Title 低速領域の重イオン線型加速器における加速と集束 - HERMES-IR

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低速領域の重イオン線型加速器における加速と集束
上田, 望
一橋論叢, 110(3): 361-377
1993-09-01
Departmental Bulletin Paper
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URL
http://hdl.handle.net/10086/10911
Right
Hitotsubashi University Repository
(19)
低速領域の重イオン線型加速器における加速と集束
上 田
1 はじめに
粒子加速器は電子・陽子などの荷電粒子を加速し,ターゲヅトの原子核・
素粒子にぶつけ,壊したり新しい素粒子をつくることにより自然の究極の物
質と法則を探るのに用いられている.また,原子核・素粒子以外の科学分野,
医学,産業においても用いられるようになり,それぞれの専用加速器が造ら
れるまでになった.どのタイプの加速器においても粒子群は加速中に縦横に
ひろがろうとする.その原因は個々の粒子の速度のぱらつき,同符号の電荷
をもつ粒子問の反発,装置の機械加工・据え付けの誤差,高周波加速に必然
的な横方向発散などである.装置内は高真空に保たれるがそれでも加速粒子
は残留気体分子との衝突によって加速軌道からそらされる.発散を放置すれ
ば粒子群は装置の側壁にぷつかり失われ,装置を傷め,不必要な放射能を造
る.最後まで効率よく加速するためには粒子群の発散をおさえ集束させるこ
とが不可欠である.これは飛行距離の長いシンクロトロンなどの円型加速器
では特に重要である.線型加速器(LinearAccelerator:Linacと略)は文字
どおり直線状で,粒子の飛行距離はシンク回トロンに比べはるかに短い.し
かしながら,粒子の速度が低いためにその集束には特有な難しさがある.特
に重イオン(原子量の大きな元素のイオン)の場合に薯しい.筆者が研究・
開発に携わった低速重イ才ン線型加速器を例にとって加速と集束についての
べたい.
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(20〕
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2加速器における慣用的な単位・用語・概念
加速器で用いる単位・用語・概念には耳なれないものが少なくない.原子
核・素粒子,そこまでいかなくとも原子・分子などミクロの世界の物理量は
日常経験する値とは甚だしくかけ離れている.日常のエネノレギー単位はジュ
ーノレ,あるいは力ロリーであるがミクロの世界では大きすぎるので,電子ボ
ノレト(記号eV)の単位を用いる.1個の電子,あるいは陽子が1ボノレトの電
位差(電圧)で受けるエネノレギーが1電子ボルトと定義される.1eVは1カ
ロリーの1兆分の1のさらに3千万分の1である.
電子,陽子などの質量はごく小さいため,原子質量単位(記号u)を用い
る.1uの質量を舳とすると閉。は1.66×10■27kg,すなわち1グラムの1
兆分の1のさらに6千億分の1である.陽子の質量はこの単位ではほぼ1,
電子は約2千分の1である.たとえぱ,1枚の1円玉には3000億×1兆個の
陽子とほぽ同数の中性子(陽子と等しい質量をもち中性,すなわち電荷がゼ
ロの素粒子)がふくまれるほどである.相対性理論により静止した状態でも
物質は〃。C2の質量エネルギーをもつ.ここで〃。は静止質量である.質量
エネノレギーを電子ボノレトで表すと,電子は511keV,陽子は938MeVの質量
エネノレギーをもつ.k(キロ)は千,M(メガ)は百万を表す.
電子・陽子など素粒子の質量がきわめて小さいため,日常的な電圧で加速
された粒子の速度は我々が通常経験する速度とはかけ離れている.加速器の
分野では粒子の速度〃をそのまま表示することは少なく,光速cとの比β二
〃/oで表すのが普通である.たとえば,荷電粒子の中でもっとも質量の小さ
い電子を例にとると,カラーTVの中で2万ボノレト前後で加速されるが,速
度は光速の30%,.すなわちβ=O.3に達している.
よく知られているようにいかなる物質も光の速度(c=3×1O日m/s)を超え
る二とはできない.また運動する物体の質量は次の式のように増大すること
が相対性理論から導かれる.
