Ti5Al2Fe3Mo 合金の焼戻し組織に及ぼす 予加工

日本金属学会誌 第 78 巻 第 12 号(2014)434
440
Ti5Al2Fe3Mo 合金の焼戻し組織に及ぼす
予加工の影響
竹 元 嘉 利1
和 田 惠 太1,1
朝 倉 健 太1,2
瀬 沼 武 秀1
國 枝 知 徳2
藤 井 秀 樹2
1岡山大学大学院自然科学研究科
2新日鐵住金株式会社
J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 78, No. 12 (2014), pp. 434
440
 2014 The Japan Institute of Metals and Materials
Influence of Predeformation on Tempering Structure of Ti
5Al
2Fe
3Mo Alloy
1, Kenta Asakura1,
2,
Yoshito Takemoto1, Keita Wada1,
Takehide Senuma1, Tomonori Kunieda2 and Hideki Fujii2
1Graduate
2Nippon
School of Natural Science and Technology, Okayama University, Okayama 7008530
Steel & Sumitomo Metal Co., Ltd., Futtsu 2938511
A nearbtype Ti5Al2Fe3Mo alloy (SuperTIX523AFM) was developed as a lowcost and highstrength material for
automotive components such as intake valves. Its mechanical properties, such as strength, elongation and Young's modulus, are
adjustable via the solution treatment temperature. Furthermore, a unique phenomenon different from the shape memory effect
that appears after tempering has recently been discovered in the alloy. In this study, the influence of predeformation on the
microstructural evolution attributed to the tempering of the alloy quenched from 900°
C (a+b) was investigated to clarify the
cause of the unique phenomenon. Although the phase constitution of the quenched specimen was a+b, the effective Mo
equivalency (6.5Moeffeq) of the b phase was lower than the minimum b composition (10Moeffeq) in common b alloys. Work
induced a″martensite plates consisting of single a″variant including nanosize b domains were formed in the bphase by cold
rolling. Upon heating the rolled specimen to around 250°
C, the plates vanished owing to the a″→b inverse transformation and the
hardness decreased. However, when the rolled specimen was heated to 450°
C, the hardness markedly increased as a result of the
b→a″transformation, and the plates were formed again. The plates consist of a single a″variant, but the a″lattice is not
extensively continuous and is divided into nanosize domains by boundaries containing many faults. It is considered that the
evolution of singlea″variant plates generates a large distortion due to the transformation strain and leads to the unique shape
change. Such plates were not formed in undeformed specimen by aging at 450°
C, and the bphase was transformed into a nanosize
domain structure composed of multiple a″variants. Consequently, these fine structure in the undeformed specimen led to its
higher hardness than that of the rolled specimen. [doi:10.2320/jinstmet.J2014035]
(Received August 22, 2014; Accepted October 10, 2014; Published December 1, 2014)
Keywords: titanium alloy, a″martensite, age hardening, variant, tempering
金では溶体化焼入れで v 相が形成され,非常に硬く脆くな
1.
緒
言
るため,a 安定化元素の Al を添加し v 相の形成を抑える合
金設計がとられている2,4).
Ti 合金の普及には加工コストおよび素材コストの低減が
重要な課題である1,2).Ti
Ti5Al2Fe3Mo 合金(SuperTIX523AFM)はこのよう
合金には a(hcp)型,b(bcc)型およ
な製造コスト低減を目標に開発され,純 Ti 並の軽量性に加
び a + b 型があり, b 型は一般に加工性がよい1,3).しかし b
え,高強度で高疲労強度を示す合金であり,現在二輪車の吸
相を安定化させるには Mo, Nb, Ta など高価な希少元素を多
気バルブなどに採用されている5).また本合金は構造材料と
く必要とし,必然的に素材コストの増加を招く.一方,b 共
して優れているだけではなく,多彩な機能性も有しているこ
析型元素として Fe や Cr, Mn などが知られており,これら
とが最近明らかになってきた.主に強度や加工性,ヤング率
の元素は安価でわずかな添加量で b 相を安定化させ,重量
を熱処理によって大幅に可変できるほか5),焼戻しに伴って
増も抑えることができるため LCB(Low Cost Beta)合金を設
異常な形状変化が発現することが分かってきた6).例えば高
計する上で重要な元素である.しかし b 共析型の 2 元系合
温 2 相( a + b )領域からの焼入れ材を室温で曲げ変形を行
い,これを昇温すると曲げ方向に自発的に変形が進む現象な
株 (Graduate Student, Okayma
1 岡山大学大学院生,現在東レ
University, Present adress: Toray Industries, Inc.)
