大阪府立大学図書館蔵『平家物語』について;pdf

 Title
大阪府立大学図書館蔵『平家物語』について
Author(s)
奥村, 和子
Citation
言語文化学研究. 日本語日本文学編. 10, p.1-8
Issue Date
URL
2015-03-31
http://hdl.handle.net/10466/14328
Rights
http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/
大阪府立大学図書館蔵『平家物語』について
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大阪府立大学図書館蔵『平家物語』について
奥 村 和 子
はじめに
『古典籍総合目録』等で「平家物語」の項目に「大阪女子大(四冊)」と記載
されている写本は、平成17年度の大阪女子大学と大阪府立大学の統合により、現
在は大阪府立大学図書館に貴重書として保存されている。鈴木孝庸氏による「平
曲譜本所在目録(稿)」1 には以下の如く紹介される。
大阪女子大学附属図書館
○『平家物語』4冊、【九一三・四五−T二−一∼四】
波多野流譜本。
第一冊(一上)…「殿上闇討」∼「二代后」の六句。
第二冊(二上)…「座主流」∼「乞請」の五句。
第三冊(三上)…「赦文」∼「飆風」の十句。
第四冊…「橋合戦」
「木曾最期」
「宇治川」
「那須與市」
「弓流」
「忠度最期」
「梶原二度驅」「藤戸」「小宰相」「先帝御入水」
「熊野参詣」
「海
道下」の十二句。
なお、本書中の<白音>には、墨譜のあるものとないものがある。
概要はこの記述に言い尽くされているが、本稿は、当該大学に所属する立場か
らこの資料について詳細を述べようとするものである。
1 資料の体裁
鈴木氏の記述と重なる部分も多いが、まずは体裁について述べておく。この資
料は、4冊からなる写本で大阪府立大学附属図書館に蔵される。用紙は縦約23㎝、
横約17㎝の半紙袋綴じである。1∼3冊目の題簽には「平家物語一 上」
「平家
ものかたり二 上」「平家物語三 上」のように巻を含めて記されるが、4冊目
は「平家もの語」とのみ記される。
次にそれぞれの巻の目録を示す。
題簽【平家物語一 上】
「殿上闇討」「鱸」「禿童」「我身栄花」「妓王」「二代后」
2
題簽【平家物語二 上】
平家物語巻第二目録上
「座主流 附 一行阿闍梨」「西光被斬」「小教訓」「乞請」
下之巻
「教訓 附 烽火」「新大納言被流」「阿古屋松」「新大納言死去 附 徳大寺
厳嶋詣」「山門滅亡」「康頼祝」「卒都婆流」「蘇武」
題簽【平家物語三 上】
平家物語巻第三目録上
「許文」「足摺」「御産巻 付 公卿揃」「大塔建立」
「頼豪」
「少将都還」
「有
王嶋下」「僧都死去」「つむじ風」
下之巻
「医師問答」
「無文沙汰 附 燈籠金渡」
「法印問答」
「大臣流罪 附 行隆」
「法
皇遷幸」「城南離宮」
題簽【平家物語】
「橋合戦 ○巻四」「木曽最後 ○巻九」「宇治川 ○巻九」
「那須與市 ○巻
十一」
「弓流 ○巻十一」
「忠度最後 ○巻九」
「梶原二度驅 巻九」
「藤戸 巻十」
「小宰相 ○巻九」
「先帝御入水 巻十一」
「熊野参詣 巻十」
「海道下 ○巻十」
※章段名は墨筆、それ以外(すなわち○と巻数)は朱で記されている。巻数の
前の○の有無の意図については不明。
2冊目、3冊目の目録には、巻二、巻三の章段名がすべて記されるが、実際に
採録されている章段は題簽に記される通りその巻の上の部分のみであって、最初
の3冊は巻一上、巻二上、巻三上の章段がそのまま写されていることになる。4
冊目には巻四以降の章段が巻九、十、十一を中心に抄出されている。また目録と
本文の章段名は必ずしも一致せず、本文では「梶原二度驅」が「二度驅」に、
「先
帝御入水」が「先帝入水」のようになっている。また、目録で「座主流 附 一
行阿闍梨」のように2つまとめられた章段は、本文ではそれぞれ独立した章段と
して別々に記される。本文・譜記ともに墨筆であるが、朱による書き込みがある。
4冊すべて1頁につき6行で記されるが、文字数については、3冊目までは1行
あたり平均で14文字、4冊目は1行平均18文字となっている。
3冊目までがいわゆる十二巻平家物語の順序通りに編まれているのに対して、
4冊目はいくつかの巻から章段を抜き出した構成になっていること、また1行あ
たりの文字数が異なること、表紙の題簽に巻が記されないこと等、いろいろな意