〃=〃。/肩.
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低速領域の重イオン線型加遼器における加速と集束
(21)
粒子の速度が光速に近ずくといくらエネルギーを与えても速度の増加はもは
や僅かで大部分は質量の増加に費やされる.今日の犬型加速器はむしろ加重
器と呼ぶべきものなのである.
加速器では,進行方向を縦方向として2軸,それに直角な方向を横方向ち
縦方向としてエ,σ軸と座標軸を定めることが普通である.多くの場合,粒
子の横方向の広がりは進行方向の大きさのスケーノレに比べてはるかに小さい
ので粒子の流れを粒子束(ビーム)とよぶ.交流加速器の揚合には変化する
電圧の一部でしか加速されないことに対応して縦方向にとぎれている.この
ことに着目するときは粒子群をバンチとよぷ.粒子の速度は一様でなく広が
りをもつ.また横方向に空間的な広がりぱかりでなく速度のひろがりをもつ.
粒子群のもつ空間,速度のひろがりを表す量をエミヅタンスとよぶ.もちろ
んエミッタンスの小さいほどよい.
3 高周波加速器
荷電粒子を加速するには直流電場,交流電場のいずれも用いられる.最犬
電圧は絶縁物や周囲の気体の放電による絶縁破壌により制限され,直流電場
では大気中で100万ボノレト以下,高圧にした6フッ化硫黄という特殊なガス
中でも2千万ボルト以下である.真空中では注意深く清浄に保たれた滑らか
な表面をもつ金属電極の場合には大気中の数倍,10kV/mm以上の電場をか
けれことも可能である.直流電場を用いるものをr静電型加速器」と呼ぷ.
1OO万ボルト以下のコッククロフト・ウォルトン型のものは次にのべる高周
波加速器の予備加速などに用いられる.バンデグラフ型はそのエネルギーの
安定性がきわめてよいこと,エネルギー変更がたやすいことを利用して精密
な原子核実験に用いられている.
より高いエネノレギーをめざす加速器では交流電場中を粒子に多数回通遇さ
せることで高いエネノレギーを与えている.周波数の高い交流電場を高周波
(RF)電場とよぶ.線型加速器では多数の円筒形の加速電極を直線状に配置
しその中を粒子に通過させる.それぞれの加速電極を一回しか用いないため
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にエネノレギーに比し建設費が高く,電力効率も落ちる.しかし直線状である
ためビーム取り出しが容易で大電流ビームの加速に向いている.
荷電粒子が磁場中を飛行するとき進行方向と磁場の双方に直角な力(ロー
レンツカ)を受けて円運動をする.電流におよぼす磁場の力の方向に関する
「フレミングの左手の法則」を思い出していただきたい.親指が力,人差し指
が磁場,中指が電流の方向である.今の場合正電荷粒子の進行方向が電流の
方向である.このときの軌道半径沢は粒子の速度を砂,電荷を素電荷2を
単位としてσθ,〃をu(質量刎・)を単位とする粒子の質量,磁束密度を月
とすると,次の式で与えられる.
R=〃〃。o伽B
円型加速器では,この性質を利用して粒子に円軌道を描かせ,繰り返し加速
部分を通過させてエネノレギーを与えている.一様磁場中を飛行するとき,1
周に要する時間τは上の式から
=1『=2π沢ん=2π〃刎o/σθB.
すなわちτは粒子の速度によらない.この原理を用いるサイクロトロンで
は,円型電磁石の中心付近から粒子を加速し始め,粒子の速度が高くなるに
つれて半径は増大して行くが使用する高周波の周波数は一定でよい(サイク
ロトロンの原理).1930年代から40年代にかけて,次々とサイクロトロンが
造られその電磁石重量は3千トンに達した.ところが前に述べたように相対
論的効果により速度が増加すると質量が増大するため回転周期が僅かながら
長くなってくる.
