3-1-4 大学の授業を活用した外国人児童向け社会科教材の開発 寺本潔

3-1-4
大 学の 授 業を 活 用し た 外国 人 児童 向け 社 会 科教 材 の開 発
寺 本潔 ( 社会 科 教育 講 座)
( 1 ) はじ め に
愛 知県 は 外国 人 児童 集住 県 とし て 近年 、地 域社 会の み なら ず 教育 界に お いて
も注 目を 集 めて い る。 外国 人 の中 で も日 系ブ ラジ ル人 子 女に お いて は、 両 親が
自動 車関 連 工場 で 勤務 する た めに 来 日し 、本 県の 製造 業 振興 に も寄 与し て いる
面が あり 、 産業 に 組み 込ま れ た教 育 課題 とな りつ つあ る 。地 域 社会 での 異 文化
接触 、町 内 会行 事 への 参加 を めぐ る さま ざま な齟 齬、 ゴ ミだ し マナ ーや 青 少年
の非 行な ど 多く の 社会 問題 が 次第 に 顕著 にな りつ つあ る 。学 校 教育 にお け る授
業運 営に お いて も しか りで あ る。 ブ ラジ ル人 児童 に対 す る日 本 語指 導が 加 配教
員に より 、 組織 的 に実 施さ れ てい る 学校 に比 べ、 子女 が 少人 数 しか 在籍 し てい
ない 学校 の 支援 体 制に は未 だ 教材 不 足や 指導 者不 足が 横 たわ っ てい る。 外 国人
の就 学児 童 生徒 数 は現 在、全国 1 位の 数( 愛 知県 総数
765 名
小学 校 2793 名、中 学校
2005 年 9 月現 在) に 及ん で いる 。日 本語 指導 は 日本 に 外国 人が 定 着す
る上 で不 可 欠の 教 育で はあ る が、 同 時に 算数 や理 科、 社 会な ど の教 科学 習 にお
いて も適 切 な発 達 段階 にお い て学 習 しな けれ ばな らず 、 その 習 得に は問 題 が多
く残 され て いる 。 とり わけ 、 中学 に おけ る問 題が 顕在 化 しつ つ ある 。中 学 校の
学習 につ い てい け ない ため 、 学習 意 欲が 減退 し無 断欠 席 に陥 り 、両 親共 稼 ぎの
ため 放任 状 態に な って いる ケ ース も ある とい う。 つま り 、小 学 校段 階か ら の基
礎学 力の 支 えが 何 とし ても 必 要で あ るこ とを 示唆 して い るの で ある 。
本 稿で は 、さ さ やか な試 み では あ るが 筆者 が大 学の 授 業を 生 かし て取 り 組ん
だ社 会科 教 材開 発 を軸 に、 外 国人 児 童向 けの 教材 開発 に かか わ る様 々な 問 題点
を整 理し て みた い 。
( 2 ) 教材 開 発に 先 立つ 資 料収 集 と実 態 把握
沖 縄 ア メラ ジ アン ス クー ル の見 学
平 成 17 年 度 現代 GP 経費 を 活用 し 、沖 縄県 宜野 湾市 に 建設 さ れた アメ ジ アン
(在 日米 軍 基地 で 働く 米国 人 と日 本 人妻 の間 に誕 生し た ハー フ )た ちが 通 学す
る学 校を 取 材し た 。ダ ブル の 教育 を 目指 すと いう 設立 の 趣旨 を 活か して 、 日米
両国 の教 育 内容 が 小さ な校 舎 (市 公 民館 を間 借り する 形 )の 中 で熱 心に 実 施さ
れて いた 。 教職 員 も日 本人 だ けで な く米 国人 も在 籍し 、 日本 語 、米 語の 両 方が
教室 内で 飛 び交 っ てい た。教材 に 関し て も文 部科 学省 検 定の 教 科書 はも ち ろん 、
市販 のド リ ルや 図 鑑類 、米 国 で使 用 され てい る教 材キ ッ トも 散 見さ れ、 コ ンピ
ュー タに お いて は 最新 の機 種が 20 台 程 度設 置さ れて い た。これ ら の運 営は 保 護
者か ら集 め た学 費 はも ちろ ん 、多 額 の寄 付が 米国 人の 関 係者 か らも たら さ れて
おり 、あ る 程度 の 教育 水準 を 維持 す る経 費と して 活用 さ れて い るよ うに 感 じら
れた 。し か し、 体 育館 やプ ー ル、 給 食室 など の施 設を は じめ 、 理科 実験 室 、家
庭科 調理 室 、音 楽 室な どの 特 別教 室 は確 保さ れて おら ず 、制 約 も多 い。 近 隣の
