味噌玉麹中の主要なホスファターゼを特定しました

「味噌玉麹中の主要なホスファターゼを特定しました」
1.だし入り味噌と酵素ホスファターゼ
現在の味噌市場では「だし入り味噌」が主流
バー)、だし成分の分解活性(イノシン酸脱リ
ン酸活性)を測定すると、約半分に低下してい
C 右側バー)。このことから、
となっており、味や風味の点でより品質の高い
ました(図2B
だし入り味噌の開発が求められています。生味
①麹菌は複数種類のホスファターゼを生産する
噌にはだしを分解する酵素が活きた状態で含ま
こと、②味噌玉麹と米麹では生産されるホスフ
れているため、だし入り味噌製造では生味噌を
ァターゼの種類と構成割合が異なること、③中
高温加熱して酵素を失活させる必要があります。
でもホスファターゼ C はイノシン酸分解活性
もし高温加熱をせずにだし入り味噌を製造する
が高いこと、が示唆されました。
ことが出来れば、味や風味の向上した製品開発
3.ホスファターゼ C の性質
が可能となり、加えてエネルギー経費削減の点
遺伝子破壊の手法によって、ホスファターゼ
C が味噌玉麹中の主要なホスファターゼである
でも大きなメリットがあります。
平成 21∼23 年度に(独)農研機構 食品総合
と考えられました。そこで、ホスファターゼ C
研究所、㈱ビオック、ナカモ㈱、当センターの
を大量生産する菌株を作製し、ホスファターゼ
4 機関が共同で「麹菌ホスファターゼ生産機構
C の性質を調べました。その結果、分子量は
の解明による低コスト省エネルギー型味噌製造
69.0 kDa で、至適 pH は 4.5、至適温度は 50°C
技術の開発」を行いました(資料1)。その
でした。酵素が安定な範囲は pH 3.5~ 6.5、温
中で当センターはだしを分解する麹菌由来の酵
度 25°C 以下でした。ホスファターゼ C はだし
素ホスファターゼの解明に取り組み、味噌麹中
成分のイノシン酸およびグアニル酸に対する脱
の最も主要なホスファターゼを特定することに
リン酸化活性が非常に高いことを明らかにしま
成功しました。
した。また、既に明らかにしたホスファターゼ
2.どのようにホスファターゼを特定したか
A とは異なり、フィチン酸に対しては脱リン酸
味噌麹中の最も主要な麹菌ホスファターゼは
化活性を全く示さないことを明らかにしました
以下の 4 ステップで特定しました。
(資料2)。
(1)ターゲットとする遺伝子だけを確実に破で
4.事業全体の成果
きる味噌用麹菌の実験ツールを作製した。
食総研と㈱ビオックは、米麹中と味噌玉麹中
(2) かび由来の有名なホスファターゼと構造が
の転写産物を調べ、麹菌ホスファターゼの発現
似ている遺伝子をゲノム情報データベースから
様式が異なることを明らかにしました。そして
探して 13 個(A∼M)を見出した。
リン酸添加とホスファターゼ C 破壊株の組み
(3) (1)の味噌用麹菌を使って(2)の遺伝子の破壊
合わせで、だし成分の分解性が極めて低い米味
株( A 株∼ M 株)を作製した。
噌製造技術を開発しました(資料3)。
(4) 破壊株( A 株∼ M 株)を用いてフラス
㈱ビオックは保有株のスクリーニングと紫外
コ味噌麹(味噌玉麹と米麹)(図1)を作製
線照射によりホスファターゼ低生産変異株を取
し、ホスファターゼ活性の変化を調べた。
得し、これを用いてナカモ㈱が豆味噌の試験醸
(図2)
造を行いました。その結果、変異株を用いた豆
その結果、 C 株で作製した味噌玉麹中には
味噌ではホスファターゼ活性が低下しており、
ホスファターゼ活性が約5%まで大幅に低下し
ホスファターゼ失活のための条件を低温かつ短
C 左側バー)。つまり、味噌
時間にすることが可能でした。そして加熱殺菌
玉麹中ではホスファターゼ C が主要なホスフ
時に発生する廃棄味噌を大幅に削減、昇温およ
ァターゼであると考えられました。一方、 C
び温度維持に必要なエネルギーも削減できるこ
株で作製した米麹ではホスファターゼ活性はほ
とが判明しました。
ました(図2A
とんど低下しませんでしたが(図2B
C 左側
酒やパン、納豆などの発酵食品では、製品改
良のための知見を得るツールとして微生物の遺
2:Yoshino-Yasuda S. et al., Characteri- zation of
伝子破壊・高発現の実験系が活用されています。
acid phosphatase (AphC) from the miso koji mold,
当センターは味噌の麹菌実用株における遺伝子
Aspergillus oryzae KBN630: AphC is mainly
破壊の実験系を確立し、味噌玉麹中の主要なホ
responsible for both acid phosphatase activity and
スファターゼを特定することが出来ました。今
5’-IMP dephosphorylation activity in soy bean-koji
後も本技術を生かして業界の未解決課題への取
culture. Food Sci. Technol. Res., 20, 367-374. 2014.
り組みを進めたいと考えています。
3:Marui J. et al., Reduction of the degradation
資料
activity of umami-enhancing purinic ribonucleotide
1:あいち産業科学技術総合センター食品工
supplement in miso by the targeted suppression of
業技術センターニュース平成 24 年 9 月号
acid phosphatases in the Aspergillus oryzae starter
(http://www.aichi-inst.jp/
culture. Int J Food Microbiol. 166: 238-243. 2013
shokuhin/other/up_docs/news1209-2.pdf)
図1
フラスコ味噌玉麹(左)と米麹(右)の例
図2
破壊株で作製したフラスコ味噌麹の活性変化
発酵バイオ技術室:安田庄子
研究テーマ:味噌・醤油用麹菌の解析と育種、有用微生物の食品への利用
担当分野 :発酵調味食品の製造技術、バイオテクノロジー