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ラットエナメル器での NBCe1 とアクアポリン 1 の局在
Localization of NBCe1 and Aquaporin1 in rat enamel organs
西川 純雄
Sumio NISHIKAWA
「鶴見大学紀要」第 52 号 第 4 部
人文・社会・自然科学編(平成 27 年 3 月)別刷
ラットエナメル器でのNBCe1とアクアポリン1の局在
ラットエナメル器でのNBCe1とアクアポリン1の局在
Localization of NBCe1 and Aquaporin1 in rat enamel organs
西川 純雄
Sumio Nishikawa
要旨
重炭酸イオンとナトリウムイオンの共輸送体であるNBCe1と溶媒である水のチャネルタンパク質である
アクアポリン1の局在を、ラット切歯及び臼歯のエナメル器を用いて、免疫組織化学的に調べた。この
結果、NBCe1はエナメル芽細胞以外のエナメル器の上皮細胞に反応が認められ、アクアポリン1はエナ
メル器に進入する血管に反応が認められた。これらの結果はエナメル質形成にイオンチャネルや水チャ
ネルが深く関わっていることを示唆している
外のpH調節には当然水素イオンも関わることになる。
はじめに
本研究ではこの重炭酸イオンとナトリウムイオンの
エナメル質形成の際にエナメル質の表面のpHの変動
共輸送体であるNBCe1の分布をラットの切歯と臼歯を
があることはよく知られている。
用いて免疫組織化学的に検討したものである。またこ
特に、移行期でpHが下がることが知られているし、
れらの陽イオンや陰イオンの溶媒である水のチャネル
成熟期ではエナメル芽細胞のエナメル質側に波状縁
であるアクアポリン1についても免疫組織化学的に検討
を行った。
(ruffled border)を持つruffle-ended ameloblasts(RA)
と波状縁を持たないsmooth-ended ameloblasts(SA)
材料と方法
の 両 方 が 繰 り 返 し て 見 ら れ る が(Josephsen and
Fejerskov, 1977)
、RAに面したエナメル質ではpH 5.5、
4週齢ラット(73-78g)および5週齢ラット(145-150
SAに面したエナメル質ではpH 7.0であることが知られ
g)の切歯と第三臼歯を用いて、そのエナメル器を材
ている(Sasaki et al, 1991)
。RAに面したエナメル質
料として用いた。動物は麻酔下に屠殺し、上下顎を取
での低いpHでは脱灰は起こらず、エナメル質内をカル
り出し4%パラフォルムアルデヒド溶液に5時間から一
シウムイオンが動くことができるといわれている。こ
晩浸漬し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した
の低いpHはエナメル質の石灰化に際して出るプロトン
後5% EDTAで2週間脱灰した。PBSで洗浄したのち、
やエナメル芽細胞自身のプロトンATPaseに由来する
25%スクロース液に一晩浸漬し、凍結ミクロトーム内
という報告もある(Josephsen et al, 2010)
。この酸性
でOCTコンパウンドを用いて急速凍結した。8 µmの凍
化に抵抗するために重炭酸イオンがエナメル質に放出
結切片を作製し、免疫組織化学に用いた。用いた抗体
され弱酸性状態を保つと考えられている。SAでは外部
はウサギ抗ラットNBCe1抗体(Sodium Bicarbonate
との交通ができ小タンパク質や、分子が移動するため
Cotransporter (
1 1A)antibody, Gene Tex)およびウ
に、エナメル質表面は中性化すると考えられる。
サギ抗アクアポリン1抗体(Chemicon International、
エナメル質表面のアルカリ化に寄与すると考えられ
AB3065)である。ビオチン化二次抗体、streptavidin-
る重炭酸イオンはエナメル芽細胞の移行期に出現する
HRP(LSAB2 system-HRP、DAKO)で可視化した。
carbonic anhydrase IIによると考えられる。この酵素
対照は正常ウサギ血清を一次抗体の代わりに用いた。
はpH調節の必要な成熟期になって急速に増えることが
結果と考察
免疫組織化学の結果からわかっている(Toyosawa et
al, 1996)
。細胞内に重炭酸イオンを生成することだけ
NBCe1は切歯ではエナメル芽細胞には反応がなく、
では、話はすまない。重炭酸イオンHCO を細胞外に
基質形成期の外エナメル上皮側から中間層に向かって
放出したり、細胞外の重炭酸イオンを細胞内に取り込
反応が現れ始め、成熟期では一貫して乳頭層に反応が
むといったイオン調節が重要になってくる。この細胞
見られた(図1A,B)
。第三臼歯を用いた場合でも成熟
-
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ラットエナメル器での NBCe1 とアクアポリン 1 の局在
期の乳頭層に強い反応がみられた(図2A)
。歯頚部で
ではなく、乳頭層細胞を含む他のエナメル器の上皮細
はエナメル器の細胞が分離し単独の細胞になっている
胞が関与し組織液の環境を維持している可能性が考え
ところで反応が依然として観察された(図2B)
。対照
られた。
標本では反応は認められなかった(図1C,D)
。
アクアポリン1はエナメル器の細胞には陰性で、エナ
参考文献
メル器の中に侵入している毛細血管に強い陽性反応が
認められた(図3A)
。対照標本では反応は認められな
Jalali R, Guo J, Zandieh-Doulabi B, Bervoets TJM, Paine ML,
Boron WF, Parker MD, Bijvelds MJC, Medina JF,
かった(図3B)
。
DenBesten PK, Bronckers ALJJ (2014) NBCe1 (SLC4A4) a
これまでに多くのイオンのexchangerやcotransporter
potential pH regulator in enamel organ cells during
が知られている。この仲間にはHCO3-とCl-を交換する
enamel development in the mouse. Cell Tissue Res
anion exchanger(AE2)やプロトンとNa+を交換する
358:433-442.
sodium/hydrogen exchanger(NHE)などがあり、こ
れらはエナメル芽細胞やエナメル器の他の上皮細胞に
Josephsen K, Takano Y, Frische S, Praetorius J, Nielsen S, Aoba
存 在 す る こ と が 知 ら れ て い る(Lyaruu et al, 2008;
T, Fejerskov O (2010) Ion transporters in secretory and
Josephsen et al, 2010; Lacruz et al, 2012)このひとつ
cyclically modulating ameloblasts: a new hypothesis for
にsodium bicarbonate cotransporter (
1 NBCe1)があ
cellular control of preeruptive enamel maturation. Am J
Physiol Cell Physiol 299: C1299–C1307.
