力強 い 持 ち直 し は期待薄

力強い持ち直しは期待薄
成長率は総じて前年並みか
日本総合研究所 調査部研究員
熊谷章太郎
年半
ば以降、マレーシアやシンガポール
にかけて大幅に鈍化した後、
015年の東南アジア諸国連合(ASEAN)経済は、消費を中心に内需が堅調に推移するものの、
ぜ2
い じゃく
脆 弱 な世界経済を背景に外需の低迷が続くとともに、財政赤字の削減や家計債務の抑制に向けた引き
を牽引役として持ち直しに転じてい
けんいん
締め気味の財政・金融政策による下押し圧力が続き、景気の力強い持ち直しは期待できない。総じてみ
めるASEAN5(インドネシア、
ASEANの名目GDPの9割を占
高 ま っ て い る。 本 稿 で は、
見通しにも十分に配慮する必要性が
ASEANの名目GDPの約
%の
調 に 推 移 し て い る も の の、
レーシアやフィリピンでは比較的堅
GDP(国内総生産)成長率は、マ
現地調達率の上昇と輸入比率の低下
ア新興国での産業集積の進展に伴う
といった景気循環要因のほか、アジ
やそれに伴うアジア各国の景気低迷
整が本格化し始めた中国経済の減速
低迷の背景としては、住宅市場の調
17
14
に あ る( 図 2、
㌻)。 各 国 の 輸 出
年後半以降、再び鈍化傾向
たが、
13
れば、成長率は前年並みの水準にとどまると見込まれる。
経済の現状
c
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c
E
N
A
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n
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C
年末に控えるなか、各国
ASEAN経済共同体(AEC )
の発足を
企業のASEANビジネスへの関心
は高まりつつある。その一方、イン
タイ、マレーシア、シンガポール、
シェアを占めるインドネシアの緩や
なみに、世界経済、とりわけ中国経
といった構造要因を指摘できる。ち
済の減速に伴う資源需要の減退や米
%のシェアを占める
年入り後か
かな鈍化と約
タイの低迷を受けて、
国の金融政策の変化を受けた商品市
傾向にある。そのため、ASEAN
心にASEANの景気は足元で減速
く異なっており、景気の方向感にも
造や貿易・投資構造は国ごとに大き
まず、ASEAN5全体の景気動
向を確認する。ASEANの産業構
ASEAN5の実質貿易・サービス
第 一 に、 輸 出 の 低 迷 で あ る。
足元にかけての景気減速の主因と
しては、以下の2点を指摘できる。
面でも下押されている。この他、個
り、各国の食料品や資源輸出は価格
産品の国際価格が大幅に下落してお
ら鈍化傾向にある(図1、
各国で事業を展開する際には経済統
バラつきがあるものの、総じてみる
別の要因としては、インドネシアで
11
17
12
況への資本流入の縮小により、1次
合に伴う制度面の変化のみならず、
年後半
年から
輸出の伸び率は、
年の動向を展望する。
㌻)。
フィリピン)の景気の現状を整理し、
35
と 景 気 は 減 速 傾 向 に あ る。 実 質
ドネシアやタイといった主要国を中
13
15
足元の景気の減速要因や今後の景気
15
15
16
時事通信社『金融財政ビジネス』2015年1月5日号より
説
解
15年のASEAN経済見通し
の減少などを背景に低迷が続いてい
では、
年後半は台風ヨランダの被
治混乱の拡大も、大型外国直接投資
設備投資の低迷が続いている。また、
たことで予算執行が遅れたこと、さ
進計画」に対して違憲判決が出され
害を受けて公共工事が遅延したほか、
の許認可審査の停滞や公共事業の予
らにはインフレ率の上昇を受けた利
売の減少を背景に輸出関連製造業の
算執行の遅れを通じて投資を下押し
上げ観測の高まりも
る。
年入り以降鈍
ことが輸出の下押しに作用したほか、 第二に、公共投資や設備投資の増
勢鈍化である。実質総固定資本形成
出を抑制する新鉱業法が施行された
化 し て い る( 図3)。 増 勢 鈍 化 の 背
した。マレーシアでは、インフラ整
を下押しした。
ト の 世 界 的 な 普 及 に 伴 うHDD
(
e
v
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D
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d
