えると顔がニヤけそ うになる。一年間校舎が違ってお姉ちゃんは寂しかったのです。 ﹁何ニヤニヤしてるのよ﹂ 何だかエドとミカが高等部に上がった事実にニヤニヤしてたら友 5 人のヒルア・スミルだ。 ちらりとヒルア・スミルの方を見る。明るい茶髪に、眼鏡をかけ た知的な少女である。ゲームには名前さえも出ていなかったはずだ。 確かゲームの私は同じように悪だくみをする性悪女としか交流を 持っていなかったはずなのだが、現実はこうなっている。 転生者なんて非現実的な存在が居るのだから、ストーリーが変わ るのも当たり前の事だけれども。 ﹁んー、ミカとエドが高等部に上がってきた事思うと嬉しくなっ ちゃって﹂ ﹁⋮本当シスコンでブラコンよねぇ﹂ ﹁二人とも可愛い妹と弟だからね。今日放課後三人で遊びに行く 約束もしてるんだ﹂ ﹁へぇ、それ妹ちゃん納得したの?﹂ ﹁文句はいってたけど、いいってさ﹂ ミカはエドによく突っかかる。最も仲が悪いわけではなく、喧嘩 するほど仲が良いという感じなのだ。 三人で遊びに行こうといった時も、﹃お姉様と二人がいいですわ﹄ と嬉しい事をいって何でエドも一緒かと文句をいっていた。三人が いいといったら納得してくれたけど。 ゲーム設定ではシリアスな家庭環境で家族仲が悪かったはずだか ら、大分違う。 それに今日学外に遊びに行くのは、主人公の様子を知りたいって のも理由だ。ミカとエドは私と違って優秀で、成績は実技も含めて トップクラスだ。だから1年S組だ。それで主人公もそこに転入し てくるのだ。 私の可愛い弟の恋人候補なんだから、しっかり見定めなきゃ。 まぁ、ゲーム設定の主人公は確か癒し系で天然で優しい少女だっ たと記憶しているから、いい子だろうとは思うけど。 何にせよ、バッドエンドにならなきゃいいよね。私はハッピーエ ンドが好きだしそう思う。 6 授業を終えた私は椅子から立ち上がって、鞄を手にして扉の方へ と向かう。さっさとミカとエドに会いに行きたいのだ。あの二人可 愛い。私はミカとエドの幸せのためなら何だってしてやる自信ある よ、本当に。 教室から出ていこうとする時に﹁ちょっと待て。ルビアナ。研究 課題はどうする? 俺は今日開いてるんだが﹂と友人に止められた が、﹁ごめん。今日ミカとエドと遊びに行く予定だから明日でいい ?﹂といっておいた。 ちょっと不服そうな顔をしていたけど私がシスコン&ブラコンっ て知ってるからか納得してくれた。 あ、研究課題というのは魔法の理論的な分野の課題ね。成績が同 じぐらいの人で二人組になって研究して提出するのがあるんだ。期 限はまだ先だから今日ぐらい遊びにいっても終わるからね。 学年ごとに校舎まで違う学園で、移動するの少し面倒なんだけど ミカとエドを迎えに行こうと私はほくほく顔で1年S組に向かう。 初等部からある学園だから、ほぼ持ちあがりの生徒達は見知った 7 イレ 顔ばかりだ。だから攻略キャラ達についても昔確認してみたりした ギュラー んだ。中にはシナリオと違う展開を見せている人物もいたから、転 生者が近くに居るんじゃないかとも思ってたりする。 ﹁ん?﹂ ミカとエドの居る教室に向かう中で、騒がしい声が聞こえてきた。 これは誰かが言い争っている? と思いながらも騒音の元の1− Sの前に立つ。んー、この争ってる声、ミカとエドの声がある。あ とは知らない女子生徒の愛らしい声が聞こえる。 ﹁失礼しまーす﹂ そういいながら私は扉をガラッとあける。 私の声に反応して教室内の視線がこちらに集まった。真っ先に反 応したのはミカである。 ﹁お姉様!!﹂ エメラルドの瞳を輝かせて、ミカは嬉しそうに私を見ている。 ミカは可愛い。贔屓目なしに可愛い外見してると思う。私が両親 の地味な部分を受け継いだのに比べ、ミカは整っている。 髪の色は綺麗なこげ茶色。腰まで髪を伸ばしていて、何処か気品 のある様子を漂わせている。 何だかお姉ちゃんはその顔を見ているだけで顔がニヤけそうです。 ﹁姉様、迎えにきてくれたんだ?﹂ つづいて私に笑いかけるのはエドです。 エドはあれだ。弟系というか、ゲーム上でもそういうキャラだっ たと記憶している。 ゲームでは生い立ちから冷めながら明るい少年を演じる所謂過去 あり的なキャラだった。今はそんな事ないはずだ。⋮⋮可愛いエド が心の内を隠してて実は私を嫌ってるとかいう展開はないと思いた い。 こちらは背も低くて、可愛い少年だ。姉様、と笑いかけられれば 母性本能刺激される事間違いなしだと思う。緑色の髪に黄色の瞳を 持っている。 8 ﹁うん。それで何を言い争ってたの?﹂ 私は可愛い妹と弟の姿に頬を緩ませながらも、二人と対峙してい た人物に視線を向ける。 向けて私は驚きました。 ﹁なっ⋮⋮﹂ 私を見て驚愕に目を丸くし、その後私を睨みつけてくるこの女︱ ︱︱⋮⋮ゲームの主人公じゃないか。 この世界では珍しい黒髪に黒眼で、大和撫子風なイメージを連想 させる。確かゲームでは穏やかな気質の癒し系だったと記憶してい るんだけど⋮。 ミカとエドとどうして主人公が争いあってたんだろうか。 私はちらりっと他のこのクラスの生徒達を見る。その視線はゲー ムの主人公︱︱︱メルト・アイルアに対して良い感情を持ってない ものが多いように見えた。ミカとエドは持ちあがり組のこのクラス の生徒達とは仲が良い。 というよりミカもエドもゲームではそんな事なかったらしいが、 このクラスのリーダー的立場で、クラスメイト達が仲良しな原因は 二人にあるだろうと言える。 持ちあがり組だろうとクラス全体が仲良くないクラスはもちろん 存在するのだ。 ﹁お姉様、聞いてくださいませ! この女、誰に吹き込まれたか 知りませんが私たち家族が仲が悪いなんて抜かすんですわよ!!﹂ ﹁そうなんだよ、姉様。確かに僕は愛人の子だけど⋮⋮、それで も僕は姉様もミカの事もアイサさんの事も家族だって思ってるもん。 それなのに姉様達が僕を苛めてるとか抜かすんだ⋮﹂ そんな二人の台詞に、﹁ん?﹂と思わず何か引っかかるものを感 じた。 何か何処かでこういうの知ってる気が︱︱︱︱、そう考えてはっ となった。あれだ。ゲームの設定通りだと決めつけて突っかかって くる場合は、﹃そいつも転生者の場合があると思うんですよ。小説 9 とかでも乙女ゲー転生話では主人公も脇役も転生者な場合がありま すから﹄ってあの子がいってた気が⋮。 まさか⋮と思って私はこちらを恐ろしい顔して思いっきり睨みつ けてくる主人公を見る。そうして目が合えば、その子はいきなり声 をあげてきた。 ﹁何で仲良くしてるのよ! 貴方達は仲良くないはずでしょう! !﹂ そんな風に声をあげた主人公に、周りは驚いたように静まる。そ して一瞬静まった後、真っ先に突っかかったのはミカとエドだった。 ﹁だから私たちが仲悪いなんて誰が言ったんですの!? 私はお 姉様が大好きですし、エドの事も家族だとは思ってますわ﹂ ﹁そうだよ! 何で姉様が僕やミカに意地悪するとか嘘いうの! 姉様優しいんだよ!? 確かにミカとは喧嘩することあるけど、 それでもアイルアさんが言うように険悪ってわけじゃないよ﹂ ﹁そうですわ。確かにエドは突然やってきてお姉様を奪うやらし てムカつきますが⋮、家族としては認めているんですわよ﹂ 一気に恐い顔をしてそういうミカとエドに場違いかもしれないが 嬉しくなった。やっぱり家族仲が良いっていいと思う。 というか発言が可愛い。お姉ちゃんは今すぐ二人とも抱きしめた いです。 って、そんな事考えてる場合じゃない。仮に主人公が前世の記憶 を持っていて、あの子がいっていたようにこの世界をゲームの世界 と同一視しているなら危険だと思う。此処は現実で決してゲームの ようにやり直しが聞くわけではないのだ。 ﹁ミカもエドもそんなに怒らないの。この子転入生何でしょう? なら、噂とかだけで勘違いしてても仕方ないと思うんだ﹂ 周りの人達が皆笑ってればいいと思う。ギスギスした雰囲気とか、 ピリピリした空気とかそういうの私は嫌いなのだ。 主人公が勘違いしているというなら此処は現実だよと教えて主人 公にもバッドエンドはきてほしくない。ただ人前で﹃此処はゲーム 10 の世界ではない﹄なんて言ったらただの頭のおかしい変人にされる だけだ。周りからすればゲームなんて知らないんだから。 ただ勘違いして決めつけているだけなら、私たちを見てれば仲が 良いって後からわかってはくれると思う。というか仲が悪いだの思 われてるのは嫌だから仲良しだって見せつける。 ゲームの世界だと思って決めつけているなら、ゲームと現実が違 うって違和感を感じとってほしいと思う。あの子がいってた前世で の乙女ゲームの転生話では、主人公が転生者で傲慢に動いた場合結 果排除される場合もあったと聞く。正直同じ学園の生徒がそうなる のは避けたい。此処が現実で、人の行動次第で変わる世界だと理解 してもらえればそんなバッドエンドにはならないんじゃいかと思う。 それに今の状況でどっちにしろ主人公の立場は悪くなってる。こ の学園の生徒︱︱︱︱特にこのクラスの生徒達は、私がよく迎えに きたりしていたから私たちが仲が良い事を知っている。クラスで人 気のあるミカとエドに言いがかりをつけた事に周りだって良い気持 ちは持っていない。それを冷静になって見てほしい。 ゲームではなく、現実を。 ﹁でも姉様⋮⋮﹂ ﹁昔もうちの事情知って決めつけてきた子も居たでしょ? でも 今は皆私たちが仲良い家族だってわかってくれてる。だからこの子 だってそのうちわかってくれるよ。だから、そんな恐い顔しないの﹂ むぅと頬を膨らませて、不服そうなエドにそういって笑いかける。 実際にエドが愛人の子だって事で色々いってくる子も居た。自分 の家にも愛人の子がいて仲良くできるはずがないって思ってた子と か、エドの事を馬鹿にしていた子とか。なるべく私の方からも﹁エ ドが大好き﹂だって事実を広めてそれでも言ってくる子には流石に 強く当たってしまったけど、今では本妻の子とか愛人の子とか関係 なしに、そんな風にいってくる子はほとんどいない。 最もその理由の一つにはエドの人柄もあると思うけど。 ﹁ほら、買い物行くんだから行こう?﹂ 11 二人にそういって笑いかければ、ミカとエドは渋々と言った感じ で頷いた。 そして三人で教室を出ていく中で後ろから、主人公の騒ぐ声が聞 こえてきたのだった。 その後は、まぁミカとエドとのんびりショッピングを楽しみまし た。 とりあえず主人公についてはあの子と一緒に話しあう必要がある わね。 12 1︵後書き︶ ルビアナ・アルトガル。 ︻現実︼ 前世の記憶ありで、シスコンブラコンな少女。 伯爵家の令嬢で、家に迷惑をかけたくないと必死に勉強した結果筆 記だけは成績がよく学年一位。 実技はそこまで得意ではない。 ゲームの世界だとか関係なく、此処は現実だからっていう事で特に ゲームのシナリオ気にせずに動いている。 一つ一つのパーツは美少女と美少年な妹弟に似ているが、二人に比 べれば外見は割と地味。どちらかといえば美人。 筆記で学年一位だったり、人気者と仲良かったり、シスコンブラコ ンで仲良し姉弟なので割と学園で知られてたりする。 ︻ゲーム︼ 自分より出来のよい妹と庶子の弟を嫌っている。高飛車。クラスは C。成績は現実のようによくない。 妹の恋路を邪魔したり、義弟ルートの際に意地悪な姉として出てき たり、生徒会長ルートの時に主人公に嫌がらせをしてたりろくな事 をしないしょうもない悪役令嬢。 身分の低いものを見下し、美形や身分の高い人間にはよく媚びてい るため学園でも嫌われている。 ヒルア・スミル ︻現実︼ 眼鏡をかけた知的な少女。ルビアナの友人。 ︻ゲーム︼ 名前さえも出てこない本当の脇役。 13 ミカ・アルトガル。 ︻現実︼ お姉様大好きなシスコン。同じ年の義弟は嫌いじゃないけど、姉が 義弟を構うと自分に構ってくれないので突っかかってる。 エドとは喧嘩するほど仲が良いという奴である。 学園でもトップクラスの美人で、成績もよくSクラス。 エドと共にクラスのリーダー的存在。 ︻ゲーム︼ 姉とも義弟とも良好な仲ではない。自分に自信があってどこかプラ イドが高い。 成績優秀、美人で近寄りがたいイメージのお嬢様。現実のように明 るい性格ではなかった。 エドルートの際、少し重要な立ち位置だったりする。 エド・アルトガル。 ︻現実︼ 母親が死んで突然連れてこられたお屋敷で優しくしてくれた姉に懐 いている。 美少年で、一人称は﹃僕﹄。ミカにはつっかかってこられるけど、 ミカの事は大事な家族と思っている。仲が悪いわけではない。 ︻ゲーム︼ 義姉二人とは仲が悪い。愛人の子供だからと肩身の狭い思いをして きた。 その暗い気持ちに蓋をして無理に笑顔を作り、平気なふりをして生 きてきた。そんな心情に主人公が気付く。そこから始まる恋愛なの である。 14 2 ﹁此処はこっちの方がいいだろ﹂ ﹁ううん。私はそっちよりも︱︱︱︱﹂ 現在、私は教室内で研究課題のノートを広げて、ある生徒と議論 中であった。 私は筆記の成績だけは学年でトップだから、研究課題は学年で筆 記が二位の生徒とやっている。最も私は実技が足を引っ張っている から総合成績はそこまで高くはない。 実技に関してはSクラスでも下の方だ。それどころか下手したら Aクラスのトップクラスの人間よりは低いだろう。前世の記憶があ るのもあって、攻撃的な力を使うのはどうしても躊躇ってしまう。 私が普段使う魔法といったら攻撃力のない結界や捜索や回復系の 魔法ばかりだ。 私のやっている研究課題は﹃効率の良い魔法の使い方﹄について。 ちなみに、研究課題を一緒にやっている友人は︱︱︱︱︱、 ﹁こっちの方が絶対にいいにきまってんだろ﹂ フィルベルト・アシュター、この学園の生徒会長だ。 意志の強い青色の瞳に、光り輝く黄金の髪。背が高くて、見る人 全てが美形だと断言できるほどの男だ。実際この学園内でもフィル の人気はトップクラスと言えよう。公爵家の次期当主という事もあ って、フィルは非常にもてる。 そんなフィルはもちろん、攻略対象の一人なのであった。 しかも前世の妹が最も気にいっていた攻略対象だったから、他の 攻略対象よりも記憶に残っていた。 ﹁でもそれじゃあこっちが効率悪くなってるでしょう﹂ ﹁なら、そっちも︱︱︱︱﹂ 何故私が攻略対象でもある生徒会長フィルと友人なんてものにな ってしまったかといえば、私が中等部時代にフィルから話しかけら 15 れたからだ。 この学園、成績と家柄も含めて優秀な人間がSクラスに入るとい うのは初等部から同じだが、成績が人目にさらされるようになるの は中等部からだ。中等部一年の時、私が筆記成績一位をとってしま った事で﹁俺に勝った奴はどいつだ﹂と興味を持たれたのだ。 当初此処まで仲良くなるつもりはなかったものの、筆記の一位の 私と二位のフィルは研究課題を共にやるし、フィルは友人思いのい い奴なのだ。 前世の妹の話で聞いた生徒会長は﹃偉そう﹄という印象しか持っ てなかったのだが、フィルは偉そうでも友人思いだし、公平な立場 で生徒会長として判断できる。そういう性格だからこそ、フィルは 学園で人気があるのだと思う。 人気者で美形なフィルと話していて当初はファンらしき女子生徒 に嫌がらせをされたものだが、今はすっかりない。精神的には大人 だったため嫌がらせにそこまで疲弊する事はなかったけれど、面倒 だとは思っていた。嫌がらせが終わってフィルが﹁もうそういうこ とはない﹂といっていたからフィルから話をつけてきたのだと思う。 私は嫌がらせを受けたことを誰にも言っていなかった。なのに気 付いてさらっと対処するあたり流石フィルだと思った。 中等部一年の頃からフィルとは友人関係をやっていて、フィルが ファンの子とも話はつけてくれたし、今は何かを言ってくる人間は ほぼいない。ここは初等部からの一貫校だから、外部から入学の人 間以外は私とフィルが友人だって事実知っているもの。 ﹁こっちの方が絶対いいって! フィルのいってるやり方じゃ魔 力が無駄になってるでしょう!?﹂ ﹁無駄になってようが威力は文句ないだろ!﹂ ﹁そりゃ、フィルみたいに魔力が有り余ってれば問題ないでしょ うけど! でも魔力量が平均かそれ以下ぐらいしか持ってない人に はきついのよ﹂ フィルのいってる方なら、確かに私がいっているものより威力は 16 上がる。だがその分無駄に魔力を持っていかれるのだ。私の方のは 魔力を必要最低限に使い無駄にしないものだ。 フィルとかエドやミカみたいに魔力量が人より多ければそれで問 題ないかもしれないけど、私みたいに平均ぐらいしか持ってない人 間には少しの魔力の無駄でも命取りになる場合がある。 魔物討伐の演習とかもこの学園ではある。 その際に魔力量にそこまで自信のない人間は魔力を必要最低限使 い、うまくやりくりしなければ途中で魔力切れの状態に陥る場合が ある。 魔力切れになれば問答無用で気絶してしまうのだ。 この世界は前世と違って戦闘だってある。命の奪い合いとか貴族 の陰謀とかそんなのも溢れてる。 だからこそ私は魔力を無駄にしない方法をおすのだ。 ﹁ルビアナの魔力ならこれでも大丈夫だろ﹂ ﹁フィルと一緒にしないでよ。私の魔力量って平均より少し多い ぐらいなんだから。そりゃあ、使えないことはないわよ? でもも し万が一の場合がある可能性を考えるとやっぱり魔力は節約すべき なのよ﹂ そもそもこの世界は乙女ゲームの世界なのだ。一人の少女が多く の男を魅了する︱︱なんて非現実的な事が起こり、ご都合主義な展 開もまかり通っていた乙女ゲームの世界。 ゲームと現実は違うと思っている。 でも、ゲームの主人公には波乱がつきものだ。実際ゲーム内では 主人公のあの子は色々巻き込まれたりしていた。 実際にこの学園にゲームの主人公が転入してきた今、何か起こる 可能性は増すだろう。それなら、余計に何かが起こる可能性につい て考えなきゃいけない。 私はまだゲーム内における小物悪役だからいいかもしれないけれ ど、ミカは主人公のライバルだし、エドと目の前に居るフィルは攻 略対象だ。可愛い妹と弟であるミカとエドはお姉ちゃんである私が 17 守るべき存在である。そしてフィルは大事な友人なのだから、何か 危険な目にはあってほしくない。 私は実技は苦手だけど、それでもいざって時に大切な人の力にな れるようにはしておきたい。 だから、私は頑張ろうって思ってるの。本当はゲームの主人公で あるあの子が転入してこなければいいのにって思ってたんだけど転 入してきたものは仕方ない。 とりあえず可愛いミカとエドが幸せになるために奮闘するの。 ﹁︱︱︱可愛いミカとエドはお姉ちゃんが全力を持って幸せにし てあげるの﹂ ﹁⋮おい、心の声漏れてるぞ﹂ 可愛いミカとエドに幸せになってほしいとそればかりを思ってい たら、思わず口から洩れていたらしい。 そうすればフィルは呆れた声をあげた。しかし呆れ顔でも様にな っているとか本当、美形って得よね。 ﹁大体、あの二人ならお前が幸せにしなくても自分で幸せになる だろ﹂ フィルはミカとエドとも仲がよく、二人の性格をよく知っている。 というかフィルと仲良くなった事を二人に話したら、私が知らな い間にミカとエドがフィルに会いにいって何か話していたようなの だ。普段ちょっと喧嘩越しなのにこういう所では同じような思考と 行動をして、一緒に動くとか本当ミカとエドは可愛い。何をフィル と話していたかは不明だけど、二人ともフィルにそれから懐いてる からいいの。誰にだって話したくない事だってあるだろうしね。 ﹁まぁ、そうね。ミカもエドも自分の幸せは自分で掴みとるよう な子だもの。でもこれから何か、そう、何かある予感がするからミ カとエドの幸せのために私は全力で動くの﹂ この世界が乙女ゲームの世界なんて知らないフィルにそんな事は 言えないから、私はそう口にした。 確かにミカもエドも、自分の幸せは自分で掴みとるような子なの。 18 私が何もしなくても、自分の幸せをつかみとれるぐらい、私の大切 なミカとエドは強くて優しい子なの。 でも、あのゲームの主人公が何かを起こすかもしれない。それを 思って二人の幸せのために動かなきゃって思いになるの。 ﹁⋮そうか。まぁ、何かあったら言え。俺も力になってやるから﹂ フィルは私の言葉に何か言いたそうな表情を浮かべたけれども、 結局何も聞かなかった。その後に届られた言葉は、命令口調で偉そ うだったけれど、フィルの優しさがにじみ出ていた言葉だった。 私はその言葉に頷くのであった。 19 2︵後書き︶ フィルベルト・アシュター。 ︻現実︼ 筆記試験で自身に勝ったルビアナに興味を持ち話しかけてから友人。 一緒に研究課題をやる仲で、ミカとエドとも仲が良い。 偉そうな物言いだったりするけど、友人思いで良い奴というのがル ビアナのフィルベルトに対する評価。 実際生徒会長としては有能で、友人に危害が加わらないようにさら っと解決しちゃう人。 アシュター公爵家の一人息子で、公爵を継ぐ身として教育を受けて 居るから色々有能。あと魔法の腕は学園でもトップクラス。筆記で はルビアナにまけてるけど実技含めた総合一位はフィルベルト。 ︻ゲーム︼ 生徒会内での交流はあるが、特定の人と仲良くしなかった人。偉そ うな所はゲームと一緒。 次期公爵の自分に臆せず意見を言ってきた主人公を気にいったりす る。でもゲームでは常識はある人でした。 公爵家を継ぐ苦悩とかその他色々の悩みを抱えていて、それを通し て主人公と親密になります。 20 3 ﹁ルビ先輩! お久しぶりです﹂ 目の前で私に向かって屈託のない笑みを見せる少女が居る。 彼女の名前は、ヴィーア・ノーヴィス。ノーヴィス男爵家の次女 である。 赤茶色の腰まで伸びた髪と赤色の瞳を持ち、そばかすのある顔が 特徴的な少女である。ノーヴィス男爵家は貴族とは言えも、どちら かといえば平民よりな貧乏貴族だ。 この学園は魔力のある人間の育成を目指している学園である。貴 族に魔力持ちが多いために、生徒のほとんどが貴族だが魔力さえあ れば平民でも入学する事が出来る。 ﹁久しぶりね、ヴィー﹂ 私もヴィーの言葉ににっこりと笑った。 私達二人は高等部の、ほとんど人が来ないような建物の影になっ ている場所に居る。多分こういう場所がある事知らない人の方が多 いんじゃないかって思う。 今は昼休み。此処には私とヴィー以外誰もいない。 そもそも一流の料理人が雇われている食堂が至るところにあるか ら、こういう場所で食事をとろうという人はあまりいないし。 ヴィーは自分で毎回お弁当作って持ってきている。 この学園、王都の中心にあるんだ。遠くから来ている人も多いか ら寮もある。 私達姉弟は王都にアルトガル家の別邸があるから、そこから通っ ている。ヴィーは寮暮らしだ。 ベンチに二人並んで座って、お弁当を広げる。あ、私のお弁当は 別邸の使用人さんが作ってくれたものなの。基本的に食堂で食べる んだけど、お弁当が欲しいって言ったら作ってくれるの。 ﹁ところで、ルビ先輩! あの主人公、私たちと同じ転生者っぽ 21 いんですよね﹂ そんな発言からわかる通り、ヴィーも私同様異世界転生をした者 である。初等部の頃に、﹁ちょ、ちょっと質問いいですか!﹂と勢 いよく話しかけられ、互いに転生者だと理解した。 まぁ、ヴィーは私と違って﹁攻略対象には関わりたくない。美形 と美人は世界の宝だけど、関わりたくない。見ていられればいい!﹂ などと言っているんだけど。ヴィーは前世から美形とか美人とかを 見るのが大好きだったらしい。 乙女ゲームの世界に転生したことも、美形と美人が一杯で目の保 養だと喜んでいるみたい。でも関わりたくは絶対ないらしい。 だから私はヴィーと交流ある事誰にも言ってない。 ミカとエドに話したらヴィーに会いたいって言い始めるだろうし ⋮。関わりたくないって言ってるから秘密の関係になっている。 ちなみにヴィーは私の可愛い妹と弟と同じ年。でもクラスはCク ラスだけどね。 ﹁私もそれが話したくて昼食に誘ったのよ。前にミカとエドを迎 えに行った時にね、私達が仲が悪いことを決めつけたような事を言 っていたからもしかしたらそうなのかなぁって思って。でも私はヴ ィーほどこのゲームのこと知らないからわからなくて﹂ 私はそういってヴィーに笑いかける。 ヴィーは前世でこの乙女ゲームの世界にどっぷりはまっていたら しい。攻略対象が多いゲームなのに、全部クリアしたぐらいだった みたい。 それにヴィーは乙女ゲームが大好きすぎて、乙女ゲームの関わる 小説なども沢山読んでいたみたいなの。その中で乙女ゲームの世界 に転生物ってのは割とあったらしいわ。 ﹁そうですか! 私が思うにあの主人公、転生者だと思いますよ。 まだ転入して三日目ですけどそれっぽい言動が多いですし﹂ ﹁それっぽい言動って?﹂ ﹁一番決定的なのは、明らかにフラグ回収しようとしている事で 22 すよ。そもそもルビ先輩の弟のエド・アルトガルとの一番最初のフ ラグがいつも笑っている彼の闇の部分に触れる事です。ルビ先輩の 話を聞く限り、初日にそれをやったみたいですし。昨日は書記との 接触フラグを回収してたの見ました!﹂ ﹁⋮見たの?﹂ ﹁ええ、見ました! 主人公の後ろを付けてばっちり確認しまし た! 書記が去った後に何処か口元が緩んでいたので確信犯かなと 思います﹂ ﹁無駄なことに才能使うのやめようね、ヴィー﹂ ﹁無駄じゃありません! 私主人公を観察するためだけに、尾行 と観察だけは誰にも負けないようになったんですから!﹂ ヴィーはちょっと変わった子だ。 自分の大好きだった乙女ゲームの世界を生で見れるとか嬉しい、 美形と美人の色々な表情をみたら目の保養で嬉しい。 ただそんな思いから、この世界が乙女ゲームの世界だときづいて 尾行と観察に役立つ魔法をひたすら学んだらしい。そんな不純な動 機で学んだ気配を消したりする魔法の腕は開花した。そのため主人 公を付けたぐらいではバレないレベルになっている。 攻撃的魔法は私同様、平和な日本育ちだからか躊躇ってしまいあ まり使えないらしい。 でも尾行や観察などに役立つ魔法に関して言えば、ヴィーは魔法 師団︱︱︱魔法使いのトップクラスの組織︱︱にスカウトされるぐ らいはあると思う。だって、あのフィルにも全く気付かれてないん だもの。 ヴィーに情報収集させたら凄い事になりそうだと思う。 本当、その才能を別の所に使えばいいのに。 ﹁というか、ヴィーって関わりたくないとか言いながらサラガン ト先輩とは普通に交流あるじゃない﹂ ﹁あれは⋮、不可抗力って奴です! 奴が攻略対象だと気付いて いればあの時死んでも関わらなかったものの⋮⋮!!﹂ 23 ﹁サラガント先輩、それ聞いたら落ち込むと思うわよ﹂ ヴァルガン・サラガントはこの学園の生徒会副会長で、私の一つ 上の先輩だ。 サラガント侯爵家の現当主の弟の息子であり、攻略対象の一人で もある。そして何を隠そう、攻略対象と関わりたくないなどと口に していたヴィーの幼なじみでもある。 何でも幼いころに出会った時に、攻略対象のヴァルガン・サラガ ントとは印象が違いすぎて気付かなかったらしい。仲良くなってか ら気付いたものの、今更関係を切るのはと思ったのか、なんだかん だでヴィーはサラガント先輩と仲が良いようである。 フィル関係で何度かサラガント先輩とは会話を交わした事がある が、前世の妹やヴィーが話したゲーム内での﹃ヴァルガン・サラガ ント﹄とはどうも印象が違う。多分、というか、絶対にヴィーの影 響だと思う。 こんなに個性的な子が近くに居たら影響されるのは当たり前だよ ね。 使用人さんの作ってくれたお弁当を口にしながらそう思った。 ﹁サラガント先輩も美形じゃない。幼なじみだから近くで見れる んだし、いいじゃない﹂ ﹁甘いですよ、ルビ先輩! 美形だろうと見過ぎれば飽きます。 奴の顔なんてもう見飽きました。泣き顔、怒り顔、呆れ顔、笑顔、 全部見た事あるので今更見ても新鮮味もありません!﹂ ﹁本当、ヴィーはサラガント先輩と仲良いわよね﹂ 口ではこんなことを言っているが、ヴィーはサラガント先輩に何 かあったら心配したり、怒ったりするぐらいにはサラガント先輩の ことを大切に思ってる。私と居る時も結構、サラガント先輩の話を するから、知ってる。 だからそう仲良いなぁと思う。 ﹁もう、ヴァルのことはもう置いとくとして⋮! それよりエブ レサックの双子が明後日登校するらしいんですよ﹂ 24 サラガント先輩との話題を立ちきろうと、ヴィーが新たな話題を 私に振ってきた。 エブレサックの双子というのは、この乙女ゲームの中でも重要な 立場に居る。というか、思うけどこのゲームの制作者は兄妹とか、 双子とか好きよね。主要キャラ結構そういう事になってる気がする もの。 エブレサック侯爵家の双子︱︱︱︱シエル・エブレサックとリー ラ・エブレサック。兄であるシエル・エブレサックは攻略対象で、 妹であるリーラ・エブレサックはライバルキャラ。 シエル・エブレサックとリーラ・エブレサックは神童と呼ばれる 天才な双子だ。 正直学園なんか通う必要ないんじゃないかってぐらいの双子であ る。互いに苦手分野と得意分野はあるらしいけど、詳しくは知らな い。ちなみに二人ともミカとエドと同じクラスよ。 そもそもあの双子は神童として知られていて、学生の身でありな がら魔法の研究を行っていたり、新しく魔法具を開発したり、危険 な魔物退治にいったり︱︱︱とそんな感じで忙しいみたいで学園に いない時も多いの。 今回もしばらく学園をそういう関係で開けてたんだけど、明後日 は登校するみたい。 ﹁いやー、あの二人大分ゲームと違うから本当に明後日登校する のかなって思ってたんですけどそこら辺はシナリオ通りみたいです﹂ ﹁うん。エブレサック家の双子ってゲームでは確か家族環境が破 綻してて、あの双子も疎遠な双子だったのよね、確か﹂ ﹁そうです! あのゲーム家族環境まで細かく設定されてて、エ ブレサック家は父親が昔の恋人をずっと思い続けてくるってるって 設定で、もう随分昔に別れたのに執着してるんです。それであの二 人の双子の母親は暴力と暴言の末壊れてるのです。それを見続けた が故に、あの二人は色々歪んでたんですよー。あれです、ヤンデレ って奴でしたから。私的にはシエル・エブレサックもリーラ・エブ 25 レサックも前世でお気に入りだったんですけどね﹂ 何度かヴィーにエブレサック家のゲームでの家事情を聞いたこと はあるけど、何度聞いても壮絶な家族だと思う。 私の家も、私が転生者じゃなくて、ゲーム通りに進んでいればエ ドが辛い思いしてただろうけど、エブレサック家の設定はそれ以上 だと思う。 ﹁確か双子同士も仲が悪かったのよね、ゲームでは﹂ ﹁はい! 神童って呼ばれてるのは今と一緒ですけど、互いに敵 視というか、複雑な感情を持っていて衝突しあってました﹂ ﹁⋮⋮でも現実じゃ全然違うわよね﹂ ﹁そうですね。エブレサック家の家族仲は全然悪くないですし、 あの双子普通に仲良いですから﹂ そうなのである。ゲームと全然違うのだ、エブレサック家の双子 って。あの二人は初等部からこの学園に通っているから少なからず 知っているけれど、そもそもゲームの設定と﹃神童﹄って事以外違 う。 あの二人の性格の根幹であった﹃家族仲が悪い﹄というのがまず 違う。 ﹁多分あの二人っていうか、あの二人の両親の世代に転生者いる のよね﹂ ﹁誰かわからないけど確かでしょうね。そうじゃなければこんな にゲームのシナリオが違うのはありえないと思いますし。実際私と ルビ先輩が関わってない攻略対象とかって本当にそのまんまって感 じですし⋮﹂ 二人でそんな会話を交わす。 ちょっとしたきっかけで人って変わるものだろうから、転生者が 絡んで、歯車がずれて、家族破綻ではなく良い未来に変わったのだ と思う。正直誰が転生者なのだろうと気になるけれど、今の所目星 はついていない。 ﹁とりあえずエブレサック家の双子に主人公が何をいって、何を 26 するかで転生者かどうかわかるわよね﹂ ﹁そうですね。家族仲が悪いとか思いこんでるならこのゲームを 知ってる︱︱︱転生者しかありえませんし﹂ 私の家の場合は異母姉弟だから仲が悪いと思うのも、まぁありえ る事だ。でもそもそも家族破綻がしていないというのに、﹃家族仲 が悪い﹄などと言うのはありえない。 ﹁もし転生者だったら此処は現実なんだってどうにかわかってく れればいいんだけどなぁ⋮﹂ ﹁そうですねぇ。それが一番平和です﹂ 結局主人公の話はもっとちゃんと私たちと同じ転生者だってわか ってからにしようという事になり、一旦終わった。 その後はのんびりと世間話をヴィーとしながら、昼休みを過ごす のであった。 27 3︵後書き︶ ヴィーア・ノーヴィス。 ︻現実︼ ノーヴィス男爵家の次女。ルビアナ同様転生者。 前世では乙女ゲーム大好きなゲーマー。乙女ゲーの小説も読みあさ る。ルビアナとは仲の良い先輩後輩。 赤茶色の髪と赤目の、そばかすの顔が特徴的な少女。背は低い。 実は副会長と幼なじみだったりする。 大好きだった乙女ゲームの展開を生で見たい、美形と美人を見て目 の保養にしたい、というしょうもない理由で尾行や観察に関する魔 法を極めまくった結果、その才能が開花している。 料理は得意。実家は貧乏なので、使用人もほぼいない。折角魔力が あるから将来はいい職業について、家の助けになれればいいなーと か思っている。 クラスはCクラス。筆記は苦手。 ︻ゲーム︼ 何かのイベントでちらっと名前だけ出る程度の脇役。声優さんもい ない。声を発することもゲームではない、そんな生徒A的な人。 一気に書いたので、矛盾点と誤字脱字あれば報告お願いします。直 します。 28 4 ﹃フィルベルト・アシュターが、転入生である少女を気に入った﹄ そんな噂が出回ったのは、ヴィーと久しぶりにあったその翌日だ った。主人公であるあの子が次に話題になるとしたらエブレサック の双子のことかと思ったけれど、それよりも先にフィルと接触した みたい。 うろ覚えだけど確か主人公がフィルに躊躇いもせずに意見を言っ て、その事からフィルに気に入られるっていうのが、ゲーム内での シナリオであったと思う。 それにしても今日、フィルと主人公が接触する予定なら昨日ヴィ ーは何故教えてくれなかったのだろうか。 そんな風に思いながら、空いているフィルの席を見る。 フィルは生徒会の仕事があるからか、教室には来ていない。 この学園は生徒会が学園を運営している。生徒会になるのは基本 的に良家の子息と令嬢のトップの人間だ。だからこそ、将来上に立 つ者としての経験を積むためもあってこの学園の生徒会の仕事量は 地球では考えられないほど多い。 前世で妹がそういう設定を口にしていて、聞いていて大変だなと 呑気に思っていたわけだが実際にその仕事量を見て、純粋に驚いた。 本当、多かった。そんな内容まで生徒が管理するのかと驚くような ものも多くあった。そんな仕事をこなせるだけでも本当フィルって 凄いと思う。若干偉そうだけれども、フィルが慕われているのは生 徒会長としての仕事をきっちりとして、責任を持っているからだと 29 思う。 でもそれを考えるとわからない。 自分の影響力を知っているはずのフィルが、何故わざわざ周りに ﹃気に入った﹄と認識される事をやったのだろう。 不思議だった。 フィルに次にあった時に聞いてみよう。 そんな風に考えながら、四時間目までの授業が終えて昼休みにな った。 教室に顔を出していなかったフィルは昼休みには教室にやってき た。クラスメイトの女子生徒や男子生徒が教室に入ってきたフィル に視線を向ける。いつもフィルは注目を浴びているような人だけど、 今日は転入生との噂があるから余計に注目を浴びているようだった。 そういえば、ゲームのフィルってあまり教室に顔をださなかった って前世の妹とヴィーが言っていた気がするけど現実のフィルは生 徒会の仕事が片付いたら割とすぐに教室に来る。 ﹁フィル、生徒会の仕事終わったの?﹂ ﹁ああ。大方片づけてきたから昼からは授業に出れる。それより 昼食堂で食べるから、ルビアナも来い﹂ ようやく教室にやってきたフィルに話しかければ、命令系で言葉 が帰ってきた。 私は昼ご飯は食べる人は様々だ。