「新常態」移行元年の経済運営;pdf

みずほインサイト
アジア
2015 年 3 月 24 日
「新常態」移行元年の経済運営
2015 年全人代のポイントと中国を待ち受ける課題
みずほ総合研究所
調査本部
アジア調査部中国室
03-3591-1385
○ 3月15日に中国で全人代が閉幕。成長率目標は昨年から0.5%Pt引き下げられ「+7.0%前後」に。
政府は雇用確保や中期成長目標の達成が可能な範囲で、バランスシート調整のために減速を許容
○ ただし、経済への下押し圧力は強まっており、今年の成長率目標を達成するのは決して容易ではな
いと政府は認識。景気てこ入れの強化と改革の深化により目標達成を目指す方針
○ 改革よりも刺激策に強く依存した形での「+7.0%前後」の成長となれば、来年から始まる第13次
五カ年計画期にツケを残し、持続的成長を危うくすることに。安定維持と改革の両立が政府の課題
1.「新常態(ニューノーマル)」を体現した成長率目標の設定
(1)「+7.0%前後」に引き下げられた今年の成長率目標
3月15日に中国で全国人民代表大会(全人代と略、国会に相当)が閉幕した。今回の全人代の注目点
であった、今年の経済成長率目標は、2014年の「+7.5%前後」から「+7.0%前後」に引き下げられ
た(2014年の実績値は+7.4%、いずれも前年比、図表1)。これは25年ぶりの低い目標だとも言われ
ているが、成長率目標が引き下げられるとの見通しは、かなり前からいわばコンセンサスとなってい
た。2014年5月以来、習近平国家主席が「新常態(ニューノーマル)」というスローガンを連呼し、経
済が「高成長」から「中程度の高成長」に移行中であることを強調してきたためだ。こうした認識が
図表 1
指標
実質GDP成長率(前年比)
消費者物価上昇率(前年比)
全社会固定資産投資(前年比)
社会消費品小売総額(前年比)
輸出入総額(前年比)
M2伸び率(前年比)
都市部新規就業者数
失業率
財政赤字
対GDP比
2015 年の中国の経済関連数値目標
2015年
目標
7.0%前後
3.0%前後
15%
13%
6%前後
12%前後
1,000万人以上
4.5%以下
1.62兆元
2.3%
2014年
目標
実績
7.5%前後
7.4%
3.5%前後
2.0%
17.5%
15.3%
14.5%
12.0%
7.5%前後
3.4%
13%前後
12.2%
1,000万人以上
1,322万人
4.6%以下
4.09%
1.35兆元
1.13兆元
2.1%
1.8%
(注)網掛けは、2014 年から目標が変化した指標。貿易総額伸び率は名目米ドル建て。
(資料)李克强「政府工作报告」2015 年 3 月 5 日、2014 年 3 月 5 日、中国国家发展和改革委员会「关于 2014 年国
民经济和社会发展计划执行情况与 2015 年国民经济和社会发展计划草案的报告」2015 年 3 月 5 日、中国国
家发展和改革委员会「关于 2013 年国民经济和社会发展计划执行情况与 2014 年国民经济和社会发展计划草
案的报告」2014 年 3 月 5 日、CEIC Data
1
「新常態」という概念発表後最初の成長率目標に素直に反映されたとの印象を受ける。
(2)成長率目標はなぜ引き下げられたのか?