r
a
H
年後半の投資
e
t
a
t
S
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l
o
S
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v
i
r
D
の削減に向けた燃料価格抑制に向け
(
インフラ整備に関わる「政府支出促
景は国ごとに異なっており、インド
備に向けた公共投資は堅調に推移し
不動産ローンの規制強化などを背景
年前半にかけての政
) か ら SSD
ネシアでは輸送機械業の設備投資の
たものの、家計債務の抑制に向けた
に住宅投資が鈍化している。また、
年後半から
)への需要シフ
年半ば以降の急速な通貨安
タイではスマートフォンやタブレッ
トが、世界有数のHDD生産国であ
一巡、
年前半の総選挙を控えた投資マイ
への対応策としての金融引き締め、
〈図2〉
ASEAN5の実質貿易・サービス輸出
(%) (前年同期比)
2
0
10
(%)
14
12
10
15
る(図4、
㌻)。 消
及といった
消費財の普
に伴う耐久
得水準向上
あたりの所
増加や1人
ては、人口
る背景とし
推移してい
費が堅調に
18
11
フィリピン
シンガポール
マレーシア
タイ
インドネシア
合計
20
推移してい
た補助金削減が、フィリピンではペ
▲2
シンガポールでも、不動産価格抑制
4
14
財貿易の増勢鈍化を受けて、運輸や
の伸び率は、各国で
る同国の輸出を下押している。また、
他方、民間消費については、イン
ドネシアやマレーシアでは財政赤字
は精錬されていない未加工鉱石の輸
13
0
ンドの慎重化などが投資の増勢鈍化
▲2
2010
11
12
13
14 (年/期)
(注)
合計・国別寄与度は、
「現地通貨建て実質成長率 名目ドル
建てのシェア
(後方4四半期平均)
」
で計算。
▲はマイナス
(出所)
各国統計を基に日本総研作成
保険サービスなど財貿易に付随する
6
14
サービス輸出の増勢も鈍化している。
2
ソ安に伴う輸入物価の上昇が家計の
8
に作用した。タイでは、
4
に向けた印紙税の引き上げやローン
(%)
10
年前半
6
年秋口の
フィリピン
シンガポール
マレーシア
タイ
インドネシア
合計
この他、観光サービスも、
8
実質購買力の低下に作用しているも
13
12
11
2010
▲4
フィリピン
シンガポール
マレーシア
タイ
インドネシア
合計
規制の強化などを受けて、住宅投資
〈図3〉
ASEAN5の実質総固定資本形成
(前年同期比)
大洪水後の復興需要が一巡したこと
14
▲5
2010
11
12
13
14 (年/期)
(注)
合計・国別寄与度は、
「現地通貨建て実質成長率 名目ドル
建てのシェア
(後方4四半期平均)
」
で計算。
▲はマイナス
(出所)
各国統計を基に日本総研作成
のタイの政治混乱や2度のマレーシ
13
0
のの、タイを除いて各国とも堅調に
5
の増勢が鈍化している。フィリピン
14
13
に加え、輸出の低迷や国内自動車販
14 (年/期)
(注)
合計・国別寄与度は、
「現地通貨建て実質成長率 名目ドル
建てのシェア
(後方4四半期平均)
」
で計算。
▲はマイナス
(出所)
各国統計を基に日本総研作成
中長期的な
時事通信社『金融財政ビジネス』2015年1月5日号より
17
13
ア航空の事故を受けた外国人観光客
〈図1〉
ASEAN5の実質GDP
(前年同期比)
成長メカニズムが多くの国で続いて
いることや、マレーシアやシンガポ
ひっぱく
ールで労働市場の逼迫を背景に賃金
の上昇傾向が続いていることを指摘
静化を受けて
年央以降、消費マイ
ンドは改善傾向が続いている。
年のASEAN経済
昇により家計の実質購買力が低下す
助金の削減を受けたインフレ率の上
ども見込まれ、景気は底堅さを維持
整備計画に沿った公共投資の拡大な
マレーシアでは、良好な雇用環境
が消費を下支えするほか、インフラ
面から下押しするとともに、燃料補
るほか、利上げが耐久財消費や投資
するだろう。もっとも、
続いて、 年の景気動向を展望す
る。景気の方向感は国によってばら
会ではプラボウォ氏を中心とした反
にとどまると見込まれる。なお、国
歳入の約3割に相当する資源関連企
足元では原油価格の大幅下落により、
から鈍化すると見込まれる。なお、
の増勢鈍化を受けて、成長率は前年
年後半以
への下押し圧力として作用するとみ
自動車購入支援策の終了後の反動減