ヴィーと食べたり、エドとミカ と食べたり、ヒルアと食べたり、フィルと食べたり、他のクラスメ イトと食べたり︱︱︱⋮。 今日はヒルアと食べる予定だった。だからフィルの言葉にヒルア の方を見れば、何だか﹃行っていいよ﹄的なジェスチャーをされた。 そしてその後、ヒルアはさっさとクラスメイトの女子生徒グループ に混ざっていった。 それを見て、ならいいかと私は﹁いくわ﹂とフィルに答えて、フ ィルと一緒に教室を出た。 廊下をフィルと並んで歩いていれば、他の生徒達の視線が向けら 30 れるのがわかった。 本当、フィルって目立つと思う。ファンの女子生徒達も多いし、 フィルに憧れている男子生徒も結構な数居る。流石、高等部二年に して生徒会会長を務めている男だと言うべきだと思う。 ﹁そういえば、フィル。フィルが転入生の下級生の子気にいった って噂になってたけど⋮﹂ ﹁ああ、アイルアのことか﹂ 私の言葉に、フィルが言った言葉にああ、フィルはそんなに主人 公であるメルト・アイルアのこと噂されてるように気に入ってはな いのだなと思った。だって、フィルって仲の良い人間相手には家名 ではなく、名前で呼ぶ。 気に入ったらすぐに名前呼びである。ヴィー達に聞いた話だけど、 ゲームでもそんな感じらしい。ゲームではフィルに家名呼びされて いるってことはまだ好感度が低い状態って感じだったようなの。 ﹁明らかに身分の違うこの俺に初対面から突っかかってきたんだ、 あいつ。それに面白いと思ったのは確かだが、エドとミカからあい つの愚痴聞いてたからそんな気に入ったわけじゃない﹂ ⋮⋮本当、フィルはエドとミカと仲良しだ。私が知らないうちに 何だか内緒話をしていたり、あっていたりするからお姉ちゃん、寂 しい。いや、友達のフィルとエドとミカが仲良くするのは嬉しいけ れど! それでも可愛いエドとミカは私よりフィルに頼ってるのか なーと思うとフィルにヤキモチ感じちゃいそうなの。 ﹁でも気にいった発言したって聞いたけど﹂ ﹁あー、あいつ俺に人が大勢いる前で思いっきり話しかけてきた からな。下手に邪険に扱ったら苛め起きるだろ。気にいったって周 りに示してれば、下手な事にはならないはずだ﹂ ﹁フィルが気にいったら気にいったでファンの子達に嫌がらせさ れないかしら?﹂ ﹁大丈夫だ。ルビアナの時にちゃんと躾けたから俺の気にいった 奴には手を出さないようになってるはずだ。流石にそれでやるよう 31 な学習力のない奴らではないだろ﹂ その言葉に、あの時躾けたんだ⋮とうわーという気持ちになった。 フィルって優しいけど容赦ない人だから、徹底的にやったんだろう と思う。私への嫌がらせがきっぱりあの時なくなったのを考えると。 ファンの子達もフィルを本気で怒らせたいわけではないだろうし、 それを考えれば主人公に手を出さないと考えていいだろう。 ﹁あの子、私たち家族のこと色々勘違いしてたりしてるのよね⋮。 どうにかその誤解を解きたいんだけど。エドとミカが家族仲が悪い って言われたことで怒ったみたいで、そのせいもあってクラスにな じめてないみたいだし⋮﹂ ゲームのことを言っても仕方ないため、私はそういういいかたを してフィルに主人公のことを言った。 ﹁それもエドとミカに聞いた。ルビアナ達が仲悪いとか時代遅れ な事いってるよな﹂ ﹁⋮まぁ、そういう風に周りの生徒に言われてたのって初等部の ことだしね﹂ 初等部の頃のことを蒸し返しているようなものだから、余計エド とミカは主人公のこと嫌がっているのだと思う。実際あの頃は、周 りが噂で色々いってきて少し大変だったもの。 ﹁でもルビアナ達が仲良いのみれば誤解ぐらいすぐ解けるだろう﹂ ﹁⋮そうだといいんだけど﹂ 私はエドとミカのこと大好きだし、結構べったりしているから学 園の人達は私たちが仲良い事知ってる。でも、乙女ゲームの、この 現実とは違う世界のことを主人公は詳しく知ってる。それがきっと 当たり前だと思ってる。思いこみって怖い事だと思う。だから、ち ゃんと誤解が解けるのがいつになるのか不安になる。 そんな風に会話を交わしながら、私とフィルは第一食堂にたどり 着く。この学園には食堂は四つあるのだ。此処はその内の一つ。 扉を開けて食堂の中へと入る。 食堂内は何処か騒がしかった。騒がしく聞こえる声の中には非難 32 の声もあった。 ﹁何かあったのかしら﹂ ﹁中央が騒がしいな。行くか﹂ フィルは生徒会長だから、騒ぎがあれば治める役目もある。風紀 委員もあるけれど、今騒ぎが収まってないってことは治める人間が この場に居ないって事なのだろう。 フィルと一緒に向かった騒ぎの先には、生徒会書記︵ヴィーが昨 日言ってた接触した方の書記︶と生徒会会計二人︵片方は女︶が主 人公と共に居た。 33 5 ﹁メルト、これ食べる?﹂ ﹁うん、食べるわ﹂ ﹁メーちゃん、メーちゃん﹂ ﹁ふふ、クルートがこんなに人に懐くなんて⋮﹂ 上から書記のダルトン・バストン、主人公のメルト・アイルア、 会計のクルート・セステンスト︵男︶、同じく会計のチィカ・ミラ スア︵女︶である。 バストン先輩は一つ上、セステンストとミラスアは私やフィルと はクラスが違って、Aクラスなの。 ちなみにミラスアは生徒会の紅一点でもあるわ。生徒会は仕事が 多いのもあって、会長一人、副会長一人、書記二人、会計二人、補 佐一人と7人も居るのよ。 ミラスアは生徒会の紅一点なんだけれどもゲームでは主人公のラ イバル的立ち位置ではなく友人ポジションだったらしいわ。セステ ンストと幼なじみらしいけど、そこにあるのは友愛であり恋愛感情 じゃないっていう設定だったってヴィーに聞いたわ。寧ろゲームで も現実でも人懐っこい雰囲気だけど人に心を許すのに少し時間のか かるセステンストが誰かと仲良くするのを心から喜んでいる優しい 子だもの。 セステンストと姉弟のように仲良くて、優しい人だから男女とも に人気があるの。見た目も凄く可愛い子だもの。あ、もちろん、私 の可愛いミカの方が100倍可愛いけれど!! 美形と美少女が笑いあってる︱︱なんだかヴィーが凄く喜びそう な光景なんだけど、周りは罵声も結構溢れてるわ。 フィルほどではないにしても主人公の傍に居る三人って人気ある もの。転入してきてすぐに気にいられている主人公が妬ましい子も 多いのかもしれない。ゲームでも主人公が攻略キャラ達とポンポン 34 仲良くなって嫌がらせされる描写あったみたいだし。 前世の妹が﹁今日は○○のファンの子達に勝ったの!﹂と何故か 乙女ゲームしているはずなのに良い笑顔でそんな台詞をいっていた のは印象に残ってるわ。 ﹁お前ら何やってんだ﹂ フィルが仲良く話す四人に近づいていって、呆れた声を上げる。 ﹁フィルベルト先輩!﹂ 真っ先に声をあげたのは主人公だった。目が輝いてる⋮! 嬉し そうな声を上げて、立ち上がりまでしてるの。 あ、ちなみに私はずかずかとフィルが四人に近づいていった中で、 後ろの方で野次馬に混ざりました。いや、だってあの子私がミカと エドと仲悪いって思いこんでるみたいだし、こんな公の場で明らか な勘違い発言︱︱フィルの言う時代遅れ発言繰り返してたらもっと あの子浮きそう。ヴィーの想像通り、あの子が転生者だったら余計 ゲームの設定どおりだと思っているかもしれないし⋮。 あとあんまり目立つのは好きじゃないってのも一つの理由。ミカ とエドは超可愛いし成績優秀で、フィルは生徒会長やってるし人気 者で、家族や友達は目立つけど私って皆に比べたら凡人だもの。 ﹁あ、会長だ﹂ バストン先輩はちらりと視線を向けて、そう口にする。 背が高いくせ毛の少年︱︱それがバストン先輩だ。正直数えられ る程度しか話した事ないため、よくわからない先輩だ。ただヴィー 情報によればバストン先輩ってゲームでは親しくなったら一気に人 に甘えるタイプだったらしい。 前世のヴィーは甘えるバストン先輩にキュンキュンしてたそうだ。 現実では好きじゃないの? と聞いたら、﹃美形は関わらないから こそいいんです! 自分で経験するより甘える書記を見たいです!﹄ って答えられた。本当ヴィーって面白い子だと思うわ。 ﹁会長、メーちゃんいい子だね。会長が気にいったのもわかるよ﹂ ﹁ええ。そうですね﹂ 35 セステンストとミラスアはにこにこと笑っている。 本当に信頼しあってる二人の関係見ていると何だか幸せな気持ち になる。人が笑っているの見るの、私は結構好きなの。 仲良いって良いことだと思うわ。 前世が日本人だから、この世界が前世よりも物騒な事が沢山ある とは知っていても周りであんまりそういうこと起きてほしくないの。 特に大切な人達には笑っててほしい。うん、だからお姉ちゃんは ミカとエドのために全力を持って行動するの! あ、もちろん、友 達のヒルアやフィルに何かあっても行動するわよ? 本当に主人公を気にいっている様子の三人を見て、フィルはため 息交じりにいう。 まぁ、フィルはわざと﹃気にいった発言﹄をして嫌がらせとか起 きないようにしようとしていたもんね。折角そんな行動したのに生 徒会の三人が主人公を気にいってややこしいことになりそうだから めんどくさいとでも思っているのかもしれない。 ﹁アルイアを気に入るのはお前らの自由だが、ちゃんと自分の周 りを整理してからにしろ。軽率な行動すると面倒なことになる﹂ ばっさりとそういったフィルに何だか野次馬の女子生徒達がキャ ーキャーと声を上げている。⋮フィルほどの美形で公爵家次期当主 となると何をしてもかっこいいって騒がれるの。美形って大変だわ。 私だったら一々行動する度に騒がれるのは嫌だから、美女とかじゃ なくて良かったと心底思うわ。 ﹁それ会長もでしょ? メルトに気にいったっていったんだって ?﹂ ﹁俺は何も問題ない。俺のお気に入りには手を出さないように忠 告してあるからな﹂ んー、しかしフィルと仲良くなった当初あれだけ嫌がらせしてた ファンの子達をよくフィルは﹃絶対に手を出さない﹄まで出来たよ ね。本当、何したんだろうか。聞くのちょっと怖いけど、興味があ る。 36 というか、話長引きそうね。先に空いてる席に座ってていいかし ら。 何だか野次馬にまぎれてると周りの人達が私に気付いて、視線向 けてるから居心地悪いの。途中までフィルと一緒に居たのもあって 見られてるのよね。 そんな事を考えて私を余所に、フィル達の会話は続く。 ﹁フィルベルト先輩! 私のためにそんな事をしてくださったん ですか。嬉しいです﹂ 目をキラキラさせてフィルに近づいた主人公。それに周りの殺気 染みた視線が主人公に向いた。それに気付きもせずに嬉しそうな笑 みを浮かべている主人公はある意味凄い。 ﹁いや、忠告をしたのはアイルアに会うよりずっと前だ。お前の ために忠告していたわけではない﹂ ﹁そんな事言って、私わかってますから正直にいってください。 忠告してくれたのでしょう?﹂ ポジティブだ! 凄くポジティブだ! 主人公。私びっくりした。 思わずびっくりして二度見したのも仕方ないと思うの。フィルと 仲良く話している︵周囲にはそう見える︶主人公に嫉妬の心を向け てた人達の内の何人かも、今は睨みではなく驚いた顔になっている。 多分驚いてるのはフィルのファンの子が大半だと思われる。実際に フィルに忠告されたのだから、フィルの言ってることが事実なの一 番理解しているだろうし。 あとフィルのやることは何でも目立つし、噂になるので、中等部 の頃一時期、﹃フィルベルト・アシュターがファンの女子生徒達に 何かした﹄という噂が出回っていたのも驚いた顔がちらほら見られ る理由だと思う。 そもそも主人公がやってきてから忠告したなら、今その話題が学 園中に結構な勢いで広まってるはずだもの。 だからフィルの言う﹃忠告﹄は私への嫌がらせをどうにかするた めにした事を指してんだてすぐわかるわ。そもそもフィルが主人公 37 のために﹃忠告﹄したのに、それを隠す理由がないもの。 というか、主人公の言葉にフィルが一瞬だけ怪訝な顔したの見え たから絶対そうだわ。 ﹁アイルア、それは勘違いだ。俺が﹃忠告﹄をしたのはもう四年 も前だ﹂ ﹁え?﹂ 主人公、本気で驚かないでと正直に思った。びっくりする。 フィルと主人公って今日出会ったばかりだよね、それでファンに まで﹃忠告﹄するような人間じゃないもの、フィルって。 そもそも出会ったばかりの人間相手にそこまでする人って普通に 考えていないと思うわ。 ﹁あー、四年前ってあれか。アルトガル姉の件でだろ﹂ ⋮私たちって、ブラコン・シスコン姉弟として少しは知られてる のよね。それで私をアルトガル姉、ミカをアルトガル妹、エドをア ルトガル弟とか呼ぶ人もいるの。バストン先輩は私を呼ぶ時も﹁ア ルトガル姉﹂だもの。 ﹁そういえば会長、一回教室いったんでしょう? アルトガルさ んと一緒じゃないの?﹂ ﹁そうですね。アルトガルさんと一緒に食べるといっていました よね。まさか、断られたのですか?﹂ ﹁⋮⋮そういえば、あいつ何処行った。食堂まで一緒に来たんだ が﹂ あ、いないことに気付かれた。 フィルがちらりとこちらに視線を向ける。それと同時に私の周り に居た人たちがすぐさま私から距離を置いた。 ぽつんと残された私を見て、フィルが呆れたような表情を見せる。 ﹁ルビアナ、何やってる﹂ ﹁⋮⋮フィルと一緒に生徒会三人+噂の転入生と会話交わしたら 目立つでしょ﹂ ﹁もう充分目立ってるから気にするな﹂ 38 ﹁私はフィルと違って凡人だから、人に注目されすぎるのはちょ っと⋮⋮﹂ ﹁それも今更だ。俺と友人やっているなら注目されることぐらい 覚悟しろ﹂ ﹁してるわよ。フィルは友達だから一緒に居るのは全然良いの。 注目されたくないからって友達やめたりはしたくないもの。でもあ の輪にフィルと一緒に話しかけるのは流石に注目されすぎなの﹂ フィルと友人になったのは私の意志。それで注目されるのは別に かまわないの。 でもね、だからといって目立つ集団にフィルと一緒に話しかける のは注目されすぎでしょ。大体フィルと私が一緒に居るのは割と当 たり前のことだから、別にいいの。でもバストン先輩達とは私あん まり喋ったことないから、こんな場面で喋ったら本当、注目されま くりでしょ。 そもそも⋮、こうやってフィルと会話を交わすと主人公の前だと 面倒なことになりそだと思ったのも理由だもの。 って、あれ、主人公、予想外の無反応? そう思ってフィルと会話することに夢中で気に止めてなかった主 人公を見たら、それはもう驚いた顔をしていた。 私の視線に気付いた主人公は、はっとして、次の瞬間叫んだ。 ﹁どういうことなの!?﹂ と、なんに対しての疑問かわからない言葉を。 39 6 主人公の叫びに、バストン先輩、ミラスラ、セステンストも驚い た顔をした。 そりゃあ、さっきまで嬉しそうにフィルに向かって微笑みかけて いた子の顔が豹変したらびっくりするよね。 私もびっくりした。 というか、主人公の私を見る目がちょっと怖い。驚愕に滲んだ顔 の中に、明らかな敵意がある気がする。 うーん、人に悪意向けられるとか好きじゃないんだけどなぁ⋮。 何もしてないのにそんな目向けられるのは正直へこむ。 ﹁あ? 何がだ﹂ ついでにフィルが、何だか不機嫌になったの。 ただ疑問をぶつけているだけにも見えるかもだけど、冷静さを保 ちながらもフィル今絶対不機嫌だよ。中等部からの付き合いだから 余計フィルの不機嫌さが伝わってきて何だか慌てた。 ﹁何でその人がフィルベルト先輩と仲良く喋っているんですか! ? それにフィルベルト先輩を﹃フィル﹄だなんて呼ぶなんて︱︱ ︱!﹂ ﹁あ?﹂ あ、フィルの機嫌が益々悪くなった。 主人公、ちょっと黙ってー。フィル、機嫌悪いから。それと周り も﹁何言ってるのこの子﹂って感じで見てるから。気付こうよ、フ ィルの機嫌の悪さと周りの視線に。 ﹁私知ってるんですよ! その人はフィルベルト先輩の外見や公 爵家の長男って地位ばかり見てるって! そんな人と一緒に居るだ なんてフィルベルト先輩は騙されているんですか!﹂ そんな主人公の言葉に機嫌悪くなってたフィルも﹁何いってんだ、 こいつ﹂という怪訝そうな顔になる。 40 周りの生徒達もシーンとなって、主人公が言ったことに??な様 子である。 というか、これで確定した気がする。この子、絶対転生者でしょ う。だって﹃フィルベルト・アシュターの外見と地位に惹かれた女 で、取り巻きとなり近づく女を苛め倒す﹄のがゲームでのルビアナ・ アルトガルだもの。 ︱︱︱⋮本当、ゲームの中の私というか、﹃ルビアナ・アルトガ ル﹄ってどれだけ悪役設定だったんだろうか。 ﹁えーと、アイルアさん。私そんな性悪じゃないわよ? それに フィルはそんな騙される性格は︱︱︱﹂ ﹁私の名前を呼ばないでください! フィルベルト先輩をどうや って騙したんですか!﹂ わお、話が通じない。 というか、なんか主人公の目は使命感に満ちてる気がする。彼女 の中で私とフィルの関係はどう映っているのだろうか⋮。 ﹁うーん。フィルを騙した記憶は一切ないんだけど﹂ ﹁そんな事いって! フィルベルト先輩に近づきたいがために何 でもする女の癖に!﹂ この主人公、ちょっと思いこみ激しい性格なのかもしれない。ゲ ームの設定を知っているからこそ、私という悪役がフィルという攻 略対象の傍にいるのが理解出来ないのかもしれない。 転生者なら、さっさと違和感に気付いてこの場を収めてほしいな ーと思っているのよ。でも、何だか無理そうね。 どうしよう。 私を責める主人公。 困っている私。 驚いて仕方がないといった様子の周り。 ちょっとカオスな光景な気がする。 そんな中で驚きから真っ先に立ち直ったのは、フィルだった。 ﹁⋮⋮アイルア、エドとミカから話聞いた時も思ったが、お前い 41 つの時代の人間だ。ルビアナが性悪だとかガセ流れてたの中等部時 代だぞ?﹂ そうなの、一時期そんな噂を流されたことがあったわ。フィルと 仲良くなった時に嫌がらせしてきたファンの子がそんな噂を流した の。 前に主人公がいった﹃私とエドミカの仲は悪い﹄も、今主人公が いった﹃フィルに近づく性悪女な私﹄も全部もう終わった噂なのよ。 フィルなんて怒り通りこして、呆れたものを見る目で主人公を見 てる。 ﹁中等部時代⋮? いえ、いつ騙されたかなんて関係ありません。 ガセなんかじゃありません。その女はきっと本性を知る者を︱︱﹂ 何だか主人公は全く躊躇いなく、私のことを語りだす。 そんな主人公を尻目に私とフィルは会話を交わす。あ、外野は何 が何だかわからない様子。バストン先輩達三人も戸惑っているみた いだし。 ﹁アイルアの思いこみの中のルビアナってどんだけ性悪なんだよ﹂ ﹁⋮ねぇ、フィル、私そんなに性悪に見えるかな? 見えるなら へこむんだけど﹂ 直接話してれば違和感感じてくれるかなとも期待していたんだけ ど、主人公の中で私は﹃性悪女のルビアナ・アルトガル﹄でしかな んだろう。 私自身が性格悪く見えるのかとちょっとへこむ。 ﹁ルビアナは性悪じゃないだろ。あいつが異常な思いこみでそう 言ってるだけだから気にするな﹂ フィルは私の頭をぽんっと軽く叩きながら言った。 そんなフィルに本当現実のフィルって偉そうな一面はあるけれど、 友達思いでいい奴だと思った。 ﹁フィルベルト先輩! それはその人の策略です! 落ち込んで るように見せて、油断させてるんです!﹂ うーん、どうしよう。 42 困った。本当に困った。 正直フィル関係で悪意を向けられたことはあるが、此処まで思い 込みで自分を決めつけられることははじめてた。 ﹁フィル、どうしよう﹂ ﹁⋮悪い。俺も対処法が思いつかない﹂ ﹁⋮フィルが対処法思いつかないとかよっぽどだよね﹂ ﹁いや、今の所俺が何を言っても﹃ルビアナに騙されてる﹄とし か言わないだろう。他に想像出来ない﹂ ﹁誤解とくの長期戦になりそう⋮﹂ ﹁それもそうだが、学園が荒れそうだ﹂ ﹁あー、うん。そうね﹂ フィル達と仲良くなった︵フィルは仲良くはなってないように私 には見えるが︶ってだけで良く思われていないのに、わけのわから ない思いこみ連発とか益々主人公悪い印象持たれそう。 クラスにもまだなじめてないようなのに⋮、と正直主人公の行く 末が不安になる。 ﹁生徒会のファンは俺で抑えとくから、ルビアナはエドとミカを おさえろ。あいつら絶対お前が悪いように言われたことでアイルア を敵視して突っかかるだろ﹂ ﹁うん。それがいいわ。そうしないとあの子潰されちゃうもの﹂ 前世とは違って、この世界って権力社会なのだ。ヴィーが好きな 乙女ゲー転生小説や乙女ゲーの中ではヒロインを守るために、ヒー ローが悪役を徹底的にやりすぎってぐらい破滅においやるものもよ く見られたらしい。 ヒロインを守るためなら何をやっていいわけでもないと思うけど、 そういうのは小説やゲームでは割と溢れているとヴィーは言ってい た。 第一、この学園もトップである生徒会長のフィルがしっかりと統 轄しているから問題ないけれど他の人がトップなら権力が横行して いた可能性もある。 43 フィルは偉そうで、やると決めたら容赦がない。だから機嫌をそ こねればまずいことになるとでも誤解している人もいるみたいだけ ど。 ﹁何でフィルベルト先輩はその人と顔を近づけてこそこそと話し てるんですの! そんなにその人に近づいたら大変な目にあいます わよ!?﹂ ﹁ルビアナは毒物か何かか﹂ ﹁⋮⋮あの子にとっては毒の花って感じなんだろうね。フィルを 惑わす毒を持つ者みたいなもの﹂ 主人公の言葉に対するフィルの感想に、私はそう答える。 というか、主人公は気付こうよ。周りの視線に、周りの唖然とし た表情に。夢中になると周りが見えなくなるタイプなのかしら⋮。 ﹁ねええさま!﹂ ﹁おねえぇえさまぁああああ!﹂ 主人公の事をどうするべきかとうなっていたら、可愛い可愛い私 のエドとミカの声が聞こえてきた。 そちらを見れば、何だかエドとミカが私を呼びながら駆け寄って きていた。しかし、その顔に浮かんでいるのはいつもの可愛らしい 顔ではなく何処か厳しい顔をしていた。 多分、私とフィルが主人公と接触しているのを聞いてやってきた のだろう。 私とフィルの前まで到着した二人は、私に背を向けて主人公の方 をキッと睨みつけている。 って、待て待て待て。 私のために怒ってくれてるようなのは嬉しいけれど、さっきフィ ルにエドとミカを抑えるっていったばかりだもの。 ﹁姉様︱︱﹂ ﹁おねぇ︱︱﹂ 口を開きかけたエドとミカの口を後ろからさっと塞ぐ。そして一 瞬驚いた顔をした二人を後ろからぎゅーっと二人纏めて抱き締める。 44 ﹁ちょ、姉様!﹂ ﹁お姉様、私はこの女に︱︱﹂ ﹁二人ともそんな怖い顔しないの。その子は勘違いしているだけ なんだからそんな怒っちゃだめよ? お姉ちゃん、二人の笑顔見る 方が好きだもの。だからね、怒るより笑ってくれると嬉しいの﹂ 抱きしめたまま、宥めるようにそういえば二人は不満気に頷いた。 素直で可愛い。というか、不満気な顔も可愛い。何で私の弟と妹 はこんなに可愛いんだろう! もう、本当世界で一番可愛いと思う。 お姉ちゃんは本気で二人の幸せなら何でも出来る気がします。 可愛すぎて表情が緩む。 ﹁何なのよ! 何でルビアナ・アルトガルがエド・アルトガルと ミカ・アルトガルと仲が︱︱︱﹂ 主人公の言葉は最後まで続けられなかった。 私が気付いた時には、何故か主人公は意識を失いパタリと倒れて いたのだ。 え? と思わず驚いた顔をするのを私は隠せなかった。私に抱き しめられたままのエドとミカもびっくりした表情をしている。もち ろん、そんな表情も可愛かった。 ﹁え、あ、メルト大丈夫?﹂ ﹁メーちゃん?﹂ ﹁メルトさん!?﹂ 主人公の豹変に驚いて口出しが出来てなかったバストン先輩達は 即座に駆け寄った。 私は、それを見ながらも近くに居たフィルに問いかける。 ﹁ねぇ、フィル何が起きたの﹂ ﹁わかりにくかったが、アイルアの首に針のようなものが投げら れて、気絶した。多分催眠効果がそれにあったのかと思うが、誰が 投げたかわからない﹂ ﹁え、何それ。フィルでもわかんなかったの?﹂ ﹁ああ。投げつけられた方を探ったが、わからなかった。この学 45 園にあれだけ隠密が得意な奴がいるとはな⋮﹂ あ、フィルがちょっと楽しそうな顔してる。 フィルって実力ある人は結構好きだもんね。って、隠密行動をフ ィルに悟られないほど得意な人ってそうはいないよね⋮。 まさか、ヴィー? ⋮⋮その可能性ありそう。あの子、親しい人には甘いから私が困 ってるの見て助け舟だしてくれたのかもしれない。 ヴィーかもしれない、という可能性に気付いたものの目立ちたく ないヴィーのことをフィルに言うわけにはいかないから私はとりあ えずごまかすことにした。 ﹁えっと、とりあえずあの子は保健室に連れていくとして︱︱﹂ ﹁俺達が連れていくよ﹂ ﹁あ、じゃあお願いします。バストン先輩﹂ ﹁あー、あとメルトにはちゃんとこっちでも説明しておくな﹂ ﹁はい。ありがとうございます﹂ バストン先輩、いい人だ! と思わず思った。 ヴィーの話じゃ、乙女ゲーでは何もかも主人公の都合のよいよう に動くものばかりだっていってたけど、バストン先輩が主人公の言 い分を信じ切って変なこと言いだす人じゃなくて良かった! そう いう場合も小説とかではあるってヴィーが言ってたからね。 ﹁じゃあ、ルビアナ、俺たちは食事にするぞ。時間がもう少ない﹂ ﹁フィルベルト君、私も一緒に食べますわ! よろしいですわよ ね?﹂ ﹁僕も、食べる!﹂ フィルの言葉に、ミカとエドがそんな事を口にする。 ﹁もちろん。可愛い可愛いミカ達と一緒に食事をするなんて最高 だもの! 二人も一緒でいいわよね?﹂ ﹁ああ。構わない﹂ そんなこんなで話がまとまり、バストン先輩達が主人公を魔法で 浮かせて食堂から出ていくのを見届けてから移動することになった。 46 ﹁騒がせてすまなかったな。それぞれ食事を再開するといい﹂ フィルは周りでこちらを見ていた生徒達にそれだけ告げる。そう すれば皆大人しく食事に戻るから本当凄い影響力だと思う。 フィルって学園の王様って感じなのよね。 まぁ、その後に空いてる四人座れるテーブルに座って︵というか、 食べ終わった生徒達がさっと譲ってくれたんだけど︶、四人で食事 をしたの。 ︱︱︱とりあえず、後でヴィーを尋問して聞いておかなきゃね。 47 7 ﹁昼の騒ぎについてのいいわけを聞こうか﹂ 目の前でにこやかに笑っているのは、この学園の風紀委員長カイ エン・サクシュアリ。 黒髪に赤目の、美しい男。 笑っているのに何処か逆らえない雰囲気を纏っている人である。 私とフィル、そしてエドとミカは主人公と食堂で騒ぎを起こした 放課後、風紀室に呼び出されていた。 風紀室はそこそこ広い。 ドアから少し離れた所に椅子とソファがあってね。そこで何かあ った時、事情聞くようになっていて、私たちは今そこに座っている の。 ﹁言い訳も何も⋮、アイルアが時代遅れな勘違いをしていてあん な騒ぎになっただけだ﹂ ﹁それは聞いている。バストン達にそのあたりの事情は聞いた﹂ あ、ちなみにカイエン・サクシュアリは三年生である。私たちよ り先輩だ。 伯爵家の長男なの。正直サクシュアリ先輩よりも家柄の高い人は 少なからず居る。それでも伯爵家長男でしかないサクシュアリ先輩 が生徒会長と同等の権力を持つ風紀委員長を勤めている事は本当に 驚くべきことなのだ。 サクシュアリ先輩が風紀委員長を務めてられるのは、本人がそれ だけ慕われ、優れた人だからだ。 ちなみにこの人もゲームでの攻略対象の一人である。 ゲームの世界でサクシュアリ先輩とフィルってそこまで仲良くな かったみたいだけど、現実では信頼関係を築いていると思う。年は サクシュアリ先輩の方が上だけど、なんか互いに風紀委員長と生徒 会長という立場で、対等な感じんお。 48 あとゲームでのサクシュアリ先輩ってもっと俺様というか、偉そ うな所あったって聞いてるの。サクシュアリ先輩はゲームと全然違 イレギュラー うエブレサック家の双子の幼なじみだから、エブレサック家の双子 を変えた転生者の影響をサクシュアリ先輩も受けているのだと思う。 ﹁サクシュアリ先輩、あの女が私のお姉様の悪口ばかり言うんで すの﹂ ﹁そうなんです。あの女、姉様に必要以上につっかかって⋮﹂ 次に不機嫌そうに口を開いたのは、ミカ、エドだった。 私のために怒ってくれる二人は心の底から可愛くて、何だか嬉し くなっちゃうけど、不機嫌な顔よりお姉ちゃんは笑顔がみたいです ! ってのが本音である。 もう、本当二人とも可愛いの。私の自慢の家族で、もうきっと世 界で一番可愛い。 二人と一緒に居るだけで、二人の事考えるだけでニヤニヤが止ま らなくもなりそうなぐらいの可愛さなのよ。 ﹁ルビアナ・アストガル﹂ 出会った瞬間はエドは突然連れてこられた屋敷を居心地悪そうに していたし、自分が望まれない存在だって知っていたからかあまり 表情見せない子だったわ。 でも今のエドって生き生きしてて、私に対する警戒心が出会った 当初のようにない。 嬉しいわよね。それにエドがこうして表情豊かになって、本当に 良かったと思うの。 ミカのことは生まれてきてからうんと可愛がってきたの。赤ちゃ んの頃からミカは天使だったのよ! 愛くるしい姿にお母様と一緒 にほのぼのしていたの。その頃はお父様が浮気していたことなんて しらなかったから、お父様も一緒にね。 成長する可愛いミカを見ながら、﹃可愛い妹のことを私が守らな ければ﹄と私は信念を燃やしていたわ。今も昔と変わらずミカは可 愛いもの。変な男にいいよられないか心配になる。 49 エドとミカは私にとって世界一で︱︱︱︱、 ﹁⋮ルビアナ・アストガル。聞いているか﹂ ﹁え、あ、はい。なんですか﹂ エドとミカは可愛い! という思いに一杯になっていて、私の名 を呼ぶサクシュアリ先輩に全く気付いていなかった。 慌てて、呼ばれたことに気付いて返事をする。 ﹁メルト・アイルアは貴方を随分敵視しているようにみえるが、 心当たりはあるか?﹂ ﹁⋮⋮ありません﹂ 本当は前世で存在した乙女ゲームの世界の中で私が悪役だったか ら、という心当たりはある。 でもそれをこの場で言うわけにもいかない。言ったら確実に頭の おかしい人だもの。 ヴィー曰く、ゲーム内での私って本当しょうもない悪役で、プレ イヤー達に嫌われていたらしいわ。まぁ、高飛車で、主人公を苛め て、弟と妹の恋の邪魔をしたり、フィルに付きまとったりとそんな 感じだったなら当たり前だと思う。 ソファに腰かけたまま、ゲーム内での﹃ルビアナ・アストガル﹄ を思って何とも言えない気持ちになる。 私の立ち位置がゲーム内で、悪役だったからこそ主人公︵転生者 らしき︶にあんな風に敵視されるわけで⋮。 此処はゲームと同じ世界とはいえ、現実なんだから人の行動次第 で様々なことが変わっていくのは当たり前なのだ。本当、どうにか 主人公が誤解を解いてくれる事を祈ってやまない。 私のためにも、あの子のためにも。 だってこのまま、思いこみ発言連発し続けたらあの主人公益々こ の学園で過ごしにくくなってしまう。 そんな風に思考を巡らせていれば、 ﹁そういえばメルト・アイルアが突如意識を失ったのは、何者か が何かをやったかららしいな﹂ 50 ﹁ああ。催眠効果のある物をアイルアに投げつけた奴が居る。逃 げられたがな。誰だかわからないが、あれだけ隠密が得意となると 相当だぞ﹂ 話題が主人公を気絶させた何者かになっていた。 まだ確認していないからわからないけど、ヴィーかもしれないと いう気持ちが心の中にある私としてはそんな会話に若干はらはらし てきた。 まだヴィーにあれから会えていないのよね。 ヴィーは美形が大好き! 眺めるのも大好き! な子だけど、関 わるのは断じて嫌だという子だもの。あの主人公を気絶させたのが ヴィーなら、こうやってサクシュアリ先輩とフィルの話題に上がっ ているだけでも望んでない事だと思う。 まぁ、よく考えてみるとあれだけ隠密魔法が得意な子が今までほ ぼ誰にも知られずに学園で埋もれていたのがそもそもおかしいんだ けど。 ヴィーって﹃平凡﹄に擬態しているけど、色んな意味でハイスペ ックなのよ。勉強は苦手だけど、私みたいに勉強は出来ても実技が 苦手よりは、勉強出来なくて実技が得意っていう方がこの世界では 良い気がするわ。 ﹁お前にそこまで言わせるとは⋮、面白いな﹂ ﹁ああ。今は隠れてるみたいだがとっ捕まえて生徒会にいれたら 面白そうだ﹂ ﹁いや、そういう事が得意なら風紀に入れた方が適任だろう﹂ ﹁どちらにせよ、やった奴が誰かを特定してからどちらに入れさ せるか決めるべきだろう﹂ うわぁ⋮、フィルもサクシュアリ先輩も凄い楽しそうなんだけど ! てか、ヴィー、勝手に風紀入りか生徒会入りすること決められ ちゃってるよ!? いや、ヴィーじゃないかもしれないけど。 フィルもサクシュアリ先輩も無理矢理勧誘はしてこないだろうけ れど、ヴィーってなんだかんだで誘われ続けたら自分から﹁入る﹂ 51 って言いだす子だもの。 でもヴィーの才能がこのまま埋もれていくのは、正直私としても 微妙な気分だったから、生徒会か風紀に入ったら才能活かせていい とは思う。 そもそも観察したいとかいうしょうもない理由のためとはいえ、 あれだけ隠密行動が出来るのはヴィーに才能があったからだと思う。 だってそういう魔法を使うセンスがあまりない人はいくら努力して もあそこまで極められない。 その点、フィルやサクシュアリ先輩って本当に才能にあふれた人 達だと思う。 ﹁そうだな、早速こっちでも候補を探ってみる﹂ ﹁ああ﹂ 二人して何処か面白そうな顔をしているフィルとサクシュアリ先 輩。 そんな二人の会話を聞きながら、私はとりあえず実行したのが本 当にヴィーかどうか確認しなければと思考を巡らせるのであった。 52 7︵後書き︶ 前話の人物紹介もしていなかったので此処で纏めてやります ダルトン・バストン ︻現実︼ 生徒会書記、伯爵家次男。背の高いくせ毛の少年。高等部三年生。 Sクラス。 ゲームとほぼ同様メルトに惹かれちゃった人。でも常識はある人な ので、メルトの味方をしすぎて自滅とかはない人。 ルビアナやヴィーといった転生者とほぼ関わりないため性格はゲー ムとほぼ変わらない。 多分仲良くなった人にはゲーム同様、思いっきり甘える人。 ︻ゲーム︼ 攻略対象の一人。高等部三年。現実と性格も生い立ちも特に変わら ない。ギャップ萌え要員。 普段はそうでもない癖に仲良くなった人には本気で甘える。 クルート・セステンスト ︻現実︼ ルビアナ達と同じ年。クラスは違うくてAクラス。 子爵家の末っ子。仲良い人はちゃん付け。 こちらも特にゲームと変わらない。メルトのことはほぼ一目ぼれ状 態で気にいっている。 チィカ・ミラスアに恋愛感情はないけど絶対的信頼を寄せている。 人懐っこいけど心を許すのには時間がかかったりする。 ︻ゲーム︼ 現実と対して変わらない。チィカ・ミラスアの好感度を上げなけれ 53 ばクルートを攻略することは不可能。 チィカ・ミラスア ︻現実︼ ルビアナ達と同じ年、クラスは違うくてAクラス。 可愛い外見が人気の侯爵家長女。 クルートの事を同じ年だけど弟のように可愛がり、家族のように大 切にしている。クルートとは恋愛感情皆無の幼なじみ。 生徒会の紅一点で、メルトのことは普通に友達だと思ってる。 ︻ゲーム︼ 現実と対して変わらない。クルート攻略の際には好感度上げて置か なければならない人。生徒会の紅一点という立ち位置だけど、主人 公のライバル的位置でもなかった不思議な人。仲良くなったら色々 助けてくれる友人ポジション。 ゲーム内では誰かと付き合ったりという事はなかった。 カイエン・サクシュアリ ︻現実︼ 黒髪赤目の美しいという言葉のあう人。笑顔でありながら逆らえな い雰囲気を醸し出してたりする。 伯爵家の長男で、風紀委員長。 高等部三年、Sクラス。筆記も実技もパーフェクトな三年生の主席。 生徒達から信頼されていて人気者。 基本誰にでも優しいけど、女や自分より弱い者には特に優しい︵女 の子に優しくするようにと母親に幼い頃から言われ続けた結果だっ たりする︶。 まだ登場していないが話題に上がったエブレサック家の双子の幼な じみ。 