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Ⅲ.本調査のまとめ
本調査では、農業生産基盤の保全管理活動を行なう団体へのアンケート調査により取組の概要、連
携主体、収入の状況、課題、工夫などを把握した。また、地域の創意工夫を活かして取組んでいる団
体にヒアリング調査を行い、取組の工夫点について詳細に調査を行った。
アンケート調査では、農業生産基盤の保全管理活動を行なう531事例について取組の概要を把握し
た。設立から5年以内の団体が多く、行政の働きかけによって取組開始したものが半数以上であった。
国や自治体からの補助金を活動の主な収入源としている団体が多いことから、農地・水・環境保全向
上対策などを行政から紹介されたことを契機に取組み始めたものが多いと考えられる。連携主体は、
地域住民、地元小中学校、PYA、自治会などの地域内の主体や、都市住民、大学、NPO法人、企業など
外部の主体と連携しているところも多く見られた。活動を中心に担う人物としては、取組の企画や実
施、地区内の調整は地域住民が主体で行っているものが多い。都市側との調整についても地域住民が
行なっているところが多いものの、市町村の担当者が行なっている割合も高くなっている。
活動を行なう団体の多くが、高齢化と後継者不足、活動資金の不足という課題を抱えている。特に、
行政支援の大きい(主な収入が補助金)団体の多くは地域内の人材不足、行政支援の小さい団体の多
くは、収入が増えないことを課題としてあげている。その一方で、行政に求める支援については、資
金の支援が突出しており、人材育成や専門家の紹介・派遣を求める意見は少数であり、人材面の課題
を抱えながらもその対策に取組む意識は高くないことがわかった。現状の行政支援としても、人材面
での支援が行なわれている自治体は少なく、今後、人材育成のアドバイスや講習、連携主体や専門家
の紹介・派遣等について、より積極的な支援を実施していくことが重要と考えられる。
活動による効果として、農業基盤の保全はもちろん、地域内の連携強化や農家との相互理解の向上
など地域コミュニティの向上が見られている。特に、行政支援の大きい団体でその傾向が強く、行政
支援の小さい団体では十分な効果が得られていない傾向がある。
アンケート調査の対象のうち、地域の創意工夫を活かして取組を行っている団体について現地調査
を行い、多様な主体の協働による農業生産基盤の保全管理に関する、取組のきっかけ、工夫、課題、
成果等について詳細に把握した。多様な主体との協働による活動を推進するためには、地域内及び外
部の協力者を募り連携を強化していくことが重要であり、そうした連携を継続する工夫が不可欠であ
る。また、活動の持続性という観点では、補助金等に依存せず資金的に自立して活動を継続できるこ
とが重要である。組織の立上げ時は、自立的な活動は困難であることから行政の支援を得ながら取組
むことも重要となる。
以上の調査結果に基づき、多様な主体による農業生産基盤の保全管理を推進するに当たっての課題、
留意点を4つの観点((1) 地域住民の幅広く持続ある参加を得続けるポイント、(2) 外部の持続
ある参加・協力を得続けるポイント、(3) 資金面での持続性の確保、(4) 組織の自立運営と行政支
援)で取りまとめた。
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(1)地域住民の幅広く持続ある参加を得続けるポイント
地域住民の理解を得て、持続ある参加をしてもらうためのポイントは、地域一体となって
取組みを行なうことである。地域一体で取組むことによって、地域への「誇り」
「自信」、自
らの「生きがい」を得ることに繋がっていく。
地域が一体となった取組を行うには、地域に対する課題・危機感を共有することや、地域
にとっての農業生産基盤の必要性・重要性を啓発して住民の意識を高めることなどにより、
幅広い参加を得ることが重要である。
また、地域住民の参加を持続的なものとしていくためには、参加者の意欲ややりがいを持
続させることが重要であり、謝金の支払い、取組の効果を目に見える形で示すこと、メディ
アの活用などにより意欲を持続させることが効果的である。
① 農業基盤を地域活性化の核として捉え、地域一体で取組む
地域の生活を支えてきた農業生産基盤は、単に農業を支える基盤であるのみならず、将来、
地域を活性化・自立させるための核となるものとして、地域住民が捉えなおし、地域が一体
となって保全・管理していく、という認識を持つことが必要である。
地域一体で取組む事例としては、NPO法人水のフォルムは、地域の歴史を学び、豊かで清
らかな水環境を実現するための手段として、見沼田んぼでの米作りと農業基盤の保全管理を、
農家と地域住民、都市住民、企業などと連携して取組んでいる。この目標や理念に共感する
人の集まりによって取組が継続している。また、水土里ネット立梅用水は、地域のシンボル
である立梅用水への関心がなくなってきたことを危惧して、地域一体で保全活動を開始した。
保全活動を通して地域コミュニティの活性化に取組んでいる。
② 危機感を共有して立ち上がる
地域のシンボルが失われていくこと、高齢化が進み地域の活力低下が著しいことなどを目
の当たりにして地域住民が立ち上がる事例がある((財)紀和町ふるさと公社、田中区共援組
