描画検査における「切断」について ─ 統合型 HTP 法による検討 ─ Paper Chopping on Drawing Test by Synthetic House-Tree-Person Method 田 畑 光 司 TABATA, Koji 「paper-chopped drawings」 (Wenck, 1977)あ Ⅰ はじめに るいは「extension」 (Burns, 1987)ともいわ 描画検査とは、 被験者に 「樹木」 「家族」 、 「最 、 れる。いずれにしても統一的な表現はまだな も不快なもの」などの課題を与え、それにつ い。切断という言葉は、全体があるはずなの いて絵を描かせるものである(高橋, 1974) 。 に断ち切れているという、収納枠の立場を感 このときに、課題であるアイテムの大きさや じさせる。extension(延長)やはみだしと 場所によって、一部が紙端で切断されたよう いう言葉では、収納枠に収まらない側の立場 に描画されることがある。これは 「はみだし」 を感じさせ、切断が否定的なニュアンスであ (井手ら, 1991) 、 「枠切れ現象」 (皆藤, 1994) 、 るのに、肯定的なニュアンスを持ってしまう。 「 切 断 」( 三 沢, 1995)などと呼ばれている。 表現の違いは、解釈の違いに影響するかもし 英 語 で は「paper chopping」 (Buck, 1992) 、 れない。図1に切断の例を引用した。 図1 切断の例(Wenck(1977)より引用) キーワード:統合型HTP法、切断、描画検査 Key words : ― 149 ― 埼玉学園大学紀要(人間学部篇) 第14号 (説明:Wenckは、用紙の上下左右という位 一方、そのような心的機制との関連は示され 置ごとに異なる解釈があることを紹介してい な かった と い う 報 告 も あ る( 森 田 ら, 1991、 る。) 木村ら, 2010)。切断を描画検査の分析項目と し て は と り あ げ な い 成 書 も あ る( 例 え ば 検査によって切断の多いものとそうでない Handler, et al, 2014)。 ものがあるともいわれ、切断が生じた用紙の アイテム全体を描写することが暗黙のメッ 位置やアイテム内容などに関して様々な解釈 セージである描画検査において、なぜ切断が 仮説が提案されている。例えば、未解決な問 生じるのだろうか。そして分析項目として評 題や葛藤が残されている可能性が切断にはあ 価しない成書があることはどうしてなのだろ ると解釈できること、描画検査の中でも統合 うか。つまり、描画検査の「切断」に心的機 型HTP法は切断が生じやすいといわれている 制の反映があることを仮定しても、いまだに (三沢, 1995) 。Buck(1992)やLeibowitz(1999) 統一的といえる解釈もなく、知見の集積も十 は、切断が紙面の上や下といった位置で生じ 分とはいえないことがわかる。 た場合、それぞれ違った解釈があることを報 今回、統合型HTP法に見られる切断につい 告している。空間配置に関するGrünwaltの理 て検討する理由はここにある。統合型HTP法 論(秀島ら, 2006)と関連して、切断の配置 は3つのアイテムを一枚の用紙に描写するた (Burns, et al., 1987) や ア イ テ ム と の 関 係 め、一つのアイテムを一枚の用紙に描写する (Moschini, 2005)に注目して解釈を試みるも バウムテストやHTP法などよりは切断が生じ のもある。 やすいといわれ(三沢, 1995)、データを収集 さらに非行少年や精神障害者の描画に見ら しやすいと考えた。 れるはみだしが、固有の精神病理と関連する 統合型HTP法において、切断はどのくらい という報告もある(一谷彊ら, 1984、栗岩ら, の頻度で見られるのだろう、アイテムごとに 2002、井手ら, 1991) 。表1に先行研究をまと 違いがあるのだろうか、さらには統合性と関 めた。 係あるのだろうか、これらの点について検討 切断に注目した解釈理論と研究報告がある することとした。 表1 切断研究のまとめ 発表 須賀 (1987) 綾瀬ら (2010) 青山ら (2006) 平川ら (1997) 三沢 (2009) 栗岩ら (2002) 検査 統合型 HTP法 統合型 HTP法 統合型 HTP法 統合型 HTP法 統合型 HTP法 HTP法 対象者 分裂病者46名、正常者64名 分析法 結果 描画面の辺による切断 分裂病35名、正常53名に切断 大学生93名 画面からのはみだし 学生352名MEISからアイデンティ はみだし ティ確立群56名、同拡散群51名 非行少年104名 はみだし 小学生238名 はみだし 不登校中学生19名 切断 ― 150 ― 80名のうち家21名、木24名、人4 名にはみだし 確立群は家8、木18、人4名、拡 散群は家11、木21、人4名 家、木、人の3つがはみだしてい るのが非行少年群の特徴 1年は家7、木3.5、人3.5、6年で は29.3、25.7、10(%) 不登校児には男女ともに切断が多 い 描画検査における「切断」について 徴などを記録し、出現者数を数えた。 