みずほインサイト アジア 2015 年 3 月 10 日 改革を焦るインドのモディ政権 アジア調査部主任研究員 国会両院と中央地方間の「ねじれ」が引き続き障害 03-3591-1379 小林公司 [email protected] ○モディ政権は、野党勢力の強い国会の上院と州政府に改革を阻まれている。2014年末以降は、国会 承認を必要としない大統領令と、競争的連邦主義の手法により、改革の強行を試みている ○しかし、2月末に開会した予算国会では与野党の対立が激化。大統領令で強行した改革の恒久化手 続きや、間接税を改革する憲法改正が予定されているが、実現性について不透明感は強まっている ○今後の選挙スケジュールに沿ってモディ政権が順調に連勝することを前提にすると、与党が上院と 州政府で勢力を拡大し、改革のペースを上げられるようになるのは2016~18年と見込まれる 2月18日、インド金融大手HDFC会長で財界有力者のパレック氏は、モディ政権が成立して9カ月を経 て、産業界では「変化が起こらないのは何故かという苛立ちが生じている」と発言、現地主要紙に大 きく取り上げられた1。前政権期に、投資を中心とする成長率鈍化や、マクロ経済の不安定化(インフ レ、経常赤字、財政赤字)が深刻化したため、モディ氏を首相候補に擁立したインド人民党(BJP)が 2014年5月の下院選で歴史的勝利を収めたことで、モディ政権による改革への期待は高まっていた。一 方で、①BJPが過半数を抑える下院と少数派にとどまる上院、②全29州およびデリー首都圏準州のうち BJP系が3分の1強にとどまる州政府という2つの「ねじれ」問題があり、モディ政権は期待通りに改革 をスピードアップさせることは困難とみられた2。そして今回のパレック氏の発言からは、これまでの モディ政権は期待はずれだったと産業界が受け止めていることがうかがわれる。本稿では、2014年末 以降のモディ政権による改革の取り組みを検証し、今後の改革の行方を展望する。 1.「ねじれ」を突破して改革を強行するモディ政権の試み 2014年11~12月に開かれた冬季国会を振り返ると、ヒンドゥー教色の強い与党BJPが、ヒンドゥー教 徒によるイスラム教徒のヒンドゥー教への強制改宗を黙認しているとの疑惑を巡り、野党は4分の3を 占める上院において法案審議を拒否した。インド憲法の規定によれば、首相指名と予算承認に関して は、モディ政権が過半数を有する下院のみで可決できるが、その他の法案に関しては上下両院の過半 数(憲法改正の場合は3分の2以上)の賛成が必要となる。このため、モディ政権の提出した改革法案 は上院に阻まれ、冬季国会を通過できなかった。 また、連邦制下で大きな権限を付与されている州政府の間では、モディ政権に同調する与党系州政 1 府と、対立する野党系州政府とで改革への対応は分かれた。例えば、州政府の権限が大きい労働政策 につき、2014年夏に与党系のラジャスタン州政府が解雇規制を国の基準よりも緩める改革を行った 3。 この背景には、ラジャスタン州での取り組みをモデルケースとして、他の州にも広げたいというモデ ィ政権の意向があったとみられる。しかし、ラジャスタン州に追随する動きは、与党系の一部の州に とどまった。この他にも、後述する財サービス税(GST)の導入に関して、モディ政権は州政府と協議 を続けたが、合意に至らなかった。 このように改革が停滞する中で、野党の牛耳る上院が法案をブロックしたことを受け、モディ政権 は国会の承認を必要としない大統領令 4の形で、複数の改革を冬季国会の閉会後に実現した。主な大統 領令としては、保険業法改正による外資規制緩和、土地収用法改正による収用手続き簡素化があり、 それぞれ投資環境の改善策として実施された(図表1) 。ただし、憲法の規定によれば、大統領令は公 布直後の国会開会から6週間以内に、両院の承認を得なければ失効する。今回の保険業法と土地収用法 を改正する大統領令に関しては、2月23日に開会した予算国会の冒頭6週間がタイムリミットとなる。 モディ政権が大統領令によって改革を進めていることに対しては、国会を迂回する非民主的な手法で あることや、失効のリスクを伴う不確実なものであることから批判的な見方がある。一方で、モディ 政権が国会の「ねじれ」を突破して、改革を断行する姿勢を示したとの肯定的な見方もある。 さらに、改革の動きが州政府に広がらないことを受けて、モディ政権は2014年末から「競争的連邦 主義(competitive federalism) 」を打ち出し、各州間に競争原理を導入する姿勢を強めている。具体 的には、2015年1月、中央集権的な経済政策諮問機関「Planning Commission(計画委員会) 」に代わり、 州政府の代表も巻き込む経済政策の司令塔機関「NITI Aayog(政策委員会)」が設置された。