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手術の麻酔について
NTT東日本札幌病院 麻酔科
山澤 弦
麻酔とは
手術中において
単に痛みをなくしたり、眠らせたりするだけではなく、
患者さんの体が手術に最もよく耐えられるように守ること。
患者さんそれぞれの体の状態、受ける手術の種類から判断して、
最適と考えらえる方法で麻酔を行う。
麻酔科医の仕事
十分な監視装置(心電図、血圧計など)と薬剤を用意して
患者の体の状態に絶えず気を配り
・手術中の呼吸・循環・輸液・輸血・体温・代謝など全身状態を管理
・手術中のあらゆる異常事態に対処
・手術後の合併症をできるだけ少なくする
そして
・手術が安全かつスムーズに進行するように見守っている
痛みの経路
末梢神経
↓
脊髄
↓
脳幹(視床)
↓
大脳
顔面の神経は脊髄を
通らず、直接脳幹へ
麻酔の種類
大きく二つに分けられる。
1 意識のない完全に眠った状態にする麻酔
全身麻酔
2 意識はあるが、痛みを感じない状態にする麻酔
局所麻酔
伝達麻酔 (末梢神経ブロック)
脊髄くも膜下麻酔
硬膜外麻酔
麻酔方法の選択
これらの麻酔方法を組み合わせることで、それぞれの
短所を補い
長所を生かす
ことが可能である。
麻酔方法の決定因子
手術の種類
患者さんの状態
可能な限り本人の希望
全身麻酔
静脈麻酔薬または吸入麻酔薬を全身に投与
意識のない完全に眠った状態にする麻酔方法
手術は知らないうちに始まり、知らないうちに終わる
・始まり方
点滴から静脈麻酔薬が入って眠ることが一般的。
・手術中
手術の性質、予定時間、患者さんの状態を考慮して、
静脈麻酔薬か吸入麻酔薬を麻酔科医が選択する。
・適応
あらゆる手術に対応できる。
全身麻酔中の呼吸
・全身麻酔薬を使用すると呼吸が弱くなる
・手術を行い易くするため筋肉を緩める薬(筋弛緩剤)を使用
自分で呼吸をすることができない
呼吸の手助け(人工呼吸)が必要
口から気管へチューブを挿入(気管挿管)を行う
代表的合併症
・チューブの影響
声のかすれ
のどの痛み
歯の損傷
・嘔気・嘔吐
・頭痛
通常1,2日で消失
全身麻酔の合併症
悪心、嘔吐
歯牙損傷
嗄声、咽頭・喉頭痛
誤嚥
術後譫妄・術後不穏
肺塞栓
冠動脈攣縮
脳梗塞
アナフィラキシーショック
悪性高熱症
術中覚醒
末梢静脈穿刺の神経損傷
末梢静脈路の漏れ
20〜30%
頻度不明
14.4〜50%
0.003%
高齢者の50% 小児の23〜72%
非常にまれ
0.03%
頻度不明
0.01%
0.002%
1%(抜管の時は記憶がある)
0.03%
小児の11%
麻酔の種類
大きく二つに分けられる。
1 意識のない完全に眠った状態にする麻酔
全身麻酔
2 意識はあるが、痛みを感じない状態にする麻酔
局所麻酔
伝達麻酔 (末梢神経ブロック)
脊髄くも膜下麻酔
硬膜外麻酔
脊椎・脊髄の模型
脊椎の横断面
脊髄はくも膜下腔に満たされた脳脊髄液に包まれている。
硬膜外腔はその周りを包んでいる隙間である
硬膜外麻酔
脊髄を取り囲む空間(硬膜外腔)に細いチューブを挿入
そこから局所麻酔薬を注入
体の一部分のみ痛みを感じない状態
上肢
胸部
腹部
下肢
硬膜外麻酔は体の一部に効果を与える
硬膜外麻酔の特徴
・手術する部位のみを部分的に麻酔をすることができる。
・チューブからいつでも麻酔薬を追加できる。
・そのまま術後の痛み止めとして使用できる。
・他の痛みどめより効果が強く、大幅に痛みを抑えられる。
・全身麻酔薬単独と比べて、麻酔薬の使用量が少ない。
・最終薬剤投与から数時間で効果はほぼ消失する。
硬膜外麻酔の短所
・まれに神経障害を起こすことがある。
・硬膜外血腫が生じることがある。