これを避けるため,また巨犬化する電磁石のコストを下げるためにシンク
ロトロンが考案された.シノクロトロ/では粒子を他の加速器 静電加速器
や線型加速器一でβ=O.1程度まで予備加速し,中心部を省いたリング状の
電磁石の間を走らせる.加速の過程で速度が増加するにあわせて,磁場を強
くして軌道半径を一定に保つ.また周回時間が短くなるのに合わせて高周波
電場の周波数を上げていく.シンクロトロンの発明により原理的にはエネノレ
ギーの上限はなくなった.
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低速領域の重イオン線型加速器における加速と集東
{23〕
図1.ヴィデレ型線型加速器.加速ギ十ツプの問の矢印は電場の方同を示す、
十
÷
÷ 一…一
L rβλ/2
円型加速器は電磁石,高周波加速部分を繰り返し用いるので効率は高い.
しかし粒子束(ビーム)を円型軌道から取り出すときの技術上の制限から大
電流のビームを引き出すのは難しい.また最終エネノレギーに達するまでの飛
行距離は小型のサイクロトロンで数十m,犬型のシンクロトロンでは数百万
kmに達する.
4 高周波加速にともなう横方向発散
4.1 同期条件
高周波を用いる加速器では,安定に粒子を加速しようとすると,横方向に
は必然的に粒子群が発散するという厄介な事情がある.イオン線型加速器を
例にとって説明しよう.
イオン線型加速器は大別してアノレバレ型,ヴィデレ型がある.いずれの名
も考案老の名による.低速ではヴィデレ型,高速ではアルバレ型が採用され
る.わかりやすいヴィデレ型を例にとろう.平行導線の両側から交互に円筒
形の電極がでているものを想像してほしい(図1).この電極は多くの場合銅
で造られ中心には粒子の通過する穴がある.
この電極はドリフトチューブと呼ぱれる.平行導線に交流電圧をかけると
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き隣合うドリフトチューブの電位は交互に十一となる.したがってドリフト
チューブの問の空間,r加速ギャヅプ」には進行方向の電場成分が生ずる.進
行方向に向かって(十)→(一)の電場がかかっている加速ギャップでは正電
荷を持ったものは進行方向の力をうけ加速される.このとき次の加速ギャッ
プでは減速方向の電圧がかかっている.ドリフトチューブ中では電位勾配が
存在しないので力を受けずに進む(d㎡tする).これがドリフトチューブの
名の由来である.ドリフトチューフの中を進行している間に交流電場が変化
し,次のギャップにさしかかったとき交流電場が逆転していれぱ再ぴ加速さ
れる.これをくりかえして次々と加速されるためには,隣合う加速ギャップ
の中心間距離の長さ「加速セノレ長さ」工。,粒子の速度〃,交流の周波数!の
間には次の関係が必要である.すなわちL。=〃/2!.ここで,β=砂/o,波長λ
二c〃の関係を用いると,L。=β〃2.粒子はギャヅプで加速されるごとに量
度が増加するのであるから,セル長さは同期条件を満たすように次第に長く
する必要がある.
ギャヅプ問に現れる電場は時間とともに正弦波状に周期的に変化する.す
なわち,
11= %・cos(ω’十φ)
ここで,%はピーク電圧,ωは角周波数=2ガ,φは位相である.粒子群の
縦方向の中心にいる粒子を基準粒子としよう.基準粒子がギャヅプ中心に来
たときの時間をオ=0とし,そのときの位相をφ、とすれば,基準粒子が得る
エネルギーは
閉1=0θ%・COSφ畠
ここでσはイオンの電荷数である.同じ電場でもイオンの電荷数が夫きけ
ればもらうエネノレギーは犬きい.
4.2縦方向安定性
安定に加速を続けるには同期条件だけでは不十分である.φ。=0の場合を
考えよう.つまり基準粒子が高周波電場のピーク電場で加速される場合であ
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低速領域の重イオン線型加速器における加速と集東
(25)
る.粒子群の先頭にある粒子は電圧がビークになる前の電場により加速され
るので得るエネノレギーは基準粒子より小さい.また,後尾の粒子は電場がピ
ークから下がったところで加速されるのでやはり得るエネノレギーは小さい.
