⽇本アイ・ビー・エム(従業員3名に対する業績不良を理由とする解雇の有効性等) 事件(東京地裁 平28.3.28判決) 業績不良を理由とする従業員の解雇は、その適性に合った職種への転換や業務内容に ⾒合った職位への降格、⼀定期間内に業績改善が⾒られなかった場合の解雇の可能性 をより具体的に伝えた上でのさらなる業績改善の機会の付与などの⼿段を講じること なく⾏われたものであり無効とされるなどした事例 掲載誌:労判1142号40ページ、労判2286号3ページ、労旬1867号45ページ ※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください 1 事案の概要 被告(以下「Y」)に期限の定めなく雇⽤され、かつ、Yの労働者によって組織された 労働組合のY⽀部に所属する労働組合員であった原告ら(「X1」「X2」「X3」。以下、 併せて「Xら」)が、業績不良を理由として解雇されたことについて、解雇事由が存在せ ず、労働組合の弱体化を狙ったものであって、解雇権の濫⽤として無効であり、不法⾏為 に当たるとして、労働契約に基づく地位の確認、解雇後に⽀払われるべき賃⾦および賞与 等ならびに不法⾏為に基づく慰謝料および弁護⼠費⽤の⽀払いを求めた。 [1]本判決で認定された事実 概要は以下のとおりである。 (1)X1 ア X1の出来事 年⽉⽇ 事 実 S62.4 Yに期間の定めなく採⽤され、営業職に配属された。 H1 バンド6(「バンド」とは、1〜10まで設定されたYにおける従業員の職位であり 数字が⼤きいほど職位が⾼い)となった。 H19.2 〜3頃 ビッド・マネージャー(以下「BM」)として⾦融業を担当するようになった。 H20.4.1 銀⾏の案件を複数同時期に並⾏して担当し、強い責任感等で無事期⽇に納品した ことが評価され、所属部署の⽉間MVPを受賞した。 H20下旬 X1のBMとしての業務について、業務内容に対する苦情が複数出た。 H21.2.20 コミュニケーション・スキル・ワークショップを受講し、積極性等が評価されて 〜5.22 MVPを受賞した。 H21.8.6 いつも複雑な契約例外申請の⽀援と案件対応をしていること、複雑極まりない社 内プロセスを粘り強く対応していることを理由に、他チームからの感謝状を授与 された。 H21.9〜10 他チームからメールの返信や納期について催促を受けたり、すぐに対応すると ⾔ったのに対応できていないとして苦情を受けたりした。 H22.10 BMが、X1と同じ業務を⾏うメンバーについて⾏った評価で、X1の評価は最下位 および11 だった。 H23.7頃 起票処理という転記作業や、セールスチームがX1の所属部署に依頼する際に依頼 事項を書き込むためのフォーム作りといった単純作業を⾏うようになった。 H24.7.20 YはX1に対し、業績が低い状態が続いており、職掌や担当範囲の変更を試みたに もかかわらず業績の改善がされない状態を放置できないとして、H24.7.26付で解 雇する旨の意思表⽰をした。 イ X1の評価 Yは、従業員の業績を⽰す評価制度を設けており、当該従業員の1年間(1⽉1⽇から12 ⽉31⽇まで)の⽬標達成度や会社への貢献度を内容とする。同評価は、上から順に「1」 「2+」「2」「3」「4」の5段階となっており、それぞれの配分は「1」が 10%〜20%、「2+」および「2」の合計が65%〜85%、「3」および「4」の合計が 5%〜15%の相対評価である。 X1の評価はH17が「2+」、H18が「2」、H19〜H22が「3」、H23が「4」であっ た。 (2)X2 ア X2の出来事 年⽉⽇ H12.4 事 実 Yに期間の定めなく採⽤され、研究所の積層基板研究・開発部⾨に配属されて積層 基盤の研究・開発業務を⾏っていた。 H21 ATFS(⼤型システムに光ファイバーケーブルを供給する事業の名称)技術⽀援業 務の担当や保守に関する業務のサポートを求められたが断った。もっとも、打診 を断っただけであり、明確に業務を命じてもそれに応じなかったという事実まで は認められない。 H23.1 上⻑であるBから、ファイバーケーブルに関する業務の幅を拡⼤することを提案さ れたが拒否した。X2はS-Link業務について幅広い業務を⾏いたいとの意向を⽰し たが、S-Link業務の幅を広げることの具体的な内容や範囲までは明らかにされて おらず、この点について具体的な業務指⽰があったとまでは認められない。 H23.6.2 Bの上⻑であるCに、H23.1からH23.3までBからパワーハラスメントと感じる⾔ 動が多数あったなどと相談し、意⾒を求めた。 その他 ・H23〜H24にかけて⼊室許可を受けていないセキュリティエリアに3回⼊室した ことがあった。 ・勤務中、Yのマナー基準に違反するTシャツ、ジーンズ、サンダルといった格好 をすることがあった。 ・会議への出席姿勢や離席、業務中の居眠りについてはBから注意されていたが、 注意が繰り返されていたことまでは認められない。 