教師のコンピテンシー育成のための校内研修OJTの在り方(PDF

平成22年度 千葉市・大学等共同研究事業報告書(概要版)
1.研究題目:コンピテンシー育成プログラムの開発と校内研修(OJT)の在り方
2.事業担当:千葉市教育委員会・千葉大学
3.研究目的: 千葉市教育委員会と千葉大学との共同研究によって、千葉市内各学校の実情に即し
た教師力にかかわるコンピテンシーの明確化を図るとともに、それらを育成するため
の校内研修OJTプログラムを開発する。共同研究の成果物は、授業の在り方等につ
いて、具体的で活用しやすい授業力向上のためのDVD作成及び校内研修OJTプロ
グラムの実態等をまとめた報告書であり、これらを通し校内におけるOJTの充実・
発展に資する。
4.研究概要: 教員の世代交代期を迎えた現在、教員一人一人の指導力の向上と教師集団のチーム
力向上、及びそれを支える教員研修の充実が大きな課題となっている。教員研修は大
きく校内研修と校外研修に分かれるが、日常の業務が多忙を極める現状において、職
務遂行と同時並行的に行われる校内研修への期待は高い。とりわけ、日々の授業実践
が教員としての力量形成を左右するOJT(On the Job Training)をどのように組織
するかは喫緊の課題と考えてよい。
本研究では、特にこのOJTの在り方に注目し、優れた教員の学習指導にかかわる
力量の総体を広く若年層教員のOJTに効果的に役立てることを意図する。そのため
に、以前から千葉大学が行ってきた研究と、平成21年度の千葉市教育センターの研
究を軸にし、千葉市の教育施策や学校の状況に対応させるために、千葉市側の共同研
究者(プロジェクトチーム)との共同研究の形で実践研究を展開する。具体的には授
業力を向上させるためのコンピテンシー育成プログラムとして、実際の授業の紹介や
解説等を、DVDや報告書等により示すことで、校内研修で活用できる情報として市
内各学校に提供する。
5.研究担当:山下 正敏(千葉市教育センター所長)
上杉 賢士(千葉大学大学院教育学研究科教授)
佐瀬 一生(千葉大学教育学部付属教育実践総合センター准教授)
青木
一(千葉市教育センター指導主事)
末永 昇一(千葉市教育センター主任指導主事)
神尾 祝子(千葉市教育センター指導主事)
堀米
宏(千葉市教育センター指導主事)
〔研究協力員〕
阿久津まどか(千葉市立美浜打瀬小学校) 石井 智子(千葉市立寒川小学校)
宇川 光男(千葉市立宮崎小学校)
梅野 祥史(千葉市立有吉中学校)
笠井 由紀(千葉市立大木戸小学校)
近藤 義男(千葉市立越智中学校)
佐藤 素子(千葉市立小中台中学校)
中村 正吾(千葉市立扇田小学校)
前田
務(千葉市立轟町中学校)
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6.研究成果1:教員研修の現代的課題の整理
千葉大学教育学部では、平成17・18年度の2か年にわたって「教員養成GP」の研究プロジェ
クトに取り組んだ。具体的には、教員としてのライフステージを「プレ10(教職経験10年未満)
」
と「ポスト10(教職経験10年以上)
」に分け、それぞれの段階でどのような資質・力量を獲得する
ことが望まれるかについて検討を行った。その結果によると、いずれの年代においても「授業がうま
い」ことが必須の条件として支持されていることが明らかになった。また各種のデータを総合した結
果、基礎期における「計画しプログラムされた研修を通して教員としての基礎を確立する」ことから
始まり、やがて「個別的なオンデマンドによる研修を通して学校経営への自律的・協働的参画ができ
るようになる」ことへと研修の重点をシフトする必要があることが明らかになった。この境界を教職
経験10年目と仮説を立てた。オンデマンド研修とは、自らの自発的意志による研修を意味する。
千葉市教育センターでは、平成21年度に「教師力に関する研究~授業の達人に学ぶ~」をテーマ
にして研究を行った。これは、教師力の中でも特に授業力に焦点を当て、卓越した授業力をもった教
員29名からのインタビューを通して、
「達人の授業」の構成要素を分析したものである。その結果と
して、10年目までに身に付ける「授業の4つの力」と「23のコンピテンシー」が抽出された。ま
た、
「授業の達人」に自分が伸びたと思う時期をたずねた結果、
「10年3校目」の支持率が最も高か
った。さらに、その契機として「研究授業」や「独自の研究サークルや勉強会」などを挙げていた。
これは、千葉大学の研究結果と符合するものであり、
「計画された研修」から「オンデマンドによる研
修」へと移行する時期が、ほぼ教職経験10年目あたりにあることが推測された。
現在、千葉市の教員年齢構成は、退職を間近に控えたベテラン層と若年層教員が多く中間層が尐な
いという二極化の傾向にある。各層の研修ニーズの違いが校内研修の活性化を阻害する要因であるこ
とは、以前から全国的な傾向として指摘されていた。これらの結果から、千葉市においても、各層の
教員がもつ経験知を活かした校内研修の一層の活性化が教員研修の具体的課題となる。
7.研究成果2:校内研修の課題と意義の整理
わが国の40人という現行の学級定員は、世界的に見ても最も多い部類に属する。そして、大人数
の子どもたちを前にしてさまざまなスキルを駆使して指導する教員の実力は、世界的にも高く評価さ
れている。その実力を根底から支えてきたのが、わが国では伝統的に校内研修の一環として行われて
きた「授業研究」と言ってよい。最近では、
「lesson study」と呼び、わが国の授業研究をモデルにし