これが繰り返されると粒子群の大部分は基準粒子より遅れ,ついには減速電
場に遭遇してますます速度差が広がる.しかしφ岳を一90。とO。の間,すな
.わち電場が増加しつつあるときに同期位相を選べぱ,先頭の粒子は基準粒子
の得るエネノレギーに比べ低いエネノレギーを受け,後尾の粒子は基準粒子より
高いエネノレギーを受ける.したがって粒子速度は基準粒子の速度を中心にし
て振動する.粒子のエネノレギーに一定の幅は生ずるが犬部分の粒子は連続的
に加速電場を受ける.これを縦方向安定性(1㎝gitudinal stability),この進
行方向の振動を縦方向振動(1ongitudinal oscillation)と呼ぷ.あるいは位
相安定性(phase stability),位相振動(phase oscillation)とよぶ.また,
最初に適用された加速器のタイプからシンクロトロン(synchrotron一)の
名をつけて呼ぱれることも多い.
4.3横方向発散
加速ギャップの間では進行方向ぱかりでなくそれと直角な力をうける.中
心軸上では電気力線は軸に平行であるが,中心軸から離れたところで電気力
線は曲がり横方向の電場成分をもつ.粒子はギャップの前半では内向きの力
を受け,ギャヅプの後半では外向きの力を受ける(図2).位相安定性を保つ
ときには後半で受ける力が犬きくなるため差引き外向きの力を受けることに
なる.したがって,粒子群は横方向に発散する.
加速ギャヅプを通過する間に受ける横方向の力の平均は次のようになる1
F=一ρθ%・Sinφs・γ.
力は中心軌道からの距離7に比例して大きくなる.また,φ畠〉0,すなわち
縦方向安定性を求めなけれぱ横方向には発散力を受けない.
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図2.加速ギャ■ソプ闇の電気カ線(上)と高周波電場の時間変化(下)
瓦
凪
=二⊃ 凪
見
φ。
5横方向安定性
この発散に対抗するために粒子群に横方向の力を別な方法で加え集束させ
ている.磁場によるものと電場によるものがある.
5.1磁場による集束
前に述べたように荷電粒子は磁場中を飛行するときに磁場と進行方向の双
方に直角な力を受ける.粒子の軌道をとりまいて図3のようにNSNSと4
つの磁極を配置する磁石r四重極磁石」(Quadrupole Magnet Qマグネヅト
と略)を考えよう(図3).このQマグネットのつくる磁場は中心軌道からの
距離に比例して強くなる.プラスの電荷をもつ粒子は図3の上下方向では中
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低速領域の重イオン線型加速器における加速と集束
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図3.四重極電磁石(Qマグネット)の模式図.
心軌道から7だけ上にはなれているとき,下向きにσω(B/α)γの力を受け,
下にγずれているときは同じ夫きさの力を上向きに受ける.つまり中心軌
道から離れた粒子を中心軌道にもどす働きをする.ここでαは磁極の内接
円半径,Bは磁極表面における磁束密度である.ところが,左右方向では逆
に中心軌道から離れた粒子にはますます離れるような力を加える.上下方向
には集束,左右方向には発散させるのである.しかし,NSNSのQマグネ
ヅトと磁極の配列を90度回転させてSNSNに替えたQマグネヅトを粒子
が順次通過すると,結果的には強い集束作用を受ける.この集束法をr強集
束」あるいはr交番集束」という.凸レンズと凹レンズと交互に並べて光を
発散させずに導くのに似ているが,光学レンズが”軸とμ軸に同方向に集
束・発散の作用をするのに対して,Qマグネットは”,μ逆方向に作用する
点が異なる.1950代はじめ,この方法が発見されたことにより電磁石が大幅
に小型化され,コスト的に行き詰まっていたシンクロトロンなどの大型加速
器に新たな活路を開いた.
5.2電場による集束
軌道のまわりに4つの電極を配置し向牟い合う電極に同符号,隣合う電極
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には異符号の直流電圧を与えたものを組み合わせた静電四重極レンズによっ
ても荷電粒子を集束させることができる.また,4つの電極に高周波電圧を
かけることによっても交番集束作用を与えることができる.