2 岡山大学大学院生(Graduate Student, Okayma University)
どが挙げられる.同様の現象は Ti4Fe7Al 合金でも報告さ
れており7),焼戻しによって b→a″変態が関与していること
12
第
号
Ti
5Al
2Fe
3Mo 合金の焼戻し組織に及ぼす予加工の影響
が明らかになっている8).
435
ル(1 6 10 体積比)の電解液を使用し,液温- 40°
C,電圧
本研究では Ti 5Al2Fe 3Mo 合金の焼戻しに伴う特異現
20 V の条件でツインジェット研磨により薄膜化を行った.
象がどのような組織変化から発現しているかを解明するた
め,高温 2 相域からの焼入れ材について,室温での変形(圧
延)がその後の焼戻し組織におよぼす影響を調査した.
2.
実 験
実験結果および考察
3.
3.1
方 法
時効硬化挙動
Fig. 2 に累積等時時効による硬さ変化を示す.また室温で
U 字曲げした薄板試料の昇温に伴う形状変化を模式的に示
実験に用いた Ti 5Al 2Fe 3Mo (以後 523AFM と略称す
す.900°
C 焼入れ材(WQ)の硬さは 350 Hv であった.3の
る)の化学組成を Table 1 に示す. 13 mmq の合金丸棒から
冷間圧延(CR3)を施すと加工硬化により 360 Hv まで増加
約 1 mm 厚の板材を切り出し,真空中で 2 相( a + b )域の
した.これを 50 °
C 刻みで昇温すると次第に軟化し, 250 °
C
900 °
C で 30 min の溶体化処理後,氷水中に水冷した( WQ
で WQ 材の硬さとほぼ同じになった.このとき U 字曲げ試
材).時効に及ぼす予変形の影響を調査するために,WQ 材
料はもとの直線形状に多少回復する9).しかしその後の昇温
を室温にて 3~ 10の圧延を施した( CR 材).焼戻しには 2
により今度は硬化に転じ,450°
C で急激な硬化を示す.この
通りの熱処理を採用した. 1 つは昇温過程を模擬するため
温度域では一旦形状を回復した試料は再び U 字方向へと形
Fig. 1 ( a )に示す累積等時時効処理を行った.具体的には 1
状を変化させた. Ti 4Fe 7Al の昇温に伴う形状変化試験7)
枚の板材試料を用いて, 50~ 450 °
C まで 50°
C 刻みの各温度
でも, 250 °
C までわずかに形状回復を示しその後 U 字方向
で 5 min 保持後,水冷し,硬さと XRD 測定などを行った.
へと変化したが,その変化は Ti4Fe7Al の方が非常に大き
もう 1 つは Fig. 1(b)に示すように 250~450°
C の範囲で 60
かった.
min までの等温時効処理を行った.
Fig. 3 に CR3 材の等温時効処理に伴う硬さの結果を示
硬さ試験は Vickers 硬度計を用い, 2.94 N の荷重で 7 点
す.250~350°
C の時効温度では,時効初期に一旦 WQ 材と
測定し平均値を採用した.XRD 測定は Rigaku 製 SmartLab
同等の硬さ( 350 Hv )まで軟化を示し,その後,硬化する挙
を使用し,45 kV200 mA にて発生した CuKa 線を用い,走
査 角 度 2u は 30 °
~ 90 °
と し た . TEM 観 察 に は Topcon 製
EM 002B および JEOL 製 JEM 2100F を使用した. TEM
試料の作成には過塩素酸 n ブチルアルコールメタノー
Table 1
Chemical composition of 523AFM alloy.
(mass)
Element
Al
Fe
Mo
O
C
N
Ti
523AFM
5.1
2.0
3.0
0.18
0.002
0.003
Bal.
Fig. 2 Schematic illustration of the shape change of the U
shaped specimen and the evolution of hardness with isochronal
aging at each temperature for 5 min.
Fig. 1 Heat treatment patterns: (a) accumulative isochronal
aging and (b) isothermal aging.
Fig. 3 Hardness evolution of the CR3 specimens with
isothermal aging.
436
日 本 金 属 学 会 誌(2014)
第
78
巻
動を示した.時効温度が高いほど硬化は速く,特に 450 °
C
現した.一方,{ 110}b および{200}b のピーク強度は減少し
での硬化が著しい.
