S1-1-1 - 千葉工業大学

S1-1-1
複数路線を対象とする駅周辺の詳細な状況を再現可能な
旅客流動・列車運行シミュレータ
○宮川 利仁(千葉工業大学大学院)
[電]富井 規雄(千葉工業大学)
Train and passenger flow simulator for multiple railway lines
in which detailed situation inside stations are expressed
○Toshihito Miyakawa (Chiba Institute of Technology)
Norio Tomii (Chiba Institute of Technology)
We have developed a simulator in which both passengers’ flows and trains are simulated. One of the
characteristics of the simulator is that it can deal with trains and passengers which travel through multiple
railway lines. Another characteristic is that a combination of difference granularity of simulations is
realized. For stations which are very influential to the whole railway traffic, such as stations where a lot of
passengers transfer, a detailed simulation so called microscopic simulation is conducted whereas for small
stations macroscopic simulation is conducted. This makes it possible to speed up the process of simulation
keeping the necessary exactness. Using this simulator, we can analyze how a delay propagates and how
much inconvenience passengers suffer.
キーワード:列車,運転整理,列車運行,旅客流動,シミュレーション
Key Words : Railway, Train rescheduling, Train operation, Passenger flow, Simulation
で停止することになる(機外停止).その影響が後続の列
1. はじめに
車に伝播していき,遅延が大きくなっていく.さらに,遅
毎朝多数の通勤,通学旅客に利用されている都市圏の鉄
延が大きくなればなるほど列車が駅に到着する時刻が遅れ
道では,どの列車も混雑している.特に通勤ラッシュの時
るため,駅ホームに目的の行き先や時刻の列車に乗れない
間帯においては激しく混雑し,それに起因する遅延が慢性
といった旅客が出てきてしまう.このため,次に駅に着く
的に発生しているのが現状である.
列車の乗降時間がのびてしまい,さらに遅延が増大してし
特に,相互直通運転が行なわれている路線においては,
ある路線での遅延が他の路線に伝播し,その結果,鉄道ネ
ットワーク全体に遅延が拡大する傾向が見られる.
まう.
遅延が発生した時になるべく遅延が伝播しにくいダイヤ
を作るためには,遅延の元凶である駅周辺で起こっている
また,複数の路線が乗り入れている駅では,異なった路
遅延と,その伝播の改善が必要である.元凶となっている
線の列車の間での乗り換えが発生する.
このような駅では,
駅での遅延の発生とその伝播を改善すると,前後の駅での
他の駅にくらべて乗り換える旅客が多いため,乗降時間が
伝播の影響が改善される.しかし,改善方法を検討するた
のびてしまう傾向が強く,それによって発生した遅延が線
めには遅延が起きた時の遅延の伝播具合を知る必要がある.
区全般に伝播していき,相互直通運転路線にまで影響をお
遅延の伝播の発生具合を推定するためには,シミュレータ
よぼす場合がある.
による検証が有用であると思われる.
列車が遅延する原因として,旅客が個々の嗜好で車両や
その際,上記のように列車の間隔によって引き起こされ
扉を選択して乗車することにより,混雑が特定の車両に偏
る遅延も存在するため,シミュレータでは信号システムを
ってしまうことや,特定の扉での乗降時間がのびてしまう
陽に考慮して,列車の動きを正確に再現する必要がある.
ことなどがあげられる.
また,列車の遅れが利用者の動きによって引き起こされる
駅において,ある列車の乗降時間が延びて発車が遅れた
ことが多いこと,また,評価のためには利用者がこうむる
場合,後続の列車は,駅に到着することができず,駅の外
不便の度合い(不効用)を推定する必要があることから,
線区をまたがって移動する利用者の動きをシミュレートで
詳細なシミュレーションの対象とする駅(以下,特定駅)
きる必要がある.
のためのシミュレータ(以下,特定駅シミュレータ)を設
さらに,利用者の動きによる列車の遅延は,すべての駅
ける.このように,複数のシミュレータを連携させること
においてが発生するわけではない.従って,シミュレーシ
で,複数路線全体をひとつのシミュレータによって模擬す
ョン速度の向上のためには,粒度の小さい連続型のシミュ
る方法と比較して,スケーラビリティを向上させることが
レーション(microscopic simulation)と粒度の大きい離
できる.なお,線区シミュレータは,列車運行シミュレー
散型のシミュレーション(macroscopic simulation)を,
タと旅客流動シミュレータから成る(図1参照).
併存させることが有利である.
2. 本研究の概要
2.1 目的
本研究では,相互直通運転が行なわれている路線を対象
として,旅客の行動が列車の動きに与える影響を再現可能
な列車運行シミュレータを開発する.その際,線区をまた
がって移動する列車と旅客のシミュレーションを可能とす
る.また,信号の条件を加味した連続型の詳細なシミュレ
ーションと離散型のシミュレーション併存させる方法を考
案し,
注目する駅周辺に対しては詳細なシミュレーション,
それ以外の領域で離散型のシミュレーションを行なう.こ
れにより,乗換客の増加等による遅延の他線区への影響,
その時の利用者の不効用などが推定可能である.また,シ
ミュレーション速度と精度の両立が可能になる.