H24.9.18 YはX2に対し、H24.9.26付で解雇する旨の意思表⽰をした。Yは、X2の解雇理由 として、現に担当している業務以外に新たな業務を⾏わず、その結果著しく少な い量の業務しか⾏わないこと、職場において円滑なコミュニケーションを⾏うこ とができないこと、問題⾏動をとるなどし、その業績は極めて低かったこと等を 挙げている。 イ X2の評価 X2のH21〜H23の評価は「3」であった。 (3)X3 ア X3の出来事 年⽉⽇ S61.4 事 実 Yに期間の定めなく採⽤され、研究所に配属されてグラフィック製品の開発等を ⾏っていた。 H19.1 社内で異動となった。異動後、X3の業務について納期の遅延が多く発⽣してお り、他のメンバーと⽐較しても納期の遅延についてクレームがあった。もっと も、BMとして業務を任せられないほどのものではなかった。 H21.7 ITの開発・プログラム作成を⾏う部⾨に異動した。異動後、X3は、与えられた業 務の期限を守ることができないことがあった。 H23.10 部署内で異動し、総務的業務を担当するようになった。しかし、期限を守らな い、勤務時間の管理に問題があるなどの業務が改善されない状況が続き、苦情が 出た。そのため、X3の業務は会議の事前準備・当⽇の設営といった単発の業務に 限られたが、それさえも勤務時間の管理に問題があった。 その他 H23およびH24、⾃主的な業務改善活動として部⾨改善活動に参加して、⾒積も りの誤りを検出するツールの開発に携わり、X3が参加したチームは2年連続で部 ⾨内⼤会決勝に進出した。 H24.9.20 YはX3に対し、業績が低い状態が続いており、その間、Yはさまざまな改善の機会 の提供や⽀援を試みたにもかかわらず業績の改善がされない状態を放置できない として、H24.9.28付で解雇する旨の意思表⽰をした。 イ X3の評価 X3の評価はH18が「2」、H19〜H23が「3」であった。 [2]主な争点 本件では、①Xらの解雇について解雇権濫⽤の成否、②Xらの解雇が不当労働⾏為にあ たるか、③解雇態様の違法性の有無と損害賠償請求、④Xらの請求額が争われた。これら の争点のうち、以下では、①③について紹介する。 2 判断 [1]争点①:Xらの解雇について解雇権濫⽤の成否 本判決は、Xらのいずれについても、業績不振などYの解雇事由に相当程度対応する事 実が認められるとした。 もっとも、本判決は解雇を無効とする事情として、 X1については、①⼊社後BMとなるまではバンド6に⾒合った業務ができていたこと、 ②BMとなってからも複数の表彰を受けるなど業務改善に⼀定の努⼒を⾏い、Yもそれを 評価していたこと、③起票処理の作業については問題があったとは認められないことなど から担当させるべき業務が⾒つからないというほどの状況とは認められないこと、 X2については、(1)消極的な態度を続けると業務命令違反であるとして明確な指⽰が されていたとは認められないこと、(2)業務内容⾃体には問題があると認められないこ と、(3)コミュニケーションの問題も上⻑からパワーハラスメントを受けたと感じたこ とによるものと考えられる上、(4)コミュニケーションの問題から業務に具体的な⽀障 が出たとは認められないこと、 X3については、(ⅰ)H18の評価は「2」であること、(ⅱ)H23およびH24 に部⾨ 改善活動に参加してツールの開発に携わり所属チームが部⾨内決勝に進出したことから X3の能⼒を⽣かす業務があった可能性は⼩さくはないこと ――などを指摘した。 その上で、本判決は、Xらについて、相対評価で低い評価が続いたからといって、解雇 の理由に⾜りる業績不良があると認められるわけではないこと、⼤学ないし⼤学院を卒業 してYに⼊社後⼀定期間勤務を継続し、配置転換もされてきた上、職種や勤務地の限定が あったとは認められないとし、適性に合った職種への転換や業務内容に⾒合った職位への 降格、⼀定期間内に業績改善が⾒られなかった場合の解雇の可能性をより具体的に伝えた 上でのさらなる業績改善の機会の付与などの⼿段を講じることなく⾏われた解雇は無効で あると判断した。 [2]争点③:解雇態様の違法性の有無と損害賠償請求 Xらは、Yが合理的な理由がないことを知りながら解雇を⾏ったことに加え、Xらをいき なり呼び付けて⼀⽅的に解雇予告通知書を送り付け、弁明も聞かずにその⽇中に社外に放 逐するという酷な仕打ちであること、ロックアウト解雇の⼀環として⾏われたものであり 組合員であることを理由とする不利益取り扱いとしての解雇に他ならないこと、解雇予告 通知と同時に6⽇以内に⾃⼰都合退職を求める旨通告しておきながら、何ら具体的な解雇 理由を⽰さなかったことは団体交渉における誠実交渉義務に違反することなどを理由に、 精神的苦痛を被ったとして、Yに対しそれぞれ300万円ずつを請求した。 