ており,圧延によって b→a″加工誘起変態が生じたものと考
Fig. 4 は WQ 材の圧延(CR)に伴う硬さ変化(■)および圧
( hcp )の区別はできない
えられる.なお, XRD で a と a ′
延せず(NonCR)直接 450°
C での等温時効硬さ変化(○)を示
も考えられる.引き続き
が,加工誘起変態として b→a″→a′
す.比較のため CR3 材の結果(●)も併せて示す.圧延に
250°
C まで累積等時時効を行うと,前述の b 相のピーク強度
よる加工硬化は 10 圧延で約 20 Hv ほど増加した. Non 
は再び増加し,a″の強度は若干減少した.Fig. 2 で示した硬
CR 材の 450°
C 時効では 15 min 後に CR3 材と硬さが逆転
さ変化と対応させると,250°
C で軟化した原因は,昇温によ
し,60 min 後には約 30 Hv ほど高い値を示した.
って a ″→ b 逆変態したためと考えられる.ところがさらに
3.2
各プロセスにおける構造変化
Fig. 5 は焼入れ,圧延,および累積等時時効後における
XRD プロファイルを示す. 2 相域 900 °
C からの焼入れによ
450 °
C まで昇温すると{ 200 }b のピークは完全に消滅した.
付近は多くのピークが重なり解析が困難となっ
また 2u=39°
た.
Fig. 6 は WQ 材の 60 min 等温時効に伴う XRD 変化を示
り WQ 材では a+b のピークのみであった.これを 3圧延
す.時効温度の上昇によって b の強度は低下し 350 °
C では
( CR3)すると, 2u = 61 °
付近に a ″(斜方晶)の(200)a″が出
a″のピークが認められた.しかし(200)a″のピークに着目す
ると温度の上昇により高角側にシフトしていることから,形
成される a ″は高温ほど hcp に近い構造を持っていると考え
られる.一方 a 相のピーク位置はほとんど変化しなかった.
3.3
累積等時時効に伴う組織変化
Fig. 7 は WQ 材の光顕組織( a )と母相 b の制限視野回折
( SAD )像( b )を示す. 900 °
C 30 min の溶体化処理により棒
状 a と母相 b に 2 相分離しており, b 相の分率は約 70 で
あった.棒状 a の直径は約 0.5 mm で長さは十数 mm であっ
た. EPMA による b 相の組成分析の結果は,約 Ti 4.5Al 
2Fe 6Mo であった.一般に多元系 Ti 合金の b 相および a
相の安定性を見積もるには,それぞれ Mo 当量( Moeq = 2.5
[Fe]+[Mo])および Al 当量(Aleq=[ Al])が知られて
おり,これらを用いて有効 Mo 当量は Moeffeq = Moeq - Aleq
となる10).WQ 材の b 相組成を有効 Mo 当量で表すと,b 下
Fig. 4 Hardness change with isothermal aging at 450°
C for
nonCR (○) and CR3 (●) specimens, and hardness change
with rolling reduction (■).
Fig. 5
限組成(10Moeffeq)より著しく低い 6.5Moeffeq であった.これ
は 2 元系 TiMo 合金において a″が形成される低合金組成に
Evolution of XRD profiles at each stage of the accumulative isochronal aging process.
第
12
号
Ti
5Al
2Fe
3Mo 合金の焼戻し組織に及ぼす予加工の影響
Fig. 6
437
XRD profiles of nonCR specimens aged at several temperatures for 60 min.
Fig. 7 (a) Optical micrograph of quenched specimen showing dispersion of primary aprecipitates in the b matrix. (b) Selected
area electron diffraction pattern taken from b matrix showing v and faint a″reflections with beam//〈110〉b.
相当する値である11) .ところが SAD より b 相中には v 相
間圧延により b 母相中にバンド状の生成物(加工誘起 a ″)が
(〈112〉bの 1/3, 2/3)とわずかに a″の反射(〈112〉bの 1/2)が
形成されたことが分かる.なおここでは示さないが CR3 
観 察 さ れ た . 2 元 系 Ti Mo 合 金3,12) と 比 較 す る と , こ の
における b 領域の SAD は WQ 材と比較してほとんど変化は
SAD は 12~14Moeffeq に相当するものであった.したがって
認められなかったが, CR10 では明らかに b とは異なる
b 相の有効 Mo 当量は 6.5Moeffeq であるものの,Al 添加によ
a ″のパターンが得られた.( b )中の SAD はそれぞれ黒バン
る a 安定化効果が全く働いていない結果である.b 下限組成
ドと白バンドで取得した{ 100 }a″パターンであり,お互い
に Al を添加した合金では,少量(~ 3Al)であれば Al は a
の回転関係にあるバリアントであることが分かった.ま
90°
安定化元素として作用するが,それ以上の添加では逆に b
たバンドに見えるこの組織は板状生成物と考えられ, SAD
安定化元素としてふるまうことが報告されている4).b 型 Ti
解析の結果,板面は{011}a″に近い面であった.
