特許第3522415号

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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】 鋼管柱の補強構造において、地震等の大
きな外力を受けた時に局部座屈が発生する鋼管柱の部位
に対して、該鋼管柱の外径より大きい内径を有する補強
鋼管を、該鋼管柱の外周に対して硬化材を充填せずに所
定の間隔を設けて設置してなる鋼管柱の補強構造。
【請求項2】 前記所定の間隔内に、腐食防止、異物混
入防止のための流動性材料又は圧縮性材料を充填してな
る請求項1に記載の鋼管柱の補強構造。
【発明の詳細な説明】
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【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は鋼管柱の補強構造に
係り、より詳しくは、円形鋼管を柱部材として使用する
橋脚、鉄塔、建築物等の構造物において、地震等の外力
が作用した際に、柱部材の大きな応力が発生する部位を
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局部的に補強することにより、変形性能を飛躍的に向上
させる経済的、合理的な鋼管柱の補強構造に関する。
【0002】
【従来の技術】一般的に、軸圧縮力を受けている鋼管柱
に、設計外力を上回る地震力などによる曲げモーメント
が作用した時、圧縮側の縁応力が材料の降伏点を越える
最弱の断面位置において管軸方向に半波の凸状の局部座
屈40が生じることがある(図10(a)参照)。この
ような局部座屈は、曲げモーメントが解除されても完全
に元の状態に復帰せずに変形が残る。この状態で次に曲
げモーメントが前記と逆の方向に作用した場合には、先
に座屈が生じた断面の反対側に同様の局部座屈が生じ
る。更に、曲げモーメントが正負交番で作用した時に
は、それぞれの凸状の座屈変形モードが円周方向に進展
し、やがて双方の座屈モードが融合して鋼管断面を周回
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するいわゆる堤灯座屈50となる(図10(b)参
照)。この過程において鋼管柱の耐荷力は、局部座屈が
発生するまでは上昇を辿り、局部座屈の発生とほぼ同時
に最大値を示し、以降は座屈変形の成長に伴ない耐荷力
は低下していく。先の阪神大震災(1995.1.1
7)においても鋼管橋脚の柱基部の根巻きコンクリート
直上や、柱中間の板厚変化部、マンホール部等部材の最
弱の断面位置に凸状の局部座屈、あるいは、堤灯座屈が
生じた。
【0003】鋼管柱の耐震性能を向上させる補強構造を
考える上では、前述の局部座屈あるいは堤灯座屈の発生
をいかに抑制するかが重要事項となる。従来、局部座屈
の発生を防止する補強構造としては、鋼管の内部にコン
クリートを充填する構造(前者)が知られている。ま
た、鋼管の外面をコンクリートや鋼板で巻きたてる構造
(後者)及び特開平6−167073号公報に開示され
ているように、鋼管柱の外面と該鋼管柱の外径より大き
な内径を有する補強鋼の内面との間にモルタル又はコン
クリート等の硬化材を充填する補強構造(後者)も知ら
れている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、前者の
補強構造においては、鋼管柱の耐荷力を向上させるため
鋼管柱の強度を高めることはできるものの、逆に基礎に
対して大きな作用力となるため基礎やアンカーボルト等
の弱い部分に対して負担をかけ、弱い部分における破壊
を招来させる危険性がある。また、後者の補強構造にお
いては、いずれも耐荷力の上昇による問題、ならびに設
計外力を上回る地震力が作用した時に、補強部直近の無
補強部、或いは、予期しない部位に局部座屈が生起する
ため、補強効果が期待される程得られないという問題を
有する。
【0005】本発明は、叙上の問題点に鑑みて創出され
たものであり、その目的とするところは、局部座屈が発
生する鋼管柱の部位に対して、鋼管柱の外径より大きい
内径を有する補強鋼管を、該鋼管柱の外周に対して所定
の間隔を設けて設置することにより、地震等の大きな外
