新・生存権裁判の提訴にあたって 2014年(平成26

新・生存権裁判の提訴にあたって
2014年(平成26年)12月25日 新・生存権裁判弁護団団長
弁護士 尾 藤 廣 喜 1 本日、厚生労働大臣が行った生活扶助基準の引き下げが違憲・違法である
として、京都府下に在住の生活保護制度の利用者40名が、基準「引下げ処
分」の取り消しと国に対する損害賠償を求めて京都地方裁判所に提訴致しま
した。
この訴訟の提訴にあたって、原告ら代理人の一員として、一言この裁判の意
義と目的について、申し上げます。
2 私たちは、この裁判について、老齢加算・母子加算の削減、廃止の違憲・
違法性を問うた「生存権裁判」を、人数の面でも、また、憲法論の面でも、
そして、裁判の意義の面でもさらに発展させた裁判という意味で、「新・生
存権裁判」と呼ぶことにしました。
本件は、生活保護(扶助)基準の「引き下げ」処分の取消しを求める集団
訴訟としては、全国で18番目(さいたまの本人訴訟を加えれば19番目)
の提訴ということになります。
今回の生活保護基準の引き下げについては、訴訟に先行する審査請求につ
いて、昨年8月1日の引き下げ分として、全国で約1万2000人の方が申
立てをし、今年4月1日の引き下げ分をあわせると全国で2万人を超える
方々が申立てをしています。過去最多の生活保護に関連する年間審査請求件
数が、2009年(平成21年)の1086件ですから、単年度でこの約1
0倍の方々が不服申立てをしたということになります。
そして、審査請求の裁決を経ての集団提訴も、佐賀、熊本をはじめ、全国で
続々と提訴され、本日は18番目、原告は累計で500人を超え、今後のさら
なる提訴によって、生活保護の歴史上空前の大量原告の訴訟となることは確実
です。 もともと、生活保護を利用している人たちが行政を相手に不服を申し立て
ること自体が、決して容易なことではありません。とりわけ、一昨年の「生
活保護バッシンング」の影響は深刻です。にもかかわらず、このように、史
上空前の人数での審査請求がなされ、提訴がなされるのは、どこに動機があ
るのでしょうか。また、どのような思いなのでしょうか。 まず、第1に、日本における深刻な「格差の広がり・貧困化の進行」があ
ります。例えば、所得格差を示す数字である「ジニ係数」は、1981年(昭
和56年)には0.3491と格差が少ないとされていたものが、2008
年(平成20年)には0.5818と大きく広がっています。また、「貯蓄
なし世帯」も、1987年(昭和62年)にはわずか3.3%であったもの
が、2013年(平成25年)には31%まで増加しています。「貧困率の
推移」を見ても、2009年(平成21年)に政府が発表した2006年(平
成18年)時点での相対的貧困率は15.7%、2009年(平成21年)
時点での相対的貧困率は16%とさらに悪化しています。また、ひとり親世
帯の貧困率は58.7%で、OECD 加盟国中最悪となっています。そして生
産年齢人口での相対的貧困率を見ますと、2006年(平成18年)では、
米国13.7%につぐ13.5%と第2位の深刻な状態にありました。 3 このような貧困の深刻化の中で、生活保護利用者が増加することは当然の
ことです。生活保護制度利用者は、1995年(平成7年)88万2229
人、2005年(平成17年)147万5828人、そして2011年(平
成23年)7月には205万0495人と現行制度発足以来最多数となりま
した。そして、2014年(平成26年)3月には217万1139人と最
多数を更新し続けています。 このような状況を改めるためには、①労働の現場での、非正規雇用の規制
や最低賃金のアップ等による雇用の安定、② 年 金 額 の 引 き 上 げ 、 医
療 保 障 の 充 実 、雇 用 保 険 の 失 業 給 付 の 充 実 な ど 社 会 保 障 給
付 の 拡 充 、 そ し て 何 よ り も 、 ③ 生活保護基準の「引き上げ」こそ
が必要です。 ところが、政府が行った対策は、全く反対に3年間に総額670億円(平
均6.5%、最大10%)という過去に前例を見ない大規模な生活保護基準
の「引き下げ」だったのです。つまり、基準を引き下げることによって生活
保護利用者数を減らし、生活保護の給付額を減らそうというわけです。 これでは、「貧困層がますます貧困になるだけ」で、貧困対策にはなって
いないばかりか、生活保護利用者の生活は、健康で文化的な最低生活を保つ
ことすらできない状態に追い込まれています。 第2の問題は、「引き下げ」の手法の問題です。 今回の「引き下げ」は、結論先にありきの引き下げでした。 もともと、生活保護基準のあり方については、2011年(平成23年)
2月に設置された社会保障審議会生活保護基準部会で検討されていました
が、その検討は、憲法25条の規定をうけて、あるべき健康で文化的な最低
生活水準をどう考えるべきかという観点から進められていたのです。ところ
が、その後、厚生労働省の事務局が、報告書とりまとめの直前、突然に第 1