フィルベルトとは年は一歳違うけど対等な関係築いていたりする。 ︻ゲーム︼ 54 高等部三年Sクラス。現実と一緒で主席。 フィルベルトとはそこまで仲良くもなかった。俺様というか、偉そ うな所があった。それでもなんだかんだで学園を纏めあげていて、 尊敬されていた人。 現実のように誰にでも優しいとかはなかった。寧ろ態度が酷い人だ った。 55 8 ﹁な、なんですとぉおおおおお﹂ 風紀室を後にして、私はヴィーに会いたいと思っていつも一緒に 食事をとっている場所に来た。 そうしたら、ヴィーも私と話したいと思っていたのかそこに来て いたの。私がそこに顔を出した瞬間、﹁ルビ先輩!﹂とヴィーは駆 け寄ってきた。 それで、﹁さっきはありがとう﹂って口にしたら﹁いえ、ルビ先 輩がピンチだったから思わず手が出たんですよ!﹂と言われたから、 あー、やっぱりあれはヴィーだったのかと私は納得した。 フィルとサクシュアリ先輩がヴィーを探そうとしているっていっ たらヴィーってば驚愕の表情で叫んだのよ。このあたりには人はあ まり来ないけれども目立ちたくないのなら叫ぶのはやめた方がいい わよ? と思いながらも反応が一々単純なヴィーが可愛いなぁとも 思った。 ﹁目立ちたくないのに! 寧ろ私は空気でいいのに! 美形はな がめられればいいのに! 何故、生徒会長と風紀委員長なんて最高 の観賞対象に興味を持たれなければならない!﹂ ヴィーは混乱している。 そんなフレーズでも流れてきそうなぐらいヴィーは困っているみ たい。 というか、口調も少しおかしくなってるし、ヴィーって本当面白 いわよね。 ﹁うがぁああああ﹂ 混乱していると思ったら、何だか今度はヴィーはもう何もかも嫌 になったとでも言う風に叫んだ。 ﹁⋮ヴィー大丈夫?﹂ ﹁うぅ、大丈夫じゃないですよ。探されているだけで悪夢なのに 56 ー。見つかったらと思うと私は、私は⋮⋮﹂ 頭を抱えてうなりだすヴィー。 困ってるヴィーに向かって思う事じゃないと思うけど、本当ヴィ ーって面白いよねという気分になって仕方がない。 ﹁こうなったら見つからないために何か策を練るべきか⋮。この ままでは私は﹃美男美女観察﹄が出来ない⋮﹂ 何だか顔をあげたかと思えばブツブツ言いだしたヴィー。 見ている分には本当面白い。というか、明らかに挙動不審なヴィ ーの姿は目立ちたくないっていうヴィーの意志に反して周りに大い に興味を持たれると思う。 ﹁ヴィー、フィル達に見つかりたくないならこそこそと観察する のやめたらいいのよ? 余計な行動したら逆に見つかると思うの﹂ 隣に座るヴィーに私はそう口にする。 フィルやサクシュアリ先輩に見つからないためには、何か策を練 るではなく、大人しく何もしないで一般生徒のように過ごすのが一 番。 実際ヴィーって行動と性格以外は目立たないからそれさえやれば、 ヴィーがそれだけの才能を秘めてるって誰も気づかないもの。 というか、よく考えればヴィーのこの濃い性格が学校で知られて ないのもびっくりだわ。仲良い人達の前以外ではヴィーってばすっ かり何処にでもいる男爵家令嬢になっているものだから面白いわ。 実際、私学園内でそんなヴィーを見かけた時は思わず笑いそうにな ったもの。 ﹁それは⋮私から趣味を奪う事になるのですが⋮﹂ ﹁うん、ヴィー。他の趣味も見つけようね?﹂ 本人たちにバレないようにその顔を思う存分眺めて、観賞するこ とが趣味なヴィーって本当変わった子だと思う。気付かれないよう に観察するだなんて誰にでも出来ることじゃない。 その才能を趣味にしか使わないヴィーを知ったら、フィルとかそ の才能を生かす仕事でもヴィーにさせそう。 57 ﹁⋮で、でもいままでバレてないからきっと観察しててもバレな いはず!﹂ ﹁ヴィー、見つかるわよ?﹂ ﹁だ、だって折角転生者かもしれないけどヒロインがやってきて いて、大好きだった乙ゲー展開が繰り広げられてるんですよ!? ヒロインという起爆剤が居るからこそ普段見れない美男美女の表情 を観賞することができて、レアなシーンとかに遭遇出来るんですよ !? そんな楽しそうな事見逃すのは嫌なんですよ。それに現実と ゲームの違いをこの目できっちり確認するのも楽しそうですし﹂ 何だかそんな事を語るヴィーの目は生き生きしている。 どうやらヴィーはフィル達には絶対に見つかりたくないらしいが、 ﹃見たい﹄という欲求が抑えきれないほどあるみたい。 そんなに見たいものかしら? 正直私にはその気持ちはよくわからない。あ、可愛いエドとミカ の事ならいつでも見たいけど! ﹁うーん、じゃあ気付かれないように頑張ってみたら?﹂ ﹁はい!﹂ あ、結局変わらず観察するのね、とその勢いよい返事に私は思わ ず苦笑を浮かべてしまう。 このまま観察してたらいつもより神経とがらせて、ヴィーを探し ているフィルやサクシュアリ先輩には見つかりそうだけど⋮。まぁ、 ヴィーは観察したくて仕方ないみたいだから、無理にでも止める必 要はないわよね。 それにヴィーが見つかったら、これからヴィーとこそこそ会う必 要もなくなって堂々と先輩後輩として仲良く出来るわけだし。 ﹁そういえばヴィー﹂ 私はふと気になっていた疑問が頭に湧いて、話をかえる。 ﹁なんですか。ルビ先輩﹂ ﹁何でフィルが主人公と出会うイベントの事教えてくれなかった の?﹂ 58 そうである。 今日フィルが主人公と出会うイベントがあるなら何で教えてくれ なかったのか不思議だ。確かゲームではフィルは自分に意見する主 人公をそのまま面白がって気にいったって感じだったと聞いたこと がある。 実際現実でもフィルは主人公の事面白いと口にしていた。多分エ ドとミカから主人公の愚痴を聞いていなければゲームの世界の通り になっていたのではと考えてみれば思う。 ﹁あー⋮、出会っても相手にしないと思ってたんで。まさか、生 徒会長がゲーム通りに気にいるとは想像もしてなくて。まぁ、食堂 での様子から見て生徒会長もゲーム通りにあの子を気にいっている わけではなさそうですけど﹂ ﹁あ、それなんだけど。フィルに聞いたら﹃自分が気にいったっ てことにしていた方が苛めとか起きないだろうから﹄ってのも理由 だって。フィルは生徒会長だから、自分のせいで生徒が大変な目に 合うの嫌だったみたい﹂ ﹁⋮⋮生徒会長って本当性格もイケメンですね。でもそれなら納 得です。あの生徒会長があの子に惚れるなんて絶対にないと思って ましたから! 私の観察眼は正しかったです﹂ 理由を話したらヴィーは今度は納得したように勢いよく頷いた。 絶対に惚れる事はないって、どういうことなのか私にはよくわか らない。 ﹁絶対に惚れないって、何で断言出来るの?﹂ ﹁それは⋮⋮⋮、観察していたからです!﹂ 一瞬、ヴィーは私を見て口を閉じると、ごまかすようにそう口に した。 うーん、よくわからない。 観察していたヴィーにはわかる、フィルが絶対に主人公に惚れな いと思う理由って何なんだろう。 そう疑問に思って気になったけど、ヴィーが言いにくそうにして いたから私はそれ以上聞かなかった。 59 それからはいつも通り、会話を交わした。 ヴィーは﹁絶対に見つからないようにします﹂と私が帰ろうとし た時もいっていたけど、何だか凄い見つかる予感しかしない私なの だった。 60 9 エブレサック家の双子。 シエル・エブレサックとリーラ・エブレサック。 その二人はこの学園内において有名人と言えた。 まず、有名な理由の一つ目が、その美しいとしかいいようのない 整った容姿である。シエル・エブレサックは銀色に輝く髪と緋色の 瞳を、リーラ・エブレサックは金色に煌く髪と深緑の瞳を持つ。エ ドとミカのクラスメイトだからと少しだけ会話を交わしたことがあ るけれども、本当に作りものかなにかのような美しさを彼らは持つ。 二人が並ぶのはそれはもう目の保養である。ヴィーなんてあの二 人が登校する度にこそこそと見に行っているぐらいだ。 それに加えて、彼らは見た目が美しいだけではない。 見目が美しいだけならば、彼らは此処までこの学園で有名にはな らない。なんせ、此処は乙女ゲームの世界。ちょっと見た目が良い 生徒なんて割とそこら中に溢れて居たりする。 彼らが有名である事の二つ目の理由は、その天才ぶりにある。 まさに天才にして、神童という言葉が彼らにはよく似合う。第一 線を行く魔法の専門家とも対等に語り合えるほどの知識を彼らは持 っている。この国の魔法具は彼らの提案により発達を遂げていると も聞く。戦闘能力も、彼らは高い。同年代ではトップクラスだと言 える。 フィルも天才で、完璧という言葉がよく似合うけれど、この二人 は﹃天才﹄の一言では片付けられないほどある意味異質で逸脱して いる。 そういう存在であったからこそ、乙女ゲームの世界においてエブ レサックの双子は周りになじむことが出来なかった。それは彼らが 特別だったから。周りとは違う存在は周りになじむことが出来ない のは前世でもあったことだ。 61 でも、現実の彼らはそうではない。 家族に愛されて育ったんだなって、接していてわかるような双子 なのだ。﹃特別﹄だというのにそれを驕ることもなく、ゲームの世 界とは違って友人だっている。 ︱︱︱︱何故、私がこんなに長々とエブレサックの双子について 思考を巡らせているのかと言えば、目の前にその存在が居るからだ。 ﹁助かりましたわ、アルトガル先輩。ほら、シエルもお礼を言う の﹂ ﹁⋮⋮⋮ありがとうございます﹂ ﹁こら、もっと愛想よくしなさいよ﹂ にこやかにお礼を言ったリーラ・エブレサックと無表情のまま言 い放ったシエル・エブレサック。愛想のない自分の双子の兄に怒っ たように頬を膨らませる彼女は同性の私から見ても可愛いと心から 思える。 ﹁いいのよ、私が助けたくて助けたんですから﹂ 私はそういって、二人に笑いかけた。 何故、目の前にエブレサック家の双子がいて、なおかつ私にお礼 なんていっているのかといえば︱︱︱まぁ、エブレサック家の双子 があの主人公に追いかけられていたため、かくまったっていうそれ だけの話である。 あの主人公は、登校してきた双子に案の定絡んだらしい。二人が 仲良さそうに微笑んでいるのを邪魔してわけのわからない事を言っ ていたというのが学年の違う私の耳にも入ってきたぐらいだ。 今は放課後。 私は研究練の研究室の一室に居た。 62 許可があれば誰でも様々な実験が出来るのだ、この場所では。課 題のための研究をしようとして教師の許可を取って此処に居たのだ。 そしたら何だか廊下が騒がしかった。 それでも気にしないで研究をしようとしていれば、エブレサック 家の双子が﹁すみません、かくまってください﹂と飛び込んできた のだ。 そのただ事じゃない様子に私はすぐに二人をかくまった。だって 普段冷静なこの二人がこんな風に飛び込んでくるなんて何か事情が あると思ったから。それに何だか追われてるような雰囲気だったか ら机の下に隠れてもらったの。それは良い判断だったわ。 だってねぇ⋮? 二人をかくまったすぐ後にガラッと勢いよく横 開きの扉が開かれたの。 ﹁シエル!﹂ シエル・エブレサックの名を呼んで入ってきたのは、主人公だっ た。 息をきらして研究室の中へと入ってきた彼女は、私の姿を見ると 驚くほど敵意に満ちた目を私に向けてきた。 それに少し怖くなったけれども、私は彼女に話しかけた。 ﹁どうしたの、アルイアさん﹂ ﹁何であなたが此処に居るのよ! はっ、まさかシエルをどうこ うしたんじゃないでしょうね!!﹂ ﹁課題をしていただけよ。シエルさんがどうかしたの? 少なく とも私は見てはいないわ﹂ とりあえず、シエル・エブレサックを探しているらしいこの主人 公には御退室してもらうのが一番だろう。というか、あれです。私 的には後輩とは守るものって認識だからね。後輩が困っているなら 先輩として助けてあげるのは当たり前でしょう? ﹁本当でしょうね!? 嘘ついてたら許さないんだから﹂ ﹁⋮どうして私があなたに嘘をつく必要があるの?﹂ ﹁あなたがルビアナ・アルトガルだからよ! どうせあなたは私 63 が気に食わないんでしょ!﹂ ﹁別にそんなことおもっては︱︱﹂ ﹁そうやっていい人ぶっても無駄なんだから! 私は知ってるん だもの!﹂ 駄目だ、本当、前も思ったけれど話が通じない。 そう思ったため、弁解することは諦めた。私が言っても仕方がな いと黙りこんだのを彼女は図星されて黙りこんだという謎な解釈を したらしい。 ﹁ふん! その化けの皮はいであげるんだから!﹂ そうして私をまた睨みつけたかと思えば、彼女はそういって去っ て行った。 ︱︱︱︱そういう事があって、今に至るわけである。 64 9︵後書き︶ リーラ・エブレサック ︻現実︼ エブレサック侯爵家長女。一年Sクラス在中。美しい金色の髪と深 緑の瞳を持つ︵髪は父親、目は母親譲り︶。 絶世の美少女という言葉がよく似合うほどの人外染みた完成度のあ る見た目。 ﹃天才﹄という言葉がよく似合う少女。戦闘も得意だが、戦闘より も研究の方が得意。 家族のことは好き。特に母親に強い憧れを抱いている。いつも笑顔 でいる。 ︻ゲーム︼ 破綻した家族を見て育ったため、愛情を信じられなくなっていた。 シエルとも疎遠。シエルよりは喋るが、ほぼ人と関わらなかった。 愛情を信じられないというのに一人の男に依存しており、微ヤンデ レだった。 ようするに凄い家庭のせいで情緒不安定な節があった。 主人公のライバルキャラ。 一歩ルート間違えれば刺されます。 シエル・エブレサック ︻現実︼ エブレサック侯爵家長男。一年Sクラス在中。美しい銀色の髪と緋 色の瞳を持つ︵髪は母親、目は父親譲り︶。 男だというのにその姿は綺麗や美しいという言葉がよく似合う美少 年。リーラよりは社交的ではないが、ゲーム時代よりは人と関わっ ている。 65 リーラ同様﹃天才﹄。こちらは研究より戦闘のが好き。 家族のことは普通に大切に思っている。 ︻ゲーム︼ 攻略キャラの一人。 リーラ同様、破綻した家族を見て育ったため、愛情を信じられなく なっていて歪んでいた。リーラよりこっちの方が歪みまくっていた。 人とは全く喋らない。人自体嫌いな中で主人公にであうことで人間 らしさを取り戻していく。本当に大切な人には独占欲が強く、ヤン デレ化する。 次話でもっとちゃんとエブレサック家の双子と交流させます。 66 10 ﹁本当、災難でしたね、二人とも﹂ 私は苦笑を浮かべて二人に言った。 話して見ればわかるけれども、あの主人公は本当に話が通じない。 どうにか誤解を解きたいなぁとは思ってるんだけど、言葉ではなく 行動で示さなきゃ駄目かもしれない。 主人公は私に対して言いがかりをつけてきたり、エドやミカにわ けのわからない事をいったりはしていたけれど、それだけならまだ ちょっと迷惑な行為で済むが⋮、実際言いがかりをつけてくる人間 は少なからず昔からいたし。そういう相手にはきっちりそれが誤解 だってわかってもらうまで話して、わかってもらったわけだけど。 でもエブレサック家の双子を、この国でも有数の権力を持つエブ レサック侯爵家の双子を追い回すのはいただけない。エブレサック 家の人脈は凄まじいものがあるとお母様に聞いたことがある。 ﹁エブレサック家を敵に回したらあらゆる人間が敵にまわります の﹂って言っていたもの。私はまだ社交界デビューしていないから エブレサック侯爵家の当主と夫人との面識はあまりないのよね。 あ、ちなみに社交界デビューは大体16,7歳ぐらいでやるの。 だから私はもうすぐデビューするのよ。 ﹁リサ様に会えばわかるわ!﹂といってお母様は詳しくは教えて くれなかった。お母様があんなに目をキラキラしているのははじめ てみた。多分、エブレサック家の双子の母親であるリサ・エブレサ ックにお母様は憧れでも抱いているのだと思う。 ﹁ええ、本当に⋮。事前に問題児がクラスに入学してきた事はき いていましたわ。でもまさか⋮、あれほど話が通じないとは思いま せんでしたわ﹂ リーラさんはそう言ってため息を吐いた。 ﹁⋮あいつ、うざい﹂ 67 シエルさんはばっさりとそういって冷たい目を浮かべている。 とりあえずお疲れの様子の二人には落ち着くように椅子に腰かけ てもらった。此処は研究室だからあまり飲食物はないけれども、甘 いものを食べたら落ち着くかなと思ってお菓子を差し出した。 研究中は甘いもの食べた方が色々はかどるから、持ちこんでたの。 ﹁これ食べます?﹂と聞いたら二人とも目が輝いていた。甘いも の好きみたいね。双子で好物なものが同じって何か可愛い。もちろ ん一番可愛いのは私のエドとミカだけど! でもお人形さんみたい に綺麗なエブレサック家の双子の年相応な姿って本当可愛い。 ﹁美味しい⋮。これ何処のお菓子ですか?﹂ ﹁王都で美味しいお菓子屋さんがあるのよ。裏通りにあるからリ ーラさんが知らないのも無理はないわね﹂ 王都って人が多いのもあって、治安が悪い所は悪い。もちろん、 王都の民を守るための騎士団とかも居るのだけれども、このように 完璧はないわけで⋮、治安の悪い一角も存在するの。 私のお気に入りのお菓子屋さんって、ちょっと治安の悪い裏通り に入った所にあるの。まぁ、ちょっと王都に初めてきた時に迷って、 裏通りにいっちゃったことがあるの。子供の頃なんだけど。 それでね、チンピラ風の連中に絡まれた時に助けてくれたのがそ のお菓子屋さんの店主のナディノさんなの。ナディノさんは⋮、見 た目は若い女性なのに色んな意味で強い人で、裏通りでも恐れられ てるらしーよ? とりあえずその時にナディノさんの作ったお菓子を食べてね、気 にいったの。もっと食べたいと思って、店にも顔を出したかったん だけど、﹁ここらへん治安悪いから連絡くれたら迎えにいく﹂とい ってくれたからそうやって交流して時々お菓子もらってるんだ。 ﹁まぁ、裏通りにこんな美味しいお店があるのですの?﹂ ﹁ええ。ナディノさんの作ったお菓子は美味しいのよ﹂ ﹁アルトガル先輩は美味しいお菓子屋さんに詳しいのですか?﹂ ﹁うーん、詳しくはなりたいんだけど少ししか知らないのよね﹂ 68 甘いものは好きなの。前世の頃からそれは変わらない。此処が日 本で発売された乙女ゲームの世界で、日本に酷似した部分の多い世 界で本当に良かったと思った一番の理由はそれだ。 だって正直甘いものが食べられないのは我慢できない。 美味しいお店探しは楽しいから時々しているんだけど、前世と違 ってインターネットとかはないから探すのが結構大変だったりする のよね。 ﹁そうなのですの? 私とシエルもお菓子が好きで⋮、王都の美 味しいお店はある程度は知っているつもりですわ﹂ ﹁リーラさんはお菓子が大好きなのね?﹂ ﹁ええ。あ、でも一番はお母様が作ったお菓子ですわ﹂ 私の言葉に、リーラさんはそういって答えた。﹁お母様﹂とその 存在のことを話しているからか、リーラさんの顔には笑みが浮かん でる。その表情が、彼女が本当に家族のことが好きなことがわかる。 何だかそんな様子に胸が温かくなる。家族が仲良いことっていい わよね。仲良くないより仲良い方が絶対にいいに決まってる。 ﹁リーラさんのお母様はお菓子を作れるの?﹂ ﹁ええ。私のお母様は何でも基本出来るんですわ。お料理やお菓 子作りも得意で⋮、本当に時々ですけど作ってくださるんですわ。 私はどんな高級なものよりもお母様の作ったものが好きなんですの。 ね、シエル、お母様の作ったものは美味しいわよね?﹂ にこにこと微笑む彼女の言葉には母親が大好きだって思いが溢れ ている。 ﹁⋮母上の料理は美味しい﹂ ずっと黙っていたシエルさんも、リーラさんの言葉に答える。 あまり人とは会話をしないというシエルさんだけど家族にはちゃ んと返事をするのには何だか仲の良さを感じて本当良いなぁって思 う。 ちゃんとこの二人と話した事なかったけど、話してみたらなんか この二人可愛い。後輩って可愛いわね。 69 だって二人とも母親が好きって雰囲気出てるもの。 これで乙女ゲームの世界では家庭が崩壊していたなんて信じられ ない。でも乙女ゲームの設定通りじゃなくて良かったと心の底から 思う。だってこんなに笑顔が可愛いリーラさんから笑顔が失われて るなんて嫌だもの。 私とヴィーの予想では、親世代に転生者がいてエブレサック家に 影響したと思うんだけど⋮、誰なんだろう? ちょっと気になる。 ﹁お二人はお母様が本当に大すきなのね?﹂ ﹁ええ。お母様は私の憧れなんですもの。優しくて、多くの人に 慕われていて、綺麗で⋮。あんな大人に私はなりたいんですわ﹂ 私の問いかけに答えたのはリーラさんだけだったけれども、シエ ルさんも態度からして母親の事大好きなんだと思う。 ﹁⋮それなのに、あの転入生お母様を馬鹿にしたんですわ! お 母様の事知りもしない癖に﹂ にこにこと笑っていたかと思ったら、リーラさんの顔が変貌した。 ﹁アルイアさんに何を言われたの?﹂ ﹁あの子、私のお母様を﹃可哀相﹄なんていったんですわよ! お父様には好きな人がいて、お母様は身代わりだなんて⋮。私の家 族を知りもしない癖に! 大体お父様はお母様が大好きですもの。 お母様以外どうでもよさそうなお父様が他の人なんて見てるわけな いんですのに! 何が、﹃貴方のお母様は可哀相な人﹄ですの! お母様はあの子ごときに可哀相などと言われていいような方ではあ りませんのよ!﹂ 一気にまくし立てられて、私はびっくりした。 リーラさんって基本的に冷静な子なのだ。それなのに母親のため にはこれだけ怒れるんだとただびっくりしたのだ。 ﹁⋮父上は母上以外の女どうでもいいと思ってるからあいつの言 うことありえない。第一母上を幸せにしなきゃ父上今頃シュア様に 殺されてる﹂ ﹁はい?﹂ 70 シュア様が誰かもわからない私は続けられたシエルさんの言葉に 驚きの声を発してしまった。 ﹁シュア様⋮って誰ですの? というか、殺されるって﹂ どういう事かさっぱりわからなくて戸惑ってしまったのは仕方な いと思う。 ﹁シュア様はお母様の幼なじみで親友なのですわ。お母様のこと が大好きでたまらない人なのですわ﹂ ﹁⋮母上に何かした奴にシュア様容赦なから、父上だろうと母上 を不幸にしたら本気で殺されそう﹂ リーラさんとシエルさんの言葉に、やっぱりゲームと現実は違う なと実感した。だってゲームの設定では、エブレサック侯爵夫人は 何処までも可哀相な設定だった。もちろん、そんな彼女には味方は いなかったのだという。 それなのに、現実ではエブレサック侯爵夫人のためなら何でもや ってしまいそうなほどの親友がいるのだという。 それはいいことだと思う。だって不幸より、幸福な方が断然いい。 可哀相な人が、幸せな人になっている事はいいこと以外の何でもな い。 ﹁そうなのですの。私はエブレサック侯爵夫人と面識はありませ んが、お二人がそんなに慕っていて、それだけ思ってくださる親友 がいてくださる方ですからそれはもう素晴らしい方なのね﹂ 私がそういって笑えば、リーラさんは﹁そうなんですわ﹂と肯定 して大好きな母親の話を沢山してくれた。シエルさんも母親の事だ からか、時折口を開いていた。 それからしばらくずっと、エブレサック侯爵夫人の話を聞いてい たの。 ⋮⋮話を聞いていて思ったけど、この二人若干マザコンよね。 71 11 ﹁うーん、どうしようかしら﹂ エブレサックの双子と会話を交わしたその日、私は王都の別邸に 設けられている自室で頭を抱えていた。 というのも、あの主人公であるメルト・アイルアの事であった。 このままあの主人公が此処をゲームだと思いこみ、行動し続けた のなら幾らフィルがファンの子達を抑えていたとしても限界が来る。 前世とは違い、現世は権力社会だ。前世でなら、苛めや退学程度で 収まるかもしれないことが現世ではそれだけでは収まらない。 権力者の本気と言うのは恐ろしいものがある、という事を伯爵家 令嬢として十六年も生きている私は少しは理解しているつもりだ。 貴族というものは本気で潰すと決めたら人の人生を潰すことも躊躇 わない。 このままではあの主人公、潰される⋮。 どうしよう。どうすればいいのか正直困ってる。この世界がゲー ムに酷似していても確かな現実なのだと伝えて、これまでのことを 大勢の前で謝罪する。それが出来ればまだ彼女が潰されずに済むか もしれない。 しかしだ、今までの彼女を見る限り、私が﹁この世界はゲームじ ゃなくて現実なの﹂なんて言った所で正直にその言葉を受け止める とは思えない。下手したら﹁あなたのせいで上手くいかないのよ﹂ などと言いがかりをつけられる可能性もある。でもそう言われた場 イレギュラー 合、それもある意味本当の事なのかもしれない。 エドは私が転生者でなければ、家族との折り合いの悪いゲーム通 イレギュラー りの子に育ったかもしれない。 イレギュラー ミカは私が転生者でなければ、ゲーム通りの少女に育っていたか もしれない。 フィルは私が転生者でなければ、ゲーム時代のままのルビアナと 72 なら友人にはならなかっただろう。 イレギュラー ヴィーに対してもそれは言える。ヴィーが転生者ではなければ、 イレギュラー サラガント先輩もゲーム通りだったかもしれない。 イレギュラー 転生者がいなければ、彼女はゲーム通りに行動すればゲーム通り に愛されたのかもしれない。でも思う。彼女自身が転生者な存在な のだから、私やヴィー、或いは誰なのかはわからないけれどもエブ レサック家の双子に影響を及ぼした人がいなくても決してゲーム通 りにはならなかっただろうと。 彼女がゲームを知っている事、それは確かだろう。でなければ初 対面の人間相手にああいう風に思いこみの発言をすることは出来な い。 その時点で彼女は﹃メルト・アイルア﹄という、真っすぐで心優 しい乙女ゲームの主人公とは全く別物である。前世の記憶があるの とないのとでは全く違うのだから。 そのことをどうして彼女が理解してないのか、私にはわからない。 少なくとも十六年間、この世界を生きてきたならゲームと現実の区 別ぐらい付きそうなものだと思う。ゲームが始まるのは高等部から で、ゲームの中で語られなかった﹃現実﹄をこれまでの十五年間生 きてきたはずなのだ。乙女ゲームの主人公としてではなく、﹃メル ト・アイルア﹄として。 正しい答えなどない人生を生きてきたはずなのだ。乙女ゲームの 世界ではこうすれば正解、という答えがある。でも現実ではそれが ない。自分の意志で選らんで生きてきたはずだ。それならばわかる と思うのだ。 だけど彼女はそれを理解していない。それは何故かと考えてみる。 正直赤ん坊の頃から記憶があって、現実を十数年生きて居れば此処 がゲームと違う事ぐらい理解出来るものだ。私は赤ん坊の頃からう っすらと記憶があって、エドが家にやってきた時に一気に思い出し た。ヴィーは赤ん坊の頃から全ての記憶があったらしい。そのくら いの幼い頃から前世を思い出していたのだ。私とヴィーは。 73 もしかしたら彼女はそうじゃないのかもしれない。 最近になって一気に前世というものを思い出したというのならば ︱︱︱、その記憶が現世の﹃メルト・アイルア﹄を塗りつぶしてし まったか、或いは物語にあるように﹃メルト・アイルア﹄に憑依し たとかなら︱︱、此処が乙女ゲームの世界と酷似していることに歓 喜して暴走していてもおかしくないのかもしれない︱︱︱⋮。 でも例えそうだったとしても、そんなの周りにはわからないこと だ。彼女がどういう経緯で﹃メルト・アイルア﹄なのかはともかく として即急にすべきことは彼女に此処が現実だという事をわからせ ることだ。 そもそも人前で﹁ゲームの世界が∼﹂などと言う事を言うわけに もいかない。この世界には当たり前な事だが、テレビゲームという 概念がない。日本で作られた乙女ゲームだから、プレイヤーがやり やすいようにと現代日本と似ている所は多いものの流石にファンタ ジー世界でそのようなテレビゲームは存在しない。 カメラとかは存在するけれども、それの原動力も電気ではなく魔 力だ。この世界では電気ではなく、魔力によってそういう道具も動 かされているのだ。 で、テレビゲームのない世界でその話をするなど、頭がおかしい と思われて仕方ない行動だ。そもそもまずテレビゲームとは何かと いう話になる。この世界ではゲームというのは、チェスやカードゲ ーム、又は魔法を使った競技などをさす。二人っきりになった時言 うのが一番かもしれないが、彼女と二人っきりになるのは厳しい。 第一、二人っきりになったら色々怖い。あの子、私の事勘違いして いるからどうなるかわからないとも思う。 ﹁⋮⋮本当にどうしよう﹂ 正直人が潰されるというのは気分が悪くなるものであるし、回避 させられるなら回避させたい。 だからこそ、私は悩む。 どうしたらいいのだろうか。どのように行動すれば此処が現実だ 74 とわかってもらえるのか。説得しようとしてもその言葉は彼女にと ってみれば﹃偽り﹄でしかないのだ。彼女は私を信用していない。 ﹁お姉様ー!﹂ 頭を抱えて悩んでいた私の部屋の扉を開けて勢いよく飛びこんで きたのはミカだった。 ミカは頭を抱えている私を見て、その顔を歪める。 ﹁お姉様、どうなさったの!? 悩み事でもあるんですの? は っ、まさかあの女の事ですか? あのお姉様に言いがかりをつける あの女の! それならば私がお姉様のために︱︱﹂ ﹁おおおお、ちょ、ストップストップ、ミカ! 大丈夫だから、 お姉ちゃんは元気だから!﹂ 一気に暴走しだしたミカを私は慌てて止める。 ﹁アルイアさんに何かしようなんて考えては駄目よ?﹂ ﹁でも、あの女⋮、お姉様の事悪く言うんだもん﹂ あああああ、しゅんとしたミカ可愛い。本当に可愛い。私の妹は 何て姉思いで可愛いんだろう、と思うと何だか元気が出た。 ﹁ミカはいい子ね﹂ 私はそういって思わずわしゃわしゃとミカの頭を撫でる。 ﹁アルイアさんのことは私がどうにかするから、ミカはエドと一 緒に大人しくしててね? これ、私からのお願いよ﹂ ﹁⋮⋮わかりましたわ。でもお姉様、あの女は危険ですわ。何を しでかすかわからなくて私、怖くなってしまいそうなほどですもの。 お願いですわ、お姉様。あの女と関わるときはまずフィルベルト君 に相談してからにしてくださいませ。フィルベルト君に相談出来な いようなら私かエドに一言言ってくださいませ。私、お姉様に何か あるの嫌ですわ﹂ その言葉に嬉しいけれども、フィルへの嫉妬を少し感じてしまう。 だって、だって、可愛いミカはどうしてか本当にフィルに懐いてい て、フィルを慕っているのよ。フィルがいい奴だって知ってるけれ ども⋮! 可愛い妹が私の知らない所でフィルと仲良くなってるな 75 んてお姉ちゃん若干寂しい。 ﹁わかったわ。なるべく相談してから行動するわ﹂ とはいったものの、前世うんぬんはフィル達に相談するわけにも いかないからなーと私はまた頭を悩ませるのであった。 ︱︱︱︱とりあえず、ヴィーに相談しよう。 76 12 ﹁さぁ、ルビアナ。覚悟なさい﹂ などと得意顔で口にしているのは私のお母様である。 お母様は美しい人だ。パーマのかかったような長いこげ茶色の髪 を持ち、その顔立ちはミカにそっくりだ。 それにお母様は綺麗なだけじゃなくて、賢くて、優しくて、私の 憧れだ。 学園が週末で休みの今、実家からお母様が使用人を連れてやって きていた。 そして何故、お母様が張り切った顔をしているかと言えば︱︱、 ﹁可愛い娘の社交界デビューだから頑張って選んであげるわ﹂ 私の社交界デビューが控えているからである。 今は春、私の社交界デビューは秋。まだまだ先の事のように思え るが、もうこの時期から皆準備を始める。というか、早い人はもっ と前からはじめている。 アイルアさんの事も考えなければだけれども、社交界デビューは 貴族の令嬢にとって重要なことである。社交界デビューの準備でバ タバタしながら、アイルアさんのこともどうするべきか考えなけれ ばなんて大変だ。 結局、ヴィーともまだ相談出来てないしね。連絡した所、週明け の昼休みにならヴィーも時間空いてるらしいからその時に話すつも りなの。 ﹁ルビアナ、どうしたの? うかない顔してるわ﹂ お母様にふとそんな事を言われた。 ああ、駄目だな、私と思ってしまった。 見ればお母様だけじゃなくて、使用人達も私を心配そうに見てい る。 アイルアさんの事を考えて、不安に思ってしまったことが顔に出 77 ていたらしい。 貴族の令嬢として、私も淑女教育を受けてきた。感情を外に出さ ない術も学んだのに、ふと気を抜くと感情が表情に出てしまう。そ ういう点はミカやエドの方が断然得意なの。私の自慢の妹と弟は、 そういう所も完璧なの。 ﹁何でもないよ、お母様﹂ 私は心配をかけないようにお母様に向かって微笑んだ。 アイルアさんの事は、ヴィーにしか相談出来ない。転生者という ことも踏まえた上で考えなきゃいけないから。 とりあえず、今は目の前のことに集中しよう。 社交界デビューの準備をおろそかにするのはいけない。 ﹁そう、ならいいわ﹂ お母様は私が何か悩んでいるのわかっているだろうけれど、私が 言いたくないのをわかっているからか、そういって微笑んでくれた。 ﹁ルビアナは何色のドレスがいいかしら?﹂ 何も聞かない優しいお母様の事好きだと思う。 お母様も、ミカも、エドも、大切な家族。お父様は⋮、最近家に 帰ってきていないからまた浮気でもしているのかもしれないけれど も、それはもう諦めている。 私は大切な家族に幸せになってほしい。 家に悪評が響くような生き方をしたくなくて、だから勉強も頑張 った。 お母様が使用人達と一緒に﹁あれがいい﹂﹁これがいい﹂とドレ スを選んでいく。 それから私はしばらく着せ替え人形になっていた。 78 ﹁疲れた⋮っ﹂ ようやく解放された私はソファに座りこんで、そう呟く。 前世で一般家庭で育ったのもあって、こういうのちょっと苦手。 パーティーに心が躍らないわけではないけれども、社交界デビュー には緊張の方が大きい。 ﹁ルビアナ、エスコートはフィルベルト様がしてくれるのよね?﹂ ﹁うん。フィルがしてくれるっていってたわ﹂ お母様の問いかけに私は答えた。 フィルは私よりもはやく、去年の内に社交界デビューを終えてい た。それも人づてに聞いた事だけど完璧にこなしていたらしい。流 石フィルである。 高等部に通っている間に皆社交界デビューは済ませるものなので、 私が遅いってわけではない。 しかしフィルは私をエスコートするだなんて自分から言い出して 意中の相手は居ないのかしらと心配になる。フィルって懐に入れた 相手には優しいけれども、それ以外にはそうでもないのだ。フィル から女の子の話も聞いたことがない。 それかフィルの家は公爵家であるし、私が知らないだけで親が決 めた相手でも居るのかもしれない。 ﹁フィルってば、﹃俺がエスコートしてやるからこけるなよ?﹄ なんて得意気にいってたのよ。確かに私はダンス苦手だけど⋮﹂ 去年のことを思い出してちょっと不機嫌になる。 確かに私はダンスが苦手だ。それは貴族の令嬢としてどうかと思 79 うけれど、幾ら練習してもダンスだけは苦手なのだ。 ﹁フィルベルト様がエスコートしてくれるなら安心ね﹂ そして何故かフィルを社交界の場でしかあったことないお母様ま で信頼しきっていて、正直なんとも言えない気持ちになる。 フィルってば、私の知らない間に可愛いエドとミカと仲良しにな っていたし、お母様の信頼を得ているし、何だかフィルに家族をと られたなんていう気分になってしまう。それにお母様は﹁エドとミ カにフィルベルト様の話は聞いているもの。今度私にあわせなさい﹂ などといっていたし。 エドとミカはフィルの事本当に慕っていて、こそこそと仲良くし ていたり、お姉ちゃんは寂しいです。というか、エドとミカはお母 様にフィルの事なんて言っているの? お母様、聞いても教えてく れないんだけど。 ﹁お姉様﹂ 考え事をしていたら、ミカがリビングにやってきた。 ﹁ミカ﹂ ﹁社交界の準備は終わりましたか? 私とエド、今からフィルベ ルト君の家に誘われていて、お姉様も一緒に行きましょう!﹂ ﹁⋮⋮何でエドとミカは知らない間にフィルとそんな仲良くなっ てるのよ!﹂ ﹁ふふ、お姉様嫉妬ですか?﹂ ﹁ええ。