僧帽弁閉鎖不全症に対する形成術の現状 - 長崎県医師会

1"'^、
NO.425
僧帽弁閉鎖不全症に対する形成術の現状
佐世保市立総合病院心臓血管外科迫
はじめに
近年、イ曽市冒弁閉金質不全症(mitralregurgitation
MR)に対する自己弁温存術式である僧帽弁形成
術は広く行われるようになりました。心房性不整
脈が出現する前に形成術を行うと、健康人と同様
の QOLが得られ、内服薬も必要なく、いわゆる
根治した状態を得ることができます。また不整脈
出現後であっても、不整脈手術(メイズ手術)を
史朗
います(表1)。感染性心内膜炎においては、活
動期であっても、病変によっては、積極的に形成
術の適応と考えられます。りウマヂ性病変に対す
る形成術は早期の逆流再発のりスクが高い為、多
くは形成術の対象にはなりません。1CMやDCM
など左室拡大に伴った二次性MRにおいては、
適応や術式の選択は未だ確立されたものではなく、
議論の分かれるところです。
同時に施行し、洞調律に復すれぱ、やはり術後抗
凝固が不要となり、メリットは大きいと思われま
表1
す。
僧帽弁形成術症例(56例)
一方、人工弁置換術においても、最近は人工弁
の機能、抗血栓性や耐久性は向上しておりますが、
やはり機械弁においては、ワーファリン内服によ
る出血や人工弁の周囲で血液が凝結することで起
きる血栓塞栓症といった心配があり、生体弁でも
耐久性の点から再手術(ノ\工弁の交換)の問題は
残ります。
形成術でも残存逆流や逆流の再発のりスクもあ
る訳ですので、治療にあたっては、十分な適応の
判断と適切な手術手技が必要とされます。
今回は佐世保市立総合病院における手術症例を
中心に、僧帽弁形成術に関する適応、術式、成績
等について、さらには心房細動治療の現状をお話
させて頂きます。
男ノ女
3V25
年齢
病因
変性疾患
62.6土10,5歳
36例
5例
15例
感染性心内膜炎
二次性MR(機能性,虚血性)
弁尖逸脱部位
月1」尖
後尖
両尖
交連部
8例
22例
1例
10例
根治性の高い形成術を行う為には、術前に病因
と矯正すべき部位や範囲を正確に評価しておくこ
とが重要になります。前尖、後尖を3分割し、両
交連部を含めた8分割の僧帽弁マップが有用です
(図1)。経胸壁、また可能なら経食道心臓超音
僧帽弁閉鎖不全症の病因
波検査を行い、病変を正確に評価します。
僧帽弁形成術の適応と考えられる病因に関して
は、変性疾患や感染性心内膜炎(infective endo、
Carditis:1E)、りウマチ熱など弁尖や1建索の器質
AC AI
的異常により出現する一次性MRと弁尖や健索
には器質的異常がなく、左室拡大などに伴って出
60
PC
A2
PI
P3
現する二次性MRに分けられます。二次性MR
をきたす疾患、としては、虚血陛心哨分症(1Schemic
Cardiomy叩athy :1CM)、拡張型心筋症(dilated
C紅diomyopathy : DCM)などが挙げられます。
形成術で最も良い適応となるのは変性疾患です。
弁を支持する燧索が伸びたり、切れたりして弁の
一部が左房側へ逸脱することで逆流が生じます。
当院においても変性疾患が最も頻度が高くなって
A3
P2
図1
僧帽弁MAP
手術方法
当院において施行した弁形成術式を表2に示し
ます。弁尖逸脱矯正術式としては、基本的に後尖
長崎県医師会報第829号平成27年2月
餓議溺
NO.425
表2
逸脱に対しては弁尖切除(三角切除もしくは櫻状
切除)縫合を行い、前尖逸脱に対してはe・PTFE
(expat)dedpolytetrafluoroethylene)糸による人
工燧索再建を行います(図2)。交連部逸脱に対
しては、交連部固定(Fixation法)を用いていま
す(図3)。最近では前尖逸脱に対しても三角切
除縫合を行うケースが増えてきました。弁輪形成
は、前尖逸脱や両尖逸脱、また後尖逸脱でも弁輪
拡大を認める症例に対しては、弁尖接合面の十分
な確保と遠隔期の弁輪拡大を予防する為に全周性
のTotalring を使用し、弁輪拡大の少ない後尖逸
脱や交連部逸脱に対しては、 Total ringの他に
Partialri11gや自己心膜StriP を用いて後尖弁輪形
(弁逸脱矯正術式)