ながらそれを積極的に導入しようという動きが各国で始まっている。
その授業研究が、発信源ともいうべきわが国において衰退しているのではないかという指摘がされ
るようになった。その原因はさまざまに考えられるが、前に指摘したような教員年齢構成の不均衡化
や教員の多忙化、ライフスタイルの多様化などがあげられている。
その一方で、教育課題の多様化に伴い、教員個々の力量というよりむしろ組織としての学校の実力
が問われるようになっている。また、実際に組織的に共同で取り組まねばならない難問も増加してい
る。教員がそれぞれに担当する学級や職務上の分掌はあくまで部分に過ぎず、それらを効果的に組み
合わせたトータルとしての学校の実力が問われる時代になったと考えてよい。
これらの時代的要請に応えるためには、計画された校外研修において個々の力量を高めるだけでは
明らかに不十分である。同じ学校で教育活動にいそしむ教員同士が共通の課題に向けていっしょに研
鑽を積む機会、つまり校内研修の充実が欠かせない。そして、授業研究はその中核を成す営みであり、
相互の授業力の一層の向上を目指すことが、これらの要請に応える道であると言える。
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8.研究成果3:効果のある校内研修の摘出
近年、千葉市内の学校では、若年層教員の急増に対応して、定期的な校内研修とは別に若手を中心
とした研修がおこなわれるようになった。これらの試みは「フレッシュ研」
(あるいは「若手研修」
)
と呼ばれ、教育課程に位置づけたのもとして定期的あるいは不定期に開かれている。その内容は、受
講者のデマンド(需要)によるものが多く、自発的意志による校内研修のモデルに成りうると考えら
れる。そこで、本研究では、各種の研究事業に着手する前に、各学校における「フレッシュ研」の実
態を探るための質問紙調査と事例収集を行った。
その結果、
教職経験5年未満の教員が占める割合が30%を超えている学校が、
小学校で38.
3%、
中学校で21.0%にのぼることが明らかになった。そして、小学校の76%、中学校の35%(全
体の63%)が何らかの形で「フレッシュ研」を実施しているという結果が得られた。またその内容
は、小学校で「授業研究」
「授業技術」
「教科指導」であり、中学校では「生徒指導」
「生徒理解」
「教
科指導」などであった。以下に、いくつかの学校の事例を紹介する。なお、学校名を表わすイニシア
ルは報告書に掲載したものをそのまま使用している。
A小学校は、全児童数約1000人の大規模校であり、学級担任の約半数を教職経験5年未満の教
員が占めている。そのため、学級経営と授業力の向上を主たるねらいとした校内研修を組織し、平成
22年度は年間6回の研修会を実施した。講師は、管理職や教務主任などが務めている。開催時期は
原則として職員会議終了後とし、各回の研修会では決められたテーマに沿って各自がレジュメを持ち
寄って発表する。研修内容は即効性のあるものに限定するとともに、継続性のあるテーマとのバラン
スも考慮するようにしている。
B中学校は、平成になって創立された比較的新しい学校であり、全校生徒数は800名を数える。
30歳以下の教員が全体の1/3を占める。文部科学省や市の研究指定校となり、学習指導や学力向
上などに焦点を当てた校内研修を行ってきた。しかし、若年層教員の増加があり、フォーマルな授業
研究以外にも若年層教員を対象として基礎的事項の習得を目指した校内研修が必要となった。
そこで、
管理職や生徒指導主任、教育相談主任などが講師となり、平成22年度には5回の自発的な校内研修
を実施した。研修内容は、
「リーダーの育て方」
「保護者面談の持ち方」
「通知票の書き方」
「会議の提
案資料の作り方」
「学級経営の仕方」など多岐にわたっている。
これらの動きは、若年層教員の増加という事態があったにせよ、校内で自発的に研修の機運が生ま
れたという点において注目に値する。各学校において「フレッシュ研」を実施するにあたって特に問
題となる点は、多忙な勤務時間の中でそのための時間をどう確保するかという点である。また、校内
で共に職務にあたる者同士で行うという特徴から、内容がマンネリになることも指摘されている。
本研究は、こうした事態に適切に対応するために、収集したデータをテキストやDVDにまとめ、
校内研修における効果的な情報提供を行うという点に焦点化されていった。
9.研究成果4:DVD作成に関するテキストの調査
本研究では、卓越した授業力をもつ「授業の達人」のヒアリングを通して抽出した「4つの力」と
「23のコンピテンシー」をもとに作成したテキストに関して調査した。そのためにテキストを全校
に配布し、
教職経験5年以内の教員と指導的立場にある教員にその内容について評価をしてもらった。
その結果によると、全体としては概ね好評であった。とりわけ、指導層教員からは、
「自分の伝え
たいことを代弁してくれている」というような回答が寄せられた。しかし「フレッシュ研」の対象層
である若手教員からは、文章ではイメージできない授業中でのシーンを動画で観たいという、具体的
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な情報提供を求める声が多く、DVD作成の重要性が示された。
なお、テキストの内容は、次のとおりである。
テキスト「読本・達人に学ぶ授業力」の構成の概略
プロローグ
第1部 達人に学ぶ授業の4力(ぢから)
第2部 コンピテンシー育成プログラム
第1章 子どもが望んでいるもの
第1章 授業コミュニケーション力
1.
