行列の演算(pdfファイル:4ページ)

行列の演算
m 行 n 列の行列を、m × n 行列 (matrix) または (m, n) 型行列という.m × n 行列の上
から i 番目、左から j 番目の成分を (i, j) 成分 (entry, component) といい、aij で表す.(i, j)
成分が aij である行列 A を、A = (aij )、あるいは A = (aij )1≤i≤m,1≤j≤n のように表す.行
列 A の上から i 番目の横 1 列を第 i 行 (the ith row) といい、左から j 番目の縦 1 列を第 j
列 (the jth column) という.(i, j) 成分は第 i 行と第 j 列の両方に含まれる成分である.
m = n のとき、すなわち行と列の個数が等しいとき、n 次正方行列または n 次行列
という.正方行列の左上から右下までの対角線上の成分 a11 , a22 , . . . , ann を、対角成分
(diagonal entry) という.
{
1 (i = j)
δij =
0 (i ̸= j)
で定義される記号 δij を、クロネッカーのデルタ記号 (Kronecker’s delta symbol) という.
すべての成分が 0 である行列を零行列 (zero matrix) といい、O あるいは Om,n で表す.
m = n のときは簡単に On とも書く.対角成分がすべて 1 で、それ以外の成分が 0 である
ような n 次正方行列を単位行列 (identity matrix) といい、E あるいは En で表す.En の
(i, j) 成分は δij である.ある一つの成分が 1 で、それ以外の成分がすべて 0 であるような
行列を行列単位 (matrix unit) という.(i, j) 成分が 1 の行列単位を Eij で表す.
A = (aij ) と B = (bij ) がともに m × n 行列のとき、(i, j) 成分が aij + bij である m × n
行列、すなわち A と B の対応する成分の和をとった行列を A と B の和といい、A + B で
表す.差 A − B も同様に定義する.行列の和と差は、同じ型の行列に対してだけ定義さ
れる.行列の和に関して、次が成り立つ.
A + B = B + A,
(A + B) + C = A + (B + C),
A + Om,n = A
c を定数、A = (aij ) を m × n 行列とする.A のすべての成分を c 倍した行列を cA で
表す.特に単位行列 En を c 倍した cEn を、スカラー行列 (scalar matrix) という.任意の
m × n 行列 A = (aij ) は、次のように行列単位の定数倍の和として一意的に表すことがで
きる.
m ∑
n
∑
A=
aij Eij
i=1 j=1
ℓ × m 行列 A = (aij ) と m × n 行列 B = (bij ) に対して、(i, j) 成分が
m
∑
aik bkj = ai1 b1j + ai2 b2j + · · · + aim bmj
k=1
である ℓ × n 行列を A と B の積といい、AB で表す.A の列の個数と B の行の個数が異な
るときは、A と B の積は定義されない.積 AB が定義されるときでも、BA は定義されな
いこともある.また定義される場合でも、AB = BA が成り立つとは限らない.
積や和が定義されるとき、次が成り立つ.ただし、E は単位行列である.
(AB)C = A(BC),
A(B + C) = AB + AC,
AE = EA = A
(A + B)C = AC + BC
1
(
)
(
)
(
)
−1 1
0 1 −1
3 0 3
例 A=
, B =
について、AB =
であるが、積
2 0
3 1 2
0 2 −2
BA は定義されない.
(AB)C = A(BC) の両辺を ABC で表す.一般に、行列 A1 , A2 , . . . , Ak において、Ar
の列の個数と Ar+1 の行の個数が等しい (r = 1, 2, . . . , k − 1) とき、それらの積 A1 A2 · · · Ak
が定義される.特に A が正方行列のとき、A の k 個の積を Ak で表す.
正方行列 A について、正の整数 m が存在して Am = O (零行列) となるとき、A をベ
キ零行列 (nilpotent matrix) という.
m × n 行列 A = (aij ) に対して、(i, j) 成分が A の (j, i) 成分 aji である n × m 行列を A
の転置行列 (transpose of A) といい、tA で表す.


(
)
0 3
0 1 2
例 A=
の転置行列は tA = 1 4 である.
3 4 5
2 5
n 次行列 A = (aij ) の対角成分全部の和を A のトレース (trace) といい、tr A あるいは
TrA で表す.tr A = a11 + a22 + · · · + ann .
ℓ × m 行列 A と m × n 行列 B が、それぞれ


A11 A12 · · · A1q
A21 A22 · · · A2q 


A =  ..
..
..  ,
 .
.
. 
Ap1 Ap2 · · · Apq

B11 B12 · · ·
B21 B22 · · ·

B =  ..
..
 .
.
Bq1 Bq2 · · ·

B1r
B2r 

.. 
. 
Bqr
と区分けされていて、Aij は ℓi × mj 行列で Bjk は mj × nk 行列であるとする.このとき、
A と B の積 C = AB を


C11 C12 · · · C1r
C21 C22 · · · C2r 


C =  ..
..
.. 
 .
.
. 
Cp1 Cp2 · · ·
cpr
で Cik が ℓi × nk 行列であるように区分けすると、Cik = Ai1 B1k + Ai2 B2k + · · · + Aiq Bqk
(1 ≤ i ≤ p, 1 ≤ k ≤ r) が成り立つ.
1 × n 行列を n 次横ベクトルといい、m × 1 行列を m 次縦ベクトルまたは単に m 次ベ
クトルという.m × n 行列 A の第 i 行を ai とおき、第 j 行を aj とおくと、ai は n 次横ベ
クトルで、aj は m 次縦ベクトルである.行列の積の定義から、m 次横ベクトルと A の積
については
(c1 , c2 , . . . , cm )A = c1 a1 + c2 a2 + · · · + cm am
が成り立ち、A と n 次縦ベクトルの積については
 
c1
 c2 
 
A  ..  = c1 a1 + c2 a2 + · · · + cn an
.
cn
が成り立つことがわかる.
2
問題
1. 次の行列 A と B について、積 AB および BA を計算せよ.






