ダウンロード - 名古屋哲学教育研究会

トゥールミンモデルの効用―授業実践の報告
青木 滋之(会津大学コンピュータ理工学部准教授)
勤務大学の会津大学(コンピュータ理工学部専門の大学)で、教養科目として「論理学」を 2010 年から
教えてきたが、記号論理学を主体とする論理学講義に、いろいろな意味で限界を感じていたのが、非形
式論理およびトゥールミンの議論モデル(Toulmin’s Model of Argument: TMA)を導入したきっかけであっ
た。まず、論理学を担当して始めたのは、オーソドックスな記号論理学であった。妥当性の説明や真理表
の導入、命題論理から述語論理までの意味論、記号論理の統語論と、命題論理の完全性の証明までを
扱った。2010 年前期から 2012 年後期まで 3 年間教えてみた率直な感想というのは、記号論理学は日常
生活でほとんど役に立たないし、学生にとってもあまり面白くないのでは、というものだった。特に、統語論
や完全性の証明あたりになると、眠たくなるような学生が多くなって困った。2013 年度の前期後期では、
形式論理ではなくもっと実質的な知識・技術の獲得を目指して、『科学技術をよく考える クリティカルシン
キング練習帳』を教科書に指定して、論理学の授業を組み立ててみたが、学部 1 年生には難しすぎたよう
で、これも難航した。
そこで、2014 年度の論理学講義では、記号論理の中でもコンピュータ理工学部生にとって役立ちそう
な部分まで(述語論理の意味論まで)を前半とし、後半では帰納論理を一般的に扱えそうな推論モデルと
して、TMA を使って授業を組み立てた。参考にしたのは、トゥールミン自身が TMA を使って展開した非
形式論理学の教科書である、Introduction to Reasoning (1979/1984)である。この教科書の良いところは、
step by step で TMA を理解できるように構成されているところ、誤謬論が TMA から統一的に説明されて
いるところ、様々なフィールドの学問からの例を TMA で説明しているところ、などである。ちょうど、科研費
の挑戦的萌芽研究で TMA の汎用性をチェックしながら、その教育効果を測定しようとしていたところだっ
たので(注)、心理学者の協力を得ながら論理学講義の初めと終わりにプレテスト/ポストテストを行い、
授業前/後の批判的思考力の変化を測定するためのデータを集めているところである。
ただし、「批判的思考力」が何を指しているのか、こういったテストで測れるものであるのかを、よくよく見
定めていくことも必要である。例えば、テストのスコアが仮に有意に上がったからといって、我々が理想と
するような“critical thinker”に近づいているのかは別問題であろう。哲学系の教員としては、規範的な「批
判的思考」をどのように規定するのか、それが果たして適切に測られているのか、といった事柄を、それこ
そテストの結果を鵜呑みにせずに、授業実践⇔テストによる測定⇔規範的な像の間を行き来しながら考
えていく必要があるだろうと思う。
注)挑戦的萌芽研究(2013-2016 年)「学際的な議論教育からのトゥールミンモデルの再検討と、新たな議
論モデルの効果測定」(研究課題番号:25580005)