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Type
統計的システム論II
片岡, 信二
一橋大学研究年報. 自然科学研究, 19: 1-21
1979-09-20
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/9446
Right
Hitotsubashi University Repository
統計的システム論H
片 岡 信 二
序
われわれは先に発表した論文r I」〔7〕において,統計的システム
論の理論的な構造を明かにし,’その一つの応用として所得分布曲線に
ついて議論を行った。本論文ではこの所得分布曲線論を更に展開し,
所得一厚生の均衡成長経路,経済社会的エントロピー,K:uznetsの逆
u字仮設および2層系の統計的システム論と,いくつかの計算結果に
ついて述ぺることにする,
’1 所得分布曲線と統計的システム論(続)
前論文に引き続き,まず統計的システム論によって導出された所得
分布曲線の性質について分析していくことにする.対象となるモデル
およぴ前提条件は前と同じものであるがここでも再度述ぺておこう.
(i) モデルおよび基本式
一定領域に住む住民の所得をいくつかの所得階層に分け,各階層に
属する人数の分布を問題とするが,これを1人の平均的な住民がある
階層に属する確率を求めるという形で考えて行き,このようなシステ
ムを経済社会システムあるいは以後単にシステムと呼ぶ.このとき次
のような前提を置こう.
(1) 各個人は全所得の分配に参加するが,その分配量は必ずしも
【
一定せず確率的要素を持っている.
(2)全システムの厚生関数を各個人の所得の個人的厚生関数(効
用関数と殆んど同義に用いる)の和と定義する.しかも後でこの関数
は所得の対数と仮定する.このような個人的厚生関数およぴ経済社会
2 一橋大学研究年報 自然科学研究 19
的厚生関数に対する議論は節を改めて行うこととするが,いずれも
「このように定義されなければならない」というものではなく,「こ
のように定義することはplausibleであると考えられる」という程
度のものである.しかしながら,従来の厚生経済学から一歩踏み出し
て何等かの積極的な結果を得るためには是非通らなければならない関
門である,
(3)(1),(2)のもとで全システムは最も確からしい状態,最尤状
態をとる.
これらの前提のもとで定式化を行うと次のようになる.跳を所得
階層乞の所得水準とし,ある平均的な個人が階層乞に属する確率を
π‘とすると
maxθニーΣπ¢10gπ感
(1.1)
subjecttoΣπ乞二1
(1.2)
Σπ融二Ψ
(1.3)
Σπ乞%(写名)靴
(1.4)
となる.ここで鰹は1人当り平均所得,頭穿‘)は個人の所得の厚生
関数,%は1人当りの平均厚生である・個人的厚生関数が各個人共通
で南ることを仮定しているが,これについては後述する。
(1.2),(1.3),(1.4)に対するLagrange乗数をそれぞれβo,βbβ2
とすると,分配関数Zを
βニexp(1+β。)ニΣexp{一β19¢一β2%(写‘)} (1.5)
として,分布確率
1
Pゑ=一exp{一β1擁一β2%(跳)} (1.6)
z
となり,また
∂10g Z ∂10g Z
一 =Ψ, 一 二% (1.7)
∂β、 . ∂β2
が得られる.
計算を更に進めるために,(1)%(〃)=10g暫,(2)駒の密度は連続的
で一定oであるとすると,
統計的システム論H 3
Z=・β、β2「1T(1門β2) (1.8)
となり,1一β2=αとおくと
10g Z==一α109β1十10g r(α)十10g o (1.9)
エントロピーεおよび錫は
s竃10g劉+σ(α) (1.10)
%=109〃+τ(α), (1.11)
ここで
σ(α)=α一1・9α一(α一1)ψ(α)+1・gr(α)(1.12)
τ(α)=ψ(α)一109α (1,13)
4
ψ(α)=一10g I7(α)
δα
である。ただしσ(α)では定数、10g oは除いておく.
以上が前論文のIVの(i)の要約である.以下ではSalem=Mount
論文〔4〕のデータおよびThei1の著書〔5〕の白人・黒人家計のデ
ータを用いて更に検討を加えることにする。
(ii) 所得一厚生の均衡成長経路
(1)Salem二五lount論文のアメリカの家計所得分布
9ニ♂
とおくと,9は%の定義から駒の幾何平均を表わすことになる.
(Salem=Mountでは才となっている.)これを用いると(1.11)よ
り
9忽二θ『(α) (1.14)
が得られ’る.この左辺は所得の算術平均に対する幾何平均の比であり,
これは所得分布が完全平等のとき1となり,一般には1より小さい数
となる.