織など)。こうした事例では、危機感から始まった取組のため、地域全体で取組むという意識
が強く、取組を積極的に推進できている。一方で、高齢化や取組の成果が表れ、当初の危機
感から脱した場合に、取組の担い手が減少してしまうことが課題になっており、新たな目標
の設定・共有が必要になると考えられる。
③ 必要性を地域住民に啓発して意識を高める
農業とともに生活を支えてきた水路や先人たちが築き上げた棚田・里山のある風景の保全
を図る際には、当該資源・基盤の重要性を日々訴えかけることで、地域住民の幅広い参加を
得られている。その際には、無償ボランティアによる参加が中心となっているが、重労働に
対してのみ特別人件費を支給する例もある。
ボランティアを確保するための工夫としては、あらかじめ「毎月第二日曜をボランティア
の日にする」として決定したことで、多くの参加者が得られている例がある(滝寺まちづく
り協議会)
。また、事業の意義を繰り返し地域に説明したり(納場地区資源保全活動組織)
、
まずは取組んでみて成功体験ややりがいを味わってもらいながら理解と参加を徐々に得る事
例(水土里ネット立梅用水)もある。
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④ 協力者の意欲を持続させる(謝金等の支払い)
地域住民を中心に雇用して賃金を支払う場合と、協力者に対して日当・謝金として支給す
る場合がある。労働に対して対価を支払うことで取組みが持続するといった例が多くみられ
ることから、今後も継続を目指す際には重要な要素となる。農地・水・環境保全向上対策で
は、参加報酬として支払っているが、他の取組では市が負担して協力者に謝金を支払ってい
る事例(
(財)紀和町ふるさと公社)
、地域通貨を謝金として支払っている事例(水土里ネッ
ト立梅用水)、イベントへの参加費を農作業の指導料として支払っている事例(NPO 法人水の
フォルム)がある。
ただし農業基盤の管理に関しては、旧来、各集落において無償の共同作業として展開されて
いたものであることから、②のように地域住民が十分に話し合い、主旨と目的を十分に理解し
あうことで、謝金等の支払いを避け、組織の安定経営や地域への再投資にまわす例もみられる。
⑤
地域への目に見える効果を示す
都市住民等の参加を促す上では、交流・体験の楽しみを提供することが重要である。この
ような事例の中には、事前の準備や対応のために地域住民の負担が大きい一方で、そうした
地域住民にあまり見返りがない、ということが起こり得る。NPO法人塩谷町旧熊ノ木小学校
管理組合では、都市と地域の交流を目指して蕎麦打ち体験を企画したが、協力してくれる地
域住民に謝礼を支払うことが出来ず、都市住民には喜んでもらったが地域住民が疲れてしま
い、取組が失敗した例がある。地域の協力を得て、取組を継続させるためには、交流・体験
による地域への効果を明確に示すことが必要になる。
⑥
メディアの活用等
取組が発展した、もしくは失敗したなどの、取組のターニングポイントとして、外部の評
価によって地域の価値を再発見している事例がある。
テレビ番組等の取材により、地域住民が当該活動を誇りに思うとともに、放映によって地
域住民の間で理解が広まり、取り組みへの新たな参加者が見つかる事例もある(富士電機ホ
ールディングスが活動する山梨県上野原市秋山桜井地区、
(財)紀和町ふるさと公社)
。また
各種表彰を受けることで、活動を名誉に思う人が増えるといった効果も見られる(滝寺まち
づくり協議会)
。
⑦
強力なリーダーシップによる取組の牽引
取組団体のリーダーの強いリーダーシップにより取組が牽引されている事例もある(納場
地区資源保全活動組織、内川再生の会)
。これらの取組では共通して、リーダーが市議会も
しくは町議会議員であったり、区長、PTA会長、土地改良区理事などを兼務しており、地域
内に広く顔が知れ渡っている人物である。このため、取組に際しての多様な主体との連携も
比較的スムーズに進むが、個人の力による連携であるため、取組団体の将来を担う後継者の
育成が大きな課題となっている。
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(2)外部の持続ある参加・協力を得続けるポイント
人材・労働力が不足する地域では、外部の協力者と連携しながら取組むことが必要となるが、
まずは地域が主体となって取組むことが重要であり、その上で積極的な連携を図っていくことが
成功のポイントである。地域外の主体や個人の協力を持続させるためには、ビジネス面での連携
やCSRによるイメージアップなど外部の主体にもメリットがあることが重要である。また、都市
住民など個人ベースの協力者に対しては、農業生産基盤の保全活動そのものをイベントとしたり、
活動後に食事会などを通じて交流を行なうなど、楽しみながら活動できることが重要である。こ
うした活動がメディアに紹介され知名度が上がることでさらに協力者が増すこともある。
①
あくまでも地域が主体であることを忘れない
耕作放棄地の開墾、棚田の保全等、地域だけで取組むには人材的にも、労働力的にも不足
する場合に、都市住民や企業の協力を得ている活動は少なくない。しかし、協力してくれる
個人や団体に依存しすぎた結果、地域で取組む意欲が低下している例もある。地域が主体で
あることを忘れてははいけない。
