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第4章
既存の用語体系と看護理論にもとづく電子カルテのためのモデルフレームの検討
分担研究者:中西睦子(国際医療福祉大学・保健学部)
研究代表者:水流聡子(東京大学・大学院工学系研究科)
1.はじめに
看護以外の分野に通用しない看護独特の用語とは,いったいどのようなものであろうか。
通常、各専門領域の用語体系を見ると、その分野の専門性の概要が理解可能である。その
ような用語体系化の端緒についたばかりの看護分野において、どのようなプロセスで用語
体系を構築していくのが妥当といえるのであろうか。
看護学は実践科学であるため、看護学に必要とする用語体系の構築には、実践現場と学
術領域との間を、帰納的・演繹的に、行き来するプロセスが必要と考えられる。当該学術
領域の社会的価値を高めるためには、社会が求めている看護ニーズを追求する姿勢が重要
である。
本章では、看護用語に代表される看護情報の特性,調査研究によってわかった看護記録
の特性を踏まえ,看護情報の IT 化を視野に入れ,用語体系を作る,あるいは用語を標準化
する際に考えなければいけない基礎について述べ、電子カルテに必要とする用語を抽出す
るためのモデルフレームを提示する。
2.日常的な表現が多い看護情報
看護記録の1例を示す。
「M さんは脳梗塞になり,後遺症として右上下肢不完全麻痺とな
り,体を自由に動かすことができなくなってしまった。そのことが M さんにとってショッ
クだったらしく,入院してからよく『もうオレは駄目だ』と口に出して言うようになった」。
ここで使われている「ショックだった」ということは,正確にどういう状態なのかという
ことは,少なくともここからはわからない。しかも,「らしく」は,推量を表わす日常的な
表現である。
看護記録において、日常生活で使われている言葉(生活言語)が多くを占めているとい
うことから,看護の現象が十分には理論化されていないという状況を指摘できる。言い換
えれば,「現象のカテゴリー化」がまだ発達していないのが現状なのである。
カテゴリーという言葉は「範疇」と訳されるが、最も一般的・基本的な概念、あるいは
個々の概念の集まりを示している。たとえば,
「足浴」
「洗髪」
「清拭」
「口腔ケア」などは,
それ自体カテゴリーであるが、このような個別行為をまとめて「保清ケア」という言葉で
括ることができる。この場合,「保清ケア」というのは,より上位のカテゴリーとなる。
たとえば,患者に声をかけることを、現場では「声かけ」と言うことが多い。そういう
ナース独自の用語が,記録上に出てくる傾向がみられる。また、「黙って微笑む」「アイコ
ンタクト」「軽く肩をたたく」といったような行為は,日常的なケアの一環として,意図的
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になされる場合には記録に出てきますが,無意識にされている場合には,ほとんど記録上
には出てこない。
これらのナースの日常的な行為がカテゴリー化されていないことは,つまり,用語その
ものへの関心がまだそれほど高くないと理解することができる。
数年前の看護実践用語の研究で、ナースに、自分の行為にラベルをつけてもらい、その
後、ラベルで示された具体的な中身を聞き取り、それを「行為ラベルの表現形式」として
整理した。
「基本的な看護技術や看護行為を示す単語あるいは句を用いて表現したもの」が、37%
存在した。具体例としては,「バイタルサインのチェック」
「他動運動」
「整容(髪を梳かし
てゴムでまとめる)」「水分補給」「シーツ交換」などであった。「基本的な看護技術や看護
行為を示す単語あるいは句に,時期・対象・具体的内容を特定する単語を加えて表現した
もの」には、
「酸素の流量確認」
「ドライシャンプー」
「家族介護相談」というものがあった。
「基本的な看護技術や看護行為を示す単語あるいは句を2つ以上併記して表現したもの」
としては、「全身清拭・更衣」「ドライシャンプー・整髪」という内容があった。「日常的あ
るいは口語的な表現の中に専門用語を混ぜて表現したもの」が 39.5%(約4割)で,これ
