韓国人日本語学習者の不満表明に関する一考察

韓国人日本語学習者の不満表明に関する一考察
−不 満 表 明 ストラテジーの場 面 別 使 用 傾 向 −
李
善姫
名古屋大学国際言語文化研究科大学院生
1.は じ め に
日 本 語 学 習 者 の 「 不 満 表 明 」 を 取 り 上 げ た 研 究 は ま だ 少 な い ( 初 鹿 野 他 1996,
朴 2000,李 2004)。そ の 中 で ,李( 2004)で は ,日 本 語 母 語 話 者 に 比 べ ,韓 国 人 学
習 者 の 方 が よ り FT 度 の 高 い ス ト ラ テ ジ ー を 用 い て い る , と の 結 果 を 得 て い る 。 し
か し , ど う い う 場 面 で 学 習 者 の FT 度 が 高 く な る の か に 対 す る 考 察 が 行 わ れ て い な
いため,学習者の不満表明の実態を把握しにくいことが考えられる。
そ こ で ,本 稿 で は 日 本 語 母 語 話 者 ,韓 国 語 母 語 話 者 ,韓 国 人 日 本 語 学 習 者 を 対 象
と し ,各 グ ル ー プ の 場 面 別 不 満 表 明 ス ト ラ テ ジ ー の 使 用 傾 向 を 比 較 す る こ と に よ り ,
韓国人日本語学習者の不満表明の実態を探ることを目的とする。
2.調 査 の 概 要
・ 被 験 者 : 日 本 語 母 語 話 者 ( 以 下 , JJ ) 40 名 , 韓 国 語 母 語 話 者 ( 以 下 , KK ) 40
名 , 上 級 レ ベ ル の 韓 国 人 日 本 語 学 習 者 80 名 ( JSL 40 名 , JFL 40 名 )
・ デ ー タ 収 集 法 : 談 話 完 成 テ ス ト ( 以 下 , DCT)
・ 調 査 時 期 と 場 所 : 2003 年 6 月 か ら 8 月 , 名 古 屋 と ソ ウ ル
3.デ ー タ の 分 析 方 法
本 稿 で は DCT に よ り 得 ら れ た デ ー タ を , Olshtain and Weinbach (1993) と
Laforest( 2002)に な ら い ,不 満 表 明 に お い て 相 手 の フ ェ イ ス を 脅 か す 度 合 い( the
degree of face-threat, 以 下 FT 度 ) か ら 不 満 表 明 ス ト ラ テ ジ ー を 分 類 し た 。 こ
こ で 用 い た ス ト ラ テ ジ ー は ,そ の 数 値 が 大 き く な る に つ れ ,FT 度 が 高 く な る と み
なす。
表 1
不満表明ストラテジーの分類
Str1
不満を表明しない
Str4
明示的な不満表明
Str7
警 告・脅 か し
Str2
遠まわしな不満表明
Str5
改善要求
Str8
非難
Str3
理由・説明の要求
Str6
代償要求
4.結 果 と 考 察
本稿では各グループの場面別不満表明ストラテジーの使用傾向を比較する際に,
藤 森 ( 1997) に な ら い , 場 面 を 大 き く 3 つ − 修 復 可 能 な 場 面 , 修 復 不 可 能 な 場 面 ,
交 渉 場 面 ( 1 ) − に 分 け て 考 察 を 行 う 。各 グ ル ー プ の 場 面 別 ス ト ラ テ ジ ー の 使 用 傾 向
6
は 異 な っ て い る が ,本 稿 で は 主 に JJ に 比 べ ,韓 国 人 日 本 語 学 習 者 の FT 度 が 高 く な
っている場面を取り上げ,考察を行う。
4.1
修 復 可 能 な 場 面 − 場 面 4「 授 業 」 と 場 面 7「 割 り 込 み 」 を 例 に −
場面4 授業の進み方が早い
図1にみるように,不満を言うことによっ
50
40
JJ
JSL
JFL
KK
30
20
10
て好ましくない状況がすぐ変えられる可能性
の高い場面では,すべてのグループで不満の
状 況 に 言 及 し た り ( Str4), ま た 相 手 に 不 満 の
0
1
2
3
4
5
ストラテジー
6
7
8
状況を変えてくれるよう改善を要求したり
図 1 場 面 4 の Str の 使 用 割 合 (%)
( Str5) す る と い う 点 が 共 通 し て い た 。
場面 7 若 い男性 の 割り込み
50
次 に ,修 復 可 能 な 場 面 と し て ,場 面 7「 割
JJ
JSL
JFL
KK
40
30
り 込 み 」を 取 り 上 げ る 。図 2 に み る よ う に ,
場面 7 では「ここ並んでいるんですけど」
20
10
の よ う な , Str2 「 遠 ま わ し な 不 満 表 明 」 と
0
1
2
3
4
5
6
7
ストラテジー
図 2 場 面 7 の Str の 使 用 割 合 (%)
8
以 下 の 例 の よ う な , Str8 「 非 難 」 の 使 用 率
にグループ間大きな差がみられた。
1)目 の 不 自 由 な 方 で す か 。 何 に も 見 え ま せ ん か 。
【 JFL38】
2)어 이 장 난 하 냐 ? 줄 서 있 는 거 안 보 여 ?