~バランスシート調整の必要性~
成長率目標が引き下げられた理由は、「政府活動報告」(政策運営に関する昨年の実績と今年の目
標について首相が全人代で行う報告)で詳述されていないが、マクロ経済運営の観点からみた場合の
主因は、バランスシート調整の必要性にあると考えられる1。
中国政府は、世界金融危機による経済の冷え込みを避けるため、2008年11月に4兆元という大規模な
景気刺激策を発動した。それが契機となり大量の借入、投資が行われた結果(図表2)、中国のバラン
スシートは大きく膨らんでしまった。例えば、社会融資規模(非金融機関・家計による資金調達残高)
の対GDP比率は、2007年末の120%から2014年末には193%に上昇している。また、生産能力の過剰感は
原料・素材産業を中心に今なお残っている。住宅在庫も、地方都市を中心にまだ高水準であり、過剰
感が完全に払しょくされている状況にはない。
こうした状況にもかかわらず、高水準の借入や投資が今後も続けば、これらの問題が更に深刻化し、
いずれ景気の急激な冷え込みを余儀なくされかねない。そのような事態に陥るのを避けるため、習政
権は「新常態」を旗印に、昨年の早い時期から、企業や金融機関、地方政府などに対して「中程度の
高成長」に合わせた考え方や経済行動パターンに切り替えるよう迫ってきたと考えられる。
(3)成長率目標が「+7.0%前後」とされた理由
他方で、成長率目標が大幅に引き下げられる可能性も低かった。「+7.0%前後」への引き下げにと
どまった理由を「政府活動報告」などから推察すると、次のとおりである。
a.「中国の夢」の実現との兼ね合い
第一に、中期経済成長目標との兼ね合い
図表 2
投資の伸び率と資金調達残高の対 GDP 比率
(前年比、%)
である。中国共産党は、2012年11月に開催
(%)
40
200
35
175
30
150
という目標を立て、GDPを2010年対比倍増
25
125
させることを公約に掲げた。このGDP倍増
20
100
目標を達成するためには、2015~2020年の
15
年平均実質GDP成長率を+6.6%以上に保
10
たなければならない。成長率は所得水準の
5
向上に伴って逓減する傾向があることを
0
された第18回全国代表大会で、
「中国の夢」
の一環として、建党100年にあたる2020年
までに「全面的に小康社会を完成させる」
2
2002
加味すれば、この水準を上回る成長率を今
年達成しておくほうが望ましいと考えて
もおかしくはない。実際、李克強首相は「政
府活動報告」の中で、今年の成長率目標の
設定に際しては、この「全面的な小康社会
75
固定資産投資実質伸び率
(左目盛)
社会融資規模対GDP比率
(右目盛)
05
08
11
50
25
0
14 (年、年末)
(注)1.2010 年以前の固定資産投資実質伸び率は、みずほ総合
研究所推計値。
2.社会融資規模は、非金融機関・家計による銀行貸出、
委託貸出、信託貸出、銀行引受手形、債券、株式等を
通じた資金調達残高を指す。
(資料)中国国家統計局、中国人民銀行、CEIC Data
2
の完成」という目標の達成を念頭に置いたという趣旨の発言を行っている。
b.雇用確保の必要性
第二に、雇用確保の観点からも、成長率目標が大幅に引き下げられることは想定しづらかった。
全人代前から李首相は、今年の都市部新規就業者数の目標を2014年同様1,000万人以上にすると明
言しており、実際その通りとなった(前掲図表1)3。2014年は、前年比+7.4%の成長で1,322万
人の雇用が都市部で創出されている。このベースで試算すると、+6.0%前後の成長でも1,000万
人の雇用を創り出せる可能性はあるが4、ある程度の余裕をもたせて「+7.0%前後」という成長
率目標が設定されたと考えられる。現に「政府活動報告」でも、「+7.0%前後」の成長があれば、
比較的充分な就業機会を創り出せるとの認識が示されており、こうした推論の正しさが裏付けら
れている。
c.改革の痛みを緩和できるだけの成長率の確保
第三に、リストラなど、改革の痛みを緩和できるだけの成長率の確保という観点からも、緩や
かな減速が希求されたと考えられる。こうした認識は「政府活動報告」の随所で示唆されている。
その典型が、発展は「硬道理(揺るぎない道理)」であり、「あらゆる問題を解決する上での基
礎・カギ」となるため、「合理的な速度で発展しなければならない」という表現である。そして、
この「合理的な速度」として中国政府が選んだのが「+7.0%前後」だったというわけだ。
d.「期待の安定」による更なる景気減速リスクの回避
第四に、あまりに成長期待を下げてしまうと、中国経済に対する悲観論が広がり、不動産市況