公共 体育 館 や運 動 場を 借り て 教育 に あた って いる とい う 。ア メ ラジ アン ス クー
ルの カリ キ ュラ ム や教 材は 取 り立 て て外 国人 子女 向け と いう よ り、 日米 両 国で
使用 され て いる 一 般の 教材 と 同じ で あり 、そ うい う意 味 でも ダ ブル の文 化 を子
ども に継 承 させ た いと いう 設 立趣 旨 が守 られ てい るよ う に感 じ られ た。
知 立 東 小学 校 の日 本 語授 業 参観
平 成 18 年 5 月に は 県内 の小 学 校を 見 学し た。知立 東小 学 校は 知 立市 昭和 に 位
置す る公 営 団地 が 数十 棟建 ち 並ぶ エ リア を学 区に 持っ て おり 、 その 集合 住 宅に
居住 する 外 国人 児 童が 多い 学 校と し て有 名で ある 。全 校 児童 の 実に 3割 ( 平成
18 年 4月 現在 119 名 )が 外国 人 児童 で 占め ら れ、日常 の授 業 を円 滑 に進 める た
めに 日々 教 職員 が 苦労 され て いた 。 とり わけ 習慣 の異 な る日 系 ブラ ジル 人 児童
の場 合、 家 庭に お ける 教育 が 日本 人 家庭 に比 べ、 あま り 熱心 で ない ケー ス も見
られ るた め 、か な りの 個人 差 が生 ま れて いる 。日 本語 を 単語 で 覚え るだ け でな
く、 ある 文 脈の 中 で理 解し 使 用で き るま でに 達す るこ と こそ 重 要で あり 、 その
ために教師は様々な教材の開発と指導の工夫を施していた。「これは何です
か? 」「 こ れは 犬 です 。」 と いう 応 答さ えも 満足 にで き ない 児 童に 実に 丁 寧な
指導 がな さ れて い た。 日本 語 指導 の 特色 とし て外 国人 子 女に 有 能感 を抱 か せる
指導 が徹 底 され て いる よう に 思わ れ た。 児童 が発 した 単 語を 正 し、 簡単 な 言葉
当て ゲー ム やパ ズ ル、 会話 な どを 課 し、 常に 小さ な成 功 ステ ッ プを 用意 し なが
ら進 めら れ てい た 。し かし 、 同じ ク ラス の中 にい ろい ろ な日 本 語能 力の 児 童が
在籍 して い るた め 、初 期の 子 ども に かか りき りに なる と 学年 が 上の 子に は どう
して も自 習 をさ せ てし まう こ とに な った りす る問 題点 も 残さ れ てい る。さら に、
教員 を悩 ま せる の は外 国人 児 童の 出 入り の激 しさ であ る 。一 時 帰国 して 戻 って
くる 例も あ り、 ポ ルト ガル 語 も日 本 語も 中途 半端 にな っ てし ま いが ちに な る。
ネッ クに な るの が 日本 語指 導 であ ろ う。 ポル トガ ル語 や スペ イ ン語 がで き る教
員も 限ら れ てい る ため 、学 習 支援 の NPO や本 学な どで 開 設し て いる 日本 語 指導
教室 など の 努力 が 不可 欠な の であ る 。
やさ しい 日 本語 で 書か れた 教 材は 、 種類 とし ては 日本 語 や算 数 の文 章題 が 中
心で 、理 科 や社 会 など 内容 教 科に 関 する 教材 整備 は充 分 では な いよ うに 感 じら
れた 。理 科 や社 会 とい った 教 材内 容 その もの に教 科の 特 色が あ る教 科に 関 して
はい かに 教 科独 自 の内 容を 取 入れ か 、い かに 分か りや す く提 示 でき るい か にか
かっ てい る 。と り わけ 、社 会 科に 関 して は地 元の 社会 事 象そ の もの が教 材 とし
て活 用し な けれ ば なら ない た め、 積 極的 に外 国人 子女 に 対す る 教材 整備 を 図っ
てい く必 要 があ る。例え ば、小学 校 4学 年 に 入っ てい る「 健 康で 安全 な 暮ら し」
の単 元の 「 ごみ の 処理 」の 内 容は 知 立市 のゴ ミ処 理方 法 や公 共 の仕 事と し ての
廃棄 物処 理 など を 丁寧 に教 え る必 要 があ る。 こう いっ た 生活 様 式に 関す る 学習
内容 は母 国 であ る ブラ ジル と 大き く 異な る場 合が ある か らで あ る。 災害 や 防犯
など の学 習 内容 に 関し ては 生 命に か かわ るた め極 めて 重 要で あ る。 外国 人 にと