味で異質であることは一見して明らかであるが、巻末に記される「橘正克」とい
う署名は4冊に共通している。
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2 京大本との類似(1冊目∼3冊目)
本資料(以下、「府大本」と称する)は譜記の形等からしても波多野流譜本と
考えられること、先の鈴木氏の記述に「波多野流本」と紹介される通りである。
中でも最初の3冊が、様々な面で京都大学蔵本『平家物語 波多野流節付語り
本』2(以下、
「京大本」と称する)と相当に似通っていることは特筆すべきかと
思われる。
波多野流は、従来の研究から、『秦音曲鈔』などの一部の古い譜本を除いてほ
ぼ同文同譜であることが明らかとなっており、そういう意味では京大本と府大本
の本文や譜記が同じであること自体は珍しくないわけだが、この2本の類似性は
それにとどまらない。1頁あたりの文字数、1行あたりの文字数がまったく同じ
であり、かつ漢字と平仮名の使い分けもほぼ共通しているため、一見したところ
ではまるで機械でコピーしたかのごとき錯覚を覚える(従って、上に引用した鈴
木氏の「なお、本書中の<白音>には、墨譜のあるものとないものがある。」に
ついても、3冊目までは京大本と共通する特徴ということになる)。もちろん、
濁点の有無や平仮名の形の違い等、いくつかの相違点はあるが、この2本が無関
係であるとは到底思われない。直接の書写関係、もしくは同じ本を元に書写され
た可能性が高いと考えられる。
特に、次のような点が2本に共通して見られることは、この2本の密接な関係
を思わせるものであろう。以下、用例は「用例(2本の用例が異なる場合は京大
本、府大本の順)、勉誠社刊の京大本の巻数、頁数、行数」として示す。
① 濁点「いひてんじかば(1巻 45p2l)」「せつじゃうどの(1巻 57p6l)
」等
② 半濁点「をんぱあしろ(1巻 58p2l)」等
③ 不濁点「しろしろ(1巻 331p4l)」「くはたて(2巻 25p6l)」等
なお、②の半濁点と③の不濁点については形から見分けることはできない。渥
美氏による京大本の解題では、この点について以下のように述べられている。
本書は語り台本としての性格上、
読みを重視して殆ど総ルビを付しているが、
特に清音とすべき箇所に○印を付けて注意を促している。このなかには半濁
音も少少混っていると思う(以下略)
④ 発音注記「ツメ(「五節」1巻 23p6l、
「近日」1巻 26p4l)
」
「ワル(
「口入」
2巻 25p4l)」等
⑤ 漢字のみならず平仮名の横にも振り仮名を振っている例…「ん」という仮
名の横に「ン」という振り仮名(1巻 14p4l)等
⑥ 同じ漢字に2通りの振り仮名が特に理由なく使い分けられている場合に、
4
その付され方が2本ともまったく同じである例…「女房/ニョウボウと
ニョウバウ」(1巻 32p∼34pの5例が2本ですべて一致)
、
「入道/ニュウ
ドウとニュウダウ」(2巻 25p∼28p)等
⑦ 振り仮名が二重に付いている例…「妹」の漢字の横に一端「イモト」と振
り、更にその右横に「フト」と付け加えられる(1巻 63p2l)等
⑧ 本文で、漢字の下に余分な送り仮名が付く例…「思召めさん」(2巻
23p3l)など。位置的に振り仮名とは考えがたい。
⑨ 別の文章が補われる例…「うせ給ひ」の上に「世を譲りトモ」と補う(1
巻 34p4l)、「廿日」の左横に「久しく」と補う(1巻 56p5l)等
⑩ 振り仮名で示される拍数以上の数の譜記が付されている例…2拍分の仮名
「シャウ」に3拍分の譜記(1巻 36p4l)など
このように、特徴的な注記から誤記と考えられるものに至るまで一致しているこ
とは、この2本が非常に近い関係にあることを表していると言えよう。
一方、2本の相違点については次のようなものが挙げられる。
① 濁点の有無…おそらく、相違として最も多いのがこの濁点の有無で、本文
の仮名に直接濁点が付くものと、振り仮名の濁点とがあるが、いずれも京
大本にある濁点が府大本で消えていることが多い。次にその用例を示す。
①−1、京大本に濁点があり、府大本に濁点のない例
本文「∼とぞ/∼とそ(1巻 17p5l、1巻 19p6l、1巻 44p5l)
」「∼ながら
/∼なから(1巻 333p6l)」「∼が/∼か(1巻 48p6l、1巻 330p1l、2巻
11p6l)」等
振り仮名「イマダ/イマタ(1巻 21p1l、2巻 10p2l)」
「ヒトビト/ヒトヒト(1
