【労政時報第3884号-深田俊彦執筆】 [PDF]

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雇用均等・児童家庭関係
妊娠・出産、育児休業等を理由とする
不利益取り扱いに関する解釈通達が改正される
妊娠・出産等を理由とする不利益取り扱いの禁止に関し、その適用の解釈が最高裁判決(広島
中央保健生活協同組合[A病院]事件 最高裁一小 平26.10.23判決 編注:第3882号-15. 2.13 70ペー
ジ参照)で示されたことを受け、
「
『改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等
に関する法律の施行について』及び『育児休業・介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福
祉に関する法律の施行について』の一部改正について」
(平27. 1.23 雇児発0123第 1 )が発出さ
れた。ここでは、最高裁判決の主旨を確認した上で当該通達を見ていくこととする。
「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」及び
「育児休業・介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律の施行について」の
一部改正について(平27. 1.23 雇児発0123第 1 )
(通達)
深田俊彦 特定社会保険労務士(社会保険労務士法人大野事務所)
1.妊娠・出産、
育児休業等を理由とする不利益取り
扱いの禁止
「法第 9 条第 3 項の『理由として』とは、妊娠・
出産等と、解雇その他不利益な取扱いとの間に因
妊娠・出産、育児休業等を理由として、解雇そ
果関係があることをいう」
の他不利益な取り扱いをすることを法は禁じてお
◦子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこと
り(男女雇用機会均等法〔以下、均等法〕 9 条 3
となる労働者の職業生活と家庭生活との両立が
項、育児・介護休業法10条)、これを整理すると
図られるようにするために事業主が講ずべき措
[図表 1 ]
のとおりである。
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置に関する指針(平21.12.28 厚労告509)
この不利益取り扱いの禁止については、法の定
「法第10条、…(中略)…の規定により禁止される
めに加えて、解釈通達および指針によって、その
解雇その他不利益な取扱いは、労働者が育児休業
解釈を確認しているところである。
等の申出等をしたこととの間に因果関係がある行
◦労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等
為であること」
に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切
不利益取り扱いが「妊娠・出産、育児休業等を
に対処するための指針(平18.10.11 厚労告614)
理由として」なされたものに該当するかどうかに
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労働法令のポイント
図表 1
妊娠・出産、
育児休業等を理由とする不利益取り扱いの禁止
●産前産後休業
⃝妊娠
●育児休業
⃝出産
●妊婦健診等
●軽易業務への転換
●つわり、切迫流産等での就労不能
●時間外・休日労働をしない
●深夜業をしない
妊産婦に関するもの
復職
●育児時間
●所定外労働の制限
●時間外労働の制限
●深夜業の制限
●短時間勤務
●子の看護休暇
子を養育する労働者に関するもの
上記の事由があったこと、請求したこと、申し出をしたこと、措置を受けたこと、
取得したことを理由として、不利益な取り扱いをしてはならない
<不利益取り扱いの例>
◦解雇、雇止め、契約更新回数の引き下げ
◦退職または正社員を非正規社員とするような契約内容変更の強要
◦降格、減給
◦賞与等における不利益な算定
◦不利益な配置変更
◦不利益な自宅待機命令
◦昇進・昇格の人事考課での不利益な評価
◦仕事をさせない、もっぱら雑務をさせるなど就業環境を害する行為
ついては、前記のとおり指針において「因果関係」
2.平成26年10月23日の最高裁判決
の有無によることとされているわけだが、実際に
法が禁じる不利益取り扱いの該当性に課題が
は判断が難しいケースも少なくないといえよう。
あった中、
「女性労働者につき労働基準法65条 3 項
なお、
「男女雇用機会均等法のあらまし」
(厚生
に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機とし