Atki期on(=Champemowne)は「均等分配等価所得額」Ψ,を
擁一司[蜘)一茎%(駒)](エ・5)
と定義し〔1〕〔3〕,不平等尺度として
4 一橋大学研究年報 自然科学研究 19
且=1一〃81Ψ
を定義しているが,恢写)ニ10gΨとすれぱ,肋はgに一致す、ること
になる.ただしAtkinsonは%(写)を効用関数と呼んでいないこと
は注意を要する.
さて(1,14)式から経済の成長経路において,もしg!gが一定値
を取るように変動していくならば,αの値は一定となり,またガンマ
分布においては丁五ei1の不平等度,GINI係数等はαだけの関数で
あるから,不平等度は不変の成長経路となる.これを「所得‘厚生の ’
均衡成長経路」と名付けることにしよう
表1にはSalemニMount論文によるアメリカの家計所得分布から
のデータについて,算術平均所得才(二彩),幾何平均所得π(=重=
β鎚
,λ(ニβ1),α(=1一β2),β2(=1一α),エントロビーε,Thei1の不平
等度1,,GINI係数σが示してある。また図1には横軸に写,たて
軸にgを取って,アメリカの所得一厚生の成長経路を示してある.
原点を通る直線は均衡成長経路となる.表1から見ればαの値は60
年の2.06から69年の2.43まで増加しているが,図1ではその増
加もきわめて緩慢なものであり,60年から69年にかけて殆んど厚
生一所得は均衡成長経路上を進んできたことがわかる。しかもαは
増加しているのであるから不平等度(たとえばThei1の不平等度)
は緩かに減少しかなり望ましい状態であったといえる,なお図1の均
衡成長経路は最小2乗法によって推定すると
9=0。7924Ψ
であり,
8τ(α)=O.7924
よりαを求めると2。30となる。
数値を細かに分析すれば成長の緩急によって不平等度が変化するこ
とがわかるが,マクロに見れば殆んど原点を通る同一直線上を進んで
いるということは注目してよい現象と思われる.なお同様のことは次
の(3)の例でも現われている.
統計的システム論n 5
表1
λ*(=β、)
αホ
=1一β2)
1雫 7
僻X(=雪申)
β2
一(=め
年
3
σ
x104
1960
6354.5
4888.0
3.2418
2.06
一1.06
9.6323
0.2231
0.3701
1961
6578.0
4976.5
2.9492
1.94
一〇.94
9.6843
0.2364
0.3800
1962
6823.0
5390.5
3.3270
2.27
一1,27
9.6735
0.2048
0.3545
1963
7106.5
5478.0
2.9128
2.07
一1,07
9.7427
0.2228
0.3693
1964
7439.0
5856.5
3.0112
2.24
一1,24
9.7642
0.2072
0.3566
1965
7828.0
6138.0
2.8232
2.21
一1,21
9.8194
0.2093
03585
1966
8424.5
6809.0
2.9794
2.51
一1.51
9.9304
0.1856
0.3389
1967
8973.5
7210.0
2.7191
2.44
一1.44
9.9239
0.1910
0.3433
1968
9598.5
7746.O
2.5837
2.48
一1.48
9.9857
0.1888
0.3408
1969
10360.5
8320.0
2.3454
2.43
一1,43
10.0698
0.1922
0.3438
(*印はSalem=Mount論文より転載)
10
図1
9
,69
8
2
『=0.7924」
1.0
0
0
II
1
図2
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
算術平均所得g (千ドル)
●◎
X
観測f直(1960よ兜69年まで左⇒・ら順に並ぷ)
仮想値(仮想的成長経路)
タイル不平等度身
均衡成長経路
む ’60
)3
翫 乞
ド
ノレ
〆v\
千4
\竃の
/x− \、
.烈●、
7 6 5
幾何平均所得▽
II
6
大学研究年報 自然科学研究 19
・一
表2ユ 白入家計
4985.5
列が
び
1
3666.6
1
0.735
τ(α)
α
1
1.77
5256,9
3965.4
1956
5717.2
4329.3
0。757
1957
5804.7
4454.9
0.767
1958
6047,5
4629,8
0。766
2.03
1959
6455,2
4919.0
0,762
199
0.754
1
1.92
5†
一〇.307
1
一〇.839
1
0.247
1 ア
1955
が
1
1† r
年
1954
1
0.256
−0.282
−0.816
1.95
−0.278
−0,805
0,229