「今どきの若いモンは・・・」
育成プログラム
2.
「子どもは何を望んでいるの?」
プログラム1~6
3.教育学部1年生は教師と子どもの中間
第2章 一瞬の対応力育成プログラム
4.
「わかりやすい授業」を熱望
プログラム7~10
第2章 達人のキャリアを追う
第3章 意欲向上力育成プログラム
1.
「授業の達人」に注目
プログラム11~14
2.伸びた時期
第4章 授業構成力育成プログラム
3.独自の研究サークルと理想の教師
プログラム15~21
4.
「オンデマンドなのだ!」
エピローグ
第3章 授業のコンピテンシー
[資料]教師力にかかわる先行研究
1.授業コミュニケーション力
2.一瞬の対応力
10.研究成果5:テキストのDVD化
3.意欲向上力
上記のようなリフレクションより、授業力向上を目指したコンピテンシー育成をより効果的な伝達
4.授業構成力
メディアに変換することを目的にして、DVDの作成を試みた。これは、上述したように質問紙調査
第4章 小括
で、特に若年層教員から多く寄せられたリクエストに応えようとするものであった。
その内容構成にあたっては、以下のような構想を立てた。
1.収録データの内容
①「達人に学ぶ授業力」の研究コンセプト及び「授業の4力」の説明
②実際の授業場面と解説
③まとめ
2.内容の基本コンセプト
①内容「②実際の授業場面と解説」
(実際の授業場面と解説)
授業風景を収録して編集するとともに、テロップで解説を加える
②内容「①達人に学ぶ授業力の研究コンセプト及び「授業の4力」の説明」
「③まとめ」
(キャスターとコメンテーターによる解説)
スタジオトークを行い、収録して編集する
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実際に作成されたDVDは、下記に掲げるとおりであった。
DVD「達人に学ぶ授業力」の構成の概略
1.
「達人に学ぶ授業力」とは
*イントロダクション
*授業力の重要性~わかりやすい授業への期待と日常の授業の重要性
*授業力と教員の研修の関係~校外研修と校内研修の比較から
*「達人の学ぶ授業力」研究~達人が伸びた時期と要因
*達人が指摘する授業の力(コンピテンシー)
2.具体的な授業における「授業力」の実際
*小学校の授業風景(6年生国語「そば・ソバ・蕎麦・SOBA」の授業)
*中学校における授業づくりとリフレクション
3.まとめの解説
*「達人」から学ぶ観点
*授業力の向上に向けて~校内研修の充実を~
*まとめの言葉
11.研究の総括
○千葉市における教員研修の実態と課題の把握
教員の世代交代による若年層教員の急増という実態を明らかにしたが、この状況は千葉市固有の
ものではなく、都市部において共通する現象であると推測される。したがって、千葉市の現状から
出発した研究であるが、本研究の成果はより広範な問題に対応できるものと思われる。
また、千葉市内の小・中学校では、若年層教員を対象としたインフォーマルな校内研修(フレッ
シュ研)がきわめて活性化している現状を明らかにした。しかし、時間の確保の難しさや適切な研
修情報の不足などが指摘されていた。本研究では、こうした事態に対応するために以下のような成
果物の作成に取り組んだ。
○成果物
本研究では、所期の目的に沿って、千葉大学及び千葉市教育センターが保有する研究成果を参考
にしながら、主として次の二つの成果物を生み出した。これらの成果物は今後、校内研修、とりわ
け若年層教員の増加という事態に適切に対応する情報源として受け入れられると考えられる。
*DVD「授業の達人に学ぶ授業力」
*報告書「コンピテンシー育成プログラムの開発と校内研修(OJT)の在り方」
○政策への提言
本研究で生み出した成果物は、研究のための期間や予算的な事情から、テキストの評価用全校配
布と報告書、貸し出し用DVDの作成の範囲に留まっている。今後、各学校で活用した結果の情報
収集に努め、その結果として得られるフィードバック情報をもとに、さらに内容に磨きをかける必
要がある。それを前提とした上で、行政当局には千葉市における教員研修の一層の充実を図るため
に、本研究の成果としての研修情報が各学校及び各教員に届けられるような予算措置をお願いした
い。
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