力を受けたときに、鋼管柱本体の耐荷力を上昇させるこ
となく、変形性能のみを向上させて、基礎やアンカーボ
ルトの補強を必要最小限とすることができる経済的且つ
合理的な補強構造を提供することである。
【0006】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するため
に、本発明は、鋼管柱の補強構造において、地震等の大
きな外力を受けた時に、局部座屈が発生する鋼管柱の部
位に対して、該鋼管柱の外径より大きい内径を有する補
強鋼管を、該鋼管柱の外周に対して硬化材を充填せずに
所定の間隔を設けて設置したことを特徴とするものであ
る。また、上記鋼管柱の補強構造において、該所定の間
隔に、腐食防止、異物混入防止のための、流動性材料ま
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たは圧縮性材料を充填することを特徴とするものであ
る。
【0007】次に、本発明の作用について説明する。
今、大地震が発生して、大きな外力が補強構造に加えら
れると、鋼管柱に座屈が発生する。該座屈はある程度変
形し、鋼管柱の座屈部の外面が、補強鋼管の内面に接触
するまでは補強鋼管には力の伝達は無く、鋼管柱が単独
の挙動を示す。そして、鋼管柱の座屈変形が進行し、座
屈部の外面が、補強鋼管に接触した後は、該補強鋼管が
座屈変形を拘束する。そして、鋼管柱と補強鋼管との間
隔は、鋼管柱単独の最大耐荷力を示す時の座屈変形量と
一致するよう所定量を有して設計されているので、上記
座屈が補強鋼管と接触した後は、鋼管柱の耐荷力ならび
に剛性を上昇させることなく、変形性能のみを向上さ
せ、エネルギー吸収量を大きくすることが可能となる。
【0008】
【発明の実施の形態】図1は、本発明の鋼管柱の補強構
造の実施形態が適用される一般的な高架橋脚の概略構成
図であり、高架橋脚20は地面と接触する基礎21、該
基礎21に植設された橋脚22、橋脚22の上部に設置
された橋梁上部工23よりなる。基礎21はフーチング
24と、該フーチング24の下部に複数本植設された杭
25と、該フーチング24内に埋設されたベースプレー
ト26と、橋脚22を定着させるためのアンカーボルト
27より構成される。基礎21の根巻き部28直上の橋
脚基部30近傍や、橋脚22の板厚変化部31及びマン
ホール32等の弱点部は、大地震時には応力の局部集中
が起り、局部座屈が発生する可能性がある。本発明は、
大地震時において、局部座屈あるいは堤灯座屈の発生が
懸念される部分について補強を行ない、上記座屈をいか
に抑制するかを基本思想としている。そのために、本発
明は、鋼管柱の補強構造において、局部座屈が発生する
部位に対して鋼管柱の外径より大きい内径を有する補強
鋼管を、該鋼管柱の外周に対して硬化材を充填せずに所
定の間隔を設けて設置することにより、地震等の大きな
外力を受けたときに、鋼管柱本体の耐荷力を上昇させる
ことなく、変形性能のみを向上させて補強を図ろうとし
ている。ここで「変形性能」とは、大きな変位が起って
も耐荷力が損なわれずエネルギー吸収量が増加する性能
のことをいう。図2は本発明の実施形態を示す鋼管柱の
補強構造の概要を説明するための図であり、図2(a)
は鋼管柱の補強構造の斜視図であり、図2(b)は図2
(a)のA−A線にて切断した断面図である。図におい
て、地震等の大きな外力を受けた時に、局部座屈が発生
する鋼管柱1の部位には、該鋼管柱1の外径より大きい
内径を有する補強鋼管2が、該鋼管柱1の外周に対して
所定の間隔3を保持して設置されている。上記間隔3は
鋼管柱1の外径、肉厚等により定まるものであるが、間
隔3が小さすぎて補強構造の耐荷力が最大となる以前に
補強鋼管2の内面が鋼管柱1の座屈変形部と接触してし
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まい座屈変形を拘束すると、鋼管柱の耐荷力が上昇する
ことになる。従って、上述した局部座屈の発生を所定の
変形量まで許容するように上記間隔3はある程度大きく
して耐荷力ならびに剛性の上昇を抑制するようにしてい
る。そして、上記間隔3の大きさは、鋼管柱単独の最大
耐荷力を示すときの座屈変形量と一致させることによ
り、上記座屈が補強鋼管に接触した後は、鋼管柱1の耐
荷力ならびに剛性を上昇させることなく、変形性能のみ