可愛いエドとミカがフィルにとられたってショックよ﹂ 悪戯に笑ったミカにそう答えれば、ミカは﹁それでこそお姉様で すわよね﹂とよくわからない事を言っていた。ため息まじりに言わ れてお姉ちゃんショックです。 ﹁あら、フィルベルト様の所に行くの?﹂ ﹁ええ。そうですわ。お母様。あ、お母様も行きますか? フィ ルベルト君もお母様に一度会いたいっていってましたし﹂ ⋮⋮前世では全然わからなかったけど、フィルって凄い友人思い よね。友人を大切にするだけではなく、その家族や親しい人ともい 80 つの間にか信頼関係築いているし。 気付けば私の親しい人達、フィルと仲良くなってるもの。フィル と交流のない私の親しい人と言えば、隠れるのが異常に上手いヴィ ーぐらいね。 ﹁あらあら、じゃあお邪魔しようかしら。でもいいのかしら﹂ ﹁大丈夫ですわ。﹃ルビアナの母親なら会いたい﹄と前にいって ましたもの﹂ ﹁本当にルビアナはフィルベルト様と仲良いのね。社交界でフィ ルベルト様は寄ってくる女性の相手を全くしないって話なのに﹂ ﹁フィルベルト君はお姉様と仲良しですもの﹂ というか、何で二人で話が進んでいるんだろうね。 というわけで、私は行くとも一言もいってなかったのだけれども、 お母様と私とエドとミカでフィルの家に行くことになった。 81 13 フィルの実家であるアシュター公爵家の本拠地は、王都のすぐ隣 の大都市アガルティアに存在する。実家から通える距離ではあるけ れども、若干遠いため、フィルも実家の所有する別荘から学園に通 っている。 フィルの住まう別荘に私は何度か行ったことがあるけれども、流 石公爵家と言うべきか、その別荘は驚くほど広い。 私たち家族は馬車にのってフィルの住まう別荘までやってきた。 呼び鈴を鳴らせば、顔なじみの執事のセラフさんが出てきた。 ﹁いらっしゃいませ。ルビアナ様﹂ セラフさんは私の姿を見つけるとすぐさまそう言った。 セラフさんは赤ん坊の頃からフィルの世話をしているようなベテ ランで、フィルからの信頼も厚い。 ﹁おじゃまします。今回はお母様も一緒に来てますの﹂ ﹁ルビアナ様のお母様もですか、それはフィルベルト様も喜ばれ ることでしょう﹂ 何で、フィルはこんなに私の家族と仲良くしようとするんだろう ね⋮? 知らない間にエドとミカと仲良しになっているし、私の家 族とそんなに仲良くなってどうしたいんだろう⋮。うーむ、フィル の考えている事はよくわからない。 セラフさんに案内されて、私たち家族は建物の中へと通された。 アシュター公爵家の別荘に勤める侍女達とも私は顔見知りで、セ ラフさんに案内されながら通路を歩く中で声をかけられる。 流石フィルの家って思えるほど、フィルの家に仕える侍女や執事 達って優秀でいい人が多いのよね。 通路を歩いてたどり着いたのは、客間である。 セラフさんが扉を開けてくれた先には、フィルが居る。 ﹁フィルベルト君、お招きありがとうですわ﹂ 82 ﹁フィルベルト君、今日はお母様も一緒に来たんだよ﹂ お母様の手を引いて、フィルの方へと駆け寄っていく二人。 椅子に腰かけていたフィルは、視線をお母様の方へ向けて挨拶を した。 ﹁ようこそおいでくださいました。アルトガル伯爵家夫人﹂ ﹁ご丁寧にどうも。本日は突然押しかけてすみませんですわ﹂ ﹁いいえ、エドとミカにもしかしら貴方も連れてくるかもしれな いと話は聞いていましたし、一度貴方にお会いしてみたかったので ⋮﹂ フィルとお母様はそんな会話を交わす。 フィルとお母様は社交界で遭遇した事はあるみたいだけど、こう して私的な場で会うのははじめてのはずだ。 っていうか、何時の間にフィルは私の可愛いエドとミカとそんな 会話を交わしていたのだろうか。 ﹁お母様、フィルベルト君お母様に一回会ってみたいって前から 言ってたのよ﹂ ﹁うん、そうだよ。母様﹂ お母様が一緒に居ることが嬉しいのか、二人はにこにこしている。 可愛い。本当可愛い。写真に収めたいぐらい可愛い。 でもさ、でもね︱︱、何かお姉ちゃん仲間はずれみたいで悲しい。 大事な友人と家族が仲良くやってるのは嬉しいけれど、知らない所 で仲良くなっているって何だかさびしいなぁと思ってしまう。 寂しいななどと感じて入口付近から動かないでいたら、 ﹁ルビアナ、どうした。何固まってる﹂ 気付いたフィルが私の方に近づいてきたかと思うとそういって、 私の顔の前で手を振った。 ﹁⋮⋮フィルがエドとミカと仲良すぎて悲しい﹂ ﹁あー⋮。何だ、自分の知らない所で仲良くしてるのが寂しかっ たのか﹂ ﹁うぅ、だって私の可愛い弟と妹なのにぃー! フィルの方がお 83 兄ちゃんみたい﹂ ﹁そんな嘆くな。いいからこっちに来い﹂ はぁと少し呆れたように息を吐いたフィルに連れられて私は皆の 元へと向かう。 ﹁お姉様、寂しがらなくていいんですのよ? 私はお姉様の方が フィルベルト君より大好きですわ!﹂ ﹁うん。僕も姉様、大好き! だからそんな嘆かないで﹂ 話を聞いていたらしい二人が可愛すぎる事を言うため、思わず固 まってしまった。 そして私は、 ﹁⋮か、可愛い︱︱!!﹂ 思わず叫んで二人を抱きしめた。 ﹁お、お姉様苦しいですわ﹂ ﹁姉様ってば⋮﹂ ﹁もう可愛い!﹂ ぎゅーっと抱きしめて、思いっきり二人を可愛がる。 抱きしめて撫でまわして、そんなこんなしている私たちの少し離 れた場所でフィルとお母様が会話を交わしている。とはいっても二 人が可愛すぎることに夢中で私は二人の会話は全然頭に入っていな かった。 ﹁あらあら⋮。ごめんなさいね。フィルベルト様。ルビアナが暴 走してるみたいで﹂ ﹁いえ、なれてるので大丈夫です。どうせ、エドとミカも一緒に 居るならこうなる事は想像出来たので﹂ ﹁全くルビアナはエド達のことになると暴走癖があるから心配だ わ⋮。あの子学園でもあの調子なのでしょう?﹂ ﹁そうですね⋮。人前では自重してますけど、シスコンブラコン な事は最早知らない生徒の方が少ないと思いますよ﹂ ﹁そう、フィルベルト様。あの子達がお世話になっている事を改 めてお礼を言わせてもらうわ。あの子達と仲良くしてくれてありが 84 とう﹂ ﹁いえ、好きで仲良くしてるのでお礼はいらないです﹂ ﹁ふふ、そう。あの子のことこれからもよろしくね﹂ ﹁はい。元からそのつもりです﹂ 二人の和やかな会話が続けられる中、私はずっとエドとミカを可 愛がっていた。 85 14 ﹁そういえば、フィル﹂ 一通り、エドとミカを可愛がった私は現在椅子に腰かけて紅茶を 飲んでいた。 私、フィル、エド、ミカ、お母様の五人でテーブルを囲んで座っ ているの。 ちなみにフィルは二人掛けのソファで、私の隣に座っている。 ﹁なんだ﹂ ﹁毎年恒例の実践学習って、今度は何処であるんだっけ?﹂ ﹁⋮今年はアカルデアの森だな﹂ 実践学習、というのはその名の通り戦闘の実践を経験させられる 授業である。正直、前世の記憶があり、生き物を殺すことは苦手な 私は実践学習が苦手だ。 とはいってもこの世界は前世よりも圧倒的に危険だ。 魔物は人の脅威であるし、権力社会であるため、少しでも選択を 間違えれば死ぬ。それを実感した幼い頃、私はぞっとして、怖くな ってしばらく外に出れなかったほどである。 そんな世界で苦手だからと生き物を殺さないなどといってられな い。殺さなければ死ぬだけだ。そんな甘ったれた事をいって、死ぬ のは嫌だ。 だから最低限でも自分の身を守れるぐらいには力を付けておきた い。死んだら終わりだ。もしかしたらまた先に転生といったものが あるかもしれない。でも、だけれども、それは関係ない。ルビアナ・ アルトガルという人生を私は終わらせたくない。 ﹁アカルデアの森⋮中々厳しい所えらんでるわね﹂ アルハント学園は、前世ではそこまで理解していなかったが中々 厳しい学園である。 この学園は魔法を使える素質があれば、平民でも入ることが出来 86 る。でも魔力を持っていて、魔法が使えるのは大抵貴族ばかりだ。 魔力は血によって遺伝する。 貴族は平民よりも強い。 戦闘において、貴族は平民より前に立ち、敵を滅する。 戦争が行われても、先頭に立つのは、英雄と呼ばれるのは大抵貴 族だ。 そう、私だって何かあったら戦わなければならないのだ。それは、 力がある者としての、貴族としての義務だから。 そう、貴族ばかりだから甘いなんてない。寧ろ厳しい。何時か戦 わなきゃいけなくなるかもしれないから。 学園は覚悟を、力を、教養を、全てを学ぶための場所だ。 ︱︱⋮⋮それを考えるとゲーム内のルビアナ・アルトガルは愚か だと思う。フィルは貴族としての義務をちゃんと知っている。そん なフィルが私利私欲に走り、フィルの周りをうろちょろし、学園に 通いながら学ぶことも真面目にしていなかった︱︱ゲーム内の﹃ル ビアナ・アルトガル﹄に好感を持つはずもないのだ。 前世で妹の話を聞いているだけじゃ、此処がこういう世界だとま では理解しきれなかった。ヴィーもゲームに熱中していたはずなの に、この世界を此処まで厳しいとは思っていなかったらしい。 そりゃあ、乙女ゲームなんていう夢の塊の世界でそこまで厳しく リアリティに満載だったらプレイヤーは途中で心折れると思う。だ ってこの世界のリアリティのある乙女ゲームならば、主人公死亡ル ートとか、流血沙汰とか結構あったと思う。あとドロドロとした貴 族ルートとか。 ﹁教師達もちゃんと見回りするだろう、それに死人が出ないよう に例年通り班を決める手はずだ。問題ないだろう﹂ ﹁⋮それは、わかってるけど。万が一があるでしょう? 今まで それで何も起こらなかったとしても、何か起こるかもしれないじゃ ない﹂ というより、私は実践学習が不安でならない。 87 主人公が、どう動くかわからないから。 実践学習は生徒全員が参加するものだ。そしてフィルの言った通 り、死人が出ないようにときちんと班分けはされるだろう。 ある程度、生徒達は実践学習が危険なことを理解している。時々 理解していない人も居るけど、それは大抵同じ班のメンバーによっ ていさめられて終わる。 でも、主人公のあの子は? アイルアさんは、此処が乙女ゲームの世界だと信じ切っているよ うな彼女は︱︱︱⋮⋮実践学習が本当に危険だと理解していない気 がする。 寧ろ学園の中でのような行動に出たら︱︱? 実践学習はまだ先 だけれども、その時が来るまでにどうなっているかわからない。 ああ、不安だ。 ﹁ルビアナ、去年と変わらない。何を心配している﹂ フィルが私の頭に手をおいて言った。じっと見つめられて、何か 答えようと思うけれど、何て言えばいいかわからなくて、口ごもる。 そんな私にフィルは言う。 ﹁⋮はぁ。何を心配しているか知らないが、そんな心配は不要だ。 俺が俺の学園から死人は出させない﹂ ﹁おー、フィル君かっこいいー﹂ ﹁流石、フィル君! さらっとそういう台詞出ちゃうとか、凄い わ﹂ フィルの言葉に、エドとミカも笑って言う。 心配しなくても大丈夫だよと、そんな風に三人は笑う。 お母様もそんな会話を聞いて笑ってた。 優しい優しい人達に、私は囲まれてる。転生して、必死に生きて、 皆と仲良くなれた。 ゲームの﹃ルビアナ・アルトガル﹄とは違う、私として、現実の ﹃ルビアナ・アルトガル﹄として生きている。 フィルがいて、お母様がいて、可愛いエドとミカがいて、私は現 88 実を、幸せを感じて生きている。 ﹁⋮⋮うん﹂ だから、アイルアさんに此処は現実だって本当に知ってもらいた い。 ゲームの世界だって思ったままじゃもったいないよ。絶対損して いる。此処を現実だと知った上で、生きてほしい。ちゃんと周りの 人達がゲームのキャラではなく、現実で生きる人だって知ってほし い。 知った上で、アイルアさんにも幸せになってほしい。 同じ、転生者として。 89 15 週が明けた。 私は今日、ヴィーと沢山お話をしたかった。アイルアさんの事を 相談したかった。だから、昼休みになるとすぐに約束している場所 へと向かった。 だけど、そこに向かう途中で一人の女子生徒に引きとめられた。 ﹁ルビアナさんっ﹂ 廊下を歩く私の右手を掴み、呼びとめたのは一つ上の先輩である カナク・リントラ先輩であった。 美しい空色に輝く髪を一つに結んだ綺麗という言葉の似合う女性 だ。そして彼女は、フィルのファン達のまとめ役を務めている人だ ったりする。 ﹁カナク先輩、どうしたんですか?﹂ 私は振り向いて、問いかけた。 ﹁ちょっとお時間いただいてよろしいかしら?﹂ ﹁えっと⋮私今から約束が⋮﹂ ﹁そちらの方には私からいっておきますから。私に付き合ってく ださいませ﹂ ﹁⋮⋮いえ、大丈夫です﹂ カナク先輩は結構強引だ。別にカナク先輩の事は好きだし、話す 分には構わない。だけどヴィーはカナク先輩がやってきたらビビっ て隠れて、出てこないと思う。 そもそも目立ちたがらないヴィーはカナク先輩と関わりたくない はずである。 ⋮ごめん、ヴィー後で謝るから。 そう思いながら私はカナク先輩に引きずられていった。 まぁ、ヴィーなら私が来なければ何かあったんだろうと察してく れるだろうけれども。 90 カナク先輩に手を引かれて私が連れて行かれたのは、﹃フィルベ ルト・アシュターを見守る会本部﹄と書かれた看板の下げられた教 室であった。 フィルのファンの数は多い。フィルは基本的に完璧である。大抵 の人間に見惚れられるほどの見た目を持っているし、頭もよく、魔 法の腕もある。そして生徒会長としても有能である。 それにフィルは少し自分勝手な所はあるけれど、責任感があって、 上に立つものとしてカリスマ性がある。 見守る会なんてものに所属していない生徒達だって、フィルの事 を尊敬してたりする生徒ばかりである。 カナク先輩はフィルの事を本当に大切に思っている人だ。フィル の考えを尊重しようと努めている。 ちなみに私がフィルと仲良くなった頃は、ファン達はまとまって いなかった。だからこそ、私への嫌がらせが起こったと言える。 フィルが私への嫌がらせに気づいてファンの子達に何かいった後 に、﹁フィルベルト様が大切な人に手を出されるのが嫌ならば私が 纏めましょう﹂とカナク先輩がさっさとまとめ上げた。 というか、フィルは基本的に特定の人間と仲良くする事がなかっ 91 たからこそ、今までファン達がまとまってなくても何も問題がなか ったのだ。実際、ゲームでのフィルはそうだったという。 ただ私︵転生者︶っていう例外が存在したが故に、フィルに友人 なんてものが出来てしまった。ちなみにヴィーが言うには、ゲーム 時代のフィルのファン達と言うのは、フィルが放置していたのもあ ってまとまっていなかったという。 ﹁ルビアナさんだ!﹂ ﹁会長、ルビアナさんとお話ですか?﹂ ﹁なら、私達は去りますね﹂ その教室の中へと入れば、中に居た何名かの生徒達はさっさと退 散していった。私はフィルの友人という事で、フィルのファン達に は名前を知られてたりする。 ﹁おかけになって、ルビアナさん﹂ 私はカナク先輩にそう言われて、ソファに座る。カナク先輩も向 かい側に座った。 ﹁それで、どうかしたのですか?﹂ ﹁転入生のメルト・アイルアさんの事です﹂ 私はそれに思わず来たかと思って、動揺してしまう。 ﹁アイルアさんの事ですか?﹂ ﹁ええ。フィルベルト様の周りをうろついていらっしゃるでしょ う。それにルビアナさんに向かって失礼な事をいってたでしょう﹂ カナク先輩の顔が不機嫌そうに歪んでいる。 確かにアイルアさんは、フィルの周りをうろちょろしているらし い。行く先々に表れては何か話しかけてくるらしいのである。とい うのも私はその時丁度フィルの傍には居なかったから、フィルや周 りの生徒に聞いた話だが。 ﹁そうですね。フィルの周りに時々現れているっては聞きました が⋮。まぁ、でもフィルもそこまで迷惑には思っていないですし⋮﹂ ﹁フィルベルト様の事は本人からお聞きしたのでまだ許せますわ。 でもルビアナさんに見当違いな事をいっていらっしゃるのでしょう。 92 フィルベルト様も、ルビアナさんが幾ら誤解だと言っても思い込ん で発言をしていると困っていましたわ﹂ ﹁まぁ、それは、そうですけど。私は大丈夫ですよ。何れわかっ てもらえると思いますし⋮﹂ ゲームと現実をごちゃまぜにしているとしても、その違いは感じ られるはず。大体結構ゲームと違う部分があるからね。 だから何れわかってもらえると思う。 私は困りはしているけれども、カナク先輩たちが心配するほどで はない。 私が安心させるように笑って答えたら、カナク先輩は何とも言え ない表情をしていった。 ﹁そうですの⋮。でもあの方、他の生徒たちにも迷惑をかけてい らっしゃるという話ですの。言いがかりをつけて迷惑を被った方も 多いですわ。それに私達に向かってフィルベルト様に迷惑をかけて いるといった事を前提で説教じみた事をいってくるとこの会の子た ちも悲しんでおりますの﹂ カナク先輩はそういって、私を見た。 ﹁フィルベルト様には本当にギリギリの段階まで動かないでくれ と頼まれています。でも、あの方があのままでいればすぐにそれは 来ると思いますの。ですから私はあの方に接触してみようと思いま すの。⋮ルビアナさんがあんな失礼な発言をされるのも正直良い気 分はしません﹂ カナク先輩って本当良い人だななんて私は考えていた。私が誤解 される事に怒ってくれている。 ﹁ルビアナさんが言っても、逆効果のようですし、私がきっちり 説明しますわ。ルビアナさんはフィルベルト様の大事な方ですって。 ルビアナさんに失礼な事を言うならフィルベルト様も、私たちも敵 に回す事になるって﹂ ﹁って、いやいや、カナク先輩、喧嘩売ってますよー。それ﹂ 思わず声をあげてしまったのは、前世の日本人だった頃の平和主 93 義な感覚があるからかもしれない。正直あまり争い事とかは好きじ ゃない。 慌てた私と対称的にカナク先輩はそれはもう良い笑顔である。 ﹁ふふ、そんなに慌てなくていいですわ。メルト・アイルアさん がこちらに喧嘩を売るような発言や行動をしないようになればそん な喧嘩なんて事にはなりませんわ。それにこれは喧嘩ではないでし ょう。聞き分けの良くない方に対する制裁のようなものですわ﹂ にこにこにこと効果音の付きそうな、良い笑顔である。 ああ、何だかこんな状態のカナク先輩って止められない気がする。 大体本当にカナク先輩がそういう動きをするとすれば、フィルが許 可をした時だけだろうし。 ﹁安心してくださいませ。別に彼女の人生を潰そうとか、そんな 制裁ではありませんから。只ちょっとわかってもらうために無理強 いをするというか、強制的にわからせるというか、そういう感じに しますもの﹂ それでも充分怖いと思うのは、私だけだろうか? ﹁ふふ、まぁそれは最終手段ですわ。接触したり、様子見をして から本当に分かりあえないようならそうする予定だというのを伝え ておこうと思いまして⋮﹂ ﹁はい⋮。一応私の方でもアイルアさんへの誤解が解けるように 行動に移す予定です﹂ 同じ転生者だったとして、そんな人が大変な目に合うのは嫌だな と思う。 だけれども、そんな事情皆知らない。知る術もない。それに転生 者でゲームと現実をごちゃまぜにしていたとしても、その人がやっ たという事実は変わらない。 学園内でのアイルアさんの評価はまだ転入してそんなに立ってい ないというのに低い。どんどん低下していっていると聞く。 学園での人脈や評価っていうのは、卒業後にも大きな影響を与え るものであるから、それじゃあ今後もアイルアさんは大変だ。 94 だからなるべくはやく此処が現実だってわかってほしいけれど⋮。 ああ、難しいなと頭を抱えたい。 でも秩序を乱す人をどうにかしなければならないのはわかる。 このままだとアイルアさんは、色々大変な事になるから本当そう なる前にどうにかしたいんだけどなぁ。現実はままならない事ばか りであると思ってため息が出そうになる。 それからしばらくアイルアさんについての話をしてからカナク先 輩とは別れた。 その後、ヴィーの所に行こうと駆け足で移動していたら、﹁ルビ 先輩!﹂と人気のない所で腕を掴まれた。 全然気づかなかったけれど、ヴィーは私に迫ってきてたらしい。 びっくりした。 しかもカナク先輩と私が話してた事もすっかり把握していたらし い。まぁ、カナク先輩目立つからね。 何を話したか聞かれて、答えたら、ヴィーも何とも言えない表情 を浮かべていた。 ﹁とりあえず、今日は時間がないので、明日話しましょう﹂とい う事でとりあえずそのまま私はヴィーと別れるのであった。 95 16 ﹁もー、さっさとどっかいってよ!﹂ ヴィーとの待ち合わせ場所に近づいていけば、ヴィーの大きな声 が聞こえてきた。 ヴィーがこんな風に声を上げるのも珍しいななんて思いながらも 私はもっと近づいていく。近づいていけば、ヴィー以外の一つの声 も響いてきた。 ﹁ヴィー、そんな事言わないでくれよ。別にいいじゃないか﹂ ﹁よくないの! 私は人と待ち合わせしてるのに。大体ヴァルは この学園で有名人なんだから私に近づかないでよ﹂ ﹁いい加減、ヴィーがお世話になってる人に会ってもいいだろ。 散々誰とあってるかも教えてくれないんだから﹂ あ、サラガント先輩が居るのかと気づいたのはそんな声を聞いて からだ。 サラガント先輩とはフィル関係で喋った事があるけれども、ヴィ ーの意見を尊重して私はサラガント先輩にヴィーと仲良い事を言っ ていなかった。というか、フィルにさえも言ってないからね。 サラガント先輩とヴィーの会話って初めて聞いたけれど、サラガ ント先輩ってヴィーの事大切で仕方ないんだろうなって思うよ。だ ってそうじゃなきゃこんな風に隠れて会ってる人が誰かなんて気に したりしないだろうから。 いいなって思う。 互いに大切に思いあっている幼馴染って、何か良いよね。 ゲーム内のヴァルガン・サラガントには確か幼馴染は居なかった はず。そして乙女ゲームのテンプレ設定どおり、作り笑顔を指摘さ れて気に入られる展開だったとは妹とヴィーに聞いた事ある。 何でもサラガント先輩の両親は二人とも魔法師団で大活躍してい る存在である。そんな両親との間に生まれた一人息子、それがサラ 96 ガント先輩であり、それ故に期待され、重圧によりゲーム内の彼は 苦しんでいるという設定だった。 とはいってもゲームでの私の家やエブレサック家のように破綻し た家族ではない。サラガント先輩の両親であるアイド・サラガント とミノア・サラガントは夫婦仲が良いと有名なほどである。もちろ んそんな彼らの事だからサラガント先輩の事はそれはもう可愛がっ ている。 ちなみに言うとサラガント先輩の両親は私のお母様の学園時代の 先輩にあたるらしい。そしてサラガント先輩の母親は平民でありな がら魔力があるとこの学園に通い、魔法師団にまで入団し、実力を 露わにした凄い人でもある。 ちなみにサラガント先輩は乙女ゲームの攻略対象の一人だけあっ て、美形だ。中性的な顔立ちの茶髪の美人という言葉が似合う人な のである。ゲームではもっと知的で、敬語キャラだったらしいけど ヴィーの影響か結構普通な人である。 というか、私これ、出てっていいのかな。ヴィーとサラガント先 輩まだ色々話してるんだけど。 どうしようかなと考える。 出て行くべきか、このまま引くべきか。 考えた結果、ヴィーは嫌がるかもしれないけれど、出て行こうと 思った。 ﹁ヴィー﹂ 私がヴィーの名前を呼んで、姿を表せば、ヴィーと会話を交わし ていたサラガント先輩が驚いたような表情を浮かべて私を見た。 ﹁え、アルトガル姉?﹂ ﹁ルビ先輩!﹂ ヴィーは驚いたサラガント先輩を放置して、私の方へと近づくと 嬉しそうに声を上げた。 ﹁え﹂ サラガント先輩はヴィーが私を﹁ルビ先輩﹂なんて親しげに呼ん 97 だ事に益々その顔を崩す。 こんな驚いたサラガント先輩を見るのははじめてで何だか面白い。 ﹁ヴィー⋮、アルトガル姉と仲良かったのか?﹂ ﹁もー。そんなのヴァルには関係ないでしょ﹂ ﹁ある! 俺はヴィーの幼馴染だぞ。というか、それ、アシュタ ー知ってるのか⋮?﹂ 何故、此処でフィルの名が出てくるか甚だ謎である。 が、フィルが私とヴィーが仲良い事知らない事を私とヴィーの顔 を見て悟ったらしいサラガント先輩は何故か顔色を悪くした。 ﹁⋮⋮アルトガル姉﹂ ﹁何ですか﹂ ﹁何でヴィーと仲良い事、アシュターに隠してるんだ?﹂ ﹁だって私とヴィーが仲良いって知ったらフィル、ヴィーと接触 したがるのわかりますもの。ヴィーはフィルみたいに目立つ存在と 関わりたくないって言ってますし⋮﹂ そう言ったら何故か頭を抱えられた。何故だ。 フィルって本当、私の友人知人と接触したがるからなー。大体ヴ ィーの事フィルにいったら興味持つに決まってるもの。ヴィーって 面白い子だしね。 ﹁えー⋮。俺これアシュターにしられたら怖いんだけど﹂ ﹁ド・ン・マ・イ! ヴァル何か会長にしめられちゃえ﹂ ﹁え、何でフィルがそんな事で怒るの?﹂ そういったら、何故か二人揃ってなんとも言えない顔をした。何 故だ。 ﹁⋮⋮というか、ヴィーが会ってたのってアルトガル姉だったの か。俺の記憶してる限りこいつがこそこそしだしたの初等部の頃だ った気が﹂ ﹁そうですね。ヴィーとは初等部の頃から仲良しですよ﹂ そういったら益々変な顔された。 ﹁でもアシュターはヴィーの事知らないんだろ?﹂ 98 ﹁はい﹂ 答えたらサラガント先輩はしばらく何かを思案する顔になった。 そんなサラガント先輩をヴィーがどつく。 ﹁はいはい。私が誰と会ってたかわかったならさっさと消えてよ ねー。私はルビ先輩と大事なお話があるの!﹂ ﹁ちょ、待て﹂ ﹁もう、邪魔なの。邪魔! 大体ヴァルは有名人なんだから学園 内で私に関わらないでって言ってるでしょー﹂ サラガント先輩の抗議の声など無視である。ヴィー、強し。 そのまま、何かを言いたそうにしていたサラガント先輩はヴィー によってその場から退場させられるのであった。 99 16︵後書き︶ ヴァルガン・サラガント。 ︻現実︼ サラガント家当主の甥。生徒会副会長。 魔法師団というエリートの集団で活躍している両親を持つ。両親と もこの学園の卒業生。加えて父親は元副会長。 茶髪で、中性的な外見の美人。女装したらきっと似合う人。 ヴィーとは幼馴染で、ヴィーの事を大切に思っている。その感情が どういうものかは現状謎。 フィルベルトとも良好な関係を築いている。 ゲームとはヴィーのせいで全然違う人になっている。 ︻ゲーム︼ 期待に押しつぶされて孤独を感じていた優等生キャラ。敬語キャラ。 作り笑顔を指摘されて主人公を気に居る。 攻略は割と簡単な人。 プレイヤーに﹁ちょろい﹂と言われていた攻略対象。 100 17 ﹁ルビ先輩、ヴァルをまけなくてごめんなさい﹂ サラガント先輩を追い払ったヴィーは、私の方を向くと申し訳な さそうにいった。 ﹁いや、別に私はサラガント先輩と会っても何も痛手ないし大丈 夫よ?﹂ そういって笑えば、先ほどまでのしおらしい謝り方は何だったの かとでもいうようにヴィーが豹変した。きっと私を軽く睨みつける。 そして言う。 ﹁というか、ルビ先輩。わざと出てきましたよね?﹂ ﹁あら、ばれた?﹂ ﹁⋮⋮ルビ先輩さっきからにこにこ笑ってますもん﹂ むーっと頬を膨らませて言うヴィーは可愛かった。初等部の頃か らの付き合いだからヴィーも私にとって第二の妹のようなものであ る。 ﹁ふふ、いいじゃない。サラガント先輩はヴィーの大事な幼馴染 でしょう? サラガント先輩も大事な幼馴染のヴィーに隠し事され て悲しかったと思うもの﹂ ﹁よくないですよ! ヴァルは目立つのに! それに私はルビ先 輩との秘密の関係というか、共演者って感じの関係が何か好きだっ たのにー﹂ ヴィーは文句を言っている。 サラガント先輩は目立つから学園では話したくなかったと。そし て﹃秘密の関係﹄とかそういうものが好きらしいヴィーはそれがサ ラガント先輩にばれたのが嫌らしい。 凄い自分勝手な意見かもしれないけれど、私としてはヴィーと普 通に学園で仲良くしたいからヴィーの実力とか色々露見しないかな と少し期待してたりするのだ。フィルもヴィーの事探しているしね。 101 ﹁ねぇ、ヴィー。それよりもアイルアさんの話をしましょう﹂ ﹁⋮主人公ですか。あの人、色々崖っぷちですよね﹂ ヴィーはアイルアさんの名前が出た途端、微妙な顔をした。なん とも言えない感情をアイルアさんに感じているらしい。 ﹁あのエブレサック家を敵に回しかけてるなんて⋮。本当自殺行 為ですもん﹂ ヴィーは難しい顔をしたまま言った。 ﹁お母様もエブレサック家を敵に回したらあらゆる人間を敵に回 すと言ってたわ﹂ ﹁エブレサック家をというより、エブレサック侯爵夫人をという のが正しいですよ、ルビ先輩﹂ ﹁それってどういうこと?﹂ ﹁エブレサック侯爵夫人︱︱リサ・エブレサックの影響力って、 個人で持つには大きすぎると言えるんです。私もまだ社交界デビュ ーはしていないし、直接会った事はないですけど⋮。ちょっと調べ てみたら噂凄いですもん﹂ ヴィーはそういって、﹃リサ・エブレサック﹄というエブレサッ ク侯爵夫人についてヴィーが調べた限りの情報を教えてくれた。 ゲーム内では、夫に愛されず心を病んでいた人だった。 でも、現実のエブレサック侯爵夫人はシエルさんとリーラさんを 見ればわかる通りゲームとは全然違う。あの二人は母親が大好きと いった様子で、ゲームのような歪んだ家庭では決してない。 リサ・エブレサックは、元々この学園に通っていたらしい。私と 同じように初等部から通っていた彼女の周りにはいつも人が溢れて いたという。それはもう、同じ学園に通っていた生徒達は皆が彼女 の味方だとでもいうように誰もが彼女を称え、彼女を愛し、彼女の 味方だったという。 彼女は美しく、それでいて聖女のように優しい。 彼女は苦しんでいる人に手を伸ばし、当たり前のように人を助け る。助けられた人間も、彼女の優しさを見ていた人間も、誰もが愛 102 し、慈しみ、幸せを願った女性︱︱それが、リサ・エブレサック。 そして学園内で築かれたその人脈は、学園を卒業したからといっ て切れるものではなく、今でも彼女の周りには沢山の人が溢れてお り、有力貴族の当主のほとんどが彼女の先輩、同級生、後輩の何れ かであるというのだから凄い事実である。 学園生活において貴族は人脈を広める事も一つの義務と言えた。 それは将来のためになるからである。しかしだ。これほどまでに人 脈を広げ、性格も異なる人々に好かれる人なんて本当に居るのだろ うかと思うほどだ。 ヴィーの語ったリサ・エブレサックという女性は、そう思うほど だった。 ﹁︱︱⋮リサ・エブレサックが一言いえば、それだけできっと主 人公は潰せます﹂ そう、それほどの人なのだ。 例えば一言邪魔だと言えば、それだけで人を潰せるほどに影響力 のある人。ヴィーが言うには、やろうと思えば王位だって何だって 手に入るのではないかとでもいうほどらしい。 ﹁とはいっても噂に聞く限り本当に優しい方らしく、自分から相 手を潰すとかそういうのは一切やらないらしいですよ﹂ それだけの影響力を持ちながら何も欲さないからこそ、それを利 用しないからこそ、好かれるのではないかと思う。 ﹁⋮本当にそんな人が居るの?﹂ ﹁居るらしいですね。私も信じられないですけど﹂ 何もかも完璧で、誰もに愛される人︱︱そんな人が現実に居ると いうだけで驚きだ。そもそも何もかもうまくいきすぎる人生を歩ん でいたならば多少我がままになってもおかしくない。だというのに その人にはそんな様子もないという。 ﹁それともう一つ、リサ・エブレサックを調べて面白い情報が出 ましたよ﹂ ﹁面白い情報?﹂ 103 ﹁はい。ゲームではリサ・エブレサックは夫に愛されていなかっ たですよね﹂ ﹁そうね﹂ ヴィーの言葉に私は頷く。 ﹁エブレサック家当主は、学生時代に付き合っていた女性と破局 し、その女性をずっと思い続け、それ故にリサ・エブレサックを愛 さず壊れていた﹂ ﹁そうね﹂ 何でそんな事を確認するのかわからないままに、私は頷く。 ﹁︱︱それ、実際に居たらしいですよ﹂ ﹁え?﹂ ﹁だから実際に現エブレサック家当主は、シィク・エブレサック は学生時代にある女性と付き合い、束縛し、振られたらしいです。 そして壊れる一歩手前までは来ていたって話ですよ。︱︱この学園 にその頃から務める教師にさりげなく聞いたんですけど﹂ ﹁⋮⋮⋮ってことは、そのあたりまでゲームのシナリオ通りに進 んでたってこと?﹂ 壊れる一歩手前まできていたという言葉に、思わず疑問を口にす る。 ゲームでのエブレサック家当主はそれはもう壊れていた。愛して いる女性が自分の事を見ないが故に、傍に居ないが故に。というか、 束縛が理由で別れたという事は元からエブレサック家当主にはヤン デレ気質でもあったのかもしれない。 ﹁リサ・エブレサックはその後、シィク・エブレサック︱︱旧姓 シィク・ルサンブルと付き合いだして、周りに相当反対されて、心 配されたって。だけどそれでもリサ・エブレサックは傍にずっとい て、数年もたった頃にはまともになったって聞いたんです﹂ それは、エブレサック家当主が壊れかけた所をリサ・エブレサッ クが壊れさせなかったという事なのだろうか。 ﹁⋮⋮リサ・エブレサックは、転生者なのかな﹂ 104 ﹁さぁ、そもそもリサ・エブレサックにはゲームでは親友はいな かったですよね。でも聞いた話じゃ、幼少のころからシュア・サク シュアリと親友だったって話ですよ。だから風紀委員長とエブレサ ック家の双子が幼馴染らしいですし⋮。だから私は親友の方が怪し いんじゃないかなとも思いますけど﹂ うーんと二人で唸りあう。 転生者だったら、お仲間だったら、話してみたいなと思ってしま った。 それに例え転生者じゃなくてもリサ・エブレサックが本当にヴィ ーの言うような人柄であるならば、アイルアさんの事もどうにかし てくれるのではないかという他力本願な事も考えてしまった。 しばらく、悩んで、だけど結論は出なかった。 ﹁︱︱⋮とりあえず親世代の転生者はひとまず脇にやって、アイ ルアさんに対して私たちが同じ転生者として何をすべきかよね﹂ 何をしてあげられるだろうか、とそれを私はヴィーに投げかけた。 105 18 ﹁⋮私は、何も出来ない気がします﹂ ヴィーは消極的な事を言った。諦めたような言葉に、私はヴィー の顔を見る。 ﹁どうして?﹂ ﹁だって主人公は何処までも此処がゲームの世界だって信じ込ん でいて、私やルビ先輩が自分は転生者だって、此処はゲームと違う んだって投げかけた所で、あんたのせいでゲーム通りにならないの よとでも言われそうですよ﹂ 困った顔をしてヴィーは言う。 ヴィーは隠密行動が得意だから、主人公を観察していてそれを思 ったのだろうと予測出来る。 観察して、そして自分たちの言葉が届かないと思ったようである。 ヴィーは人を観察するのが好きだ。自分の関わらない所で起きて いる事を見て、楽しむような子だ。だからこそ、ヴィーは人を見る 目がある。 そんなヴィーが、言う。 多分、自分たちが必死に此処はゲームではないといった所でどう にもならないと。 それは、多分事実なのだと思う。 だってアイルアさんは、あれだけゲームと違う現実に直面してい るというのに決して此処がゲームとは違う事を納得していない。そ の事になんとも言えない気持ちになる。 だって普通、もっと違和感を感じて気づくものではないかと。 どうして彼女はこの世界をそこまで盲目的にゲームだと信じ込め るのかと。 ﹁⋮⋮でも例えそうだったとしても私はこのまま、アイルアさん を放置することは出来ない﹂ 106 でも例えそうでも、人が不幸になる事を見過ごすのは嫌だなって そう思ってしまう。偽善者だって笑われそうな事だけれども、それ でもやっぱり思う。 だって不幸よりも幸せの方が断然良い。 ﹁はぁ⋮まぁ、ルビ先輩ならそういいますよね﹂ ﹁うん。どうにかしてあげたい。でもヴィーがいった通り、私や ヴィーの言葉は同じ転生者だからこそ届かない気もする⋮。この世 界を知っている私たちが動いた結果、世界は確かに変わってるから。 意図してやったわけでもない。私は此処がゲームの世界だろうと、 私の第二の人生だからって好きに動いた。家族が不幸になるの、嫌 だったから。