第6章 MPT の血液生化学検査値が振れる要因 MPT においては、何らかの理由で血液成分が安定しない時期に採血すると測定結 果があまり意味のないものになる可能性があります。どのような場合にそのようなこ とになるのか調べてみました。なお、第5章の A で示しましたように血液サンプルの 採取方法にも留意する必要があります。 A.急激な飼料変更時の MPT 値 1) 急激にエネルギ-とタンパク質の多い飼料 (高栄養飼料、NFC の割合は変えな い)に切り替えた場合 《参考:試験1》(図 6-A-1) ・切り替えた翌日から BUN (尿素窒素)は増加し、高栄養飼料が続くまで値は継続 しました。 ・NH3 (アンモニア)もすぐに高くなりましたが、高栄養飼料を継続しても数日で 元のレベルに戻りました。 ・飼料成分の大幅な変動が起こっている場合、ルーメン環境が急変し、その結果、 TDN 充足率が満たされていても MPT の診断では一時的なエネルギー不足の症 状が見られることがあります。肝機能にも悪影響を与えています。 ・NH3 の上昇は一過性であり、タンパク質給与の変化をみるには NH3 より BUN が適していると思われました。 《参考:試験1》 黒毛和種成雌乾乳牛 5 頭について、TDN 充足率 102%、CP 充足率 114%、DMI 充足率 90%及び NFC 濃度 20%の粗飼料 (基礎飼料)を約 1 カ月間給与しました。 その後は基礎飼料に加えて大豆粕を 10 日間給与しました。変更後の充足率は、 TDN 160%、CP 273%、DMI 112%であり、NFC 濃度は 21%でした。 飼料変更前後および変更後 15 日間まで定期的に採血(大豆粕給与開始日を Day0)しました。 結果を (図 6-A-1)に示しました。 飼料設計変更の翌日(Day1)から BUN が急激に上昇し、給与期間中は高値を維 持していました。 NH3 及び LA (乳酸)は Day1 に急上昇し、Glu やケトン体(BHB、ACAC)の上昇 もみられました。 高 CP 給与時の TDN は飼料変更前よりも高く TDN 不足は考えられないこと、 飼料中の NFC 濃度はほぼ同程度であり NFC 摂取量の増加も多くはなく、デンプ ン飼料多給による VFA 由来の BHB 及び ACAC 上昇も考えられないことから、ル ーメン発酵不良による一時的なエネルギー不足と考えられました。 109 NH3 を尿素に変換するためにはエネルギーが必要となることからも、高 BUN 時にはエネルギー不足になりやすいことが推察されました。また、AST が高くな る個体も見られ、肝機能低下も疑われました。 これらのことから、飼料成分の大幅な変動が起こっている場合、ルーメン環境が 急変し、その結果として NH3 及び LA が急上昇すること、TDN 充足率が満たされ ていても MPT の診断ではエネルギー不足の症状が見られると推察されました。 さらに、NH3 の上昇は一過性でありタンパク質給与の変化をみるには NH3 より BUN が適していると考えられました。 Alb(g/dl) NH3(μg/dl) BUN(mg/dl) 30 300 25 250 20 200 15 150 10 100 5 50 0 4.0 3.5 3.0 2.5 0 -4 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 -4 -2 0 FFA(μEq/l) 2 4 6 8 -4 10 12 14 16 -2 0 2 10 12 14 16 10 70 50 8 12 80 100 6 LA(mg/dl) GLU(mg/dl) 150 4 8 60 6 50 4 2 0 40 -4 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 0 -4 -2 0 4 6 8 10 12 14 16 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 -4 -2 0 2 4 6 8 10 12 14 16 -4 -2 0 2 ACAC(μmol/l) BHB(μmol/l) 700 600 500 400 300 200 100 0 2 4 6 8 10 12 14 16 AST(IU/l) 100 80 60 40 20 0 -4 -2 0 2 (図 6-A-1) 横軸は大豆粕給与後の日数 4 6 8 10 12 14 16 -4 -2 0 2 4 (点線枠内は大豆粕給与期間) 110 6 8 10 12 14 16 B.MPT 値の日内変動 1) MPT の日内変動-飼料摂取の影響 《参考:試験 2》 ・飼料の摂取により急激に値が変化する項目があります。 ・BHB, ACAC はル-メンの活動状況を示す項目であり、飼料摂取で値は上昇し ます。特にデンプンが多い濃厚飼料を多く給与すると特に高くなる傾向がありま す。 ・FFA は空腹でも上昇しますので、飼料摂取で急減します。 ・飼料摂取により GLU は下降,BUN は上昇する傾向があります。 ・Alb、Ca では大きな変動はありません。 ・値の増減は飼料摂取 2 時間後くらいでみられ、4 時間後では飼料摂取前のレベル に戻る項目が多いようです。 ・MPT はル-メンの活動状況とこれに伴う栄養状況を調べる検査なので、血液の 採材は飼料摂取 4 時間後くらいが最適と考えられます。 