十分位(下位 10%の所得階層)の消費実態と生活保護基準を比較する方法で
の検討を提案し、同部会は、2013年(平成25年)1月18日に報告書
を取りまとめましたが、その報告書では、むしろ、第1十分位との比較に疑
問を示し、安易な引き下げに慎重な姿勢を示していました。にもかかわらず、
政府は、これまた突然に、それまで基準部会でも全く検討がなされなかった
「物価の動向」(デフレ)を理由に、報告書の内容とは異なって生活保護基
準を3年間で総額670億円(平均6.5%、最大10%)引き下げるとい
う方針を決めてしまったのです。しかも、この結論を導き出すために、厚生
労働省は、「生活扶助相当 CPI」という「偽装物価指数」を取り入れたごまか
しの数字操作までしています。 この結論には、自由民主党の政策として、生活保護基準10%削減を掲げ
ていたことが大きく影響していることは間違いありません。 このように、内容面でも手続き面でも大きな問題点・違憲・違法性を持つ
今回の引き下げによって、生活保護を利用しているあるいは利用しようとし
ている当事者の方々がどんな苦しみ、被害を被っているかについては、原告
の方が述べられるとおりです。 4 しかし、今回、先に述べたような累計2万人にも及ぶ当事者の方々が審査
請求に立ち上がり、さらに今回500人を超える人たちが裁判の原告になっ
たのは、この2つの理由だけではありません。 第3には、生活保護制度が、健康で文化的な最低生活保障のあり方(ナシ
ョナル・ミニマム)を決定づけるという重要な役割を持つところから、保護
基準の引き下は「自分たちだけの問題ではない」という思いからの不服申立
てであり、訴訟であります。 現在、最低賃金は生活保護基準との「整合性に配慮する」ことになってい
ます。このため、生活保護基準が「引き下げ」られれば、最低賃金の額は、
その分上げる必要がなくなります。また、基礎年金の給付水準とも関連して
いるところから、年金も減額して良いということにもなります。さらに、低
所得者の教育を支える大事な制度である「就学援助」制度についても、生活
保護基準が引き下げられれば、就学援助の基準も厳しくなる可能性が高く、
現在、全国の多くの自治体で、この制度の運用に深刻な後退が起きています。
そのほか、住民税の非課税基準、国民健康保険の保険料や窓口負担の減免、
介護保険料の軽減基準、保育料の徴収基準など生活保護基準は、多くの負担
や料金の基準となっているため、生活保護基準が下がればこれらの負担や料
金は反対に増額することになります。 このように、生活保護基準は、実は、私たちの生活に密接しているのであ
りまして、生活保護制度は「あの人たち(制度利用者)の制度」ではなく、「私
たちの制度」なのです。 ですから、本件の原告は、単に自分たちのために訴訟を闘っておられるの
ではなく、私たち全市民を代表して、生存の「岩盤」を支えるために闘ってお
られるのです。 さらに、京都における裁判の第4の意義は、今回の原告に在日外国人の方
が含まれており、先の2014年(平成26年)7月18日の最高裁第2小法
廷判決において、在日外国人の方には「生活保護法に基づく」権利として受給
資格は認められないとした判決の判断の是非を問うところにあります。 実際、京都の「生存権裁判」についての2014年(平成26年)10月6
日の最高裁第1小法廷判決では、当該在日外国人の方が「老齢加算」の削減・
廃止を争うこと事態はできると判断しています。 ですから、この裁判は、7月18日の判決が、「在日外国人の方が生活保護
の給付をうけることができることを否定したものではないこと」を再び明確に
したいという意義を持っているのです。 5 この国において、生活保護基準のあり方を最初に問うた「朝日訴訟」の原
告朝日茂さんは、「低劣な生活保護基準のおしつけは、私にはまさに、死を意
味していた。」「憲法第25条は何のためにあるのだろう。いつ、どんなとき
に、この現行憲法の民主的条文は、国民の生活に直結したものとして生かされ
るのであろうか。」「私の怒りは、決いて私一人だけの怒りではない。多くの
貧しい人びと、低い賃金で酷使されている労働者の人びと、失業した人びと、
貧しい農漁村の人びと、この人びとはみんな私と同じように怒っているはず
だ。」「生活と権利を守ることは、口先だけでいくらいっても守れるものでは
ないのだ。闘うよりほかに、私たちの生きる道はないのだ。」との思いで厚生
大臣を訴えることを決意したそうです。 本件の原告もまさに、同じ思いです。今回の裁判は、1 人の朝日茂さんが闘
っているのではなく、2万人の朝日茂さんが審査請求に立ち上がり、500人
を超える朝日茂さんが原告になっていると言えます。 私たちは、全国の原告の、そして、本日提訴した京都の原告のこの裁判に込
めた思いと意義を広く市民の方々に改めて訴えるとともに、あらゆる政治的立
場を超えて、この国から貧困をなくしたいと思う多くの方々と連帯して裁判勝
利のため闘う決意です。心からご支援をお願いします。 以上