ダイレクトメールに関する脳科学実験について

DM
REPORT
2014-No.6
ダイレクトメールに関する脳科学実験について
(その2)
トッパン・フォームズ株式会社
日本の広告統計のうえではダイレクトメールはセールスプロモーションツールの一つとし
てカウントされている。一方でダイレクトマーケティングにおけるコミュニケーション手段と
してダイレクトメールは旧来より重要なメディアとして活用されているのが実態だ。インター
ネットメディアの登場により我々を取り巻くメディア環境は一変したが、ことダイレクトメー
ルは企業マーケティング活動に活用され続けている。これはダイレクトメールがレガシーな媒
体であるととらえられながらも、コミュニケーション手段としては有効に機能しているという
ことなのだろう。
しかしながら、ダイレクトメールの機能や有効性についてはレスポンス率やオーダー率など
の結果現象面で判断することが定石であるが、なぜそうなるのか?その理由まで深く説明でき
てはいなかった。
このような状況から、トッパン・フォームズ株式会社は 2013 年よりダイレクトメールに関
する脳科学実験を行い、その媒体としての価値や機能性を生体反応レベルで検証している。
これまでのDM脳科学実験の経緯
前回 2013 年には「紙とディスプレイ」との比較によりダイレクトメールの媒体としての価
値を検証した。ほかに一般にダイレクトマーケティングのノウハウとして伝えられている「ダ
イレクトメールでのコミュニケーションは時系列で組み立てる」ことの意味を実際の脳反応か
ら検証することなども試みた。
「紙とディスプレイ」による脳反応の違いは、実は反射光媒体と透過光媒体の違いであるた
めであり、反射光媒体である紙を見たときのほうが脳は「読み込もうとし」
「理解しようと努
める」反応をすることが実証された。一方同じ情報を見た時、透過光媒体であるディスプレイ
では一次視覚皮質の反応が紙よりもやや散漫であり、興味関心があるときに反応する前頭前皮
質では紙よりも低い反応であった。論理的な情報理解には紙の方が優れているということがい
える。またディスプレイでは、印象として情報をキャッチすることに優れているという右脳の
反応からの証左が得られた。このことは紙とディスプレイ媒体をどのように使い分けていくか
というメディアミックス戦略のあり方にも大きな示唆を与えると思われる。
ダイレクトメールの可能性
我々は脳科学実験によりまさにダイレクトメールに関する新たな知見を得ることができた。
その上で前回の実験結果が果たして普遍的なものであるのか偶発的なものであるのかを確認
し、ダイレクトマーケティング戦略へ脳科学を活用することの有効性を検証すべきであろう。
つまりニューロマーケティングによってより有効な企業活動をしていくための実践的な取り
組みが必要であると判断した。
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また、ダイレクトメールは五感で接触できる媒体であり、そのポテンシャルを使い切れてい
ないのではないかという仮説をもって新たな脳科学実験を行うこととした。
ダイレクトメールに関する実験第 2 回目の概要
1)実験の項目
ダイレクトメールに関する脳科学実験を重ねて行い、再び興味深い結果検証が得られたので、
その一部を解説する。
実験①テキスト情報の閲覧による紙とディスプレイの違い
実験②パーソナライズ(個別情報による情報のとらえ方)
実験③香り(嗅覚刺激による情報のとらえ方)
実験①は前回グラフィック情報(写真や図柄、文字情報を組み立てた広告サンプル。架空の
通信販売ダイレクトメールを模した)を題材に検証し、前出のような結果を得たが、今回はテ
キスト(文字情報)のみの題材を紙とディスプレイでそれぞれ見せてその脳反応をみた。実験
②のパーソナライズ実験は、人が個別の情報を受け止めたときとそうでない情報を受け止めた
ときの違いについて調べるものである。実験③では、人間の五感のうち嗅覚(におい)が情報
知覚にどのように影響するのかを調べた。
2)実験方法
本実験は、株式会社島津製作所の近赤外光脳機能イメージング装置(NIRS)を用いて 12 人
の被験者の協力によって行った。NIRS は大脳皮質全体の反応を 48 箇所のチャンネルで補足で
きるため五感の情報知覚を見るためには有効であるとともに、座った状態や動きを伴った動作
をする際にも計測可能であり、手にとって見る媒体であるダイレクトメールの実験には最適な
方法である。
なお NIRS は大脳皮質内の血流変化(ヘモグロビン量)を近赤外光でとらえ、そこで得られ
た計測結果を統計解析し3D マップに画像加工することで視覚的に脳内の賦活状況をみるも
のである。今回の実験は性別や年齢による違いも検証するため、24 歳以下から 65 歳前後まで
の男女を年代別に分布した。
実験にあたっては株式会社ニューロ・テクニカの協力のもと、国際医療福祉大学教授の中川
雅文・医学博士の助言・監修を受けた。
3)実験の結果
実験①
紙とディスプレイでそれぞれ同じテキスト情報を見たときの脳反応の違いを見た。テキスト
情報は一般に既知である「走れメロス」の一部を使用した。
<実験結果>
前回同様に、紙が関心につながる。どちらも文字情報であるため一生懸命に読んではいるもの
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の、紙の方が高い関心を示す。
被験者 12 人の合算値。前回実験はダイレクトメールを模した広告グラフィック情報を見せ
たところ、左側頭葉の反応から紙の方がしっかりと読み込んだ上で理解しようとしていたが、
