第 9 章 資産除去債務の会計基準

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第
9章
資産除去債務の会計基準
9.1 資産の使用と有害物質の排出
企業が保有する資産の中には、その使用の際に、環境を汚染する有害物質を排出する
ものがあります。たとえば、工場による公害や土壌汚染、建物のアスベストや発電所に
よる放射性物質の蓄積などがあります。企業が行う経済活動の代償として生み出すこれ
らの 負の財 (bads、バッズ)は、一企業にとどまらず、社会全体に大きな影響をもたら
すものとなってきています。
企業が環境汚染を引き起こした場合には、それらの有害物質を取り除き、以前のよう
にも元通りにすることが求められます。それらの費用については、法令等の存在により、
資産を撤去する時に企業による負担が定められている場合があり、それらの支払い義務
は、個々の企業にとって将来に経済的資源を引き渡す義務となり、負債の定義を満たす
ことになります。企業が負うそれらの義務のうち、特に、企業が使用している資産の除
去のためにかかる将来の支出に関する義務のことを資産除去債務(asset retirement
obligation、ARO)と呼びます。
9.2 資産除去債務の会計基準
資産除去債務は、2008 年公表の「資産除去債務に関する会計基準」によって、2011 年
3 月期の決算から新たに計上が求められるようになった負債です。従来の会計では、資産
の除去時に必要となる有害物質の処理費用は、支出時に一括して費用計上するか、費用
平準化のために将来に予測される支出の一部を引当金方式で積み立てる、といった会計
処理になっていました。引当金とは、将来に支払いが見込まれる費用や損失について、
現在のうちからあらかじめ支出予想額の一部を費用計上し、返済が必要な負債として貸
借対照表に計上するための項目です。
「資産除去債務に関する会計基準」では、除去時に必要となる将来の支出の見積額を
資産の取得原価に含め、同時に、その支出見積額を負債として計上するようになりまし
た。したがって、将来の除去時に発生する支出を、資産の取得時に発生する付随費用と
みなす点に特徴があります。これらの除去のための支出は将来の金額であるため、支出
が予想される金額がその間の利子率で割り引かれて現在価値に直されます。この金額が
固定資産の購入に要した費用に加算されることで、取得原価それ自体が増加します。そ
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の増加した資産部分の取得には現時点における支出が行われていませんので、将来に支
払うべき未払い分として、負債に計上されることになります。
また、除去費用を取得時に計上して資産を増額した分だけ、毎期の減価償却負担が増
加します。したがって、資産除去債務を認識する以前と認識した後とでは、毎期の減価
償却費の計算が異なってくることになり、それぞれの設備投資のもつ コスト の計算が
変わってくることになります。
9.3 資産負債両建方式
資産除去債務の会計処理のように、資産を増額すると同時に負債も増額させる会計処
理を資産・負債両建方式といいます。資産・負債両建方式が引当金方式と異なる点は、
負債計上の際の相手項目が、費用ではなく資産であるという点です。
引当金は、適正な期間損益計算を行う結果としての負債の計上、という考え方から必
要となる会計処理でしたが、資産・負債両建てでは、経済的実態の開示のために資産と
負債それ自体の計上、という考え方の会計処理になっている点が特徴です。
9.4 除去費用の見積り
資産除去債務の会計処理を行うためには、資産の取得時に、将来、資産の除去時に必
要となる処理支出を予測する必要があります。これらの除去費用をどのように見積るか
が、資産除去債務の会計における最大の論点となります。
除去費用の予測は、個々の事情に応じて行なわれることにならざるをえません。多く
の場合は、その処理にかかる人件費、経費、材料費などを、過去の実績や、処理業者の
平均的な市場価格などにより、予測することになります。したがって、この部分には、
不確定要素が多く、経営者の裁量の入る余地が多く存在しているともいえます。他方で、
環境汚染の処理については、将来に実際に支出が必要となる時点までに画期的な除去技
術等が開発されるといった場合もあります。
このように、資産除去債務の金額は決算ごとに見直される将来の予測によって変動す
る可能性があります。このことを端的に示す事例として、たとえば原子力発電所の廃炉
にかかる支出の予測金額は、当初の建設時点の想定よりも年々増加してきています16。
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現在、廃炉中の日本原子力発電の東海発電所(出力 16.6 万 kw、1968 年運転開始、1998 年運転終
了)は、発電所の建設費用 465 億円に対して、2001 年の廃炉開始時には 2017 年までに作業が終
了する見通しの下で 545 億円の廃炉費用が見積もられていました。しかし、当初の計画は見直さ
れて、現時点では 2026 年に作業が終了するという計画となっています。このため、作業期間が
延びた分だけ廃炉費用も増加しているものと考えられます。東海発電所の廃止措置については、
日本原子力発電の website(http://www.japc.co.jp/project/haishi/index.html)参照。