(
)
3 −1
0 1 0
1 0 0
1 −1 2
(1) A =
, B = 2 0 
(2) A = 1 0 0, B = 0 0 1
0 2 1
1 1
0 0 1
0 1 0
2. m × n 行列 A = (aij ), n × p 行列 B = (bij ), p × q 行列 C = (cij ) の積について、
(AB)C = A(BC) が成り立つことを示せ.
3. n 次行列 X と Y に対して、[X, Y ] = XY − Y X とおく.3 つの n 次行列 A, B, C に
ついて、[A, [B, C]] + [B, [C, A]] + [C, [A, B]] = O (零行列) が成り立つことを示せ.(この
等式を Jacobi 等式という)
4. m × n 行列 A = (aij ) と m 次あるいは n 次の行列単位 Eij について、積 Eij A および
AEij を計算せよ.
5. ℓ × m 行列の行列単位 Eij と m × n 行列の行列単位 Epq の積 Eij Epq を計算せよ.
6. すべての n 次行列 X に対して AX = XA が成り立つような n 次行列 A = (aij ) を求
めよ.
7. (i, n − i + 1) 成分 (i = 1, 2, . . . , n) がすべて 1 で、それ以外の成分はすべて 0 である n
次行列を J とおく.n 次行列 A =((aij ) )
に対して、
AJ および JAJ を計算せよ.
(JA, )
a b
0 1
について、JA, AJ, JAJ を計算
とA =
(ヒント.n = 2 のときの J =
c d
1 0
してみる.)
8. ℓ × m 行列 A = (aij ) と m × n 行列 B = (bij ) について、t (AB) = tB tA が成り立つこ
とを示せ.ただし、tX は行列 X の転置行列である.
9. A = (aij ) が m × n 行列で B = (bij ) が n × m 行列のとき、m 次行列 AB のトレース
tr AB と n 次行列 BA のトレース tr BA は等しいことを示せ.
10. (i, i + 1) 成分 (i = 1, 2, . . . , n − 1) がすべて 1 で、それ以外の成分はすべて 0 である
n 次行列を N とおく.  
x1
 .. 
(1) n 次ベクトル x =  .  に対して、N x を計算せよ.
xn
2
(2) N を計算せよ.
(3) N m = O (零行列) となるような正の整数 m のうち最小のものを求めよ.
11. n 次行列 A と B が AB = BA を満たすならば、A + B の m 個の積について次の式
が成り立つことを示せ.
m
(A + B) =
m
∑
k=0
m!
Am−k B k
k!(m − k)!
3
(
3
1. (1) AB =
5

0

(2) AB = 1
0
解答とヒント


)
3 −5 5
1
, BA = 2 −2 4
1
1 1 3



0 1
0 1 0
0 0, BA = 0 0 1
1 0
1 0 0
( ∑n
)
∑
∑
2. AB の (i, k) 成分 = nj=1 aij bjk で (AB)C の (i, ℓ) 成分 = pk=1
aij bjk ckℓ であ
j=1
( ∑p
)
∑p
∑n
る.一方、BC の (j, ℓ)
成分
=
b
c
で
A(BC)
の
(i,
ℓ)
成分
=
a
b
c
jk
kℓ
ij
jk
kℓ
k=1
j=1
k=1
∑n ∑p
である.両者ともに j=1 k=1 aij bjk ckℓ に一致する.
3. [X, Y ] = XY − Y X の定義にしたがって展開すれば、容易に確かめることができる.
4. Eij A の第 i 行は A の第 j 行と等しく、第 i 行以外の行の成分はすべて 0 である.AEij
の第 j 列は A の第 i 列と等しく、第 j 列以外の列の成分はすべて 0 である.
5. Eij Epq = δjp Eiq
6. A はスカラー行列である.(ヒント.X として行列単位 Eij を考える.)
7. JA は第 i 行が A の第 n − i + 1 行である行列、すなわち A の行を上下逆の順序に並
べ替えた行列である.AJ は第 j 列が A の第 n − j + 1 列である行列、すなわち A の列を
左右逆の順序に並べ替えた行列である.JAJ は (i, j) 成分が A の (n − i + 1, n − j + 1) 成
分 an−i+1,n−j+1 であるような行列である.
∑
t
8. t (AB) の (j, i) 成分 = AB の (i, j) 成分 = m
B の (j, k) 成分
k=1 aik bkj である.一方、
∑m
t
t t
= bkj で A の (k, i) 成分 = aik だから、 B A の (j, i) 成分 = k=1 bkj aik である.よって、
t
(AB) の (j, i) 成分と tB tA の (j, i) 成分は一致する.
∑
∑
9. AB の (i, i) 成分は nj=1 aij bji で BA の (j, j) 成分は m
i=1 bji aij だから、
tr AB =
m (∑
n
∑
i=1
)
aij bji ,
tr BA =
j=1
m
n (∑
∑
j=1
)
bji aij
i=1
である.よって、tr AB = tr BA が成り立つ.
 
x2
 .. 
 
10. (1) N x =  . 
xn 
0
2
(2) N の (i, i + 2) 成分 (i = 1, 2, . . . , n − 2) はすべて 1 で、それ以外の成分はすべて 0
である.
(3) N n−1 ̸= O, N n = O だから、N m = O となるような最小の正の整数 m は n である.
11. AB = BA なので、二項定理の証明と同じ議論で示すことができる.
4