つきがあるものの、ASEAN全体
ジョコ勢力が多数派を占めており、
業からの法人税収や配当の減少が予
年末の
が依然として解消されないことに加
としては、良好な雇用環境を背景に
国会とのねじれにより政策が停滞す
14
13
10
降、景気の牽引役となってきた輸出
想されており、財政赤字の悪化に対
年
る こ と か ら、 総 じ て み れ ば
政・金融スタンスが続けられ
る国では引き続き抑制的な財
その結果、前年の低成長の反動もあ
て次第に堅調さを取り戻すだろう。
販売の反動減が解消に向かうにつれ
良好な消費環境が続くなか、自動車
直すと見込まれる。消費についても、
算の前倒しなどにより、投資が持ち
くほか、国内の不動産価格抑制に向
い物流・港湾関連業種での低迷が続
方、アジア各国での輸出の低迷に伴
シンガポールでは、良好な雇用環
境を背景に消費が堅調に推移する一
鈍化も避けられなくなるだろう。
と同程度の水準にとどまると
ASEAN5の成長率は
見込まれる。
けた各種政策が建設業、不動産業、
年と同程
り、実質GDP成長率は前年から加
も作用するため、景気は
することが予定されており、
年7月に誕生したジョコ政権
のもとで、貧困層対策や「海
月に発足した「国家改革議会」によ
GDP成 長 率 の 見 通 し を 前 年 比 +
度になると見込まれる。ちなみに、
洋国家」を目指した港湾整備
り政治・経済改革が今後進展し、総
2・0 〜 4・0 % と し て お り、
年の実質
の進展が景気の押し上げに作
選挙後も政治の安定性が確保される
15
年見通し(同+3・0%)から上振
14
シ ン ガ ポ ー ル 政 府 は、
用すると見込まれる。ただし、
かが最大の注目点となっている。
年
14
14
14
資源価格の低迷が輸出を価格
10
月ごろに総選挙を経て民政に復帰
金融仲介業などの下押し圧力として
年度予
14
速すると予想される。政治動向では、
月)の未消化予算の執行、
月~
込まれる。もっとも、脆弱な世界経
5
年
もっとも、低金利・低インフレ・低
6
年度(
する懸念が高まっている。今後、財
7
の実施が見送られれば、投資の増勢
タイでは、これまで審査が停滞し
ていた大型の外国投資案件の許認可
年と同程度
え、 年前半にかけての政治混乱の
民間消費が堅調に推移するとともに、
るリスクも残存している。
13
済や資源需要の増勢鈍化を背景に輸
14
失業率・平均賃金の上昇といった、
(%)
8
15
14
10
各国の景気のポイントを見
ると、インドネシアでは、
2010
11
12
13
14 (年/期)
(注)
合計・国別寄与度は、
「現地通貨建て実質成長率 名目ドル
建てのシェア
(後方4四半期平均)
」
で計算。
▲はマイナス
(出所)
各国統計を基に日本総研作成
政赤字の拡大回避に向けて公共投資
0
年9
1
の再開、
2
出の増勢は弱い状況が続くことに加
3
消費を取り巻く良好な環境は依然と
4
え、財政赤字や家計債務問題を抱え
▲1
られるため、成長率は
拡大を受けて消費マインドが大幅に
インフラ整備に向けた動きも加速す
できる。なお、タイでは、
14
15
15
悪化したことから、ASEAN5の
12
中では唯一消費がマイナスになった。 る結果、内需の増勢が加速すると見
14
フィリピン
シンガポール
マレーシア
タイ
インドネシア
合計
して維持されており、政治情勢の鎮
〈図4〉
ASEAN5の実質民間消費
(前年同期比)
18
時事通信社『金融財政ビジネス』2015年1月5日号より
だ開発途上にあり、労働集約的な産
国境付近の経済特区・工業団地はま
区をはじめとするタイ・ミャンマー
措置が存在すること、高度人材の確
性が高いこと、手厚い税務上の優遇
シンガポールは、ASEANの中
でも特に法制度や行政手続きの透明
中東向けの事業を視野に入れた食品
業の国際分業は、当面ラオスやカン
保が容易であることなどを背景に、
関連製造業からの投資が増加してい
最後に、我が国の企業にとっての
ASEANの位置付けを整理し、中
ボジアとの間で展開されることだろ
研究開発(R&D)の拠点や地域統
経済改革が急速に進んでいるミャン
期的な投資動向を展望する。まず、
う。
ている。なお、同国に隣接するマレ
マーにとりわけ高い関心が寄せられ
ASEAN内で最大の投資先である
タイに次ぐASEAN第二の投資
先となっているインドネシアでは、
ーシアのジョホール・バルではシン
AECは中長期的には大きな影響を
対的に輸出が堅調に推移すると見込
