酵素触媒機構データベース EzCatDB 産総研・生命情報

酵素触媒機構データベース EzCatDB
産総研・生命情報 長野希美
1.はじめに
従来の酵素の分類である EC 番号は、主に基質・産物の化学構造や触媒反応に関わる
補酵素などに基づいて分類が行われており、1) 触媒機構において重要である蛋白質の配
列情報や立体構造に関する情報が全く考慮されていない。例えば、異なるドメイン構造や
スーパーファミリーに属する酵素でも、類似の反応を触媒することもあるのに対して、同じ
配列ファミリーに属する酵素でも異なる機構で触媒機能を担うこともある。EC 番号では、そ
のような詳細な触媒機構を反映することは難しい。また、酵素によっては 1 種類の反応だけ
でなく複数の基本反応(加水分解反応、転移反応、解離反応など)を組み合わせた複雑な
反応を触媒することもあり、そのような場合も、一つの EC 番号だけで触媒機構を表現する
のは困難である。
他方で、酵素蛋白質の立体構造のデータは、現在、Protein Data Bank (PDB) 2) に1万
8000 エントリー以上、登録されているが、PDB の酵素立体構造データには、蛋白質のみな
らず、基質・産物・補酵素あるいは反応中間体そのもの、あるいはそのアナログ化合物や
遷移状態のアナログなど重要なリガンド情報も多数含まれており、PDB そのものが創薬を
行う上でリード化合物候補の宝庫となっていると考えられる。それにも関わらず、PDB を含
めて従来の立体構造関連のデータベースでは、酵素蛋白質とリガンドとの関係がアノテー
ションされていない。
こうした点を踏まえて、酵素触媒機構データベース EzCatDB を構築し、酵素蛋白質の触
媒部位やリガンドとの対応関係などをアノテーションし、酵素触媒反応分類などを行ってい
る(URL: http://mbs.cbrc.jp/EzCatDB/)。3), 4) 本稿では、特に酵素触媒反応分類について
紹介する。
2. 触媒反応分類・RLCP
EzCatDB では、酵素とリガンドの反応部位に特に注目し、酵素触媒機構の系統的な分類
である RLCP を開発しており、一般公開している(URL: http://mbs.cbrc.jp/EzCatDB/)。3), 4)
この分類データベースでは、
(1)基本反応(R)、
(2)リガンドの反応部位の構造(L)、
(3)触媒機構の種類(C)、
(4)酵素側の触媒残基、補酵素の種類(P)、
というように RLCP という4項目が EzCatDB 独自の分類基準となる。この分類では、スーパ
ーファミリーを超えて類似する反応を同じグループに分類していることも特徴である。例とし
て、プロリン・イミノペプチダーゼという酵素の反応は基本反応(Reaction)は「加水分解
(Hydrolysis)」、リガンド(Ligand)の反応部位の構造は「アミド結合(amide bond)」、触媒機
構 ( Catalysis ) の 種 類 は 「 Trypsin 型 触 媒 機 構 」 、 酵 素 活 性 部 位 ( Protein ) の 種 類 は
「Ser/His/Asp + mainchain amide」というように分類されている。
3.加水分解、転移反応の触媒機構の分類
本稿では、特に加水分解反応、転移反応の触媒機構の分類について、紹介する。図1に
示すように、加水分解反応、転移反応は定義できる。加水分解反応は、「共有結合」を水分
子で切断する反応であり、転移反応は、「脱離基」から「受容基」へ「転移基」を移す反応で
ある。
図1に示すように、加水分解反応、転移反応は、いずれも置換反応の組み合せであり、
必ず、1つ以上の求核基が存在し、加水分解の場合、そのうちの一つは、水分子である。
加水分解反応、転移反応は、いずれも、次の2種類に大別できる。求核基が1つしかない
single displacement 機構と2つの求核基が存在する double displacement 機構である。加水
分解反応の場合、single displacement 機構では、水分子が直接、標的となる共有結合を求
核攻撃し、反応が終結する。ペプシン、 5 ) βアミラーゼ 6 ) などの触媒機構が、single
displacement 機構に分類できる。それに対して、double displacement 機構では、まず、触媒
残基か基質のある部位が最初の求核基として、標的の共有結合を求核攻撃し、新しい共
