はじめに 今 から18年 前 の1997年1月、私は設 立 間もない 離れているから 見えること ∼地方シンクタンクに重要な﹁地域を俯瞰する視点﹂∼ 第11回 共立総合研究所に入社しました。それまで10年勤めた 日本 長 期 信 用 銀 行では主に証 券 業 務を担 当し、調 査 業務の経験はありません。 シンクタンク研究員として全く ゼロからのスタートでした。 名古屋市生まれの私は、大学も前職の初任地も名古 屋でしたから、生まれて24年 間 ずっと名 古 屋で暮らし てきました(厳密には中学以降は尾張旭市です)。東海 地 方の経 済の中心は名 古 屋ですし、地 縁 血 縁も名 古 屋やその周 辺にありましたので、学 生 時 代の友 人や前 職の同 僚は「なんで名 古 屋じゃなくてわざわざ 岐 阜の 会社で働くのか」 と言われたものでした。 当 社に入 社したのは、ちょっとした 偶 然 がきっかけ だったのですが、 シンクタンク研究員という今のキャリア を岐 阜 県でスタートさせたのは、私にとって本 当に良 かったと思っています。それは、東海経済を名古屋とい う 「中心」ではなく、少し離れた場所から見ることができ たからです。 “名古屋タコ”の危険 ところで、皆さんは「東京タコツボ論」という言葉を覚 えていらっしゃるでしょうか。岐 阜 県 民の方であれば記 憶されている方もいらっしゃるかもしれません。 1997年 12月、当時の岐 阜 県の梶 原 知 事が、東 京で行われた ある会 議の場で、東 京の一 部の議 員や 有 識 者のこと を、東京に住んで地方のことを知らない「東京というタコ ツボに住む “ 東 京タコ”」と呼んで批 判しました。これが 「 東 京タコツボ論 」です 。この発 言に東 京 都や都 議 会 は猛 反 発 。対 する梶 原 前 知 事も持 論を譲らず、 「岐阜 vs東 京 」でちょっとしたバトルに発 展しました。ちょうど 私が当社 へ 入 社した年に起きたことで、今でもよく覚え ています。 43 「タコツボ」というのはやや刺 激 的な表 現でしたが、 図表1 人口・小売業・製造業の東海三県内でのシェア 前 知 事 が 訴えたかったことには私も大いに共 感しまし た。私の前職は首都圏出身者が多かったのですが、一 名古屋市 愛知県 (名古屋以外) 岐阜県 三重県 人口 緒に働 いていて、ロンドンやニューヨークのことはよく 知っているのに日本の地 方については意 外なほど知ら ないと思うことがしばしばありました。 またテレビなどのマ 183万人 16% スメディアも東 京目線の報 道ばかり目立ち、 しょっちゅう 違和感を覚えたものでした。 227万人 20% 205万人 18% 517万人 46% しかし、今になって振り返りますと、かく言う私も、かつ ては名 古 屋 以 外をろくに知らない“ 名 古 屋タコ” だった ように思います。 地方シンクタンクである当社は、広く東海地方の経済 小売業 を主な調 査 対 象としています。東 海 経 済を調 査する上 (年間小売販売額) で名 古 屋について知っておくことはとても重 要です。 し かしながら、名古屋のことだけがわかっても東海経済全 1.6兆円 16% 体のことは理解できません。東海三県の人口1,133万 人のうち、名古屋市民は20%の227万人に過ぎません。 残りの約900万 人は名 古 屋 市 以 外に住んでいます 。 2.7兆円 27% 1.7兆円 17% 4.0兆円 40% 東海三県における名古屋市のシェアは、小売業で27%、 製造業ではわずかの6%です(図表1)。確かに名古屋 は東 海 地 方の中心ですが、東 海 地 方の経 済に大きな 影響を与えるのは、名古屋以外に住む人や名古屋以外 の企業の経済活動なのです。 製造業 (製造品出荷額等) 離れているから見えること 私は、職 住の場が岐 阜 県になったことで、以 前に比 べて名 古 屋や東 海 地 方のことを客 観 的に見られるよう になりました。 