yibrio parahaemolyticusに よ る心 原 性 シ ョ ック の1例

163
yibrio
parahaemolyticusに
よ る 心 原 性 シ ョ ッ ク の1例
奈良県救命救急センター
辻本
正之
北 岡
健
中 上 由美 子
笹岡
保典
松本
宗明
鎌 田喜太 郎
森本
淳詞
奈 良県立奈 良病院中央検査部
吉
村
豊
中
山
章
文
大阪大学微生物病研究所細菌血清部門
本
田
武
司
奈良県立医科大学第2内 科学教室
三笠
桂一
澤木
政好
(平成5年6月7日
成 田
亘啓
受付)
(平成5年10月6日 受理)
Key
words;
Vibrio
tarahaemolyticus,
cardiogenic
序
文
し て 発 見 さ れ,現
direct
魚 を 食 べ,翌19日
弱briopmahaemo砂ticusを
起 因 菌 とす る 腸 炎
ビ ブ リオ 食 中 毒 は,1950年
thermostable
hemolysin,
shock
出 現 し た.同
午 前 中 よ り腹 痛,水
に シ ラ ス中 毒 を契 機 と
受 診 し,食
中 毒 の 診 断 に て 入 院 と な っ た が,チ
在 わ が 国 で は細 菌 性 食 中 毒 の 起
ノ ー ゼ,輸
液 に反 応 しな い 血 圧 低 下 が 出現 した た
め 気 管 内 挿 管 さ れ,9月20日
因 菌 と し て 最 も 多 くを 占 め る.
ま たV.panhaemolitycusの
産 生 す る耐 熱 性 溶
午 前0時30分
我 々 は 今 回,V.parahaemlyticus腸
同 時 に 食 事 を 摂 取 し た 家 族3名
現 症:意
炎にお いて
耐 熱 性 溶 血 毒 で あ るThermostableDirect
Hemolysin(TDH)お
し,胸
よ びTDHRelated
Hemolysin(TRH)に
対 す る抗 体 の上 昇 を 認 め た
部 異 常 な し,腹
入 院 時 検 査 所 見(Table
1):WBC10,800/μl,
て 報 告 す る.
93,000/μl,TP6.29/dl,ALB
性.
l,LDH
痛.
Na
既 往 歴:特
記 す べ き こ とな し。
家 族 歴:特
記 す べ き こ と な し.
現 病 歴:92年9月18日,夕
別刷 請 求 先:(〒634)奈
3.5g/dl,
mg/dl,Cre2.5mg/dl,GOT
例
146IU/
CPK
130IU/l,
4.3mEq/l,Cl
109mEq/l,CRP
28.6mg/dl.
検 尿:蛋
食 に 家 族 と と も に生
辻本
便:水
様,潜
白,潜
血,ケ
血(廾),胸
度 の う っ血 像.CTR45%.心
良県 橿 原 市 四条 町840
奈 良県 立 医科 大 学 第2内 科
BUN20.0
88IU/l,GPT
9261U/l,AMY780IU/1,
138mEq/l,K
球結 膜黄染 な
部 平 坦,軟.
RBC381/μl,Hb12.0g/dl,Ht35.2%,Plt
症
圧60/mmHg,触.
瞼 結 膜 貧 血 な し,眼
救 命 症 例 を経 験 した の で 若 干 の文 献 的 考 察 を加 え
平 成6年1月20日
に は軽 度 の 消 化
識 レ ベ ル はJCS3,血
体 温37.2℃,眼
痢,腹
当 セン
器 症 状 が 出 現 し た の み で あ っ た.
れ て い る1)∼3).
主 訴:下
ア
タ ー 搬 入 と な っ た.
血 毒 に よ る心 原 性 シ ョ ック に よ る死 亡 例 が 報 告 さ
患 者:53歳,女
様性下 痢が
日夜 間 に 症 状 が 悪 化 した た め近 医 を
正之
第1度
房 室 ブ ロ ッ ク,広
トン,ビ
部X線
リル ビ ン 陰 性.