0.234
2.04
−0.265
−0.797
0.217
0.225
−0.267
−0.804
0.223
0.226
−0.272
−0.810
0.228
0,230
0,233
0,238
1960
6763.0
5108.5
0,755
1.93
−0.281
−0.819
0.236
0,237
1961
7015.5
5247.2
0.748
1.87
−0.290
−0.838
0.250
0,243
1962
7240.0
5541,4
0.765
2,02
−0.267
−0,822
0.231
0,227
(†印は階層別分布表よりの計算値)
表2.2 黒人家計
1
年
び
1954
2786.5
1888.7
0,678
1.43
一〇.389
一〇.932
1955
2903.0
2054.9
0,708
1.59
一〇.346
1956
3086.8
2156.2
0,699
1.54
一〇.359
1957
3254.2
2235.2
0,687
1.48
1958
3363.8
2310.5
0,687
雪↑1が
雪t
τ(α)
3†
∫ノ
み
0,284
O,310
一〇.912
0,257
0,282
一〇.922
0,267
0,290
一〇,376
一〇.930
0,275
0,301
1.48
一〇,376
一〇.932
0,299
0,301
α
1959
3532.8
2430.4
O,688
1.48
一〇.374
一〇.931
0,293
0,301
1960
3949.8
2705.0
0,685
1.47
一〇.379
一〇.942
0,295
0,303
1961
4111.2
2810.O
0,683
1.46
一〇,381
一〇.925
0,314
0,304
1962
40425
2875.3
0711
1.62
一〇340
一〇,922
0,279
0,278
(α,τ(α),身はガンマ分布を想定した理論値)
8
7
,62
幾何平均所得▽ ︵千ドル︶
6 5 4 3 2 1 0
0 1
図3
ロ
白人家計
∼ ,54
σ==0.7576g
,,∈イ
ダ’61
罫
黒人家計
,54
σ篇0・642卿
2 3 4 5
算術平均所得び
6 7 8
(千ドル)
統計的システム論H 7
(2)Kuznetsの逆U字仮説
図1において曲線で示した2つの経路1,Hは,アメリカ経済にお
いてr仮に」所得一厚生の成長をこのように行ったとすると,図2に
おいて不平等度がどのような形で変って行くかを示すものである.経
路1はやや急激に国民所得を増加させ厚生がこれに追いつかない政策
を取った揚合を表わし,経路Hは逆のケースを表わす.経路1に対し
ては明かに図2において逆u字型の不平等度の推移が見られる.
(3) 丁五ei1の著書のアメリカ白人・黒人家計所得分布
表2、1およぴ表2.2はThei1の著書〔5〕Eooηo競osα嘱∫⑳γ一
瓢伽π71肋酵劉から取ったアメリカの白人家計と黒人家計の所得階
層別データをもとにして計算したものである.表中ず等の†印のも
のは直接分布表から計算したもので(1r↑は筆者の計算値でThei1の
計算値とは若干違っている),τ(α〉は9†/ずをもとにガンマ分布を
仮定して(1.14)から
τ(α)=1・9(9?/ず)
によって計算し,逆にαおよび1r(α)を求めてある,これらの表か
ら次のようなことが推察できよう.
① 白人家計の不平等度∫,†はガンマ分布を仮定した理論値1,と
かなりよく一致している.
②黒人家計については1958∼1962はよい一致を示すが,1954
∼1957はあまりよくない。理論値17が大きく出るのは,この年代
では所得が全体として低いため,ガンマ分布よりもっと頭の尖った
Gibrat分布がよく当てはまるためかもしれない.
③ 白人家計では1955∼1961の間で明かに,図1のHの型の成長
が行われ従って不平等度ろはU字型となっている・他方黒人家計
はこの期間,所得の伸びが厚生の伸びを上廻って成長したため一方的
に不平等度が増加し続けた.
④表2.1,表2.2を図3に図示してある.これを見ると,②,③
のようなことがあったとしてもいずれのグラフも原点を通る直線上に
奇麗に乗ってくる.
8 一橋大学研究年報 自然科学研究 19
白人家計= 雪二〇.7576“
黒人家計= g=0.6426ッ
このことは厚生一所得の均衡成長は,現実の経済成長過程として相当
一般的なものではないかと推測される.更に先進国,開発途上国のデ
ータで調ぺる必要があろう.
なお白人家計と黒人家計のThei1の級間不平等度を計算してみる
と(Thei1の著書にも出ているが)大体0,011程度となり,この2
つの社会の間の不平等度は非常に小さく,しかも不変であることにな
り,白人・黒人はそれぞれ別の閉鎖社会を形成していることがわかる.