を向上させることができるのである。
【0009】図3は、補強鋼管を鋼管柱に取付けるため
の第1実施例を示したものであり、図3(a)はその斜
視図、図3(b)はその一部欠截断面図である。図にお
いて、鋼管柱1の外周面には複数個の鋼材からなるL字
金具4が同一平面内に溶着されており、補強鋼管2は鋼
管柱1と所定間隔3を維持しつつ上記L字金具4に支持
されている。
【0010】図4は補強鋼管を鋼管柱に取付けるための
第2実施例を示したものであり、図4(a)はその斜視
図、図4(b)はその一部欠截断面図である。図におい
て、鋼管柱1の外周と補強鋼管2の内周との間の間隔3
には、両側から複数個のゴム製楔5が打ち込まれ挟持さ
れている。そして、補強鋼管2は、楔5自体の弾性力
と、鋼管柱1の外周面及び補強鋼管2の内周面と楔5と
の間の摩擦力とにより自重が支えられ、所定の間隔3を
維持しつつ鋼管柱1に取付けられている。鋼管柱1と補
強鋼管2との取付けに関し、2つの実施例について説明
したが、鋼管柱1に発生する局部座屈に支障がない限り
他の取付け手段を採用することができることは勿論のこ
とである。
【0011】本発明は、既設構造物の補強はもとより、
新設の構造物にも勿論適用することができる。そして、
本発明を既設構造物に適用する場合、補強構造は、2つ
以上に分割された円弧状の鋼板を現場にて溶接接合によ
り円形に形成することができる。新設の場合には、前述
の方法、あるいは製作工場において予め円形に成形した
補強鋼管を本体に取付けることにより補強構造とするこ
とができる。また、既設構造物あるいは新設構造物にお
いて、耐荷力に余裕がある場合には、鋼管柱と補強鋼管
との間隔3は上述したものより多少小さくしたものを適
用することができる。また、上記間隔3内には、腐食防
止、異物混入防止のために流動性材料や圧縮性材料を充
填することもできる。そして、補強鋼管の板厚、軸方向
長さ、などは、鋼管柱本体の板厚、強度及び座屈の発生
しやすい場所の軸方向長さなどを考慮して決定する。
【0012】次に、本実施形態の作用について説明す
る。今、大地震が発生して、大きな外力が補強構造に加
えられると、鋼管柱1に座屈が発生する。該座屈はある
程度変形し、鋼管柱の座屈部の外面が、変形の補強鋼管
2の内面に接触するまでは補強鋼管2には力の伝達は無
く、鋼管柱1は単独の挙動を示す。そして、鋼管柱1の
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座屈変形が進行し、補強鋼管2に接触した後は、該補強
鋼管2が座屈変形を拘束する。そして、鋼管柱1と補強
鋼管2との間隔3は、鋼管柱1単独の最大耐荷力を示す
時の座屈変形量と一致するよう所定量有して設計されて
いるので、上記座屈が補強鋼管に接触した後は、鋼管柱
1の耐荷力ならびに剛性を上昇させることなく、変形性
能のみを向上させ、エネルギー吸収量を大きくすること
が可能となる。
【0013】次に、地震力を想定した高架橋の橋脚への
加力実験結果を挙げる。供試体は高架橋の橋脚を想定
し、1/3程度に縮小した円形鋼管の片持ち柱とする。
図5に示される供試体は補強を施こさない鋼管柱本体の
みの供試体 No.1であり、補強効果を確認するための基
準となるものである。図6に示される供試体は補強鋼管
を設置した供試体 No.2であり、大きさ、形状、材質と
も供試体1と同一である。また、補強鋼管の高さは60
0mm、板厚はt9、供試体 No.2と補強鋼管との間隔は
10mmとした。載荷条件としては、一定の鉛直軸力を負
荷した状態を保持しつつ、柱頂部に地震荷重に相当する
水平力を繰返して漸増しつつ作用させる。供試体に対す
る載荷の方向は図5に示されている。実験結果として、
柱頂部における水平荷重と水平変位量の載荷履歴曲線を
図7(供試体 No.1)、及び、図8(供試体 No.2)に
示す。また、水平荷重と水平変位関係の包絡線を供試体
No.1、及び供試体 No.2ごとに、図9に示す。
【0014】実験結果から、図8と図7を比較すると、
補強を施こした供試体 No.2(図8参照)は、補強を施
こさない供試体 No.1(図7参照)と同様に最大耐荷力
までは略同一の軌跡を描いているが、最大耐荷力以降は
供試体2は供試体 No.1に比べて1ループ毎の劣化が小
さく水平変位も伸びている。このことから、供試体 No.