・感染により硬膜外膿瘍が生じることがある。
・血腫や膿瘍によって麻痺が発生することがある。
・局所麻酔中毒やアレルギーが起こることがある。
短所は極めてまれなもので、そのほとんどが消失する。
硬膜外麻酔の適応手術例
胸部の手術
腹部の手術
下肢の手術
ほとんどの場合、全身麻酔と併用する。
抗凝固剤・抗血小板剤を服用時は内服中断が必要
合併症
硬膜穿刺
0.6%
硬膜外血腫
0.001%
硬膜外膿瘍
0.01%
脊髄神経根損傷
0.01〜0.1%
掻痒感
頻度不明
硬膜外カテーテルの
切断、迷入、抜去困難
頻度不明
脊髄くも膜下麻酔
一般に腰椎麻酔、下半身麻酔と呼ばれている。
脊髄の周りに局所麻酔薬を注射
下半身すべての神経を遮断
痛みを感じないが足も動かない
手術終了後も痺れて足が動かない状態が続く。
長所
比較的簡単にできる。
麻酔薬の使用量が少ない。
意識がある状態での手術が可能
短所
意識があるため、手術中の物音が聞こえる。
(全身麻酔を併用して眠った状態にする)
麻酔効果が一定しない(効きが悪い、手術中に切れる)
この場合は全身麻酔を併用することで手術は安全に行われる。
運動神経にも麻酔が効くため、手術後は効果が切れるまで
足が動かない。
稀に神経障害を起こすことがある。
適応
主に下半身の手術
下肢
泌尿器科
経尿道的
会陰
産婦人科
経膣的
会陰
経肛門的小手術
虫垂炎、鼠径ヘルニアなど
抗凝固剤・抗血小板剤を服用時は内服中断が必要
合併症
脊髄くも膜下麻酔後頭痛
2〜19.3%
末梢神経障害
0.01〜0.03%
くも膜下血腫
非常にまれ
前脊髄動脈症候群
非常にまれ
脳神経障害
0.34%
脊髄くも膜下麻酔後腰痛
頻度不明
伝達麻酔(末梢神経ブロック)
痛みは末梢の神経から脊髄を通って脳に伝わる。
脊髄までの道筋に局所麻酔を注射して、部分的に痛みを感
じない状態にする方法。
長所
全身に及ぼす影響が少ない。
比較的簡単にできる。
全身麻酔薬の量を減ずることができる。
短所
意識があるため手術中の物音が聞こえる。
麻酔効果が一定しない。
(効きが悪い、手術中にきれることがある。)
運動神経も麻酔が効くため一時的に手足が動かなくなる。
(麻酔薬の効果消失とともに必ず回復する。)
適応
・上肢の手術 (腕神経叢ブロック)
・下肢の手術 (大腿神経ブロック 坐骨神経ブロックなど)
(脊髄くも膜下麻酔では下半身すべての神経が遮断されるが、
この場合は手術する部位だけの神経を遮断する)
数時間の効果があるため、術後もしばらく痺れた状態が続く。
合併症
神経障害
超音波ガイド法や電気刺激法を用いて、合併症発生のリ
スクを軽減している。
手術部位別麻酔方法の目安
頭 首 鼻 口 顎
全身麻酔
目
全身麻酔(または局所麻酔)
上肢 肩 (下肢)
全身麻酔+伝達麻酔
胸部 腹部 下肢の大手術
全身麻酔+硬膜外麻酔
または 伝達麻酔
下肢 下腹部の小手術
(虫垂炎、鼠径ヘルニア)
脊髄くも膜下麻酔
麻酔の前に
1.食事・飲み物
手術前には胃の中を空にする必要がある。
食事
水分
約12時間前まで
約3時間前まで
2.普段飲まれている薬のうち中止または継続の判断が必要な薬
抗凝固剤・抗血小板剤、ホルモン剤、抗うつ剤
3.禁煙
喫煙の手術・麻酔に対するリスク
手術中の喉頭痙攣 (息ができなくなる)
血管合併症 (心筋梗塞・脳梗塞)
手術後に肺合併症 (肺炎、無気肺など)
喫煙は最低1ヶ月必要
一日禁煙するだけでも酸素運搬能は改善する
肺機能によっては禁煙のため手術延期もあり得る
4.その他
・装具 装飾品(入れ歯 眼鏡 指輪 ピアスなど)
誤嚥・誤飲
紛失の可能性
電気メスによる火傷
・化粧 マニキュア
麻酔用モニターの感度が低下し、異常発見が遅れる
・髭
気管挿管チューブの固定が不安定