このことは後の2層系システムの問題のところでもう一度触れる;と
にする.
(iii) もう一つの最適値問題とその解釈
これまで取り扱ってきた問題は(L1)∼(1.4)の形をしており,こ
のLagrange関数は
maxLニθ一β・(Σπ‘一1)一β・(Σ雪葛πrΨ)一β2(Σ幽‘)π‘一%)
(1.16)
となる。そして結果は
1
窺=P‘ニーθ一隙一β2鴇(ツ‘)
z
であった。Salemの計算によりβ1(=λ)>0,β2(=1一α)<0であった
から,θニ3となる最尤状態において
(1) 国民所得写を一定にして厚生%を増加させるとエント・ビ
ーεは減少し(自然の方向とは逆),
(2)厚生%を一定にして所得写を増加させるとエントロピー3
は増加する.(自然の方向と一致)
以上のことはすでに前論文の図6,7で図示し,しかも検討の項で
も述ぺたことである.なお(1)の状況は%一10g創の小さい時には
逆に%一10g写を増加すう方が自然の方向に一致することに注意して
おく(前論文図5参照).
統計的システム論∬ 9
さて次に以下のような問題を考えてみる.
maxΣ%(ッ‘)π‘ (1.17)
subjecttoΣπ‘ニ1 (1.18)
Σ写両=割 (1.19)
一Σπ乞109π‘=3 (1.20)
(1。18)2(1.19),(1.20)のLagrange乗数をそれぞれβo’,β1’,β2’と
するとLagrange関数は
LグニΣ%(写‘)πrβo’(Σπr1)一β、ノ(Σ郷rΨ)
一β2’(一Σπ‘109π¢一3) ・ (1,21)
となる,これを変形して
五’ β。’
一π=一Σπ‘109π‘ (Σπr1)
一β2 (一β2ノ)
β1’ 1
一 (ΣΨ乞πr写)一一,Σ%(写乞)π‘一3
(一β2’) β2
(1.22)
とし,
β・ノ β・’ 1
,ニβ・, ,ニβb一,ニβ2 (1。23)
一β2 一β2 β2
とおくと,β2は通常マイナスであるから,一β2’>0となり,従って
L’
max1ンノごmax (1.24)
9 ・(一β2)
となる。他方(1。22)より(1。24)の右辺は(1。16)と定数項を除い
て全く同じになるから,
歪‘=P‘=θ一(1禰θ一触一鯛拗 (1.25)
が再ぴ得られる.
以下β1’,β2’の求め方の概略を述ぺる.(1.25)より分配関数Zを
z=Σθ一鰍一β2u(”‘)
一
とすれば,前と同じく,
∂10g Z ∂10g Z
Ψ==一 , uニー
∂β・ ∂β2
10 一橋大学研究年報 自然科学研究 19
3==β1Ψ十β2%十10g Z
∂10gZ
=βエΨ一β2 十10g Z
∂β2
これらより,写および3を与えてβ1,β2を解くことができるから,
これらを(1.23)に代入して
β・’=一β1/β2, β2’=1/β2
が得られる.β1>0,β2<0を用いるとβ、ノ>0,β2’<0となるが,これ
と(1。21)から,最尤状態において3一定にして写を増加すればL’
すなわち%も増加し,影一定にして8を増加すれば%は減少する
ことがわかる。
以上は写と3を一定にしたmax%を考えたが,この問題の経済
的な意味を考察してみよう,これは元の問題(1.1)∼(1.4)を裏側か
ら見たもので本質的には同等なものであるが,所得とエント・ピーを
一定にして厚生を最大にするという形になっている.これはエントロ
ピーというものを度外視すれば,いわゆる厚生経済学の主間題に一致
するものである.しかしながら意味内容には相当の相異がある.厚生
経済学においては社会的厚生関数(勿論,これが定義できるものとし
ての話であり,この存在を否定する立揚からは何も言えない)を最大
にするように所得を「分配する」,ないしは「分配しなけれぼならな
い」という言わば規範的命題を中心として論理が構成され,必ずその
命題を実行する実施者(為政者,政策決定者)の存在を暗黙のうちに
想定しているのに対して,この間題は「多数の個人の集団においては,
システムの不均一性は増大する傾向をもっている(エントロピー増
加)・これを一定値に抑えながら全厚生を最大になるように所得が分
配されているのが現実である.」と主張している.後者は従って在る
がままに記述する言わば記述的命題を中心課題としていると言ってよ
いであろう,しかしながらこれを敢えて規範的に解釈すれぱ次のよう
に言える。個人的厚生関数灰穿‘)が凹でしかも各個人が同じ形の関
数形を持っていることによって,一定所得を全体に均等に分配すれぱ
ヤ
全厚生は最大になる.しかし自然は常に不均一を志向するから,均等
統計的システム論H 11
分配になることを妨げる・そこで為政者は経済社会システムの現実の
不均一性を肯定し,しかもそれを一定値に抑えつつ社会的厚生を最大
にする政策を取っており,その結果が現実となって表われているので
あるとわれわれは解釈する.