写 真:両
側 肺野軽
電 図 所 見:洞
範 囲 誘 導 に てST-T変
調 律,
化
164
辻本 正之 他
Table
1
Examination
on admission
Table
2
cultured
Profile
from
haemolyticus(血
清 型01;K56)(Table2)
Thermo-stable
Feces
occult
of Vibrio parahaemolyticus
feces on admission
Direct
神 奈 川 県 現 象 陽 性.血
blood;
positive
culture;
Vibrio
CD test;
negative
thermostable
(TDH)産
生.
性,血
清 中エ ン
院 直 後 のCVPは8cmH2Oと
正
ド トキ シ ン 3.2ng/dl.
parahaemolyticus
入 院 後 経 過:入
direct hemolysin;
Hemolysin
液 培 養:陰
positive
常 範 囲 内 で,す
で に 十 分 に 輸 液 が 行 わ れ て お り,
Urine
protein;
occult
諸 検 査 よ り 脱 水 が 否 定 的 な こ と か ら,心
negative
blood;
原 性
シ ョ ッ ク も し くは 敗 血 症 に よ る シ ョ ッ ク と考 え,
negative
カ テ コ ラ ミ ン 製 剤,Cefotiam,Ciprofloxacinを
用 し つ つ 呼 吸 循 環 状 態 の 管 理 を 行 っ た.入
(Fig.1).
細-菌 学 的 所 見:便
培 養 検 査:yibrio
Fig.
1
para-
Electrocardiogram
使
院時に
採 取 し た 便 よ りV.parahaemolyticusお
よ び
TDHを
者は
on admission
検 出,本 菌 に よ る 腸 炎 と診 断 し た.患
and recovery
I
V1
I
V1
II
V2
II
V2
III
V3
III
V3
aVR
V4
aVL
aVF
aVR
V4
V5
aVL
V5
V6
aVF
V6
stage
感 染 症 学雑 誌
第68巻
第1号
V.parahaemolyticusに
Fig. 2
Clinical
course
after
第7病
admission
CPFX;
Ciprofloxacin
CTM;
Cefotiam
165
よ る 心 原 性 シ ョ ッ ク
日に 人 工 呼 吸 器 離 脱,集
経 過 中,TDH,TRHに
DOA;
Dopamin
Nad:
Nor-Adrenalin
中 治 療 室 退 室,第
28病 日に 退 院,外 来 経 過 観 察 と な った(Fig.2).
対 す るモ ノク ローナル
抗 体 に よ るELISA法
を 用 い てThermostable
Direct Hemolysin(TDH)お
Hemolysin(TRH)に
よびTDH
Related
対 す る抗 体 を検 索 した と こ
ろ高 値 を 認 め 本 菌 に よ る心 原 性 シ ョ ッ ク と診 断 し
た5)9).
IgMク
ラ ス の 抗 体 価 は 初 回 に 検 索 した 第7病
日か ら経 時 的 に低 下 を 認 め た.IgGお
よびIgAク
ラス の 抗 体 価 は第14病 日に最 高 値 を示 し,以 後 低
下 し,第180病 日の 血 清 で は 正 常 人 コ ン トロー ル血
清 の レベ ル に低 下 した(Fig.3).
回復 期 に行 った 心 電 図検 査 で は,病 初 期 に認 め
られ た 異 常 は消 失 し て お り(Fig.1),・ マス タ ー二
段 階 負 荷 後 の心 電 図検 査 で も,ST-T異
常 は認 め
られ な か った.
患 者 は 軽 快 退 院 とな り,現 在 外 来 で 経 過 観 察 中
で あ る.
考
察
本 症 例 はV.parahaemolyticusの
Fig. 3
Anti-TDH
after
admission
and anti-TRH
(data
from
antibody
ELISA)
titer
TDH,TRHに
た1例
産 生 す る
よ る心 原 性 シ ョ ッ クか ら救 命 し得
と考 え られ る.
腸 炎 ビ ブ リオ食 中 毒 は1950年 に最 初 に報 告 され
て 以 来,現 在 で は 本 邦 の 細 菌 性 食 中 毒 中,最
も高
頻 度 に認 め られ て い る.多 くは 生 の 魚 介 類 を 介 し,
夏 期 に多 発 す る.そ の 主 症 状 は,下 痢,腹 痛,嘔
吐 と い っ た 胃腸 炎 症 状 で あ り,通 常 発 熱 を伴 う.
水 様 性 下 痢 に よ る脱 水 お よ び腹 腔 内 血 管 床 へ の 血
液 移 動 に よ る シ ョ ッ ク も認 め られ て い る3).