2.2 既存研究と解決すべき課題
図 1 シミュレータの全体構成図
3.2 管理システム
本研究では,複数の線区シミュレータと特定駅シミュレ
既存研究として,旅客の嗜好と連続的な列車運行を再現
ータが存在するため,各シミュレータが用いるクロックな
し,旅客の行動と列車運行の相互作用をシミュレートした
どの共有情報を管理する必要がある.そのため、線区シミ
研究 1)と,複数線区を対象とした列車運行・旅客流動シミ
ュレータ,特定駅シミュレータとは別に,それらのシミュ
ュレーションの研究
2),旅客流動と番線の状況を考慮した
列車運行シミュレーションの研究 3)がある.
しかし,中村らの研究1)では、相互乗り換え可能な駅を
レータを管理する管理システムを設ける.
管理システムは,
各シミュレータと接続し,クロックなどの情報を各シミュ
レータ間で送受信を行う.
対象としていない.また,乗り換え行動を行う旅客が存在
また,会社の異なる路線の境界となっている駅(以下,
せず,現実の信号システムを加味した状況でシミュレート
境界駅)に相互直通列車が停車した時,管理システムがそ
を行なっていない.
の列車の情報,線区をまたがって移動する乗換旅客の情報
また,森の研究2)は複数線区を対象としているため,遅
延の伝播具合を広範囲でシミュレートできるが,現実の信
を受け取り,直通先の線区シミュレータにそれらの情報を
送る(図2参照).
号システムを加味しておらず,離散的な列車運行シミュレ
ーションとなっている.
宮川の研究3)では閉そくを用いて列車運行のシミュレー
ションを行っているが,
シミュレーション範囲が狭いため,
遅延の伝播具合が小規模でしか分からないという課題が残
されている.
3. 提案手法
3.1 全体構成
本研究ではイベントドリブン方式を採用する.イベント
ドリブン方式とは,内部にクロックを保持し,クロックを
順次進めていった時に可能になる事象を処理していく方法
図 2 境界駅でのシミュレート概要図
である.
また,本研究では,複数線区の列車と旅客をシミュレー
トするため,各線区ごとの列車運行と旅客流動を模擬する
シミュレータを設ける(以下,線区シミュレータ).また,
3.3 アプローチ
(1)エージェント
鉄道では,列車,旅客,信号などが相互に影響しあう.
旅客は,列車と他の旅客,列車は,先行列車と旅客の行動
作成する際に,まず初めに列車のダイヤのデータから,列
の影響を受けるといったように,旅客と列車の間には相互
車運行を一種の PERT ネットワークで表現した列車運行
作用を考慮する必要がある.本研究では,旅客の行動,列
ネットワークを作成し,基準運転時分,最小運転間隔など
車の動き,信号の現示等をその時の状況に応じて変化させ
の制約条件に基づいて,アークを設定する.
る必要があるため,旅客,列車,信号をエージェントとし
次に,
設定したアークを基にトポロジカルソートを行い,
て実現する.
その値を基に PERT 計算を行う.そして,PERT 計算され
(2)マルチエージェントシミュレーション
た列車運行ネットワークを基に,案内ダイヤのアークを列
本研究では,旅客,列車と信号をエージェントとするマ
ルチエージェントシミュレーションを実現する.マルチエ
車の走行・停車時間などに基づき設定し,案内ダイヤを作
成する.
ージェントシミュレーションとは,複数のエージェントを
この案内ダイヤを参照し,旅客は出発駅から目的駅まで
用いたシミュレーションで,それぞれのエージェントが影
利用する列車や乗り換え駅を,複数の中から選択して移動
響し合い,
相互作用を再現できるシミュレーションである.
することができる.同じ出発駅と目的駅であっても利用す
なお,同じ種類のエージェントでも,個々のエージェント
る列車や乗り換え駅が異なれば,それらはすべて異なる経
のパラメータを変化させることで異なった行動を再現でき
路と見なされる.即ち,旅客は複数の経路の中から 1 つの
るため,これによって個々の嗜好を反映した旅客の嗜好を
経路を選択して移動することができる.
案内ダイヤに相当する列車運行ネットワークの例を図 3
再現する.
に示す.
4. 旅客流動シミュレータ
4.2 不効用値
不効用値とは,旅客が鉄道サービスを利用する際に被っ
た迷惑の度合いを示す指標である.移動にかかる所要時間
や乗り換え回数,列車の混雑度に依存しており,所要時間が
伸びたり,乗り換え回数が増えたり,乗車している列車が混
雑していると不効用値が上昇する.
本研究では各シミュレータで全旅客の経路と全列車の混
雑度を求め,各旅客の不効用値を算出する.各旅客の不効用
値は式(1)によって算出される5).