(1.10)よりエントロピーsは
sニ10gΨ十σ(α)
であり,所得による部分10g穿とシステム内の所得分布の純粋な不
均等度による部分σ(α)とから成り立っている.Salem=Mountのデ
ータにょれば所得の増加による寄与がσ(α)の減少(均等化の方向,前
論文図3参照)に優って全体としてエント・ピーは増大してきたこと
がわかる(表1参照),このようなエント・ピー増大がどこの国でも起
っているかεうか興味深いところである,
以上はn}ax拐という最適値問題を考えたが,元の問題(1.1)∼
(1.4)と同値な他の最適値問題max写等も考えられる.そしてこれ
らは弊立変数(max3では写と%,max%では〃とs,max写で
は%とs)をβ1,β2も含めてどの2つに選ぶかによって定式化が異
ってくるのである.
(iv)個人的厚生関数と社会的厚生関数
われわれは個人的厚生関数妖駒)を単調増加凹関数と想定し,社
会的厚生関数を頭劉‘)の総和として定義した.古来問題となってい
る個人間の効用比較(あるいは本論文では厚生上ヒ較)についての議論
はここでは繰り返えさないが〔3〕,このことを前提とした上で,厚生
経済学乏.Pareto最適から一歩進めるためには,何等かの形で社会的
厚生を測る関数を「想定」しなければな.らない..このことはΣ恢Ψ乞)
だけが最良というのではなく,他にもっとよい尺度があればそれを用
いてもよいという意味である。ここにわれわれの原点が規範的基準に
よ.るものではなく,記述的基準によるものであることの意味がある.
社会的厚生を最大にするのが最良の政策であるとする為政者的立揚か
らすれば,.個人の効用の和を厚隼関数とすうことは不平等を促進する
12 一橋大学研究年報 自然科学研究 19
という非難が起るであろう.(ただしSenの著書の記述には肯けな
いところがある,同じ所得に対して個人Aの効用が個人Bの効用
より大であるときは,確かに効用の和の最大はAに更に多くの所得
を分配することによって達せられる.しかし必ずしもこれは不平等を
促進することにはならない.何故ならぱ同じ所得に対してAの効用
がBより大きいということは財の限界効用逓減の法則によりAの
すでに持っている資産がBのそれよりも少いことを意味すると解釈
することも出来るからである.)われわれは「すべての個人は同じ個
人的厚生関数を持つ」という仮定を置いたが,これは決してSenの
いう見掛け上の平等化を促すためのものではない。全く数学的便宜と,
このようにおくことによって「観測データをよりよく説明できる」と
いうに過ぎない。よく説明できるといっても理論と実測には当然隔り
があり,それを縮めるためには顧穿‘)ニ10g跳とおく代りに娠鰹‘)=
乃‘10g駒と階層別にすることもあるいは必要となろう.また数学的興
味も交えて考えれば個人的厚生関数が単調増大凸関数である個人(投
機的人間)も混っているような経済社会システムの行動も研究に値す
ると思われる.
H 2層系の統計的システム論
これまでは単一の経済社会システムを考え,これが環境システムか
ら総所得,総厚生を与えられて最尤状態に達する過程を考察した.わ
れわれは次に相互に作用を及ぽす2つのシステムを考え,これらの間
に達せられる均衡状態および環境システムからの作用の変化に対する
これらのシステムの対応ないし行動を研究してみたいと思う.このよ
うな2つのシステムを2層系と呼ぶことにしよう.
(i)2層系の定義
2層系をつくる2つの経済社会システムをG1およぴ◎2で表わす.
