タイの自動車産業と訪問企業 タイはピックアップトラックが約 60%を 占める特異な自動車市場である。ピックアッ 1.タイ自動車産業の特徴 プトラックといえば、中東などの武装勢力が タイの自動車産業は生産能力としては 300 砂漠や山岳で荷台に機関銃を搭載して走り回 万台あるといわれ、ピーク時の 2013 年には ったり、又は米国の幅広い車体に V8 エンジン 246 万台を生産し、うち国内販売が 133 万台 を搭載したレジャー用車両のイメージがある。 だったものが、2014 年には 188 万台(国内販 しかし、タイの農村部では悪路や水害の多い 売 88 万台)にまで減少した。輸出は横ばいで 劣悪な環境下であり、必要とされる車の性能 あるが、政情混乱や農産物価格の低下などが 要求は異なる。 影響し国内販売が 33.7%も減少した。国内生 産の内訳は乗用車が 37 万台、商用車が 51 万 台でうち 42 万台が 1 トンピックアップトラッ クである。 水害の跡がくっきり残るアユタヤ遺跡の売店 ピックアップは普通の乗用車に比べて地上 高が高く、水にも悪路にも強い。2011 年には ピックアップトラック ピックアップトラックのメーカー別シェア ではトヨタが 39.7%、いすゞが 34.9%と 2 社で 3/4 を占めている。ピックアップトラックの 輸出先としては、オーストラリア、南アフリ カの需要が多い。政府は、外資企業に対する 投資誘致優遇策によって 1 トンピックアップ トラックの生産・輸出をタイに根づかせた。 日系メーカー各社はピックアップトラック の生産を日本からタイへ移管したが、特にト ヨタは、日本で開発された車種を現地生産す るというやり方ではなく、需要に適した車種 の開発から部品調達、生産、輸出までを一貫 してタイ現地で完結させる世界戦略車として 位置付け、生産体制を再編している。 アユタヤ周辺に進出した日系企業が水害にあ ったが、元々タイの中部平野を流れるチャオ プラヤ川流域に立地する都市や農村は水害の 脅威を日常的に受けてきている。そうした現 地の環境に適応した車がピックアップであっ た。また農作業や物資の配達、時には労務現 場まで作業員を運ぶのにも使うこともでき、 日本での軽トラのような役割も果たしている。 普通乗用車が排気量により 30%~50%の 自動車物品税がかかるのに対し、ピックアッ プトラックの税率は 3%であり、税制上の優 遇策がとられている。税制上の優遇措置をピ ックアップトラックに設定することで、自動 車産業の牽引役にし、そのうえ、国産化率を 義務づけるなどして、日本や海外の自動車メ ーカー、部品メーカーの誘致も同時に進めて 2.なぜピックアップトラックか きた。国内市場が低迷する中で、結果的にタ イにとっては強力な輸出戦略商品となってい る。 なり参入の糸口があるのかもしれない。 2 社目に訪問した福井鋲螺タイ工場の場合 は、2013 年 2 月に進出したばかりであるが、 3.訪問企業 鋼やアルミ・銅・真鍮などの線材をヘッダー 訪問したバンコク AMC は元々建設機械向け マシーンで冷間圧造し塑性変形させて、特殊 の油圧継手を生産していたが、2008 年のリー 形状のリベットやピンなどを生産している。 マンショックによる需要の急激な落ち込みに 量産品であり1個数円という単価であるが、 より、撤退も考えられたが、本社より何とし 用途に合わせた材料を選択し、様々な形状に ても生き残れというサバイバルプランを指示 加工できるという強み、メーカーは政府から され、自動車産業に進出した経緯がある。現 現地化要求の強いプレッシャーを受けている 在、いすゞ・日産・ルノー・マツダなど自動 こと、また、バンコクやアユタヤ周辺の 3 時 車関連が売上高の 2~3 割を占めている。タイ 間の移動距離内に日系企業が集中している立 の自動車産業はサプライチェーンの構築も進 地条件もあり、営業力を強めれば今後の伸び んでおり、新規参入が難しいところではある が期待される。 が、訪問企業はピックアップトラックの重要 部品の1つである油圧ブレーキ部品(プレキ 配管)の継手に新規参入している。 サハ・セーレン 3 社目のサハ・セーレンは進出から 20 年と いう老舗であるが。主な生産品目はカーシー バンコク AMC トとエアバッグのインフレータを除く布部 AMC の部品は、鋼棒を切断し、NC旋盤で 分・一部スポーツ衣料を縫製している。カー 外面加工・中ぐり加工等をしており、部品単 シートは編みから染色・縫製まで、エアバッ 価は 2000 円~数十円(建設機械部品を含む単 グは織布については東レ・東洋紡の現地法人 価)と、 「乾いた雑巾を絞る」といわれる自動 から供給され、樹脂加工から縫製までを行っ 車部品の単価としてはけして安いものではな ている。 い。しかし、ピックアップトラックは普通乗 日本での工程の違いは、原糸メーカーが織 用車と比較して車体も長く、トラックとして 布まで行っており、日本のような機屋は存在 の剛性も要求されるため、建設機械で培った しない。染色業は装置産業であり簡単に新規 技術が新規参入するうえでの強力な武器とな 参入は出来ないが、ほぼ自動車産業に特化し ったといえる。日本ほどには分厚い中小企業 たサハ・セーレンの浮沈は今後の世界自動車 の基盤が存在するわけではなく、プレス加工 産業のハブを目指すタイ自動車産業の動きに のような量産品ではない機械加工の場合、か かかっているといえる。 (和田龍三)
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