平成 27 年 2 月 10 日 自然免疫応答を引き起こすタンパク質が微生物の侵入を感知する仕組みを解明 ―抗ウイルス薬やワクチンなどの開発に期待― 1.発表者: 清水 敏之(東京大学大学院薬学系研究科 教授) 大戸 梅治(東京大学大学院薬学系研究科 講師) 内山 進 (大阪大学大学院工学研究科 准教授) 2.研究成果のポイント: ◆体内に侵入してきた微生物の DNA 配列を感知して、自然免疫応答を引き起こす Toll 様受容 体 9 (TLR9)と呼ばれるタンパク質の立体構造を明らかにしました。 ◆TLR9 を活性化する微生物由来の DNA 配列、および不活性化する DNA 配列との結合様式が 分かりました。 ◆TLR9 は重要な創薬の標的であり、DNA 配列を認識する機構の解明により、これを調節する 抗ウイルス薬、アレルギー薬、ワクチンなどの開発につながることが期待されます。 3.概要: 東京大学大学院薬学系研究科の清水敏之教授、大戸梅治講師、同医科学研究所の三宅健介教 授、柴田琢磨助教、大阪大学大学院工学研究科の内山進准教授、エレナ クラユヒナ特任研究 員らの研究グループは、微生物の侵入を感知して自然免疫応答を活性化する TLR9 受容体の詳 細な立体構造を世界で初めて明らかにしました。 細菌やウイルスなどの病原体への感染を防ぐ仕組みとして、私たちの体には自然免疫機構が 備わっており、Toll 様(TLR)受容体と呼ばれるタンパク質が主要な役割を担っています。TLR は、病原体のもつ分子によって活性化され、二量体を形成することでその役割を果たすこ とが知られています。今回立体構造を明らかにした TLR 受容体の一種 TLR9 は、微生物由来 の DNA 配列(CpG モチーフ、注1)を感知することで、インターフェロン(注2)などの産 生を促します。TLR9 は、抗ウイルス薬やアレルギー薬などの創薬の標的として注目されてい ましたが、具体的にどのように DNA を認識するのかは不明でした。 研究グループは、微生物由来の DNA 配列が結合していない TLR9、微生物由来の DNA 配列 が結合している TLR9、TLR9 の機能を阻害する DNA 配列が結合している TLR9 の 3 種の立体 構造を明らかにしました。その結果、TLR9 と微生物由来の DNA 配列は 2 対 2 の比率で結合 して 2 量体の活性化型を形成することが分かりました(図1上)。この DNA 配列は TLR9 の N 末端側にある溝に結合することによって認識されていることが分かりました。一方で、TLR9 と TLR9 の機能を阻害する DNA 配列は 1 対 1 の比率で結合し、2 量体になることはありませ んでした。また、この DNA 配列は TLR9 の馬蹄型構造の内側にコンパクトなループのような 形で結合していました(図1下)。 これらの知見は、抗ウイルス薬、アレルギー薬、ワクチンなどの治療薬の設計につながるも のと期待されます。 1 4.内容: 細菌やウイルスなどの病原体に対する感染防御機構として、私たちの体には自然免疫機構が 備わっており、TLR 受容体が重要な役割を担っています。DNA 中に存在するシトシンとグア ニンがホスホジエステル結合でつながった DNA 配列は CpG モチーフと呼ばれ、哺乳類ではメ チル化されることが多いのに対して、細菌やウイルスではメチル化されない(非メチル化)こ とが分かっています。微生物由来の非メチル化 CpG モチーフは TLR9 を強く活性化してイン ターフェロンなどの産生を促し、抗ウイルス反応などを引き起こします。このために、TLR9 はウイルス感染、アレルギーに対する治療薬やワクチンのアジュバント(注3)などの標的と して注目されています。しかし、TLR9 がどのように CpG モチーフを持つ DNA 配列を認識し て免疫を活性化するのか、具体的な機構は不明でした。 本研究グループは、TLR9 による DNA 配列の認識機構を X 線結晶解析によって明らかにす るために、TLR9 の細胞外領域を大量に調製することに成功しました。得られたタンパク質を 結晶化し、最終的に、DNA 配列が結合していない TLR9、CpG モチーフを有する DNA 配列が 結合した TLR9、TLR9 の機能を阻害する DNA 配列(アンタゴニスト DNA 配列)が結合した TLR9、の 3 つの状態の結晶構造を明らかにしました。結晶からの回折データの取得には、大型 放射光施設 SPring-8 および高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーの強力な X 線を 使用して、1.6~2.8 Å(オングストローム、1 Å は 0.1 ナノメートル)という高い分解能での構 造決定を実現しました。 構造解析の結果、TLR9 と微生物由来の CpG モチーフは 2 対 2 の比率で複合体を形成して おり、TLR9 は 2 分子が結合して(2 量体構造)活性化型の m 字型の構造をなしていました(図 1上)。