Economic Indicators 定例経済指標レポート

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Asia Trends
マクロ経済分析レポート
韓国、朴政権の「死に体」化は必至の情勢
~「ねじれ」状態となることで経済的な困難さが増す事態も懸念される~
発表日:2016年4月14日(木)
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 主席エコノミスト 西濵
徹(03-5221-4522)
(要旨)
 13日に投開票が行われた韓国議会選では、与党「セヌリ党」が第1党から転落する大惨敗となった。最大野
党であった「共に民主党」に加え、第三極として期待される「国民の党」も躍進した。「セヌリ党」が大惨敗し
た要因には選挙前の党内抗争が大きく影響したとみられる。無所属議員の「セヌリ党」への復党を勘案すれ
ば実質的に同党が第1党を維持することは可能だが、大統領と議会は「ねじれ」状態となる。同国は経済や
外交で困難に直面するなか、朴政権は2年弱の任期を残すなかで「死に体」化が避けられなくなっている。
 足下では外需に底入れの兆候は出ているものの、輸出産業の競争力が低下するなかで今後も雇用、ひいて
は内需の重石が取れない可能性は高い。家計部門は過剰債務を抱えるなか、不動産市況の頭打ちは消費意
欲の足かせになっているとみられる。年明けにかけて調整圧力が強まったウォン相場は足下で上昇に転じ
るなか、国内にはウォン安に向けて利下げを求める動きがあるが、過剰債務を一段と助長させるリスクが
ある。構造改革が必至だが、「ねじれ」状態となるなかで同国経済には厳しい環境が待ち受けている。
《総選挙で政権与党が惨敗。構造転換に向けた改革が必至の状況も、「ねじれ」状態はその行方を困難にする可能性》
 13 日に投開票が行われた国会議員選挙では、朴大統領を支援する「セヌリ党」が 16 年ぶりに第1党から転落
する大惨敗を喫した。政党別の議席数は、野党第1党であった
「共に民主党」が 123 議席を確保して「セヌリ党(122 議席)」
図 1 韓国議会の党派別議席数
を上回るほか、2012 年の大統領選の有力候補者であった安哲
秀氏を中心に結成され「第三極」として期待される「国民の党」
も 38 議席を確保して院内交渉団体(日本における院内会派に
相当)の構成要件である 20 議席を上回り、議会構成は 20 年ぶ
りに3党体制となる。今回の選挙での大敗北は、景気低迷が続
いている上、北朝鮮問題をはじめ周辺国を取り巻く環境が厳し
さを増しているにも拘らず朴政権並びに「セヌリ党」の拙い政
策対応が続いていることに加え、大統領及び党内の対立も影響
したと考えられる。「セヌリ党」内ではここ数年朴大統領派
(親朴)と反大統領派(非朴)との対立が激化しており、今回
(出所)各種報道などより第一生命経済研究所作成
の総選挙を巡っても非朴系議員に対して党の公認を出さないなど党内対立が先鋭化する事態となっていた。こ
うした姿勢には同国内の報道でも「独善的」や「傲慢」などと評する声が高まるなか、「セヌリ党」の牙城と
されてきた選挙区において苦戦を強いられたほか、多数の親朴議員が相次いで議席を失うこととなった。その
一方で野党陣営については、今回の選挙に先立つ形で、「共に民主党」内における文在寅代表と安哲秀氏らと
の対立をきっかけに「国民の党」が分裂するなど必ずしも「野党共闘」とはなっていなかった。しかしながら、
今回の選挙については上述のように「セヌリ党」による「敵失」が野党陣営にとっては追い風となり得票率の
上昇に繋がったと言えよう。なお、元「セヌリ党」議員で非朴ゆえに今回の選挙で「セヌリ党」からの公認は
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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得られなかったものの、無所属で当選を果たした議員が存在しており、当該議員が遅かれ早かれ「セヌリ党」
に復帰することが見込まれることから、最終的には「セヌリ党」が「第1党」を維持する可能性はある。ただ
し、それを加味したとしても「セヌリ党」の議席数は過半に達しないことは確実であり、いわゆる「国会先進
化法」の影響で野党による立法阻止の動きを排除することが出来なくなるため、朴政権にとっては議会との対
立がこれまで以上に顕著になる事態も予想される。さらに、朴大統領を巡っては、これまで逆境下で行われた
選挙においても勝利するなど「選挙の女王」との呼び声が高かったものの、今回の大惨敗によりそうした評価
が大きく失墜することは避けられない。朴大統領の任期は 2018 年2月まであと1年 10 ヶ月残っているものの、
経済のみならず外交面でも課題が山積するなかで事態打開に向けた方策が打ち出せなくなることで、政権の