の更なる悪化や信用収縮を引き起こす恐れがある。李首相も「政府活動報告」の中で「政策の安
定・期待の安定」を図る必要があると述べており、強気の見方の広がりによるバランスシートの
更なる膨張もさることながら、弱気な見方の広がりによる景気の更なる減速にも注意を払ってい
る姿勢がうかがえる。
2.強まる経済への下押し圧力を受け、景気てこ入れを強化
(1)厳しい経済情勢認識
~「経済への下押し圧力は依然拡大中」~
では、「+7.0%前後」の成長率目標は達成可能なのだろうか。この点に関し、李首相は「目標達成
は決して容易ではない」と答えている5。また、
「政府活動報告」の中でも、李首相は、
「経済に対する
下押し圧力が依然として拡大しており、発展における深層レベルでの問題が際立っており、今年直面
する困難は昨年以上に大きくなる可能性がある」と述べている。
この厳しい経済情勢認識の背後には、①「投資の成長力が弱く、新たな消費のけん引役が少なく、
国際市場にも勢いがなく、安定的な成長を実現する上での難度が増しており、一部領域では潜在的な
リスクがある」、②「工業製品の価格の持続的な下落、生産要素のコストの上昇、小規模・零細企業の
資金調達難・資金調達コスト高といった問題が目立っており、一部の企業は経営困難に陥っている」、
③「経済発展の方式が依然として粗放的で、イノベーションの力が弱く、生産能力過剰問題が際立っ
ており、農業の基盤が弱い」といった問題意識がある。
3
実際、今年に入り、景気減速を示唆する指標の発表が散見されるようになっている。例えば、製造
業PMI(購買担当者指数)は2015年1月、2月ともに景気拡大・縮小の判断の境目である50を割っている
(図表3)。なかでも新規輸出受注は5カ月連続で50割れとなっている。2015年1~2月の工業付加価値生
産額の実質伸び率も前年比+6.8%となり、2009年1~2月以来の低水準にまで落ちている。輸出も精彩
を欠いており、輸出額の伸び率(季節調整値)は2015年1~2月累計で前年比+1.2%と低かった。
デフレを懸念する声も強まっている。2015年1月の消費者物価指数(CPI)は前年比+0.8%にまで低
下し、2009年11月以来の低水準となった。翌2月には同+1.4%に上昇したが、旧正月休暇を背景とす
る生鮮野菜・果実、旅行関連サービスの一時的な価格上昇によるところが大きい(図表4)。また、工
業生産者価格指数(PPI)の伸びも2015年2月には同▲4.8%となり、マイナス幅がさらに拡大している
状況だ。
(2)景気へのてこ入れを強化
このような状況ゆえ、中国政府は景気に対するてこ入れを強めることを決意したとみて間違いない6。
それが明らかなのが財政政策であり、楼継偉・財政部長が3月6日の記者会見で「経済への下押しに
耐えるために、適度に拡張的な財政政策をとる必要がある」と明言している7。実際、それを象徴する
ように、予算ベースでみた財政赤字の対GDP比率も2014年の2.1%から2.3%に引き上げられた(前掲図
表1)。さらに、政府の会計規則上の理由で、上記のベースでは財政支出として計上されない支出が、
別途ある8。具体的には、2014年の財政余剰金1,124億元からの支出などである。これらの財政支出も
加えると、2015年の財政赤字の対GDP比率は2.7%になると財政部長は説明している9。それ以外にも、
総額1兆元の地方政府債務を借り入れコストのより低い地方債に転換させることにもなった10。この借
り換えにより年間400~500億元の利子負担が減り、地方政府の財政余力が増すことになるだろうと財
政部は述べている11。
金融政策に関しては、財政政策ほど直接的な表現は「政府活動報告」や関係閣僚の発言の中にみら
図表 3
製造業 PMI
図表 4
6
58
56
物価指数
(前年比、%)
CPI
PPI
4
54
2
52
50
0
48
▲2
46
44
製造業PMI
生産
新規受注
新規輸出受注
42
2012
13
14
▲4
▲6
15 (年)
2012
13
14
15 (年)
(資料)中国国家統計局、CEIC Data
(資料)中国国家統計局、CEIC Data
4
れなかったが、更なる金融緩和が念頭に置かれているとみられる。例えば、全人代で今年のM2伸び率
の目標値は昨年の「+13%前後」から「+12%前後」に引き下げられたが(2014年の実績は+12.2%)
12
、「経済情勢に応じてそれよりも(M2の伸び率を)少し高めてよい」との文言がわざわざ付け加えら
れており、そこから金融緩和の可能性が中国指導部の脳裏にあることが透けてみえる。その他にも、
資金の回転を速める、資金調達コストを引き下げるといった文言が「政府活動報告」には盛り込まれ