が最多であった。これらの結果は、看護行為名称には、口語的な表現が多いという実態を
意味している。です。「シーツ交換しながら食べこぼし等の掃除」「水分摂取の勧め」「介助
飲水後補充・ギャッジベッド→テレビ」「往診医がどう言ったか,何をしたのか聞く」とい
った表現も、記録として登場する。
5つの領域(成人・小児・母性・精神・在宅)で,「看護行為名称と内容の一致状況」を
集計した結果、「一致しているもの」
「過少表現しているもの」「過大に表現しているもの」
「一部一致」「不一致」という分類が設定された。一致しているものが8割と多かったが、
2割は一致しなかった。この2割の中に頻用用語が存在するとすれば、正確な記録という
点ではかなり問題があるといえる。
行為の表現と行為内容の一致状況
一致状況
成人
小児
母性
一致 86.7 77.1 41.4
過小
6.2 13.6 48.4
過大
0.2
2.7
0.4
一部一致
2.6
ー
1.8
不一致
4.2
6.0
3.5
判定不能
ー
ー
4.6
表現総数
(433)
(184)
(285)
精神
在宅
81.1 80.0
4.7
1.8
12.2
9.5
ー
ー
2.0
8.6
ー
ー
(148)
(220)
文部省科学研究補助金「基盤(B)(2)」代表:中西睦子
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3.豊かなケアほど反映されにくい看護記録
前述の研究では、ナースは(ベテランになるほど)患者の個別性を見事にとらえたケア
をしていることがわかった。
たとえば、ベテランナースは「ガーゼ交換」と称する行為の中で「患者のいまの心理状
態をアセスメントする」
「ガーゼ交換の際に傷を見ながら,傷の状態について患者に伝える」
「患者が傷についての説明を受けるためのよりよい方法を考える」
「患者の聞きたいことを,
代わりに医師に質問する」という行為を並列的に処理していた。業務名称上は「ガーゼ交
換」であるが、その時のナースの関心を占めていたのは、むしろ患者のセルフケア行動の
支援、あるいは患者が置かれている状況に関する情報をどう的確に患者自身に得させるか
という観点からの援助であった。このように,個別化されたケアというのは,複雑な構造
を持っていて,単に「ガーゼ交換」という一語で単純に記述されるものではないのである。
「患者さんの身の回りをきれいにしてきました」と表現した例では、まず「患者の体動
を促し」、次に「肺音聴取」を、さらに「タッピングをして患者さんに痰を出させ」、「体を
拭く」という行為内容であった。われわれの先行研究では、これらを「同時行為」と呼ん
だ。ラベルで示された行為の前や後に,同時に非常に手際よく,それとは直接関係のない,
概念的には別の行為が行なわれているケースが非常に多いことがわかってきた。しかしな
がらそれらは、ナースの記録にはほとんど欠落していた。こういう行為こそ,看護の専門
性・専門的な判断の活きる部分なのであるが、記録はなされないため、ナースが何をして
いるのかは過小評価されてしまうのである。
ナースはこれだけ豊かな行為をしているにもかかわらず、記録・報告の中身が、極度に
単純化されているため、ナースがいったい何をしているのかを他者に伝える際には、きわ
めて不利な状況にあるのである。
しかし、日常的に多忙な業務の中で,このような複雑な行為を逐一書き留めてはいられ
ない。よって、一連の行為を括るカテゴリーを特定して、それに命名することで、その一
語を記録すれば、内容の総体を表現できることになる。そのような現象の構造的特定とそ
れへの命名、それが「看護現象の理論化」である。
4.「看護の専門性」を表現する記録
記録されないものは評価の対象にはなり得ない。専門性とは、専門的な判断と実践であ
る。記録によって、その判断と実践の妥当性が検証できなければ、つまり客観的な分析に
堪えなければ、いくら専門性を唱えても第三者を納得させることはできない。
そこで、「看護の専門性」と称している情報を、客観的分析に堪えるデータの集合体とし
て残していくためにはどのように記録したらよいかを考える必要がある。
