卒業生から後輩の皆さんへ② K.T.君 2015 年 2 月 東京大学大学院合格 僕は高校生になってこの塾に入塾しました。英検 3 級から始めて高校 2 年生で 英検準 1 級を取得しました。この勉強で僕の運命は変わりました。朝の 5 時から 起きて勉強していたことを思い出します。先生が家庭教師で来てくれていました が、幹部自衛官として自衛隊に就職されて、その後は山鹿の教室まで、土日を利 用して勉強に行きました。行きは父に送ってもらい帰りは先生の車で一緒に帰っ てきました。道中が 30km あったので、色々な事を話しながら楽しい塾の通学で 先生の結婚式に駆けつけました した。また塾では、個人レッスンのとき先生がよく塾食を作ってくれました。肉 うどんやスパゲッティーは思い出に残る味です。休みの日に塾で勉強した人達は 一度は食べたことがあると思います。勉強は順調に進んでいきましたが、どうし ても生物が得点にならず悩んでいました。すると山鹿学院の先生が「俺は専門で はないけれど自分が勉強するならこうやって覚えて行くよ。 」と言って苦手な範囲 を何ページにもわたって説明してくれる自習用プリントを作ってくれました。す るとそれが模試に出題され高得点が取れ、その後自信がわいてきて成績も安定し ました。おかげで、受験した大学はすべて合格しました。大学は東京外国語大 学に進学し、この度東京大学大学院でさらに学ぶことができるようになりました。 夏休みには後輩の指導もしました 初め熊大に行ければいいなと思って、この塾の門をたたきましたが、この塾に来 てすっかり人生が変わってしまいました。大きな夢を持つこと、小さい ことにはくよくよしない事、自分を信じて、何を目指すかとういうこと をはっきりさせておけば、 必ず道は自ずと開けて行きます。 この塾では、 先輩達がかなりの大学へ進学していますが、 みんな初めはどうしていい かわからなかったはずです。 志を持って山鹿学院で学べばきっと今とは 違った自分が発見できます。僕もこれがゴールではなく始まりです。み んな一緒に頑張って行きましょう。 M.S.君 2014 年 3 月 慶應義塾大学卒業 同年 11 月 公認会計士論述試験合格 慶應卒の公認会計士と東大大学院生 僕らは山鹿学院でともに学んだ同志 僕が塾で学び始めたのは、高校受験時からでした。地元の高校に入学して高校時代の後半からは、英検準 1 級の勉強 に集中しました。そのせいで学校の成績はガタ落ちしましたが、塾では「あ~そうなの」くらいの相手しかされず、 「成 績が落ちているから勉強しているんだね。 」とのことでした。後でわかったことですが、英検準 1 級は全国で高校生の 1 学年が 1800 人程度しか合格しません。概数で東大は 3100 人、司法試験は 1800 人、公認会計士は 1100 人、国家総合 職は 2000 人程度が年間に合格します。つまり山鹿学院で教えたかったことは、これらの資格を目指すならば、高校時 代に英検の準 1 級を取るくらいの頑張りができる人でなければ、挑戦しても難しいだろうという考えがあったのです。 英検準 1 級はそれを判断するバロメーターだったのです。実は、準 1 級は他の資格試験に比して、そんな難しい勉強で はないのですが、高校生にとってみれば、泥沼に入ったような抜け道のない勉強のように思えました。しかし、その後 はすべて日本語での勉強ですからスラスラ頭に入って行くのを感じました。山鹿学院で教える英検準 1 級はそれ自体が 就職時に大きな武器になります。会計を勉強する人は多いのですが同時に英語ができるとなるとなかなかいません。そ れと英単語をちまちま覚える勉強は高校時代しかできません。大学は、塾 で勧めてもらった慶應義塾大学の通信制に進みました。大学進学後は山鹿 学院で、簿記会計の勉強と大学の勉強を平行して行いました。他に公認会 計士や税理士を目指す後輩もいましたので、抜かれないように必死で勉強 したものです。高校生や中学生を指導しながらの大学生活でしたが、慶應 義塾では、本当の勉強ができました。論文の書き方を徹底的に指導された おかげで、公認会計士の論述試験を一発で合格できたと思います。へこた れそうになることもありますが、人生は 1 度しかありません。後輩の皆さ ん自分を大切にしたいのならば、高校時代の今は何も考えず自分の希望に 慶應卒業と資格取得を山鹿で成し遂げたました 向かってできる限りの勉強をすべてして下さい。
© Copyright 2024 ExpyDoc