プライベートバンカーとして「事業」の「承継」に向かい合う ~事業の DNA を未来に向けて引き継いでいくために~ 大山 雅己 氏 ジュピター・コンサルティング株式会社代表取締役 「事業承継」ではなく「事業」の「承継」と捉えよう 事業承継を考えるとき、 「事業」と「承継」の言葉の間に「の」を入れて、「事業の承継」 と読むと、事業承継の本質が見えてくる。 事業の承継における課題の核心は、文字通り、事業を承継することである。単なる経営 承継と捉えると本質を見誤ることもある。この認識ができれば、次に自社にとっての事業 とは何かについて、創業時からの歴史を思い起こしてみることが有益である。 創業時における事業の原点、事業環境は決してその時のままの状況ではないことが多い。 社内の体制も取引先も少なからず変化が生じているはずだ。こうした社内外の変化等を振 り返り、変化を認識し、また変わらぬ事業の核心・事業への思いを踏まえることが重要で ある。 事業承継の取り組みの新たな潮流 ~事業の DNA・知的資産を認識しよう~ 事業承継の取り組みは、従来認識されてきた「相続税や相続問題としての取り組み」か ら、「経営課題として、いかに事業そのものを継続し、つないでいくかという課題への取り 組み」に大きく変化している。 改めて、自社の沿革、いつごろ、どのような環境の下で、何故その場所で、何故この事 業をはじめたのか。そして、何故その人(創業者)だったのかの確認が大切である。そし て、どのような環境・変化を踏まえて、工場を増設し、あるいは店舗を隣町に進出し、人 の採用を増やすというような取り組みをしてきたのか、といったマーケット環境を含めた 視点で自社の歴史を振り返ることが欠かせない。 この振り返りは、①事業をはじめた意義、魅力、価値(=事業の DNA)、②事業を拡張し た意義、魅力、価値、③紡ぎ築いてきたその会社らしさを再認識することにつながる。 事業の強み(魅力)・弱み(課題)を再認識し、創業から現在に至るまでの価値を生み出 してきた事業ストーリーを整理し、現時点での強み・弱みと環境認識を踏まえて、現在か ら将来に向けての価値を生み出す事業ストーリーを描くことが大切だ。 創業、あるいは先代から引き継いだ時から年月が経過する中で、マーケット環境は大き く変化している。この変化をとらえ、マーケットのニーズに沿った製品・サービスの提供 ができなければ、自社の事業の DNA は活かされない。それ故、事業の承継の取り組みおい ては必要に応じて経営革新の取り組みも必要となる(図表1)。 図表1 (図表注)会社・事業の知的資産を洗い出し、強み・弱みの把握や環境認識等を踏まえた価値を生み 出すストーリーの過去を振り返り、将来を描く上で「知的資産経営レポート」の様式(A3一 枚もの)は活用余地が高い。 (出典)中小企業基盤整備機構 http://www.smrj.go.jp/keiei/chitekishisan/059975.html 事業の DNA は知的資産(=財務諸表に表れない企業の価値・競争力の源泉)にあり 先ずは、自社の事業についての知的資産の棚卸しから始めてみよう。自社・自社の事業 について、【知的資産】:「人的資産」、「構造資産」、「関係資産」(図表2)の各観点から捉 え、前述のとおり、「何故」その事業を、「何故」その土地で、「何故」その時期に創業し、 どのような経緯をたどって継続・展開してきたのかについて再認識することが欠かせない。 図表2 (出典)中小企業基盤整備機構「中小企業のための知的資経営マニュアル」 多くの「何故」が織り込まれた事業への思いは、事業の変遷の中で形を変えつつも脈々 と引き継がれ、あたかも DNA のようになっている。 事業承継は、正に“事業の DNA”=知的資産を承継することである。M&A の取り組みに おいては、第三者である買主は、譲り受ける会社やその事業の状況について、財務面の調 査(財務 D.D.)や事業面の調査(事業 D.D.)を行うことが一般的だが、親族内における事 業承継や従業員に対する事業承継の場合には、相続税や株価(譲渡価額)といった資産の 承継(財務面)にのみに焦点があてられがちで、肝心な事業の仕組みや会社の強み・弱み や将来に向けた環境認識についての認識など事業面についての確認や事業に対する思いの 共有化はあまり行われていないのが実情である。 また、残念ながら、計画的に事業承継の準備が進められることが少ないために、結果と して、多くの場合、事後承継(相続が発生してはじめて事業承継への取り組みがなされる こと)が少なくない。 「事業の意義、魅力、価値」=「事業の DNA」=「知的資産」をしっかりと認識し、自社 の「強み」・良いところ・魅力(図表3)を伸ばし、「弱み」・課題をどう克服していくかと いうことを考え、将来に向けての事業の絵姿(事業計画)を描き、実行に移していくため の“計画の担い手”(=後継者)の存在の確認・役割の認識を行い、現経営者と後継者とがこ うした認識を共有しつつ取り組むことが大切である。 現在においては、現経営者である社長がその役割・事業計画の担い手となっているが、 次の担い手を定め、経営課題(強みを伸ばし、弱みを克服する)に対して共に取り組み、 徐々に後継者に託していく歩みを計画的に進めることこそが事業承継対策の核になる。 図表3 「事業承継の課題解決を構想する」 ・「後継者=事業計画の担い手」であるという認識 事業の承継における課題は、第1に事業 DNA(=知的資産)を引き継いでいくための準 備を進めること。第2に事業を誰に託すか、後継者を決定すること。第3に後継者の決定 内容によって浮かび上がってくる取り組むべき課題について、“必要に応じて”専門家の支 援を得ること等、承継の担い手(後継者の属性)によって取り組みの方向性が変わってく る。課題解決を経営として構想する認識が大切である。 この順序を取り違え、相続や相続税対策等の観点等の第3のステップから取り組み、相 続税対策や株式移転にかかるハウツー等の取り組みに始終するのは誤りであるといって過 言ではない。 「事業そのものの課題」の解決の担い手、「事業を託す相手の課題(後継者の決定)」の解 決の担い手は専門家ではなく経営者自身であり後継者でもある。先ずは事業を託す相手を 決め、引き継ぐ相手(親族内・従業員・第三者)によって、税務、法務等の課題が生じる 場合には、士業専門家等と連携し課題解決に取り組むことになる(図表4)。 (図表4) (資料)筆者作成 老舗企業に学ぶ知的資産を引き継ぐことの大切さ 老舗企業に強み・生き残りのポイントを聞いたアンケートでは、上位を占めたのは財務 諸表に表れない「知的資産」ばかり。財務諸表に表れる物的資産はいずれも 13 位・12 位ま で登場しない。知的資産を認識し、これを引き継いでいくことが事業を長く継続し、価値 を高めていくことにつながることを示している(図表5) 。 (図表5) (出典)帝国データバンク「百年続く企業の条件」(2009 年 9 月朝日新聞出版) 事業承継問題は遠い将来の課題としてではなく、日々考え取り組むべき経営課題として、 先ずは自社の知的資産の洗い出し、自社の事業の沿革の振り返りから始めていただきたい。 経営改善や事業承継等、必ず大きな効果がもたらされると断言しておきたい。
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