5.3横方向の運動方程式
ここでは集束力と発散力が連続的に分布すると近似して解析的に見てみよ
う.離散的に存在する集東力と発散力を1集束周期を基本周期としてフーリ
エ分解してその第1項のみをとると,横方向の運動方程式はつぎのようにな
る1〕.ただし,時間まと進行方向の座標2の関係2=〃,セノレ長さL。=馴/2
を利用して,運動方程式に現れる時間に関する2階徴分をセル数ηの2階徴
分で置き換えてある.
∂2”ノ∂2η十(6』2sin2πη十△)”=O
ここで,”は粒子の横方向の位置,η=2μ,2は飛行距離,Lは集束周期で
L=1Vβλ,Wは加速モード,ρマグネットの配列による.ヴィデレ型でQマ
グネヅトの配列を”軸方向について集束(F)発散(D)一つずつ交互に配置
するときは〃=1である.また集束力を大きくとりたいときはFFDDのよ
うに配列するがその場合には〃二2となる.
βは光速6に対する粒子の速度.λは高周波の自由空問波長である.鉗,
△はそれぞれ,集束力,発散力の犬きさを表す無次元のバラメターで,磁気
集束を用いるドリフトチューブ型線型加速器では次のように定義される.
α2= (σ!〃)・(θ1…三λ2〃2βλ)/(刎ocγα)
△= (ρ!〃)・(πθEo7ソ1V2sinφ日)ノ(伽oc2γ3β)
λ= (8/π)π・sin(πノ〉4).
二こでE・は軸上の電場強度,λは磁極長がセノレ長にしめる率である.また,
〃,αはそれぞれイオンの質量数,荷電数,舳は原子質量単位で,刎。C2=
931.5Mevである.γは相対論的係数でγ=1/肩,φ畠は同期粒子がギ
ャップ中心を通過するときのRFの位相.ここでは空問電荷による発散力一
同符号荷電粒子問の反発一は小さいとして無視している.
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この徴分方程式はマシュー方程式と呼ばれ,物理数学でよく用いられるも
のである.仇2と△の組み合わせが△一θ皿2平面のある範囲内にあるとき,こ
の方程式の解は発散せず周期的な値をとる.第1安定領域は近似的に
2π2−2△>乱2>用
で表される領域である.この範囲にあるとき粒子は中心軸のまわりに横方向
振動(transverse oscmation)をする.この振動は最初に横方向振動が詳し
く研究された加速器のタイプの名をとってべ一タトロン(betatron)振動と
も呼ぱれる.
上の右側の不等式から集束力α2は△に対応するある値よりも大きいこと
が必要であることが導かれる.左側の不等式は重イオンの場合問題にならな
い.θ02を与える式の右辺の最初にg〃の項があるが重イオンでは陽子の値
1に比べて小さいので重イオンに対して十分な集束力を与えるためには強い
磁場勾配が必要である.たとえぱQマグネソトの内径2cm,磁極面の磁束
密度1T(テスラ)という値である.この値は容易に実現できるものではな
い.TV電波の周波数に近い1OO MHzを採用した場合,λ=3mであるから
β=O.O1のとき,L=15mmとなる.この長さでは上記のようなQマグネ
ットを実現するのは到底不可能なので,25MHzというような低い周波数を
採用し,ドリフトチューブをセノレ長の奇数倍にとる.数十万ボノレトの高周波
電場を発生させるためには電気的な共振を利用するが,共振構造は使用する
波長が犬きいほど犬きくなるので重イオン線型加速器の犬きさは直径1m
以上,長さ数十mと巨犬なものになる.また使用電力も数百kWから数千
kWという膨大なものである.また,50万ボノレトもの静電加速器で光速の数
%にまで予備加速する必要があるが,その静電加速器を収める都屋は放電防
止のために3階をぷちぬいたほどの天井高さが必要になる.