でもそれも、アイルアさんにとっては敢えてやった事 に思えるのかもしれないなって﹂ 同じ転生者だからこそ、言葉が届かない気もするんだ。 私は家族が幸せじゃないのが嫌だった。私が動けば、もしかした らエドがゲームのようにならずに、笑って生きられるんじゃないか って思ったら動いてしまった。 大好きなお母様とミカがエドを嫌うのもやだった。 私の家族がドロドロとした家庭になるのが嫌だった。 仲良い家族の方が絶対に良いに決まってる。そう思って、私はゲ ームの設定を確かに変えた。 でも、此処はゲームの世界に確かに似てるけど、確かに現実なん だ。 私たちの行動次第で、全てが変わる。前世の現実と一緒。行動を 起こす事によって周りに影響して、少なからず何かを変化させる。 でも、それを︱︱⋮、 ﹁アイルアさんは、この世界の人を”ゲームの中の登場人物”と しか思っていない。一番は、それが問題なんだと思う⋮﹂ そう、ゲームの中の登場人物としか思っていない。 ヒロインを愛し、ヒロインの都合よく動くゲームの登場人物たち。 あの乙女ゲームは前世の妹曰く、ヒロインにバッドエンドはなかっ 107 た。一番のバッドエンドが誰も攻略出来なくて、友情エンドだった っていうんだから何ともハッピーすぎる物語である。 もしかしたらだからこそ、安心しきっているのかもしれない。自 分は不幸になるはずがないと。 でもそれは違う。 そんな都合のよい世界なんて現実であり得ない。 ﹁⋮アイルアさんは私とかヴィーが転生者だって知ったら私たち が自分達に都合よくゲームの登場人物達を動かしたとかそんな風に 思いそう。でもそれって違うのに。私がフィルと仲良いのもおかし いっていってた。私がフィルに何かして騙してるって。でもそれは 違うのにね。フィルにだって意志があって、ゲームみたいに台詞も 性格も全部決められたものではなくて、絶対じゃないのに﹂ そもそも私はフィルを騙そうとしても騙せる自信がない。フィル はアシュター公爵家の跡取りで、家を目的として近づいてくる人だ って多く居る。だからこそ、ヴィーとは違った意味で人を見る目が ある。 だからこそ、フィルは騙されない。 私が本気でフィルを騙そうとか、フィルを利用しようとかそんな 思惑を持って近づいていたならば私はフィルと友人になんて決して なり得なかった。 フィルは、生きている。私と同じ他人の言動に影響されながら生 きている。 一人の人間だ。 決してゲームのキャラクターとか、そんなのではない。 ﹁そうですねー。会長はルビ先輩が、今のルビ先輩だからこそ傍 に居る事を許してるんですよね。主人公の言う通りルビ先輩が会長 を騙すつもりで近づいたとかだったら、会長はルビ先輩を隣に置こ うとさえも思わない。大体あの人、そんな甘い人じゃないですしね ぇ⋮。敵には容赦ないっていうか、身内にしか甘くないっていうか ⋮観察してて、ルビ先輩に話聞いててそんな印象ですけど﹂ 108 ヴィーが笑いながら言う。 そして続ける。 ﹁でも確かに私とかルビ先輩の言葉だからこそ、通じないかもで すね。そもそも私とルビ先輩は転生者だからこそ何処か偏った意見 になる気がしますしー、うーん、主人公が此処を物語の世界か何か だと思っているっぽいって前世の事をぼかして誰かに相談した方が 何か違う思考が見えてくるんじゃないかなとも思ってきました﹂ ヴィーの言葉に、私も確かにそうだと思った。 二人で会話をしても結論が出ないなら、もっと他の意見をくれそ うな人に相談するのがいい気がする。 だって私たちは転生者であり、どうしてもそういう知識が邪魔し て、偏った考えになってしまう。 ﹁⋮そうね、誰かに相談しようかしら﹂ ﹁私もヴァルにちょっと相談してみようかなと思います。あいつ 最近﹁何か隠してるんだろ﹂とか煩いですからねー﹂ と面倒そうにヴィーが言う。 さてさて、ヴィーがサラガント先輩に相談するなら私は誰に相談 をしてみようか。 109 19 ﹁ねぇ、フィル。例えばこの世界が物語の世界だったとしたらど うする?﹂ ﹁は?﹂ 私の突然の問いかけに、フィルは何を言っているんだとでもいう 風な表情を浮かべて、私の方を見た。 放課後の研究室。 私は研究課題をするために、フィルと共にそこにいた。 いつもの通り、研究課題について白熱した論争を繰り広げていた わけだけれども、私はヴィーと話していた事を思い出して、意を決 して言ったの。 前世の事をぼかして、アイルアさんについてなんとなく乙女ゲー ムの事なんて全く知らない人に相談してみれば何か違う答えが帰っ てくるのではないかって。 こういう話をするのならばやっぱり信頼出来る人にすべきだと思 った。 それで考えた結果、私が一番信頼していて、こういう相談をした としてもきちんと答えてくれる人って、フィルだった。 ﹁なんだよ、突然⋮⋮﹂ 意味がわからないといった表情でさえも、かっこいいだなんて美 形って本当に得していると思う。 カナク先輩達もこういうフィルの表情を写真で見て、いつもキャ ーキャーいっている。最もフィルのこういう表情って結構見慣れて るからあんまりカナク先輩達の気持ちはわからないけれども⋮⋮。 ﹁あのね、私今からちょっとおかしな事を言うけれども、真剣に 相談したいからちゃんと聞いてもらっていい?﹂ フィルなら私がどんな相談をしたとしても受け入れてくれる。そ んな信頼はあるけれども、ちょっと不安になってそんな風に問いか 110 けてしまう。それに対して、フィルは少し考えた顔をして、次の瞬 間、 ﹁はっ、どんな相談でもしろよ。俺とお前の仲だろうが﹂ 口元をあげてニヤリと笑った。 それを見ながら本当に現実とゲームの世界って全く違うのだなと 思う。そもそもゲームの世界ではフィルに仲の良い友達といったも のは出てこなかった。フィルは孤高の存在だった。 だからフィルからこういう表情を引き出せるのは、ヒロインだけ だったって前世の妹もヴィーも言ってた。でも現実のフィルは友達 の私にもこうやって笑いかけてくれる。多分ゲームでのフィルより も交友関係が広い。 ﹁さっき、例えばこの世界が物語だったらどうするって聞いたで しょ﹂ ﹁ああ﹂ ﹁本当におかしなこと言うけどね、私ちょっとルビアナ・アルト ガルとして生きてきた記憶とは別に人の記憶があるの﹂ ﹁ん?﹂ ﹁⋮⋮まぁ、その、頭おかしいと思われるかもだけど、別の人生 の記憶があるの﹂ ﹁⋮⋮他の人と記憶を共有してるってことか?﹂ ﹁まぁ、そんな感じ﹂ 転生とか、そういう説明はしにくいからそう答える。 ﹁それでね、その別の世界のある物語とこの現実ってそっくりな の﹂ フィルにこんな事いっておかしな奴って思われて、引かれたら嫌 だな。フィルと一緒に居るのは楽しいから、これで友達づきあいが なくなったら嫌だな。って、不安が募る。 フィルがそんなに心が狭い人間じゃないってわかってる。フィル は度量が広くて、どんなことでも受け入れられるぐらい強い人だっ て知ってる。 111 ﹁⋮⋮ふーん、で、だからなんだ?﹂ ﹁あのね、私と同じように別の記憶を所持していてこの世界が物 語の世界と似てるって子も居るの。だから、別の記憶は確かにある ものだと思う。それで、その⋮⋮、見ていてね、私とその子で結論 づけた事があって﹂ ﹁なんだよ?﹂ ﹁アイルアさんって、私と同じ何だと思うの﹂ ﹁は? なんだ、それ。ルビアナがあんな勘違い女と一緒なわけ ないだろ﹂ 間一髪で言われた。けど、そういう事じゃない。 ﹁そういうことじゃなくて、アイルアさん、多分その物語の世界 の記憶があるんだと思う。じゃなきゃ、あんなふうに思い込めない もの⋮⋮﹂ アイルアさんが、あんなに思い込んでる理由︱︱︱私は転生者だ からわかってた。乙女ゲームの世界だって思い込んでるからだって 知ってた。フィルに、隠し事をするの、正直苦手だ。 だから、こうやって吐き出せて少し安堵している。 ﹁ごめんね、フィル。アイルアさんがなんであんな思い込んでる かなんとなくわかってたのに言えなくて。こういう事言いにくくて。 でもフィルに隠し事するの、嫌だったから話せて安心してるの﹂ そういって、恐る恐るフィルの顔を見上げる。見上げた先で、フ ィルはなぜか笑っていた。なんでだ。 ﹁⋮⋮なんで笑ってるのよ﹂ ﹁ルビアナが、俺にそういう大事な事話してくれたの嬉しいから かな﹂ ﹁⋮⋮私と同じ子以外に話したのは初めてよ。そう、あのね、私 とその子で話していても結論が出なかったの。アイルアさんにここ は物語の世界とは違うんだってわかってほしくて。だってこのまま ここが物語の世界と全部同じだって思い込んで、そのまま大変な事 になるのは嫌だなって思って。それでね、信頼出来る人に相談して 112 みたらまた別の答えが帰ってくるんじゃないかって。だから、フィ ルに相談してるの﹂ 私が不安で、どうしたらいいかわからなくて、だから意を決して 相談したのにフィルは笑ってる。 なんだかこんな変な事言ったらフィルに頭のおかしい奴と思われ るんじゃないかって少し不安に思っていたのがなんだか馬鹿みたい だ。 それと同時に嬉しいなと思う。 こういうメタ的な発言してもフィルは私を受け入れてくれて、私 の傍に居てくれる。 その事が、どうしようもなく嬉しかった。 ﹁それで、その物語の世界はどんな感じなんだ?﹂ フィルに聞かれて、私は正直に答えるのであった。 113 20 フィルに問いかけられた言葉に、私は思考する。私が知っている 限りのこの世界についての事を。 私は実際にその乙女ゲームをやらなかった。前世の妹とヴィーか ら話を聞いただけだ。 ﹁⋮⋮えっとね、まず私、ルビアナ・アルトガルの立ち位置はフ ィルの取り巻きで、エドとミカを嫌ってて、自身は人を妬んでばっ かでCクラスって設定だった﹂ ﹁は?﹂ ﹁いや、うん、あのね、私その物語の記憶をエドが家に連れてこ られたときに思い出して⋮⋮。物語での私は出来の良いエドとミカ を嫌ってるって設定だったんだけど⋮、その別の記憶の影響で私は 弟と妹を守るものって認識があって。それに物語のままなら可愛い エドとミカが悲しい幼少期を送る事になってたから、そんなの嫌で 思いっきりエドとミカを可愛がったの﹂ エドが家に連れてこられた時、この世界が物語の世界だって気づ けた。そして警戒したようにこちらを見ていたエドを不幸にしたく ないと思った。可愛い妹のミカが家族仲の悪さに冷めた子に育つの が嫌だって思った。家族仲は良い方がいいってそう思って、だから 私はこの世界が乙女ゲームの世界だろうとも私の人生だからって好 き勝手にした。 それでゲームの世界とはかなり違った方向にこの世界は進んでる けど決して後悔はしていない。だって私は今の生活を気に入ってい る。大切だと思ってる。 嫌だったから、行動した。ただそれだけなのだから、後悔する事 なんてない。 ﹁⋮⋮ルビアナが俺の取り巻きってのは?﹂ ﹁えーとね、その物語ではルビアナ・アルトガルはフィルの周り 114 をうろちょろして、近づく女に嫌がらせしたりとかしてたかな。そ こでのフィルは無関心だったね。あとその物語ではフィルはファン たちを放置してたかな﹂ ﹁ただの別人じゃねぇか﹂ ﹁それを言うならフィルもその物語とは結構違うからね? フィ ルの設定は確か俺様会長みたいな立ち位置でえらそうで、ヒロイン にだけ笑いかけて、ヒロインだけ特別だったかなぁ﹂ そういいながらじっとフィルを見る。そうだ、フィルは本当ゲー ムの世界とは違う。ゲームでのフィルは周りに人を近づけなくて、 友達も作らず、弟妹のように可愛がる後輩なんていなくて⋮⋮、も っと人に無関心だったと思う。 ﹁ヒロイン?﹂ ﹁その物語は⋮⋮そう、分岐するの。えっとね、ヒロインが男の 子を攻略していくお話で、一人一人を攻略するのがそれぞれあって、 それと逆ハー⋮⋮要するにお相手候補の男の子全部に惚れられてる のもあって⋮⋮﹂ ゲームなんて言ってもこの世界の人には通じないから、私は言葉 を選んで言う。 ﹁ふぅん? じゃあ俺はお相手なのか﹂ ﹁うん。フィルも、エドも、あとサクシュアリ先輩とか、シエル さんもで⋮⋮、というか、生徒会の男は全部お相手かな﹂ ﹁⋮⋮多すぎだろ﹂ ﹁それでフィルの分岐のお話だとヒロインにだけ心を許して、ヒ ロインの事には関心をもって、ヒロインの傍にはよって、ヒロイン にだけ笑いかけててとかそういう感じ。ほら、現実のフィルと違う でしょ? だって現実のフィルは友達の私とか、エドやミカとも仲 良しだし、全然人に無関心じゃないし﹂ うんうんと頷きながら言えば、フィルは何とも言えない表情を浮 かべていた。 どうしたんだろう? と思っていたら予想外の言葉が降ってきた。 115 ﹁⋮⋮いや、別に俺はその物語と対してかわんねぇだろ﹂ ﹁えー、違うよ?﹂ ﹁⋮⋮そうか、まぁいいや。で、他には?﹂ ﹁リーラさんとシエルさんの家は凄い不仲で、あの二人も仲良く なかったわ。その世界で﹂ リーラさんとシエルさんは必要最低限しか喋らない双子で、二人 共ヤンデレ予備軍で、愛というものがわからなくて⋮⋮。母親は父 親に愛してもらえず壊れていて、父親は昔の女を忘れられずに病ん でいて。 ⋮⋮本当よく考えれば凄まじい設定だ。 本当親世代にいるであろう私とヴィーと同じ存在が気になる。 ﹁⋮⋮ああ、だからアイルアはあんな戯言いってたのか?﹂ ﹁多分。その世界では私は本当に悪役みたいなもので、エドとミ カと仲が悪かった。そしてリーラさんとシエルさんの両親は不仲で、 二人は色々歪んでた。それって現実とは全然違うもの。だからあの ね、アイルアさんはここが現実と認識していないんだと思うんだけ ど⋮⋮。幼い頃から別の記憶があっって、生きていたなら流石に物 語と現実違うって気づくと思うんだけどさ⋮⋮﹂ そう、わからないのはそこだ。アイルアさんが幼少の頃よりこの 世界を生きているのなら気づくはずなのに。違和感がある。 ﹁ルビアナは、アイルアにどうしてほしいんだ?﹂ ﹁⋮⋮ここが、現実だって気づいて今までの行いを改めてこれか らこの世界を現実として生きて欲しい。勝手な、願望だけど。私は 私と同じ存在がここが物語って思い込んだまま不幸になるのは嫌な の。目の前で不幸になる人が、私の行動でそうじゃなくなるかもし れないなら、動きたいって私は思ってるから﹂ 不幸になったままは嫌だとそう思うのは、ただの私の我儘である。 でも、私は私の思うように生きるって決めてる。私は不幸なまま が嫌だと思ってる。だから、どうにか出来ないかなってそう思って しまうんだ。 116 ﹁ルビアナの気持ちはわかった。でも、例えあいつがここを物語 の世界だって思い込んで、そして行動していたとしてもあいつのや っていることはおかしいだろ。自分が愛されてるのが当たり前だっ て態度で﹂ ﹁⋮⋮それは、ヒロインが、物語の中のアイルアさんが皆に愛さ れる設定だったからだと思うわ﹂ ﹁へぇ、あいつがヒロインか。でもそれでもおかしいだろ。人が あれだけ嫌がっているのに嫌がる事をしている。それはそういう事 情があったとしても許される事ではないぞ。それにそういう世界だ ってあいつが思い込んでいるのならばなんでも許されるって取り返 しのつかない事をするかもしれない﹂ フィルは淡々と自分が思っている事を告げた。 私がエドとミカに良い影響を与えたのと同じようにアイルアさん が周りに悪い影響を与えてる。 だから、フィルのいうように取り返しのつかない事になる可能性 もある。というより、現状そちらの可能性の方が高い。 それでもまだ私は転入生がまだ戻れる所にいるのではないかと思 っている。良いほうにばかり期待してしまうのは私の悪い所かもし れない。でも期待してしまう。 ﹁でもまぁ、俺も俺の学園の生徒が馬鹿な真似するのは抑えたい﹂ そういいながらフィルは私の頭に手を置く。 ﹁だから、俺もできる限りのことはする﹂ 安心させるようにフィルが笑った。 ﹁うん⋮。お願いフィル﹂ ﹁それで、ルビアナはここが現実だってわからせたいんだよな?﹂ ﹁うん﹂ ﹁なら、お前が言えばいい。ここはそういう世界ではなく、現実 なんだって﹂ ﹁それも考えたんだけど⋮⋮、言っても信じてもらないと思う。 寧ろ﹃貴方のせいで物語通りに進まないのね﹄って標的にされそう 117 で。一対一で話しかけるのもちょっと怖くて﹂ そう口にしながらも、私は自分が大事で一歩を踏み出せなかった んだろうなと実感して嫌な気分になった。本当に現実だって分から せたいのならば、自分が標的にされようが、怖かろうが、言いに行 けばよかったのにと。 でも設定上、主人公は魔力も高くて、魔法の才能があった。私は 魔法がそこまで得意でもないから勝負したら負けると思う。 ﹁そうか。なら、俺がついていってやるから言え。あいつに狙わ れそうっていうなら俺が守ってやるから言いに行くぞ﹂ フィルが、不敵に笑った。 その自信満々な笑みを見ると、不思議と全てが上手くいくような 気分になる。カリスマ性っていうのかな、そういうのをフィルはや っぱりもっていると思う。 ﹁うん。ありがとう、フィル﹂ だから、私も笑った。 フィルが一緒に居てくれるなら、一緒に行ってくれるなら、きっ と大丈夫だって安心出来たから。 118 21 フィルに相談を終え、その後は研究課題に没頭した。 それが終わって、フィルは生徒会室に、私は帰宅するために別れ た。 廊下を歩きながらも、私はフィルに相談する前に心を埋め尽くし ていた不安が、大丈夫だっていう前向きな気持ちに変わっている事 に驚いた。 言葉の力って凄いと思う。人の心をポジティブにもネガティブに も一瞬で変えてしまう。特にフィルの言葉は、人を安心させる力っ てのを凄い持ってると思う。 そういうフィルだから、この学園の生徒会長になれて、皆がフィ ルを慕っているんだ。 ヴィーもサラガント先輩にもう相談したのかな。ヴィーにも言わ なきゃ。フィルがついてきてくれるから、あの子にここが現実だっ て言いに行くって。 此処は現実でゲームの世界とは違うって、その言葉をいうのが一 番だってわかっていたはずなのに私は色々理由をつけてぐずってた。 ヴィーの話を聞いていると言っても意味がない気がして、そして﹃ あんたのせいでこの世界がおかしい﹄って責められそうな気がして。 でもそれって結局私が保身に走っていったっていうそういう事なの だ。 どうせ意味がないって︱︱⋮⋮行動してみなきゃ現実はどう転ぶ かわからないって、前世と現世を含めて分かっていたはずなのに。 責められたとしても︱︱⋮⋮それで何かが変わるのならば、責め られたっていいはずなのに。 色々理由をつけて、私は自分自身が危険な目にあいたくなかった だけなんだろうって思い至ってなんだか自己嫌悪してしまった。無 意識の内に自分が傷つきたくないって、主人公が何をするかわから 119 なくて怖いって、そういう気持ちから逃げていたんだ。 廊下を歩きながら、もっと真正面からアイルアさんと向き合って みようと決意する。 ﹁⋮⋮﹂ 歩いている中で、どこからか声が聞こえた。 そちらに視線を向ければ、そこにはリーラ・エブレサックとカイ エン・サクシュアリがいた。ゲームの世界では幼馴染設定はなかっ たが、現実では幼馴染っていう話だから仲が良いのだろう。 最も私は二人とそこまで親しいわけではないから、こうやってリ ーラさんとサクシュアリ先輩が会話を交わすのを、会話が聞こえる ほどの距離で見るのははじめてだ。 ﹁カイエン、あのね⋮⋮﹂ リーラさんが、サクシュアリ先輩に話しかけている。その声は何 処か普段よりも嬉しそうだ。 にこにことリーラさんは笑っている。 その様子はどこからどう見ても幸せそうで⋮⋮、リーラさんはサ クシュアリ先輩のことを好きなのかなと私でもわかるほどだった。 まぁ、サクシュアリ先輩みたいな幼馴染がいれば、惚れてしまう のも当たり前と言えば当たり前かもしれない。サクシュアリ先輩は 攻略対象なだけあって美形だしね。 ﹁そういえば⋮⋮リーラ、あの女﹂ 他愛もない会話を交わしている中で、ふとサクシュアリ先輩がい った。 ﹁ああ⋮、あの転入生ですわね﹂ リーラさんはアイルアさんの話題になったと同時に不機嫌そうに 顔を歪ませた。 ﹁本当に不愉快極まりない方ですわ﹂ ばっさりと言ってのけるリーラさん。その目は冷たく光っている。 ﹁そうだな。全く、俺がリーラの幼馴染だとおかしいだとか、俺 がリーラを好いていたらおかしいだとか⋮⋮。幼馴染を嫌うわけな 120 いだろうが。お前の頭がおかしいと俺は何度言いたくなったことか﹂ ﹁行って差し上げればいいのに﹂ ﹁⋮⋮俺は母上に﹃女の子には優しくするように﹄と散々幼い頃 から言われてきたから女に暴言なんかはけねぇよ﹂ リーラさんに向かって喋るサクシュアリ先輩は心なしか普段より も口調が荒い気がする。こちらのほうが素なのかもしれない。幼馴 染のリーラさんには心を許しているのだろう。 ﹁というか、俺があの女が言ってるみたいにリーラを嫌うとかそ んなことなったら母上に殺されるっつーの﹂ ﹁ふふ、シュア様はお母様大好きですものね﹂ どうやらエブレサック家侯爵夫人とその親友のサクシュアリ伯爵 夫人についての話題らしい。 ﹁⋮⋮父上が自分よりもリサ様の方が母上は好きなんだって諦め たように笑ってたしな。何がなんでもリサ様が一番だからな﹂ 呆れた様子である。 ゲームの中のエブレサック家と現実は本当に違いすぎる。びっく りする。 エブレサック侯爵夫人︱︱リサ・エブレサックかと私は思う。一 度会ってみたいな。お母様が憧れていて、ゲームとは違うその人に。 私はそんなことを思いながらも、盗み聞きをするのも⋮⋮と思い その場を後にするのであった。 121 21︵後書き︶ 少し短いです。 社交界デビューの季節変更 冬↓秋 122 22 ﹁姉様、姉様!!﹂ フィルに相談をして、リーラさんたちの会話を聞いたその放課後。 制服から着替えて、私が自室でのんびりしていたら先ほど帰宅し たエドが飛び込んできた。 今日は、私は研究課題をするからってエドとミカとは別々に帰宅 したの。 エドがばーんと勢いよく扉を開けて入ってきた後ろから呆れた様 子のミカも入ってきた。 どうしたんだろう? でもどうしようもないくらい幸福を伝えて いるようなエドの笑顔に思わず頬が緩む。可愛い。可愛すぎる。私 の弟はどうしてこんなに可愛いんだろう。 ﹁エド、どうしたの?﹂ 問いかけるその顔も緩んでいる時間がある。だって可愛い。可愛 すぎるんだ、私の弟は。もちろん、妹のミカも可愛いよ。世界で一 番可愛いんだよ、私の弟と妹は。 ﹁あのね、姉様! 僕好きな人出来たんだ﹂ エドの言葉に私は固まった。 今、私の可愛いエドはなんていった? しばらく意味が理解出来 なかった。 好きな人が出来た。好きな人⋮⋮? ﹁ほら、エド。あんたが突然好きな人が出来たなんていうからお 姉様が混乱しているでしょうが﹂ ﹁って、ええええ。エドってば好きな人できたの? いつの間に ?﹂ 今までそんな話聞いた事なかったのに。 あれ、ということは可愛い弟の初恋? それなら祝福してあげな くちゃ。1回叫んだあとに、私はそう考えて冷静さを取り戻す。 123 ﹁えっとね、今日﹂ ﹁今日好きな子ができたの?﹂ ﹁そうだよ﹂ ﹁どんな子なの? 出会いは?﹂ 可愛い弟の好きな人がどんな人なのかとか、出会いがどんな風な のかとか色々気になって思わず問いかけてしまった。 今までエドにはどんな子が似合うだろうか、と想像していた事は あったけれど実際にエドが好きになった子はどんな子なんだろう。 ふふん、とりあえずエドの好きな子が誰かわかったら調べなきゃ。 可愛いエドを不幸にする子じゃないかどうかを確認しなければなら ないの。 ﹁すっごく可愛い子﹂ 満面の笑顔で断言された。その笑顔が眩しい。というか、エドの 笑顔可愛い。 ﹁エドのが可愛いよ﹂ ﹁姉様、僕男だから可愛い言われても嬉しくないよ⋮﹂ ﹁はっ、ご、ごめんね。お姉ちゃん悪気はないの。ただ本音が⋮﹂ 慌てて取り繕ったけれど、エドは落ち込んだ。 ﹁あああああ、ごめんね、エド﹂ 私はエドに向かって思わずいう。エド、本当にごめん。悪気はな いの。ただエドが可愛すぎてやばいの。私がブラコンだからそう思 うだけだろうけれども。 ﹁エド、男なら可愛いって言われたぐらいでそんなに落ち込むの はやめなさい。そんなんだからお姉様に可愛いなんて言われるのよ﹂ ﹁⋮⋮ミカ﹂ ミカの言葉にエドは不機嫌そうな顔をして、ミカを睨んだ。 ﹁そういうミカだって︱︱﹂ ﹁喧嘩しないの! それより、エドの好きになった子のお話聞か せて?﹂ 口喧嘩をし始めた二人の間に慌てて入る。というか、エドの好き 124 な子については本当に気になる。 可愛いエドを任せられる子じゃないとお姉ちゃん認めません! まぁ、こんな宣言したらまたフィルに呆れられるんだろうけれど。 ﹁そう、あのね、姉様。僕が好きになった子、サリカ・ガルノア って子なの﹂ ﹁ガルノア男爵家令嬢ね﹂ ﹁そう! 僕がね、あの女に絡まれてた時に、庇ってくれたんだ。 身体が震えてるのに﹃エドくんが困っているでしょう﹄って前に出 て。そしたらあの女ってば、なんか逆上してサリカに突っかかって きて﹂ エドがそういいながら不機嫌そうな表情を作る。というか、転入 生って逆上はしても攻撃は一応しないわよね。今までの話を聞く限 りも突っかかってきたり、言いがかりをつけることはあるけれども。 ﹁それで、どうなったの?﹂ ﹁僕がどうにかしようとする前に気絶した﹂ ﹁へ?﹂ ﹁あの女が気絶した。ほら、あれだよ。フィル君と姉様の時と一 緒。いきな針かなんか投げられてきて気絶﹂ ﹁⋮⋮そうなの﹂ なんて答えながらも思い浮かぶのはヴィーだけである。ヴィーっ てば、本当何やってるのだろうか。 傍観者になりたいとか、見ているだけが楽しいとか言っておきな がらもやっぱり放っておけないって手を出してしまうあたりヴィー だなと思う。 もう確信にも近いけどそのうちヴィーってフィルたちに確実に捕 まってしまうと思う。フィルもサクシュアリ先輩も有能なんだから。 1回だけならばともかく、何度もやっていたらねぇ⋮。ヴィーって ば、そのへんの事ちゃんと考えているのかしらと心配になる。 ﹁うん、あれ誰がやってるんだろうね﹂ ﹁凄いですわよね。フィルくんたちにも気づかれないように動け 125 るって﹂ ﹁⋮⋮そうね﹂ うん、とりあえずヴィーには今度会った時色々と情報を聞くとし て、今日はとりあえずエドに沢山好きになった子についての話を聞 くの! それからは可愛いエドの恋話を三人でしたの。ミカがからかえば 顔を真っ赤にしたエドは可愛かったです。 126 23 ﹁あー。ヴィー。私の大切なエドに好きな人ができたんだって。 可愛い弟の好きになった子が凄い気になるの。今度会いに行きたい と思うけれど、会いにいったらエドに怒られちゃうかな、余計な事 しないでって。でもあんなに可愛いエドが可愛いっていうぐらいな んだよ! もう、凄い可愛い子なんだろうね、将来の義妹になるか もしれない子なんだからやっぱり会いたいけれど、エドから紹介さ れるのを待っとくべきだと思う?﹂ ﹁⋮⋮ルビ先輩。あって第一声がそれですか﹂ ヴィーと会う約束をしていて、あって真っ先に私が言ったことと 言えばエドのことで、それを聞いたヴィーは呆れたような声を発し た。 ﹁それって、重要な事なんだよ! 私の可愛い弟に好きな子が出 来るなんて大事件としか言いようがないでしょ!﹂ ﹁えっと、大事件かもしれませんけどね、ルビ先輩。私たちこの 前凄い大事な事話しましたよね? 私ルビ先輩とそれの話をするつ もりできたんであって、ルビ先輩の弟さんの好きな人の話をするた めにきたわけではないですからね? まぁ、攻略対象の一人のルビ 先輩の弟さんの恋話は凄い気になりますけど﹂ そう言われて、前にルビと何を話してたっけと考えて。あ、そう だ。フィルに相談をしたんだった! と重要な事なので可愛いエド からの好きな人ができた宣言に色々吹き飛んでいた。 冷静になるために、私はベンチに座って一息を吐く。 ﹁ああ、ごめんね。ヴィー。フィルには相談したわ。でもその後 にエドに好きな子ができたなんて重大な発言されちゃったせいで色 々吹き飛んでたわ﹂ ﹁あー⋮⋮、流石ルビ先輩ですね。というか、やっぱり予想通り 会長に相談したんですね﹂ 127 ヴィーは呆れたように言葉を発して、その後、笑った。 ﹁うん、フィルに相談したの﹂ ﹁ルビ先輩は本当に会長と仲良しですよね﹂ ﹁うん。誰に相談しようって考えてね、お母様とかに相談してみ るのもいいかもって思ったけれど、フィルに相談したの。よく考え て見れば私はフィルの事一番信頼してて、フィルなら私がそういう ね、頭のおかしいって言われるような相談しても受け入れてくれて、 ちゃんと答えてくれるって確信していたから﹂ 言葉にしてみて、尚更それが実感出来る。 フィルは、私の大事な友人だ。信頼している。シスコンでブラコ ンな私が暴走していても、笑って受け入れてくれるそういう人なの だ。 ﹁あー⋮そうでしょうね。会長はルビ先輩の話はちゃんと聞いて くれるでしょうしね。あ、私はヴァルに相談しましたよ。先にルビ 先輩が相談してどうだったか聞いていいですか﹂ ﹁うん﹂ 私はヴィーの言葉に頷いて、フィルと話した内容を教える。 ヴィーは私が﹁物語の世界﹂とこの世界を称して、そのまま偽り なく説明した事を言えば驚いていた。 ﹁えー、そんなひねりもなにもなく相談したんですか? ゲーム を物語としたのはひねってますけど﹂って。 ﹁だって、フィルに嘘つくの嫌だったの。アイルアさんの事知っ ているのに、それでフィルが悩んでいるのに、フィルにかくし事す るの嫌だなって思って﹂ ﹁⋮⋮そうですか。本当仲良しですねー﹂ ﹁それでね⋮⋮﹂ 自分の悪役という立ち位置の事など﹁物語の世界﹂の事を話した 事。 アイルアさんに此処が現実だって言えるタイミングがあれば言い にいく事。 128 それにはフィルがついてきてくれるっていってくれた事。 それを言い終えたヴィーの感想と言えば⋮⋮、 ﹁⋮⋮やばい、会長イケメンすぎるんですけど! なんですか。 ﹃俺が守ってやるから﹄って流石、乙女ゲームの俺様系攻略対象、 性格もイケメンですね!﹂ ヴィーって本当ミーハーな部分あるよね。関わりたくないって言 ってるのに、美形大好きよね。 まぁ、でも確かに本当フィルってモテるのがわかるよね。 ﹁というか、そういう話聞いても態度が変わらないって凄いです ね﹂ ﹁うん。フィルはどんなことでも受け入れてくれるようなそんな 人だもん﹂ ﹁⋮⋮あー。多分誰の事も受け入れるわけではないと思いますけ どね﹂ ﹁そうかな? 少なくとも友達の私の事は受け入れてくれるぐら いの優しい人だよ、フィルは﹂ ﹁友達⋮⋮。うん、そうですね﹂ ﹁どうしたの?﹂ ﹁何でもないです。それじゃあ私が次に話しますね﹂ 何か言いたそうなヴィーは結局それを言わずに話を変えた。何な んだろうか。 気になるけど、それよりもヴィーの話を聞こう。 ﹁私の場合はそうですね。夢で見たって設定で電波的に語ってや りましたよ﹂ ﹁⋮何で? ちゃんと言えばいいのに﹂ ﹁いやー、中々真面目にそういう非現実的な話をするのは難しい ですからね。そもそも私、真剣に悩みことするって柄でもないんで、 真面目に相談したら恐らく頭おかしくなったかとか、頭の心配され ます﹂ ヴィーはそう言って、続ける。 129 ﹁ルビ先輩は、相談相手が会長だから真面目に話せたってのもあ るでしょう? そういう非現実的な話を真正面から受け止められる 人って、あんまり居ないですよ。ルビ先輩は乙女ゲームを知ってい るからこうやって私は何でも話せますけれど、そうじゃない相手に、 そういうものを知らない相手に別の記憶とか、物語の世界とか真面 目にいっても頭のおかしい奴で終わります﹂ ヴィーは珍しく真面目にいう。 確かにそうだよね。私もフィルにおかしい奴って、そうやって引 かれたらどうしようかって凄く不安だった。 フィルなら受け入れてくれるってそう心から思っていても、それ でも不安になるぐらいだった。 実際フィルは私の突拍子もない話を受け入れてくれたけれど、他 の人ならそんな風にいかなかったと思う。私のフィルの立場で、親 しい友人に突然そんなことを言われたら友人がおかしくなったんじ ゃないかって思ってしまうかもしれない。 それを思うとフィルって凄いなって改めて思う。 懐が広いっていうか、本当に凄い人だ。 ﹁幼馴染とはいえ、そんな真面目に言えなかったから私はそれら しい事を聞いたんですよ。そしたらまぁ、ヴァルはその相談を私の 妄想で片付けてましたけど⋮。とりあえず本当にそういうのがいた とすれば、現実だってわからせるしかないだろって言われましたね ー。どうにかしたいならって。頭のおかしいそいつがどうなっても いいと思っているなら放置しとけって﹂ ﹁うわ、サラガント先輩。中々冷たいね﹂ ﹁ヴァルは外面はいいですけど、どうでもいい人にはきつい性格 ですからね﹂ うん。それは知ってる。前世の妹がサラガント先輩は中々冷たい キャラだと言っていた。そもそも誰も大切に思わなくて作り笑顔を 指摘されてからはじまるし。 まぁ、現実ではヴィーの前では普通に笑み見せてるけれど。 130 そういう意味でいったら、サラガント先輩にとってヴィーって本 音で語れる数少ない存在なんだろうね。 ﹁そっかー。まぁ、とりあえず私は近いうちにタイミングがつか めたらフィルと一緒にアイルアさんに言いにいくよ﹂ ﹁はい。では、私は主人公が馬鹿な行動する前に止めます﹂ あー、そういえばエドも言ってたんだっけ。ヴィーが暗躍してる って。 ﹁ヴィー⋮、エドの事も助けてくれたのよね、ありがとう﹂ ﹁あああ、そういえばそんなこともしました。いやー、ルビ先輩 の弟さんと一緒にいた女の子に何か言おうとしてましたからね。余 計な事をするなっと思いで寝かせました!﹂ 何で、凄いやりきった、褒めてって顔してるんだろう。ヴィーは。 いや、確かに助かったけどね? ﹁うん。それは助かってるんだけどさ。あまりにもやりすぎると フィル達に見つかるよ﹂ ﹁ふふん。大丈夫です! 私の隠密スキル舐めないでください。 見つからずにやります﹂ ﹁見つかると思うわよ?﹂ ﹁大丈夫です!﹂ ﹁⋮⋮そう、じゃあ頑張って﹂ うーん、自信満々だけどフィルとかサクシュアリ先輩が本気出し たらヴィーも流石に見つかると思うのだけれども。まぁ、見つかっ てくれた方が私は堂々とヴィーと仲良くできるし、いいんだけど。 ヴィーも絶対に見つかりませんって言ってるしね。なら、とりあ えずいいか。 そんなこんなでヴィーとの話し合いは終わった。 131 24 ﹁あの女が何かを起こそうとする途端気絶する回数が十を超えた﹂ ﹁⋮⋮俺とお前が探して見つからないとは、益々気になるな﹂ 現在、私はフィルとサクシュアリ先輩と一緒に食事をとっている。 フィルと一緒にご飯を食べるのは、いつもの事だからいいんだけど。 此処にサクシュアリ先輩が居るのは何だか不思議な気分になる。 ゲームでは不仲設定だったらしいのに、こうやって一緒に食事を 取るぐらいには仲が良いのだ。というか、何でサクシュアリ先輩が 此処に居るかと言えば、フィルと一緒に食堂で食事をとっていたら ﹁話したい事がある﹂という事で、同じ席についたのだ。 で、話題と言えば、ヴィーの事である。 うん、ヴィーやりすぎだよと思わず心の中で苦笑を浮かべる。 ヴィーは、何だかんだでお人好しで、お節介な子だ。人が困って いるのを放っておけない一面があって、だからアイルアさんが何か を起こそうとしているのを放っておけないみたいで妨害しまくって いる。 何だろうね、一度助けたんだから何回助けても一緒とでも思って いるのかもしれないとさえ思う。ヴィーって、なんて言えばいいん だろうか。詰めが甘いっていうか、そんな感じよね。 美男子美女には関わりたくない、眺めておきたい! なんて宣言 して、それが趣味だなんて言っていて、あのアイルアさんがくるま では本当に隠れてこそこそできてたけどさ。何回も手を出してたら 流石に色々とバレちゃうと思うんだけどなー。