5.IT 化を視野に入れた看護情報の標準化
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いま求められているものは、だれが書いても読んでもわかるような用語を持つこと、つ
まり看護用語の標準化である。
看護で使われる用語を標準化する作業プロセスは、まず実態把握と初期分類(仮分類)
から始まる。続いて、繰り返し全体を見ながら,重複する用語をまとめたり,他の理論的
な枠組みと照らし合わせて,過不足を検討する。
この作業と並行して、用語の一般性・普遍性の観点からの検討を始める。「社会的な通念
からしたら、看護の行為は『環境整備』ではなく、『病床環境整備』ぐらいが妥当な表現形
である」という吟味を行う作業例が当該検討作業に該当する。また、
「リハビリテーション」
という言葉が看護記録の中に高い頻度で出てくるが、これは他職種の専門として,診療報
酬上も認められている行為である。もし、ナースが行なうリハビリテーションは他職種が
行なうものと異なり、看護としての専門性という観点からなされているのであれば「看護
リハビリテーション」と呼ぶべきであるというような議論が必要となる。
6.電子カルテのための看護実践分類および看護行為名称の開発プロセスのモデル化
前述したような検討を経て、われわれは、「電子カルテのための看護実践分類および看護
行為名称の開発プロセスモデル」を、以下のようにモデル化することができた。
図1
電子カルテのための看護実践分類および看護行為名称の開発プロセスモデル
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7.既存の用語体系・看護理論をふまえた本研究のモデルフレーム
ヘンダーソン・オレムのフレームを対応づけ、またゴードンの11の機能パターンを提
示すると、類似の要素をとりあげていることが理解できるが、いずれも抽象度の高い提示
である。医療の質経営システムを実現する電子カルテのためには、看護全体を俯瞰する構
造化モデルフレームと、看護実践を記録するために必要十分でありかつ専門性を表現する
精緻な用語集が必要といえる。
われわれは、このような視点から、表1のような理論モデルフレーム(a)を構築し、図2・
図3のような看護全体を俯瞰する構造化モデルフレーム(b) を作成した。(a)(b)は、初期フ
レームを、全体会議に提示し、第2章で述べた12回の会議プロセスを経て、構築された
ものである。
【文献】
1) 看護実践を記述する用語の構造の解析および用語体系の構築に関する基礎的研究(主任
研究者:中西睦子).平成 10∼11 年度科学研究費補助金(基礎研究 B2).
2) 中西睦子:看護実践を記述する用語と実体の分析.神戸市看護大学紀要,vol.1,1997.
図1
ヘンダーソンとオレムの対応
図2
ゴードンの11の機能パターン
表 ゴードンの11の機能パターンを枠組みとした
基礎データの項目
1.健康知覚―健康管理パターン 7.自己知覚―自己像パターン
2.栄養―代謝パターン
8.役割―関係パターン
3.排泄パターン
9.性欲―生殖パターン
4.活動―運動パターン
10.コーピング―ストレス
5.認知―知覚パターン
6.睡眠―休息パターン
(竹尾恵子;事例でまなぶ看護理論,P.104,学研)
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耐性パターン
11.価値―信念パターン
表1
階層
理論モデルフレーム
定義
定義の要素検証
看護行為の目的/対象
組織化に要する専門性の程度
電子経過表に設定された項目
(グループ名称)
備考
行為の理論的基礎
第1階層 看護行為の対象・目的・専門性の程度
によって区分しうる最も包括的な分類
<スタンダードケアの定義>
看護師の資格を有するものであれば、
その品質を保証して実施できる看護ケ
ア。保健・医療・福祉のいずれの領域・
組織においても共通して存在する看護
ケア
スタンダードケア
日常生活ケア
家族支援
指導・教育
組織間調整
機器などの装着に伴うケア
死者および遺族に対するケア
その他
(*観測・測定)
<プログラムドケアの定義>
特定の看護目標を達成するため、多様