弁尖切除縫合
25例
8例
14例
1例
人工膝索再建
交連部打Xation法
ID膜パッチ
(弁輪形成)
46例
10例
人エリング
自己心膜
成のみ行うこともあります。
活動期感染性心内膜炎による僧帽弁逆流に対す
る術式としては、以前は人工弁置換術が基本であ
りました。しかしながら、感染の波及や逸脱の範
囲にはよりますが、感染創や涜贅を切除した後、
変性疾患に対する弁尖切除縫合に準じた再建法で
修復することができれば、形成術が可能となりま
す。術後感染の制御の観点からすれば、異物を用
いる人工弁置換術よりも結果は良好と考えます。
但し組織の脆弱性や過度の緊張による術後逆流再
発も懸念されますので、適宜心膜パッチによる補
強などが必要になります。また感染予防の為に異
物である人エリングでなく、自己心膜Strゆによ
る弁輪形成も有用と考えています。抗生剤治療開
始後どのタイミングで手術を行うかも意見の分か
図2
れるところでありますが、感染による弁破壊が進
前尖の人工騰索再建と人エリング
による弁輪形成
行する前の、比較的早期に手術を行ったほうが形
成術の可能性が高くなると考えています。
r
虚血性心筋症に伴う ischemicMR (1MR)が疑
、
われるケースに関しては、冠動脈バイパス手術に
よる完全血行再建を行った上で、 1 2サイズダ
ベルで弁尖が止まってしまう為接合できず、 MR
が生じます。1MRの症例は左室が拡大している
、し
IMRの僧帽弁は心筋梗塞後の左室拡大に伴い、
乳頭筋が外側に偏移し、弁尖が心尖部方向に牽引
されて可重か性が少なくなること(tether血g)が
逆流の原因となります。 Tethering によって収縮
期に通常の接合レベルより低い(心尖部寄り)レ
^
0-
ウンした人エリングによる弁輪形成(undersized
MAP:24 26肌サイズを使用)のみ行いました。
.
;
図3
交連部fixation法と自己心膜によ
る後尖弁輪形成
わりに弁輪拡大の程度が少ない為、小さめのサイ
ズの人エリングで弁輪の前後径を短縮し、弁尖の
長崎県医師会報第829号平成27年2月
61
骸姦溺
NO.425
接合を獲得することで逆流を制御しようというこ
とです。そしてIMRの原因は心筋虚血ですので、
完全血行再建を同時に行うことが重要と考えてぃ
ます。
例ありました。心不全症状の増悪などありません
が、今後も注意深く経過を見ていく必要がありま
す。
入院死亡は 2例(3.6%)に認めました。いず
しかしながらICMやDCM といったいわゆる
れも緊急症例でした。 1例はカンジダによる活動
二次性MR (機ヨ昌性MR)に対する Undersized
期感染性心内膜炎による MRで、術後カンジダ
感染遷延による敗血症で死亡。もう1例は、虚血
MAPは逆流制御に限界があり、左室形態や心筋
の Viabi1北y など総合的に判断する必要がありま
す。術直後は逆流が消失していても、遠隔期に逆
流が再発してくる危険性はある為、確実にMR
をコントロールするには、人工弁置換術も考慮す
脈バイパス術十弁輪形成術施行した透析症例でし
た。術後LOSが遷延し失いました。 2例とも経
過中にMRの再発は認めませんでした。
る場合もあると思われます。最近ではTether血g
その他の緊急手術症例および待機手術の症例に
そのものを減らそうということで、乳頭筋の牽引
関しては、死亡例はなく、中 長期の成績も良好
(移動)や2次膿索の切除、左室形成術等の有効
性心筋症に伴う MRで、重度心不全に対し冠動
と思われました。
性も報告されておりますが、治療選択に関しては、
未だ一定の見解は得られていない状況です。今後
のさらなる研究が期待されます。
その他自験例において、大動脈弁疾患などに伴
い、左室拡大を認めるケースもありましたが、僧
帽弁尖自体に逸脱病変を認めない症例においては、
Totalring を用いた弁輪形成のみ行いました。
弁形成手術と同時に行った他の術式を表3に示
します。心房細動に対する左房メイズ手術15例、
冠動脈バイパス術9例、大動脈弁置換術4例、
尖弁輪形成術3例でした。
表3
同時手術
心房細動手術(左房Maze)
冠動脈バイパス術
大動脈弁置換術
三尖弁輪形成術
15例
9例
4例
3例