今回の実験では両媒体とも情報の読み込み反応についてはほぼ同様の反応(後頭葉、左側頭葉、
右側頭葉)であった。しかし関心・興味を示す前頭葉の反応の違いは明確であり、テキスト情
報を読む場合だけでも紙の方が関心につながる。絵であっても文であっても記憶の定着には紙
の方が向いているといえる。
またこの実験は前回の実験と同様の結果であることから、我々は情報知覚における脳科学実
験の信頼性に確信を深めることとなった。
実験②
ダイレクトメールの特徴の一つであるパーソナライズ化した情報(一人ずつ異なる個別の情
報)はいったいどのように知覚され、そうではない(一様な)情報とどう異なるのかを調べる
目的である。
<実験結果>
パーソナライズされた情報に、人はごく自然と関心を持つ。
ここでは A4 の用紙にそれぞれ「こんにちは」
「○○さん こんにちは」
(○○は各被験者の
名前)と書かれたものを別々に見せ、その反応を測定した。
その結果、
「自分の名前=パーソナライズされた情報」として記された情報を見ると、パー
ソナライズされていないものよりもより高い注意を向けることがわかった。
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一般的に印刷物の文面や内容などテキスト情報を読み込む時、左側頭葉が活性化するが、一
生懸命に読んでいる時は近赤外分光法(NIRS)で左側頭葉は赤く表示され(活性化)
、テキス
トに興味や関心が向けられてないと青く表示される(不活性化)
。図 1 では、名入りの場合に
文字情報の情報処理がほとんどなされていないことが分かる。
また、一般的に興味、渇望、射幸心などの注意が向けられている時、左の前頭葉が活性化し
その部位は NIRS では赤く示される。図 2 では、名前入りは名前なしに比べ左前頭葉部位での
強い活性化が生じていることが分かる。つまり、名前入りの印刷物は、「内容をしっかり読み
込んで理解することに先行して、非常に強いレベルの興味や関心がまず向けられる」といえる。
実験③
ダイレクトメールの新たな可能性を探るための実験である。一般に記憶の定着は「視覚」→
「聴覚」→「嗅覚」と「味覚」→「触覚」の順になされる。これは人の認識の距離感でもあり、
触覚までたどりつくことがいわば完成形といえる。しかし、ダイレクトメールのようなメディ
アの場合、紙質に触れることなどによっていきなり「触覚(体性感覚)」に働きかけることが
できる。そのため、視覚を表す後頭葉の反応を飛ばしてしまうことがあるのだが、この実験で
は、それが本当なのか?これまであまり使われていなかったが、ダイレクトメールであれば可
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能となる伝え方、
「嗅覚」について確認した。
下記のようなダイレクトメールを模したデザインをプリントした紙に、においのついていな
いものと、においのついたものとを掲示し比較検証した。
<実験結果>
においは視覚刺激に先行して反応し、その後文字情報や画像情報を知覚する。
図①
図③
ブローカ野
図④
図②
ウェルニッケ野
実験ではにおいがついている・いないということは被験者には知らせずに、見た目は同じサ
ンプルを提示している。しかしにおい有り無しで反応は異なっている。
におい有りは後頭葉の青が大きく(図①)
、かつ右脳の赤が大きく(図②)
、そして前頭前野
がよりエッジより下方にある(図③)
。そして左脳はウェルニッケ野とブローカ野の明瞭な区
分がない(図④)
。
これは嗅覚を刺激した場合、やはり「視覚」を飛ばして反応している。そして文字の読み込
み、画像としての取り込みが行われている。いわばにおいが知覚刺激のベースラインをあげて
いる状態といえる。
ちなみに今回は一般に多くの人が嫌がらない石鹸のにおいを用いたため、一般的な傾向とし
て得られたが、香水など人の好みが介在するものについてはまた別の反応が得られると推測さ
れる。もしこの実験が行われるとするのなら、パーソナライズの新たな可能性を得られるかも
しれない。また嗅覚刺激のコントロールが可能であれば、触覚を含めた複数モダリティーのコ
ミュニケーションツールとしての可能性がより広がると想像できる。
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むすび
前回に引き続き、ダイレクトメールという一媒体をテーマに脳科学実験を行った。今回レポ
ートする以外にも膨大な実験データが得られたが、分析視点によってはもっと多くの示唆を得
ることができよう。ダイレクトメールの媒体価値から、その活用の仕方、また現在私たちが普
段見て触っているダイレクトメールとは違う多様なものがあり得るのかもしれない。
特にパーソナル情報を伝達できる媒体としてのダイレクトメールは One to One マーケティ
ングにおいてさらに活用できるポテンシャルがあることが証明されたことの意義は大きいの
ではないか。今回の脳実験によって人間本来の情報知覚の性向がさらに把握できたことは、情
報を伝える場合にどのようにすることが最適であるのか今一度考えさせられるきっかけとも
なった。
「本当に伝えたい相手への、本当に必要なコミュニケーション」とはどのようにする
べきなのか、ダイレクトメールはまだまだ未開拓のメディアであることを前提に、ニューロマ
ーケティングによって様々な可能性にチャレンジしていく。
トッパン・フォームズ株式会社
企画本部 ニューロマーケティングプロジェクト
中村・落合
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