【 KK13】
(おい,ふざけるな。並んでいるのが見えないのか?)
実 際 , FT 度 か ら み た グ ル ー プ 間 ス ト ラ テ ジ ー の 使 用 に は 有 意 な 差 が み ら れ た
( F (3, 156)= 13.015, p <0.001)。 つ ま り , 場 面 7「 割 り 込 み 」 で は , JJ に 比 べ る
と , KK, JSL, JFL の 方 が よ り FT 度 の 高 い 言 い 方 を し て い る 。
4.2
修 復 不 可 能 な 場 面 − 場 面 2「 遅 刻 」 と 場 面 6「 CD の 損 傷 」 を 例 に −
表 2 は ,場 面 2「 遅 刻 」に お い て ,FT 度 か ら 各 グ ル ー プ の ス ト ラ テ ジ ー 使 用 を 比
表 2
FT 度 か ら の 比 較 ( # 2)
被験者グループ 平 均
較 し た も の で あ る 。こ こ で ,FT 度 か ら グ ル ー
標準偏差
プ間ストラテジーの使用を比較したところ,
JJ
5.03
2.20
グ ル ー プ 間 に 有 意 な 差 が み ら れ た( F (3,156)
JSL
6.28
2.05
= 7.379, p <0.001)。つ ま り ,JJ に 比 べ ,KK,
JFL
6.80
1.54
JSL, JFL の 方 が か な り FT 度 の 高 い 言 い 方 を
KK
6.63
1.58
しているといえる。
こ の 場 面 で ,JSL と JFL の 場 合 ,例 3),4)の よ う な ,Str8「 非 難 」の 使 用 率 (JJ:
7
15.94% JSL: 21.05% JFL: 24.24% KK: 16.67%)が か な り 高 く な っ て い る 。
3)も う ,お 前 と は 映 画 な ん か 見 な い 。絶 対 !
お 前 を 信 じ た 俺 が バ カ だ !【 JSL24】
4)も う ,だ め だ 。君 な ん て ま っ ぴ ら ご め ん だ 。
表 3
FT 度 か ら の 比 較 ( # 6)
被験者グループ 平 均
【 JFL40】
次 に ,場 面 6「 CD の 損 傷 」を 取 り 上 げ る 。
標準偏差
表 3 に み る よ う に ,FT 度 か ら グ ル ー プ 間 ス
JJ
3.28
2.14
ト ラ テ ジ ー 使 用 を 比 較 し た 結 果 , JJ と KK
JSL
3.60
2.19
と の 間 に は 有 意 な 差 が み ら れ た ( p <0.05)
JFL
4.28
2.29
が , JJ と JSL, JFL と の 間 に は 有 意 な 差 は
KK
4.85
2.23
みられなかった。
場 面 2「 遅 刻 」 と 場 面 6「 CD の 損 傷 」 の 場 合 , 修 復 不 可 能 な 場 面 で あ る こ と と ,
不 満 表 明 の 相 手 が 「 親 友 」 で あ る 点 で 共 通 し て い る 。 と こ ろ が ,「 遅 刻 」 に 対 す る
不 満 表 明 で は , JSL・ JFL の 場 合 , FT 度 の 高 い ス ト ラ テ ジ ー を 用 い て い る こ と が 分
か る 。Olshtain and Weinbach(1993:118-119)で は ,社 会 的 義 務( social obligation)
が は っ き り し て い る 場 合 の 不 満 表 明 に お い て ,学 習 者 は 礼 儀 な ど を 気 に せ ず に ,相
手 を 非 難 す る 傾 向 が あ る と 指 摘 し て い る 。今 回 の 調 査 に お い て も ,同 様 の こ と が い
え る 。 つ ま り , JSL と JFL の 場 合 , 前 に 述 べ た 場 面 7「 割 り 込 み 」 や 場 面 2「 遅 刻 」
の よ う な ,社 会 的 な 義 務 が 明 確 な 場 合 は 相 手 に 対 す る 儀 礼 な ど を 気 に せ ず ,相 手 を
