2015 年 ASEAN 統合で ベトナムはどう変貌するか

第
1
章
2015 年 ASEAN 統合で
ベトナムはどう変貌するか
● 工業化の遅れで苦境に立つベトナム
2015 年末、ベトナムを含む ASEAN10 カ国による ASEAN 経済共同体(AEC)
がいよいよスタートする。これにより、ベトナムはどのような影響を受けるの
だろうか。今後を考える上で大きなターニングポイントになりそうな AEC だが、
ベトナムはそれにより、どうやらこれまでにない難しいポジションに立たされ
ることになりそうである。
ASEAN10 カ国は、先進国 6 カ国(シンガポール、タイ、マレーシア、イン
ドネシア、フィリピン、ブルネイ)と、後進国 4 カ国(ベトナム、ラオス、カ
ンボジア、ミャンマー)からなる。
シンガポールのように都市国家で 1 人当たりの GDP が 6 万米ドルの国から、
インドネシアやマレーシアのような多民族国家、そして今後成長が期待される
ものの民族対立を抱え発展途上のミャンマーまで、加盟国それぞれに国内事情
を有しており経済格差が大きいのが AEC の特徴でもある。
大きく分けると、ASEAN 先進国はこれまで積み重ねてきた経済発展により
その国の独自の産業構造があり、今回の統合に十分対応可能である。一方、
ASEAN 後進国のラオス、カンボジア、ミャンマーの 3 カ国については、いま
だに工業化というスタート台にすらついておらず、労働力の移動や資本市場統
合にただ順応していくだけで、十分に国益になるものと予測される。
さて、残されたベトナムだが、他の 9 カ国とは大きく異なる性格を持つ。ベ
トナムは、ASEAN 後進国ではあるが、工業化促進という目標を掲げ、これま
で外国から資金や技術の導入を積極的に図ってきた。しかし、政府の工業化戦
略の欠如により競争力のある産業分野は育成されておらず、いまだに工業国と
は言い切れない状況にある。つまり、中途半端な工業化がかえって問題になり
そうなのだ。
IMF は、「AEC により経済の自由化が実現すれば、地域の人達はより高い賃
金と労働の機会を求めて、主に所得の低い国から所得の高い国へ積極的な移動
が起こる。そのため、各国間の格差縮小が進むので、ASEAN 全体で見ると効
果が期待できるのではないか」と分析している。
豊かな国、例えばマレーシアやシンガポールでは、周辺の貧しい国から単純
労働者が大量に流入することで、自国民の賃金引下げや社会基盤の圧迫を来た
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第 1 章 2015 年 ASEAN 統合でベトナムはどう変貌するか
すことが憂慮される。一方、貧しい国で過剰な労働力を抱えているミャンマー
やカンボジアは、労働力輸出が容易になるというメリットがある。しかし、安
い労働力を売り物に外国投資を誘致してきたベトナムは、これまでの売り物が
なくなってしまい、外国企業に依存してきた工業化はスピードダウンする可能
性が高い。
加盟 10 カ国のメリットとデメリットを考慮してみると、AEC のスタートで
一番被害が大きいのは、ベトナムではないかとの見方もある。
● ベトナムにとって 2015 年は節目の年になる
ASEAN10 カ国は、これまで 2015 年に向けて CEPT(共通効果特恵関税)を
導入し、段階的な統合を図ってきた。
まず ASEAN 先進 6 カ国が 2010 年から関税 0 %をスタートし、ベトナムな
ど後進 4 カ国は、2015 年から原則 0 %関税をスタートさせる。なお、後進 4
カ国に限っては、センシティブ品目の例外措置が 2018 年まで認められているが、
主要品目は 2015 年の末までに 0 %関税を達成しなければならない。すなわち、
2015 年をもって、ASEAN10 カ国は同じステージで経済競争することになるの
である。
ベトナムは現在、AEC の他に多くの国々と二国間 FTA や EPA を締結して
いる。日本との間でも 2009 年 10 月に JVEPA(日越経済連携協定)を締結した。
また、2010 年 11 月には TPP(環太平洋経済連携協定)交渉に正式参加してい
るほか、2015 年中の合意を目指し調整の進む RCEP(東アジア地域の包括的
経済連携)にも、将来的に加わる見通しである。
ここまでブロック化が推進されると、今後はさらに国際化が促進され、一国
の意思だけでは動きのとれない状況となる。ベトナムはこの機会にあらためて、
長期的な国作りの方向付けや、工業化社会建設に向けた具体策などについての
議論を、国を挙げて本格化させなければならない。
ベトナムの場合、2015 年から、あらゆる製品や部品、機材などが一挙に関
せき
税 0 %になる。それにより、ベトナム市場には ASEAN 周辺国からの商品が堰
を切ったように流れこんでくるだろう。一時的に草刈場になることを覚悟しな
ければならない。当分の間、外国商品の氾濫状態が続き、その後、次第に市場
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図表 1 1 CEPT 適用品目のスケジュール
先行加盟国6カ国
シンガポール
タイ
マレーシア
インドネシア
フィリピン
ブルネイ
2003
新加盟国4カ国
ベトナム
カンボジア
0∼5%への
引き下げ
0∼5%への