本判決は、Yが情報システムに関わる業務を⾏う企業であり、解雇予告をして対⽴した 当事者が機密情報を漏えいするおそれが⼀般的にあり、かつ、漏えいされると被害回復が 困難であることから、解雇予告と共に職場から退去させられ出社を禁⽌した措置に違法性 があるとはいえないとした。また、解雇予告通知に関しても、実体要件を満たしていれば 本来は解雇予告をするまでもなく即⽇解雇することも適法であること、解雇の意思表⽰の 時点で解雇理由の具体的な詳細を伝えることまでは要求されていないこと、短い期間内の ⾃⼰都合退職の通告といっても、期間内に⾃主退職をすれば退職の条件を上乗せするとい う提⽰はそれがない場合と⽐較して労働者にとって不利益な扱いともいえないことを理由 に違法性があるとはいえないとした。その上で、Xらに業績不良がある程度認められるこ と、解雇時にさかのぼって相当額の給与等の⽀払いがされることにより精神的苦痛は相当 程度、慰謝されるものとみるべきことなども考慮して損害賠償請求は理由がないとした。 3 実務上のポイント [1]業績不良を理由とする解雇 業績不良のような労働者の能⼒不⾜や成績不良による解雇の有効性判断には、種々の事 情が総合考慮される。裁判例においては、当該労働者の改善可能性や、これに関連して労 働者の地位や業務特定の有無、使⽤者の⾏った改善措置や配転措置等の解雇回避措置を重 視するものが多い(菅野和夫ほか編『論点体系 判例労働法1』[第⼀法規]338ページ 以下、⽩⽯哲編『裁判実務シリーズ1 労働関係訴訟の実務』[商事法務]275ページ以 下)。 本判決は、Xらが⻑期間雇⽤され、かつ、使⽤者に広範な⼈事裁量権が認められること を前提として、Xらの解雇事由について詳細な検討を加えた上、Xらには業績不良が認め られなかった期間があることや、解雇の理由となった事情が明確な業務命令違反であると までは認められないこと等から、改善可能性を考慮してさらなる解雇回避措置を取らずに ⾏った本件の解雇はいずれも無効であるとしており、これまでの裁判例の傾向を踏襲した ものといえる。 [2]解雇態様の違法性の有無と損害賠償請求 地位確認と解雇後の賃⾦⽀払いが認められる場合は、それらによってもなお慰謝されな いような特段の精神的苦痛があったものと認められる場合に慰謝料を請求することができ ると解されている(財団法⼈ソーシャルサービス協会事件 東京地裁 平25.12.18判決 労経速2203号20ページ)。 本判決も、解雇時にさかのぼって相当額の給与等の⽀払いがされることを理由に損害賠 償請求は理由がないとした。また、Yの情報管理の点やXらに業績不良がある程度認めら れること等を不法⾏為の成⽴および損害賠償請求を否定する理由として挙げている点も参 考になる判断である。 【著者紹介】 増⽥ 慧 ますだ けい 森・濱⽥松本法律事務所 弁護⼠ 2006年慶應義塾⼤学法学部法律学科卒業、2008年慶應義塾⼤学法科⼤学院修了、 2010年判事補任官、2015年「判事補及び検事の弁護⼠職務経験に関する法律」に基 づく弁護⼠登録。 ◆森・濱⽥松本法律事務所 http://www.mhmjapan.com/ ■裁判例と掲載誌 ①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり 事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別 (5)掲載誌名および通巻番号(6) (例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6) ②裁判所名は、次のとおり略称した 最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、 それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであること を⽰す) ⾼裁 → ⾼等裁判所 地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記 載) ③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順) 刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所) 判時:『判例時報』(判例時報社) 判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社) ⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所) 労経速:『労働経済判例速報』(経団連) 労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社) 労判:『労働判例』(産労総合研究所) 労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)
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