②
連携主体同士がwin winの関係になる
多様な主体との連携を継続的に行っていくためには、連携する両者にメリットがあること
が重要となる。耕作放棄地で栽培したそばを企業が加工品にしたり、地下水を利用する工場
が、地下水涵養のために水田の水張り事業に取組むなど互いにメリットを享受できる関係に
あると連携が継続できている。一方で、意中の連携相手がいるものの、一方的なお願いには
抵抗感がありコンタクトを取れていない事例もある(NPO法人恵那市坂折棚田保存会)
。
③ 活動に対する「楽しみ」の優先
多くの都市住民に参加してもらうため、楽しみながら、農業基盤の管理や農作業を手伝っ
てもらう事例が多い。具体的には、農作業後に繰り広げられる地域住民との会話や郷土料理
の提供といった交流によるものや、自然体験・環境学習、収穫の分配がなされるものも見ら
れる(農地・水・環境梨郷地区地域保存会など)
。
④ メディアへの露出
取り組み状況がテレビ番組等で放映されたことで、観光客や加工品等の売上が増加し、事
業が活発となるとともに、経済的なゆとりも生まれ、組織の経営安定にも寄与した例がみら
れる。また、メディアで知名度が上がることにより、より多くの協力者が集まる事例もある
((財)紀和町ふるさと公社)。
⑤ 積極的な協力依頼
農村集落においては、地域内に人材が少なく、活動を展開する上で都市住民等に対して支
援が求められる。事例からは、市町村職員によるマッチングや集落出身の息子が入った大学
への直接打診といったものがみられ、積極的に支援・協力要請を投げ込むことで外部の協力
を得ることができている(田中区共援組織)
。
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(3)資金面での持続性の確保
活動を行なうに当たっては、補助金なしで経済的に自立して取組を行っていくことが理想で
あり、補助金を受けている期間で、組織の規模・目的などに応じた自立のための仕組みや組織
体制の確立に取組むことが重要である。
① 取組を自立させる仕組みの確立
アンケート対象の多くの事例で、補助金がないと取組を継続できなくて困る、という意
見が聞かれた。こうした事例では、補助金を活用した取組により、農業基盤の保全管理に
役立ったものの、自らの力のみで取組を継続する仕組みが確立していないために、補助金
とともに取組が終了してしまうことが懸念されている。補助金を契機に取組を開始するこ
とは重要であるが、それを継続できるだけの仕組みを確立することも、同時に取組むべき
重要な課題である。現地調査において、農産物の販売や加工品の開発・開発などの活動に
よる収益を増やすことで、目標とする農業基盤の管理や農作業を持続的に展開しようとす
るものが見られた(NPO法人恵那市坂折棚田保存会)。
② 小さな組織
地域住民の協力者を無償ボランティアとし、支出を押さえた上で、わずかな自主事業収
入ないし行政からの補助金を基に事業展開することで持続を図る事例が多い。この場合、
運営側に労力的・金銭的な負担が大きいことから、改善に向けて自主事業の発展拡大が目
指され、行政に支援を求める例が多いものの、その実現は難しいのが現状である。
そうした中でも、田中区共援組織のように、組織の小ささを地元企業や大学、NPOとの連
携で補いながら、地元米のブランド化に取組んでいる事例もある。
(4)組織の自立運営と行政支援
活動開始時や活動の拡大時には、行政との連携が不可欠である。現在は、企業が中心に取組
を行う場合は活動のPRなどの支援、財団やNPOの活動では、相談(情報提供)や資料作成支
援などが行なわれているが、今後、人材育成や専門家及び連携主体の紹介などの支援を積極的
に行なっていくことが望ましい。
① 企業による活動
企業が活動する場合には、主に企業が CSR 等の観点から費用を負担し、協力する社員に
おいても自ら活動に対して楽しみを見出し自らが交通費等を負担している。このため行政
に対しては、特に財政的支援を求めることはなく自立的に事業が展開されていくが、当該
活動の PR 面での支援や共同による事業展開が求められている。
②
財団・NPOによる活動
行政に対して財政的な支援を求める声が大きい。特に市町村の財団においては支援が厳
しくなってきており、存続を危ぶむ例もみられた。
しかしながら現に行政には、相談に乗ってもらったり、資料の作成や場所の提供等を受
けるなど多様な支援を受けていることから、行政とは役割分担と協働の下で、活動の持続
に向けて取組んでいくことが望まれる。
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③
行政による専門家・連携主体の紹介
アンケート結果では、行政に求める支援に「資金の支援」が最も多いが、次いで「人材
育成」や「新たな活動の企画立案」があげられており、取組団体だけでは人材の確保・育
成や新たな活動の企画は難しいことを示している。現状では、行政が企画立案のアドバイ
ザーやコーディネーターなどの専門家の紹介・派遣や連携主体の紹介を行っている事例は
多くないが、今後の行政が行うべき支援として人材育成や専門家及び連携主体の紹介など
を積極的に行っていく必要があると考える。
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