「有事=戦時体制」と国民保護法制

「有事=戦時体制」と国民保護法制
がおおっぴらに見直されようとしている。
そして、通常国会には、「国民保護法制」
や「米軍行動円滑化法案」などの「有事関
小泉内閣の下での軍事優先路線
連四法案」が提出されようとしている。
では、この「国民保護法制」とはいった
このところの新聞紙上では、一面に軍事
いどのような内容で、どのような問題点を
や自衛隊に関する記事があいついでいる。
もっているのか。
11 月 9 日の衆議院総選挙後の動きをすこ
し挙げてみるだけでも、「国民保護法制要
有事法制の全体
旨を了承 知事が措置要請」(11 月 21 日)、
「日本外交官 2 人殺害」(11 月 30 日)、
昨年 6 月 6 日、「有事関連三法案」が参
「陸自、初の『戦地』へ 自衛隊イラク派
議院本会議で可決され、成立した。「有事
遣基本計画決定」(12 月 9 日)、「銃口向
関連三法案」というのは「武力攻撃事態法」
けば危害射撃可 防衛庁 武器使用に対処
「安全保障会議設置法改正」「自衛隊法改
図」(12 月 10 日)、「武器輸出三原則見
正」の三法である。「有事」のさい自衛隊
直し 政府検討」(12 月 18 日)、「イラ
等の軍事行動をいかに展開するについての
ク支援実施要項決まる 空自派遣きょう命
「有事法制研究」は、国会で暴露された「三
令」(12 月 18 日)、「米のミサイル防衛
矢作戦」計画に示されたように 60 年代か
導入決定」(12 月 19 日)、「空自イラク
らはじまり、77 年の福田内閣のときに公
先遣隊出発」(12 月 26 日)、「米軍へ武
式に着手された。その後、政府、与党の思
器無償提供 有事関連四法案骨格判明」
惑通りに「有事法制研究」がすすまなかっ
(12 月 31 日)とつづいた。年が明けてか
たのは、憲法 9 条にもとづいて、日本の軍
らも「陸自に先遣隊派遣命令」(1 月9日)、 事大国化に警戒し平和主義を守ろうとする
「陸自先遣隊 30 人出発」(1 月 18 日)、
力が強かったからである。
「陸自本隊に派遣命令」(1 月 26 日)。そ
しかし、90 年代後半になると「日米防
して2月末には、自衛隊の本隊がいよいよ
衛協力のための指針」の改定(新ガイドラ
イラクに出て行く。
イン)、米軍に対する「後方支援」を定め
「イラク人道復興支援」とはいうものの、
た周辺事態法、さらに 9 月 11 日事件後の
フセイン政権を武力で打倒した後も思いの
米のアフガン攻撃を「後方支援」するテロ
ほかイラク内の抵抗にあって苦境に立つ米
対策特別措置法の制定と、「軍の論理」に
軍の支援がその本質であることは間違いな
もとづいた法の制定が相次いだ。そして、
い。米軍との軍事協力をいっそうおしすす
とうとう「武力攻撃事態法案」等(いわゆ
めるために、平和憲法をもつ国として、こ
る有事法制)が提案され、可決された。
れまで制約されてきた海外派兵や武器輸出
武力攻撃事態法は、武力攻撃事態および
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武力攻撃予測事態における対処措置を定め
くの省庁との間で調整、起案がはじまった。
ている。政府は、武力攻撃事態等が起きた
そして、「武力攻撃事態法」制定後、県
場合、対処に関する基本方針を定め、自衛
知事や公共指定機関とされる放送機関や日
隊に対する「防衛召集命令」や「防衛出動
本赤十字などに対する説明会を行っている。
待機命令」さらには「防衛出動命令」など
知事会とはすで4回の説明会がもたれたと
さまざまな対処措置がとることになる。ま
報道されている。4月には「概要」が発表
た武力攻撃予測事態にあっても、「防衛召
された。その後、11月21日に政府は国
集命令」などがだされるのと相まって「防
民保護法制整備本部(本部長・福田官房長
衛施設構築の措置」がとられることになる。
官)の会議を開き、「国民保護法制」の「要
この「武力攻撃事態法」の第3章は「武
旨」を決めた。
力攻撃事態等への対処に関する法制の整
「要旨」は、(1)総則、(2)避難に
備」として、「事態対処法制の整備」を掲
関する措置、(3)救援に関する措置、
げており、その中に「イ 警報の発令、避
(4)武力攻撃災害への対処に関する措置、
難の指示、被災者の救助、消防等に関する
(5)そのほか、(6)財政上の措置等、