し か し本 田 らは腸 炎 ビブ リオ に は,胃 腸 炎 症 状
や 脱 水 を認 め な い シ ョ ック死 亡 例 が 存 在 す る こ と
に 注 目 し,そ の 原 因 と し てV.parahaemlyticus
が 産 生 す る 耐 熱 性 溶 血 毒 で あ るTDHお
TRHの
よび
心 毒 性 に よ る心 原 性 シ ョ ック を 指 摘 し て
い る4)5).本 来V.parahaemolyticusに
は組 織 侵 入
性 は な い が,耐 熱 性 溶 血 毒 は 腸 管 上 皮 細 胞 を破 壊,
血 液 中 に 侵 入 し,心 毒 性 を生 じ る も の と考 え られ
て い る3).
腸 炎 ビブ リオ感 染 症 の潜 伏 期 は10∼18時 間 とい
わ れ るが 個 人 差 が あ り,潜 伏 期 の短 い 症 例 ほ ど重
辻本 正之 他
166
文
篤 な 症 状 を 呈 す る傾 向 が あ る とい わ れ る8).本 症
例 で は 症 状 の重 篤 性 か ら考 えて,大 量 の 菌 摂 取 が
1) 下 津 井 宏 之,
献
板 垣 哲 郎,
石 田 尚 志,
池田
博:
腸
炎 ビ ブ リ オ 感 染 症 に よ り 急 性 シ ョ ッ ク 死 し た1
あ り先 に 述 べ た機 序 に よ り耐 熱 性 溶 血 毒 の 侵 入 を
生 じた 可 能 性 を 否 定 で きな い.
ま た 本 田 ら はV.pmahaemolyticus感
は,病 期 に血 清 中 の 抗TDH,TRH抗
と,心 電 図 上,P波
変 化,ST-T変
例.
体 価 の上 昇
化 を認 め,ラ
3) 伊 藤 敦 子,
化 が出
4)
ラ ス お よ びIgAク
性 に つ い て.
5)
体価 の急 性期 の一 過
性 の 上 昇 と,特 に抗TDH抗
体 価 に 関 して は 回 復
期 に お け る経 時 的 な低 下 を 確 認 で きた が,過
6)
血 毒 に対 す る抗 体 価 が 高 値 に 認 め られ た こ とが 報
告 さ れ て お り2),抗TDHお
定 はV.parahaemolyticus感
よ び抗TRH抗
体値測
染 症 において重 症度
の 評 価 に 意 義 が あ る と考 え られ るが,本 症 例 の如
き救 命 症 例 の報 告 が 極 め て稀 で あ るた め,今 後 さ
らに症 例 を 重 ね て 検 討 が必 要 と思 わ れ る.
な お 「V.parahaemolitycusに
よ る敗 血 症 の 症 例
が 極 め て 稀 な が ら報 告 さ れ て い る が6)7),本症 例 で
7)
ン ド トキ シ ン低 値 よ り,否 定
開 発 と 応 用.
感 染 症 誌,
睨
語 星,
よ びVp-TRH毒
誌,
63:
1110,
腸
Vp-TRH
64:
余
767.
明 順,
773, 1990.
三 輪 谷 俊 夫:
モ
林
繁 和,
西山
素 検 出 法 の 開 発. 感 染 症
1989.
中 村 常 哉,
栗 田 恭 充,
加 納 潤 一,
腸 炎 ビ ブ リオ に よ る敗 血 症 の1剖
78:
秦,
949.
他:
吉井
検 例.
日
952, 1989.
敗 血 症 患 者 血 液 よ り検 出 し た 腸 炎
ビ ブ リナ に つ い て.
臨 床 病 理,
31:
440, 1983.
8) Honda, T., Goshima, K., Takeda, Y., Sugio, Y.
& Miwatani,T.:
Demonstration of the cardiotoxicity of thermostable direct hemolysin
(lethal toxin) produced
by
Vibrio parahaemolyticus. Infection Immunity, 13: 163-171,
1976.
9) Honda, T. Yoh, M., Kongmuang,
U. &
Miwatani,
T.: Enzyme-linked
immunosorbent assay for detection of thermostable direct
hemolysin of Vibrio parahaemolyticus. J. Clin.