る。このNBCe1には3種類のスプライスバリアントが
あり、それぞれNBCe1-A, NBCe1-B, NBCe1-Cとなる。
Lacruz RS, Smith CE, Moffat P, Chang EH, Bromage TG,
NBCel-Aは腎臓からとられたトランスポーターでNa+と
Bringas Jr P, Nanci A, Baniwal SK, Zabner J, Welsh MJ,
HCO3-が1:3の割合で細胞から外に出ることが知られ
Kurtz I, Paine ML (2012) Requirements for ion and solute
ている。したがってこれはelectrogenicということにな
transport, and pH regulation during enamel maturation. J
る。NBCe1-Bはすい臓の導管細胞などに見られるトラ
Cell Physiol 227:1776-1785.
ンスポーターで1:2または1:3の割合でNa+ とHCO3-
が細胞外から細胞内にはいることが知られている。ま
Lyaruu DM, Bronckers ALJJ, Mulder L, Mardones P, Medina
た、NBCe1-Cはもっぱら脳に存在している。エナメル
JF, Kellokumpu S, Oude Elferink RPJ, Everts V (2008) The
anion exchanger Ae2 is required for enamel maturation in
芽細胞を含むエナメル器の上皮ではNBCe1分布が報告
mouse teeth. Matrix Biol 27:119–127.
されている(Paine et al, 2008; Zheng et al, 2011; Jalali
et al, 2014)
。しかし、その局在は基質形成期エナメル
Paine ML, Snead ML, Wang HJ, Abuladze N, Pushkin A, Liu W,
芽細胞(Paine et al, 2008; Lacruz et al, 2012; Jalali et
Kao LY, Wall SM, Kim Y-H, Kurtz I (2008) Role of NBCe1
al, 2014)
、成熟期エナメル芽細胞(Lacruz et al, 2012;
and AE2 in secretory ameloblasts. J Dent Res 87:391-395.
Jalali et al, 2014)および成熟期乳頭層細胞(Jalali et
al, 2014)という報告がある一方、成熟期エナメル芽細
Sasaki S, Takagi T, Suzuki M (1991) Cyclical changes in pH in
胞には反応が見られず、成熟期の乳頭層細胞にだけ反
developing enamel as sequential bands. Archs Oral Biol
応 が 見 ら れ る と い う 報 告 も あ る(Josephsen et al,
36:227-231.
2010)
。今回の結果はエナメル芽細胞には反応が見られ
Takata K, Matsuzaki T, Tajika Y (2004) Aquaporins: water
ず、基質形成期の中間層、星状網、外エナメル上皮、
channel proteins of the cell membrane. Prog Histochem
成熟期の乳頭層細胞に強い反応が認められ、Josephsen
Cytochem 39:1-83.
等(2010)の報告と一致している。また血管にはアク
アポリン1が見られるが、エナメル芽細胞は陰性であっ
T o y o s a w a S , O g a w a Y , I n a g a k i T , I j u h i n N (1996)
た。アクアポリンはaquaporin 0 から aquaporin 10ま
Immunohistochemical localization of carbonic anhydrase
で 多 く の 種 類 が 存 在 す る こ と か ら(Takata et al,
isozyme II in rat incisor epithelial calls at various stages of
2004)
、別なタイプのアクアポリンがエナメル器に存在
amelogenesis. Cell Tissue Res 285:217-225.
する可能性が考えられる。
Zheng L, Zhang Y, He P, Kim J, Schneider R, Bronckers AL,
歯頚部で観察されたNBCe1陽性の単独の細胞群はマ
Lyaruu DM, DenBesten PK (2011) NBCe1 in mouse and
ラッセ上皮遺残と考えられる。したがって歯根膜領域
human ameloblasts may be indirectly regulated by
でのpH調節にこれらの細胞が関わっている可能性が考
fluoride. J Dent Res 90:782-787.
えられる。
結論としてエナメル質形成にはエナメル芽細胞だけ
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ラットエナメル器での NBCe1 とアクアポリン 1 の局在
図の説明
図1-2.ラット下顎切歯(図1)と第3臼歯(図2)のNBCe-1の局在。図1C,Dは対照。
基質形成期(図1A,C)と成熟期(図1B,D,図2A,B)を示す。エナメル芽細胞は陰性で、
中間層、星状網、外エナメル上皮、乳頭層が陽性(矢印)。上皮層の単離したもの(図
2B、矢印)も陽性。1A−C:Bar=50μm,2B:Bar=100μm。
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ラットエナメル器でのNBCe1とアクアポリン1の局在
図の説明
図3.ラット下顎切歯成熟期のアクアポリン1の局在(A)と対照(B)。アクアポリン1は
エナメル器の乳頭層に入っている毛細血管が陽性(矢印)。Bar=50μm。
西川 純雄
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鶴見大学歯学部生物学研究室
Sumio Nishikawa
Department of Biology
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