18年に亘る調 査 業 務の経 験の中でこの ことが大きく役 立ったのが、名 駅にジェイアール名 古 屋 10.1兆円 18% 3.4兆円 6% 5.0兆円 9% 36.6兆円 66% タカシマヤ( 以 下タカシマヤ)が誕 生した2 0 0 0 年より前 に、今日の名 駅の発 展と栄の地 盤 沈 下を予 想したこと です 。 タカシマヤが開 業した時、名 古 屋 市 内では約 半 世 紀ぶりの大 型 百 貨 店の誕 生だったにもかかわらず、 名古屋市民の反応は意外なほど冷めていました。栄の (注) 四捨五入の関係で合計が100%にならないことがある。 出所:総務省「推計人口」、 「経済センサス」、経済産業省「工業統計表」 をもとに 共立総合研究所にて作成 44 離れているから見えること ∼地方シンクタンクに重要な「地域を俯瞰する視点」∼ 百貨店関係者も、少なくとも表面上は「名駅と栄では商 ついての調査レポートを書き、名古屋の記者クラブで内 業 地としての歴 史も格も違うので恐れるに足らない」と 容を発 表をしますと、意 地の悪い記 者から、 「 岐 阜のよ 強 気の見 方 が 大 勢でした。私 が「 栄の地 盤 沈 下の危 うな田 舎 の 会 社にいて名 古 屋 の 何 がわかるのか 」と 機」を訴えても、ほとんど耳を貸す人はいませんでした。 いった皮肉をいわれることがありました。私は気が弱い ので言い返したりはしませんでしたが、 この仕事を18年 私も名 古 屋に住み、名 古 屋で調 査の仕 事に就いて 続けてきて、岐 阜という離れた場 所にいたからこそ、名 いたとすれば、おそらく多くの名古屋市民と同じように栄 古屋や東海地方のことが一層深く、客観的に理解でき が名駅に負けるはずがないと考えただろうと思います。 たと確信しています。 栄と名 駅について私 の 見 方を決 定 的に変えたのが 、 これと同じように、東京や日本全体のことも、東京から 岐阜県を職住の場としたことで身についた「地域を俯瞰 離れた場 所 、すなわち地 方 からの方 がよく見えるので する視点」です。 はないでしょうか。 シンクタンクの仕事も東京に一極集中 していますが、東京や日本を一歩引いたところから俯瞰 名 古 屋 市の商 圏 人口はおよそ900万 人といわれて できる地 方シンクタンクには、自分たちが考える以 上に います 。このうち600万 人は、愛 知 県の尾 張 北 部から 重要な役割があるはずだと思います。 西 部にかけてと岐 阜 県や三 重 県など、栄よりも名 駅に 行く方が便利なエリアに住んでいます。一方、栄が便利 なエリアに住むのは、名古屋市内の大半と尾張東部な どの200万 人ほどに過ぎません( 残る100万 人はJ R 中央線沿線など名駅も栄も便利さが変わらないエリアの 住 人 )。名 駅にタカシマヤができる前は、栄の買い物 客 の中には岐阜や一宮、津島、大府など名古屋近郊の名 駅に便 利なエリアから来た人たちが多くいました。 この 人 達は名 駅の商 業 機 能が 充実すれば、わざわざ往復 の地下鉄代を払ってまで栄に行かずに済みます。 「栄に 行くのは面倒だしお金も時間ももったいない」 という感覚 がわからないと、 タカシマヤ開業後の栄の地盤沈下は理 解できません。ただ、職住が名古屋で完結している人に は名古屋の外のことは視界に入りませんから、栄という 街が、名駅が便利な「600万人」の存在に大きく支えら れていることを実 感できないのです 。結 果として、栄は 名駅に対して本格的な対抗策を打ち出せず、今日まで 少しずつ名古屋の中心としての力を落としてしまいました。 東京や日本を俯瞰できることが 地方シンクタンクの強み 最 近はなくなりましたが、今から十 数 年 前、 まだ当社 の名が世の中に知られていなかった頃、私が名古屋に 45
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