本当に関わりたくな いなら何も手を出さなきゃいいのに、本当に⋮ヴィーはと思う。で もそんなヴィーだからこそ、私は大好きなんだけれども。 ﹁あれだけの隠密スキルを持ち合わせている奴なんてそうはいな い⋮⋮っていうのに中々尻尾を出さないんだよな﹂ フィルの目が絶対に見つけてやるって、闘志に燃えている。うー 132 ん、ヴィーつんだね。フィルがこんな顔している時って、絶対にそ れをやり遂げちゃうんだから、絶対に見つかってしまうよ。 しかしフィルにも興味を持たれるとか、流石ヴィーだよね。 ﹁実力を隠して学園生活を送っているという考えが正しいだろう な。将来的な事も考えればはやく捕まえるべきだが⋮⋮﹂ ⋮⋮ヴィー、もう何か優秀な人材として目を付けられちゃってい るっぽい。サクシュアリ先輩って優秀な人は基本的に好きみたいだ からね。 というか、フィルもサクシュアリ先輩も将来的に家を継ぐ人達だ から、幼い頃から当主としての教育を施されているわけで、そうい う人たちからすれば優秀な存在は放っておけないものなのだ。 私はフィルとサクシュアリ先輩が会話を交わす中、黙々と一人、 食事をとっていた。だって下手に会話に加わると探されているヴィ ーの事をぽろっと話してしまいそうだもの。そんな事したらヴィー に怒られちゃうわ。唯でさえ、私はフィルに嘘を付くの嫌で、フィ ルにあんまり嘘をつけないんだから。 しかし食堂のご飯は美味しいわ。一番好きなのはデザートだけど ね。 貴族の子供たちが通う学園の食堂だから、最高の料理人たちが用 意されているのよ。 フィルもサクシュアリ先輩も学園で人気者だから、注目浴びてて ちょっと食べにくいけどね。というか、二人が並んでる中で私が居 ていいのかと不安になるレベルで人気だからね。 ﹁じゃあ、互いに見つけ次第連絡するということでいいか﹂ ﹁ああ﹂ それで会話は終わったらしい。サクシュアリ先輩は席をたって、 去っていった。 ﹁ルビアナ﹂ 私がデザートを頬張り、思わず顔を緩ませていたら、フィルが私 に声をかけてきた。 133 ﹁何?﹂ ﹁お前、何か知っているだろ﹂ そんな言葉に思わずギクッとなる。表情に確実に出てると思う。 何でフィルってこんなに勘づくのはやいんだろうね? ﹁えーと、なんの事を?﹂ とりあえずはぐらかす。でも多分全然はぐらかせていない。 ﹁妨害している奴の事だよ﹂ フィルはそう告げて、続ける。 ﹁さっきの会話の間も全然喋らなかっただろう。お前はああいう 時結構会話に加わってくるのに。喋らなかったって事は、何か俺と あいつに言いたくない事があったって事だろうが﹂ そういったフィルはじっと私の目を見る。 フィルに隠し事とか、無理すぎると私はそんなフィルを見て思っ た。 ﹁で、何を知っている?﹂ ﹁えーと⋮﹂ どうしようかなと困ってしまった。隠し事しているのは既にフィ ルにバレているのだ。ここで隠す意味はあるのだろうか。でも正直 に言ってもヴィーは困るだろうし⋮。 ﹁⋮⋮フィルが、あの子を見つけたら全部話すよ﹂ 結局考えた結果、私はそう答えるのであった。 134 25 ﹁見つからねぇ﹂ ﹁見つからないな﹂ 目の前に、フィルとサクシュアリ先輩が居る。ここは風紀室。私 が見つけたらいうよっていってからフィルは今まで以上に必死にヴ ィーの事をみつけようとし始めた。フィルってね、お友達とかにか くし事されるの嫌みたいなんだ。そういう所は本当にゲームのフィ ルとは最早別人だと思うんだよね。 で、私が何で風紀室に居るかというと特に意味はないと思う。何 か、昼休みにフィルと一緒に食堂に向かおうとしていたらサクシュ アリ先輩にフィルが呼ばれて、何かフィルが﹁ルビアナも来い﹂っ て言ったからそのままついて来ただけなの。 食事はね、風紀室についた時にサクシュアリ先輩が﹁風紀室に弁 当四つ﹂ってさっさと頼んだからそれを食べてるの。生徒会とか風 紀とかって仕事が忙しい時は生徒会室や風紀室で食事とったりする こともあるから呼べるんだって。 四人って誰かっていうと、私とフィルとサクシュアリ先輩と、そ して副風紀委員長のカルドス・アグネスだよ。アグネスは、去年は 同じクラスだったんだけど、この前の筆記試験で失敗したらしくて 今はA組なんだ。アグネスは筆記が苦手なのよ。実技に関しては風 紀の副委員長になれるぐらいなのに。ちなみにアグネスはサブの攻 略対象みたいな立ち位置にいたりするんだけどね。メインではない からアイルアさんの逆ハー計画メンバーには入ってないのか、あん まり絡まれてないらしいけれど。 でも風紀の副委員長として色々迷惑被ってはいるみたいだけど。 ﹁委員長もアシュターも必死だな﹂ ﹁アグネスは必死じゃないの?﹂ おしゃべりしながら、お弁当を食べる。 135 ﹁んー、興味はあると言えばあるけれど、何か進んで風紀とかに 入るタイプじゃなさそうだし放っておいてほしいタイプの人間じゃ ないかなって思うから別に探そうとは思わないかな﹂ ﹁ふぅん﹂ ﹁まぁ、委員長とかアシュターにとっては将来的な意味も込めて 将来有望な生徒は下につけときたいとかあるんだろうけど、俺長男 じゃないし﹂ ﹁アグネスって三男だっけ?﹂ ﹁そうそう。上に兄が二人。もう一番上の兄が家継いでるし、補 佐は二番目の兄がしているし、俺は好きにしていいって言われてる しなぁ﹂ アグネスはそういいながら、将来どうするかなと呑気な様子を見 せている。 フィルとかサクシュアリ先輩は自分から行動して、ガンガンいく タイプだけど、アグネスはどちらかというと受身な人間だと思う。 いや、行動するときはするけど、割とのんびりしている。のんびり しながら何だかんだで上手くやっているタイプだと思う。 ﹁将来のこととか決めてるの?﹂ ﹁何か最悪仕事しなくても養うとか兄上たちが言っているけど、 流石にそれはやだなーっては思っているけど。アルトガルのほうは、 弟が家継ぐんだっけ﹂ ﹁うん。エドが継ぐことになってるよ﹂ 私の家はエドが継ぐことになっている。というより、貴族の当主 はよっぽどのことがない限り男が継ぐのが主だからね、この世界。 男子が居ない家は女子が継いだりも稀にあるけれど⋮⋮。 あとお父様が男が継ぐべきって主義なのも理由だけど。 それにしてもエドが将来当主か。想像してみると何だかニヤニヤ する。可愛いエドが立派な当主になれた姿って想像しただけでもお ぉってなるよね。 ﹁アルトガル、顔にやけてる﹂ 136 ﹁エドが当主になった時の事を妄想してたら、にやけるものよ﹂ ﹁⋮⋮本当、ブレないよな。アルトガルって﹂ ﹁だって私のエドとミカは可愛いのよ。ミカはそうね、どうなっ ているかしら⋮⋮﹂ あんなに可愛くてたまらないミカのことだから求婚者も立たない んじゃないかしら。ミカを争奪戦とかしちゃうのかしら? それと も学園生活の中で好きな人が出来て、素直じゃないながらに﹁好き﹂ をアピールするのかしら? ふふ、私の可愛い妹と結婚するなら私 を倒しなさい! とかやってみたくなるわね。まぁ、私は弱いから そんなの意味をなさないけどね。 学園を卒業したらどうしているのかしら? 誰かと結婚して貴族 の夫人として過ごしていくのかしら? それともずっと働いている のかしら? 結婚をそもそもするのかしら? ああ、でもそうね、 どちらにせよミカが幸せになれるように私は全力を尽くすわ。 ﹁ミカのためならなんだってするわ﹂ ﹁⋮突然何を言っているの。アルトガル﹂ ﹁つい漏れた心の声よ、気にしないで﹂ ﹁本当面白いよなぁ。アルトガルは﹂ アグネスはそういってけらけら笑っている。 ﹁そういえば、アルトガルの弟と妹にもあの転入生付きまとって いるんだっけ?﹂ ﹁あー⋮⋮そうね﹂ ﹁俺あんまり会ったことないけど、滅茶苦茶奴のせいで仕事が増 えたから正直あんまり好印象ないんだよね﹂ のほほんとしたアグネスにまでこんな印象持たれてるとか、ある 意味凄いと思う。⋮⋮他の生徒会のメンバーが、抑えてるのか主人 公は私とフィルの所には突撃はしてこない。それはいいけれど、あ の子にここは現実だよって言いに行くタイミングもつかめなくて困 ってるんだ。 バストン先輩たちが、勘違いしまくっているアイルアさんをどう 137 にかしたい、何かやらかして欲しくないって一緒に居るのもあって ちょっと困る。 どうにか、タイミングがつかめればいいんだけど。 結局どういうタイミングで言えるか考えてもいつ言えるか全然想 像もできなかった。 最も言いに行けるタイミングは思ったよりもはやく訪れたけれど も。 138 26 もうすぐ夏休みにはいる。その前に定期試験とか色々あるけれど も、それはともかくとして夏休みにはいる前に出来ればアイルアさ んに此処は現実なんだよって告げたかった。だってはやめに言わな ければ余計に色々大変なことになる気がしたから。 そうやって焦っていたら、アイルアさんにそれを言えそうな場面 がやってきた。 一人で廊下を歩いていたアイルアさんを私とフィルは見つけた。 アイルアさんは私に気づくと私をきっと睨みつけていた。そんなア イルアさんに、﹁ちょっと話があるの﹂というとアイルアさんは益 々睨みつけてきた。 ﹁私は貴方に話なんてないわ!!﹂ アイルアさんの私に対する敵対心が大きすぎて正直びくっとなる。 ﹁相変わらずフィルベルト先輩を騙して!﹂ ﹁あのね⋮⋮騙してないからね﹂ ﹁俺はルビアナに騙されてねぇよ﹂ 二人して思わず突っ込む。 んー、いい加減学園にきて大分たっているんだからゲームの世界 と現実が全然違うんだって理解してもいいと思うんだけどなぁ。ど うしてこんな理解しないんだろうか。それとも理解したくないんだ ろうか。 ﹁嘘をつかないで! 私は知っているんだから﹂ ﹁⋮⋮そう、それより、アイルアさん。私は貴方に言いたい事が あるの﹂ きつくこちらを睨みつけてくるアイルアさんが怖いと正直感じる。 そもそも私はこうやって敵対心を向けられるのが苦手なのだ。 足がすくみそうになる。 言ったところでどうにもならないのではないか。 139 私が余計な事をいったせいでアイルアさんが余計に暴走するので はないか。 ここはゲームの世界ではない、現実だって。そうアイルアさんに きちんと言おうと決めたのに。決めたはずなのに。 それなのに結局こうやってアイルアさんと対峙すると恐怖心に負 けそうになる自分が情けなくて嫌になる。 そんな私にフィルは気づいてくれたんだろう。フィルは隣で小さ く、﹁頑張れ、俺がいるから﹂ってそういってくれた。それでそう だ、私は一人ではないと安心する。 アイルアさんを見る。アイルアさんは相変わらずこちらをきつく 睨みつけていた。怖い。怖いけれども、私はやらなければならない。 ﹁︱︱︱あのね、アイルアさん。此処は現実よ﹂ 私はいった。 その言葉にアイルアさんが何を言い出すのだという目でこちらを 見ている。 そして私がいった次の言葉にアイルアさんは目を見開くのだった。 ﹁︱︱此処は乙女ゲームの世界と違うの。此処は現実よ。だから 全然違うの。思い込みで好き勝手にやってたらその身を滅ぼしてし まうわ﹂ アイルアさんが目を見開くのが見えた。 驚きに満ちた表情。 それはこいつは何をいっているんだというそういう驚きではない。 私が乙女ゲームという言葉を口にしたことに対する驚きだという事 がわかった。 やっぱりアイルアさんは私とヴィーと同じだ。同じで、この世界 にやってきた転生者だろう。でもそれだとやっぱり少し不可解だ。 この世界に十六年も生きていればここがゲームと違うとわかると思 うのに。 ﹁︱︱︱何でルビアナ・アルトガルがそんなことをブツブツ﹂ そしてアイルアさんはブツブツと何かをひたすらつぶやき始めた。 140 そして、その後、 ﹁そうか、あんたがいるからね﹂ そう呟いたかと思えば魔力をまとわせる。見ていてわかる。あれ が、強大な魔力を持っていると。ゲームの設定通りアイルアさんの 所持魔力の量は多いのだろう。 それを右手にまとわせたかと思えば、思いっきり私に向かって投 げつけた。 いきなり過ぎて動けない。襲いかかってくるかもとは思わなかっ たけれど、いきなりこうくるとは思わなかった。 だけど、それは︱︱、 ﹁あぶねぇな﹂ フィルが咄嗟に私の前に出て対処してくれたから事なきを得た。 流石フィルだと思った。すぐに自身の魔力を使ってアイルアさん の向けてきたそれを相殺させて消すなんて。 ﹁何で、庇うんですか! その女に貴方は騙されているんですよ ! その女が知識を使って自分の思い通りにしているんですよ! フィルベルト先輩に対するその女の言葉なんて嘘っぱちです﹂ ﹁⋮⋮ルビアナはそんな出来るほど器用でもない。そして俺はそ んな嘘ばかりの言葉に騙されるほど馬鹿でもない﹂ フィルは呆れた様子だった。 まぁ、前世の記憶あるからフィル達の設定とかは少なからず知っ ている。でも私はここがどんな世界だろうとも自分らしく生きるん だって、好きに、自由に生きるんだってそう思って生きているつも りだ。それに⋮⋮私は嘘を吐くのが苦手だ。貴族として作り笑いと かそういうのは出来るよ。どんな時でも笑えるように。そして社交 辞令な言葉も一応言えるよ? でも親しい人には私が嘘ついたりしてたらすぐにバレちゃう。私 はあんまりそういうのが得意じゃないから。 それに︱︱、フィルは私が演技してたら気づいて、私と仲良くな んてしてくれなかったと思う。そもそも私が筆記試験で一位を取っ 141 たからフィルが興味もって近づいてきたんであって、私がフィルに 近づいたわけでもない。 視界の中でフィルはアイルアさんへと近づく。 ﹁何で私を睨むんですか、私は︱︱︱﹂ 喚いている。私さえけせば全て上手くいくとでも思っているのか、 相変わらずこちらに魔法を向けてこようとしている。だけど、それ は、どこからか飛んできた針によって終わった。 フィルがアイルアさんを気絶させようとしていたみたいだけど、 それより先にヴィーが動いたみたい。さっき私に魔法が向けられた 時に動かなかった事を見るとヴィーは今この場にやってきたんだろ う。 倒れ伏せていくアイルアさん。 それをちらりと見たあとフィルは、ある一箇所を見据える。そし て、いった。 ﹁おい、そこにいるのはわかっているから出てこい﹂ あ、ヴィーそこにいたの? 私は全然気付けなかった。 ヴィーが無言だったら、フィルがそちらの方へと歩いていった。 そして少しして、ヴィーを引きずるようにしてフィルが戻ってきた のであった。 ﹁ルビ先輩⋮⋮﹂ ヴィーは涙目だった。 142 27 ﹁⋮⋮⋮ヴィーア・ノーヴィスです﹂ 生徒会室に連行されたヴィーは、普段の様子からは考えられない ようなむすっとした顔をしていた。 美形は拝むもの、関わるものではべからずなどと素で言ってのけ るヴィーの周りには現在、生徒会のメンバー達が囲んでいたりする。 私も何故かさらっと﹁事情を説明してもらうからな﹂とそのまま連 れて行かれた。別にいいけどね。 あとヴィーが不機嫌なのは、サラガント先輩がヴィーの事凄い心 配そうに見ているせいもあると思う。だって普段のサラガント先輩 の態度知っていたらそれだけでヴィーがサラガント先輩と知り合い だってわかるもの。 ﹁あら? 副会長様、この子と知り合いなのです?﹂ にこにこと笑いながらそんな言葉をかけたのは、ミラスアであっ た。そんなミラスアの言葉に、フィルとバストン先輩とセステンス トがサラガント先輩の方へと視線を向けた。サラガント先輩は、﹁ な、何の事だ﹂などと明らかに普段とは明らかに異なる態度だった。 というか、サラガント先輩は基本的に冷静な人なのだ。そんな人 がこんな挙動不審になっていれば誰でもそのことを訝しむ事だろう。 私も事情とか何も知らなければサラガント先輩が不自然すぎる事に まず疑うと思う。 ﹁サラガント、知り合いか?﹂ 正直に話せというふうに、そう問いかけるフィルの目はいってい た。 ちなみにサラガント先輩にはヴィーにも、話したら怒るよとでも いうように睨まれていた。 フィルとヴィーに睨まれ、サラガント先輩はどうしたらいいのだ ろうとでも思っているのか、珍しくおろおろしていた。 143 サラガント先輩にとってフィルは逆らうべきではない存在であり、 ヴィーは幼馴染としてあまり嫌われたくないとでも思っているのか もしれない。 ﹁フィル、ヴィーとサラガント先輩は幼馴染だよ﹂ というわけで、どうせバレてしまう事だからとサラガント先輩に 助け船を出すつもりで私はさらっと暴露した。 そうすれば、 ﹁って、ルビ先輩! なにいってんですか!﹂ ヴィーは先ほどまでの大人しい態度はなんだったのかと思えるほ どの勢いで私に向かって突撃してきた。 やっぱり元気なヴィーのほうがヴィーらしくて、私は好きだわっ てそう思う。 ﹁あれ、知り合いなの?﹂ センテントスが私を見て不思議そうに言った。 ﹁そうだな、ルビアナ。その件についても聞いてなかったな。こ いつとはいつから知り合いだ?﹂ ﹁初等部からだよ、フィル﹂ ﹁ってルビ先輩!﹂ ﹁私、見つけたら話すってフィルに言っちゃってるんだもん﹂ ヴィーの反論に私はそう答える。だって私は言ったもの。フィル が見つけたら全部話すって。そもそも私はフィルに嘘を吐くのが好 きではないのだ。フィルは一番大事な”友達”だからなるべく嘘は つきたくないなって、隠し事したくないなって思っている。 ﹁初等部から? ふーん﹂ ﹁あれ、フィルなんで不機嫌そうなの?﹂ ﹁⋮⋮気にするな。ノーヴィス、あとで一対一で話そうか﹂ ﹁あー⋮いいですよ、それは別に﹂ フィルはどうしたんだろうね? まぁ、フィルが気にするなって いうならそんな探らないけれど。そもそもこういう場合は探ったと しても私がフィルが考えている事にたどり着くことは今までなかっ 144 たもの。 だから探っても仕方がないかなとあきらめている。フィルが時々 わけがわからないのはいつもの事なのだから。 ﹁会長も知らないアルトガルさんの親しい一年生ですか﹂ そう口にしたのは補佐の二年生だ。名前はヒル・オトラス。クラ スは私とは違う。というか、この人はあまり授業を受けていない。 生徒会の特権を使って、生徒会室で黙々と仕事をしている。 爵位は伯爵家で、外見は前髪を長くして顔を隠している。だけど 初等部からここに通っている生徒たちは彼の顔がそれはもう見目麗 しいことを知っている。それに有能な人だから顔を隠して暗いイメ ージをもたれていようともファンは多い。 っていうか、なんでそこに注目するんだろうね? 確かに私とフ ィルは親しい友人だけれども、フィルの知り合いじゃない友人ぐら い︱︱︱ってよく考えたらほとんどいない。学園内の私の知り合い は皆フィルが知っている人ばかりだ。それを考えるとフィルの知ら ない私の親しい後輩のヴィーって貴重な存在なのかも。 興味深そうにじろじろと見られて、ヴィーは居心地が悪そうだ。 ﹁ノーヴィス、とりあえずお前は生徒会補佐任命な﹂ ﹁は!? なんでですか!?﹂ ﹁お前が有能だから﹂ ﹁いやですよ!﹂ ﹁断ってもいいが、その場合は風紀に入れられるだけだぞ﹂ フィルとヴィーの会話を聞きながらも私は確かにと感じていた。 サクシュアリ先輩も優秀な人材であるヴィーを放置する気なかった もの。というか、わざわざ実力かくして今までこそこそされていた からこそ余計に色々と興味もたれているのだと思う。 うん、今のヴィーは以前にヴィーが話してくれた﹃傍観していた らいつの間にか渦中にいる!﹄みたいな脇役主人公と同じだよね。 私はこれでヴィーと堂々と会えるから嬉しいけれど。ヴィーの存在 をフィルにこれで隠さなくていいもの。 145 ﹁それはともかくとして﹂ ﹁それはともかくってなんですか! 私は﹂ ﹁ちょっと黙っててくれ。ノーヴィス﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ 話を変えようとしたフィルにヴィーは突っかかるけれども、結局 フィルに軽くにらまれて押し黙った。 ﹁アイルアについてだが、流石に先ほどの事は見過ごせない﹂ 今までは突っかかることはあっても一応主人公はあんな風に魔力 をぶつけるなんて真似はしてこなかった。だというのに私にあんな 危険な真似をしたのは、私があの主人公と同じ転生者だということ をはっきり告げたため、混乱したのだろうことは想像できる。だけ れども、ああいう事はすべき事ではなかったといえる。 私も言ったら危険な目に合うかもしれないという恐怖はあった。 だけれどもまさか魔力をぶつけてくるだなんて考えてもいなかった。 ﹁フィル、どうするの?﹂ ﹁処分を受けてもらう。そして学園長の所へ一先ず報告する﹂ あれだけの魔力の塊を人にぶつけようとしたのだから処分を受け るのは当たり前だろう。その辺は風紀委員長のサクシュアリ先輩と フィルが話すだろう。 学園長はこの学園のトップの人間だ。この学園の一番の権力者は 学園長である。そもそも入学許可も全て学園長からもらわなければ ならないのだから、アイルアさんの編入を許可したのは学園長とい うことになる。 学園長は忙しい身で、基本的に学園にいなかったりする。フィル の言っている報告は﹃緊急報告﹄だろう。この世界は前世の日本で 作られた乙女ゲームで、魔力によって使える通信機器が存在する。 最もそれは二つの場所の連絡をつなぐ程度で、前世の電話のように どこにでも電話がかけられるわけではない。そしてそれを使うには 大量の魔力がいって、しかも高価なため、それは上級階級の存在が かろうじて持っている程度だ。 146 ﹁あとルビアナ﹂ ﹁ん?﹂ ﹁お前はこれでアイルアに目をつけられる事になった。あまり一 人で歩くな﹂ ﹁うん。それは十分承知しているよ﹂ それを覚悟の上で私は言いにいったんだ。私があの子と同じ存在 だって。言ったら逆上される可能性があるとわかっていていったん だから、ちゃんとそういう事は理解している。 ﹁どうやってメルトをそんなに怒らせたの?﹂ ﹁⋮⋮秘密ですわ﹂ バストン先輩に聞かれた言葉には私はただ、そう答えた。だって それはあまり口外すべきではないことだ。この世界が物語の世界だ なんてそんな電波な事、本当に信頼できる人にしか、話せない。 それから私たちは生徒会室でしばらく会話を交わした。 そうしている中で、ヴィーは、生徒会役員の多くに興味をもたれ てしまったようだった。 147 28 ﹁ルビ先輩⋮⋮﹂ ヴィーがフィルたちに見つかってから既に数日が経過している。 フィルは学園長へと連絡はしたらしい。ただ本人につながらなかっ たらしく、伝言を頼んだらしいが。 アイルアさんは只今謹慎中であり、学園は概ね平和だ。ただし、 ヴィー的に言えば全く平和ではないだろう。ヴィーはとっても泣き 出しそうな顔をしながらこちらを見ている。 ﹁ヴィー、大丈夫?﹂ ﹁大丈夫じゃないですよぉ!﹂ 心配して問いかければ叫ばれた。 人通りが少ない道だからって、叫ばない方がいいわよ? と思う けれど、その思いはヴィーには伝わらない。ヴィーは私の顔を見上 げて、不満そうな声を上げる。 頬を膨らませて、不機嫌ですってオーラを前面に出しているヴィ ーは可愛い女の子だと思う。それにヴィーはとっても面白い。だか らこそ、生徒会に気に入られるなんて事になってしまったのだろう けれども。 ﹁なんで私が生徒会に気に入られなきゃならないのですかぁ﹂ 私に向かって悲痛そうに訴えてくるヴィーになんだか無性に庇護 欲がわく。 ﹁ヴィーが可愛くて面白くて有能だからよ、きっと﹂ ﹁も、もう、なんですかそれ!﹂ 素直に口にしたら、可愛いといわれたのが恥ずかしかったのかヴ ィーが顔を赤くしながらそんなことを言う。 うんうん、そういう態度が可愛いんだよーとしか言いようがない よね。 ﹁フィルの誘いも、サクシュアリ先輩の誘いも断っているから余 148 計気に入られてるんだよ、ヴィーは﹂ もう開き直って、生徒会か風紀に入ればいいのにとさえ思う。バ レたのにかかわりたくないってそんな風だから余計興味が持たれる んだけどな。 フィルもヴィーの事面白いって言っていたしね。 ﹁うぅ、そんなこといったって。私は、かかわることなく、自然 にモブに紛れて遠巻きに美形と美少女を鑑賞していたいんですよ! 私みたいな脇役がかかわるべきではないのですよ。美しい者たち が共にあるからこそなのです。私みたいな一般生徒は、モブ顔はそ の聖域に入る事など許され︱︱﹂ ﹁あのね、ヴィーは全然一般生徒じゃないからね?﹂ というか、一般生徒はフィルに認められるほどの隠密ができるわ けないってその自覚がなんでないのかなと思う。ヴィーがいくら﹁ 自分は一般生徒だ﹂と言い張っても最早一般生徒︵笑︶って感じの 感想しか出ないよ。 そもそもヴィーみたいに個性的で、どうしようもなく目立つ存在 がこれまで隠れて居られただけでもある意味奇跡的だしね。 ﹁むー、なんでルビ先輩までそんなことを言うのですか﹂ 落ち込むヴィーの頭を私はよしよしとなでる。 ﹁ところで、ヴィー﹂ ﹁⋮⋮なんですか﹂ ﹁フィルのファンは全く心配していないけれど、他の生徒会のフ ァンの子は大丈夫?﹂ フィルに関しては全く心配はしていない。だってフィルは自分の ファンの子たちの手綱をきちんと握っているし、好きにはさせない から。 だけどさ、他の連中に限って言えばそこまでできてないんだよね。 というか、手綱を握れるフィルが流石ってだけだけどさ。 ﹁それは全く問題なしです!﹂ ヴィーは私の問いかけに、顔を上げてはっきりといった。 149 悲痛さも、何も感じさせない笑顔。それをヴィーは浮かべていた。 ﹁無駄な心配だったみたいね﹂ ﹁ふふ、ルビ先輩。私はそこら辺の生徒に負けるほど弱くはない ですよー。私の魔法、甘く見ないでください。あんな奴らまいて、 反撃するぐらい簡単ですよ﹂ ニヤリッと笑って、ヴィーはそんなことを告げる。 生徒会に追い回される現状は嫌らしいが、鬱陶しい生徒を相手に 反撃したりすることは苦ではないらしい。 まぁ、ヴィーって昔から魔法使うの結構好きだものね。 ﹁そう、ならよかったわ﹂ ヴィーならあまり心配はしていなかったけれど、万が一ってこと もあるから一応聞いたんだけど本当に必要のない心配だったみたい。 なんで生徒会の人たちがヴィーを追い回すか、って私わかるよ。 ヴィーは可愛くて面白くて、有能で、とっても興味深い後輩だもの。 私にとってもね。 これから何をやらかしてくれるかわからなくて、一緒に居ると楽 しくて、優しくて、困っている人を放っておけない子。 本当にバレたくないなら、アイルアさんの被害とかそっちのけで 手を出さなきゃよかったのに見てられなくて手を出して、そんなヴ ィーだからこそ、私は大好きだって思う。 私と同じ転生者がヴィーで良かった。 ヴィーが居てくれて良かった。 改めて、本当に心からそんな事を思ってしまった。 ﹁ルビ先輩、何を笑っているんですか?﹂ 私はどうやら無意識に笑ってしまっていたらしい。ヴィーは不思 議そうにこちらを見上げている。 ﹁ちょっとね、ヴィーが居てくれてよかったなって思っただけよ。 私と同じ転生者がヴィーで良かったって。ヴィーと一緒に笑いあえ て嬉しいなって﹂ ﹁ちょ、なんか恥ずかしいですよ。ルビ先輩⋮⋮。というか、私 150 だって、ルビ先輩が居てくれてよかったです!﹂ 二人でそんな事をいって、そしてその場で笑いあって、気づけば 休み時間は終わっていた。 ヴィーと話していると楽しくて、本当に時間が経つのがはやい。 151 29 ヴィーが隠れた存在ではなくなってから、私はヴィーと学園内で 堂々と会話をするようになった。 私はヴィーの存在を本当に今まで隠していたから、エドとミカに もお姉さまと親しい方がいたのですか、と驚かれたものである。ま ぁ、私がフィルとエドとミカに隠し事なんてほとんどしてなかった からだろうけれども。 それにフィルもなんだかヴィーに興味津々なのよね。なんでかわ からないけれど。 で、そんなヴィーは現在学園中で注目の的なわけだけれども⋮⋮、 現在は風紀委員長であるサクシュアリ先輩に絶賛絡まれ中なのよ。 ﹁あら﹂ ﹁絡まれてるな﹂ ちなみに私はフィルと一緒に食堂に向かっている最中にそれを目 撃したの。 ヴィーはサクシュアリ先輩と、あとリーラさんと居たわ。という か、リーラさんと一緒に居たサクシュアリ先輩に絡まれたみたいな 感じね。 現在学園で注目度が上がっているヴィーと元々人気者で有名なカ イエン先輩とリーラさんが一緒に居るから周りの生徒たちもそちら に注目していたわ。まぁ、生徒会長でもあるフィルにももちろん注 目は集まっているけれど。 ﹁嫌ですってばー! というか、リーラさんが居る時に私に絡ま ないでくださいよー!!﹂ 近づけば、ヴィーの叫び声が聞こえてきた。 ﹁リーラに何の関係がある?﹂ ﹁な、何の関係って。見てくださいって。リーラさんの目、目!﹂ なんだか、ヴィーが必死に叫んでいる。私はそんな言葉にリーラ 152 さんの方を向く。 リーラさんはにこにこしているけれども、なんかいつもとちょっ と雰囲気が違うように感じられた。それがなんでかなんて私にはわ からないけれども、ヴィーがあれだけ必死に叫んでいるということ はこの場でサクシュアリ先輩に話しかけられて何かまずい事でもあ るのかもしれない。 まぁ、何がまずいかなんてヴィーにしかわからないことな気がす るけれども。 ﹁ん? リーラ、どうした?﹂ リーラさんの方を振り向いたサクシュアリ先輩は、いつもと様子 の違うリーラさんを見て、不思議そうに問いかける。 ﹁⋮⋮なんでもありませんわ﹂ そういってそっぽを向くリーラさんは、あまりかかわりのない私 にでさえ少し様子がおかしいとわかるものだった。 リーラさんはいつも優しく微笑んでいるような子だ。 なのに、今のリーラさんはそんな事なくてどこか不機嫌そうで、 その様子は見るからにおかしいといえた。 ﹁リーラ?﹂ ﹁なんでもありませんってば。しつこいですわよ﹂ 心配そうに問いかけるサクシュアリ先輩に対して、そんな態度を とるなんて本当に珍しい事だ。 ﹁⋮そうか。なら、まぁいい。それより︱︱﹂ ﹁ってなんでそこで私に話しかけようとするのですか、そこはリ ーラさんに意識を向け、リーラさんにだけ話しかければいいのです よぉおおおお﹂ ヴィーは感情的になると本当に叫ぶよね。遠目にヴィーを見なが らそんな感想を抱く。小さい身体でサクシュアリ先輩に向かって威 嚇するように睨み付けて、叫び声を上げるとか、ヴィーってば本当 に面白い子。 そう思ったのは、サクシュアリ先輩も同じだったらしい。 153 ﹁面白いな﹂ ﹁うわああああ、髪ぐしゃぐしゃにしないでください! てか、 私に触らないでください!﹂ 頭を無造作になでられて、ヴィーは不機嫌そうに叫ぶ。ヴィーの 背の高さって男の人からすればなでやすい位置にあったりするのよ ね。 叫んだヴィーは助けを求めるように、視線をさまよわす。そうす れば、ヴィーをじーっと見ていた私とヴィーの目があった。 ﹁ルビせんぱあああああああああああい﹂ 目が合ったと思ったらヴィーはこちらへとまるで突進するような 勢いで迫ってくる。私はそれに驚きながらも飛び込んできたヴィー を、受け止める。 ﹁あらあら、どうしたの?﹂ ﹁どうしたのって、助けてください! 私を此処から連れ出し︱ ︱﹂ ﹁よし、なら生徒会室に行くか﹂ ﹁ぎょえええええ﹂ 恐らく私をここから連れ出してと頼もうとしたヴィーの言葉を遮 ったのは、フィルだった。フィルは良い笑顔を浮かべてヴィーを見 ている。それを見たヴィーは女の子としてそれどうなのとでも思え る叫び声を上げた。 ﹁ヴィー、大丈夫?﹂ ﹁大丈夫じゃないですよぉおおお。私は風紀委員長とも生徒会長 ともそんな深くかかわりたくないんですよぉおおおおおおおおおお﹂ ﹁それは⋮うん、あきらめなさい﹂ ﹁うぅううう、ルビ先輩のバカぁああああ﹂ ヴィーは混乱している。本当に混乱するとなりふり構わず叫ぶよ ね、ヴィーって。 そんなんだから余計フィルにもサクシュアリ先輩にも気に入られ るんだと思うんだけどなぁとは口にしない。 154 ﹁うぅ、いいもん。私の味方は私だけ! ってことで、逃げます !﹂ なんか、一人で勝手に話を完結させたらしいヴィーはそういうと、 その場から消えていった。 うーん、相変わらずヴィーは面白い。 155 30 今日はアイルアさんが復活する日。謹慎が、解けて学校にやって くる日。 だからなのか、学園内はどこかピリピリしていた。何をやらかす かわからないようなそんな危険分子ともいえるアイルアさんが戻っ てくる事を皆恐れているのだろう。 アイルアさんは、少しは色々考えてくれただろうか。ここがゲー ムの世界とは違って、ちゃんとした自分の時間なんだってわかって くれただろうか。そこまで考えて否と思う。期待は少しはするけれ ども、正直そんな簡単にアイルアさんがここが現実なんだってちゃ んとわかってくれるなんてありえない気がした。 そう、思うからこそ頭を抱える。 そもそもどうしてアイルアさんはあそこまで思い込めるのだろう か。転生者だったとしても、この世界がどういう世界か知っている にしても、本当に十六年も生きていれば少なからず何かしら”ここ が現実だ”ってわかると思うのに。その疑問が全然消えてくれなく て、私は困る。 謹慎が解けて、学校にやってきたアイルアさんは私の方にやって くると思ったけれど、私に突っかかってくることはなかった。 アイルアさんの矛先はヴィーに向かった、という話を聞いたのは 昼休みになってからだった。 なんでも謹慎から復活したアイルアさんは驚くほどに静かだった らしい。午前中の授業中、淡々と授業を受けていたのだという。し かし、昼休みになるとすぐに生徒会に興味を持たれているというヴ ィーの元に突撃したのだという。 最もヴィーは私と違って、アイルアさんが何かしらしたとしても どうにでも出来る力を持っている。魔力の量はアイルアさんの方が ヴィーよりも多いけれども、ヴィーは魔力の扱い方がうまい。最低 156 限の魔力を使い、魔法を放つ事が出来る。 そういう魔法を学んだのは、全て美男子、美少女を観察するため というのだから本当にぶれない子だなと思う。 ﹁本当に、あの転入生には困ったものね﹂ そういうのは、ヒルアであった。今日はフィルから昼食を一緒に 食べようという誘いもないため、私はクラスでヒルアと食事をとっ ていた。 フィルは生徒会長の仕事とかで、色々と忙しいからね。最近はア イルアさんの事もあって学園がバタバタしているってのもあるし。 ﹁そうね⋮⋮﹂ 私はそれだけ答える。 それにしても私に突っかかってくると思ったのだけれども、私の 方に来なかったのはなぜだろうか。アイルアさんはヴィーが転生者 だなんて知らないはずだ。 知らないのにこれだけ突っかかるという事は、知ったらどうなる のだろうと不安になる。 今のところ、転生者は私とヴィーとアイルアさん。 もしかしたらほかに居るかもしれない。というか、親世代には確 実にいると思うけれど。親世代で、エブレサック家に多大な影響を 及ぼしたと思われる転生者の人はゲームの現在を知ってこちらに接 触したりしないのだろうか。 もう、色々考える事が多い。どうしたらいいんだろう。アイルア さんが、此処を現実だと理解するためには。でも、少し期待してし まう。私の方に来なかったという事は少なからず何か思い悩む事が あったのではないかと。私が楽観的すぎるのかもしれないけれども。 でも、そうだって信じたい。 そうであってほしいって思う事は別に悪いことではないと思う。 そうじゃなかったなら対処すればいいだけの話で、ただ信じたいっ て思いが悪いなんて事はないのである。 ヴィーが上手くアイルアさんがどんなふうに今思っているかとか、 157 聞き出してくれたりしないかなとか少し思ってたりする。アイルア さんの矛先がヴィーに向かっているならば、そういう心からの思い を口にしていてもおかしくないだろうし。 ﹁ルビアナ、何を悩んでいるの?﹂ ﹁うーん、ちょっといろいろとね﹂ ﹁あんまり難しい顔していたら会長が煩いから笑ってなさい﹂ ﹁もう、フィルが煩いって何?﹂ ﹁とりあえず煩いの。だから、難しい顔しないの﹂ なんかわけのわからない事を言われた。