Ⅱ 目的 統合型HTP法における「切断」に注目し、 Ⅳ 結果と考察 その実態について検討し心的機制について考 1)切断の出現率 察することを目的とした。 518名について切断「あり」は132名(25.5%) で あった。 性 別 で は 男 性 の19.0 %、 女 性 の Ⅲ 方法 27.4%が「あり」であった。男女の出現者数 1.対象 の差について検定した結果、有意差は示され S県内私立大学の保育士専攻大学生 518 なかった(P=0.0675)。切断の出現率には 名(男子 117名、女子 401名)であった。 性差はなかったといえる。 2.実施時期 2)アイテムと切断 2006年4月~2013年3月の間であった。 切断「あり」であった132名について、 「家」、 「木」、 「人」の各アイテムに対する切断は、順 3.手続き に35名(26.5%)、112名(84.8%)、0名(0%) 統合型HTP法は授業時間を利用して実施し であった。家よりは、木を切断して描画する た。一般的な心理検査の説明の後、本法の実 ものが多かったといえる。性別では、女性(110 施を依頼した。A4の白紙を配布し、 「この紙に、 名)では、家が23.6%、木が86.4%であった。 「家」と「木」と「人」を入れてなんでも自 男性(22名)では家が40.9%、木が77.3%で 由に絵を描いてください。 」と教示した。描 あった。家にも木にも、性別による有意差は 画法検査を体験することがねらいであって強 示されなかった(p=0.0938、p=0.2776) 。切 制ではないこと、どうしても描きにくい場合 断出現に性差はなく、家よりも木が比較的多 には無理をしないでよいことも伝えた。終了 く切断される傾向があったといえる。 後、本法について解説をした。 三沢(2009)は統合型HTP法における「は みだし」について、小学生1年では「家」7%、 4.結果の整理方法 「木」3.5%、 「人」3.5%であり、6年生では順 1)統合性 に29.3%、25.7%、10%であったことを報告 アイテムの統合性は、先行研究にならって している。本研究の結果は、人以外のアイテ a)統合的であるもの、b)媒介による統合 ムにおける切断出現率は6年生よりも大きな であるもの、c)羅列的なもの、という基準 値であった。被験者が大学生である場合、人 に従って視察で分類した(田畑, 2011) 。 以外は切断が多く生じることが示された。人 を切断したものはいなかった。これは、切断 2)アイテムの切断 に反映される心的機制の発達差というよりは、 それぞれのアイテムごとに、 切断 「あり」 「な 切断を利用して描画する技術差の違いではな し」を視察で分類した。切断「あり」ではそ いだろうか。家や木を切断することで紙面に の部位(「家」であれば壁、屋根など)や特 立体感をもたせることができるからである。 ― 151 ― 埼玉学園大学紀要(人間学部篇) 第14号 人の切断が大学生では見られなかったことは、 であった。女性では17.9%、53.3%、28.8% 人を使った立体感よりも、人に対する関心の であった。統合性のbとcの出現率に有意差 発達差が反映されたものだろう。 があった(p=0.0162、p=0.0018)。統合性 木は樹冠や幹の一部が描写されなくても木 のうちaであったものの出現には男女差がな であることは認識できる。森林、並木などを かったが、女性はbが多くcが少なかったと 描写するときのように、多数の樹木から構成 いえる。統合性が高いということは現実検討 されているものは、一本の樹木全体を描写す 力の高さを示している。羅列はその逆であり、 る必要もない。家も同様である。街並みでは 男性よりも女性に羅列が多かったことは、課 家屋が連続するので、一軒全体を描写する必 題を吟味するような作業もなく描写してし 要もないことがある。それゆえ木や家の切断 まったためであると考えられる。 は描画場面では不自然さや違和感は強くはな い。しかし、人では切断があると描画の違和 4)統合性と切断 感や不自然さは強くなる。人は全身像を持っ 図3は、切断「あり」 「なし」と統合性の て描写されるのが自然であるから、なぜ全体 関係を示したものである。切断「なし」386 を描画しなかったのか、心的な関与が家や木 名について統合性を性別に比較する。男性(94 よりも強く作用したことを予想させるだろう。 