労働省)では、不利益取り扱いの一例を以下のと
て降格させる事業主の措置は、原則として均等法
おり示しているので参照されたい。
9 条 3 項の禁止する取扱いに当たる」との判断が
①妊娠した女性労働者が、その従事する職務にお
最高裁によって示された(広島中央保健生活協同
いて業務を遂行する能力があるにもかかわらず、
組合
[A病院]事件 最高裁一小 平26.10.23判決)
。
賃金その他の労働条件、通勤事情等が劣ること
本件は、医療介護事業等を行う消費生活協同組
となる配置の変更を行うこと
合(被上告人)に雇用されていた理学療法士の女
②妊娠・出産等に伴いその従事する職務において
性(上告人)が、労働基準法65条 3 項に基づく妊
業務を遂行することが困難であり配置を変更す
娠中の軽易な業務への転換に際して副主任の職位
る必要がある場合において、他に当該労働者を
を免ぜられ、育児休業の終了後も副主任に任ぜら
従事させることができる適当な職務があるにも
れなかったことから、被上告人に対し、副主任を
かかわらず、特別な理由もなく当該職務と比較
免じた措置は均等法 9 条 3 項に違反する無効なも
して、賃金その他の労働条件、通勤事情等が劣
のであるなどと主張して、管理職(副主任)手当
ることとなる配置の変更を行うこと
の支払いおよび債務不履行または不法行為に基づ
③産前産後休業からの復帰に当たって、原職また
は原職相当職に就けないこと
く損害賠償を求めた事案である。
1 審および控訴審では原告の訴えが退けられて
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いたところ、最高裁判決では「原審摘示の事情の
関する法律の施行について』の一部改正について」
みをもって直ちに本件措置が均等法 9 条 3 項の禁
(平27. 1.23 雇児発0123第 1 。以下、改正通達)
止する取扱いに当たらないと判断した原審の判断
が発出され、妊娠・出産、育児休業等を契機とし
には、審理不尽の結果、法令の解釈適用を誤った
て不利益取扱いが行われた場合は、法が禁じる「妊
違法がある」として、裁判官全員一致の意見で破
娠・出産、育児休業等を理由とした不利益取扱い」
棄差し戻しとなった。
に原則として当たるものと解されることが明確に
判決文の中で、均等法 9 条 3 項に定める不利益
された[図表 2 ]。また、[図表 2 ]にあるとおり一
取り扱い禁止の適用について示された解釈の要旨
定の場合には違反に当たらないことも示されてお
は、以下のとおりである。
り、この点も最高裁判決を踏まえたものとなって
均等法 1 条及び 2 条の規定する同法の目的及び基
いる。なお、
「
『契機として』については、基本的
本的理念やこれらに基づいて同法 9 条 3 項の規制
に当該事由が発生している期間と時間的に近接し
が設けられた趣旨及び目的に照らせば、女性労働
て当該不利益取扱いが行われたか否かをもって判
者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として
断すること」
(改正通達)とされている。
降格させる事業主の措置は、原則として同項の禁
不利益取り扱いが法に抵触するか否かについて
止する取扱いに当たるものと解されるが、当該労
は、改正通達においても引き続き抽象的な表現を
働者が軽易業務への転換及び上記措置により受け
含んでいるため判断が難しい面もあるが、妊娠・
る有利な影響並びに上記措置により受ける不利な
出産、育児休業等を契機とした不利益取り扱いが
影響の内容や程度、上記措置に係る事業主による
違法と解される原則が示されたことの意味合いは
説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に
大きいといえよう。
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照らして、当該労働者につき自由な意思に基づい
て降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な
4.今後の実務に当たって
理由が客観的に存在するとき、又は事業主におい
改正通達のベースとなった最高裁判決を基に、
て当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽
実務上の課題について触れておく。
易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や
同判決では、今回の事案の違法性を検討するに
人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から
当たって、
「上告人は、妊娠中の軽易業務への転換
支障がある場合であって、その業務上の必要性の