タイでは、労働集約的な分野でのミ
タイと同様、輸送機械産業での産業
もたらすものの、各国への短期的な
まれる。ペソ安は輸入物価の上昇を
ャンマー・ラオス・カンボジアとの
ガポールと一体となった開発が進め
れ・下振れ双方の可能性があるとみ
通じて家計の購買力の低下圧力とし
国際分業やこれらの国への事業拡大
集積が進みつつあり、鉄鋼や電気機
られており、同地域の開発が進めば、
ている。
て作用するものの、輸入の2割を占
を睨んだ拠点としての魅力が一段と
械などの関連産業と併せて製造業の
不動産コストの高騰や人手不足とい
くと見込まれる。
める鉱物性燃料の価格下落がインフ
高まっており、輸送機械・電気機械
投資が増加していくと見込まれる。
ったシンガポールの投資受け入れの
ている。もっとも、ダウェイ経済特
レ抑制に作用することに加え、ペソ
などの高付加価値の製造業を中心に
また、ASEAN最大の人口・経済
制約も緩和されると見込まれる。
景気への影響は限られよう。
安を背景とした在外フィリピン人の
投資が堅調に推移すると見込まれる。
規模を有している同国の中間層の消
フィリピンでは、輸出シェアの高
い米国の景気回復や米国での利上げ
送金の増加が下支えとなり、消費は
また、中間所得層の拡大を背景に、
費需要取り込みに向けて、小売りな
フィリピンは、他のASEAN諸
国との地理的な距離が制約となって
安を背景に、ASEAN5内では相
日系企業からみたASEAN
引き続き堅調に推移すると見込まれ
小売りや飲食などの非製造業の分野
どの分野でも積極的な投資が行われ
おり、経済統合の進展にもかかわら
観測の高まりに伴う対ドルでのペソ
る。
でも投資は増加傾向が続くだろう。
るだろう。
整備の分野を中心に、当初の行動計
非関税障壁の撤廃や輸送インフラの
制度などが激変するわけではない。
たことを踏まえると、仮に政治混乱
には大きな悪影響が生じていなかっ
で展開されており、工業団地や港湾
これまでの政治デモはバンコク市内
付加価値の製造業の生産地としての
力も高いことから、半導体などの高
高いことに加え、単純労働者の英語
然災害リスクが低く政治的安定度も
はそれらが事業の障害となる一方、
ンフラ整備が遅れており、短期的に
はASEAN5の中では相対的にイ
として注目されている。なお、同国
日本向け電子機器製品の輸出の拠点
ないと見込まれるが、中国・米国・
ず製造業の域内国際分業は活発化し
括拠点として活用する動きが強まっ
なお、 年末にはAECの発足が
予 定 さ れ て い る が、AEC は
なお、政治混乱が再燃するリスクは
画に記載された項目の期限内の完全
が再燃したとしても製造業への生産
魅力を高めている。また、ハラル食
インフラ整備需要の高まりを見越し
にら
ASEAN各国が中期的に目指す域
完 全 に は 払 拭 さ れ て い な い も の の、
実 施 は 事 実 上 困 難 と な っ て お り、
活動や輸出への影響は限定的なもの
品のテスト・マーケティング地とし
年末を境に各国の貿易・投資
ASEAN後発国の外資規制の緩和
にとどまるだろう。ちなみに、タイ
てインフラ関連企業による事業展開
り、
年以降段階的に進め
ても注目を集めており、南アジアや
なども含めて
との国際分業先として、近年、政治・
ふ っ しょく
内の緩やかな経済統合の枠組みであ
マレーシアは、タイと同水準のイ
ンフラを有しており、タイよりも自
15
16
られていくと見込まれる。そのため、
時事通信社『金融財政ビジネス』2015年1月5日号より
19
15
は活発化すると見込まれる。また、
英語が公用語であることから、ビジ
ネス・プロセス・アウトソーシング
の分野でも注目されている。
(BPO)
このように、各国の投資先として
の位置付けは国ごとに異なるが、総
じてみれば我が国のASEAN向け
の投資はいずれの国に対しても増加
傾向が続くと見込まれる。
結語
年のASEAN景気はやや力強
さに欠くものとなり、景気面からは
双方向で一段と深化していくだろう。
後、日本とASEANの経済関係は
本に向かう動きも出始めており、今
どの分野においてASEANから日
向かう動きに加えて、観光や投資な
なお、近年は日本からASEANに
き続き拡大していくと見込まれる。
が国のASEAN各国への事業は引
な市場拡大や経済統合を背景に、我
風は期待できないものの、中長期的
ASEAN向け投資への力強い追い
15
20
時事通信社『金融財政ビジネス』2015年1月5日号より