なんで私が悩んでいたら フィルが煩いんだ。 さっぱり私にはわからない。 ﹁もう、意味わかんない﹂ ﹁それより、ルビアナ。追い回されている子、ルビアナの後輩な んでしょ? 大丈夫なの?﹂ ﹁ヴィーなら問題なし。アイルアさんに追い回されようがあの子 はどうにでもできると知っているもの﹂ ﹁ふぅん? すごいわね﹂ ﹁うん。ヴィーはとっても凄い子なのよ﹂ そもそも初等部のころからフィルを含む美形の周りをうろうろし ていて今の今まで気づかれなかったのだからそれだけでも相当だと いえるだろう。私には少なくとも無理だと断言できる。 ヴィーは自分の事傍観するのが好きな一般生徒なんて自称してい たけれど、あんな一般生徒なんてヴィー以外いないと思う。 それからしばらくヒルアと話していれば昼休みが終わった。 忙しいのか午後の授業もフィルは教室にはやってこなかった。 158 31 忙しそうなフィルが、難しい顔をして教室にやってきたのはアイ ルアさんが復活して数日が経った日の事であった。 ちなみにアイルアさんは、本当に私の方には全く来ない。ヴィー にばかり突撃しているようだ。最もヴィーは全部適当にあしらって るって言っていたけれど。 本人いわく他の生徒に突撃されるよりも自分に来られた方が対処 できるから良いと言っていた。他の生徒が大変な目に合うよりは自 分が被害を被った方がいいといっているとか、どれだけヴィーはお 人よしなのかしら? まぁ、そういう子だから私はヴィーが好きなんだけれども。 ﹁ルビアナ﹂ 教室にやってきたフィルは私の事を呼んだ。そしてこっちにこい という態度をする。 私は席を立って、フィルの方へと近づいた。 ﹁フィル、どうしたの?﹂ ﹁⋮⋮アイルアの事で、少し話す事があるから生徒会室に行くぞ﹂ フィルはそういって、私を教室から連れ出した。フィルが難しい 顔をしていたという事は、決して良い話ではないだろう事が想像で きて、アイルアさんについての何を話されるのだろうかと少し怖く なった。 悪いお知らせなのは、間違いないだろう。 生徒会室へと向かう途中、私があまりにも不安そうな顔をしてい たからか、フィルに﹁そんな顔するな﹂と言われてしまった。 でも、そんな風に言われても不安はなくなってはくれなかった。 生徒会室へと到着したら、そこにはヴィーとサラガント先輩が居 159 た。ヴィーは私の顔を見るなり、﹁ルビ先輩!﹂とまるで飼い主に 尻尾を振る子犬のように満面の笑顔を浮かべてこちらに寄ってきた。 ﹁あら、ヴィーも居たの?﹂ ﹁はい! 会長に呼び出されたのですよ!﹂ ヴィーは元気に答えた。今までのヴィーならフィルに呼び出され たら絶対に来なかっただろうけれども、もう既に生徒会と関わって しまっているからこそおとなしく呼び出しを受けたんだと思う。 あとはアイルアさんの事だって言われたからこうして足を運んだ んだろう。 ヴィーはお人よしだから、なんだかんだで私たちと同じ転生者で あるアイルアさんの事を気にしているのだ。 私は相変わらず元気なヴィーを見て、思わず笑みを浮かべてしま う。元気なヴィーは見ているだけでこっちまで元気になるような力 を持っているのだ。 私は次に椅子に腰かけているサラガント先輩へと視線を向ける。 ﹁フィル、サラガント先輩も呼んだの?﹂ ﹁いや、ルビアナとノーヴィスしか呼んでない。大方ノーヴィス の事が心配で勝手についてきたんだろう﹂ ﹁その通りです。会長! ヴァルはクールで冷たい副会長とかさ さやかれている癖に私にはお前は私のおかんか! と突っ込みたく なるばかりの心配性ぶりを発揮するのですよ。正直うっとおしいで す﹂ ヴィーって割り切ると本当にぶっちゃける素直な子よね。でも本 人の前でその言い方は酷いと思う。実際にサラガント先輩その言葉 にちょっとショック受けているからね。 てか、フィルもヴィーがあまりにもはっきり言い過ぎているから か、笑っているからね? と、相変わらずなヴィーにそんな気分に なってしまう。しかしフィルにも面白がられているだなんてヴィー は流石だなって気分になってしまう。フィルはそんなに人に興味を 持たない人なのに。 160 ﹁お前の後輩は面白いな﹂ ﹁ええ。ヴィーは面白い子よ﹂ ﹁見ろよ、サラガントのあの顔﹂ フィルが滅茶苦茶笑っている。サラガント先輩がこんな風に表情 を崩しているのが面白くて仕方がないらしい。 フィルって同じ生徒会のメンバーとして、サラガント先輩に心を 許しているのだ。 ﹁それより、フィル。私とヴィーにどういう話?﹂ ﹁アイルアの事だ。学園長にアイルアの事を報告した﹂ フィルはそんなことを告げる。学園長に報告をしたというならば、 何かしら事態が好転するって私は思っていたけれど、フィルが難し い顔をしているのを見るに、きっとそうはならなかったのだろう。 ﹁それで、答えは?﹂ そう問いかけたのはヴィーで、その表情はいつものようににこに こはしていなくて、多分ヴィーもフィルの表情を見て何となく勘付 いているのだとそれがよくわかった。 ﹁学園長がいうには、﹃あの子は普通の生活を知らない。もう少 し様子を見てくれないか﹄らしい﹂ フィルの言葉に、私は引っかかる。”普通の生活”を知らない? それはどういうことなのだろうか。正直その言葉の意味がわから ない。 それに学園長がそんな風に言うって事は、学園長はアイルアさん について何かしら知っているということだろうか。 ﹁詳しく聞いてみたが、学園長は答えてはくれなかった。一応、 その意味を調べる必要があると思っている﹂ ヴィーは、フィルの言葉をただ聞いている。その表情は珍しく考 え込んでいる。 私も同様に色々と考えて、そして思い至ったのはもしかしたら私 とヴィーが知らない設定があるのではないかというそういう思いだ。 私は前世の妹が乙女ゲームにはまっていて、攻略対象のある程度 161 の情報などは知っていた。 ヴィーは乙女ゲームにはまりこんでいたからこそ、私よりも詳し くこの世界について知っていた。 だけど、もし、前世の私やヴィーが亡くなってから設定が追加さ れていたとしたら、もし、私たちの知らない設定があるかもしれな いというのならば、その可能性に初めて私は思い至った。 私とヴィーを呼んだのは私たちの別の記憶︱︱前世の記憶にそう いう情報がないのか聞きたかったからだと思う。でも残念ながらそ ういう記憶はない。 私は首を振る。 ヴィーも﹁知らないですね﹂とだけ言う。 フィルはそれに頷く。 サラガント先輩だけが、一人何の話をしているか理解していなか った。 学園長の告げた言葉の意味を私たちは知る必要があるのかもしれ ない。 162 32 結局、アイルアさんがどういう事情を抱えられるかわからないま まに、学園は夏休みへと突入した。 私とヴィーの知らない、アイルアさんの事情とはどういうものな のだろうか。それを知る事が出来ればアイルアさんをどうにかする ことが出来るのではないかなどとさえ思う。 だけれども、それが何かなんて私には正直想像もできない。全然、 わからない。ゲーム内でのアイルアさんがどうのこうのではなく、 現実のアイルアさんが実際どういう生い立ちで、どういう事情を抱 えているかなのだ。でもそれは分からない。 アイルアさんと親しくしていた一部の生徒会の人たちも、アイル アさんから過去の話を聞くこともしなかったという。アイルアさん は過去を語らない。その過去に、学園長がアイルアさんを罰しない 事情があると思うのだけれども、私はどうしたらいいのだろうか。 情報を集める事が第一だけれども、私にはほかにすべき事もある。 それは、夏休み明けにある社交界デビューの準備だ。貴族の娘とし てパーティーに出席した事がないわけではないけれども、社交界デ ビューは一人前の大人として出席するものなのだから、緊張するの は当たり前だ。 お母様は私を着飾るって張り切っていて、ミカもエドもそんなお 母様の様子とお母様にされるがままになっている私を見て面白そう に笑っていて。 平和な日常。学園での悩みなんて忘れてしまいそうなほどに穏や かで、幸せを感じられるそんな家族との日々。 私がこの世界に転生者として生れ落ちる事がなく、記憶もなく、 ゲームの世界と同じようなルビアナとして生きたのならば。もしゲ ームと同じように、私の家族が破綻していたならば、目の前の光景 は、この幸せは存在しなかった。 163 アイルアさんは、ゲームとは違う事に色々いっていたけれどゲー ムと一緒だったら考えただけで悲しい。エドとミカが仲良くないこ とも。お母様がお父様の浮気のせいで悲しみをエドにぶつけてしま うことも。エドが私たちを嫌っていることも。そんな未来が来るな んて考えただけで本当に嫌だった。 だから私は行動した。だってここは紛れもなく私にとっては現実 で、ゲームの世界なんかではなくて。私は家族がぎすぎすした関係 のままなんて絶対に嫌だったから。 結果として私は行動してよかったと思っている。後悔なんてして いない。だってこの世界はゲームではなく現実なのだから。この世 界で私は確かに生きていて、この世界は私にとって真実の世界であ った。 考えていても全然わからなかった。 ﹁お姉様、お祭りに出かけましょうよ﹂ アルトガル家の領地では毎年この時期に祭りがおこなわれる。王 都で行われるものよりも規模は小さく、地味なものだけれども、そ のお祭りを私たち兄妹は気に入っていた。 だから私はミカからのお誘いに当たり前のように頷いた。 家の私兵に護衛してもらっての行動になるけれどもね。離れて悟 られないように護衛してくれるのよ。貴族の護衛の人たちってすご いの。 前世では一般家庭だったし、正直転生してすぐは驚いたものだっ た。17年間もこの世界で生きていればもうもうすっかり貴族とし て生きる事に慣れてしまったものだけれども。 なんだかんだで人はその場の環境に順応してしまうものなんだっ て思っている。慣れてしまえば今まで違和感を感じていた事だって、 当たり前になるものだって感じている。 ﹁エドももう待ってますからね!﹂ 164 ミカはご機嫌そうに笑っている。私の妹本当に可愛い。どうしよ うもないほど可愛い。その笑顔見て居るだけでなでまわしたくなっ てしまう。 エドとミカは結構口喧嘩とかしているけれど、仲良い時はお姉ち ゃんがびっくりするぐらい仲良くて、祭りに行くときは﹁三人のが いいですわ﹂などとミカも言う。だから毎年三人で出かけている。 祭りというものが、私は好きだ。 この世界が地球で作られた乙女ゲームの世界とそっくりだからも あるけれども、この世界の祭りは地球での祭りと似ている。そもそ も私はこうやって皆でわいわいするような行事が好きだから、祭り って毎回楽しんでいる。 そこそこ他の領からも祭りを楽しみに来る人もいるし、領民たち の稼ぎ時でもあるってお母様が言っていた。 あ、ちなみにお父様は愛人の所にいっているのか、家に居るのが 居心地悪いのか全然家には寄り付かない。王都の方で文官として働 いているのだ。それもあって領地の事はお母様が大抵全てかたずけ てしまう。 将来この領地を継ぐエド︵爵位継承権は男の方が上︶にお母様は 色々少しずつ教えているらしい。というか、ゲームでのルビアナと ミカとお母様は、爵位系証券もあってエドの事を疎んでいたのかも しれない。現実はゲームとは全然違う関係になれているから、ゲー ムでの私を含む三人がエドにどういう感情を抱いているかとかあん まり気にしていなかったけれども。 ﹁姉様、何食べますか?﹂ ﹁お姉様、あんまりはしゃいで一人で行かないでくださいね﹂ エドとミカが、にこにこと笑いかけてくる。二人も祭りが好きだ から、こうしてこれて楽しいのだろう。 それにしても妹にはしゃいで一人で行かないでと注意されるとか、 姉としての威厳がないな私と落ち込む。確かに少し祭りではしゃい で一人で突っ走ってしまった事あったけどさ。 165 三人で屋台の食べ物を食べたり、魔法での射的をやったり、楽し む。 エドとミカが楽しそうに祭りを満喫するのを見て、私はやっぱり ゲームでの私たち家族の関係より”今”の関係の方が絶対にいいな などと考えていた。 私は自分の人生を自分のしたいように生きているだけだから、何 も後悔なんてしていない。ゲームの世界がねじ曲がっていたとして も、そんなの知らない。今私のすぐそばに居る二人が、大好きな弟 と妹がこうして笑っている現在に後悔なんてするはずがないと、そ う心から思った。 166 33 エドとミカと祭りを楽しんでしばらく経った日、私は領内をのん びりと歩いていた。 学園に通ってからアルトガル領をのんびりと見て回るなんてほと んどできなくて、したいなと思って実行しているのだ。それにして も夏休みなんて長い休みだと普段よくあっているフィルやヴィーと しばらくの間会えなくなるから少しさびしい気持ちになる。 もちろん、家族で過ごす時間っていうのは大切で、心地よい時間 だけれどもフィルもヴィーも私にとって大切な存在だ。 空き地のベンチに腰かけて、空を見上げる。青い空を見ると何だ か落ち着く。空を見上げながら、アイルアさんが転入してきてから の事を思う。 色々あった。沢山悩む事があった。そして結局の所まだ解決なん てしていない。フィルは、私を信じてくれた。この世界が物語の世 界と同じだなんて、別の記憶があるだなんて頭がおかしくなったと いわれても仕方がない事を信じてくれた。 ヴィーとのずっと秘密だった関係も、明かされて、学園でヴィー と会話をする事が出来るようにもなった。 あと可愛いエドが初恋をしたりとか、色々と短い期間なのに変わ ってしまっている。 時が経つにつれて、少なからず現実は何かしらの影響を持って変 化していくものだ。誰か一人の行動が、他の人にも影響を及ぼすの だ。現実はそういうものなのである。 それをアイルアさんはわかっていない。わかってくれていない。 どうしたらわかってくれるだろうか。この世界がゲームの世界なん かじゃなくて、アイルアさんの行動次第で未来も、関係も全て変わ ってしまう現実なんだって事を。現実っていうのは、たった一人の 些細な行動でも、確かに影響力がある。その時はわからなくても、 167 本人にとって何気ない事でも、誰かの人生を左右してしまうことだ ってないわけではない。 転生して、二回目の人生だからこそか余計にそんな風に思えてく る。私は転生者で、見た目よりも精神年齢は高い。でもそれだけ生 きていてもアイルアさんにどういうことを言って、どういう態度を すべきなのか、どうしたら一番正解なのか、わからなかったりもす る。 色々と分からない事も多くて、思わずため息が漏れた。 ﹁お嬢さん、大丈夫かい?﹂ そうしていれば、声がかかった。誰も居ないと思っていたから私 は驚いてそちらを向いた。そこには、一人のおじいさんが居た。 髪の色はすっかり薄くなっており、腰が曲がっている。この世界 は前世と違って平均寿命は高くない。60年も生きれば長生きだ。 ﹁あ、はい。大丈夫です﹂ 問いかけられた言葉に、あわてて返事を返す。 おじいさんは私の様子を見て笑っている。そしてそのまま問いか ける。 ﹁何か悩みでもあるのかい? 上手なアドバイスが出来るかもわ からないが﹂ そのおじいさんは何処か人を安心させるような笑みを浮かべてい て、初対面なのに相談してしまいそうな雰囲気があった。ただアイ ルアさんに対する悩みを初めてあった人に明かすのも⋮⋮と躊躇し てしまって、私は黙り込んでしまう。 誰かに話してすっきりしたいとか、意見を聞きたいとかそういう 思いはある。アイルアさんを知らない人だからこその、意見もある のではないかって、そうも思う。 そうして悩んで、悶々としていればまたおじいさんは笑い声を上 げた。私がおじいさんを見れば、おじいさんはいう。 ﹁ふぉふぉふぉ、安心なさい。お嬢さんの悩みを他にいうなんて こともわしはせんよ。そんなに悩んでいるなら誰かに話すとすっき 168 りするじゃろう? 話してみなさい﹂ 朗らかに笑っている、何処までも人を安心させるような優しい笑 みに私は口を開いた。 ﹁私は︱︱︱﹂ もちろん、他人に説明出来る範囲での悩みだ。転生者だとか。別 の記憶があるだとか。アイルアさんが自分と同じ存在だとか。そう いうのは全部省いて、アイルアさんに対して﹁現実が見えていない ようだ﹂とそんな風な説明になってしまった。 うまく説明することが出来なくて、支離滅裂に、説明してしまっ た。夏休みに入って、実家に帰って、ヴィーともフィルとも話せな くて、誰にも話せなくてどうしたらいいんだろうってそういう思い がたまっていたのだとその時初めて気づいた。 誰にも話さずに抱えた悩みは、心に抱えたままだといつか爆発し てしまうものだ。私も色々考えて一杯一杯だったのかもしれない。 ふとした時に、いつも一番の悩みであるアイルアさんについての事 を考えてしまっていた。 ﹁⋮⋮だから、私はどうしたらいいかなと思いまして﹂ 結構長々と話してしまっていたように思う。下を向いたまま、お じいさんの顔を見ずにただ一心に話していた私はおじいさんに対し て失礼といえた。 ようやく顔を上げて、私は驚いた。 先ほどまで朗らかに笑っていたおじいさんの表情が、変化してい た。難しい、思いつめたような表情は私を驚かせた。 ﹁⋮⋮その転入生とは、メルト・アイルアという名前か?﹂ ﹁え、ええ。知っているのですか?﹂ アイルアさんを知らないと思って相談していたわけだが、どうや らこのおじいさんはアイルアさんを知っているらしい。 ﹁︱︱︱知っているも何も、メルト・アイルアはわしの孫だ﹂ おじいさんは、そんな爆弾発言をかました。 169 170 34 ﹁アイルアさんの、おじいさん?﹂ 私は驚いた。というより、驚かない方がどうかしていると思う。 だって、アイルアさんのおじいさんだというのだ、目の前に居る人 が。 アイルア家は、伯爵家。現在の当主はアイルアさんの父親である。 私の驚いている様子を見ながら、おじいさんは頷く。 ﹁そうじゃ、わしはあの子の祖父だ﹂ ﹁⋮⋮そう、なのですか﹂ ﹁ああ、そうじゃ。すまぬ。わしの孫が迷惑をかけているようで ⋮⋮﹂ 暗い顔をして、申し訳なさそうにおじいさんはそんな言葉を言い 放つ。それにしてもこのおじいさんが﹁アイルアさんの祖父だ﹂な どと嘘をつく理由もないわけで、恐らくそれは真実なのだろう。だ としても何故そんな人がここにいるのだろうか。 ﹁あの、貴方はどうしてここに⋮⋮﹂ ﹁爵位を息子に譲ってからは様々な場所を旅しておるのじゃ、わ しは。今回はこの前あった祭りを見に来るついでにアルトガル領に 滞在して遊んでおるのじゃ﹂ 当主である間は自由に動けなかったからというのもあるのだろう、 おじいさんは様々な場所を見て回ろうとしているらしい。 朗らかに笑うおじいさんには、相変わらず敵意はない。私はフィ ルほど人を見る目がちゃんとしてはいないし、騙されているかもし れないって思いもあるけど、このおじいさんは悪い人な気が全然し ない。 ただの直感だけれども、おじいさんは信頼できる気がする。こん な簡単に信頼するとか、フィルたちに﹁不用心すぎる﹂って怒られ るかもしれないけれども。 171 ﹁あ、あの﹂ 私は、目の前の人がアイルアさんの祖父だというのならば色々と 聞きたい事があった。驚いていたけれども、これはチャンスなんじ ゃないかっても思った。 だってアイルアさんに対する情報が、私は持っていない。ゲーム のアイルアさんの情報はヴィーが前世でプレイした上での情報だっ た。現実のアイルアさんの情報は私が実際に対峙して知った情報以 外ない。情報が足りない。アイルアさんの事をどうにかするために も、少なくとも情報は必要だ。情報がなければどうしようもないの だから。 ﹁アイルアさんについて、お聞きしたい事があります﹂ 真っ直ぐにおじいさんの目を見ていった。聞かなければならない。 アイルアさんの事を身内の人に聞けるチャンスなんてそうはない。 おじいさんはそれに頷いてくれた。だから、私は聞いた。 ﹁⋮⋮アイルアさんは、こういう事言っては失礼かもしれません が貴族としての常識がありませんわ。何かを妄信的に信じていて、 理解できない言動を口にしています。その事に心当たりはあります か?﹂ 最も聞きたい事はそれだ。貴族としての常識がないなんて、普通 に生きていればありえない。此処が現実だとわかっているならば、 あれほど妄信的に信じられるわけがない。 おじいさんは、その問いに難しい顔をしたまま答える。 ﹁少し、わしの話を聞いてもらえるか﹂ おじいさんはそういって、私にとって驚くべきメルトさんに対す る事を語りだした。 ﹁メルト・アイルアは確かにわしの孫だ。ただし、わしがメルト とはじめて会話を交わしたのはつい先日︱︱︱学園にメルトが転入 するより三ヶ月ほど前だ﹂ ﹁⋮⋮それは、どういうことですか﹂ わけがわからない。このおじいさんが孫とそこまで疎遠だなんて 172 想像が出来ない。それにあの不自然な時期の転入より三ヶ月ほど前 という、微妙な時期にはじめて会話を交わしたというのは⋮⋮と思 考を巡らせる私の耳に入ってきた次の言葉に、私は驚いて言葉をな くす。 ﹁十五年前、メルトは生まれた。しかしメルトの身体は健康でも、 そこに魂はなかった。生きているのに、死んでいる。そういう状態 で生まれたのだメルトは﹂ ﹁え?﹂ それがどういう意味かわからなかった。 ﹁元々メルトの身体に入る予定だった魂は何か手違いが起こって いるのか、身体には宿らないままであった。何の原因でそうなって いるのかわからないが、様々な術師に見せて、確かにこの身体とつ ながる魂があるのだとそういった。信じられないかもしれないが、 いつかこの身体にどれくらい時間がかかるかわからないけれども、 魂は宿るのだと﹂ そんな設定、知らない。メルト・アイルアの︱︱︱ゲームのヒロ インが学園に入学する前、そんな状況にあったなんて。もしかした ら、私とヴィーが地球で死んだ後に公開された情報なのか、続編で 明かされた情報とかそういうものなのか。わからないけれども、お じいさんのいう事は本当なのだろう。 ﹁⋮⋮⋮なら、アイルアさんは﹂ ﹁そう、メルトは学園に入学する三ヶ月前に突然生まれたような もの。身体から離れている間その魂がどうしていたのかはわからな い。本人も身体に戻ると同時にそれを思い出せないようだった。そ の関係か、生まれたてだというのにあの子はそれなりに発達してい た。とはいっても身体に戻ってから家庭教師をつけて学園に通って も問題がないように慌てて学ばせたのだが、入学式には間に合わな かった﹂ 入学式に間に合わなかった原因も、そういうものだとは知らなか った。家の事情で入学が遅れたとしか、私の知っている前世では明 173 かされていなかった。 もしかしたら学園長がアイルアさんを罰さない理由も、そういう 事情を知っているからというのも考えられる。 ﹁しかし⋮⋮あの子は新しい環境に適用しようと必死だった。妄 信的に何かを信じているなどと、そういう兆しは少なくともなかっ たはずだ﹂ ﹁⋮⋮学園に入って何か思い出したのかもしれません﹂ 私はそれだけ答えた。もしかしたら学園に転入すると同時に、﹃ 乙女ゲーム﹄の知識を思い出したのではないか。この世界に来てそ れだけしか経過していないというのならば、此処が現実だという認 識がいまだにないのももしかしたらありえるのかもしれない。 このことをフィルとヴィーに言わなければ。この世界が現実だと 信じられていないなら、信じさせなければいけない。だってここは 紛れもない現実なんだから。 結局おじいさんとはそれからしばらく話してわかれた。おじいさ んは、一度アイルア伯爵家に戻って、夏休みで実家に帰っているは ずのアイルアさんと話してみるといった。そして私とおじいさんは 連絡先を交換するのであった。 174 35 ﹁⋮⋮ヒロインが、魂だけさまよってたですか﹂ ﹁それはまた⋮⋮﹂ アイルアさんのおじいさんから、アイルアさんの情報を聞いた私 は早速ヴィーとフィルに約束を取り付けた。とはいっても三人とも 実家に帰っているからすぐに会うというわけにはいかなくて、二人 に会えたのはおじいさんから話を聞いた5日後だった。 私がおじいさんから聞いた話を二人にすれば、ヴィーもフィルも 難しそうな顔をしてそれぞれ言葉を発した。その反応も最もだと思 う。私も実際に、おじいさんに話を聞いた身だけれども何だか信じ られない話だ。 だけれども、恐らく真実。おじいさんが嘘をつく意味なんてない のだから。 それにおじいさんの話が本当だと考えた方が、今のアイルアさん の現状に納得する事が出来る。どうしてあそこまで現実が見えてい ないのか。この世界がゲームのままだと信じ切ってしまうのか。そ して学園長はそのことを知っているが故に、アイルアさんに甘くな ってしまうということも。 この世界に転生して十七年目に突入しているけれど、魂だけさま よっているなんて話を聞いた事ははじめてだった。生きているのに 死んでいるような、身体は生きているのに、中身がない。なんて、 そんな状況考えもしていなかった。 ﹁でもそれならヒロインがあれだけ純粋無垢で、聖女か何かみた いだったの理解できますね﹂ ﹁⋮⋮純粋無垢で聖女?﹂ ﹁会長、ルビ先輩に全部聞いているのでしょう。元々ヒロインの 性格はそういうものなのですよ。現実は私とルビ先輩と同じ存在が ヒロインに入り込んでいるからこそ、色々歪んでいるみたいですけ 175 どね!﹂ そう、元々のヒロインは純粋無垢。誰よりも純粋で優しくて、聖 女みたいだった。というより、乙女ゲームの主人公って大体万人受 けしそうなそういう子が多い気もする。人の心の闇にすーっと入っ て行って、そして色々な人に愛される。そういう存在でる。 この乙女ゲームの世界の主人公は、魂だけの時どうしていたかの 記憶もあやふやなままに身体にもどった真っ白な状態であったとい えるだろう。何も知らないからこその純粋さ。汚い世界を知らず、 真っ新な少女が故に︱︱︱⋮⋮、ヒロインはきっと誰の事も救えて、 誰の心にでも入っていけた。そう、考えるのが妥当だと思う。 ヒロインの純粋さの理由なんて前世で考えた事はなかった。だっ て前世の私にとってはゲームはゲームでしかなく、自分が死ぬなん て想像もしなかった。死んだ後の世界が待っているなんてそういう のも知らなかった。ヒロインがそうであることに理由は必要なかっ た。そういうものだと納得できたし、知る必要はなかった。 ︱︱︱でも、今その世界は私にとって何処までも現実である。だ からこそ、ゲームとは違う部分も含めて色々と知らなければならな い。状況を把握して、私が最善だと思う事をしなければならない。 現実はたった一度の行動が、確かに反映してしまうものなのだから。 ﹁へぇ⋮﹂ ﹁ルビ先輩に聞いていると思いますけど、会長も本来ならヒロイ ンにほだされてヒロインにメロメロになるような役割なんですから ね! 孤高の生徒会長がヒロインの純粋無垢さにやられて恋をして ﹃俺のものになれ﹄的な独占欲を発揮していたのですよ!﹂ ﹁⋮⋮ねぇ、ヴィー。その孤高の生徒会長って段階でフィルと全 然違うし、もう別人な気がするんだけど﹂ 思わずフィルに向かって語りかけるヴィーに向かってそんな言葉 を発してしまう。だって、本当に色々別な人物になっている気がす る。 ﹁いえ、フィル先輩は割とあの世界の﹃フィルベルト・アシュタ 176 ー﹄っていう俺様会長と同じですよ﹂ ﹁⋮⋮それフィルもいってたけど全然似てないと思うんだけど﹂ ﹁あはは、それを思うのはルビ先輩だけですよ﹂ なんかよくわからない事を言われた。 ﹁それより、ルビ先輩もしかしたらヒロインって見た目と中身の 年齢一致していない可能性もありませんか﹂ ヴィーは話を変えるようにそんなことを言ってきた。言われて私 ははじめてその可能性に気づいた。 アイルアさんの身体に入り込んだ魂は、地球の人間の魂だろう。 でもその魂の年齢がアイルアさんの外見と一致しているかそれは定 かではないのだ。そんなこと考えていなかったから、確かにと私は 思う。 どういういきさつでアイルアさんの中身が、アイルアさんの身体 に入り込んだのかもわからない。私とヴィーは別の世界で一度死ん で、転生という形でこの世界にやってきたけれども、アイルアさん がどういう風にこの世界にやってきたかもわからない。 ﹁⋮それもそうね﹂ ﹁それ、どういうことだ?﹂ ﹁あのね、フィル。アイルアさんの中の人が、アイルアさんの身 体に突然入ったかもしれないっていう事は、その中身がアイルアさ んの外見年齢よりも上かもしれないし、下かもしれないってことが あるってこと⋮⋮。多分下の可能性が高いと思う﹂ 大人ならば、もう少し冷静に対応できると思う。だからもし中身 と外見が一致していないというのならば精神年齢はもっと下だとい う方が納得できる。 ﹁そうか、そういうこともあるのか﹂ ﹁うん⋮⋮。うーん、どうしたらいいんだろう﹂ 結局色々話したけれども、どうしたらいいかの最終的な結論なん て出せなかった。 177 ︱︱︱アイルアさんが、普通な境遇ではない事は理解できた。だ けれども、それを知った上で、私はどういう行動に出るべきなのだ ろうか。 178 36 あっという間に夏休みは終わった。社交界デビューが迫ってきて いるのもあって、少しバタバタしていて、アイルアさんの事を考え る余裕はあまりなかった。 貴族の娘にとって、社交界デビューとは大きな役割を持つ。重要 な行事である。 お母様はにこにこしながら、﹁今度のルビアナの社交界デビュー の時、リサ様もいらっしゃるんですって! 良かったわね﹂なんて いっていた。 リサ・エブレサック様か、などと私は思ってしまった。あのゲー ムとは全然違うエブレサック家の双子の母親。 ゲームでのエブレサック家の双子の母親は決して幸福ではなかっ たとヴィーに聞いて居る。可哀想な人だったのだと。愛している夫 が昔の恋人を見続けて、夫に暴力と暴言を与えられ続け精神的に壊 れていたと。 壊れてしまいながらも愛を乞う母親。 昔の愛におぼれて暴力をふるう父親。 そんな両親を見て育ったが故に、愛に狂い、地球でいうヤンデレ という存在になっていたエブレサック家の双子。 ゲームとはアルトガル家同様に全然違う現実を見せている家。 そんな家の、エブレサック家夫人。会うのが楽しみだけど、少し 緊張する。 だってリサ・エブレサック様の影響力は、王族以上ともいえるほ どだという。あらゆる人々に好かれ、それだけの影響力を持ちなが らも排除されることもせず、王族に脅威だとも思われることもせず、 完璧な人。 そんな人がこの世に、現実に存在するなんて信じられない。 ﹁あら、緊張しているのね。大丈夫よ。フィルベルト様が居るも 179 の﹂なんて、お母様はにこにこと笑っていて、フィルに任せればい いなんていっていた。あと﹁私も居るし、何よりリサ様も居るのよ。 何も心配ないわ﹂とも。 そんなお母様にリサ様の事を聞いたら聞いてもない事まで沢山話 してくれた。 リサ・エブレサック様がどれだけ優しいか。どれだけ素晴らしい 人なのか。どれだけ完璧な人かを。そして彼女がどういう事をなし てきたかを。 ﹁︱︱︱︱そしてとても美しくて、怒りや悲しみといった負の感 情が全て吹き飛んでしまうような慈愛に満ちた笑みを浮かべている 方よ。見て居るだけで心が現れるように何処までも美しいの。見た 目だけではなく、その中身も仕草の一つ一つも﹂ お母様はそんなことを言う。 何処までも美しい人なのだと。 負の感情が吹き飛ぶ慈愛に満ちた笑みを浮かべていると。 そんな人居るのかと思う。意図せずそういう笑みを浮かべ、誰か らも好かれるなんて。どちらかというと、前世の記憶もある私から してみればリサ・エブレサック様が意図的にそういう笑みを浮かべ、 沢山の人々を味方につけていると考える方が納得できる気がした。 とりあえず、一回会ってみよう。エブレサック公爵家夫人に。 ﹁⋮⋮ふぅん。リサ様とシュア様の世代にルビアナと一緒の存在 が居ると思う、か﹂ 社交界の前に、私はフィルにそういう心の内を明かした。フィル は私の言葉を笑うわけでもなくて、ただそういってくれた。 ﹁うん⋮。フィルはリサ様に会った事あるんだよね?﹂ ﹁あるというか、よく会う。俺の両親はリサ様が大好きだからな﹂ ﹁そうなの?﹂ 180 ﹁ああ。リサ様は隙が全くないほど完璧な人だぞ。俺も公爵家の 次期当主として感情を表に出さないようにしているけれど、リサ様 はすぐに気づく。そしてあまりにもその問いかける笑みが優しすぎ てぽろっと本音をこぼしそうになる﹂ ﹁フィルがそういうって、相当じゃない⋮⋮?﹂ フィルが自信満々にそんなことを言うなんて相当だと思う。フィ ルって偉そうな物言いするけど、認めた人に対しては心からの敬意 を払う人だから。 だからこそ、リサ・エブレサック様は悪い人ではないと思う。だ ってフィルがこういう風に語る人だから。私はリサ様に会った事は ないけれども、フィルの事は心から信頼しているから。 ﹁リサ様は人を味方に引き入れるのが上手い。どんな人でも気づ けば自身の味方に引き入れている﹂ ﹁どんな人でも⋮?﹂ ﹁そうだな。本当に少数だが、リサ様をよく思わない者もいるが、 リサ様を慕う者の数の方が圧倒的に多い。リサ様に何かあればリサ 様を慕うあらゆる人々が敵に回る。俺の両親も、リサ様に何かあれ ば動くだろう﹂ リサ・エブレサック様。誰に聞いてもそういう答えが返ってくる。 その人を誰もが愛し、慕い、もし何かあれば様々な人が動くのだ と。 ﹁⋮⋮ねぇ、フィル。物語の中ではリサ・エブレサック様は夫に 愛されず、暴力と暴言に壊れていたって設定だったの。壊れた家族 を見て育ったリーラさんとシエルさんはそれにより歪んだ愛情表現 を持ち合わせていたっていう﹂ ﹁もし現実でシィク様がそんなのだったらリサ様と離婚させて終 わりだと思うが﹂ ﹁私とヴィーはエブレサック家が全然違うから私と同じ存在が居 るのではないかなってちょっと気になってるの。会ってもアイルア さんをどうこうする手段とかわかるわけじゃないけれど、それでも 181 ちょっとね⋮⋮﹂ そこまでいって、私は自分より背の高いフィルを見上げる。今日 のフィルは、貴族として着飾っている。黒色の、仕立てのよいスー ツ。フィルによく似合ってる。 ﹁物語のルビアナは、フィルとこんなに仲良くもなかった。私ね、 フィル。最初物語の登場人物たちと関わるつもり全然なかったの。 でも、フィルは話しかけてくれて、フィルがどういう人か知って、 フィルと仲良くなりたいなってそう思って。フィルと私が仲良くし たら物語とは違った未来になるからどうなるんだろうって不安はあ ったけれど、此処は物語の世界とは違って私の確かな現実だからっ てそう思って。今はね、私、フィルと仲良くしてて、友達でいてよ かったって思うよ。こんなに信頼できて、なんでも話せる友達がフ ィルで嬉しいの。私がここは物語の世界だっていっても信じてくれ て、真面目に話を聞いてくれて、本当ありがとう﹂ 家の不仲が嫌だって行動したし、フィルと仲良くしたいって思っ て仲良くした。それは私が選んだ事だったけれども、ゲームのシナ リオが始まる時どうなっているのだろうって思いは少しはあった。 だけど、それでもここは現実なのだから、好きに生きるってそう 思ってフィルと仲良くして、フィルと友達になれて、良かったって 思っている。 フィルは私にとってかけがえのない信頼できる人。 私が頭のおかしい発言をしても信じてくれた人。 真面目に話を聞いてくれて、私の味方でいてくれる人。 私の背中を押してくれて、助けてくれる大事な人。 ﹁俺がルビアナの話を信じるのは当たり前だ。お前が俺に嘘なん かつくわけないからな﹂ フィルは何処か嬉しそうにそういって笑った。 フィルは私がどういう人間なのか知っている。信頼してくれてい る、その事実がうれしい。 ﹁あ、そろそろ時間だね、フィル﹂ 182 時計を見て、私はあわてていった。もうすぐ社交界が始まる。私 とフィルもそろそろいかなければならない。 ﹁ああ。