ており、これらから判断して、預金準備率の引き下げや利下げなどが今後も継続される可能性が高い
と考えられる13。
(3)構造改革に資する分野を中心とした景気てこ入れを継続
~「定向調控」~
ただし、やみくもに拡張的な財政政策や金融緩和策を打つことは避け、経済構造の改革や民生の改
善に資する分野に的を絞る形で景気のてこ入れを今年も図っていくとの方針(中国語で「定向調控」)
を中国指導部は堅持している。
「政府活動報告」では、①バラック地区や老朽危険家屋の改築、都市の埋設管網、②中西部の鉄道・
道路、内河航路などの交通インフラ、③水利などの農業インフラ、④通信網・電力網・パイプライン
などが今年の重点投資プロジェクトに指定されている。また、⑤「シルクロード経済ベルト」構想・
「21
世紀の海のシルクロード」構想(両者合わせて「一帯一路」構想)14、北京・天津・河北の協同発展15、
長江経済ベルトの建設推進16といった地域間経済協力に関わる交通インフラ整備事業、⑥イノベーショ
ン・産業高度化促進策(例えば「製造大国」から「製造強国」への転換を目指した「中国製造2025」、
既存産業によるITの応用促進を目指す「インターネットプラス」行動計画、企業や大学・研究機関に
よる研究開発活動等)も、財政・金融面の支援対象に含められる見込みである。
その他、全人代では、
「一帯一路」構想の推進による海外需要の創出、輸出信用保険の規模拡大によ
るインフラ輸出の支援など、輸出へのてこ入れも図られることになっている。
3.改革の深化なくして持続的成長なし
このように経済への下押し圧力が強まっている状況では、景気てこ入れを幾分強めざるをえないと
習政権は考えている。しかし、それは一時しのぎの「弥縫策」にすぎず、持続的な成長を確かなもの
にするためには、改革開放を更に前に進めるよりほかないことも強く意識されている。李首相が「政
府活動報告」の中で「改革の深化、経済構造の調整なくして、安定的かつ完全な形で経済を発展させ
ることは難しい」と述べていることからも、それは明らかである。
(1)民間活力の解放
とりわけ重視されているのは、さまざまな規制によって十分に発揮されていない民間活力の解放で
ある。具体的には、①法的根拠を持たない行政許認可・審査の完全撤廃やより下級の地方政府への権
限委譲といった行政改革の推進、②投資認可手続きの簡素化、PPP(官民連携)の積極的推進によるイ
ンフラ事業・公共サービスへの民間の知恵・資金の取り込み、民間資本に対する参入規制の大幅緩和
によるプライベート・エクイティ・ファンド設立の奨励、といった投融資制度改革、③国有企業に対
する非国有企業の出資奨励、④科学技術、教育、文化、医薬・医療衛生、養老保険などへの民間企業
5
の参入奨励、⑤「外商投資産業指導目録」の改正による「制限類」の数の半減、
「奨励類」の審査・許
認可権の下級の地方政府への大幅移譲17、参入段階の内国民待遇とネガティブリストによる管理方式の
採用のより積極的な検討、といった施策がそれに該当する。
(2)金融改革の推進による資金配分の歪みの是正
また、資金配分を歪ませ、持続的な成長を危うくするような金融関連規制の削減を更に進めること
も今年の重点施策となった。例えば、預金金利の上限規制の撤廃である。中国の金利自由化は1996年
の銀行間コール金利の自由化を手始めに漸進的に進められ、残る金利規制は預金金利の上限規制のみ
となっているが、中国人民銀行の周小川総裁は、2015年3月12日に行われた記者会見で、2015年中に預
金金利の上限規制を撤廃する可能性が非常に高いと述べている18。その他、為替レートを上下双方向に
より柔軟に動かすこと、資本取引の自由化を更に進めること19なども「政府活動報告」の中で今年の方
針として確認されている。
(3)対外開放の更なる推進
二国間・多国間貿易協定の拡充に対しても前向きな姿勢が示されている。具体的には、情報技術協
定(ITA)の適用範囲拡大、日中韓FTAの交渉加速、中国・ASEAN自由貿易協定(ACFTA)のアップグレ
ード交渉と東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の完了、米中投資協定、EU・中国投資協定の交
渉推進などである。それにより、輸出環境の改善、輸入品や外国企業との競争を通じた高度化の促進
を図る構えだ。また、改革開放の先遣部隊としての位置づけが与えられている上海・広東・天津・福
建の自由貿易試験区の整備を積極的に推進し、そこで得られた経験を全国に適用していくことなども
「政府活動報告」で改めて謳われている。
4.問われるのは成長率の水準よりも成長の形
(1)安定と改革のバランス
今後の注目点は、これらの改革を経済・社会の安定を保ちつつ、かつ、できる限り速やかに実行に