有結合をもつ中間体を形成する。次のステップで、水分子がこの新しい結合を求核攻撃す
ることで加水分解反応が終結する。トリプシン、 7) αアミラーゼ 8) などの触媒機構が、
double displacement 機構に分類できる。更に、図 1 に示すように、これらの触媒機構を更に
多様化させる触媒因子(塩基、酸、補酵素など)が多数存在しており、触媒反応を促進して
いる。ここで、触媒機構を、触媒因子や基質の間の分子内、分子間ネットワークとして捉え
ることができることが分かる。こうした触媒因子やそれらの標的因子をアノテーションするこ
とによって、加水分解反応の触媒機構は記述でき、相互に比較することができる(表1)。
転移反応は、加水分解反応と類似している。水分子の代わりに、基質の受容基が求核基
として働き、転移基に求核攻撃をすることによって、新しい共有結合を形成する。従って、
転移反応の触媒機構は加水分解反応の場合と同様の方法で記述できる。
上記のように、触媒因子は互いに相互作用するが、RLCP では、Bartlett 等の定義 9) に
更に修正を加えた定義で分類を行っている。3), 4) 表1に、代表的な酵素とその触媒因子の
概要を示している。
4.頻繁に観られる酵素反応の特徴
270 種類の酵素に関して、上記のような触媒機構の分類を行ったところ、これまでに、加
水分解反応に関しては、60 種類の触媒機構、転移反応に関しては、50 種類の触媒機構と、
合計 110 種類の触媒機構が見つかってきている。4) 転移反応に関しては、図2(A)に示す
ように、single displacement 機構の方が、double displacement 機構よりも多く観られ、加水
分解反応では、いずれの機構も同程度、観られる。更に、加水分解、転移反応の両方の反
応において、マグネシウムイオンや亜鉛イオンのような無機系の補因子が、double
displacement 機構よりも single displacement 機構で頻繁に使われることも判明した(図2
(A)参照)。4)
加水分解反応では、燐酸エステル結合、アミド結合、O-グリコシド結合が主要な標的共
有結合となっている。従って、こうした結合に対しては、触媒機構の種類も数多く存在して
いる。図2(B)に示すように、燐酸エステル結合とアミド結合の加水分解では、類似の傾向
を示すのに対して、O-グリコシド結合の加水分解反応は、全く異なる挙動を示している。例
えば、燐酸エステル結合とアミド結合の加水分解では、single displacement 機構では、殆ど
の場合、マグネシウムイオンや亜鉛イオンのような補因子が使われるのに対し、double
displacement 機構では殆ど使われない。それに対して、O-グリコシド結合の加水分解反応
では、single displacement 機構でも、殆どそのような補因子が使われない。こうした傾向の
違いは、燐酸エステル結合とアミド結合がエステル結合であるのに対して、O-グリコシド結
合は、非エステル結合であることを反映している可能性がある。4)
このように、多くの触媒反応を比較、解析することによって、触媒機構の傾向が見えてく
ると考えられる。4)
5.基本反応から複雑な反応へ
殆どの加水分解反応や転移反応は、それぞれ加水分解酵素(E.C. 3.-.-.-)や転移酵素
(E.C. 2.-.-.-)に触媒されるが、リガーゼ(E.C. 6.-.-.-)など他の酵素類が、こうした反応を触
媒することもある。図3(A)に示すように、リガーゼ類の多くは、2つの転移反応を次々と触
媒している。例えば、グルタチオン合成酵素(E.C. 6.3.2.3)の場合、ATP からアシル基に燐
酸基を転移し、そのアシル基を燐酸基から別の受容基に転移する。10), 11) この酵素の活性
部位の構造を観ると、燐酸転移酵素の一つである HPP キナーゼ(E.C. 2.7.6.3)の活性部位
12)
とアシル転移酵素の一つであるヒストン・アセチル転移酵素(E.C. 2.3.1.48)の活性部位
の構造 13) の特徴を併せ持つことが分かる。4) 上記の RLCP 分類では、グルタチオン合成
酵素のような酵素には、2種類の反応分類のクラスが割り当てられている。3), 4)
それに対して、加水分解酵素、転移酵素に分類される酵素でも、かならずしも、それぞれ
加水分解反応、転移反応を触媒するとは限らない。例えば、アデノシン・デアミナーゼ(E.C.