2は供試体 No.1に比べて最大耐荷力以降は変形性能が
格段に向上してエネルギー吸収量が増加しており、所期
の目的を達成することが判った。このことは、図9に示
される包絡線の状態からも言えることである。
【0015】
【発明の効果】以上述べたように、本発明は、地震等の
大きな外力を受けた時に、局部座屈が発生する鋼管柱の
部位に対して、該鋼管柱の外径より大きい内径を有する
補強鋼管を該鋼管柱の外周に対して所定の間隔を設けて
設置したので、大地震が発生して鋼管柱に大きな外力が
加えられると、鋼管柱に座屈が発生し、該座屈が補強鋼
管の内面に接触するまでは補強鋼管に力の伝達はない
が、座屈が補強鋼管に接触した後は、該補強鋼管が座屈
の変形を拘束する。そして、上記間隔は鋼管柱単独の最
大耐荷力を示す時の座屈変形量と一致するよう所定量を
有しているので、上記座屈が補強鋼管に接触した後は、
鋼管柱の耐荷力ならびに剛性を上昇させることなく変形
性能のみを向上させ、エネルギー吸収量を大きくするこ
とが可能であり、従って、基礎やアンカーボルト等の補
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強を最小限に止めることができるため、経済的且つ合理
* 図6(a)はその正面図、図6(b)は図6(a)のB
的である。
−B線にて切断した断面図である。
【図面の簡単な説明】
【図7】供試体 No.1の柱頂部における水平荷重と水平
【図1】本発明の鋼管柱の補強構造の実施形態が適用さ
変位関係の載荷履歴曲線を示す図である。
れる一般的な高架橋脚の概略構成図である。
【図8】供試体 No.2の柱頂部における水平荷重と水平
【図2】本発明の実施形態を示す鋼管柱の補強構造の概
変位関係の載荷履歴曲線を示す図である。
要を説明するための図であり、図2(a)は鋼管柱の補
【図9】供試体 No.1と供試体 No.2の水平荷重と水平
強構造の斜視図であり、図2(b)は図2(a)のA−
変位関係の包絡線を示す図である。
A線にて切断した断面図である。
【図10】鋼管柱に生じる局部座屈の例を示した斜視図
【図3】補強鋼管を鋼管柱に取付けるための第1実施例 10 であり、図10(a)は半波の凸状の局部座屈を示す斜
を示したものであり、図3(a)はその斜視図、図3
視図であり、図10(b)は堤灯座屈を示す斜視図であ
(b)はその一部欠截断面図である。
る。
【図4】補強鋼管を鋼管柱に取付けるための第2実施例
【符号の説明】
を示したものであり、図4(a)はその斜視図、図4
1…鋼管柱
(b)はその一部欠截断面図である。
2…補強鋼管
【図5】補強を施こさない供試体 No.1を示す正面図で
3…間隔
ある。
4…L字金具
【図6】補強を施こした供試体 No.2を示す図であり、*
5…ゴム製楔
【図1】
【図2】
【図4】
【図3】
(5)
【図5】
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【図6】
【図9】
【図8】
【図7】
【図10】
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フロントページの続き
(72)発明者
(72)発明者
安波 博道
千葉県富津市新富20−1 新日本製鐵株
式会社 技術開発本部内
寺田 昌弘
千葉県富津市新富20−1 新日本製鐵株
式会社 技術開発本部内
(6)
(56)参考文献
特開 平6−167073(JP,A)
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(58)調査した分野(Int.Cl. ,DB名)
E01D 21/00
E01D 19/02
E04G 23/02
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