1 代数学 II 白昼堂々 秘密の資料 アイゼンシュタインの定理 2014.10.15 なかのしん 体 K 上の多項式環 K[X] の既約元を既約多項式という. とくに係数体を強調して, K 上既約であるとか K 上の既約多項式などということが多い. 体 L が K を部分体 として含む場合,K[X] の既約多項式が L[X] で既約であるとは限らないため,係数体を 明示する必要が生ずるからである. たとえば,X 2 − 2 は有理数体 Q 上既約であるが, √ √ X 2 − 2 = (X − 2)(X + 2) より実数体 R 上では既約ではない. 既約でないとき可約 であるという. 零でない f (X) ∈ K[X] が K 上可約であるための必要十分条件は, f (X) = g(X)h(X), 0 < deg g(X), deg h(X) < deg f (X) なる g(X), h(X) ∈ K[X] が存在することである. とくに1次式はどの体上でも常に既約 である. 体 K 上の多項式が与えられたとき,それが K 上既約であるか可約であるかの判定(既 約性判定)は一般には難しい. この小文では,K が有理数体 Q の場合に限定して,既約 性判定法のひとつであるアイゼンシュタインの定理を紹介する. 定義 1 p を素数とする. 2 次以上の多項式 f (X) ∈ Z[X] が,素数 p に関するアイゼン シュタイン多項式であるとは, f (X) = n ∑ ai X i = an X n + an−1 X n−1 + · · · + a1 X + a0 , ai ∈ Z i=0 とするとき, (i) an は p の倍数ではない, (ii) an−1 , · · · , a1 , a0 は p の倍数である, (iii) a0 は p2 の倍数ではない. がみたされることである. たとえば,X 2 − 2 は 2 に関するアイゼンシュタイン多項式である. また,任意の n ≥ 2 と任意の素数 p に対して,X n + p3 X + p は p に関するアイゼンシュタイン多項式である. 定理 2 (アイゼンシュタイン) 素数 p に関するアイゼンシュタイン多項式は Q 上既約で ある. 2 証明は,次の 2 つの命題に帰着される. 命題 3 f (X) ∈ Z[X] が Q 上可約ならば, (♠) f (X) = g(X)h(X), 0 < deg g(X), deg h(X) < deg f (X) をみたす g(X), h(X) ∈ Z[X] が存在する. 命題 4 f (X) ∈ Z[X] が素数 p に関するアイゼンシュタイン多項式ならば,(♠) をみたす g(X), h(X) ∈ Z[X] は存在しない. [命題 3, 4 =⇒ 定理 2] もし f (X) ∈ Z[X] が Q 上既約でないとすると,命題 3 より,(♠) をみたす g(X), h(X) ∈ Z[X] が存在するが,命題 4 から,そのような f (X) はアイゼン シュタイン多項式になり得ない. □ さて,命題 3 ってビミョーだよね. だって,Q 上可約なら (♠) をみたす Q 係数の多 項式 g(X), h(X) が存在することはわかってんだから,ちょいと考えれば,そいつらを Z 係数にするのなんて簡単そうじゃん……,と言いたいところなのだが,これが難しいのだ. そこで,命題 3 は後回しにして,はじめに命題 4 を証明しておこう. [命題 4 の証明] 定義 1 で与えられた f (X) に対し,(♠) をみたす g(X), h(X) ∈ Z[X] が 存在したと仮定し,それらを g(X) = l ∑ bj X j , h(X) = j=0 m ∑ ck X k , (bj , ck ∈ Z) k=0 とする. このとき,0 < l, m < n および l + m = n に注意せよ. いま,b0 c0 = a0 は p で 1 回しか割り切れない (定義 1 (ii), (iii)) から,b0 , c0 のどちらか一方のみが p の倍数で ある. どちらでも同じだから b0 ≡ 0, c0 ̸≡ 0 (mod p) としよう. 次に 1 次の係数を見ると b1 c0 + b0 c1 = a1 ≡ 0 (mod p) であるから,上の合同式と合わせて,b1 ≡ 0 (mod p) となる. これを繰り返せば,最後に l 次の係数を見て bl c0 + bl−1 c1 + · · · = al ≡ 0 (mod p) より,bl ≡ 0 (mod p) を得る. したがって an = bl cm ≡ 0 (mod p) となって,f (X) の取り方 (定義 1 (i)) に矛盾する. □ 3 以下において命題 3 を証明するわけだが,これが意外と面倒なんだな,面白いけど…. はじめに定義を 1 つ用意しよう. 