としてのB(筆者注:被上告人の運営する訪問介
内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容
護施設)からリハビリ科への異動を契機として、
や程度に照らして、上記措置につき同項の趣旨及
本件措置により管理職である副主任から非管理職
び目的に実質的に反しないものと認められる特段
の職員に降格されたものであるところ、上記異動
の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱い
により患者の自宅への訪問を要しなくなったもの
に当たらないものと解するのが相当である。
(下線
の、上記異動の前後におけるリハビリ業務自体の
は筆者)
負担の異同は明らかではない上、リハビリ科の主
任又は副主任の管理職としての職務内容の実質が
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3.解釈通達の改正
判然としないこと等からすれば、副主任を免ぜら
この最高裁判決を受ける形で、「『改正雇用の分
れたこと自体によって上告人における業務上の負
野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に
担の軽減が図られたか否か及びその内容や程度は
関する法律の施行について』及び『育児休業・介
明らかではなく、上告人が軽易業務への転換及び
護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に
本件措置により受けた有利な影響の内容や程度が
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労働法令のポイント
明らかにされているということはできない」
(下線
合、同判決に付されている櫻井龍子裁判官の補足
は筆者)としている。
意見(
「本件においては、上告人が職場復帰を前提
このように、軽易業務への転換請求に対して行
として育児休業をとったことは明らかであったの
われた降格につき、異動前後の業務負担の異同や
であるから、復帰後にどのような配置を行うかあ
管理職としての職務内容の実質についての検証が
らかじめ定めて上告人にも明示した上、他の労働
された結果として、4.の下線部分のような判断が
者の雇用管理もそのことを前提に行うべきであっ
されていることには注意を要する。すなわち、働
)が参考となる。
たと考えられる〔以下略〕」
く上での役割や職務内容が明確になっていないと
以上のことから、実務対応を行うに当たっては、
いう点については、今回の事案に限らずわが国の
妊娠・出産、育児休業等における労働者の事情を
労働慣行の下では少なからず生じるものであり、
踏まえた上で、会社として合理的に説明のつく対
多少なりとも当事者意識をもって受け止める必要
応内容を明らかにし、一方的にその対応を進める
があろう(なお、例えば職務給制度が機能してい
のではなく、復帰後のことも含めて労働者と丁寧
た場合に、職務変更と不利益取り扱い禁止との関
なコミュニケーションを図っていくことが重要だ
係をいかに考えるかについては、今回の判決から
といえるだろう。
読み取ることはできない)。
今回の最高裁判決ならびに解釈通達の改正が、
そうすると、働く上での役割や職務内容が不明
職場における女性の活躍促進も含めた雇用管理の
確にならざるを得ないことを踏まえた上で、どの
在り方について、あらためて見直す契機になるこ
ような労務管理が望まれるのかを考えるとした場
とが望まれる。
図表 2
解釈通達
(雇用均等・児童家庭局長)のポイント
妊娠・出産、育児休業等を「契機として」不利益取扱いを行った場合
原則
※「契機として」は基本的に時間的に
近接しているか否かで判断
男女雇用機会均等法、育児・介護休業法に違反
(妊娠・出産、育児休業等を「理由として」不利益取扱いを行ったと解される)
例外②
●契機とした事由又は当該取扱いにより受ける有利な影響が存在し、かつ、当該労働者が当該取
扱いに同意している場合において、
●有利な影響の内容や程度が当該取扱いによる不利な影響の内容や程度を上回り、事業主から適
切に説明がなされる等、一般的な労働者であれば同意するような合理的な理由が客観的に存在
するとき
違反には当たらない
例外①
●業務上の必要性から支障があるため当該不利益取扱いを行わざるを得ない場合において、
●その業務上の必要性の内容や程度が、法の規定の趣旨に実質的に反しないものと認められるほ
どに、当該不利益取扱いにより受ける影響の内容や程度を上回ると認められる特段の事情が存
在するとき
資料出所:厚生労働省
労政時報 第3884号/15. 3.13
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