中学生人権作文コンテスト 「普通って何だろう?」 高山市立松倉中学校一年 無雁 萌果 優秀賞 私は、今まで普通じゃないと言って、白い目で見られる 事があったのにだ。だから私は、普通とはなにかを、考 えることにした。というか、私の今の状況では、考えざ 私のクラスの人数は5人だ。私は特別支援学級にかよ っている。「特別支援学級は、おかしな人の集まりだ。 関わらないほうがいい。あの人たちは普通じゃないんだ から。」こんな事を言いたげな目で、私たちを見ている 人はたくさんいる。そんな時は、今までずっと、下を向 いて、早足で去ることしかできないと思っていた。 私は、小学校のころは、通常学級にかよっていた。み んなと同じようにできない事も、あったが、私は学校生 活を楽しんでいた。でも、中学校からは、特別支援学級 に入ることを決めた。この決断を下すまでに、とても長 い時間がかかったが、私は、けっしてこの決断を後悔す ることはなかった。むしろ、その決断を下し、とてもす がすがしい気持ちになっていた。そして、私は、その決 断を1人の友達に話すことに決めた。中学校で、おどろ かないでほしいと思っていたし、それ以上友達と、すが すがしい気持ちを共感したかったのだ。私は、「クラス は別れても、ずっと友達だよ。」と言われるのを、ひそ かに、期待していた。しかし、友達の反応は、想像以上 に、辛いものだった。「えっなんでいっちゃうの。だっ て普通でしょ。あんなとこいかなくたって大丈夫でし ょ。」この言葉は、私の胸に、深くつきささった。私の 決断は間違っていたのだろうか。そう、思わざるをえな かった。「ごめんね。」今の私に、できるのはその言葉 を言う事だけだった。 友達の言葉は、ずっと私の心の中に、もんもんとめぐ っていた。私の決断は間違っていたのか。今の私の心に は、決断を下した時の,すがすがしさは消え、あせりと 不安でいっぱいになっていた。なにを考えても、頭のか たすみには、友達の言葉があり、毎日の生活さえも楽し むことができなかった。でも、ある日、私は1つの事に 気付いた。友達は、私の事を、普通と言っていたのだ。 るをえなかったのだが。普通の人というのは、歩ける人 なのか,目が見える人なのか、耳がきこえる人なのか、 五体満足の人なのか。時間をかけ、私は一つの答えに、 たどりついた。その答えは、とても気持ちよく、私の心 は、満足感であふれていた。 普通の人は、どんな人なのか。私は、頭の良い人でも、 運動が得意な人でも、五体満足の人でもないと思う。こ の世界には、普通の人は存在しないと思う。頭が良いの も、頭が悪いのも個性。頭が良くも悪くもないのも、個 性だと思う。この世界に存在する、すべての人には、個 性があって、個性のない、普通の人は絶対いないと思う。 だから今の私は、「普通じゃない」と言われる事は、何 もこわくない。前を向いて、堂々と歩いていける。この 世界では個性があるのが普通だからと気付けたからだ。 この世界には様々な差別がある。障がい者を差別した り、外国人を差別していたりするのが今の世の中だ。自 分の事を普通と感じている人にとっては、障がい者や外 国人を、普通ではないと感じてしまい、その感情が、差 別を生み出してしまうのだと思う。これからみなさんは、 様々な人に出会うだろう。高れい者や外国人、障がい者 などに会うかも、しれない。もしかしたら、差別を受け ている人も出会うかもしれない。もし、そんな事があっ たらこの言葉を思い出してほしい。この言葉がこの世界 から差別をなくし私たちがどう行動するべきかを、教え てくれるだろう。 「普通って何だろう?」 私は、これから生きていく中で、普通になろうと努力 をするつもりはない。私は、昨日より一歩成長した自分 へ、自分らしい自分になるために努力したい。
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