モディ首 相は、同月に行った演説の中で5、NITI Aayogは競争的連邦主義に向けた機関であると述べ、各州が改 革を競い合って切磋琢磨し、保守的な州は発展に取り残される競争原理の導入を表明した。 2.足元の予算国会では与野党の対立が激化、改革実行の不透明感は強まる こうした中で、2月23日に予算国会が開会し、モディ政権の改革は重要な局面を迎えている。今国会 では、財政再建に関わる2015年度予算案のほか、投資環境に関わる改革として、大統領令で強行した 保険業法や土地収用法改正等の恒久化、およびGST改革の取り扱いが目玉となる。 第一に、2015年度予算案に関しては、与党が過半数を握る下院のみで可決できるため、大幅な修正 図表1 主な大統領令 保険業法改正 (12月27日) 土地収用法改正 (12月31日) 従来 ・外資の出資上限26% 変更点 ・外資上限を49%に引き上げ ・収用には地権者の7~8割の合意が必要 ・農民など、収用される土地に依存して生活 する人への社会経済的な影響を調査する公 聴会を実施する必要 ・①国防、②農村インフラ、③低所得者向け 住宅、④産業回廊、⑤PPPによるインフラを 用途とする土地収用は、合意取得と社会的 影響調査を免除 (資料)各種資料を基に、みずほ総合研究所作成 2 なしに正式な予算として成立する見通しである。2月28日に国会に提出された予算案は、2015年度の財 政赤字が名目GDP比3.9%で、2014年度の4.1%から縮小する内容である。 第二に、大統領令で実施した改革の恒久化に関しては、不透明感が強い。予算案と異なり、野党が4 分の3を占める上院からも承認を得る必要があるからだ(図表2)。冬季国会の上院で法案審議を拒否し た野党は、冬季国会後に大統領令によって法案が立法化されたことで態度を硬化させており、与野党 の溝は深まっている。特に土地収用法改正については、野党第1党の国民会議派など主要な野党が反対 している 6。上院の52%を占めるこれらの反対を表明した野党に加えて、BJPを中核とする与党連合か らも、一部の勢力が反対の声を上げている。大統領令による土地収用法改正は失効するか、改革を後 退させる妥協案での法改正を目指す可能性が考えられる 7。また、保険業法改正については、当初は国 民会議派が賛意を示して上院承認の可能性もあったが、与野党の対立が深まる中で国民会議派は反対 勢力に加わるとの報道も出ており 8、恒久化できるか微妙な状況である。 第三に、GST導入に関しても不透明感がある。各州政府が異なる税率で課している間接税を、中央政 府の下でGSTに統一し、税制を簡素化して投資環境を改善することがモディ政権の狙いである。これに 対し、課税権と税収を失う各州政府はGST導入に慎重な立場であり、一部品目の課税権留保と税収減の 補填を求めて、モディ政権との協議が続いている。そして今回の予算国会では、GST導入に必要な手続 きとして、憲法改正案の審議が予定されている。憲法改正には上下両院の3分の2以上の賛成が必要で あり、過半数で十分な土地収用法や保険業法の改正よりもハードルは高い。インドの政党には各州を 基盤とする地方政党が多く、これら政党の反対によって特に上院での承認は難航すると懸念される。 なお、GST導入に関する憲法改正が国会で承認された後には、州政府との協議が続いている課税対象 品目や、依然として未定の税率を確定し9、GST法案を成立させる手続きも必要である。また、GSTに対 応するIT等のシステム構築も求められる。モディ政権は2016年4月からのGST導入を目指しているが、 あと1年程度しかなく、導入遅延の可能性は高まっていると思われる。 3.改革のペースが上がるのは 2016~18 年の見込み 与野党の対立が激化していることから、 与党が過半 図表 2 上院の議席配分 数を占める下院だけで実現できる財政再建の分野を 除き、改革の先行き不透明感は強まっている。州政府 与党 のレベルでも、 国政レベルの対立が持ち込まれて競争 的連邦主義は働かず、 モディ政権に協力的な与党系州 政府と、 非協力的な野党系州政府で改革の進捗は分か BJP その他 19% 連立 46% れるのではないか。モディ政権の改革は、野党の反発 が強い分野や地域における進捗の遅れが足かせとな り、総じて緩やかなペースで進むと予想される。 7% 国民 会議派 28% そうした状況を打開して改革のペースが上がるか どうか、カギを握るのはモディ政権を制約する2つの 3 (資料)インド上院ホームページ(2015年3月4日閲覧) 「ねじれ」の行方である。 国会内の「ねじれ」については、現状で与党が4分の1にとどまる上院は、各州議会議員による間接 選挙で2年ごとに改選される。そして、1回の改選議席は3分の1しかないこと、現状の各州議会で与党 は劣勢なことから、2016年に予定される次回上院選挙で与党が過半数を獲得することは難しいとの見 方がある 10。 中央と州政府の「ねじれ」を解消するには、モディ政権が今後の州議会選挙で連勝する必要がある。 