認知症の人を支援する ケアマネジメント 趣味を楽しみながら、いつまでも自分らしく ここは神奈川県横浜市にある高齢者グループホーム「横浜はつらつ」の 1 ユニット わったすべての事業所のスタッフもま ホームな関係の中で生活するため、 面が弱っていき、同時に食欲も衰え た、認知症高齢者への対応とその家 Aさんのような認知症の人に生じや ていくという状況であった。95 歳の 族への支援を看取りの中からを学ば すいリロケーションダメージが起こ 誕生日以降は、ベッドでの時間が車 せていただいた。 りにくいというメリットもある。こ いすでの生活時間より多くなってい ういう環境の中で Aさんに支援が行 る。このように、徐々に終末期を迎 われ、約 3 年半の入居生活ののちに えていくのが認知症の人のターミナ 終末期を迎えた。 ルケアの一般的な特徴であるとされ 桜美林大学大学院教授 白澤 政和 2 認知症の人の意思確認を どう行うか ている。 さらに、本事例を見る限りでは、 本事例は一人暮らしでグループ Aさんは認知症高齢者の自立度は がん患者の終末期に出現するような ホームに入居していたが、脳梗塞の Ⅲaで、十分な意思表示ができない 心身の痛みが、Aさんには見られな ため緊急で病院に搬送され、退院時 状態にある。そのため、家族とホー いという特徴がある。このように認 にホームホスピスに入居した事例で ムホスピススタッフとでAさんの入 知症の人へのターミナルケアにおい ある。Aさんは、入居後約3年半で 居後の暮らしをどうしていくかとい ては、疼痛管理などよりも、しだい 終末期を迎え、ターミナルケアが うことを話し合っている。さらに、 に体力的に弱っていく中で本人の意 ホームホスピスで実践された。 Aさんの看取りについても家族とス 欲をどう支え、同時に本人の死の受 タッフ、ケアマネジャーが話し合っ け入れをどう支えるのかという両面 ている。 を捉えて、その重点を徐々に移行し 1 ホームホスピスでのケア ホームホスピスは、自宅と同じよ 認知症の人のターミナルケアを行 うな環境で終末期を迎えられる施設 う場合には、どのように最期を迎え 本事例でもAさんの意欲を高める である。ここには、通常は 5~6 人の たいのかという意向を本人から聞く ための支援から、死を受け入れてい 入居者がおり、家をシェアする形で、 ことが大変難しい。本来の望ましい く支援に重点を移行している。認知 馴染みの関係の中で暮らしている。 方法は、意思表示ができる時期に本 症の人のターミナルケアを考えた場 介護職が常駐しており、食事などの 人の意思確認をとっておくことであ 合、言語的および非言語的なコミュ サービスが提供されるが、入浴など る。同時に、意思確認が難しいとし ニケーションを用いながら、例えば は介護保険のサービスを利用し、時 ても、できる限り本人の意向を、本 「食事を頑張ってとる」 というように、 には通常のデイサービスなどを利用 人の表情や言葉から汲み取っていく 本人が生きる力を支えることを目標 する場合もある。同時に、医療系の 作業を行うことが求められる。また、 にしているが、死に直面していく過 サービスについては介護保険あるい 本人の生活史から気付いていくこと 程では、 「無理なく食事がとれる」と は医療保険を利用し、医師や看護師 も必要である。 いうように支援が移行していく様子 ていくことが重要なテーマになる。 が対応することになっている。以上 ターミナルケアを行っていくに が記されている。また、徐々にさま のようなさまざまなサービスを利用 は、どのような死を迎えたいかとい ざまなアクティビティを減らしてい し、ホームホスピス入居者は自宅と う本人の意向が極めて重要である。 くことで、疲労感を取り除いていき、 ほぼ同じ生活をすることができる。 そういう意味で、認知症の人への Aさんが安らかな死を迎えることが ホームホスピスのメリットは馴染 ターミナルケアでは、どうケアをす できるように支援していくことが求 みの関係でケアが受けられ、必要で るのかということに加えて、どのよ められる。 