◎1,◎2を構成する個人の数をそれぞれ瓦,珊,全所得をy1,珍,全
厚生をU1,砺とする。また◎1の所得階層を1,2,……あで表わし,
統計的システム論H 13
それぞれに配分される個人の数を.%、1,π、2,……,π耽,また同じく◎2
に対してπ21,π22,……3π2㌃とする.またNニM十賜,y=r1十珍,U
=U1十U2とすると,
Σπ1乞=瓦, Σπ2乞=N2
Σπ蹴コz, Σ%2伽二72
Σπ1‘%‘=研,Σ%2‘耽二u2
となる. さらにπ1‘==π1¢/ハτ1,π25=π2¢/N2,π1ニハ「1/ハ4π2=珊/.〈弓“1=}71/
N1,馳二r2/N2,写=7/瓦%1==u1/坪1,%2=u2/ハπ2,%ニu/1〉とする。
以上により次の9個の式が成り立つ.ここで右側に書いたβ01…一
β2は各制約式に対するLagrange乗数を示す。
①Σπ1乞=1……β。】 ②Σπ2‘=1……β。2
③π1十π2=1……βo
④Σπ1‘写‘ニΨ1……β1、 ⑤Σπ2磁二Ψ2……β12
⑥π、Σπ、伽+π2Σπ2耽=写……β1
⑦Σπ1慨二%1……β2、 ⑧Σπ2槻=麗2……β22
⑨π1Σπ1‘%‘+π2Σπ2‘%‘ニ%…・一β2.
次に2つのシステムG1,◎2を合わせた状態の数躍は
ハ7! ハ71! ハπ2!
躍二
N1!騒!Hπ1‘!■π2盛!
‘ 乞
となり,10g}Vは瓦,N2,Nを十分大きいとしてStirlingの近似公
式により,
1・9研一一N(語1・g響1・9欝)一瓦Σ號1・g號
一碗Σ轡109蟹.
珊 騒
従って
θ一1・9L(π11。gπ1+π211gπ2+π1Σπ1‘1。gπ1¢+π21。gπ2乞)
N
(2,1)
となる.またθの導関数を求めると,
14 一橋大学研究年報 自然科学研究 19
∂θ
砺=一(169π・+1!一Σπ1‘1・gπ1∫
(2.2)
∂θ
漏=一(10gπ2+1)一Σπ2‘109π2盛
(2.3)
∂θ
一二一π1(109π1‘十1)
(2.4)
∂π1‘
∂θ
一二一π2(109π2¢十1).
∂π2乞
(2.5)
(ii)問 題1
「全人口罵全所得鶏全厚生Uを与え,璃,脇を一定とし,
2層間で所得と厚生を自由に移動できるようにしたとき均衡状態で2
層間の}71,巧,U1,U2はどのように分配されるか.」
この間題は次の最適値問題として解かれる.
maxθ,subjecガto①,②,⑥,⑨
そこでLagmngeL関数は
Lニθ一β。1(Σπ、5−1)一β。2(Σπ2r1)
一β・(π、Σπ、融+π2Σπ鮒乞一ッ)
一β2(π真Σπ1曲+π2Σπ2槻一%) (2.6)
となる.ここでπ1=ハr1/亙,π2ニ1膨1▽で定数である.
∂L
薦=一π・(10gπ・‘+1)一β・・一β・π1鰍β2π・%‘=0
∂L
颪二 2(109π2汁1)一β β1隙一β2π2%‘ニ0
これ,より
轍一exp(一誓』・)exp(一触一伽)
励一exp(一磐一・)exp(一角勉一勉)
しかるにΣP、‘=ΣP2F1からβ。、/πFβ。2/π2が得られ,P、fとP2‘
は全く同じ形となり⑥よりπ、Σp、磁+π2Σp2熾=ッはΣp耽二
統計的システム論H 15
忽となる.同様に⑨からπ1Σp、偽+π2Σp2幽二%はΣp殿=
駕となり,結局この間題1は単一システムでのβエ,.β2を求める間題
に帰着する,その結果2つのシステム◎1,◎2の均衡状態は両システ
ムで,(1)平均所得が等しく(〃1=肋=〃)かつ,(2)平均厚生が等し
く(駒=吻二麗)なって達せられる.すなわち島=瓦Ψ,珍〒N2写,研
==2V’
%,Uを=ハ』%となる.
