科学的根拠に基づく乳がん診療ガイドライン 乳がん診療の「疫学・予防・QOL」「診

科学的根拠に基づく乳がん診療ガイドライン
独立行政法人国立病院機構 四国がんセンター院長
高嶋成光
乳がん診療の「疫学・予防・QOL」「診断・検診」
「薬物療法」「外科療法」「放
射線療法」の 5 つの領域を対象に、日常診療においてよく遭遇する悩ましい問
題を「リサーチクエスチョン」として設定し、そのおのおのについて EBM の手
法を用いて「推奨」を導き出したものであり、乳がん領域では本邦で初めての
包括的ガイドラインである。
1. 乳がん診療ガイドラインの必要性
・患者の多さ
→罹患率が急増している
・疾患の重篤度
→壮年期女性の死亡率 1 位
・社会的な関心
→新しい治療法(乳房温存療法など)
→視触診単独の乳がん検診の有効性への疑問
2.
EBMの手法を用いた乳がん診療ガイドラインの作成手順
・作成委員会の設置
→46 名、5 小班 (疫学・診断・薬物・外科・放射線)
・乳がん診療の現状の把握と疑問点の抽出
→リサーチクエスチョン 103 項目
・各疑問点に関する文献検索
→乳がん関連論文 109,320 件より 7,195 件選択
・検索文献の批判的吟味を行い採用文献の決定
→684 件採用
・採用文献の構造化抄録の作成 ・エビデンスレベルの分類
→オックスフォード大学 EBM センターのエビデンスレベル
・各疑問点に対すると推奨の強さの決定
→A:行うよう強く勧められる
B:行うよう勧められる
C:行うよう勧めるだけの根拠が明確でない
D:行わないよう勧められる
3.
乳がん診療ガイドラインの構成
CQ
RQ
推奨
臨床病期Ⅰ・Ⅱ期の浸潤性乳癌に対する局所療法で乳房温存療法と乳房切除
術とでは生存率に差があるか
推奨:臨床病期Ⅰ・Ⅱ期の浸潤性乳癌に対する局所療法で乳房温存療法と乳房切除と
では生存率に差はない。(グレードA)
推奨度
【背景・目的】
現在日本においても臨床病期I、II期の浸潤性乳癌(おもに腫瘍径3cm以下)に対する標準的局所療法として乳房
温存療法(乳房温存手術と温存乳房への術後放射線治療)が定着してきた。乳房温存療法と乳房切除術で生
存率に差があるのか、ランダム化比較試験の長期治療成績をもとに解説する。
【解説】
適切な放射線治療が行われ、充分な症例数が登録された乳房温存療法と乳房切除術とのランダム化比較試験
が1972年から1989年にかけて6つ行われた(臨床病期I期が1試験1,2)・・・・・・・
【検索式・参考にした二次資料】
UpToDate ver.10.3、Canadian Medical Association J(2002 update)、・・・・・・・
【参考文献】
1) Veronesi U, Salvadori B, Luini A, Greco M, Saccozzi R, del Vecchio M, et al.
Breast conservation is a safe method in patients with small cancer of the
breast. Long-term results of three randomised trials on 1,973 patients.
Eur J Cancer1995;31A (10): 1574-9.
2) Veronesi U, Cascinelli N, Mariani L, Greco M, Saccozzi R, Luini A, et al.
Twenty-year follow-up of a randomized study comparing breast-conserving
surgery with radical mastectomy for early breast cancer. N Engl J Med 2002;
347 (16):1227-32.
構造化抄録
4. EBM におけるガイドラインの位置づけ
EBM は Clinical expertise(経験に基づく臨床能力)、Patient s value(患者
の意向)、Best evidence(質の高いエビデンス)のすべてを重要視しており、決
して Evidence だけに偏重しているわけではない。Best evidence はさらに 3 つ
の段階、すなわち「創る」
(臨床試験を施行して evidence そのものを創る)、
「伝
える」
(臨床試験の結果を学会発表や論文化して世に伝える)、
「使う」
(evidence
を日常診療で有効に使う)に分けられる。ガイドラインはこの中で、「伝える」
「使う」を効率的に行うツールと位置づけられる。ガイドラインは臨床上生ず
るよくある疑問とその解決案が多くの evidence を基に示されており、うまく利
用すれば大変有用であろう。もちろん、解決案である「推奨」には作成者の主
観が入ることは否めず、日本の診療ガイドラインといっても evidence は海外で
作られたものがほとんどであり、当然ながら起こる頻度の低い疑問点は網羅し
きれない。診療ガイドラインは有用性と限界を十分認識した上で活用する必要
があるのである。
また、
「ガイドラインは江戸前のお鮨と同様旬でなければならない」。本ガイド
ラインの今後の改訂は日本乳癌学会が担当し、薬物療法分野については補筆し
た改訂第 1 版が 2004 年 6 月に書籍化された。