また、CpG モチーフは TLR9 の N 末端側に存在する溝にはまり込んで結合しており、 その周辺のアミノ酸残基と特徴的な相互作用を形成していました(図2)。さらに CpG モチ ーフは伸びた形で 2 分子の TLR9 に挟まれることで TLR9 の 2 量体を安定化させていました。 その結果、TLR9 の 2 量体の C 末端側同士が接近することで、細胞外から細胞内へと微生物が 侵入してきたという情報を伝えていることが分かりました。一方で、TLR9 とアンタゴニスト DNA は 1 対 1 の比率で複合体を形成していました(図1下)。アンタゴニスト DNA は TLR9 の馬蹄型構造の内側にコンパクトなループ構造を作って結合していました。アンタゴニスト DNA は微生物由来の CpG モチーフよりも TLR9 に強力に結合していました。またそれらの TLR9 上の結合部位は一部重なっていることから、 アンタゴニスト DNA は微生物由来の CpG モ チーフの結合を物理的に阻害することによって、TLR9 の機能を阻害していることが分かりま した。 TLR の中でも、微生物由来の CpG モチーフを認識する TLR9 は抗ウイルス薬やワクチンの アジュバントなどの創薬上重要な標的として、その発見以来十数年近く精力的に研究がなされ てきました。しかし、その詳細な DNA 配列との結合様式が分からなかったために具体的な化 合物設計の指針がありませんでした。本研究により、TLR9 を活性化するまたは不活性化する DNA 配列との結合様式が分かったことで、ワクチンアジュバントやウイルス感染やアレルギ ーなどの治療薬の開発が進展するものと期待されます。 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)、科学研究費補助 金、公益財団法人武田科学振興財団助成金、公益財団法人持田記念医学薬学振興財団助成金な どの外部資金支援を受けて行われたものです。 2 5.発表雑誌: 雑誌名:Nature 論文タイトル:Structural basis of CpG and inhibitory DNA recognition by Toll-like receptor 9 著者:大戸梅治、柴田琢磨、丹治裕美、石田英子、エレナクラユヒナ、内山進、三宅健介、清 水敏之† (†責任著者) DOI 番号:10.1038/nature14138 7.問い合わせ先: 東京大学大学院薬学系研究科 教授 清水 敏之 (しみず としゆき) 電話:03-5841-4840 FAX:03-5841-4891 E-mail:[email protected] HP:http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~kouzou/index.html 8.用語解説: (注1)CpG モチーフ DNA 中に存在するシトシンとグアニンがホスホジエステル結合でつながった DNA 配列。哺乳 類ではメチル化されることが多いのに対して、細菌やウイルスではメチル化されていない(非 メチル化)ことが知られている。非メチル化 CpG モチーフは TLR9 を強く活性化してさまざま な免疫応答を引き起こす。 (注2)インターフェロン 細菌やウイルスなどの病原体の侵入に対して免疫系の細胞が分泌するタンパク質で、ウイルス の増殖を抑制する作用や免疫系を活性化するなどの作用を発揮する。 (注3)アジュバント 抗原と混合して生体に投与することで、投与した抗原に対する免疫応答を増強する物質のこと で抗原性補強剤とも呼ばれる。 3 9.参考図: 図1:TLR9 の結合様式 (上図)CpG モチーフを有する DNA 配列と TLR9 との結合様式。 (下図)アンタゴニスト DNA 配列と TLR9 との結合様式。 2 量体を形成する TLR9 分子の一方を緑色で、他方を青色で示している。CpG モチーフは伸 びた構造で、TLR9 の 2 量体に 2 ヶ所で結合している(2 対 2 複合体)。アンタゴニスト DNA は TLR9 の馬蹄型構造の内側にループ構造を作り結合している(1 対 1 複合体)。 図2:TLR9 による CpG モチーフの認識の結合様式 (左図)CpG モチーフを認識する TLR9 の N 末端側の溝。 (右図)CpG モチーフを認識する TLR9 の N 末端側の溝の拡大図。 (左図)CpG モチーフが青色で示した TLR9 の溝にすっぽりと収まっていることが分かる。 DNA 配列と TLR9 の炭素原子をそれぞれ黄色と緑色で、水素結合は破線で示している。CpG モチーフおよび TLR9 の溝内のアミノ酸のトリプトファン(Trp47)とフェニルアラニン (Phe49)部分の電子密度を灰色のメッシュで示している。 4
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