(iii)問 題2
「2層間で人口と所得と厚生の移動は自由にするが,G且,◎2の平
均所得をそれぞれ写、,創2と固定したとき,ル1,1V2,r1,聡,%1,%2は均
衡状態でそれぞれいくらになるか」
(1)定式化
この問題は次の最適値問題として解ける.
maxθ,subject tQ①,②,③,④,⑤,⑨,
そこでLagrange関数は
L=θ一β・夏Σπ・‘一β・2Σπ2‘一β。(π1+π2)
一βUπ・Σπ・融一β12π2Σπ24写rβ2(π、Σπ幽+π2Σπ2蛋物)
(2.7)
であり,これより
∂L
砺=一(lo9π・+1)『Σπ1¢109π・rβ・
一β・・Σπ、融一β2Σπ1幽=0 (2.8)
∂L
而=一(109π2+1)一Σπ2乞1・9π2ε一β・
一β・2Σπ2融一β2Σπ2絢二〇 (2,9)
∂L
薦=一π1(10gπ1盛+1)一β・L一β・1徽一β2π・%‘一・
(2,10)
∂L
砺=一π2(109π2汁1)τβ・2一β且2鰍一β2噛一〇
(2,11)
16 一橋大学研究年報 自然科学研究 19
が得られる.ここで方程式の個数は①,②,③,④,⑤,⑨,(2.8),(2。9),
(2.10)(為個)(2,11)(乃個)の合計8十%個であり,未知数は
β。、,β。2,β。,β、、,β、2,β2,π、,π2,π、‘(乃個)2π2‘(乃個)の合計8+%個
である.
売1=:=p1,売2=p2,売蔦=p1‘,歪2‘=p2‘とおき, (2。8) より
109P・+1+β・+ΣP・‘(109P・‘+β・伽+P2%ε)=O
p1=exp(一1一βo)exp{一Σpエ‘(10gp、汁β1耽+β2%‘)}
(2.12)
同様に
P2ニexp(一1一β。)exp{一ΣP2‘(109P2‘+β・2〃5+β2%‘)}
(2.13)
が得られる.ここで
P、+P2ニ1 (2,14)
である.(2.10)より
β・・
10gp1¢十1十一十β11穿‘十β2%‘ニO
P且
盛Fexp(一・一象)exp(一伽‘一伽)・
(2.15)
同様に
P2‘一exp(一・一鋤exp(一βエ2写‘一脚
(2.16)
ΣP・‘一・:Z・一exp(・+磐)一Σexp(一β 一β2%‘)
(2.17)
ΣP2‘一・=Z2−exp(・+勢)一Σexp(一β・2写f一β2%‘)
(2.18)
ΣP1‘Ψ‘=Ψ、,ΣP2‘写‘=穿2, (2.19)
P、ΣP1‘%汁P2ΣP2‘%‘ニ%, (2.20)
統計的システム論H 17
(2.17),(2.18),(2.19)式より単一システムの揚合と同様に◎1,◎2に
対して
∂10g Z1 ∂10g Z2
ΣP、伽=一 =写1,ΣP漱=一 =写2
∂β1・ ∂β・2
(2,21)
および
!箪叢野 判’
(2。22)
が成り立つ.
単一システムの揚合に倣って窺=10g跳とし所得階層跳を連続
変数とすると(前論文参照) 『
綴1二雛ll鍛ll孟ニニ9二1:1雛‡認11二劉
(2.23)
となり,1一β2=αとおくと平均所得に対して(2。21)より
∂1・gZ1_1一β2_α ∂1・gZ2α
一 一 一一=写1, 一 =一=Ψ2
∂βエ1 β・1 β11 ∂β12 β12
(2.24)
が得られる,また各システムの平均厚生は(2.22)よりψ(α)ニ♂109
1「(α)/♂αとおいて
∂10g Z1
%1=一∂β2=一109β・・+ψ(α)・%2=一10gβ・昇+ψくα)
(2.25)
となり,平均厚生賜の各システムヘの分配は
μ・ニP・(ψ(α)一1・gβエ・),P2%2=P2(ψ(α)一10gβ・2)
となる.
さて(2。24)と(2,25)よりβ11,β12を消去すると
18
一橋大学研究年報 自然科学研究 19
灘1欝器認磯無翻
(2.26)
となり,両システムに対して
賜1−109霧1==秘2−109Ψ2=τ(α)
(2.27)
が成立する,rすなわち均衡状態においては,与えられた所得飾馳
に対して厚生%1,%2が適当に配分され,両システムにおいて%rlog
馳と%2−10g馳が等しくなり,その値はτ(α)となる.」
更にまた次のことが言える.r両システムに共通なτ(α)が定まれ
ばαが決まり,またαによってガンマ分布に対するThei1の不平
等度17=τ(α)十1/αやGINI係数が一義的に決定されるから,均衡
状態においては両システムの不平等度は等しい.」
(2)計算法
最後に具体的な計算方法を述ぺる.