合金における Al 添加のふるまいについては今後の研究課題
Fig. 9 は CR10材でみられたバンド状生成物の高分解能
としたい.一方,既報7) の Ti 4Fe 7Al の有効 Mo 当量は
TEM (HRTEM )写真を高速フーリエ逆変換(IFFT)したも
3Moeffeq であり 523AFM の b 相よりさらに低組成であった
のを示す.バンド内は単一な a ″バリアントで構成されてい
が,形状変化試験の結果から加工誘起 a″→b 逆変態および b
るが,点線で囲った領域にナノサイズの b 相ドメインが多
→ a ″変態の温度域にはあまり影響しないことが分かった.
数認められた.このことから a ″→ b 逆変態も容易であるこ
ただし 523AFM では形状変化に関与しない a 相が 30程度
とが予想される.
存在するため,b→a″変態に伴う形状変化が少なかったと考
えられる.
Fig. 8 は CR3(a)と CR10(b)の TEM 写真を示す.冷
Fig. 10 は CR3 材を 250 °
C まで累積等時時効した TEM
写真を示す.b 領域には圧延で誘起されたバンド状生成物は
ほとんど観察されなくなっており, XRD の結果( Fig. 5 )か
438
日 本 金 属 学 会 誌(2014)
第
78
巻
Fig. 8 TEM micrographs of CR3 (a) and CR10 (b) specimens. The bandlike structure in the b matrix became distinct with increasing rolling. The SAD patterns obtained from the bands in (b) indicate〈100〉a″which are rotated by 90°relative to each other.
Fig. 9 IFFT image obtained from the band product of the
CR10 specimen with beam//[001]b//[100]a″. The lattice
spacing indicated by arrows corresponds to (001)a″. Nanosize b
domains are dispersed in the singlea″variant band.
Fig. 11 (a) TEM micrograph of the CR3 specimen
isochronally aged up to 450°
C. The band products clearly reappeared. (b) SAD pattern obtained from the past b matrix shows
~
〈100〉
field
a″ including some a″variants. (c) and (d) Dark
images taken at the rectanglular area in (a) using the reflections denoted by ``c'' and ``d'' in (b), respectively.
min で消滅したバンド状生成物が,再び明瞭なコントラスト
を呈して形成されている.( b )は旧 b 領域からの SAD であ
り, BF 像を明瞭に撮影するため,[ 100 ]a″から 2 °
~3°
外れ
た方位から取得した.(c)と(d)はそれぞれ SAD 中の c およ
び d の回折点から得られた暗視野( DF )像であり, BF 像の
四角で囲った領域と同一領域である.c の DF 像は BF 像に
おける黒い領域が対応し,d の DF 像は 2 方向に伸びた白バ
ンドが対応している.1 つの回折点で 2 方向のバンドが観察
されるのは,回折点 d は 2 つのバリアントからの回折反射
が重なっていることが考えられる.そこで同じ試料位置で
[ 100 ]a″軸上から取得した SAD を Fig. 12 に示す. Fig. 11
(b)で 1 つの回折点として観察された d は,軸上観察では 2
つの回折点に分離した.そしてパターン全体は 3 つの
(100)a″パターンが重なったものであることが分かった.す
Fig. 10 TEM micrograph of CR3 specimen isochronally
aged up to 250°
C. The band products in the b matrix induced by
the rolling vanished.
なわち 1 つは赤色のパターン(V1)で,緑色はそれを[100]a″
軸中心に 90 °
+ 3°
ほど左回転したもの( V2).青色は[ 100 ]a″
軸中心に 90°
-3 °
ほど左回転したもの(V3)からなることが分
かった.したがって Fig. 11(c)の DF 像はバリアント V1 で,
ら,加工誘起 a″→b 逆変態が生じたものと考えられる.
Fig. 11(d)は V2 と V3 と解釈できる.
