レジュメ1(陸上運送)

4.
陸上運送(日本商法)
4.1.
陸上運送法の現状
商法典の陸上運送(湖川・港湾における運送を含む:商法 569 条)に関する規定は、明治
32 年商法制定後、改正がなされておらず、平成 17 年改正後の現在もカタカナで書かれてい
る状態であり、現代語化すらされていない。いわば、後回しにされた分野である。また、規
定も国際海上物品運送法やモントリオール条約と比べると不十分で、必要な事項の一部し
か規定していないし、使われない規定もある(たとえば、571 条以降の貨物引換証は、使わ
れることはほとんどないと思われる。もっとも、国際海上物品運送法による準用や、理論的
な意味はあるが)。
このような状況にある運送法は、現在、法制審議会商法(運送・海商関係)部会において
改正の審議がなされている32。
また、各種の業規制や標準約款の存在により、運送手段毎の規律に分かれているのが現状
である。
そこで、この授業では、商法典を講義しても仕方がないと割り切って、国際海上物品運送
法・モントリオール条約と比較して押さえておくべきポイントのみ説明したうえで、後は判
例のあるところを説明することとする。
4.2.
契約の成立から運送品の受取
陸上物品運送契約もまた、諾成・不要式である。
4.3.
貨物引換証と運送状
陸上運送において、国際海上物品運送法の船荷証券に相当する有価証券を、貨物引換証
(かぶつひきかえしょう)という。
化物引換証については、571 条~575 条が規定している。通常は発行されない。
貨物引換証が発行されない結果、運送契約において運送品を受け取るべき者は、契約上荷
受人と指定された者、ということになる。
4.4.
荷受人への運送品の引渡し
貨物引換証が発行されている場合、これと引換えでなければ運送品の引渡しがなされな
いのは、船荷証券の場合と同じである。
ここで、荷受人の法的地位について説明をしておこう。
http://www.moj.go.jp/shingi1/shingikai_syoho.html。
債権法と違い、それほど揉めないのではないかと思うが、審議が進むまで先が見通せな
いと思われるので、この授業でのフォローは断念した。
なお、この審議会に先立って提案された運送法制研究会の報告書は、
http://www.shojihomu.or.jp/unsohosei/unsohosei.pdf より見ることができる。
研究者、日本通運の各部門の役職者、貿易関係、損害保険会社、鉄道会社、船会社、航
空会社、官庁など、利害関係人が集まり、事前に論点を詰めて法制審議会のたたき台を作
成し、そこから議論を深めていくというのは法改正の際によく見られた手法であり、大き
く揉めるような問題の芽は予め摘んでおくとともに、利害関係者の意見を反映させる(特
に実務的なところは実務家の意見を聞かないと誰も気づかない)ということが窺われる。
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荷受人は、運送契約の当事者ではなく、受益者であるが、運送の進行に従って、運送人に
対して一定の権利を得、義務を負うことになる。
①
運送中(目的地到達前)
上記の通り、荷受人は契約当事者でもなく、運送品に対する権利はない。この段階で運送
品の処分権を有するのは、契約当事者である荷送人であるし、運送中に運送品が全部滅失し
た場合の運送人に対する債務不履行に基づく損害賠償請求権も荷送人に帰属する。
②
目的地到達後引渡し前
荷受人は、運送契約によって生じた荷送人の権利を取得する(583 条 1 項)。また、未払
いの運送賃その他費用がある場合、荷受人もこれを支払う義務を負う(583 条 2 項)。
この段階で、運送人に対して運送人に対して、運送品の引渡しを求めたり、その他の指図
をすることができる(582 条 1 項)
。この段階では、荷送人の権利はまだ消滅しておらず、
荷受人が運送品の引渡しを請求するまでは(582 条 2 項)両者の権利が併存し、かつ、荷送
人の権利が荷受人の権利に優先する。
③
引渡し請求後
荷受人が引渡しを受けることで、荷送人の権利義務を確定的に取得し、荷送人の権利は消
滅する(582 条 2 項)。この段階で、運送品が滅失していた場合、損害賠償請求権者は荷受
人である。
4.5.