Microbiol., 22: 384-386, 1981.
10)
は血 液 培 養 陰 性,エ
三 輪 谷 俊 夫:
素 に対 す る モ ノク ロナ ー
TDHお
内 会 誌,
報 告 を 認 め な いた め,興 味 深 い 症 例 と考 え られ た.
また 心 電 図 変 化 の 著 し か っ た 症 例 で は耐 熱 性 溶
本 田 武 司,
才 司:
去に
抗 体 価 を 本 症 例 の如 く経 時 的 に 測 定 し得 た 症 例 の
語 星,
230
ノ ク ロ ナ ー ル 抗 体 を 用 い た 腸 炎 ビ ブ リ オ のVp-
ラス抗
体 価 及 び抗TRH抗
睨
細 菌
30:
産 生 性 神 奈 川 現 象 陰 性 菌 が ヒ ト病 原 菌 で あ る可 能
に後 者 に 関 し て は 回 復 期 の負 荷 試
本 症 例 で はIgGク
TDH抗
本 田 俊 一,
川 村 貞 夫:
東 邦 医 学 会 誌,
ル 抗 体 を 用 い たELISAの
房 室 ブ ロ ック お よ び広 範 囲 誘 導 で のST-T
験 で 冠 動 脈 疾 患 の関 与 は 否 定 的 で あ った.
本 田 武 司,
伊 藤 金 治,
検 例.
炎 ビ ブ リ オVp-TRH毒
現 す る こ とを 報 告 して い る8).本 例 で は 急 性 期 に
変 化 を 認 め,特
1983.
伊 藤 順 通,
性 食 中 毒 の6剖
-234 , 1983.
ッ
11: 113, 1984.
腸 炎 ビ ブ リオ と シ ョ ッ ク. 臨 床 と細 菌,
10: 290-300,
染症で
トモ デ ル で は さ ら に房 室 ブ ロ ック,QRS変
第1度
臨 床 と細 菌,
2) 本 田 武 司:
坂 崎 利 一:
83,
食 中 毒.
中 央 法 規 出 版,
腸 炎 ビ ブ リオ (仲 西 寿 男),
p.
1981.
的 と考 え られ た.
感 染 症 学雑 誌
第68巻
第1号
V.parahaemolyticusに
A Case
of Cardiogenic
よ る 心 原 性 シ ョ ッ ク
Shock
Caused
167
by Vibrio parahaemolyticus
Masayuki TSUJIMOTO, Takeshi KITAOKA, Yumiko NAKAUE, Atsushi MORIMOTO,
Yasunori
SASAOKA,
Muneaki
Nara
Prefectural
Yutaka
Department
MATSUMOTO
Critical
YOSHIMURA
of Clinical
Laboratory
& Akifumi
for Bacteriology,
Takeshi
Department
of Bacteriology
and Serology,
Keiichi MIKASA,
Second
Department
of Internal
& Kitarou
KAMADA
Center
NAKAYAMA
Prefectural
Nara Hospital
HONDA
Research
Masayoshi
Medical
Institute
for Microbial
Disease,
SAWAKI
& Nobuhiro
NARITA
Medicine,
Nara Medical
Osaka
University
University
A case of a 53 year old healthy female complaining of diarrhea and abdominal pain after taking
raw fish is presented. She immediately went into shock and unconsciousness. Central venous pressure
was 8 cmH2O and her ECG showed a first-degree AV block and ST-T changes in almost all leads. After
mechanical ventilation and administration of dopamin, dobtamin, cefotiam, ciprofloxacin, she became
alert and recovered from her critical condition.
V.parahaemolyticus which produces thermostable direct hemolysin (TDH) was cultured from the
feces on admission. Kanagawa phenomenon was positive.
Arterial blood culture was negative and the titer of serum endotoxin was low. The diagnosis of
cardiogenic shock due to exotoxin produced by V.parahaemolyticus was made.
Serological examination by ELISA showed elevation of IgG class antibody against TDH and TRH
(TDH related hemolysin). And antibody against TDH was normalized after 180 days.
By review of literature, there are some case reports of cardiogenic shock complicated with V.
parahaemolyticus infection, but few showed elevation of antibody against TDH and TRH in the serum
of the survived patient.
平 成6年1月20日