6高周波四重極(RFQ)線型加速器
低速領域の重イオン加速の困難さを大幅に減らすことになったのは新たに
登場した高周波四重極(Radio FrequencyQuadrupole:RFQと略)線型カロ
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図一.高周波四重極(RFQ)線型加速器の原理図.
上:電極の配置.下1電極の縦断面.aは電極先端の最小内接半径.mは電極の凹凸を表
すパラメタ「モジレーションコ.
β、イ
仁
。虫COSω1
2
Vo
一一COSωf
2
Vo
一一COsωf
2
〉o
・トーCOSω†
2
1c・βλ/2
kz;Oπ/2π
l l l
o1π mo
Z
速器である.図4に原理図をしめす.波型の先端をもつ4枚の電極を中心部
に僅かの隙間をおいて十字型に配置し,向かい合った電極には同符号の,と
なりあう電極には異符号の高周波電圧をかける.このような配置の電極が集
束作用をもつことは前に記した.・電極先端が波打っているため,横方向ばか
りでなく縦方向の電場が生ずる.4枚の電極の断面が対称であるときは軸上
372
低速領域刀重イオン線型加速器における加速と集東
(31)
図5.高周波四重極型加速器 ’T A L L’.
上:加速空胴の内部.十字型σ)4枚の電極の間0)狭い
部分で粒子は加速・集束される.ド:出射側からみた
装置全景.左斜め上から装置につながれている同軸管
を通して高周波電力が供給される.
チ
1
㌧
1
、
’
〆
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の電位はOである.せばまった方の電極対に十,はなれた方の電極対に一の
電圧がかかるときには軸上の電圧は十になる.逆であれぱ軸上の電位が一に
なることは容易に理解されるだろう.軸上に電位差が生じるので,波型の波
長ムと粒子の速度β,高周波波長λの間にドリフトチューブ型と類似の関
係βλ=Lがなりたつようにすれば粒子は加速される.つまり高周波のみで
加速と集束の両方が行われる.この方法は1970年代はじめ,旧ソ連のカプ
チンスキーらによって考案され,陽子の加速に成功した2〕.またアメリカの
ロスアラモス研究所で大電流重陽子の加速を狙ってプロトタイプが製作され,
陽子の加速に成功した(1980年)3,.
1970年代後半から重イオン加速器を開発中であった東大原子核研究所(核
研)の筆老らのグノレープはRFQが低速重イオンの加速にも適していると考
えた.Qマグネットを内蔵するドリフトチューブ型の場合には電流コイノレの
冷却や絶縁などの理由で構造上その加速セノレの長さを5cm以下にすること
はできない.しかしRFQの波型の電極であれば加速セノレの長さを5mm程
度と短くできる.これは速度の低い粒子でも加速できることを意味する.ま
たより波長の短い高周波を使えるため装置は小型になり加速の効率も上がる.
さらに電場による力は磁場による力と異なり速度に依存せず低速でも強い.
しかしながら重イオンであるための難しさもある.RFQの場合にも横方
向の運動方程式は,ドリフトチューブ型と同じ形をもつ.ただし集束力を表
すバラメタθ〕2,発散力を表す△は次のようになる.
a2:(σ〃)・(〃λ2)ノ(舳c2γκ。2)
△二(αノ〃)・(π2/2)・λθ%sinφ岳)/(閉皿o2γ3β2)
また1セノレで受けるエネルギーは次のようになる.
W=λσθ%COSφ日
二こで灼は4枚の電極の断面が4回対称になる位置での電極先端に内接
する円の半径である.またλ=(伽2+1)/(閉2+1),伽は電極の凹凸の程度
を表すバラメタである(図5).
閉=1のとき電極に凹凸はなくしたがって加遠されない.凹凸が大きくな
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低速領域の重イオン線型加速器における加速と集東
(33)
図6.直流入射粒子ピームの捕狸・加速効率の高周波電場依存性. 陽子を用いたテスト
結栗.横軸は電場強度任意スケール、縦軸は効率.入射粒子のエミッタンスが設計値より
大きいとき(A)は、設言十値に近い工…’タンスの場合(B)よりも効率が下がる.しか
し電場を強くしていくと築束力が強くなるので、エミ■’タンスの大きいピームも捕穫でき
ることがしめされている.