運送人の責任
運送人の責任原因は 577 条にあり、運送人・使用人が運送品の受取・引渡し・保管・運送
に関して注意を怠らなかったことを証明しない限り、滅失・毀損・延着について責任を負う。
損害賠償額は定型化されている(580 条)。
また、陸上運送でも、高価品免責が規定されている(578 条)。この高価品免責の規定に
ついては、紛争が多い。高価品免責の趣旨については、国際海上物品運送法で述べたところ
を参照。なお、高価品とは、容量又は重量の割に著しく高価な物品をいう。
陸上運送の種類によっては、高価品免責を採用せず(あるいはそれとともに)
、責任制限
条項を設けている例がある(宅配便約款)。この責任制限条項は、判例によると、高価品免
責の特則である。
また、商法典には、国際海上物品運送法 20 条の 2 に相当する規定はなく、仮に荷送人・
荷受人が不法行為責任を追及した場合どうなるかの明文規定がない。そこで、このような場
合に、運送人が不法行為責任を負うか、負うとしてその金額がどうなるか(責任制限条項が
ある場合。高価品免責なら免責されるかという問題になる)、という問題が伝統的に議論さ
れてきた。いわゆる請求権競合の問題である。
以下の事例を考えてみよう。
【設例1】荷送人 A は、自己の所有物である軽量な木彫りの熊(価値 50 万円)を、内容
と価額を正しく申告せず、運送人 B に、荷受人 C に運送するよう依頼した。B の約款によ
ると、B は、運送品の価額が 30 万円を超えている場合であっても、30 万円を損害賠償額の
上限とする旨を定めていた。
B が運送中に木彫りの熊を紛失したため、A は B に不法行為に基づき損害賠償を請求し
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た。A の請求は認められるか?認められるとして、賠償額はいくらか?
【設例2】荷送人 A は、友人 D の所有物である将棋の駒(価値 120 万円)の修理を C に
委託するため、内容と価額を正しく申告せず、運送人 B に、荷受人 C に運送するよう依頼
した。B の約款によると、B は、運送品の価額が 30 万円を超えている場合であっても、30
万円を損害賠償額の上限とする旨を定めていた。
B が運送中に将棋の駒を紛失したため、A は、D に 120 万円を支払ったうえで、A は B
に不法行為に基づき損害賠償を請求した。A の請求は認められるか?認められるとして、賠
償額はいくらか?
【設例3】
C は、A から C 所有の宝飾品(価値 2,000 万円)の修理を引き受け、修理を
終えた C は、A に対し、B の宅配便を使ってこれを送り返すこととした。荷送人 C は、内
容と価額を正しく申告せず、運送人 B に、荷受人 A に運送するよう依頼したものである。
B の約款によると、B は、運送品の価額が 30 万円を超えている場合であっても、30 万円を
損害賠償額の上限とする旨を定めていた。また、常日頃、AC は高価品を、B の宅配便を使
ってやりとりしていた。
B が運送中に宝飾品を紛失したため、A は B に不法行為に基づき損害賠償を請求した。
A の請求は認められるか?認められるとして、賠償額はいくらか?
上記【設例1】
【設例2】
【設例3】で最初に考える必要があるのは、この事例で不法行為
責任も成立するのか、それとも債務不履行責任しか成立しないのかという、いわゆる請求権
競合の問題である。
伝統的な最高裁判決は、債務不履行責任と不法行為責任は、要件・効果を異にすることか
ら、両責任の成立を認める。通説も、責任の成立を認める点においては、違いはない33。
次に、両責任が成立するとして、不法行為責任の内容はどうなるか。国際海上物品運送法
20 条の 2 やモントリオール条約 29 条のように、条約(を前提とした契約関係)の規律を不
法行為責任にも及ぼす明文規定のない日本法のもとで、不法行為責任が、債務不履行責任と
同内容になるか(運送人 B が責任制限や高価品免責の抗弁を提出できるか)が問題となる。
伝統的な判例は、要件・効果が別であることから、これを否定していた。他方、少なくと
も商法の学説は(おそらく民法も)
、契約による当事者間の利害調整を不法行為責任にも及
ぼすべきことは、むしろ当然と考えていたと思われる。
では、その実定法上の根拠はどうなるか?という問題について、
【Ⅲ―21 判決】は、宅配
便の特徴(多数の運送品を低廉な運賃で運ぶ)と責任制限約款の合理性、運送人に故意・重
過失がある場合に全額賠償を認める約款規定の合理性(荷送人に不当な不利益をもたらす
わけではない)から、当事者の意思として不法行為責任にも制限を及ぼすことを認めている。
従って、A が B の不法行為責任を追及した場合、不法行為責任は成立するが、その金額は、
損害額 50 万円ではなく、責任限度額の 30 万円となる。
【設例1】においては、荷送人が損
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異なる立場を採るのは、両責任を一体化して考える法条競合説と呼ばれるものである。
訴訟物の理解を含め、興味のある人は、四宮和夫『請求権競合論』(有斐閣、1978)を。
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害賠償を請求しているのであり、以上で話は終わりである。
【設例2】においては、さらに問題がある。それは、損害賠償を請求しているのが荷送人
である A であるが、A に損害は発生しているのかという問題である。将棋の駒の所有権者
は D であるから、損害は D にある。では、A が損害賠償を請求する根拠は何であろうか?