な関連理論を用いて編成する一連の
計画的ケアで、対象の状態や変化に
対応する行為の選択枝が多岐にわ
たっているもの
プログラムドケア
(領域1:一般領域)
(領域2:認定看護領域)
(領域3:専門看護領域)
(領域4:助産・母性領域)
(領域5:在宅領域)
(領域6:地域看護領域)
第2階層 第1階層の各範疇を目的別に区分した
ケア行為から成る分類
第3階層 第2階層の各範疇に入る具体的な行
為目録
第4階層 第3階層の行為を状況・方法に応じて
分類したもの(部位、サポートレベル、
選択した方法・内容)
ニード充足/患者・クライエント
ニード理論
ふつう
ニード充足/患者およびクライエントの家
人間関係論
自立支援/患者・クライエント(・家族)
(ある程度マニュアル化できる一連 家族力動論、家族看護論
ニード充足/患者・クライエント・施術者 の行為)
学習理論、
(・家族)
間接 ニード充足/患者・クライエント(・
行動科学理論
施術者)
ニード充足/患者・クライエント・家族
フィジカルアセスメント
ニード充足/患者・クライエント・家族
人間行動論
組織論、マネジメント理論
≪これは構造が異なるので別に準備す
ME機器管理論
る)
高度
(ここは上記ケアを固有に組み合わせて
高度化したもの)
(状況判断がかぎとなるため、計画
性はあるがマニュアル化になじま
ない一連の行為)
省略
図2
看護実践を俯瞰するための構造モデル
看護ケアサービスの構造化
プログラムドケア(一般)
・退院調 整
・高度なコ ーディ ネイショ ン ・クリティカルケア
・高度先 進医療 に伴 うケア
・モニタリン グケア
・疾患の 自己管 理教育プ ログラム
・スト ーマケア
・褥そう予 防・治療
・緩和 ケア
・感染領 域
・精神看 護領域
・手術看 護領域
・リハビリ看護領域
・栄養領 域
・介護家 族ケア
・遠隔看 護
プログラムドケア(在
宅ケア領域)
・ 医療依存 度が高い 在宅ケ ア
・ 在宅療養 体制確 立支援
ケア方針の検討
施設間移行調整
スタンダードケア
・日常生活ケア
・家族支援
・教育、指導
・組織間調整
・機器などの装着に
伴うケア
・死者および遺族に
対するケア
・その他
プログラムドケア(地
域看護領域:保健師)
・個 別ケア
・集 団ケア
・社 会ケア
・災 害へのケ ア
・感 染へのケ ア
プログラムドケア(認
定看護領域:認定看
護師)
・救 急看護
・W OC看護
・重 症集中ケ ア
・が ん性疼痛 看護
・ホスピ スケ ア
・が ん化学療 法看護
・感 染管理
・糖 尿病看護
・不 妊看護
プログラムドケア(専
門看護領域:専門看
護師)
・がん 看護
・精神 看護
・成人 看護(慢 性)
・家族 看護
・母性 看護
・感染 看護
・小児 看護
・地域 看護
・老人 看護
プログラムドケア(助産・
母性領域:助産師)
・ローリスク妊産褥 婦のケ ア
・ハイ リスク妊産褥 婦のケ ア
・特殊ニ ーズを有する 妊産褥婦 のケア
・リプロ ダクティブヘル スケア
観察項目と
その表記
患者問題
(プロブレムリスト)
基本看護実践標準用語
(スタンダードケア)
standard care
高度専門看護実践標準用語
(プログラムドケア)
Programmed care
看護師の資格を有するものであれば、
その品質を保証して実施できる看護
ア。保健・医療・福祉のいずれの領
組織においても共通して存在する看
護ケア
特定の看護目標を達成するため、多
様な関連理論を用いて編成する一連
の計画的ケアで、対象の状態や変化
に対応する行為の選択枝が多岐にわ
たっているもの
日常生活ケア (116)
家族支援 (14)
指導・教育 (86)
組織間調整 (16)
機器などの装着に伴うケア(11)
死者および遺族に対するケア (6)
その他 (5)
<看護行為総数:254件>
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一般領域 (62)
認定看護領域 (構築中)
専門看護領域 (構築中)
助産・母性領域 (76)
在宅領域 (21)
地域看護領域 (構築中)
<看護行為総数:159件>
省略