移し、成長に結びつけていけるかだ。
第3節でみたとおり、持続的成長のためには、改革の推進が不可欠である。しかし、残された改革は
難度の高いものが多い。それゆえ、改革を推進することで、経済運営などの面でリスクが増す可能性
があることも、また事実である。
例えば、行政改革、投融資制度改革、国有企業改革などは、民間活力の解放、経済の効率化や歪み
の是正に資するが、他方で、行政的手段を通じた経済のコントロールを行いにくくもする。また、改
革の推進にあたっては、既得権益層の反発も予想されるために、政治的な不安定性が増す恐れもある。
金融改革についても、競争激化により経営基盤の弱い一部の金融機関が破たんしたり、為替や資本
移動の激しい変化にさらされ、企業や金融機関が経営困難に陥るリスクが高まりうる。李首相も全人
代後の記者会見で「個別の金融リスクの発生は認める」と発言している20。そうした事態に備え、周総
裁の見立てどおり今年上半期に預金保険制度を導入するとともに、金融機関の破たん処理メカニズム
の整備を急ぐ必要があるだろう。
6
地方政府の財政規律の強化、国有企業改革に関しても然りである。経済の下押し圧力の背後にある
過剰投資・過剰債務の問題を根本から正すには、地方政府や国有企業に対する「暗黙の政府保証」を
外していくことが必要不可欠であり、とくに最近では地方政府の財政健全化プランが矢継ぎ早に打ち
出されるようになってきている。しかし、
「暗黙の政府保証」を急に外してしまえば、それが信用収縮
の引き金となり、経済の大きな混乱を招きかねない。しかも、経済の下押し圧力が高まっており、不
良債権の増え方が加速しつつあるだけに(図表5)、改革の進め方の巧拙が試されることになるだろう。
そうした状況下、中国政府は地方政府の財政規律強化に向けた改革が地方政府の財政状況を激変さ
せることがないよう、前述のとおり、地方政府債務の借り換え支援、財政剰余金の活用、PPPによる民
間資本の活用などの措置をとる構えだが、他方で景気や不動産市場への下押し圧力が更に強まり、税
収や土地使用権譲渡収入が想定以上に伸び悩むリスクもある21。また、楼継偉財政部長が「地方政府債
務は全体的にはコントロール可能な範囲だが、一部の地方では債務が高すぎるため注視が必要」と発
言してもいる22。経済・社会の安定にも注意を払いながら、改革を進めていかなければならない状況が
続きそうだ。
(2)景気てこ入れの余力を失う前に、民間活力を引き出せる環境を作れるか
他方で、改革に伴う不安定化のリスクを敬遠し、改革の歩みを緩めれば、一時逃れのはずであった
財政・金融政策によるてこ入れに依存しつづけることになってしまう。中国の場合は、経常黒字国で
あり、3.8兆ドルもの外貨準備も持つ。そのため、国内の余剰資金により国債を消化し、それを元手に
景気対策を打ったり、金融機関や地方政府の救済を図ったりする余力がないわけではない。しかし、
財政・金融政策に頼った形でGDP倍増計画を達成したとしても、その先が危うい。なぜなら、今後更に
少子高齢化が進み、2020年をピークに人口が減少していくことで、貯蓄率の低下や社会保障費などの
義務的支出の増加が起こり、景気対策を打つ余力が次第に失われていく恐れがあるためだ。民間活力
の解放やイノベーションの促進、経済の歪みの是正などを急がねばならぬ理由はそこにある。
2015年は第12次五カ年計画の最終年という
図表 5
こともあり、今回の全人代で、中国政府は改革
を着実に前に進める意志を顕わにしたが、それ
1,000
にもかかわらず、今年改革が思うように進まず、
900
第13次五カ年計画にそのツケを回すことにな
800
れば、中長期的な成長が危うくなりかねない。
700
商業銀行の不良債権残高・比率
(10億元)
(%)
不良債権残高(左目盛)
不良債権比率(右目盛)
600
カンフル剤に頼った「+7.0%前後」の成長で
2.5
2.0
1.5
500
はなく、改革の深化により成長率目標を達成で
400
きるかどうか。成長率の水準もさることながら、
300
「成長の形」が問われている。
200
1.0
0.5
100
0
0.0
09/3 10/3 11/3 12/3 13/3 14/3 (年/月末)
(資料)中国銀行業監督管理委員会、CEIC Data
7
1
なお、「中程度の高成長」への移行が必要な理由に関する包括的な説明は、「中央经济工作会议在京举行」(『新华
网』2014 年 12 月 11 日、http://news.xinhuanet.com/fortune/2014-12/11/c_1113611795.htm、2014 年 12 月 11 日アク
セス)。
2 「小康」は「安定し、余裕のある経済水準」を意味する。