1
P1乞=瓦exp(一βH〃ε一β2%重)
109P踊=一β11写f一β2%ε一109Zl
ΣP1‘109P、F一β11ΣP・瑠盛一β2ΣP幽一1・gZ・
故に(2.12)のexpの括弧の中は
Σp・‘10gp、‘+β2Σp・‘砺+β・・Σp、‘〃‘ニー10gZ1
同様に
ΣP2‘109P2‘+β2ΣP2‘%‘+β12ΣP2伽=一10gZ2
従って(2.12),(2.13)より
P1==exp(一1一βo)exp(10g Z1)ニexp(一1一βo)Zl
P2=exp(一1一β・)Z2
故に
z且 z2
P1= ,P2= (2.28)
Z1十Z2 Z1十Z2
名,Z2に(2.23)を代入すると
統計的システム論n 19
憶轟論/
町宥 /
(2.29)
P、%2+P2吻二% (2.30)
に(2.26)と(2.29)を代入して整理すると
F(α)=パ(1・ggr%)+写2α(1・g写2一%)+(パ+“2α)τ(α)=0
(2.31)
なる方程式が得られる。これよりαを解けばよい.(例えばNewton
法により)
(3) 計算結果と検討
(2。31)に含まれるパラメータはΨ1,写2および%の3つであり,
これらに値を入れることによりαおよび,これから次の諸量が計
算される:p1,p2、(2。29),τ(α)(1。13),17(α)=τ(α)十1!α,雪1==徴exp
{τ(α)},g2=穿2exp{τ(α)}(1.14),%1,%2(2.26).表3には%=8.0,
馳二5.0×103と固定して,穿1を5.OX103から9.OX103まで変えた
と・き,システムG1と◎2の人口比p1,p2がどのように変るか,・
Thei1の不平等度1r(α)はどう変るかなどについて示してある.◎1
の方が平均所得が高くなるにつれて人口の移動が起り◎1の人口が多
くなるが各均衡状態ではGエ,◎2に対して
表3
P1
P2
層霧2
写2
階写1
写1
α
τ(α)
∫7(α)
払1
%2
5.0×10305000.5002.98xlo32.98xlo3
1.10 −0.517 0.389
6.0
5.0 0.543 0.457 3.24 2.70
0,94 −0.616 0.443
8,08 7.90
5.0 0.570 0.430 3.45 2.46
0.S3 一一〇.779 0.492
8,14 781
8。0
5甲0 0,588 0.412 3.62 2,26
0.75 −0,793 0,533
8,19 7.72
9.0
5.0 0.601 0.399 3.77 2.09
0.70 −0.870 0,568
8.23 7,05
7.0
5.oxlo3
(%=8・0として計算してある2
800 8,00
20 一橋大学研究年報 自然科学研究 19
%1−10gツ1=%2−109写2=τ(α)
または
9/穿1=92!〃=exp{τ(α)}
となり,両方の不平等度は一致する・すなわち,r写1をどのように変
えても人口の移動,厚生の再分配が起って最後には上式が成立するよ
うな均衡状態に落ちつく」ことになる.
以上のような外部からの独立変数の変化は写1,g2,%に限らず,い
ろいろな組合わせで考えることができるが,いずれも最終的には内部
の変数で調整が行われ,両方でτ(α),17(α)が一致する均衡状態に到
達する(証明略).
ところで先に述ぺたThei1の白人・黒人社会も一つの2層系シス
テムと考えられるが,両システムの間は隔絶していることが示されて
いるのでここでの理論は当然適用はできず,実際に両者の不平等度は
かなり違っている.現実の2層系システムと考えられる都市と農村,
第2次産業と第3次産業等にこのような考え方をあてはめても恐らく
直ぐには成,り立たないであろう・このためには人口・所得や厚生の自
由な移動を妨げる別の制約ないしは強い相互作用を取り入れる必要が
あると考えられる.あるいはまた,不均衡状態から均衡への時間が非
常に長いとすることも考えな,ければならない。いずれにしてもまだ,
「統計的システム」論は未完成である.
最後にIncome and Assets Distribution Research Projectを主
宰され所得分布に関する研究論文をお送りいただいた本学経済研究所
溝口敏行教授〔2〕およぴ研究室の方々,計算の便宜を与えていただい
た産業経営研究所電子計算機室の方・セに深く謝意を呈する.
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