今年2月に行われたデリー首都圏議会の選挙では、70議席中の67議席を新興勢力のAAP(庶民党)に奪 われ、モディのBJPは僅か3議席と惨敗した 11。今後の州選挙スケジュールをみると、2015年は1州、2016 年は4州で実施の予定である。これら5州でモディ政権が全勝すれば、与党系の州政府は全州の過半数 に達し、早ければ2016年には州政府における与野党の形勢が逆転すると期待される。そうなれば、2018 年の次々回上院選においても、与党が勝利して国会の「ねじれ」も解消するとみられる。 以上のシナリオどおりモディ政権が各種の選挙で順調に連勝することを前提とすれば、改革のペー スは2016~18年にかけて加速すると見込まれる。 1 Times of India “No change on ground in ease of doing business: HDFC's Deepak Parekh says” February 18, 2015 2 インドが抱える経済問題およびモディ政権の 2 つの「ねじれ」問題の詳細については、小林公司「インド新政権 100 日目の中 間総括」 (みずほ総合研究所『みずほインサイト』2014 年 9 月 19 日)参照。 3 国の規制では、従業員 100 人以上の事業所が解雇を行う場合、事前に州政府の許可を得る必要がある。これに対し、ラジャス タン州は従業員規模の要件を 300 人以上に緩和した。 4 政府が大統領の承認によって発する政令。 5 PM’s inaugural address at Economic Times Global Business Summit, Jan 16, 2015 6 国民会議派の他に、社会主義党、草の根会議派、左翼戦線、ジャナタダル統一派、大衆社会党が、土地収用法改正に反対を表 明している(Economic Times “Land Acquisition Bill introduced by the government in Lok Sabha” February 25, 2015) 。 7 大統領令が両院の承認を得られずに失効した場合、同じ内容の大統領令を再び公布することを禁止する規定は憲法に存在しな い。しかし、過去の最高裁判例によると、大統領令の再公布が常態化する場合、国民が裁判所の判断を仰ぐことは憲法上の義 務であるとされている。このため、大統領令の再公布について、非民主的であるとの司法判断が下る可能性が指摘されている (The Hindu “Supreme Court ruling limits life of ordinances” January 19, 2015) 。なお、与党が過半数を占める下院 が法案を承認する一方で、野党が過半数を占める上院は否決して両院の判断が分かれた場合、憲法の規定に従って上下両院に よる合同議会を開き、両院議員による投票で過半数が得られれば法案は可決される。大統領令以外にも、合同議会が国会の「ね じれ」を突破する手法と考えられる。しかし、合同議会は実施の手続きが複雑であり、過去に 3 回しか前例がない。また、仮 に合同議会に漕ぎ着けても、上下両院を合わせた与党勢力は現状で 49.3%とみられ、過半数に届くかは微妙な状況である (Business Standard “Insurance stocks gain after Lok Sabha passes Insurance Laws (Amendment) Bill, 2015” March 5, 2015) 。 8 Indian Express “Insurance Bill enters Lok Sabha, faces hurdle in Rajya Sabha” March 4, 2015 9 当初は GST の税率として 12%程度が想定されていたが、州政府の求めに応じて一部品目を課税対象から外した場合、税収減を カバーするためには税率を 20%台にする必要があるとの試算がある(Economic and Political Weekly “Still Searching for the GST” January 10, 2015) 。 10 例えば、Farooqui and Ssridharan(2014) “Is the Coalition Era Over in Indian Politics?”, The Round Table: The Commonwealth Journal of International Affairs, Volume 103, Issue 6, Routledge を参照。 11 その後、AAP はデリー州政府の政権の座に就いたが、内紛が発生して体制は落ち着いていない。 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 4
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