非 難 す る 傾 向 が あ り ,そ れ が FT 度 か ら み た ス ト ラ テ ジ ー 選 択 に お い て JJ と の 間 に
大きな差を生み出しているのではないだろうか。
4.3
交 渉 場 面 − 場 面 1「 水 道 料 金 の 値 上 げ 」 と 場 面 8「 成 績 」 を 例 に −
ま ず , 交 渉 場 面 と し て 場 面 1 「 水 道 料 金 の 値 上 げ 」 を 取 り 上 げ る 。 JJ の 場 合 ,
例 5) の よ う な , Str3「 理 由 ・ 説 明 の 要 求 」 を 最 も 多 く 使 っ て お り , 他 グ ル ー プ と
の 使 用 頻 度 の 差 が 著 し い ( JJ:34.33% JSL:19.72% JFL:12.70% KK:18.52%)。 一 方 ,
KK は Str7「 警 告 ・ 脅 か し 」 (JJ:1.49% JSL:5.63% JFL:6.35% KK:17.28%), Str8「 非
難 」 (JJ:7.46% JSL:4.23% JFL:6.35% KK:17.30%)の 使 用 が か な り 多 く な っ て い る 。
5)失 礼 で す が ,ど う し て 値 上 げ に な っ た の か 理 由 を 教 え て い た だ け ま す か 【
。 JJ1】
一 方 , JSL・ JFL 共 に 「 ち ょ っ と 高 い と 思 い ま す が 」 の よ う な , Str4「 明 示 的 な
不 満 表 明 」 の 使 用 が か な り 多 い 。 こ こ で , FT 度 か ら グ ル ー プ 間 ス ト ラ テ ジ ー 使 用
を 比 較 し た 結 果 ,グ ル ー プ 間 に 有 意 な 差 が み ら れ た( F (3,156)= 6.938,p <0.001)。
つ ま り , JJ と KK の ス ト ラ テ ジ ー の 選 択 ( JJ:3.68 KK:5.65) に は か な り 有 意 な 差
が み ら れ た 。ま た ,KK と JSL と の 間 に は 有 意 な 差( KK:5.65 JSL:4.15)が み ら れ ,
JJ と JFL と の 間 に は 有 意 な 傾 向 (JJ:3.68 JFL:4.58)が み ら れ た 。
8
次 に , 場 面 8「 成 績 」 を 取 り 上 げ る 。 JJ の 場 合 , こ の 場 面 に お い て , 場 面 1「 水
道 料 金 の 値 上 げ 」と 同 様 ,Str3「 理 由・説 明 の 要 求 」の 使 用 が 最 も 多 く な っ て い る 。
一 方 ,KK と JSL,JFL の 場 合 は「 成 績 が 少 し 低 く 評 価 さ れ た み た い で す が 」の よ う
な , Str4「 明 示 的 な 不 満 表 明 」 や 「 も う 一 度 評 価 し て く だ さ い 」 の よ う な , Str5
「 改 善 要 求 」を 多 用 し て い る 。そ の 中 で ,JSL の 場 合 ,Str2「 遠 ま わ し な 不 満 表 明 」
を 多 用 し て い る 。 こ こ で , FT 度 か ら グ ル ー プ 間 ス ト ラ テ ジ ー 使 用 を 比 較 し た と こ
ろ ,グ ル ー プ 間 に 有 意 な 差 が み ら れ た( F (3,156)= 5.888, p <0.001)。つ ま り ,JJ
と KK( JJ:2.38 KK:3.63), JJ と JFL( JJ:2.38 JFL:3.60) と の 間 に 有 意 な 差 が み
ら れ た 。こ こ で 注 目 し た い の は ,各 グ ル ー プ の Str5「 改 善 要 求 」の 使 用 率 で あ る 。
JJ の 場 合 は Str5「 改 善 要 求 」の 使 用 は 1 例 も な く ,JSL の 場 合 も そ の 使 用 率( 8.20%)