《参考:試験 2》 乾乳牛群 (A 群)、泌乳牛群 (B 群)、各群 5 頭について、飼料摂取前、飼料摂取 2 時間後及び 4 時間後に採血を行ないました。(図 6-B-1,2) BHB では両群において、ACAC では泌乳牛群 (B 群)においていずれも飼料摂取 前と飼料摂取後の間に有意な差がみられました。Glu では泌乳群の飼料摂取前と飼 料摂取 2 時間後の間に有意な差がみられました。FFA では、両群とも飼料摂取 2 時間後では個体によるばらつきは小さかったのですが、飼料摂取前および飼料摂取 4 時間後ではばらつきが大きくなる傾向を認めました。(図 6-B-1) また、個体毎に見た場合、飼料摂取 4 時間後の血液検査値からはエネルギー不足 の傾向が認められた個体が両群でいましたが、いずれも飼料摂取 2 時間後の血液検 査値ではそのような傾向は認められませんでした。(図 6-B-2) これらから、飼料摂取 2 時間後のデータで MPT 診断をした場合、牛群のエネル ギー不足の初期状況を見逃す可能性が示唆されました。さらに、ケトン体である BHB、ACAC はルーメン環境が推定できる項目ですが、飼料摂取前の血液では値 が低く、ルーメン発酵の状況を反映していない可能性が示唆されました。 以上の結果から、BHB、ACAC、 FFA 及び Glu の 4 項目は飼料摂取後の時間を 考慮して診断する必要があり、飼料摂取 4 時間後の採血が黒毛和種繁殖牛の MPT に適していると推察されました。 111 BHB(μmol/l) ACAC(μmol/l) 1,000 50 d 800 d 600 c 400 200 d' d 40 A群 30 B群 20 d' d B群 c 10 c' 0 0 飼料摂取前 摂取2時間後 摂取4時間後 飼料摂取前 Glu(mg/dl) a 70 A群 60 B群 b 50 40 30 飼料摂取前 摂取2時間後 摂取2時間後 摂取4時間後 FFA(μEq/l) 90 80 A群 350 300 250 200 150 100 50 0 B群 飼料摂取前 摂取4時間後 (図 6-B-1) 牛群全体の推移 A群 摂取2時間後 摂取4時間後 (A 群: 乾乳牛群、B 群: 泌乳牛群、いずれのグラフも 異符号間で有意差あり ) 112 BHB(μmol/l) 800 700 600 牛A 500 牛B 400 牛C 300 牛D 200 牛E 100 0 飼料摂取前 摂取2時間後 牛B 牛C 牛D 牛E 摂取2時間後 牛I 牛J 牛C 牛D 牛E 摂取2時間後 牛G 牛H 牛I 牛J 摂取4時間後 摂取4時間後 牛F 牛G 牛H 牛I 牛J 飼料摂取前 FFA(μEq/l) 摂取2時間後 Glu(mg/dl) 85 80 75 70 65 60 55 50 45 40 牛B 摂取4時間後 牛F 飼料摂取前 牛A 摂取2時間後 ACAC(μmol/l) 50 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 Glu(mg/dl) 400 350 300 250 200 150 100 50 0 牛H 摂取4時間後 76 74 72 70 68 66 64 62 60 58 飼料摂取前 牛G 飼料摂取前 牛A 飼料摂取前 牛F 摂取4時間後 ACAC(μmol/l) 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 BHB(μmol/l) 1000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0 摂取2時間後 摂取4時間後 FFA(μEq/l) 300 牛A 250 牛B 200 牛G 牛C 150 牛H 牛D 100 牛I 牛E 50 牛J 牛F 0 飼料摂取前 摂取2時間後 飼料摂取前 摂取4時間後 乾乳牛 (図 6-B-2) 個体毎の推移 摂取2時間後 摂取4時間後 泌乳牛 (乾乳牛群: A 群、泌乳牛群: B 群、 注:ACAC グラフは乾乳牛と泌乳牛でY軸のスケ-ル が大きく異っています) 113 C.ストレスを受けたときの MPT 値 《参考:試験 3》 ・ストレスにより MPT 値は変化します。 ・Glu, FFA, LA が変化することがわかっています。 ・ストレスの種類や大きさにより影響を受ける項目も変わることは考えられます。 《参考:試験 3》 放牧予定牛を用いて放牧地へ牛を運搬するトラックに積み込む前に採血を行い、 その後約 30 分間かけて牛を放牧地へ運搬し、到着後に採血しました (5 頭)。 その結果、Glu、FFA 及び LA が上昇しました(図 6-C)。 このことから、ストレスを受けた牛群ではこれら 3 項目の値が高くなると推察 されました。 GLU(mg/dl) FFA(µEq/l) 100 90 80 70 60 50 40 30 600 500 400 300 200 100 0 0 1 1 移動前 2 2 移動後 3 0 LA(mg/dl) 16 14 12 10 8 6 4 2 0 0 1 1 移動前 2 2 移動後 3 (図 6-C) 114 1 1 移動前 2 2 移動後 3
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