措置」から「へ 被害の復旧に関する措置」
(7)罰則という構成になっている。外国
までの6項目をあげて、「国民の生命、身
から攻撃を受けたか攻撃を予測できる場合、
体及び財産を保護するため」に「影響が最
①国は警報を発令、避難が必要な地域や避
小になるようにするための措置」が実施さ
難先を都道府県に指示する、②都道府県知
れるようにすると、規定している。
事は住民に避難を指示し、避難住民に収容
今回の「国民保護法制」はまさに、その
施設を提供するなどの救援活動や、現地の
ような「武力攻撃事態法」の要請に答えて、
状況にあわせた応急措置を実施する、③市
制定されようとしているものである。
町村長は避難を誘導、応急措置を実施する、
④放送・運送事業者などの指定公共機関は
国民保護法制とは
警報を放送、避難住民や物資を輸送する、
などの役割分担を規定している。
昨年1月17日、政府は「国民保護のた
さらに、知事は、避難指示が出された地
めの法制に関する関係閣僚会議」を開催し、
域で特に危険が差し迫った場合、緊急通報
「国民保護法制」について、各閣僚が協力
を発令し、避難誘導のため自衛隊派遣を防
して取り組むことを確認した。その後、政
衛庁長官に要請できることも定めている。
府の各省庁で、法制化に向けた具体的な検
また「武力攻撃災害への対処」として、
討が進行している。国会に提出される法案
原発や危険物貯蔵施設、浄水施設など攻撃
は、「200 条を大きく超える」といわれ、
対象になりうる施設への対策として、原発
たんに防衛庁の管轄する領域だけでなく、
の使用停止や危険物質等の取扱所の使用禁
国民生活全般に関係するものとして他の多
止を命令することができるとした。
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さらに、要旨では、①食品や医薬品の売
最大の問題点は、この「国民保護法制」
り渡し要請を業者らが正当な理由なく拒否
が「有事法制」のうちの重要な分野(民間
した場合には知事は収用できる、②収容施
防衛とでもいうべきか)を形づくり、武力
設又は臨時の医療施設を開設するために、
攻撃事態法に基づく自衛隊の軍事行動にリ
土地家屋を強制的に使用することができる、 ンクして発動されるものである点、さらに、
③医療関係者に強制的に医療の実施を指示
この自衛隊の軍事行動は、日米新ガイドラ
することができるなど、市民に保障されて
インにもとづく米軍の軍事行動とリンクし
いる人権に抵触するような内容が多々ふく
ている点にある。
まれている。そこで、思想・表現の自由な
武力攻撃事態法により、「武力攻撃があ
ど基本的人権を尊重することとか、国民の
ると予測される場合」、自衛隊に「防衛出
協力は「国民の自発的意思にゆだねる」な
動待機命令」が下令された場合、自衛隊は
どと「総則」でうたっているが、それは反
「予備自衛官の招集」「防御施設の構築」
対に、この「国民保護法制」が、「避難」
「自衛隊の特別部隊の編成」が可能になる。
「救援」などを口実にして、人権をないが
つまり、自衛隊はこの段階で「臨戦態勢に
しろにし、なかば強制的に「武力攻撃事態
入る」ことになるのである。すると、この
への対処」に住民を動員していく危険性を
「武力攻撃予測事態」の段階で、新ガイド
もっていることを証明しているといえよう。 ラインでいう「日本に武力攻撃が差し迫っ
つまり、人権の一定部分が「停止」されて
ている場合」として、日米両軍が戦闘に必
しまうのである。
要な準備を行い、「日米間の調整メカニズ
ム」が立ち上げられ、警報の発令などの「民
はたして国民を「保護」するか
間防衛」が動き始める。
もっとも可能性が高く予想される事態は、
国民保護法制については、武力攻撃事態
朝鮮有事あるいは台湾有事であると考えら
法が成立したさい、与党と民主党は、法施
れる。「有事」は、つねに米国がアジア太
行から1年以内を目標に保護法制を整備す
平洋地域で展開する『戦争』とのリンクに
ることで合意している。保守系の知事など
おいて生ずる。米軍の軍事作戦及びそれを
も武力攻撃事態法成立のさいに「国民保護
「後方支援」する周辺事態法下の政府およ
制がまだ詳しく規定されてないから」とい
び自衛隊の行動との関係でおいて「国民保
う理由で消極論が出された。残念ながら、
護法制」は把握されなければならない。
現在の多くの世論は「日本が攻められたと