Fig. 11 は CR3材をさらに 450°
C まで累積等時時効した
b と a ″の結晶方位関係は Burgers の格子対応13) を持つこ
後の TEM 写真を示す.( a )の明視野( BF )像では 250 °
C 5
とが知られており, b の 3 つの〈 001〉b に a ″の a 軸をとるこ
12
第
号
Ti
5Al
2Fe
3Mo 合金の焼戻し組織に及ぼす予加工の影響
439
Fig. 13 TEM microstructures of (a) CR3 and (b) nonCR
specimens, isothermally aged at 450°
C for 60 min with both
beams//〈100〉a″. Microstructure (b) is 30 Hv harder than
microstructure (a), see Fig. 4.
Fig. 12 SAD pattern of Fig. 11(b) adjusted to〈100〉a″ zone
axis. Schematic diagrams show that the SAD pattern is composed of the red, blue and green patterns.
±3°relaThe blue and green patterns are both rotated by 90°
tive to the red pattern. Reflection ``d'', which resembled reflection ``d'' in Fig. 11(b), split into two spots under the zone axis
condition.
とができる.その際 a ″の b 軸と c 軸はそれぞれ直交関係に
ある〈 110 〉b をとることになるが, 2 通り選択することがで
きるため, a ″のバリアントは 3 × 2 で 6 つ存在する(原子
shuffling 方向を考慮しない場合).したがって Fig. 12 に示
Fig. 14 (a) BF image of CR3 specimen aged at 450°
C for 60
min and SAD pattern showing〈100〉a″. (b) IFFT image of the
square area in (a). (c), (d) and (e) FFT images obtained from
the areas indicated by C, D and E, respectively. Each area is
composed of singlea″variant nanodomains whose interfaces
contain many faults.
した緑(V2)と青(V3)は本来 1 つのバリアントと考えられる
が, V1 と 90 °
±3°
の関係にあって互いの変態ひずみを解消
しているものと思われる.
3.4
等温時効組織に及ぼす圧延の影響
(b)中の C, D, E 領域から得られた高速フーリエ変換(FFT)
像を示す.( b )中の矢印で示した格子縞( 001 )a″に着目する
と,広範囲にわたって連続ではなく,数ナノメートルサイズ
Fig. 13 は CR3材を 450°
C60 min 等温時効した組織(a)
のドメインを形成していることが分かった.しかし(c), (d),
と,WQ 材(NonCR)を直接 450°
C60 min 時効した組織(b)
( e )の FFT 像では単一なパターンが見られることから,ほ
を示す.観察面はいずれも( 100 )a″である. CR3 材( a )で
ぼ 1 つの a ″バリアントで構成されていることが分かる.つ
は Fig. 11 と同様,旧 b 領域に明瞭なバンド組織が観察され
まりドメイン境界には転位等の欠陥が多く存在するため,こ
たが,NonCR 材(b)にはそのような組織は認められなかっ
のような組織となっていると考えられる.(c)と(e)は一見す
た.(a)のバンド組織は Fig. 8(b)や Fig. 11(a)と類似してお
ると同一バリアントのように思われるが,それぞれ(d)に対
り,圧延時に導入された組織を継承していると考えられる.
して 90°
± 3°
の回転関係にあることが分かった.したがって
( b )の組織と比較すると,( a )はバンドの他に棒状 a 中に多
Fig. 12 における V2 と V3 に相当するものであり,わずか
数の転位が導入されていることから,(a)の方が硬い組織の
な方位差によってバンドの伸び方向が異なっている.なお
ように思われるが,実際には Fig. 4 の結果から( b )の方が
3.3 節でも述べたが,このバンド状組織は板状生成物による
30 Hv ほど硬いことは興味深い.(b)の SAD は BF 像中央の
もの であ り, C, D, E の板 面はそ れぞ れ( 0 ˜11 )a″, ( 100 )a″,
黒い旧 b 粒から取得したものであるが,複数の a ″バリアン
( 011)a″であった.これらの面は変態前の b 格子において 3
トからの反射が認められる.したがって旧 b 粒内には非常
つの{100}b に対応する.ところで b → a ″変態における a ″の
に微細な a ″バリアントが存在するため微細強化機構が働い
格子定数(a, b, c)と b 格子の関係は aa″<[001]b , ba″>[ ˜110]b ,
ていると考えられる.そこで旧 b 粒内の微細構造の違いを
ca″[ ˜1 ˜10]b である8) .したがって圧延のような板厚が減少
明らかにするため HRTEM 観察を行った.
する加工法では板面法線方向が[ 100 ]a″となるバリアント
Fig. 14 は CR3 材を 450 °
C 60 min 等温時効した組織を
(C, D, E )が優先的に選択され成長しやすいと考えられる.