って は避 難 所や 津 波な どの 用 語さ え も理 解で きな いと い う。 「 みん なで 逃 げる
とこ ろ」 や 「波 が 襲っ てく る こと 」 など の優 しい 日本 語 に読 み 替え て学 習 教材
を作 成す る など の 工夫 が望 ま れる わ けで ある 。
( 3 ) 大学 の 授業 を 活用 し た教 材 開発
授 業 の 流れ
4 年生 開 講の 「 総合 演習 Ⅱ 」を 活 用し なが ら、 受講 生 を指 導 し、 1人 1 単元
の社 会科 教 材( ワー クシ ー ト)を 作 成さ せ た 。具体 的 には 15 回の 授 業時 間 を3
等分 し、 前 半は 外 国人 児童 の 問題 や 日本 語能 力に 関す る 寺本 か ら提 示し た 資料
に基 づく 講 義、 中 盤は 横浜 市 にあ る 移民 資料 館か ら筆 者 が借 り た日 系移 民 の紙
芝居 の活 用 、そ し て後 半 は NHK「 ハ ルと ナツ 」の 視聴 な どを 介 した 移民 理 解、
日本 の社 会 科教 科 書を 活用 し たワ ー クシ ート の試 作を 演 習的 に 実施 した 。 主に
使用 した テ キス ト は『 地球 の うら か らこ んに ちは ―ブ ラ ジル 人 児童 と日 本 人児
童の ため の 異文 化 理解 ハン ド ブッ ク ―』愛知 教育 大学 出 版会(80 ペー ジ)で あ
る。
南 米移 民 を描 い た「 ハル と ナツ 」 に関 して は以 下の よ うな 学 生の 視聴 の 感想
が得 られ た 。
(感 想1 )
「ハ ルと ナ ツ」 を 視聴 して 戦 前、 戦 中、 戦後 を必 死に 生 きて き た南 米移 民 の苦
労を 垣間 見 るこ と がで きた 。 農作 物 を作 るに して も天 候 や害 虫 によ って 全 滅さ
せら れる な ど、 大 変な 苦労 が あっ た こと 、農 作物 を作 っ ても 日 本に 帰国 す る程
の金 額も た まら な かっ たこ と がわ か った 。ま た日 本人 の 中で も 「勝 ち組 」 「負
け組 」の 差 がつ い てし まっ た こと も 影で ある と思 う。 ド ラマ の 中で はハ ル の結
婚に よっ て 壁が 徐 々に なく な って い った が、 きっ と現 実 はも っ と複 雑だ っ たと
思う 。ハ ル の息 子 がブ ラジ ル 人の 女 性と 結婚 する とき に 「外 国 に生 きて い るか
ら日 本人 と いう こ とを 大事 に した い 」と ハル が言 って い たが 、 この セリ フ の中
に異 郷で 暮 す人 々 の心 の拠 り 所や ア イデ ンテ ィテ ィを 保 持す る こと の重 要 性を
感じ た。 日 本人 で ある こと 、 家族 で 助け 合っ て生 きる こ とが 何 より も大 切 であ
った こと が 、ハ ル のセ リフ の 中に こ めら れて いた と思 う 。こ の アイ デン テ ィテ
ィの 重要 性 は現 在 、日 本で 暮 らす 外 国人 にと って も重 要 であ る と思 う。 こ のビ
デオ を視 聴 して 自 分が 教師 に なっ た とき 、ク ラス にい る 外国 人 の子 ども の アイ
デン ティ テ ィ形 成 に配 慮し て いか な けれ ばな らな いと 感 じた 。( 本 学4 年女 子)
(感 想2 )
今回 の第 5 話を 見 ただ けで は ブラ ジ ル移 民の 光の 部分 し か分 か らな かっ た 。し
かし これ ま で学 習 して きた こ とを 含 めて 推察 して みる と ブラ ジ ルへ 移民 し た人
々は 相当 な 苦労 を した と想 像 でき る 。第 二次 世界 大戦 中 は日 本 人は 迫害 さ れて
いた であ ろ うし 、 農園 の経 営 にし て も簡 単に うま くい く わけ も なか った で あろ
う。 そん な 苦し い 生活 を強 い られ て いた 移民 の人 々は 子 ども や 孫の 成長 な どの
家族 同士 や 同郷 の 日本 人同 士 の心 の 触れ 合い や関 わり を 楽し み にし て生 活 して
いた のだ ろ う。 日 本に おい て は家 族 間の つな がり が希 薄 化し て いっ たが 、 ブラ
ジル へ移 民 して い った 日本 人 たち は より 強固 な家 族関 係 を築 い てい った よ うに