米軍の軍事行動と自衛隊および政府の行
きに、必要だから」という賛成論が多いよ
動とのリンクを法的に根拠付けているのが
うである。
「周辺事態法」および今後、制定が予定さ
しかし、「国民保護法制」は本当に国民
れている「米軍行動円滑化法」である。「武
を保護するものだろうか。
力攻撃が予測される」ことを理由に、米軍・
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自衛隊の軍事活動が本格化し、住民がその
県知事は武力攻撃事態等鹿児島県対策本
軍事活動の支障にならないように、動員・
部長に指定され、必要な措置をとる権限が
協力されていくのが、「国民保護法制」の
与えられる。この県対策本部の会議には、
本質である。
県職員のほかに、指定地方公共機関(地方
テレビ局などが入ることが想定されてい
地方自治体をおおう「軍の論理」
る)の職員、さらには防衛庁職員つまり自
衛隊員(県本部長の要請による)までも加
武力攻撃事態対策本部長となる首相は、
わる。まさに、県内における「銃後の作戦
これらの対処措置に関して、地方公共団体
本部」となる。そのさい、おそらくは、事
の長などと「総合調整」することになる。
態の性格からして、自衛隊員がその知識・
しかし、地方自治体との間でこの調整がう
能力からして主導的な役割を果たすことに
まくいかないときは、今度は内閣総理大臣
なるであろう。よく、この有事法制は、災
として、地方自治体に指示をだすことがで
害対策基本法のそれを模したものとして正
きる(武力攻撃事態法15条)。なぜ、こ
当化されることがあるが、実態は、地方自
のような構成になったかといえば、国の地
治体においても「軍の論理」が支配する点
方自治体に対する関与の基本原則を定めた
では、まったく異なっている。
地方自治法245条の3第1項第6号によ
国、県、市町村と同様の「対策本部」が
り、地方自治体に対する国の指示という強
つくられ、政府の指揮の下、日本全体に「有
制は「することのないようにしなければな
事=戦時体制」が形づくられるのである。
らない」とされているからである。住民自
治・団体自治をその内容とする地方自治の
市民の人権は?
原則からいって当然であろう。しかし、こ
の規定には国民の生命、身体又は財産の保
そのさい、私たち市民の人権は、この「有
護のためのような「特に必要と認められる
事=戦時体制」でいかに保障されるのか。
場合」には例外的に、指示が認められる規
この「国民保護法制の要旨」では「不当な
定があり、有事のさいにはこれに該当する
差別、思想及び良心の自由の侵害、表現の
として、総理大臣が指示を発することがで
自由の不当な制限の禁止」など基本的人権
きることになった。なんのことはない、対
を尊重すると「配慮事項」に書かれている。
策本部長は、内閣総理大臣なのだから、事
また「高齢者、障害者に配慮」とさえ、書
実上、地方自治体が政府の方針にしたがわ
かれている。しかし、反対にいえば、この
ないときは、強制的に対処措置をとらせる
ように書かなくてはならないのは、この「国
ことが可能になる。「国民保護法制」にお
民保護法制」下にあって、市民の人権がい
いても、このような地方自治体への上意下
かにあやうい状況におかれるかを物語って
達の強制の体制がとられることになる。
いるといえなくもない。
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いまのところ、「国民の協力は自発的な意
協力が最初に求められている。「国民保護
思にゆだねられる。」とされているが、「有
法制」でも「都道府県知事は、医療関係者
事体制」にあって、どこまで個人の自由が
に医療の実施を要請。正当な理由なく拒否
維持できるのだろうか。戦争に協力しない
したときは、医療の実施を指示することが
人々を「非国民!」とののしって、協力に
できる。」とされている。人の生命、身体
かりたてた歴史をもつ私たちの国。人権の
を救うのが医療関係者の使命であり、たく
大切さがあっという間に、邪魔者にされて
さんのけが人、病人がでれば、医療に従事
しまう危険が多分にあることを私たちは歴
するのは当然とみんなが考えている。しか
史の教訓から学ばなくてはならないだろう。 し、ここでは、「戦時=有事体制」の犠牲
人権が直接、問題となるのは、財産権・