3.5.4.4)のような酵素は、加水分解酵素に分類されているが、実際には水の付加反応と脱
離反応を触媒し、水酸基ではなくカルボニル基を生成している。14) 従って、RLCP 分類では、
これらの酵素反応は、加水分解反応のカテゴリーからは除かれている。4)
こうした反応分類、RLCP 分類は、SCOP、CATH といった蛋白質のドメイン構造の階層分
類と類似していると考えられる。4)ドメイン構造分類では、「シングル・ドメイン」が分類の単
位となっている。図3(B)に示すように、複数のドメインから構成される「マルチ・ドメイン」蛋
白質に対しては、ドメイン毎にクラスが割り当てられている。RLCP 分類でも、複雑な反応は
いくつかの基本反応に分割されて、それぞれ分類される。従って、多くの酵素は、「シング
ル・リアクション」を触媒するが、「マルチ・リアクション」を触媒する酵素も存在する(図3(B)
参照)。4)
6.おわりに
系統的な酵素触媒反応分類を行うことによって、酵素の活性部位の構造と触媒反応の
相関関係を見出せると考えられる。4)
また、EzCatDB は、現在は、酵素触媒反応分類に重点を置いているが、酵素触媒機構
を三次元的に再現したモデルの構築や中間体化合物などの解析も包括し、将来的には酵
素の触媒機構から、創薬を支援するデータベースに発展させていく予定である。
謝辞
本研究を推進するにあたり、酵素データのアノテーションにご協力頂いた長谷川祐子氏、
中川善一氏、野中啓太郎氏に感謝します。
また、本研究は、科学技術振興機構・さきがけ(PRESTO)、独立行政法人日本学術振興
会・科学研究費補助金・研究成果公開促進費、科学技術振興機構・バイオインフォマティク
ス推進事業(BIRD)を受けて行われました。心より感謝の意を表します。
文献
1) Webb EC. Enzyme Nomenclature 1992.: Academic Press Inc. (1992).
2) Berman, H.M., Westbrook, J., Feng, Z., Gilliland, G., Bhat, T.N., Weissig, H., Shindyalov,
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3) Nagano, N. : Nucleic Acids Res., 33, D407, (2005).
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USA, 84, 7009 (1987).
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図 1: 加水分解反応と転移反応の触媒機構の模式図:
各図では、反応は上から下へと進む。(A)加水分解反応。左:single displacement 機構、
右:double displacement 機構。”L”は脱離基を示し、”B”は水分子に求核攻撃を受ける結
合の原子を示す。丸の中で表記されている”HOH”は加水分解に使われる水分子であ
る。”E/S”は、酵素もしくは基質分子の求核基となる触媒因子である。共通の反応は太い
カーブした矢印で表記されている。細い矢印や点線は、酸(acid)・塩基(base)や補因子
(cofactor)に触媒される共通でない反応を示す。(B)転移反応。”T”は転移反応で、転移さ
れる官能基を示し、”A”は受容基を示す。他の表記法は、(A)と同様である。
図 2: 頻繁に観られる触媒機構の傾向:
single displacement 機構、double displacement 機構の頻度を棒グラフで表記している。黒
は、マグネシウム、亜鉛イオンなど無機イオンを補因子として使う触媒機構を示し、白は、
そのような補因子を使わない機構を示す。(A)加水分解反応と転移反応の触媒機構の傾
向を示す。(B)頻繁に観られる加水分解反応の触媒機構を示す。左から、燐酸基エステル、
アミド結合、O-グリコシド結合の触媒機構の傾向を示す。
図 3: 複雑な反応機構:
( A ) リ ガ ー ゼ 酵 素 の 反 応 の 模 式 図 。 ”L” は 脱 離 基 を 示 し 、 ”P” は 燐 酸 基 を 示
す。”A1”、”A2”はそれぞれ、最初と 2 番目の受容基を示す。(B)触媒反応と蛋白質ドメイ
ン構造の分類の類似性。上の列に、ドメイン構造の分類スキームを示し、下の列に触媒反
応の分類スキームを示す。それぞれの分類での各クラスは、楕円で示される。左側の楕円
は、シングル・クラスに属する構造や触媒反応を示す。右側の楕円は、複数のクラスに属
する構造や触媒反応を示す。
表 1. 主要な酵素に対する触媒因子とそれらの関係について
酵素名
E.C.