行くぞ、ルビアナ﹂ そうしてフィルが差し伸べてくる手を私はとった。 ︱︱︱そして私の社交界デビューは始まる。 183 37 社交界が始まった。 私はフィルに手を引かれながら、社交界の行われるホールの中へ と足を踏み出す。 そこには、キラキラした世界が広がっていた。 美しいドレスを身に纏った貴婦人、令嬢たち。そして貴族の当主 や子息たち。フィルと私がその場に足を踏み入れると同時に視線が 集まる。 私はこの視線を知っていると思った。学園でフィルと共に居ると いつも向けられる視線と一緒だ。フィルを焦がれ、フィルに憧れて いるそんな異性からの視線。 私の手を引くフィルへとちらりと視線を向ける。 フィルは流石乙女ゲームのメインの攻略対象なだけあって、驚く ほどに美しい顔立ちをしている。現実にこんなに綺麗な男が居るの が不思議に思うほどに、本当に人間なのか疑うほどに。 黄金に煌めく髪も、その海のような青色の瞳も、全てが美しい。 それでいて背も高くて、生徒会長をしていて、アシュター公爵家 の後継ぎ。それだけ兼ね揃えているフィルが異性にそういう意味で の好意を向けられないわけがないのだ。 そんなフィルと私が友人をやっているのは、自分でも釣り合わな いなとは思う。だけど周りにそんな風に言われようとも、私はフィ ルの隣に居たいんだとそう再確認する。だから、此処が社交界デビ ューの場だとうとも、私をエスコートしてくれているフィルの評判 が下がる事がないように、それも心がけて社交界に挑まなきゃいけ ない。 緊張はする、だけど、 ﹁ルビアナ、大丈夫か?﹂ ﹁うん。大丈夫﹂ 184 フィルが笑いかけてくれるから、私の信頼するフィルが手を引い てくれるから、何とかやっていけるってそういう自信が湧いてくる。 まずは、このパーティーの主催者の元へと挨拶に行かなければな らない。フィルに手を引かれながら私は歩く。 今回のパーティーの主催者は、ヴィーの幼馴染であるサラガント 先輩の両親だったりする。 アイド・サラガントとミミィ・サラガント。 魔法師団の中でもトップクラスの実力を持つ存在である。 フィルはお二人と旧知の仲だからか、親しそうに声をかけ、私の 事を紹介してくれた。 ﹁ルビアナ・アルトガルです。本日はお招きいただきありがとう ございます﹂ 礼をとれば、何故か私の名を知った二人は驚いた顔をした。 ﹁へぇ、貴方が。フィルベルトに話は聞いて居るわ﹂ ﹁ふぅん、ヴァルガンが言っていたヴィーアの親しい生徒か﹂ ミミィ様はフィルから何を聞いて居るの? そしてサラガント先 輩は私の事両親に言ってたんだ。とそんな気持ちになる。 ﹁今日が社交界デビューなのでしょう? まぁ、フィルベルトが 居るなら何も心配はないから、任せておけばいいわよ﹂ ミミィ様はにこにこと笑ってそんな事を言う。フィルは様々な人 からそういった信頼を勝ち取っているんだと思うとやっぱりすごい なと思う。 フィルに手を引かれながらそのあとは様々な人たちに挨拶をした。 やっぱり緊張はしたけれど、フィルが隣に居るだけで凄く心強かっ た。 あとダンスも躍った。ダンスはそこまで得意ではなかったけど、 フィルはダンスが得意だからうまくリードしてくれて、練習よりも きちんと踊れた。 そうこうしているうちに、会場内がざわめいた。 誰かが新たに現れたらしい。 185 でも誰かが現れたからといってこんなに会場全体がざわめくなん て、どんな有名人が現れたのだろう。そう思って、そちらに視線を 向ける。 ﹁うふふ、やっぱり私のリサは最高に綺麗ですわ。流石リサ、こ れだけ会場中の視線を集めるなんてっ﹂ ﹁⋮⋮シュアのじゃねーから。リサは俺の﹂ ﹁おほほほほ、貴方がリサの夫だろうともリサは私のリサですわ ! 私の大親友ですわ﹂ ﹁二人とも言い争うのやめて﹂ ﹁﹁リサがいうなら﹂﹂ 登場した場所が近くだったから、その現れた三人組の声が聞こえ てきた。 どういう会話をしているの、と思える会話だけどそれよりもその 現れた三人が三人とも何処までも美しい人で目を引かれた。 その中でも一際目を引かれたのは、真ん中に立つ美しい人だ。腰 まで伸びている白銀に輝く髪、優しそうに微笑む深緑の瞳。仕草が、 微笑みが、見て居るだけで穏やかな気持ちになれる。そんな、優し い笑みがそこにあった。 目を惹かれる。一目見ただけで、印象付けられる。 見た目が美しいだけではない。その一つ一つの動きが、表情が、 美しい。同性だというのに、見惚れてしまうほどだった。 ﹁ルビアナ、あれがリサ様だ﹂ その人を一目見て、ぼけーっとしてしまった私にフィルが声をか けてくる。 リサ・エブレサック。リーラさんとシエルさんの母親。お母様が 憧れているといった女性。誰もに愛され、誰もに慕われる女性。 お母様が会ったらわかる、って言っていた意味が分かった気がし た。敵意も、不安も、ねたみも、そんな負の感情が全て吹き飛んで しまうような綺麗で優しく、心が現れるような”笑み”がそこには あった。 186 ﹁隣の男がシィク・エブレサック。リサ様の夫だ。そして、右隣 に居るのがシュア・サクシュアリ。リサ様の親友で、カイエンの母 親だ﹂ 男の人を見る。黄金に輝く美しい髪と、緋色の瞳を持つ、綺麗な 男性を。ゲーム内では昔の恋人を忘れられずに壊れていた設定だっ た人。その人がくるっていたからこそ、ゲームでのリーラさんとシ エルさんは歪んだ愛情表現を持っていた。でも、目の前に居るその 人は、リサ様の夫であるシィク・エブレサック様はリサ様の事を心 から愛しているのだと思った。 そして、ゲームではいなかったリサ様の親友のシュア・サクシュ アリ様。栗色のふんわりとした髪を肩まで伸ばした可愛らしい見た 目を持つ女性。リサ様とは別の意味で異性に騒がれそうな外見を持 つ人。その人はリサ様の事が本当に大好きでたまらないといった態 度だ。それは先ほどの言動からもわかる。 リサ様たちの登場に一瞬静まり返ったその場は、次の瞬間動く。 リサ様の元へと、皆が挨拶に向かう。 ﹁俺らも行くか﹂ ﹁うん﹂ そして私もある程度人が減ってからフィルに連れられて、リサ様 の元へと向かうのだった。 187 38 ﹁リサ様、シュア様、シィク様。お久しぶりです﹂ ﹁久しぶり、フィルベルト。そちらの方は?﹂ ﹁まぁ、フィルベルトが女の子を連れているだなんて珍しいわ﹂ ﹁⋮⋮ああ﹂ フィルが声をかければ、リサ様は美しい笑みを浮かべて問いかけ、 シュア様は不思議そうにこちらを見て、シィク様に至ってはただ無 愛想に返事を返すだけだった。 しかし、三人の視線がこちらに向いて妙に緊張してしまう。何よ り、この会場に居る人々のほとんどがリサ様に視線を送っている事 もあり、リサ様と会話を交わしている私たちにも視線が向けられて いるのだ。 他人に注目される事は、フィルと過ごしているうちに少し慣れた つもりになっていたけれども、今の現状はそれの比ではない。 ﹁ルビアナ・アルトガルです。私の友人であり、今回社交界デビ ューなのです﹂ ﹁ル、ルビアナ・アルトガルです。よろしくお願いします﹂ フィルの紹介に続き、礼をとって自己紹介をする。緊張して仕方 がない。周りの視線がこちらに向かっている事も、目の前の美しす ぎる人に自分から声をかけなければならないことも。 私の挨拶にリサ様は見惚れてしまいそうなほど、笑みを浮かべる。 その笑みを見て居るだけで緊張がほぐれるような、緊張している私 を安心させようとしているような何処までも優しくて、柔らかい笑 み。 初対面だというのに、ほっとする。酷く安心する。緊張してガチ ガチになっていた心が、ほぐされていく。ただ、目の前の人は微笑 んでいるだけなのに、それなのにどうしようもないほどにひきつけ られる。こんな人が本当に現実に居るのか、とそんな気分にさえな 188 る。 ﹁私はリサ・エブレサック。貴方のお母様の事は知っているわ﹂ ﹁お母様の事を?﹂ ﹁ええ。後輩の一人だわ﹂ にこやかにほほ笑む。そしてちらりと遠目にこちらを見て居るお 母様の方を見る。リサ様に視線を向けられたお母様は少し戸惑った ような顔を見せる。だけどリサ様の隣に立つシュア様に手招きをさ れてお母様はこちらに寄ってくる。 ﹁お久しぶりです﹂ お母様が嬉しそうに声を上げて、礼をとる。お母様の目がキラキ ラしている。リサ様の事を本当に尊敬しているとその顔に書いてあ る。 ゲームの中でお母様は決してこんな風に誰かに憧れる人ではなか ったはずだ。ヴィーは言っていた。お父様の浮気に耐え切れず、そ れ故にエドに冷たくしてしまった人だったと。私はそれが嫌で行動 を起こしたけれども、⋮⋮それ以前にリサ様という存在への憧れに より、お母様の性格はゲームとは違うものになっていたのではない かと目の前の光景を見て思う。 ルビアナの、社交界デビューは現実とゲームも同じ時期であった。 さらっと触れられていたらしいルビアナの社交界デビューではフィ ルに付きまとい、大多数の貴族から冷たい目で見られていたと書か れていたはずだ。お母様は領地にこもって、娘のデビューの場に居 なかったというのが、ゲームの社交界デビューだった。 ﹁お久しぶりね、レイニーさん﹂ ﹁私の事を覚えていてくださり光栄ですわ﹂ 感涙極まりない様子のお母様に、リサ様は当たり前よ、と微笑む。 ﹁ええ、大事な後輩の一人ですもの。忘れませんわ﹂ ﹁ふふふふふふふっ、私のリサは交流のある人の事は忘れないん ですわ。どこかの誰かさんと違って﹂ ﹁⋮⋮おい、何でそこで俺を見る﹂ 189 リサ様、シュア様、シィク様は酷く仲良さげである。 ゲームとは全然違う人間関係がそこにはあった。リーラさんとシ エルさんはこういう両親を見て育ったからこそあんなに家族思いに 育ったのだろう。 こんなにやさしく微笑むリサ様の事を、愛し合っているようにし か見えないリサ様とシィク様の事をアイルアさんはゲームの情報を 鵜呑みにして、愛されていないだとか、壊れているとか言ったのだ と思うとやっぱり何とも言えない気持ちになる。 私ももし、リーラさんとシエルさんと同じ立場で、お母様の事を そんな風に言われたら良い気持ちはしない。怒りが湧いてくるだろ う。そういう対応をしている時点で、リーラさんとシエルさんのア イルアさんに対する印象は悪くなるのも無理はないだろう。 しばらく会話を交わして、私とフィルはリサ様たちから離れて、 別の人たちに挨拶をして回った。 そうしながらも、私はどうしてもちらちらとリサ様の事を見てし まう。真実、目がひきつけられる。話題の中心に、リサ様はいつで もいる。それが、このパーティーの間だけでもよくわかる。 フィルをはじめてみた時も、前世の記憶があったのもあってこん な凄い人が現実でいるのだと思ったけれど、リサ様はそれ以上だ。 誰もがリサ様に話しかけ、誰もがリサ様を見て居る。好意的な目 ばかりだ。寧ろ嫌悪する目はないともいえるほどだ。 一つ一つの仕草が、表情が一々注目されている。リサ様が笑えば、 それだけで周りも笑みをこぼす。 口喧嘩が起こりそうな雰囲気になった二人組が居ても、リサ様が 仲裁に入ればそんなものは消し飛ぶ。私と同じように社交界デビュ ーの人や、社交界に慣れていない人も、リサ様に話しかけられれば 不安も消し飛ぶ笑みを浮かべる。私と同じく初めてリサ様に会う人 も一度話しただけでリサ様の事をまるで憧れを見るかのような目で 190 見て居る。リサ様は特別な事など決してしていない。ただ、微笑ん で、そこに居るだけだ。 でも、だというのに誰よりもこの場で存在感があった。誰よりも 目立っていた。 お母様のいっていた﹃エブレサック家を敵に回したらあらゆる人 間を敵に回す﹄という言葉も、ヴィーのいっていた﹃やろうと思え ば王位だって何だって手に入る﹄という言葉も、真実なのだと私に わからせる。 リサ・エブレサックという、ただ一人の存在がそれだけの影響力 を持っている。 それは普通なら、恐ろしいと思われるものでありそうなのに、排 除されそうなものなのに、それなのにリサ様はそんなこともない。 私も実際に会ってみて、何処までも優しく安心させるような笑みに、 リサ様がそんなことを起こすなんて考えもわかなくなっているほど だ。 ︱︱︱リサ様は、転生者なのだろうか。 最もゲームと違うのは誰かと聞かれればリサ様だ。もしかしたら リサ様自身が転生者なのだろうか。そう思う。それに、もしリサ様 が転生者ではなかったとしても、アイルアさんの事を相談したら良 い方向に行く気がすると、そんな風に思ってしまう。 なんだろう、リサ様のあの笑みは安心を人に与えると共に、この 人になら相談できる、相談したいってそんな思いを見る人に与えさ せるものだった。 そうして私がじっとリサ様を見つめてしまっていたからだろう。 ﹁何か、お困りごと?﹂ リサ様は、私にそう問いかけてきた。 191 39 リサ様は、リサ・エブレサックというその人は、全てを見透かし ているような目を浮かべている。 深緑の瞳に見つめられたら、嘘など決してつけない。 問いかけられれば、素直に答えてしまうようなそんな力がそこに はあった。 困った事があるのかと聞かれて、私は素直にうなずいてしまって、 そして驚いた。 リサ様に問いかけられたら、素直に話さなければとそんな気分に なってしまう。そんな効力のある笑みを持つ人がいるだなんて知ら なかった。こんなに心が温まるような、安心できるような笑みを浮 かべる人が現実で存在しているだなんて驚いた。 ﹁向こうで話しましょうか﹂ リサ様は、自然な笑顔でそう告げる。そして私の隣に立つフィル に視線を向け、﹁ルビアナさん、借りるわね﹂と笑った。 フィルはそれに対して﹁はい﹂と返事を返す。パーティーの最中 だというのに、リサ様が﹁少しお話するわ﹂といって私を連れ出し た。リサ様が行う事はまるですべてが周りに許されるかのように、 周りに受け入れられる。 私はリサ様と共に、ホールを出た。 そして一つの部屋に入る。そこのソファに向かい合うように座る。 リサ様は微笑んでいる。 問いかけない。私が話し出すのを待っているかのように、微笑ん でいる。 ﹁あ、あの、リサ様﹂ ﹁何かしら?﹂ 優しく、綺麗な笑み。問いかけるのが怖いけれども、話すのもた めらうけれども、それでも、その笑みを見て居るとリサ様は私が何 192 を語ったとしても受け入れてくれると自然とそう安心した。 心が安らぐ。この人にならなんだって話せると、そう思ってしま うほどにその笑みは穏やかで、優しい。 ﹁⋮⋮お、乙女ゲームって言葉わかりますか?﹂ 自分でそう問いかけて、何を言っているんだ私はと思ってしまっ た。もっと違う聞き方があったんじゃないかと。はっとなって、恐 る恐るリサ様を見れば、リサ様は驚いた表情をしていた。 その表情は、先ほどまでの何処までも優しい、本当に同じ人間な のか疑いたくなるほど綺麗なものではなく、酷く人間らしいものだ った。 そして私はその表情に、リサ様は”乙女ゲーム”という言葉を知 っていると確信する。 ﹁⋮⋮昔の知り合いが好きだったものね。貴方は、地球からの転 生者なのね﹂ リサ様の驚いた顔は一瞬だった。次に言葉を発したその時にはも う完璧な笑みを浮かべていた。 ﹁はい。リサ様も、ですよね?﹂ ﹁そうね。前世の記憶があるかどうかでいうならばそうね﹂ ﹁それで、あの、リサ様﹂ 私はリサ様の目を真っ直ぐに見て問いかける。 ﹁この世界がある乙女ゲームの世界に酷似しているって知ってい ますか?﹂ 何となく、知らない気がした。”乙女ゲーム”という単語が私の 口から出てきた事には驚いていたみたいだけのようだったから。事 実、リサ様は私の言葉に何とも言えない表情を浮かべた。 フィルからもお母様からもリサ様は常に優しい笑みを浮かべてい る人だと聞いて居たから、リサ様もこういう表情をするのだとそん な気持ちになる。 ﹁この世界が乙女ゲームの世界に似ている?﹂ ﹁はい。私ともう一人の転生者の知っているゲームの世界と一緒 193 なのです。世界観と登場人物が。ただし、私たち転生者の影響もあ ってゲームとは違う事にもなっていますが﹂ リサ様はゲームの世界だとは知らずに、生きて、そしてシィク・ エブレサックに良い影響を与えたのだろう。リサ様が転生者ではな ければ、シィク様は恐らくゲームのように壊れた父親になっていた はずだ。その結果、シエルさんとリーラさんも歪んだ正確になって しまったはずだ。 それを思うとリサ様は改めて凄い人なのだと思った。だってたと え此処がどういう世界か知っていてシィク様を救おうとしてもそん な簡単に救えるわけはない。やろうと思ってもそれを行う事は容易 ではない。 私だって家の関係をどうにかしようと頑張ってようやく仲良い家 族には出来たけれど、お父様の事はどうにもできなかった。リサ様 は意図的にではなく、シィク様を救った。 ヴィーは実際にシィク様は昔ある女性に振られて壊れる寸前まで いったといっていた。シィク様が壊れなかったのは、恐らくリサ様 が居たからだ。リサ様の存在が本来歪んで壊れた家庭になるはずだ ったエブレサック家を暖かい家庭に変えた。 ﹁そう、なの﹂ ﹁はい。それであの、リサ様はシエルさんとリーラさんからアイ ルアさんの事聞いて居ますか?﹂ ﹁転入生でしたわよね。学園にやってきた。思いこみが激しいと いう話は聞きましたわ﹂ ﹁その方も、私ともう一人の転生者と同じくこの世界が乙女ゲー ムの世界と酷似していると理解している方のようなのです。その思 い込みもゲームならばその通りなんです。私の家が兄弟仲が悪いの も、リサ様の家庭が壊れているのも⋮⋮﹂ 私やリサ様といった転生者がいなければ、アイルアさんの思い描 く未来はあったのかもしれない。でもそんなの、知らない。私は兄 弟仲が悪いのは嫌だった。そしてリサ様も、シィク様を救いたくて 194 行動した。ただ、それだけなのだろう。 ﹁そう。ならシエルとリーラが言っていたその子の思い込みは、 その子にとって現実のようなものなのね。シィクが昔の恋人を思い 続けていて、その結果病んでいて壊れて、私に向かって暴言暴力し て、私も壊れてるでしたっけ﹂ ﹁⋮⋮はい﹂ あまりにも自然に言われた言葉に頷く。リサ様は怒っていない。 自分とその夫が酷い思い込みをされているという事実を、ただそう なのだとばかりに受け入れている。 私の話も本当かもわからないだろうに、嘘だなんて否定すること なく、リサ様は当たり前のように”本当の事”として聞いてくれて いる。受け入れている。 ﹁そうね、私がいなければ確かにシィクはそうなっていたかもし れないわ。シィクは昔から不安定だったから。そして私が私でなけ れば、﹃リサ・エブレサック﹄は壊れていたかもしれないわね﹂ 実際にシィク様とリサ様は壊れても仕方がないほど不安定だった り、環境に色々あったりしたのだろうとその言葉で思う。 ﹁アイルアさんはここをゲームの世界だって思い込んでいるよう なのです。それで学園でも好き勝手にしていて様々な人に反感を持 たれています。このままでは潰されるのは時間の問題かもしれませ ん﹂ ﹁貴方はそれは嫌なのね﹂ ﹁はい。確かにアイルアさんには大変な目に合わせられてます。 嫌な思いもさせられてます。だけれども、同じ転生者ですし、でき れば此処が現実の世界だって理解して、受け入れて、そして現実を 生きてほしいです﹂ それは自分勝手な願いだ。だけれども、私の本心でもある。 ﹁私は、誰かの人生を潰すのも嫌なんです。不孝よりも幸福の方 がいいって思います。誰かの不幸を見るのも嫌いです。それは私の 自分勝手な願望だけれども、出来る事ならばそういう事にはなって 195 ほしくないんです﹂ バッドエンドよりもハッピーエンドが好きだ。誰かの不幸を見る のは嫌いで、不孝よりも幸せの方が良いに決まっている。それは何 処までも身勝手な私の意見だけれども、本当にそう思っている。 ﹁幸いアイルアさんは殺傷沙汰は起こしてません。起こしかけて は居ましたけれど、どうにかなりました。迷惑行為、付きまとい行 為はしていますけれど、どうにか現実だってわかってもらって迷惑 をかけた人に謝って、やり直す事って出来ると思うんです。でも、 幾ら言葉を重ねてもアイルアさんにとって私は﹃悪役﹄で、転生者 だって事をいって、現実だって告げたら逆に勘違いされてしまって。 どうしたらいいんだろうって色々わからなくて﹂ 身勝手な思いだけど、本当そう思ている。どうしたらいいんだろ うって悩んでいるのは、アイルアさんを潰して終わるで終わりたく ないからだ。フィルだってそういう思いがあるだろう。フィルは生 徒会長で、同じ学園の生徒だからなるべく潰したくないとは思って いるだろう。 それからそのまま私はアイルアさんの事情まで全てリサ様に語っ てしまった。長い話だった。 私はそこまで言い切って、ああ、なんでこんな赤裸々に思いを語 ってしまったんだろう。リサ様は何も返事をしていないのに、そう 思って、恐る恐るリサ様を見る。 リサ様は、微笑んでいた。 大丈夫よ、ってそんな風な笑顔で。 ﹁そう。貴方は優しいわね。その子の事、見捨てたくないのね﹂ 穏やかに、微笑む。静かな笑み。心が温かくなるような、不安が 吹き飛んでいく微笑み。 こういう人だからこそ、シィク様は壊れずに済んだのかもしれな い。リサ様は誰だって受け入れるほどに、懐が広いように思えた。 ﹁私の所に、一度その子を連れてきてくれる? お話をしたいわ﹂ ﹁お話ですか?﹂ 196 ﹁ええ。一度お話をしてみたいの﹂ アイルアさんとお話をしてみたいというリサ様に少し戸惑う。ど うしてそんなことを言うのだろうという思いと、アイルアさんはリ サ様にあったら絶対に暴言を吐くにきまっていると思ったからだ。 初対面だけど、こんなに穏やかにやさしく笑う人の顔を、笑顔を曇 らせたくないと思ってしまったから。 ﹁⋮⋮はい﹂ でも微笑んだままのリサ様に駄目だとは言えなくて私は頷く。そ うした時、扉がガチャッと空いた。 そこから現れたのは、リサ様の親友であられるシュア様であった。 ﹁話は聞きましたわ!﹂ などといって入ってくるシュア様。って、いつから聞いてたんだ と思わず冷や汗が流れるけれど、リサ様はそんなことはなかった。 ﹁シュア、最初から聞いていたのよね?﹂ ﹁ええ、聞いてましたわ! 私もカイエンからその転入生の事は 聞いておりましたわ。思いこみが激しいと聞いておりましたが、そ んな理由があったとは思いませんでしたわ﹂ ﹁え、っとあの、シュア様は転生者ですか?﹂ ﹁違いますわ! リサが前世の記憶を持っていたなんてはじめて 知りましたわ。それにしてもそれなら幼いころのリサがあれだけ大 人びていたのも納得ですわ。ふふふ、シィクよりも先にリサの秘密 が知れてうれしいですわ。おほほほほっ、自慢してやるんですわ﹂ シュア様は一気にそういう。転生者とかでは全然ないらしい。し かも転生者だという事実はシュア様も初めて知った事らしい。なの に、どうしてこう簡単にこの人は受け入れているのだろうか。リサ 様も話を聞かれた事に、一切の動揺がないのも驚きだ。 ﹁ルビアナさん!﹂ ﹁は、はい﹂ ﹁乙女ゲームが何かとか、全然わかりませんけど転入生が思いこ みが激しい理由はわかりましたわ。でもとりあえずリサに任せてお 197 けば大丈夫ですわ。何も問題ありませんもの!﹂ ﹁そ、それはどういう?﹂ ﹁リサは人を味方につける天才ですもの。よっぽどの人ではない 限り、リサと一度話せば皆リサが大好きになりますもの﹂ 自信満々に答えられた。というか、乙女ゲームが何かとか全然わ からないのに話に入ってきたのか、シュア様はと驚く。 でもその言葉を言うのがなぜかはわかる。私も初対面なのに、リ サ様と一度じっくり話しただけでこの人の味方でいたいと自然に思 うようになっていた。人から警戒心を解くのが、リサ様はうまい。 人を味方につける天才で、一度話せば皆が好きになる。それも的 を得た評価だと思う。 ﹁リサはとっても綺麗で可愛くて、優しくて最高の私の親友です もの! リサが一度微笑めば︱︱︱﹂ ﹁それくらいにして、シュア。それよりそろそろパーティーに戻 った方がいいわ﹂ ﹁そうね。ルビアナさん! リサの前にその転入生を連れてくる のよ。そしたらどうとでもなるもの!﹂ ﹁はい﹂ シュア様の勢いのある言葉に、頷く。 そして私はそのまま、リサ様たちと一緒に会場へと戻るのであっ た。 それからリサ様と抜け出したということで、様々な人に一気に話 しかけられる事になる。そんなこんなで私の社交界デビューは終わ った。 198 40 社交界デビューが終わった次の日、私は前日のことを思い浮かべ て何とも言えない気持ちになっていた。 リサ様という存在に充てられて、熱に浮かされていたような気分 になっていたように思う。初めてこの生身で接したリサ様は強烈で、 それ故に、リサ様という存在に充てられた。散々聞いていたのに、 リサ様がどういう存在なのか。 それなのに一目見て、その人ときちんと会話をしてみればどうだ ろうか。本来なら初対面の人に話すことではないようなことまで私 は喋ってしまっていたように思える。 無条件に、この人は信頼できる。この人になら何を話したって大 丈夫。この人にならすべてを任せられる。この人は私の敵ではない。 ︱︱初対面なのに、はじめて会ったのにそんな思いになった。それ を昨日の私は疑わなかった。 今、翌日になってようやく少し冷静な自分が出てきて、あれほど までにすべてを語ってしまったこと、リサ様を心から信頼してしま っていた自分に不思議な気持ちになる。 リサ様は、優しい。人に敵意を感じさせない、寧ろ安心させるよ うな笑みを浮かべている。好感は持てる。リサ様のこと、好きだ。 リサ様の笑顔を曇らせたくないと思う。 だけど、同時にどこまでも穏やかで人を安心させるリサ様のこと を怖いとも思えた。 それは私が転生者で、少しは色々と経験しているからかもしれな い。私が転生者ではなくて、ただの十代の少女だったのならば、リ サ様という熱にあてられて、リサ様を崇拝し、リサ様に心を奪われ てしまったかもしれない。それだけの魅力が、リサ様にはあった。 あれだけ容易に人を味方につけられる人がいるのかと。一度微笑 むだけであれだけ人を安心させられる人がいるのかと。 199 ヴィーのいっていたやろうと思えば王位を狙えるというのは、決 して間違いではなく、本当のことなのだ。それだけの力がある。そ れだけの人脈がある。 やろうと思えば、人一人潰すことさえ簡単にできる。リサ様は、 そういう人だ。事実、私だってリサ様が悲しみ、嘆くのならば動か なければという気にさえなる。あの笑顔を曇らせたくない。ずっと 見ていたいとそう思ってしまう。 それは、本当、ちょっと怖い事実だ。 そのことを遊びに来ていたフィルに問いかければ︱︱︱夏休みは 忙しいはずなのに時々フィルは遊びに来る︱︱︱、笑って答えられ た。 ﹁まぁ、リサ様は王位を事実狙えるだろうけど、狙わない。あの 人はそういうものに興味がない。貴族でありながら上を目指してい ない。上を目指そうと思えば目指せるけれど、目指さない。だから こそ、リサ様はあれだけ慕われて、あれだけ好かれてるんだ﹂ 貴族に生まれながらも野心がない。それでいて人々に異様に好か れている人。王族からも信頼が厚いのは、リサ様が敵に回ることは ありえないという信頼があるからなのだろう。 そしてそういう人だからこそ、あれだけ慕われて、あれだけ愛さ れている。 ﹁私、リサ様と話してリサ様は無条件に信頼できると思ってしま ったの﹂ ﹁リサ様にはそういう力があるから仕方がない﹂ ﹁この人にならなんだっていっても平気って、多分こういう思い になるのは私だけではないでしょう。きっとリサ様は沢山の人の悩 みを聞いていると思う﹂ ﹁ああ、聞いているはずだ﹂ ﹁それでも、あの人は何も望まないって、そういう人本当にいる んだなって驚いて。あれだけ無意識に人の心をひきつけるなんて⋮﹂ ﹁いや、父上が言っていたけれど流石に無意識ではないらしいぞ﹂ 200 フィルがそう告げた。流石に無意識ではないと。 ﹁リサ様は昔から人を味方につけるような態度をおそらく意図的 にしている。いつも聖女のような笑みを浮かべて、それでいて人を 救うといっていた。最もリサ様が意図的にそうしていることは親し いものしか知らないらしいけれど。まぁ、最も知っていてもリサ様 は慕われているらしいから流石とは思うが﹂ ﹁そう、なの﹂ 意図的にあれだけ優しく、人を安心できる態度を作っているとい うのか。それはそれで凄いと関心する。だってやろうと思ってもあ れだけ人を味方につけるなんて普通に考えれば難しい事で、ありえ ないことだ。それなのに、それを簡単になしてしまうだなんて。 ﹁ああ、そしてその仮面は家族の前だけはがれるってもいってい たな﹂ ﹁家族の前だけ?﹂ ﹁ああ、家族の前だけリサ様は聖女のような笑みではなく、普通 の笑みを浮かべるらしい﹂ それを聞いた私は、リサ様も﹃人間﹄だとどこか安心してしまっ た。だって意図的にそういう状況を引き起こして、何が起こっても 同じなくて、そんな完璧すぎる人は本当に同じ人なのかと思ってし まうから。 でもそこまで考えてあの、リーラさんとシエルさんのお母様が、 あれだけ家族の暖かさに囲まれて育ったように見える二人のお母様 がそれだけ冷たい人のわけではないのだと実感する。 ﹁⋮⋮フィル、リサ様は一度アイルアさんとお話をしたいといっ てくれたの。そこにシュア様もやってきてリサ様ならどうにでもで きるって﹂ ﹁そうか。なら安心だな。リサ様なら何かしら良い影響をアイル アに与えるだろう﹂ フィルが信頼したように笑う。私はそれにリサ様が信頼できると 思う。だってフィルが信頼する人なのだから。 201 それだけで、私の中のリサ様を恐れる思いがなくなっていくのだ。 その後、アイルアさんとリサ様を会せる場を整えようということ で、話は終わった。 202 41 ﹁実践学習の班を発表する﹂ もうすぐ実践学習が行われる。それは一年生から三年生の混合の 班が組まれる。実践学習は初等部からあるものの、どんどん難しく なっていく。 高等部の実践学習は本当に実践を踏まえたうえでのものになる。 中等部のものとはくらべものにならない。 それも踏まえて、先輩が後輩をフォローしながら行うようになっ ているのだ。 乙女ゲームの中での実践演習はどうだっただろうか。正直記憶に ない。きちんとヴィーに聞いておかなければ。 社交界デビューの事もあって、あまりそちらに意識がいっていな かった。 乙女ゲームって大体、行事では何かが起こるものな気がする。と いうか、何かが起こらないと話が進まないからっていうのもあるだ ろうけれども。 ならば、何かが起こるはずなのだ。 班は大体、各学年二人ずつ。要するに六人が基本。人数が余った りする場合は、七人とかになるだろうけど大体そんな感じである。 私は実技は苦手とはいえ、一応Sクラスに入れるだけのぎりぎり の実力はあるから、私と組むもう一人の二年生はDクラスの生徒だ った。三年生と二年生はそれぞれ、あまりかかわりのない生徒たち。 大体班にSクラス一人は入るようにはなっている。 魔物が徘徊する森にわざわざ入る。これからの事も考えて、これ からこの世界で生きていくためにそういう経験は必要だから。 ずっと行ってきたことだ。だけど、不安だ。アイルアさんの事も 含めてどうなるのだろうっていう不安がある。 そういうわけで、フィルとヴィーと話し合いをすることになった。 203 本当に、こういう時相談できる相手がいるってだけで、どうしよ うもない幸福だと思う。誰にもアイルアさんの事を相談できずに、 一人で考えて、一人でどうにかしなければならなければ私はこんな 風に前向きでいられなかった。 だからこそ、本当に私と同じ転生者であるヴィーと、転生者では ないけれどもなんでも話せる信頼できる相手であるフィルという存 在が私の傍にいてくれることに本当に感謝したい。 ゲーム内のルビアナ・アルトガルには、そんな存在いなかった。 彼女の行動をとがめる人もいなかった。だからこそ、彼女は平民を 見下し、出来の良い弟と妹を嫌い、フィルを付きまとう事でフィル がどう思うかとかも考えていなかった。 そういう風に生きていたのだと思う。そういう貴族の令嬢は確か にいるのだから。 ﹁ヴィー、実践演習でのイベントはあった?﹂ ﹁ありますね。むしろこんなイベントが起きて当然ともいえる行 事でないはずがないでしょう!﹂ 自信満々に言い切った。本当、ヴィーがいてくれてよかった。私 は転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていたとしても正しい 知識はそこまで持っているわけではなかったのだから。 ヴィーっていう、この世界に詳しくて、相談に乗ってくれる存在 がいたことは本当に私にとっての幸福だった。 ﹁どんなイベントだ?﹂ ﹁会長、それはですね、ヒロインの選択肢によって変わるのです よ﹂ ﹁変わる?﹂ ﹁はい。ヒロインの選択肢によって、何が起こるかは変わります。 現実は物語の世界といろいろ違っているため、どう作用するかわか りません。ただイベントとして一番確率が高いのは、強大な魔物が 立ちふさがることです﹂ ヴィーの言葉に、フィルはどういうことかと問いかけるようにヴ 204 ィーを見た。 ﹁⋮⋮ヒロインのピンチに駆けつけた生徒会なりのそういう相手 がその魔物を葬るのです。ですから、会長たちの実力ならば倒せる レベルの、だけれども強大な魔物ということです。その物語ないで は人死にはありませんでしたけど、正直現実ではどういう影響があ るかわかりません﹂ はっきりとヴィーは言った。難しい顔をしている。魔物か、と私 は思う。 今までの実践演習で対峙したことがあるけれども、とても怖かっ た。一応私もSクラスの末席に加えられるほどの実技の成績を保持 しているのもあって、その辺にいる魔物なら対処できる。 でも対処できるからといって怖くないというわけではない。 前世の記憶があるから、というのもあるだろうが、私はやっぱり 少し恐ろしいと思ってしまう。魔物なんて存在しなかった世界を知 っているから、そういうものと対峙することは恐ろしい。でも、恐 ろしいからといってそれから目を背けることはしたくなかった。 それが、貴族としての義務なのだから。 私はアルトガル伯爵家の娘として生まれ、貴族としての恩恵をう けて生きているのだから。 ﹁そうか。その物語の中で人が死なないからといって、現実では なるかわからないってことか。見回りを強化するように教師陣にか けあうとしよう。そしてアイルアと同じ班のメンバーには事前に説 明をすること、アイルアに対しての監視の意味も含めて警戒をして いくことにはしよう﹂ フィルは基本的にどんな時でも冷静な気がする。 本当に不思議だけれども、フィルがそうやって冷静に取り乱すこ とがなく存在しているというそれだけで、安心する。それだけです べてがうまくいくようなそんな気にさえなる。 ただの思い込みだってはわかっているけれども、本当にそうなの だ。やっぱり、フィルって凄い。 205 フィルがいてくれてよかった。フィルがいるから、私はこうして 頑張ろうとできる。 ﹁⋮⋮それなら大丈夫よね?﹂ ﹁そんな不安そうな顔をするな。ルビアナが心配するようなこと は俺が起こさせない﹂ フィルがそうやって不敵に笑う。 ﹁私も何か起こらないように全力を尽くしますよ。だから安心し てください。ルビ先輩﹂ ヴィーがそういって自信満々に笑う。 そんな二人の言葉に私はうなずくけれども、それでもやっぱり不 安な心は消えてはくれなかった。漠然とした不安が、ずっと私の心 にとどまっていた。 206 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n2026bm/ 転生少女は自由に生きる。 2015年4月16日00時04分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 207
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