3 ①今年の大卒者が過去最高の 749 万人に達する見込みであること、②生産能力過剰問題の解決など、構造改革を進め
る中で失業者の再就職問題が生じると予想されるといった事情が、生産年齢人口(15~59 歳)が 2012 年以降減少して
いるにもかかわらず、雇用創出目標が据え置かれている主因であると推察される。
4 なお、2014 年よりも低い経済成長率で 2014 年同等の雇用目標を達成できる理由として、「政府活動報告」では、①
経済におけるサービス産業のウェイトの高まり、②小規模・零細企業の増加、③経済規模の拡大が挙げられている。成
長率と都市部の雇用機会の関係については、伊藤信悟「2015 年の中国のマクロ経済運営~景気下支えを強めつつ成長
率を+7.0%前後に誘導~」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2015 年 1 月 28 日)を参照されたい。
5 「新华网 2015 全国两会现场直播 国务院总理李克强会见中外记者」2015 年 3 月15 日(http://www.news.cn/politi
cs/2015lh/premier/wzsl.htm、2015 年 3 月 15 日アクセス)。
6 なお、
このように減速懸念が高まっているにもかかわらず、マクロ経済運営の方針を示すスローガンは、昨年同様「積
極的財政政策」と「穏健(中立的)な金融政策」に据え置かれた。ただし、「積極的財政政策」とは赤字財政を組むと
の意であり、「穏健な金融政策」も、バブルを回避する一方で景気の冷え込みも回避し、経済を健全かつ安定的な状態
に保つという意味合いを持つにとどまっており、かなり幅が広い。そのため、マクロコントロールの方向性の細やかな
変化を、これらのスローガンから読み解くのは難しく、後述するように、他の情報も勘案し、推察する必要がある。
7 「财政部就“财政工作和财税改革”答记者问」(『中国政府网』2015 年 3 月 6 日、http://www.gov.cn/zhuanti/201
5qglhzb/zb06.htm、2015 年 3 月 6 日アクセス)。
8 中国财政部新闻办公室
「积极的财政政策加力增效 财政部新闻发言人就提高赤字率和进一步加大支持强度接受记者采
访」2015 年 3 月 8 日(http://www.mof.gov.cn/zhengwuxinxi/caizhengxinwen/201503/t20150308_1199335.html、2015
年 3 月 8 日アクセス)。
9 「财政部就“财政工作和财税改革”答记者问」(『中国政府网』2015 年 3 月 6 日)。
10 地方債への転換対象となるのは、2013 年 6 月 30 日までに地方政府が償還責任を負うとの認定を受けた債務のうち、
2015 年に償還期限を迎える債務。その債務は総額 1 兆 8,578 億元であり、その 53.8%が地方債に転換される計算とな
る。地方債の発行主体・償還主体は、各省・自治区・直轄市・計画単列市(省政府を経由せずに中央政府と行政的につ
ながっている都市)の政府。地方債の発行により調達した資金は、原則として転換前の債務の元本返済に充てることに
なっている(财政部新闻办公室「财政部有关负责人就发行地方政府债券置换存量债务有关问题答记者问」2015 年 3 月
12 日、http://www.mof.gov.cn/zhengwuxinxi/caizhengxinwen/201503/t20150312_1201705.html、2015 年 3 月 12 日ア
クセス)。
11 中国财政部新闻办公室「积极的财政政策加力增效
财政部新闻发言人就提高赤字率和进一步加大支持强度接受记者
采访」2015 年 3 月 8 日。
12 なお、M2 伸び率の目標値の引き下げは、成長率目標の引き下げに呼応したものだと推察される。
13 なお、2014 年以降の中国の金融政策の変遷については、伊藤信悟・玉井芳野「利下げに踏み切った中国~「選択的
金融緩和」からの離脱とその背景~」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2014 年 12 月 2 日、http://www.mizuh
o-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/as141202.pdf)、玉井芳野「中国・預金準備率引き下げの狙い~流動
性供給の弱まりと景気下振れ懸念に対応~」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2015 年 2 月 13 日、http://www.
mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/as150213.pdf)、玉井芳野・中澤彩奈「中国:緩やかな減速が
続く見込み」(みずほ総合研究所アジア調査部『みずほアジア・オセアニア経済情報』第 2 章、2015 年 4 月号、http:
//www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/asia-eco/asia201504.pdf)を参照されたい。
14 「一帯一路」は、2013 年の中国共産党第 18 期中央委員会第 3 回全体会議で採択された「改革の全面的深化における
若干の重要な問題に関する中共中央の決定」の中にも盛り込まれた重要政策である。その狙いは、東のアジア太平洋経
済圏と西のヨーロッパ経済圏の間で経済交流を活性化させ、地域の発展を促すこと、および、人文交流を活発化させ、
相互理解の増進を図ることにある。うち「シルクロード経済ベルト」構想は、中国、欧州間を陸路で結ぶ地域の経済交
流活性化、
「21 世紀の海のシルクロード」は、中国沿岸部と中東、アフリカ、欧州間を結ぶ海路構築を通じた交流活性
化を目指している。
15 北京・天津・河北(中国語で「京津冀」
)の一体的な発展に関する構想は、古くは 1980 年代初頭に遡るともいわれ
ているが、2014 年 2 月に開催された関連の座談会で習国家主席が北京・天津・河北の協同発展を重要な国家戦略とし
て位置づけた。近々その全体計画である「京津冀協同発展規画綱要」が発表されるとの報道も多い(「京津冀战略一周
年 三大方向突破在即 顶层设计将出台」
(『中国证券网』2015 年 2 月 26 日、http://news.cnstock.com/news/sns_yw/20
1502/3349200.htm、2015 年 3 月 18 日アクセス)
)。
16 「長江経済ベルト」構想は、長江流域の上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、重慶市、四
川省、雲南省、貴州省の 11 省市でマルチモーダルな交通ネットワークの整備などを通じて有機的な分業ネットワーク
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を構築し、地域全体の高度化を狙う構想である。2014 年 9 月には、その全体計画に相当する「長江黄金水道による長
江経済ベルトの発展に関する指導意見」、および、交通インフラの整備方針をまとめた「長江経済ベルト総合立体交通
回廊計画」が発表されている。
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実際、2015 年 3 月 13 日に「外商投資産業指導目録(2015 年修正)」が商務部により公布され、「奨励類」の数が 7
9 業種から 38 業種に減らされ、鉄鋼、エチレン、石油製品、クレーンなどへの出資比率規制が撤廃された。サービス
業では、電子商取引、フランチャイズ経営、鉄道、地下鉄、ライトレール、海上輸送、劇場などで出資比率規制が撤廃
されている(「《外商投资产业指导目录(2015 年修订)》发布」(『人民网』2015 年 3 月 14 日、http://finance.people.
com.cn/n/2015/0314/c1004-26692528.html、2015 年 3 月 18 日アクセス))。
18 「中国人民银行行长周小川等答记者问」(『中国政府网』2015 年 3 月 12 日、http://www.gov.cn/zhuanti/2015qgl
hzb/zb27.htm、2015 年 3 月 12 日アクセス)。
19 例えば、2014 年 11 月 17 日にスタートした上海・香港市場間の株式相互取引と同様の仕組みを、適切な時期に深圳・
香港市場間でも試行すること、個人投資家による海外投資を試行することなどが
「政府活動報告」に書き込まれている。
20「新华网 2015 全国两会现场直播 国务院总理李克强会见中外记者」2015 年 3 月 15 日。
21 予算上、2015 年の国有土地使用権譲渡収入は前年比 4.7%減少するとされている(财政部「关于 2014 年中央和地方
预算执行情况与 2015 年中央和地方预算草案的报告」2015 年 3 月 5 日(『中国政府网』2015 年 3 月 17 日、http://www.
gov.cn/xinwen/2015-03/17/content_2835417.htm、2015 年 3 月 19 日アクセス))。
22 「财政部就“财政工作和财税改革”答记者问」(『中国政府网』2015 年 3 月 6 日)。
[共同執筆者]
アジア調査部中国室長
アジア調査部中国室エコノミスト
伊藤信悟
玉井芳野
[email protected]
[email protected]
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