者を治療する「従軍医師」「従軍看護師」
営業の自由や移動の自由に関するものであ
たることを強要されるのである。
る。すでに自衛隊法103条により「物資
また「原発、危険物資等の危険防止のた
の保管命令」に従わなかった者に対して罰
めの措置命令」「交通規制又は警戒区域も
則が科されることになっているが、「国民
しくは立入制限区域の立入制限」に従わな
保護法制」では、この対象が拡大すると考
かった者にも罰則が適用される。この規制
えられる。「物資の生産、販売等を業とす
により、たとえば、「有事法制反対!」の
る者に対し、医薬品、食品等の緊急物資に
デモなどの行動はおそらく不可能だし、実
ついて保管を命令し、売り渡しを要請」と
質的な「外出禁止令」に近いものになるだ
なっているから、場合によっては、スーパ
ろう。わけもなく町をうろついている者は
ー、小売り商店、農協などまで規制の対象
原発の破壊や危険物資等の略奪をねらう
となる。
「テロリスト」あるいは「スパイ」とみな
また「収容施設(避難した住民及び被災
されるような事態を予想するのははたして
者のための=著者)又は臨時の医療施設を
「絵空事」だろうか。
開設するために、同意を得て、土地・家屋
又は物資を使用。正当な理由なく拒否した
報道機関も管理下に
ときは、同意を得ないで使用することがで
きる。」と書かれている。住民の貴重な財
「有事=戦時体制」の下では、報道の自
産は、「有事」における「公共の福祉」を
由も大きな制約を受ける。武力攻撃事態法
理由に大規模に剥奪される。ただし、政府
では、日本放送協会(NHK)および「通
の弁明によれば、「権利制限に対する補
信その他の公益事業を営む法人で、政令で
償」はなされると書いてはあるが。
定めるもの」が「指定公共機関」とされる
医療関係者には、自衛隊法でも「業務従
ことになった。武力攻撃事態法により「必
事命令」が規定され(103条)、日本赤
要な措置をとる責務」を有するとされた放
十字社は「指定公共機関」に名指しされ、
送事業者である「指定公共機関」は、「国
5
民保護法制」に基づき、「警報の内容を放
まとめ
送」することが義務づけされる。そのさい、
首相は、対処措置について「指定公共機関」
「国民保護法制」は、「有事=戦時体制」
とされた放送局と「相互調整」し、場合に
に日本をつくりかえるための法制である。
よっては、「対処措置を実施し、又は実施
これまで、日本には、こうした「有事=戦
させることができる。」つまり、政府が放
時体制」はなかった。法的には憲法が平和
送内容について介入できる権限を認めてい
主義を定め、政治的には「あやまちはふた
る。「指定地方公共機関」に対しては、県
たびくりかえすまい」とかつてのアジア・
知事が、対処措置の実施を要請できる。
太平洋戦争での侵略の事実、民衆がこうむ
災害、事故等のときには、放送局は当然
った被害の事実をふまえて、「平和国家と
に住民に対して、事実に基づいた正確な情
しての日本」への道を模索してきた社会勢
報を提供している。しかし、ここでの問題
力が一定存在していたことによる。
は、「有事=戦時体制」での報道である。
しかし、いまや「平和国家としての日本」
これまで、戦争や軍事行動については政府
への道をめぐる対抗は、極めて大きな転換
による「情報操作」あるいは都合のいい情
点にきている。人権、国民主権、平和主義
報しか提供されず、都合の悪い情報はひた
の憲法三原則を市民生活の中でいかに貫い
かくしにする「大本営発表」が常套手段と
ていくのかが、「国民保護法制」論議の中
してなされてきた。今回の「国民保護法制」
で問われている。
も「有事」であることを理由に報道統制を
(おぐり・みのる)
行おうとする意図がけっしてないとはいえ
ない。
東京の民放キー局は「指定公共機関」に、
地方の民放は「指定地方公共機関」にする
というのが政府の構想である。これに対し
て、民放の全国組織である民間放送連盟(民
放連)は、政府に対して、この構想の撤回
を申し入れている。新聞はいまのところ、
この構想の中にははいっていないが、報道
統制がねらいであれば、おそらくどこかで
新聞も規制する構想が浮上するかもしれな
い。このような構想は、市民の「知る権利」
にとっても極めて大きな影響を与えるだろ
う。
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