思う 。さ ほ ど豊 か な暮 らし が でき ず に経 済的 に苦 労し た とい う 点が ブラ ジ ル移
民の 影の 側 面で よ り日 本人 ら しさ を 追求 し、 日本 人同 士 の心 の つな がり を 強固
にし てさ さ やか な 喜び を共 感 でき る 心が 身に 付い たの が 光の 側 面で ある よ うに
思う 。( 本 学4 年 男子 )
社 会 科 ワー ク シー ト
一 方、 「 総合 演 習」 の成 果 とし て 社会 科ワ ーク シー ト (1 人 A4 数枚 ) が開
発で きた 。 寺本 が 著者 の一 人 とし て 執筆 して いる 大阪 書 籍版 小 学校 社会 科 教科
書( 小3 − 6年 セ ット )を 受 講生 分 配布 し、 小学 校社 会 科単 元 を研 究さ せ 、そ
の中 から 自 分が 作 成し たい ワ ーク シ ート の単 元を 選択 さ せた 。 この 作業 は 同時
に指 導者 と して の 教科 書分 析 とい う 副産 物も もた らし 、 極め て 有効 な手 段 とな
った 。学 生 たち は 、教 科書 が どの よ うな 視点 や方 法で 作 成さ れ てい るこ と に気
づい てお ら ず、 教 科書 作成 側 の立 場 に立 って 教科 書を 見 つめ る 能力 が養 わ れた
よう に思 わ れる 。具 体的 に は地 域 教材 や国 土 の環 境、日本 の 歴史、国 連の 働き 、
日本 と世 界 の地 図 など をワ ー クシ ー トの 内容 とし て選 択 して い たが 、日 本 語能
力の 低さ と 日本 人 とし ては 当 然知 っ てい るは ずの 内容 を どの よ うに 教え た らい
いの かな ど を迷 い つつ 作成 し てい た よう であ る。 未だ 、 不十 分 な側 面も 多 々あ
るが 、作 成 した ワ ーク シー ト の内 容 一覧 を下 記に 示し た い。
(社 会科 ワ ーク シ ート :タ イ トル )
わた した ち の食 生 活と 食糧 生 産
おそ えて ? ちり ゅ う∼ てん こ うせ い のパ ウロ くん ∼
貴族 のく ら しを み てみ よう
日本 とブ ラ ジル に つい てし ら べて み よう
スー パー マ ーケ ッ トに 見学 に 行こ う
日本 とつ な がり の 深い 国々
日本 の国 土 と気 候 のよ うす
わた した ち の住 ん でい る県
私た ちの 生 活と 運 輸
くら しを 支 える 水
大切 な私 た ちの 地 球を 守ろ う
日本 の工 業 を知 ろ う!
日本 って ど んな 国 ?
世界 の平 和 と日 本 人の 役割
しな もの は どこ か ら
かじ って こ わい な ワー クシ ー ト
自動 車を つ くる
米作 りの は じま り と国 の統 一
みの まわ り の情 報
*紙 面の 都 合上 、 末尾 に1 作 品の み 掲載 する 。
( 4 ) 総合 演 習の 役 割と 成 果
「 総合 演 習」 の 設立 意図 を 考え る と、 現代 的な 教育 課 題に 関 する 学生 参 加、
具体 的な 教 材開 発 、教 育現 場 への 貢 献な ど多 角的 な側 面 から も 今回 の試 み は成
果が あが っ たの で はな いだ ろ うか 。 受講 生で ある 学生 に して も 外国 人子 女 の急
増は 製造 業 が盛 ん な本 県独 特 な社 会 事情 から 容易 に理 解 でき る こと であ り 、教
育課 題と し て認 知 され やす い 側面 を 持っ てい る。 自分 が 教壇 に 立っ た場 合 に外
国人 児童 が もし 教 室に いた ら どう す るか 、そ の能 力レ ベ ルの 差 をど う埋 め てい
くか 、社 会 科な ど の内 容教 科 の指 導 をど う効 果的 に進 め てい く か、 など の 課題
が浮 き彫 り にな っ たの では な いだ ろ うか 。
(参 考文 献 )
佐藤 郡衛 ・ 斎藤 ひ ろみ ・高 木 光太 郎 著『 小学 校 JSL カリ キュ ラ ム「 解説 」 』ス
リー エー ネ ット ワ ーク 、2005 年 、173 ペ ージ 。
佐藤 群衛 監修 JSL カリ キュ ラ ム研 究 会佐 藤ひ ろみ 著『 小 学校 JSL 社 会科 の 授業
作り 』ス リ ーエ ー ネッ トワ ー ク、 2005 年、 151 ペ ージ 。