表4
術後僧帽弁逆流(エコー評イ西
nonNtrivlal
mild
mild moderate
moderate severe
51例
3例
2例
0例
心房細動手術(左房Maze手術)に関して
はなしは変わりますが、術前から心房細動を有
する症例に対しては、原則的に僧帽弁形成術と同
時に、心房細動に対するメイズ手術を行うことに
しておりますので、少しその話をさせて頂きます。
当院で行っている心房細動に対する左房Maze
手術を図4に示します。手術法は上下大静脈脱血、
上行大動脈送血で人工心肺を確立し、心停止しま
す。僧帽弁手術を行う為の右側左房切開を行い、
左側上下肺静脈の僧帽弁側の左房後壁は、切開に
変わり冷凍凝固(-60で、 2分間)を施行するこ
結果
とで、肺静脈隔離を行います。その後肺静脈隔離
術後成績を表4に示します。形成手術後の残存
逆流や逆流の再発がないかどうかをエコーにて定
線から僧帽弁後尖弁輪(P2 P3方向)に冷凍
期的に評価していきます。最終f0ⅡOW UP時点で
尖弁閉鎖不全症の合併例では、右房切開後に三尖
の僧帽弁逆流の程度は、全例mild moderate (2
/4゜)以下で、術後の逆流制御は良好と思われま
弁輪と冠静脈口を結び、下大静脈に至るりエント
した。再手術例はありませんでした。最終的に
mild moderate (2゜)の MR を認める症例が2
62
凝固を加えます(図4)。心房粗動の既往例や三
リー回路の峡部。さらに右房切開線から下大静脈
に至る右房自由壁に同様にして冷凍凝固を加える
右房Mazeも追加するようにしてぃます。このよ
長崎県医師会報第829号平成27年2月
餓亙薪溺
NO.425
うな方法で、術前より心房細動を有する症例16
例のうち 15例に対して左房Maze手術を行い、
最終f0110WUP 時点で 11例(73.3%)が洞調律に
復帰しました(表5)。当院では循環器内科にお
いて、心房細動に対するカテーテルアブレーシヨ
ンも積極的に行っていますので、洞調律非復帰例
4例のうち、術後心房粗動となった1例に対して
は、循環器内科と相談し、後日カテーテルアブレー
ションを追加し、その後は洞調律を維持していま
す。洞調律復帰例においてはいずれも最終的にワ
表5
術前心房細動例
左房Maze手術施行例
洞調律復帰例
非復帰例
16例
15例
11例(7339'0)
4例
(1例は術後ablationにて洞調律復帰)
おわりに:
僧帽弁形成手術と心房細動手術に関して自験例
を中心にお話させて頂きました。僧帽弁形成手術
ーファリンフリーとなりました。
の成績は安定してきましたが、術式には時代ごと
の変遷もあり、今後も手技や適応に関して、変化
(進歩)していくことと思われます。私たちも患
者さんの術後のQOLの向上に少しでも役立てる
SVC
剛ぐ
00
P
RA
よう今後も努力して参りたいと思います。
冷凍凝固
IVC
PV:肺脈 LA:左戻 MV:僧帽弁 SVC上大静脈
IVC下大 脈 RA:右房 LAA:左心耳
図4
心房細動に対する左房Maze手術
日本医師会[医の倫理綱領]
医学およぴ医療は、病める人の治療はもとより、人ぴとの健康の維持もしくは増進を図るもので、
医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである0
医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩
23
発展に尽くす。
45
く説明し、信頼を得るように努める。
医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高めるように心掛ける0
医師は医療を受ける人ぴとの人格を尊重し、やさしい心で接するともに、医療内容についてよ
医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。
医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守およ
ぴ法秩序の形成に努める。
6
医師は医業にあたって営利を目的としない。
(平成12年4月2日第102回日本医師会定例代議員会)
長崎県医師会報第829号平成27年2月
63