「宿るや商店」という、若者たちが日替わりで店主を交代し、同じスペースを

解答例
記事では「宿るや商店」という、若者たちが日替わりで店主を交代し、同じスペースを
共有し合う店が紹介されている。この例に限らず、近年では車や家など、これまで個人や
一家族が占有して当然だと思われていたものを、見ず知らずの他人と共有し合う「シェア」
が広まりつつある。これはなぜだろうか。
その理由としては、不景気が続くなかで物にかかる費用を抑えるためという経済的な要
因や、大量生産・大量消費を防いで環境負荷を減らすという政策的な要因などがあるだろ
う。しかし、それらに加えて、私は現代社会に生きる人々の価値観の変容という要因を考
えたい。
科学技術の進展や経済成長に伴って、現代人は様々なものを自分の所有物とすることで
個人の自由や豊かさを実感してきたように思う。日本では「三種の神器」や「3C」など
の消費財、個人の部屋を作りプライベートな空間を用意した住宅形態、パソコンや携帯電
話などの情報端末などを手に入れることで、徐々に個人の自由が拡大したのである。だが、
自由の拡大は同時に共同体意識の解体への道をも開く。そして、分断された個人は自分の
自由を確保することに囚われ、次第に記事で述べられているような「地域の結びつきが希
薄であるがゆえの不信感」を覚えるようになったのである。
しかし近年、経済状況の悪化や自然災害の脅威を目の当たりにするにつれ、徐々に一人
で生きることの限界、そして顔の見える他者とともに生きることの魅力が、若者を中心と
して意識され始めている。例えば、最近、複数人が同じ家で共同生活を行うシェアハウス
が増えており、それを扱ったテレビ番組なども話題となった。
「宿るや商店」で店を出して
いる森さんも「人と人とのつながりが生み出す不思議な力」に魅せられたという。これら
は、従来のように物を占有して個人の自由を追い求めるのではなく、むしろ物を共有し、
そこから生まれる他者との関係性に価値を見出す人が現われていることを示している。
こうした価値観の変化は、人間本来のあり方への回帰とも言えるだろう。なぜなら、そ
もそも人間は他者と関わって承認を得ることで自分の生の充実を実感する存在だからであ
る。森さんは「知った顔がいて、あいさつを交わす関係があれば、
『自分が受け入れられて
いる』という安心感につながる」と言っているが、こうした安心感もまた、人間本来のあ
り方へと立ち戻ったところに生じる一種の充実感なのだと思う。