この事例において、契約関係は AB 間にあり、将棋の駒の損害は D にある。B に対して
責任追及を考えるとき、債務不履行責任の追及ができるのは A であり、不法行為責任の追
及ができるのは D である。また、D との関係で考えると、将棋の駒の修理(請負契約)の
債務不履行責任を負うのは A であり、紛失の不法行為責任を負うのは B である。このよう
な場合において、A は、D に対して損害賠償の全額を支払ったならば、A は、D が有してい
た不法行為に基づく損害賠償請求権に代位するため、B に対して不法行為責任の追及が可
能である(民法 422 条)。このとき、A が行使しているのは、D の有していた請求権であり、
A の契約によっても、他人 D の不法行為請求権を勝手に制限することはできない。ところ
が、運送品が、A の所有物であったか D の所有物であったかによって結論が異なるとする
と、運送契約の当事者の合理的意思(特に運送人 B の意思)からは不自然であろう。この
ような理由から、
【Ⅲ―21 判決】は、信義則という、A に属人的な法律構成から、A が行使
する限りで、D が有していた不法行為に基づく損害賠償請求権であったとしても、制限でき
る、と判断したのだと思われる34。
ところが、さらに【Ⅲ―21 判決】は複雑である。
【設例1】と【設例3】を比べれば分か
るように、【設例3】において、不法行為責任を追及しているのは、問題となった運送契約
においては荷受人であった A であり、かつ、荷物は A のもとに到着していない。従って、
荷受人は、不法行為責任の制限に合意する立場でもないし、荷送人の権利を取得しているわ
けでもない。このような A に対して責任制限を及ぼせるのかが問題となる。
この点について、
【Ⅲ―21 判決】は、荷受人が、単に目的物が宅配便によって運送される
ことを認識していたにとどまらず、荷送人が宅配便を利用することを容認していた、という
事情を、信義則による解決の根拠としている。契約の拘束力は、あくまで当事者間のもので
あるから、原則として、契約当事者ではない荷受人が責任制限の合意を及ぼされる理由はな
い(荷送人の権利を取得した場合はそれでよいが、自己の所有物を運送されるとき、壊され
ても文句を言わない、ということは通常は考えられない)
。しかし、責任制限が広く知られ
た宅配便という手段で運送することまで認容し、安い運賃という利益を享受した(通常は、
高価品は割増運賃を支払うなり専用業者に宅配を委託するはずである)というときには、利
益を享受しているのだから、損害が発生した場合に手のひらを返してはいけない、というこ
とである。この理由からは、運送とは無関係な赤の他人の物を運んでいたような場合、当該
赤の他人との関係で、運送人は責任制限を主張できないため、全額賠償した上、荷送人に求
償することになろう。
【Ⅲ―21 判決】は、以上の論点を全て含んだ事例である。
関連して、
【Ⅲ―24 判決】を見ておこう。
【Ⅲ―21 判決】においては、原審で、運送人に
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以上は、榊の理解である。このほかに、複雑になる求償関係を一気に解決するためとい
う見解、禁反言によるという見解など、この問題においては、多様な立場から、最高裁判
決の説明が試みられている。興味のある人は、評釈を探してみよう。
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故意・重過失がないことが認定されていたおり、宅配便約款には運送人の故意・重過失があ
る場合には責任制限を適用しない旨の条項がある事案であった。
【Ⅲ―24 判決】は、ホテル
の事案(場屋の事案であるが、責任制限約款との関係ではその違いはさしあたり無視して良
い)であり、責任制限条項が置かれていたが、場屋営業主に故意・重過失があった場合の規
定がなく、かつ、原審で重過失の有無が認定されていない事案である。
この事例において、最高裁は、ホテル側に故意・重過失がある場合に責任制限をすること
は、著しく衡平を害すことから、ホテル側に故意・重過失がある場合には、責任制限条項の
適用はない旨を判示し、原審に差し戻した。責任制限条項の合理性を肯定する一つの理由が、
運送人の軽過失に限っているという点にあるのである。
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