名)はaが13名(13.8%)、bが37名(39.4%)、 小学生に見られた人の切断が大学生では見ら cが44名(46.8%)であった。女性(292名) れなかったことは、小学生と大学生の対人認 は a が42名(14.4 %)、 b が152名(52 %)、 知の差を反映しているのだろう。 cが98名(33.6%)であった。bとcの性別 出現率に有意差があった(p=0.323、p= 3)統合性 0.0205)。女性のb、cに有意差があったこ 図2は統合性について性別比較を示したも とは、切断「なし」で描画した女性は、男性 のである。518名のうち統合性がa(統合的) よりも統合性の高いものを描いたものが多 であったものは90名(17.3%) 、b(媒介に かったことを示している。 よる統合)は261名(50.4%) 、c(羅列)は 切断「あり」132名については、男性はa 167名(32.3%)であった。性別では、男性 が6名(27.3%)、bが8名(36.4%)、cが がa、b、cの順に15.3%、40.7%、44.1% 図2 統合性と性別 図3 切断と統合性 ― 152 ― 描画検査における「切断」について 8名(36.4%)であり、 女性はaが28名(25.5%) 、 で示された割合よりも多く出現していること bが63名(57.3%) 、cが19名(17.3%)であっ が示された。切断には何らかの心的機制が作 た。cの出現率に有意差があった(p=0.0407) 。 用していると思われるが、同時に描画の統合 女性のcに有意差があったことは、切断「あ 性を高める作用もあることが分った。三沢 り」で描画した女性は、男性よりも羅列少な (1995)が指摘するように、深読みしないで かったことを示している。 切断されている課題は何か、に注目すること 次に、切断「あり」 、 「なし」の差と統合性 も重要であろう。切断に関する解釈を機械的 を比較する。図3を見ると、切断「あり」は、 に当てはめることは危険であり、全体的に評 「なし」と比較して、aの増加とcの減少を 価する重要性が改めて認識された。投影法検 男性も女性も示した。切断することで描画の 査において、クックブック的な解釈は原理上 統合性を高める効果があったように見える。 なじめないものがあるだろう。今回は切断が 女性におけるaの出現率(p=0.0091) 、cの 生じやすいという理由から、統合型HTP法に 出現率(p=0.0013)に有意差があった。つ 注目した。バウムテスト、家族画など他の描 まり、切断のある描画は統合性が高いものが 画検査における切断についても今後検討をし 多く、羅列は少なかったといえる。男性では てゆく必要がある。 a、b、cの出現率に切断による有意差は示 されなかった。標本数が少ないことが影響し Ⅴ まとめ ていたためと思われる。 518名の統合型HTP法に見られた「切断」 切断の心的機制については、精神病理との を分析した。出現率は25.5%であり、性差は 関連性から解釈する報告が多い。統合型HTP 見られなかった。アイテム別に見ると、「木」 法については表1にまとめたが、樹木画検査 の切断が多く「人」では切断はなかった。 では、井手ら(1991)は、精神科患者では健 統合性と切断の関係については、切断「あ 常者の2倍多いことを、一谷ら(1984)も非 り」描画は切断「なし」よりも統合性の高い 行少年は有意差をもってはみだしをする位置 ものが多くあり、切断が統合性を高めるため があり、現実吟味の弱さの反映であると報告 に意図的に使われていたことを示唆している。 している。加曾利ら(2010)は神経症傾向の 先行研究の多くは、切断にはネガティブな心 低い群でははみだしの出現頻度が多いという。 的機制が反映されていることを指摘している。 風景構成法を使った皆藤(1994)は、山や木 大学生が被験者であった本研究の結果は、描 の切断はYG検査の不安定不適応消極型と関 画の統合性を高めるために切断をポジティブ 連があるという。切断の空間配置については、 に利用している被験者がいたことが示唆され 樹木画や家族画などに関わらず、上下左右に た。 反映される心的機制があることが報告されて いる(Levy, 1959) 。 切断を描画表現の一つとして被験者が利用 することが考えられないだろうか。大学生を 被験者とした本研究の結果、切断は先行研究 ― 153 ― 埼玉学園大学紀要(人間学部篇) 第14号 文献 発達的な検討 創価大学大学院紀要, 32, 309- 青山桂子・市川珠理(2006). 青年期におけるアイ デンティティの感覚と統合型HTP法の描画特徴 332. 栗岩瑞生・渡辺タミ子・大山建司(2002). 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