引き下げ
2006
0∼5%への
引き下げ
2008
2010
ミャンマー
ラオス
0∼5%への
達成引き下げ
0%関税
達成
2015
原則0%関税達成
2018
関税引き下げの影響の大きい品目の0%関税達成
*関税撤廃の時期は、先行加盟国6カ国が2010年、新加盟4カ国は2015年となっている。
*新加盟国については、状況に合わせた例外措置が認められていて、関税引き下げの影響が
大きい品目について、引き下げの時期を2018年にすることが認められている。
出所:ASEAN事務局資料を参考にベトナム経済研究所にて作成
原理に基づいて秩序が作られていき、生産活動や消費活動が市場原理とベトナ
ムの国状を反映して機能するようになり、順次ベトナム型の社会が形成されて
いくことになろう。
社会基盤が弱く、技術力が低く、その上、資金力の乏しいベトナムにとって、
2015 年は社会構造や産業構造、そして国際的秩序を再構築する節目の年にな
るものと予想される。
● 生き残りをかけた「戦略的業種」とは
図表 1 2 のように世界経済のブロック化が進む中、ベトナム政府は生き残り
をかけて、今後ベトナムを工業立国にするための戦略業種の選択を協議した。
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第 1 章 2015 年 ASEAN 統合でベトナムはどう変貌するか
図表 1 2 TPP と RCEP の枠組み
東アジア地域の包括的経済
連携(RCEP/16カ国)
環太平洋経済連携協定
(TPP/12カ国)
米国
カナダ
チリ
メキシコ
ペルー
豪州
ニュージーランド
東南アジア諸国連合
(ASEAN)
タイ
インドネシア
フィリピン カンボジア
ラオス
ミャンマー
ベトナム
シンガボール
マレーシア ブルネイ
日本
中国
韓国
インド
出所:ベトナム経済研究所作成
そして、工業化戦略の策定基準として、①経済統合の深化に伴う競争の激化に
勝てる業種、②産業の質的変化に対応できる業種の育成に注力することを決定
した。
特に注目すべきは、産業の高度化に備え、これまでベトナムを支えてきた
「労働集約的産業」からの脱却を図り、
「知的集約的産業」にできる限り焦点を
絞ろうとしている点にある。
ベトナム政府は、戦略業種の策定について、まず日本に相談を持ちかけた。
この問題は、2011 年 10 月の日越首脳で論議され、日本の支援が確定した。翌
2012 年 8 月には、ハイ副首相を議長とするハイレベル委員会が設立され、同
時に作業部会の協議もスタートした。作業部会では、日本からの専門家やベト
ナム各省から派遣された高級官僚を中心に 3 業種の検討から始められ、順次、
戦略産業としての適格性を分析し、不適格業種を排除し、最終的に現在の 6 業
種にまで絞り込む結果となった。日本の専門家のうち、中心的な役割を果たし
たのは政策研究大学院大学の大野教授であった。当時の谷崎大使(現在、イン
ドネシア大使)と協議しながら強力に推進し、6 業種を選定するに至ったので
ある。
6 業種の戦略産業選定の基準となったのは、①量的インパクトがある産業分
野、②質的インパクトのある産業分野、③他の産業分野とのリンケージが強い
分野、④投資企業が関心を持つ産業分野、の 4 つである。
ベトナム政府は、この 4 つのポイントのほかに業種選定の前提条件として、
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環境保全、法令順守(すなわちベトナムの法令との整合性)などにも考慮し、
最終的に戦略業種として次の 6 業種を選択し日本に育成支援要請を行っている。
なお、6 業種のうち自動車産業については、作業部会で決定されたものではなく、
ベトナム政府から特に要請された産業分野である。
1.電気・電子産業
2.農林・水産食品加工業
3.農業機械産業
4.造船産業
5.環境・省エネ産業
6.自動車産業
今回、ベトナム側の窓口機関となったベトナム計画投資省(MPI)の研究機
関である中央経済管理研究所(CIEM)は、この 6 業種について「農林・水産
加工、農業機械、造船の 3 分野は、ベトナムに潜在力がありながら生産性が上
がらず競争力が向上していない産業である。一方、電気・電子産業や自動車産
業は、急成長したものの、裾野産業が未成熟であり組立生産の域から脱してい
ない。環境エネルギーは、ベトナムでは新たな産業だが、国の近代化と工業化
には重要な役割を果たすことが予想される」とコメントし、今後、各産業の川
下における 2∼3 の裾野産業分野についても協議を行い、支援対象にすること
を提案している。
それでは、今後育成が期待される 6 業種の現状と課題について分析する。
1.電気・電子産業
6 業種のうち、ベトナムが育成に最も力を入れたいとしているのは、電気・
電子産業分野である。ベトナム政府は、携帯電話や固定電話、テレビ、デジカ
メ、プリンター、エアコン、扇風機、冷蔵庫や洗濯機などの白物家電までを含
めた電気・電子産業を、今後産業の柱に育てたいとしている。これらの分野に
ついては、日本企業のこれまでの協力を無視することはできないが、最近、携
帯電話分野においては、サムソン電子やノキアの協力もあって、着実に生産台
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