基本反応
リガンド反応部位
最初の求核基
触媒因子
塩基
酸
最初の塩基の標的
Swissprot*
Trypsin
3.4.21.4
加水分解
アミド結合
触媒残基
酵素/基質のみ
触媒残基
触媒残基
求核基
P00760
Pepsin
3.4.23.1
加水分解
アミド結合
水分子
酵素/基質のみ
触媒残基
触媒残基
水分子
P00790
α−amylase
3.2.1.1
加水分解
O-グリコシド結合
触媒残基
酵素/基質のみ
触媒残基
触媒残基
水分子
P00690
β−amylase
3.2.1.2
加水分解
O-グリコシド結合
水分子
酵素/基質のみ
触媒残基
触媒残基
水分子
P10537
Goose lysozyme
3.2.1.17
加水分解
O-グリコシド結合
水分子
酵素/基質のみ
触媒残基
触媒残基
水分子
P00718
Sialidase
3.2.1.18
加水分解
O-グリコシド結合
触媒残基
酵素/基質のみ
触媒残基
触媒残基
水分子
Q02834
ER-α-1,2-mannosidase
3.2.1.113
加水分解
O-グリコシド結合
水分子
酵素/基質及び補因子
触媒残基
触媒残基
水分子
P32906
BamHI
3.1.21.4
加水分解
燐酸エステル結合
水分子
酵素/基質及び補因子
触媒残基
存在しない
水分子
P23940
Phosphotriesterase
3.1.8.1
加水分解
燐酸エステル結合
水分子
酵素/基質及び補因子
触媒残基
存在しない
水分子
P0A433
Ribonuclease U2
3.1.27.4
加水分解
燐酸エステル結合
基質
酵素/基質のみ
触媒残基
触媒残基
求核基
P00654
Adenylate kinase
2.7.4.3
転移
燐酸基
受容基
酵素/基質及び補因子
存在しない
存在しない
-
P00571
HPP kinase
2.7.6.3
転移
燐酸基
受容基
酵素/基質及び補因子
基質
存在しない
受容基
P26281
Catechol O-methyltransferase
2.1.1.6
転移
メチル基
受容基
酵素/基質及び補因子
存在しない
存在しない
-
P22734
Histone acetyltransferase type B
2.3.1.48
転移
アシル基
受容基
酵素/基質のみ
触媒残基
存在しない
受容基
Q12341
DNA topoisomerase II
5.99.1.3
転移
燐酸基
触媒残基
酵素/基質及び補因子
触媒残基
存在しない
求核基
P06786
Glutathione synthase (1st reaction)
6.3.2.3
転移
燐酸基
受容基
酵素/基質及び補因子
存在しない
存在しない
-
P48637
Glutathione synthase (2nd reaction)
-
転移
アシル基
受容基
酵素/基質及び補因子
存在しない
存在しない
-
P48637
*Swissprot データベースにおけるアクセッション番号
著者連絡先:
長野希美(ながの のぞみ)
〒135-0064 東京都江東区青海 2-42 独立行政法人 産業技術総合研究所 臨海副都
心センター 別館 バイオ・IT 融合研究棟 生命情報科学研究センター
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