巻 327p5l)」「ハバカル/ハハカル(1巻 27p6l)」等
①−2、京大本に濁点がなく、府大本に濁点のある例
本文「まぬかれ/まぬがれ(1巻 327p3l)」等
振り仮名「テンジャウビト/デンジャウビト(1巻 23p6l)
」「サスカ/サス
ガ(1巻 333p5l)」等
② 仮名の違い…「あ」「き」
「す」「つ」「ま」「る」等の仮名で、2本間で異
なる文字が使われることがある。それぞれ、京大本と府大本で用いられや
すい文字にやや偏りが見られる。
③ 振り仮名の仮名遣い…同じ漢字に対する振り仮名が2本で異なる場合、京
大本の方に古い(もしくは本来の)読み、府大本に新しい読みが付されて
いる例が多いようである。「マウシ/モウシ(1巻 15p3l)」「クギャウ/
クキョウ(1巻 23p6l)」「サダイシャウ/サダイセウ(1巻 51p4l)
」
「ヘ
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イヂ/ヘイジ(1巻 54p5l)」等
④ 朱筆…京大本における朱筆での加筆が府大本にはほとんど反映されていな
い。「スム」等の発音注記や、譜記に多い。
ただし、これらの相違点はあくまでも例外的なものであって、このような細部
の一部以外については、詞章はもちろん、用字法から行内の文字の配置に至るま
で両本はほぼ同じ表記であると言ってよいこと、前述の通りである。なお、これ
ら相違点は1冊目に多く見られ、2冊目3冊目においてはかなり減ることになる。
3 京大本との相違(4冊目)
2で述べた京大本との類似は、いずれも府大本の3冊目までに言えることであ
り、4冊目についてはかなり状況が異なる。以下に、京大本との相違点を中心に、
府大本4冊目(以下、4冊目のみを示す時は「府大本(4)
」と称する)の特徴
を述べる。ただしこの相違点も前項と比較すると相対的に目立つということであ
り、いわゆる波多野流譜本の同文同譜からはずれるものではない。
3−1 曲節
波多野流には少ないとされる「口説白音」という曲節が京大本にはいくつか現
れるが、それに対応する箇所の府大本(4)の曲節は以下のようにいずれも「白
音」のみとなっている。
① 京大本「白音 クトキニモ」(5巻 253p5l∼)―府大本(4)
「白音」
京大本には1箇所譜記があるが府大本(4)は無譜記
② 京大本「クトキ 白音ニモ」(5巻 534p1l∼)―府大本(4)
「白音」
京大本には譜記がずっと付され、府大本(4)は1箇所のみ譜記が付く
③ 京大本「白音 是ヨリ/クトキニモ」
(6巻 110p2l∼)―府大本(4)
「白音」
京大本には譜記が付されるが府大本(4)は無譜記
逆に府大本(4)で「口説白音」、京大本で「白音」のみという箇所も1箇所
見られ(④⑤)
、ここでは京大本に無譜記の箇所に府大本(4)で譜記が付され
ていることになる。ただし、府大本(4)でおそらく最初に「口説」とすべきと
ころが誤って「白音」となっており(④)、そこに途中から「白音ニモ」という
曲節標示が付加される(⑤)ため、やや意味の取りづらいものとなっている。
④ 京大本「白音」
(6巻 222p3l∼)―府大本(4)
「白音」
(
「口説」の誤りか)
⑤ 京大本「
(④より引き続き)白音」
(6巻 223p5l∼)―府大本(4)
「
(④
の途中で」白音ニモ」
6
④⑤いずれも京大本は無譜記、府大本(4)は譜記が付く
波多野流は京都で語られたものであるから、音楽性のない「白音」、すなわち
京都のアクセントそのままに語れば良い箇所では、語りの音程を記す譜記は無用
のものである。それ故に、波多野流譜本の「白音」には譜記がないことが多い。従っ
て、
京大本や府大本(4)で「白音」に譜記がないことは当然とも言えるのだが、
府大本(4)の場合は「白音」において譜記のみならず、振り仮名もほぼ付され
ないことが多くなる。これについては次項で触れる。
3−2 振り仮名
京大本は「総ルビ」
(渥美かをる氏解題)とも言われるほど振り仮名が多く見
られるが、府大本(4)にはこれより更に丹念に(読み方の容易な文字について
も)振り仮名が付されている。しかしながら前項最後に述べた如く、
府大本(4)
の「白音」には振り仮名がほとんど見られなくなるという特徴があり、その前後
の曲節においてもしばしば振り仮名が付されなくなる。
京都における京都アクセントとは異なり、言葉の読みは自明のものではないの
であるから、振り仮名は「白音」においても記しておく必要があるわけだが、こ