あれば家族などに行き来してもらい うにして本人の意思を確認していく ながら終末期を迎えられるという点 のかが大変重要なテーマになる。 にある。実際、自宅に近い環境であ るホームホスピスには、家族や友人 が頻繁に訪れることができ、アット 3 認知症の人のターミナル ケアの特徴 認知症をもつAさんは徐々に身体 「つづき」。リビングの壁面に日めくりカレンダーが掛かっている。布製で、日付 を刺繍したものだ。これを作成したのは入居者の川上アイ子さん(83 歳)だ。認 知症になった今も、若いころからの趣味を楽しみながら、 アイ子さんらしい暮らしを継続させている。 川上アイ子さんは 2007 年に、老人保健施設「都筑 ハートフルステーション」から「横浜はつらつ」に越 してきた。両施設とも医療法人活人会の運営であり、 理事長の水野恭一氏は入居者の体調管理も担う。 グループホームという家庭的な環境の中で、若い ころからの趣味だった刺繍を再開。これまでにアイ 子さんが刺繍した作品は 100 枚以上にもなる。モチー フはアイ子さんが選んだもので、絵心のあるスタッ フが描いた絵や人気キャラクターなどさまざまだ。 作品を少し離れて見ると、まるでしっかり塗り込ん だ絵画に見えるほど隙間もなくびっしりと、カラフ ルな色で布を埋め尽くしている。アイ子さんはこの ような作品をあっという間に仕上げてしまう。 「今 は少しペースが落ちてきましたが、最初のころは材 料を用意するのが追い付かないくらいでした」と、 所長の田中香南江さんは笑う。 刺繍の材料を持ってきてくれるのは長女。長男夫 やったという。 そんな積極的な性格は今でも健在だ。外出が大好 きで、散歩に行きたいときには「オゾンを吸いたい」 と独特の言い回しで願いを伝える。ある時、散歩に 刺繍を始めたのは子どもたちが幼稚園のころのこと 長男が付き添って隣接する保育園に立ち寄ると、園 で、子どもの持ち物などに自己流で刺繍を施したの 児たちが「アイコバアだ!」と言いながら駆け寄って が始まりだそうだ。それ以来、刺繍のおもしろさに きて長男を驚かせた。どうやら自室の窓から園児た 魅せられ、飼っていた犬の洋服を手作りしたり、枕 ちに声掛けをして友達になっていたらしい。 「アイコ カバーに花やキャラクターなどを刺繍しては近所の バア」とは、アイ子さんが保育園児に自己紹介した呼 人にあげたりするようになった。 び名で、 「アイコバア」の頭文字 AB が刺繍された作 そのかたわら、夫が営んでいた自営業を手伝い、 品もある。またある時は、窓からアイ子さんが校外 夫が亡くなったあとは会社を長男と共に切り盛りす 学習で散策中の小学生たちに「ねえ、歌を歌ってよ!」 るようになった。自ら自動車を運転するなど何でも と声を掛けたことがきっかけで小学校との交流が始 まり、クラスの子どもたちがグループホームを訪れ て、歌や手遊び、読み聞かせなどを行うようになっ た。こんな社交性もユーモアのセンスも、これまで の人生で培われたものなのだろう。 アイ子さんは、その人らしさを引き出す「横浜はつ らつ」の質の高いケアと家族の愛を受けながら、それ に、認知症の人のターミナルケアに まで自宅で過ごしてきたままの暮らしを今も送って あんねい は、安寧な状況となるよう、介護側 が必要である。 左上は日めくりカレンダー。左下はアイ子さんの自画像。右下はパターンを精 緻に刺繍した作品。これらを周囲の人が驚くような手早さで仕上げる 婦も頻繁にグループホームを訪れる。アイ子さんが Aさんの過 程からもわかるよう が徐々にウエイトを移していく支援 川上アイ子さん。この日はグループ ホームの庭の鉢植えの手入れ いる。これからもアイ子さんらしい作品を創作し続 入居者の体調管理も担う医療法人活人 会理事長の水野恭一氏 高齢者グループホーム「横浜はつらつ」 所長の田中香南江さん けてほしい。 ※本文中の事例は、本人のプライバシー保護を考慮し、内容の一部を変更しています。 30 31
© Copyright 2024 ExpyDoc