31 第 11 章 割引配当モデル 11.1 配当と企業価値 あるものの価値はそれがもたらす将来の収入の現在価値の合計によって決まる、とする 考え方を株式について適用したものが割引配当モデル(discounted dividend Model、DDM)で す。DDMは、株主が保有している株式が将来もたらす収入としての配当の金額から、株主 にとっての企業価値(SV)を求めていきます。 DDMでは、現在価値を計算する式における将来価値(FV)の部分に、株主に支払われる 配当の金額を代入します。配当(dividend)とは、企業が様々な活動を行って獲得した利益 のうち、株主に分配される金額のことをいいます。配当には、個々の株主の立場から見た1 株当たり配当と、企業の立場から見た総額としての支払配当金、という2種類の表現があり ます。どちらの数値を用いて企業価値評価を行っても計算結果は同じです。 11.2 割引配当モデルの計算式 DDMの計算式において分子となる配当の総額は、財務諸表の1つである株主資本等変動計 算書に「剰余金の配当」という項目で掲載されています。次いで、計算式の分母の利子率 (r)には、株主資本コストが代入されます。配当は株主の取り分であるため、株主のEROI で割り引いて、価値を求めることが適当であるからです。 以上を踏まえると、DDMは次のように表すことができます。 𝑆𝑉! = 𝐷! 𝐷! 𝐷! + + ⋯+ ! ! (1 + 𝑐𝑒) (1 + 𝑐𝑒) (1 + 𝑐𝑒)! 各記号の意味は、𝑆𝑉は企業価値(株主)、𝐷は配当、𝑐𝑒は株主資本コスト、添字の𝑛は年 数です。添字は、0が現在、1が1年後、2が2年後、𝑛は𝑛年後を意味します。この式を、総和 記号Σを用いて1つの式として表現すると、次のようになります。 ! 𝑆𝑉! = !!! 𝐷! (1 + 𝑐𝑒)! 32 第 11 章 割引配当モデル 11.3 将来の配当の予測と成長率の仮定 DDMを用いて企業価値を計算するためには、将来支払われる配当の金額を予測する必要 があります。他の会計数値と同じく将来の予測は困難な作業であるため、DDMにおいても 一定の仮定を置いた上での企業価値評価にならざるを得ません。 将来の配当の予測にあたっては、永久年金方式の考え方をふまえて、 毎年同じ金額の配 当が無限に支払われる という仮定に基づいた計算を行うことがあります。この仮定を置く と、DDMは次のようなかたちで表すことができます。 𝑆𝑉! = 𝐷! 𝑐𝑒 さらに、毎年一定の成長率(𝑔)で配当が増加していくという仮定を置いた場合のDDM の計算式は、次のようになります。 𝑆𝑉! = 𝐷! 𝑐𝑒 − 𝑔 たとえば、株主資本コストが6%、1年後の配当が300億円、2年後以降は毎年1%ずつ配当 が増加していくと想定した場合の企業価値は、次のように計算されます。 𝑆𝑉! = 300 = 6,000 0.06 − 0.01 11.4 将来の配当の不確実性 DDMは、配当という一つの要素から理論上の株式価格である企業価値(株主)を求める ものであるため、配当の金額次第によって価値も大きく変動します。 日本の企業は伝統的に、当期の業績とは無関係に毎年一定に据え置いた配当を株主に支 払い続けるという経営を行っています。これを安定配当政策と呼びます。安定配当政策の 下では将来の配当の予測に対する不確実性は減少し、株価に対するDDMの精度も相対的に 高くなります。しかし近年では、業績と連動して増配や無配にしたり、自社株取得によっ て株主への還元を行ったりする、安定配当政策以外の経営手法も広まっています。配当の 予測における不確実性の増加に伴い、DDMの精度も下がっていくと考えられます。
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