「死に体(レームダック)」化が一段と進むことも予想される。なお、野党陣営についても共に民主党(文在
寅代表)と国民の党(安哲秀共同代表)との間で一枚岩とは言えない状況にあるなか、両者による国会内での
主導権争いが激しくなることも懸念されており、結果的に議会が機能不全状態に陥るリスクもあるなど、同国
にとっては厳しい状況となる可能性もあろう。
 足下の同国経済を巡っては構造的に輸出依存度が高いなか、最大の輸出相手である中国で製造業の景況感に底
入れの動きが出ていることで輸出にも底打ちの兆候が出つつあることを受けて、景気自体についても減速基調
からの脱却は近づいているとの見方が出ている。こうした状況にも拘らず、企業部門の設備投資意欲は足下に
おいても依然下押し圧力が掛かる展開が続いている上、雇用調整圧力が強まったことで家計部門の消費意欲も
減退しており、内需を取り巻く環境は厳しさを増している。輸出の底離れが進むことで先行きについては雇用
環境が改善することは予想されるものの、足下の輸出産業については半導体をはじめとする電子部品関連では
依然世界的な競争力を維持する一方、これまで輸出をけん引してきた電気製品などの競争力は急速に後退して
いる上、自動車や鉄鋼、造船などの重厚長大産業では中
図 2 家計部門の債務残高と GDP 比の推移
国勢などとの競争環境が厳しくなるなど、以前のような
伸びを期待しにくくなっている。これまで雇用創出力が
比較的高い分野において軒並み競争力が低下しているこ
とで、雇用環境の回復を阻害することも懸念されること
から、内需を取り巻く環境の劇的な改善には結びつきに
くいと見込まれる。こうしたなか、同国の家計部門は歴
史的にも債務に対する依存度が高い傾向があるが、ここ
数年は低金利状態が長期化するなかで債務残高が急速に
上昇する展開が続いており、昨年末時点での家計部門の
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
図 3 小売売上高の推移
債務残高はGDP比で 77.4%に達している。他方、家
計部門の資産構成については不動産の割合が極めて高い
なか、足下では景気に対する不透明感を反映して不動産
市況には頭打ち感が強まっており、結果的に資産価格の
ディスインフレ状態が家計部門の消費マインドを圧迫す
ることが懸念されている。事実、足下のインフレ率につ
いても原油安が長期化している影響はあるものの、中銀
が定める目標を大きく下回る展開が続いており、農産物
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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やエネルギーを除いたコアインフレ率もともに目標を下回るなどディスインフレ基調は続いている。同国政府
はここ数年連続して大規模景気対策を実施しているほか、不動産の取引活性化などを通じて資産デフレ阻止に
向けた取り組みをみせているが、一連の取り組みは家計
図 4 ウォン相場(対ドル、円)の推移
部門の債務増大を助長させたと考えられる。その一方、
昨年は国際金融市場の動揺に伴い通貨ウォン相場が下落
トレンドを強めた結果、債務を外貨で借入している例も
少なくないなか、通貨安による債務負担の増大が家計部
門の消費意欲を圧迫させているとみられる。年明け直後
には国際金融市場が再び動揺に見舞われたことを受けて
ウォン相場は一段と下落したものの、足下では市場が落
ち着きを取り戻している上、ドル高に修正の動きが出て
(出所)CEIC より第一生命経済研究所作成
いることを受けて一転してウォン高基調が強まっており、国内ではウォン高に対する警戒感を反映して追加的
な利下げを求める動きが出ている。しかしながら、上述の通り家計部門の債務規模は極めて高いなかでの一段
の金融緩和は債務のさらなる増大を招くリスクがあるほか、大都市部を中心とする不動産市場において一転し
て「バブル」を生むことも懸念される。その意味において同国経済にとっては構造転換に向けた改革の断行が
不可欠になっているとみられるが、今回の選挙を通じて大統領と議会の「ねじれ」状態が鮮明になるなかで必
要な改革が実現する可能性は低下がさけられない。朴政権にとっては残り少ない任期のなかで、野党との協調
を探ることが出来るかが重要であり、その成否は同国経済の浮沈を左右する大きな要因となることは間違いな
いと言えよう。
以
上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判
断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一
生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。