定義 5 Z 上の多項式 f (X) = n ∑ ai X i = an X n + an−1 X n−1 + · · · + a1 X + a0 , ai ∈ Z i=0 は,その係数 a0 , a1 , · · · , an の最大公約数が 1 であるとき,原始的であるという. 補題 6 f (X) ∈ Z[X] が原始的であるためには,任意の素数 p に対して f (X) ̸≡ 0 (mod p) であることが必要十分である. 証明 もし,ある素数 p に対して f (X) ≡ 0 (mod p) ならば,f (X) の係数 a0 , a1 , · · · , an はすべて p の倍数であり,最大公約数も p の倍数となり,f (X) は原始的ではない. 逆も 明らかであろう. □ いま,素数 p に対して F p = Z/pZ とおけば,これは体である. 整域上の多項式環は 整域であることに注意すれば,F p [X] は整域である. これを踏まえて次の補題を与える. 補題 7 (ガウス) 2 つの原始的多項式の積は原始的である. 証明 対偶を証明する. f (X), g(X) ∈ Z[X] に対して,積 f (X)g(X) が原始的でないと しよう. このとき,前補題より f (X)g(X) ≡ 0 (mod p) をみたす素数 p が存在する. この合同式を F p [X] の等式とみなせば,F p [X] が整域であ ることより, f (X) ≡ 0 (mod p) または g(X) ≡ 0 (mod p) が得られ,再び前補題より f (X) または g(X) は原始的ではないことが導かれる. □ 補題 8 定数でない任意の f (X) ∈ Q[X] に対して, f (X) = cf1 (X) をみたす c ∈ Q× および原始多項式 f1 (X) ∈ Z[X] が存在する. 証明 係数の分母の最小公倍数をかけることにより,f (X) ∈ Z[X] としてよい. f (X) の 係数の最大公約数 c をとり,f1 (X) = c−1 f (X) とおけば,f1 (X) ∈ Z[X] である. もし, f1 (X) が原始的でなければ,補題 6 より f1 (X) ≡ 0 (mod p) をみたす素数 p が存在する が,このとき,f (X) = cf1 (X) ≡ 0 (mod cp) となり,c が係数の最大公約数であること に反する. □ 4 補題 9 f (X) ∈ Z[X] が,c ∈ Q× および原始多項式 f1 (X) ∈ Z[X] によって f (X) = cf1 (X) と表されるならば,c ∈ Z である. 証明 c を既約分数 c = s/t で表す. すなわち,s, t は互いに素な整数である. もし t ̸= ±1 ならば,t の素因数 p が存在する. このとき,sf1 (X) = tf (X) ≡ 0 (mod p) であるが, s ̸≡ 0 (mod p) より f1 (X) ≡ 0 (mod p) となる. よって補題 6 より f1 (X) は原始的でな いことになり,仮定に反する. よって t = ±1,すなわち c ∈ Z を得る. □ これらの補題を用いて命題 3 を証明しよう. [命題 3 の証明] f (X) ∈ Z[X] が Q 上可約であるから,(♠) をみたす g(X), h(X) ∈ Q[X] が存在する. 補題 8 を用いて, g(X) = cg1 (X), h(X) = dh1 (X) をみたす c, d ∈ Q× と原始多項式 g1 (X), h1 (X) ∈ Z[X] がとれる. このとき f (X) = cdg1 (X)h1 (X) であるが,補題 7 (ガウスの補題) より g1 (X)h1 (X) は原始多項式であり,したがって補 題 9 より cd ∈ Z を得る. よって g2 (X) = cdg1 (X) とおけば g2 (X) ∈ Z[X] であり, f (X) = g2 (X)h1 (X) をみたす. deg g2 (X) = deg g(X), deg h1 (X) = deg h(X) だから命 題は証明された. □ な,意外と面倒だっただろ? でも面白かっただろ? え、面白がってんのはオレだけ? 問 1 f (X) ∈ Z[X] がモニックで Q 上可約ならば,(♠) をみたすモニックな g(X), h(X) ∈ Z[X] が存在することを証明せよ. 問 2 f (X) ∈ Z[X] がモニックで Q に根を持つならば,その根は Z に属し,さらに f (X) の定数項の約数であることを証明せよ.
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