の書写者(もしくは元となった本の書写者)はそのあたりについて理解していな
かったものかと考えられる。
また、府大本(4)の振り仮名には「ハカモノ(若者・5巻 743p1l)
」
「ハラ
ンヘ(童・6巻 127p4l)」
「ハタナヘ(渡辺・6巻 137p11)」等、語頭の「ワ」が「ハ」
と表記される傾向が見られる。
3−3 濁点
2本ともに振り仮名が細かに付されており、豊富な濁点注記資料となることか
ら、濁点について簡単な調査を行った結果を以下に示す。
巻九「忠度最後」3 の章段において、濁音と考えられる箇所を、日本古典文学
大系本「平家物語」の注記などを参照して掲出し、京大本と府大本(4)での濁
点の有無について調べた。
京大本は濁音と考えられる111箇所中、濁点がないのはわずか2箇所であり
(
「あおぎ」(5巻 307p4l)、「やど」(5巻 312p6l)
)、濁音にはほぼすべて濁点が
付されている。一方の府大本(4)ではそのおよそ3分の1にあたる32箇所に濁
点が見られず、濁点の付し方において2本には歴然とした差がある。
府大本(4)において濁点の付されていない32箇所を細かに見ると、本文の
仮名に濁点がないのは助詞「ば」
(ただし繰り返し記号・5巻 309p1l)
、助動
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詞「ざり」
(5巻 312p2l)、「あおぎ」(5巻 307p4l)
、
「ならべ」(5巻 308p4l)の
4箇所だけであり(一方で、本文に濁点の付く例は38箇所)、残り28箇所はすべ
て振り仮名の用例である(振り仮名に濁点の付く例は41箇所)
。濁点の付かない
箇所の大多数を占める振り仮名での用例については、音・訓や連濁と本濁、語構
成等にもこれといった偏りはなく、
「タダノリ」(5巻 313p2lと5巻 305p2l)
、
「タ
ダズミ」
(5巻 306p4lと5巻 314p2l)、
「ヲカベ」
(5巻 314p2lと306p4l、以上、
いずれも人名)、「カブト」
(5巻 309p5lと5巻 307p5l)等には濁点の付く例と付
かない例とがある。府大本(4)において、本文の濁音にはほぼ濁点を付すが、
振り仮名については濁点をあまり付さないという傾向にあると言えそうである。
3−4 その他
○京大本での「据」の譜記は文字式ハカセが用いられる場合と線状式ハカセが
用いられる場合とがあるが、府大本(4)では京大本で文字式ハカセの用い
られている箇所にも線状式ハカセが対応することが多い。
○府大本(4)には、
京大本には何も付されていない箇所に「スム」
(なからひ・
5巻390p1l)「ツメ」
(仕つ・6巻 11p4l)等の発音注記がしばしば見られる。
○府大本(4)に見られる朱筆は、京大本による訂正と見られるものが多いが、
薄く「?」と書き加えられているものもあり(これが他の朱と同筆かどうか
の判断はつかない)、かなり後世のものが混じっているようである。
以上、府大本『平家物語』の特徴について概略を述べた。1冊目から3冊目が
京大本と酷似することは、京大本(もしくはそれに類する本)が広く用いられた
可能性を示唆する。様相を異にする4冊目についてはしばしば粗雑な(事情をあ
まりわかっていないと思われる)面が見られるが、京大本を補うことのできる部
分もいくつか指摘できる。京大本以外との比較を含め、今後も調査を行いたい。
なお、本稿は「Introduction of Documents: Heike monogatari(The Tale of
the Heike)Belonging to the Osaka Prefecture University Library」4 の内容に
加筆し修正を加えたものである。
(おくむらかずこ 本学准教授)
8
注
1
鈴木孝庸氏『平曲伝承資料の基礎的研究』(科学研究費補助金研究成果報告書、平成
4年度)
2
渥美かをる氏解説『平家物語波多野流節付語り本(全六冊)』(勉誠社、昭和53年)
3
両本の比較を行いやすくするため、問題となる曲節「白音」の現れない章段「忠度最後」
を選んで調査を行った。
4
Kazuko OKUMURA「Introduction of Documents: Heike monogatari(The Tale of
the Heike)Belonging to the Osaka Prefecture University Library」(『言語文化学研究
日本語日本文学編 第6号』、平成23年)