は 低 い の に 対 し て ,JFL(22.54%)と KK(23.38%)の 使 用 率 は か な り 高 い 。こ の 結 果 か
ら 日 ・ 韓 両 言 語 社 会 に お い て ,「 成 績 」 に 関 す る 受 け 止 め 方 が 違 う こ と が 窺 え る 。
以 上 , 場 面 1「 水 道 料 金 の 値 上 げ 」, 場 面 8「 成 績 」 の よ う な , 交 渉 場 面 で は JJ
の 場 合 は 相 手 に 説 明 の 機 会 を 与 え , 交 渉 の 余 地 を 残 し て い る Str3「 理 由 ・ 説 明 の
要 求 」 を 多 用 す る 傾 向 が あ る こ と が 指 摘 で き る 。 ま た , こ れ ら の 交 渉 場 面 で は FT
度 か ら み た ス ト ラ テ ジ ー 選 択 に お い て , JJ と JSL と の 間 に は 有 意 な 差 が み ら れ な
か っ た の に 対 し て , JJ と JFL の 間 に は 有 意 な 差 が み ら れ た 。
5.お わ り に
本稿では韓国人日本語学習者の場面別ストラテジーの使用傾向を調べたところ、
「 割 り 込 み 」 や 「 遅 刻 」 の よ う な 場 面 で は , JSL, JFL 共 に FT 度 の 高 い ス ト ラ テ ジ
ー を 用 い る 傾 向 が あ り ,「 水 道 料 金 の 値 上 げ 」 場 面 や 「 成 績 」 場 面 の よ う な , 交 渉
場 面 で は ,JJ と JFL と の ス ト ラ テ ジ ー 選 択 が か な り 異 な っ て い る こ と が 分 か っ た 。
注
(1)「 修 復 可 能 な 場 面 」 と い う の は , 場 面 5「 騒 音 」 の よ う に , 相 手 に 「 う る さ い 」 と い う
不 満 を 表 明 す る こ と に よ っ て , う る さ い 状 況 が な く な る 可 能 性 が 高 い 場 面 を 指 す 。「 修 復
不 可 能 な 場 面 」 と い う の は , 場 面 2「 遅 刻 」 の よ う に , 遅 れ て き た 友 だ ち に 「 お そ い 」 と
不 満 を 伝 え て も 遅 れ て き た 事 実 は 修 復 で き な い と い う よ う な 場 面 を 指 す 。ま た「 交 渉 場 面 」
と は , 場 面 8「 成 績 」 の よ う に ,「 成 績 が 思 っ た よ り 低 い 」 と 相 手 に 不 満 を 伝 え て も , 不 満
の 状 況 が す ぐ 修 復 で き る と は 言 え ず ,相 手 と の 交 渉( negotiation)が 必 要 な 場 面 を 指 す 。
参考文献
李 善 姫( 2004)
「 韓 国 人 日 本 語 学 習 者 の『 不 満 表 明 』に つ い て 」
『 日 本 語 教 育 』123 号( 掲
載予定)日本語教育学会
藤 森 弘 子 ( 1 997)「 不 満 表 明 ス ト ラ テ ジ ー の 日 英 比 較 − 談 話 完 成 テ ス ト 法 の 調 査 結 果 を も
と に − 」『 言 語 と 文 化 の 対 話 』 英 宝 社 pp.243-257.
Laforest, M.(2002) Scenes of family life: complaining in everyday conversation.
Journal of Pragmatics 34, 1595-1620.
Olshtain, E. and Weinbach, L.(1993) Interlanguage Feathers of the Speech Act of
Complaining, Interlanguage Pragmatics: Oxford University Press. 108-122.
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