.5
100
1 1.5 2
十一ま一オー
/
誤
⊂
○
面
1E
oD 50
2
ε
.←
4.6kW
2
4 6 8 10
cQvi†y rf しeveし (orbi†.)
るにつれてλは1に近づく.
磁場集束と同じように重イオンの場合には,仇2を与える式の右辺の最初
にあるσ〃の値が陽子の場合の値1に比べ小さいので,横方向の安定性を
与えるには20kV/mm以上という非常に高い電場を必要とする.また”oは
1㎜鍍と小さ/しなけれぱならない.電極の波型の加工方法,llμm以
下が要求される電極の取付方法,放電限界を高めるための表面処理,高周波
電力の供給法とすべてが日本では経験のないことであった.
RFQとしてはソ連,アメリカについで3台目であり,重イオンに用いるの
は世界でもはじめてであった.
.375
(34〕
一橋論叢 第110巻 第3号
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表1.高周波四重極(RFQ)T^LLの要目・性能
加速イオンの電筒/質量数比
q/M = 1 − 1/7
運転周波数
100 M H z
入射エネルギー
8 k e V/核子
出射エネルギー
800 k ev■核子
入射速度/光速
β=O. O041
出射速度/光速
β=O.041
セル数
300
四璽極電極長さ
7− 25 m
加遼空胴直径(内径)
O. 58 m
電極特性内接半径
5. 4 m m
禦東力
θ二・一3.8
発散力
△ = 一〇、075
同期位相
φ冒 芒 一30 度
最大電極間雷圧
8 1 k V
最大電場強度
20.5 kV/mm
高周波電力
220 k W
まず,長さ1.5m,直径60cmのフ、ロトタイプ愛称rLITL」を製作し性能
評価テストを行った.結果は計算機シミュレーションとよく一致した4〕.こ
れに基づき長さ7.5mの実用器「TALL」を建設した(図5).その性能は期
待どおりであった5〕.
光速のO,4%の速度で入射した直流イオンビームの90%以上を捕獲し,長
さ7.5mの問に4%にまで加速することができた(図6).ドリフトチューブ
型では入射前に光速の数%にまで予備加速するために数十万Vの予備加速
が必要であるのに対して,その1/10の電圧の予備加速で十分である.また,
ドリフトチューブ型では捕獲効率は30%程度である.直流ビームを予め線
型加速器の高周波に合わせてバンチしておく装置「パンチャー」を使用して
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低遼領域の重イオン線型加速器における加速と集東
(35)
も60%を超えるのは容易でない.TALLの要目・性能を表1に示す.
7 おわりに
核研での成功の後,世界各国で重イオン線型加速器の初段にRFQを採用
するようになった.科学技術庁放射線医学研究所の医療用重イオン・シンク
ロトロンの入射用線型加速器が最近完成したが,その初段にはTALLの設
計がそのまま採用されている.
謝辞:東大核研におけるRFQの研究開発にあたり,指導鞭達してくださっ
た平尾泰男教授,溝淵明教授,片山武司助教授,ともに働いた中西哲也博士,
山田聰博±,新井重昭助教授,徳田登博士他多数の同僚諸兄に感謝します.
参考文献
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UC−28,Dec.1980.
2) I.M.Kapchinsky&V.A.Teplyakov,The Ion Linear Acce1erator
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English Trans1ation:UDC621,384.64,‘Nuc1ear Experiment and
Technics’,Plenum Corporation,NY,USA,ユ970.
3) K・R・Crandal1et a1・,’RF Quadrupo1e Beam Dyanamics Design
Studies’,Proc.1979Linear Accelerator Conf.,pp.1−12.
4) T−Nakanishi et a1.,IDesign,Construction and Operation of the RFQ
Linac LITL’Particle Accelerators,1987,Vo1.20,pp.183−209.
5) N.Ueda’Study on RFQ Linacs for Heavy Ions’,INS−T−500.ユ990.
(東京犬学原子核研究所研究報告)
(一橋大学教授)
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