編 集 後 記

編集後記
ご せんごく
◆今回から、河村さんのご紹介により、俳句の谷垣満壽子さんが加わった。谷垣さんは略歴による
と、昭和十二年、満州チチハル市生まれ。十八年、東京へ。俳句では、平成六年から上田五千石の
高弟・百瀬美津の俳句会に参加。五千石の急逝により平成十年、百瀬主宰の「般若」に参加、同人
となる。その後、主宰の健康上の理由で「般若」廃刊ののち「いずみ句会」に参加しているという。
ともあれ「展景」の仲間として、これから一緒に励んでいければと考えている。
上田五千石と聞いて、少し驚いた。五千石は、わたしが長年お世話になった編集プロダクション
「文彩」の社長・村井弘明さんの大学の同級生だったのである。村井さんの話によると、大学では
サークルのようなところで詩を作っていたが、みんなで五千石に「おまえ、詩の才能ないよ」と引
導を渡した。それで五千石は詩をやめて、俳句で大成したのだという。事の真相はともかく、その
当時の大学生は選ばれし者たちである。才能がないはずはない。村井さんの博学ぶりもさることな
がら、文彩を訪ねてきた数々のご友人も錚々たる人物ばかりであった。五千石は父が俳人で、幼少
のころから父と兄から俳句を教わったというから、あらためて俳句に取り組む覚悟ができたのかも
しれ な い 。
満州というと、村井さんも満州育ちである。朝食はパンに紅茶にサラダ。小学校に行くときの馬
車の様子、白系ロシア人の女の子と遊んだ話等々、仕事の合間に聞いた話が思いだされた。上田
五千石の俳句の展示会(小田急デパートだったか、短冊を飾ってあった)などにも行ったから、
一九九七年に五千石が六十三歳で急逝したと聞いたときには、なんだか自分も悲しくなってしまっ
た。俳句界にとって惜しい人を失くしたのだと、わたしでさえ思ったのであった。
◆「近江きまぐれ文学抄」の新関伸也さん、「鳥海山麓だより」の鈴木京子さんのエッセイは今回
お休 み で す 。
◆薦 め ら れ て 、
『日本はなぜ、
「基地」と「原発」を止められないのか』
(矢部宏治、集英社インター
ナショナル)を読んだ。すごい本です。著者の矢部宏治さんは編集者。難しいことをやさしく書い
ている。「だれもがおかしいと思いながら、止められない。日本の戦後史に隠された『最大の秘密』
とは?」と帯文にあるとおり、著者自身が素朴な疑問をもって取材を始めたところから話は始まる。
で、 ページまでの「ウェブ立ち読み」ができます)
http://www.shueisha-int.co.jp/archives/3236
日本とは? 日本人とは? 自分の足元を見るためには必要な一冊だろう。
(出版社のサイト
(布宮慈子)
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展景 No. 77
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muninokai.com
上記のサイトでは、フルカラーのオンラ
イン版「展景」を公開しています。
季刊 展景
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一
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七
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二〇二
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山形市上町 二
制作 スタジオ・マージン
無二の会「展景」発行所
二〇一五年三月三十一日 発行
編集・発行人 布宮慈子
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