展望台 - 防衛技術協会

展望台
新市場創出
私は三菱電機に28年間在籍したのち、2004年
に立命館大学に移籍しました。三菱電機では、
最初の4年間を除き、ずっと赤外線イメージセ
ンサの研究開発に従事し、大学に移っても同じ
仕事を続けています。変化の激しい時代の中
で、一技術者として30年を越える長い期間同じ
テーマで仕事ができたことは、大変幸運だった
と思っています。赤外線イメージセンサは防衛
機器に使用されるキーデバイスですので、防衛
省(当時は防衛庁)技術研究本部の方々とは赤
外線イメージセンサの研究開発を始めたころか
ら交流がありました。ここでは、最近最も印象
に残った出来事を取り上げて、防衛技術にとっ
木股 雅章
ても重要な、電子デバイス産業の活性化につい
て考えてみます。
その出来事というのは、スマートフォン用赤
外線カメラの販売開始です。赤外線カメラのス
マートフォン応用は、ここ2〜3年で話題にの
ぼり始めるようにはなっていましたが、実現す
るのはかなり先だと誰もが思っていました。し
かし、昨年の夏、FLIR Systems が iPhone 用の
赤外線カメラの販売を開始し、赤外線関係者を
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防衛技術ジャーナル March 2015
驚かせました。さらに Seek Thermal も秋にス
ようになるか、それを顧客本人よりも早くつか
マートフォン用赤外線カメラを市場投入し、
むのが僕らの仕事なんだ。
・・
(中略)
・・欲しい
FLIR Systems に続きました。いずれの商品も
モノを見せてあげなければ、みんな、それが欲
$200〜$300というスマートフォンのアクセサ
しいなんてわからないんだ。だから僕は市場調
リーとして個人が購入できる価格帯で販売され
査を頼らない。歴史の新しいページにまだ書か
ています。
れていないことを読み取るのが僕らの仕事なん
FLIR Systems はスマートフォン用赤外線カ
だ」(ウォルター・アイザックトン:「スティー
メラを実現するために、ウエハレベルでのシリ
ブ・ジョブズⅡ」
(講談社)とよく言っていたそ
コンレンズ加工の技術をはじめとして真空パッ
うです。この考え方は、クレイトン・クリステ
ケージング、モジュールの小型化、画像補正、
ンセン氏が「イノベーションのジレンマ」
(翔泳
試験評価などに関して新しい技術を開発してい
社)で議論していることにも繋がります。彼は、
ます。また Seek Thermal は最近設立されたス
既存ビジネスを抱えていて、現状の顧客のニー
タートアップであるにもかかわらず、Raytheon
ズを重視している企業がイノベーションを起こ
という大企業が最新のプロセス技術で製造した
すことは難しいことをいろいろな例をあげて示
赤外線イメージセンサの供給を受ける生産体制
しています。
をつくり上げました。
FLIR Systems は赤外線カメラ専業メーカー
最近、私はスマートフォン用赤外線カメラを
としては最大手、Seek Thermal は生まれたば
セミナーなどで紹介する機会が増えたのです
かりのスタートアップで、この対照的な米国の
が、その際、必ず質問されるのが「何に使うの
2社がこれまでになかった新市場を作り出そう
か?」
、
「本当に売れるのか?」ということです。
としていることは、大変興味深いことです。
FLIR Systems も Seek Thermal も現時点でこ
私は企業生活が長かったので、研究所にいな
れに対して不安があると思います。それでは、
がら毎年のように自分の仕事がどのようなビジ
それなのになぜ新市場に踏み出すことができた
ネスに繋がるのか説明しなければなりませんで
かという疑問が生じます。日本の電子デバイス
した。振り返ってみると、その際の議論は、一
産業は、LSI ビジネスの低迷で長い間、閉塞感
般的な市場動向に基づいた域を超えるものでは
があり苦しんでいますが、この疑問に答えるこ
ありませんでした。こうした進め方では飛躍は
とが、その閉塞感を解消する一つのヒントにな
望めません。日本の電子デバイスビジネスに活
るのではないかと思っています。
力を与えるためには、今存在していない新しい
日本では、
「顧客の目線で」製品を開発する必
市場を生み出すような取り組みが必要なのでは
要があるという話をよく聞きます。確かに、現
ないでしょうか? スマートフォン用赤外線カ
状の延長線上の解を求めるのであればこうした
メラが日本から出てこなかったことは残念です
姿勢で開発を進めるのも納得できるのですが、
が、今後の日本の電子デバイス産業の飛躍と防
これでは革新的なものは生み出せないのではな
衛技術への寄与を期待したいと思います。
いでしょうか?
アップルの故スティーブ・ジョブズ氏は、
「
『顧客が望むモノを提供しろ』という人もい
(立命館大学理工学部・教授、
日本赤外線学会会長)
る。僕の考え方は違う。顧客が今後、何を望む
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