北西太平洋に分布するマンガンクラストにみられる二重構造の境界年代 ○西圭介・臼井朗・安田尚登・中里佳央(高知大学) ,I.Graham(GNS) 太平洋域に分布するおおむね 5cm 以上の比較的厚いマンガンクラスト(以下クラスト)の下位には, 通常のクラストの化学組成範囲から大きく外れた組成を持つものが多数発見されている(e.g., Halba ch et al., 1989; Koschinsky et al., 1997; 臼井,1998) .この特徴的な化学組成を示すクラスト は,緻密かつ硬質で光沢のある黒色を呈し,決まってリン灰石を含む.リン灰石に富む構造は,常に基 盤岩近く(=下位)のみに観察でき,ある時代より上位には,全く観察できない.本研究では,二重構 造の境界に注目し,微細構造,鉱物・化学組成,年代といった詳細な記載を基に,二重構造の境界年代 値を明らかにすることを目的とした. 本研究では,北緯約 10-25°,東経約 135-170°,水深 991-2262m で採取された二重構造が観察でき る計 10 個の試料を用いて,肉眼・顕微鏡観察,XRD,ICP-MS/AES,10Be 年代測定,有孔虫の同定を行な った.10Be 年代測定の補正には,半減期 1.36Ma(Nishiizumi et al., 2007),現在の海水の 10Be/9Be 比 1.19×10-7(von Blanckenburg et al., 2014)を用いた. 二重構造の境界は,1. 顕微鏡下でリン灰石が観察できる,2. XRD でリン灰石の同定できる,3. 化 学組成分析で P 濃度が 1%以上である,を満たす部分とした.リン灰石に富む部分の化学組成は,リン 灰石を含まない上位に比べて,Fe, Al, Ti に乏しく,Ni に富む.10Be 年代測定の信憑性を高めるため に,顕微鏡下で試料表層から基盤岩近くにかけて有孔虫が観察できる試料について,有孔虫の同定を 行なった.その結果,同定した有孔虫は,一般的な古生代型ではなく,明らかに新生代型の浮遊性有孔 虫(e.g., Orbulina bilobata, O. suturalis)と底生有孔虫(e.g., Epistominella exgua, Alabami nella weddellensis)である(安田,未公表).新生代の中でも,現在に通じるような新第三紀の群集 の特徴を示しており,古第三紀の浮遊性有孔虫,特に始新世を代表する Morozovella 群のような特徴 的な群集は観察できない.また,10Be 年代と有孔虫年代は,おおむね調和的である.よって,10Be 年代 測定法は,クラストの成長年代を決定する上で,非常に有効な手法であると判断できる. 10 Be 年代測定の結果,全ての試料が表層から基盤にかけて連続的に成長しており,試料表層の年代値 はほぼ 0Ma を示す.試料表層から鮮新世までの成長速度は約 1.5-4.0mm/my の範囲内にあり,それ以前 の成長速度は 10 Be/9Be の限界を考慮しても速くなる傾向がみられる.したがって,北西太平洋域のク ラストは,少なくとも中新世頃から現在まで連続的に成長していると考えられる.各試料の詳細な記 載から算出した二重構造の境界年代値は,17.6-7.4Ma の間で変動しており,北西太平洋のリン灰石に 富むクラストの形成は鮮新世以降に起こっていない可能性が高い.また,境界年代値は,水深が深い試 料で古い年代を示し,水深が浅いほど新しい年代を示す傾向がみられる.Koschinsky et al.(1997) では,リン灰石に富むクラストの形成は,おそらく海洋表層の生物生産量の増加による酸素極小層(O MZ)の拡大が関係していると報告されている.本研究の結果,中期中新世頃の温暖な環境が OMZ を拡 大させ,寒冷化に伴って徐々に OMZ が縮小したことにより,リン灰石に富むクラストの形成が水深の 浅い試料ほど新しい年代まで続いていたと解釈できる.
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