𝐷𝑖𝑠𝑢𝑡𝑖𝑙 = 𝑇𝑖𝑚𝑒 + 2 × 𝑊𝑎𝑖𝑡 + 600 × 𝑇𝑟𝑎𝑛𝑠
+ ∑(𝐼𝑛𝑡𝑒𝑟𝑇𝑖𝑚𝑒 × 𝐶𝑜𝑛𝑔𝐹𝑜𝑟𝑚𝑢𝑙𝑎)
................ (1)
Disutil:利用者の不効用値
Time:出現駅での出現から目的駅までの時間
Wait:出現駅や乗換駅での列車待ち時間の総和
Trans:乗り換え回数
図 3 案内ダイヤの例
InterTime:列車の隣接駅間走行時分
Congestion:列車の混雑率(定員に対する割合)
CongFormula:列車の混雑度定数
4.1 旅客の行動の決定方法
(1)案内ダイヤとは
5. 列車運行シミュレータ
各旅客は,その時点で入手可能な情報を元に行動を決定す
5.1 詳細な列車運行の再現
ると考えられる.本研究では、これを実現するために,シ
本研究の適用例として,東京メトロ副都心線・有楽町線
ミュレータ内に,案内ダイヤと称する情報を保有する.こ
を対象としたシミュレータを構築する.その際の特定駅は,
こで,案内ダイヤとは列車のダイヤデータを基に作成し,
副都心線と有楽町線の双方の列車が乗り入れ,相互の乗換
旅客が自身の経路を決める際に参照するダイヤの事であ
が行なわれる小竹向原となる(以下,特定駅シミュレータ
る.旅客は,案内ダイヤを基に目的地までの最短経路を考
を「小竹向原駅シミュレータ」と呼ぶ)
.小竹向原駅シミュ
えることで経路を決定する.案内ダイヤは列車の運行状況
レータは,氷川台駅~千川駅間において信号システムを忠
に合わせて更新される.
実に再現し,詳細な連続型の列車運行シミュレーションを
(2)案内ダイヤの作成方法
行う.
本研究では,PERT4)法を用いて案内ダイヤを作成する.
信号システムとしては,それらの路線で用いられている
新 CS-ATC システムを再現した.新 CS-ATC システムの
5.4 実験
概略図を以下に示す(図 4 参照).
少数の列車を含む仮想ダイヤデータを用いて,線区のシミ
また,それに加え,列車にかかる抵抗などを考慮した.
ュレータから小竹向原シミュレータへの接続が正しく行わ
列車は駅間の 1 秒毎の速度と位置を算出し,信号は閉そく
れているかどうかの実験を行った.その結果,各シミュレ
の状況とそれらに応じた制限速度,
信号現示を列車に送る.
ータへの接続は正しく行われており,列車の走行も対象の
駅区間に列車が進入した時に離散型から連続型に切り替わ
り,小竹向原シミュレータでは詳細に列車運行のシミュレ
ートが行われている事を確認した.図 6 に,実験時の小竹
向原シミュレータにおける,ある列車の時間距離曲線を示
す.また,旅客 30 人で実験を行った結果,旅客の不効用
値を正しく算出できていることを確認した.
図 4 新 CS-ATC の概略図
5.2 粒度の異なるシミュレータの共存
シミュレーション速度の関係から,小竹向原駅シミュレ
ータが対象としている以外の駅は,全て,離散的に列車走
行をシミュレートしている.これにより,小竹向原シミュ
レータより処理速度が速くなり,シミュレータ全体で見た
時のシミュレータの速度と精度を両立させる事が出来る.
5.3 対象線区
本研究がシミュレーション対象としている線区は以下の
図の通り 3 会社,4 路線である(図 5 参照)
.
図 6 実験結果(時間距離曲線)
6. おわりに
現在,線区シミュレータ,管理システム,小竹向原シミ
ュレータがほぼ完成している.今後の予定として,実デー
図の渋谷駅,小竹向原駅は他の路線同士が発着する境界
タを用いた実験とその評価を行い,有用性を確認する.さ
駅であり,これらの駅を通る相互直通列車や乗り換え旅客
らに実際の環境を想定して,線区シミュレータ(鉄道会社
の情報は管理システムを介してその情報が各鉄道会社のシ
の運行管理システムに相当する)と管理システムをネット
ミュレータに受け渡され,処理される.
ワーク通信を介して処理する方法を考案中である.
参 考 文 献
1) 中村 恭平,富井 規雄:
「マルチエージェントモデルに
基づく詳細な列車運行と旅客行動を再現するシミュレー
タの開発」電気学会全国大会, 2010.
2) 森 優希:
「相互直通路線に対応した列車運行・旅客流
動シミュレーション」 千葉工業大学 2012 年度 卒業論
文, 2013.
3) 宮川 利仁:「旅客流動と番線の状況を考慮した駅周辺
の詳細な列車運行シミュレーション」
千葉工業大学
2012 年度卒業論文, 2013.
4) 安部 恵介, 荒屋 真二:
「最長経路法を用いた列車運行
シミュレーション」
,情処論文誌, Vol.27, No.1, pp.103 111, 1986.
5) 国松 武俊, 平井 力, 富井 規雄:「マイクロシミュレ
ーションを用いた利用者の視点による列車ダイヤ評価手
法」,電学論 D(産業応用部門誌) Vol.130, No.4, pp.459
図 5 シミュレーション対象線区
- 467, 2010.