示す.(a)は BF 像で〈100〉a″から観察を行った.2 方向にバ
このとき圧下方向が[ 001]b で,圧延方向が[011]b であれば
ンド状組織が観察される.四角で囲った 2 つのバンドがぶ
バリアント D だけが形成されることも可能かもしれない
つかった箇所の IFFT 像を(b )に示す.また( c), (d ), (e )は
が,現実的には応力条件がそれとは異なるためバリアント C
440
第
日 本 金 属 学 会 誌(2014)
78
巻
アント選択が生じない.したがってナノメートルサイズの多
重 a ″バリアントドメイン構造が形成され,加工材よりも硬
化すると考えられる.
結
4.
論
Ti 5Al 2Fe 3Mo 合金の焼戻し組織におよぼす予加工の
影響を調査するため,2 相域である 900°
C からの溶体化焼入
れ材を弱圧延し,累積等時時効,等温時効を行った結果,以
下の知見が得られた.


焼入れ組織は a + b であったが, b 相の有効 Mo 当量
は b 下限組成(10Moeffeq)より著しく低い 6.5Moeffeq であった.


Fig. 15 IFFT image of nonCR specimen aged at 450°
C for 60
min. The inset FFT image shows the〈100〉a″pattern consisting
of two a″variants. Nanosize domains are distinguishable by the
lattice spacing of the (001)a″.
圧延によって b 粒内に板状加工誘起 a ″が形成され若
干硬化する.板状生成物は単一 a ″バリアントからなるが,
部分的に b ドメインも存在し不安定な構造である.


加工材を 250 °
C まで昇温すると a ″→ b 逆変態によっ
て軟化するとともに板状生成物は消滅する.


加工材を 450°
C まで昇温すると b→a″変態が生じ,板
と E が相補的に形成されたと考えられる.また上述の a″の
状生成物が再び形成され著しく硬化する.板状生成物はナノ
格子定数と b 格子の関係は,焼戻し温度や保持時間の増加
サイズの単一 a″バリアントからなる.
によってその度合いは強くなる8).そのため板状生成物内の


無加工材を直接 450°
C で時効しても b→a″変態が生じ
a″は,より hcp 構造(b/a=1.73)に近づき,試料形状が加工
るが,板状生成物は形成されず,旧 b 粒はナノサイズの多
ひずみ方向に進展するように変化すると考えられる.
重 a ″バリアントドメイン構造となる.このため最も硬い組
Fig. 15 は Non CR 材を 450 °
C 60 min の等温時効した旧
織となる.


b 粒内の IFFT 像を示す.観察面は( 100 )a″であった.これ
加工材を焼戻すと加工ひずみが b→a″変態に有利に作
も数ナノメールサイズのドメインからなる構造であるが,
用する a ″バリアント選択が行われ,変態の進展に伴って加
Fig. 14(b)と根本的に異なる点は,隣接するドメインが,異
工方向への変形が進行することを示唆した.
なる a ″バリアントから構成されている点である.したがっ
てこのドメイン構造の違い(単一バリアントか多重バリアン
文
献
ト)が 450 °
C 60 min 時効後の硬さの差異として現れたもの
と考えられる.
以上の実験結果および考察より, 523AFM の 900 °
C 焼入
れ材の焼戻し特性におよぼす予加工の影響について次のよう
に推察される.900°
C 焼入れで 2 相(a+b)が保持されるが,
b 相の有効 Mo 当量(Moeq)は 6.5Moeffeq であり,本来なら焼
入れで a ″が形成される組成である.この焼入れ材を加工す
ると b→ a″加工誘起変態が生じる.加工誘起 a″は単一 a″バ
リアントからなる板状生成物で比較的構造が不安定であるた
め,加工材を焼戻すと容易に a ″→ b 逆変態し,通常の形状
回復現象が発現する.しかしこのとき完全には逆変態が完了
しないか,ある程度の加工ひずみが残留すると考えられる.
さらに温度が上昇すると再び b→a″変態が起こるが,残留し
た加工ひずみが b → a ″変態に有利に作用するよう a ″バリア
ント選択が行われ,変態の進展に伴って形状変化が進む.こ
れが加工方向に変形が進行する特異現象と考えられる.無加
工材(NonCR)でも焼戻しによって b→a″変態が生じるが,
この場合,特定の残留ひずみが存在しないため,特定のバリ
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